私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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ケジメ案件多すぎぃ!



新たな力

今の時刻は、卯月や武蔵が出撃してからおよそ三時間が経過した頃らしい。他ならぬ明石の言うことだ、疑うこともない。俺は明石の後ろをついて、音の聞こえない鎮守府の廊下を歩いている。

 

「……で?明石、艤装はあるのか」

 

こつこつと言う二人分の足音が廊下に響く。静まり返った鎮守府からは、遠くから響く船渠や工廠の音しか聞こえない。人の気配が少ないのは、言わずもがな殆どが出撃で出払っているからだろう。まあ、こんな時に明石の私的工房に足を向ける艦娘が少ないというのも理由だろうが。

 

「艤装?あはは、ある訳が無いじゃないですか。菊月さん、どれだけ酷くやられたか思い出してみて下さいよ」

 

「……な、なにっ?いや確かに、あらゆる艤装に誘爆して重傷を負ったとは聞かされたが……。明石が修理してくれたのではないのか?」

 

「嫌ですね、流石の私でも木っ端微塵になった艤装の修理は出来ませんよ。新しく作る方が遥かに良いですしね」

 

「……ならば、新しい艤装があるのか……?」

 

「それも無いです。他の艦娘の艤装の点検修理にどれだけの資材と手間がかかると思っているんですか。しかも重傷で作戦中の復帰の可能性も少ない艦娘の艤装一揃えなんて造っている暇はありません」

 

少し早口で、一方的に明石。これは怒り……いや、興奮の感情だろう。その証拠に、話をする際にちらちらと此方と合わさる目がきらきらと輝いているのが見て取れる。

 

「分かった、明石。……それにしても、嫌に興奮しているじゃないか?」

 

「――興奮?当たり前でしょうっ!何ですかあの、燐光(キラキラ)とも違う深海棲艦のような炎は!ああもう、あれがどんな効果をもたらして、艤装や機動にどんな影響があって、どんな仕組みで起こっているのか!気になって仕方ないんですよ!」

 

堰を切ったようにまくし立てる明石。その様子に少し気圧されていると、喋り終えた明石はこほんと一つ咳払いをしてからいつもの調子で言葉を続けた。

 

「こほん。それでですね、それも確かに理由なんですが、それだけじゃありませんよ?――あなたが、またこうして立ち上がってくれた。それが、私は嬉しいんです」

 

「……明石……」

 

「半分は純粋に、あなたの友人として。もう半分は――技術者として、自分の造ったものが無駄にならないから、ですがね」

 

いつの間にかたどり着いていた明石の部屋の前で、彼女は茶目っ気たっぷりに微笑む。その言葉に、その笑顔に、菊月()の心は更に震える。しかしその明石の言葉の中に一つ、聞き流せないものがあった。

 

「……『造ったもの』、だと?お前、さっき艤装は揃えられぬと……」

 

「ええ、言いました。砕け散ったあなたの艤装を修理することも、新しく艤装を揃えることも不可能だと。――ですが、今あるものを改修出来ないとまでは言っていませんよ?」

 

先ほどから浮かべていた茶目っ気たっぷりの笑みを保ったまま、明石は更に胸を張って言う。

 

「さあ、菊月さん。今度は此方があなたを驚かせる番です。そうですね、少し勿体つけましょうか。――刮目してください。これが、あなたの新たな力です!」

 

思い切り私的工房の扉を開け放つ明石。見慣れた部屋、見慣れた扉。しかしその扉の奥、部屋の中心には見慣れぬ鉄製の台座が一つ。

 

……そこには、陽を受けて輝く二振り(・・・)の刀があった。

 

「明石、これは……!」

 

「ええ。片方は『護月』です。菊月さんからの注文通り、万全に仕上げておきました。握りも重さのバランスも、完璧だと自負しています」

 

明石の言葉を耳に入れながら、久方ぶりの再会となった『護月』を手中で弄ぶ。元からはかなり大きさが変わったものの、握る具合は変わらず手に馴染む。無造作に一閃、二閃と繰り出してみれば切っ先は思い通りの軌跡を描いた。

 

「……うむ」

 

言う通り、完璧な仕上がりだ。それに一つ頷くと、自然と視線はもう一振りの方へと引き寄せられる。長さも厚みも嘗ての『護月』と同じかやや小さめのそれは、見たこともないような美しい輝きを放っていた。

 

「そちらの一振りは、菊月さんが一度使用して改良する筈だった乙種軍刀をベースにしています。――実のところ、切上げ加工が予想以上に難航しましてね、凍結していたんですよ。E海域の攻略も始まりましたし、菊月さん自身が大怪我をしましたし。それで、あなたの艤装の残骸と一緒に積んでいたんです。本当は、それで終わる筈でした――神通さんが、『飛行場姫』の剣の欠片を持って来なければね」

 

『護月』を台座に置いてそれを手に取る。初めて触る筈のそれは、異常なまでに手に、身体に馴染む感覚をもたらしている。重さは振り抜くのにちょうど良い程度。

 

「その刀、乙種軍刀と菊月さんの艤装の残骸、そして飛行場姫の剣の欠片を全て溶かして打ち直したものなんです。私も、どうしてそんなことをしようと思ったのか理由は分かりません。艤装の残骸だけならまだしも、錆びきっていた欠片を――」

 

「……『菊月』だ」

 

「えっ?どうしました菊月さん?」

 

「明石、お前には私と神通が飛行場姫と戦った一件については話しただろう?それに、奴が何を呼び出したかも。……お前がこの刀に溶かし込んだのは、その時に零れ落ちた鉄。駆逐艦『菊月』の船体の欠片なんだろう……」

 

感情のままにその刀を横薙ぎに振るえば、ひゅおんという風切り音とともに空気が断たれる。此方も二、三度動かせば台座に戻す。

 

「物には全て魂が宿ると、お前は言っていたな?明石。ならば、艤装を溶かそうとしたのも、『菊月()』の欠片が神通を介しお前のもとに来たのも、一振りの刀となったのも……その意思のせいだろう。……可笑しいと笑うか?」

 

俺の問いかけに、明石は笑って首を横に振る。そうして、顔を満足げな表情へと変えた明石に俺は問いかける。

 

「一つ聞くが……明石。……この、もう一つの刀。銘はもう存在するのか?戦友の名も知らずには、海へ出れぬ……」

 

明石は更に、その満ち足りたような表情を深くする。口角を上げ目に輝きを宿し、力を込めて彼女は口を開いた。

 

「勿論ですよ。この刀、あなたの為の力。その名を――」

 

大きく息を吸い、かっと目を見開いた明石の口からその名が告げられる。

 

「――『月光』と言います」




次回、戦闘。

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