私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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き、昨日の文です(震え声)


閑話「彼女から見たとある妹」

――第十一号作戦。

 

『四個海域からなる【主作戦(前段作戦)】と、二個海域からなる【拡張作戦(後段作戦)】で構成され、主作戦を完全攻略した上で海上打通作戦となる拡張作戦の遂行が求められる』――確か、司令官から通達された作戦内容はこんなものだった筈だ。取り立てて変哲のない大規模作戦、むしろ規模だけで言えば小さめであるとさえ言える。

しかし。その小さな作戦は、我が妹に大きな異変を遺しているのだ。

 

「おい、菊月。――菊月、聞いているのか?」

 

便宜上、司令官によって区分けされた海域のうち最序盤、『E1』海域を一週間かけて突破し――余談だが、菊月は何故か頑なにこの『E』という呼称を使わない――、次海域となる『E2』へ足を進めて数日。ある時は主力撃滅の艦隊として、またある時は支援艦隊として奮戦する毎日だ。今も我々はE2攻略艦隊として、この灼熱の海を切り拓きながら深海棲艦を沈めている。戦力的には問題ない、懸案すべきは――

 

「おい、菊月!」

 

「……なんだ、長月。無駄話では無いだろうな?」

 

――この、周囲に警戒を続けている妹『菊月』。我々の窮地を救い鎮守府に着任してからもうそれなりに経つ、E海域の攻略を任せられる程の実力と実績を兼ね備えた駆逐艦。どのような敵と戦う時も、常に冷静に勝ちを拾いに行く強者。自らの身を省みないきらいのある危うさが玉に瑕ではあるのだが、今回はそれとは別のベクトルで危ういと感じる。

 

「なんだ、じゃない。今ちょうど深海棲艦を沈めたところだろう。気を抜くという訳じゃないが、一息付くぐらいはしなければ身体が保たんぞ」

 

「……何を言っている、長月。ここが何処なのか忘れたか……?大規模作戦、その戦闘海域の中ではないか。お前こそ、そんな事を言う暇があるのならば周囲に気を回しておけ……」

 

言葉や態度だけ見れば、何も思われないかも知れない。事実、菊月の言う事は間違いでは無いのだから。しかし、私はどうしても妹の言う事に首を縦に振る事が出来ない。

きょろきょろと周囲の警戒を繰り返す姿には、隠しきれない恐怖が顔を覗かせている。

無口具合はいつもの事だが、それにしたって『作戦に集中している』のではなく『作戦以外の事を考えないようにしている』風で、いつもの余裕など見て取れない。

 

何かしらの悩みを抱えているのは一目瞭然、しかしあいつを此処まで悩ませる理由が分からない。聞き出すべきなのだろうが、あの菊月が素直に話すはずもない。

 

取り敢えず、その精神状況は障害にしかならない。それを指摘しようと口を開けたところで、戦場を貫いて声が響いた。

 

「敵艦隊確認!三時の方向!ヌ級一、ル級二、ツ級一、ロ級二!全艦戦闘準備に入って!!」

 

旗艦からの怒鳴り声に思考を中断し、砲を構え身体の向きを変える。そう、あれだけ警戒をしていると言うのに敵艦を察知できない、その事自体が既に菊月の不調を実感させる原因の一つだ。

 

いかん、戦闘には集中しなければならない。何より、不調ならば私が守ってやれば良いだけのこと。気持ちを切り替え、戦場を見渡す。

 

「長月、突撃するっ!!」

 

駆逐艦の本分を果たすべく、私は真っ先に戦場へと駆け出した。

 

―――――――――――――――――――――――

 

ロ級の、破れかぶれの砲撃を躱して雷撃を二発撃ちこむ。爆発し破片を撒き散らす残骸を更に踏み越え、その先に残る大破したツ級へ照準を向ける。連装砲が火を噴き、ツ級の肉を抉り飛ばす。その隙を突いて、菊月が撃ち放った魚雷が彼奴を深海へと送り返した。

 

戦闘は終わった。

 

ル級二匹が現れた際には撤退も覚悟したものだが、被害の程がどうにか全艦小破程度で収まったのは僥倖だっただろう。旗艦や僚艦の戦艦達が奮闘してくれたお陰だろう。懸念していた菊月の動きも、いざ戦闘が始まれば元に戻っていた。精神が疲弊していようと、身体に染み付いた動きは忘れないということだろう。

――まあ、それ以外のところが酷いというのは変わってはいないのだが。菊月の表情は暗く、戦闘内容にも納得がいっていないように見える。その表情から察するに、いつも通りの戦闘起動が出来ていることすら分かっていないのではないかとすら思ってしまう。

 

「まあ、私が面倒を見てやれば良いだけのことだ。これでもあいつの姉だしな」

 

砲を担ぎ直し、魚雷を装填する。滑り出した旗艦に追随し、海域のさらなる深みへと進軍する。

――ちらりと見た菊月は、もう周囲の警戒へ戻っていた。




次話も頑張ってます。

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