たまっている残り一話は間に合わなかったです。
神通と二人、プールサイドに腰掛ける。眼前には、立ち泳ぎをしなから此方へ向いている三人の潜水艦娘。その中の中央、桃色の髪をした
「じゃあ、今日も特訓を始めるでち。菊月ちゃんは顔浸けが出来たところで、神通さんは自力で浮かべない、合ってるでち?」
「……ああ……」
「はい、私も間違いはありません」
「なら、二人ともまずは浮かぶところからマスターしなきゃダメでち。どれだけ泳ぎをマスターしたとしても、沈んでちゃ意味ないからでち。と言うわけで、今日の特訓は『伏し浮き』でち!」
伏し浮き。『俺』の知識で判断すれば、何の変哲もない伏して浮くだけの行為の筈だ。だが、確かにそれすら出来ないのであれば泳ぐ事など不可能であろう。
「きょーえー?とか、速さを測ったりするのならフォームとか気をつけないといけないけれど、まあ今は必要ないのね。こう、ぷかーっと力を抜いて浮くだけなのね。まずはゴーヤとイクが見本を見せるから、後で真似して欲しいのね」
言うや否や、手足を動かしてプールサイドへ辿り着き俺達と同じようにそこへ腰掛けるイク。身体を前傾に倒し腕を重ね、次の瞬間にはゆっくりと指先から水に入っていた。そんなイクの腕を掴み、ゴーヤはゆっくりとその身体を引っ張り進ませる。
「まあイクは慣れてるから早いけど、こんな綺麗に出来なくても大丈夫でち。指を揃えて身体を伸ばしさえすれば、あとはゴーヤ達が引っ張ってあげる!」
「ぷはっ。まあ、イク達は三人いるからちゃんと面倒も見切れるのね。最初のうちは片方ずつするし、もう片方の動きを見るのも勉強になるのね。じゃあ最初は――菊月ちゃん、さっきのイクみたいにやってみるのね!」
「……分かった。神通、先に済まないな……」
「構いませんよ、菊月。手並みを拝見させてもらいます」
一度だけ大きく深呼吸し、手本に倣うようにポーズを取る。ぐっと吸い込んだ息を止めると、
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顔を水に浸け、思い切り壁を蹴って水を進む。身体を流れてゆく水が心地良い。
最初は少し戸惑ったものの、ゴーヤ達の教えのお陰で本日のノルマを達成することができた。腐っても艦娘の、菊月の身体だ。慣れてしまえば簡単なもので、伏し浮きの次の段階である蹴伸びを繰り返し練習している。
「……ふぅ。どうだった、ハチ?」
「うん、
「そうか……」
ハチにひとつ礼を言い、両手を使ってプールサイドへと上がる。そのままプールの端を見れば、そこでは三人が変わらずがやがやと奮闘していた。
「だーかーらー!神通さん、力を抜いてくだち!」
「ぷはぁっ、そ、そうは言っても――」
「言っても、なんなのでち!?」
「力を入れないと、泳げないでしょう?」
「泳ぐんじゃなくて浮けって言ってるんでち!!というかそもそも泳ぐのにだってそんなに力要らないよ!!」
胴にビート板を装着した神通と、その神通を引っ張るゴーヤ。そしてその二人を眺めるイク。
「……調子はどうだ?」
「やれやれ、なのね。神通さん、やっぱり筋は良いけど力み過ぎなのね。武闘派筆頭の武勲艦、何事にも全力なのが裏目なのね」
「まあ、な……」
恐らく本気で力を抜こうとして、それでも泳ごうと言う意思のせいで力が籠ってしまっているのだろう。ちらりと見た神通の顔は、少し落胆しているように見える。あの神通のことだ、教えてくれているゴーヤに申し訳が立たないとでも考えているに違いない。その思いがまた、身体を強張らせているのだ。
「……神通。今日は上がれ。もうかなり遅い時間だ……」
「――菊月。ああ、本当ですね。済みませんゴーヤ、練習に付き合って貰っていながら」
「いやいや、別に構わないでち。そもそも一日でマスターするつもりなんて毛頭無かったでち。だからまた、明日頑張るでち!」
「はい、よろしくお願いします」
潜水艦三人娘に礼をして、とぼとぼと歩く神通を励ましながら着替えを済ませる。神通がここまで落ち込んだのを見るのも始めてだ、どうやら彼女とプール特訓を行うことは未だ知らぬ彼女の顔を
「……だが、まあ。そう気を落とすな」
「しかし、菊月。このままでは、せっかく付き合って頂いている潜水艦達に顔向けが出来ません」
「慌てるな……。私の予想が正しければ、明日には泳げるようになる筈だからな……」
俺がそう言うと、神通は驚いて目を丸くする。そんなに意外だっただろうから見ていれば自明なのだが。
「その、菊月。それは一体どうして?」
「どうしてもこうしてもない。今日、あれだけ無駄に力を入れて水を掻いたのだ。ならば明日は、力を入れたくとも入れられない筈だからな」
そう言って、神通へと一つウインクを飛ばす。そう、彼女は今日がプール初日。ならば、明日は必ず筋肉痛に見舞われる筈だ。それも、とても強烈な。
そして翌日。神通は俺の予想通りの筋肉痛に襲われ、無駄な力を入れることが出来なくなった彼女はいとも簡単に伏し浮きをマスターしたのだった。
三回投稿おじさんになりたかった。