私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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ギリギリセーフ。


未知の戦線、その二

鎮守府を出立し、複数の中継拠点を経由して辿り着いたのはカレー洋に面する前線基地。それまでの中継拠点に比べればマシな幾つかの施設に、それなりに整った補給物資。何より、冷房が設置されているのが身体に良い。艦娘と言えど、リランカやカレーにまで南下すると暑さに体調をやられることも増えるからだ。――まあ、今の俺はこれ以上コンディションを下げることも無いだろうが。

 

「鎮守府で説明された通り、今回の作戦の戦端は私たちが開くことになるわ。たかが一海域、たかが露払いだなんて考えないで。この一戦の結果、私達の戦果が、勢いが、この作戦全ての士気を左右する。――御託はもう良いわね?さあ、全艦抜錨よっ!!」

 

今回のカレー洋攻略作戦、旗艦を務めるのはやはり川内。ごく短い演説を終え、マフラーを靡かせ、誰よりも先んじて地を蹴り海へと飛び込む。それに遅れるな、とでも示すように、残りの俺達も海へと跳ぶ。

 

「……行くぞ」

 

ばしゃり、という不思議な感覚。もうすっかり慣れた海面の感触は、『俺』の心がどんな状況だろうと変わることは無い。そのことに、密かに安心する。ふぅ、と思わず大きく息を吐く。吐いて、酸素の薄くなった肺へ空気を取り込んだ瞬間、今まで息を止めていたことを知った。

 

「さあ、敵艦隊のお出ましだ!全員、覚悟は出来てるよね!?まっすぐ、水平線!敵艦四、駆逐イ級が三に――はっは、いきなり本気みたいだ、軽巡へ級の最上級(flagship)!イ級は多分、この調子じゃ後期型だと思う!」

 

「ならば姉さん、手段はもう決まっていますね?」

 

「勿論よ!思い切り近づいてからの殴り合いっ!(魚雷)が届く距離になるまで、被弾なんてしないでよ!?準備は出来てるよね!よぉし、進めぇーっ!!」

 

川内を先頭に、海を真っ二つに切り裂いて進む。対する深海棲艦も、へ級を中心に迫ってくる。両軍がぐんと近づきイ級がその体勢を変えようとした瞬間、それに先んじて川内が声を張り上げた。

 

「腹を晒したっ!今だ――撃てーっ!!」

 

横一列に並んだ艦娘達の魚雷発射管が、一斉に唸りを上げて炎を吐き出す。菊月()と如月、川内と神通――そして、北上と大井。俺達の雷撃が敵艦隊を斬り裂く剣だと言うならば、北上と大井のそれは敵を一撃で撃ち砕く鉄鎚。青いカレー洋と青い初夏の空、二つの青の間に真っ赤な爆炎が膨れ上がる。鉄鎚を筆頭に捻じ込まれた剣が生む爆発は敵を蹂躙し、破片を打ち上げ、海面を大きく揺らす。めらめらと炎を上げたまま飛来し海に落ちる残骸の中には、俺達の側にまで飛んできたものすら存在する。

 

「これだけで終わる筈は無いよね!全艦、次が来るよっ!!」

 

言われずとも、周辺警戒は一度も怠ったことはない。特に、今回は。いつ、どこで、何が襲い来るのか見当もつかない状況で、気を抜くことも注意を逸らすことも出来るわけがない。案の定、警戒していた一方向から新たな艦影が現れた。

 

「爆炎の中に、へ級の姿を確認しました。イ級も一隻残っているみたいですね。他には――」

 

「一時の方向っ……!あれは、重巡リ級に雷巡が二隻、軽巡に駆逐が二隻だ……!」

 

索敵に成功。通達にも成功。大丈夫、『俺』は『菊月』として可笑しくない行動を取れている。そう、『菊月』を全う出来ている。ならば、あとは今まで通りに戦うだけ。

 

「いきなり二方面からの攻撃なんて、敵も随分やる気みたいよねっ!ち、出来ればあっちの重巡艦隊とは憂いなく当たりたかったけれど――」

 

「なら行くといい、川内。へ級が邪魔なのだろう?私が抑えておく……」

 

「抑えて、って。菊月、あなた大丈夫なの?」

 

「……何を言う。この『菊月』が、まさかアレに遅れを取るとでも言うのか。万全のへ級ならば分が悪いかも知れぬが、所詮は手負い。どうだ……?」

 

ちらり、ちらりと視線を動かす川内。へ級を見て、重巡リ級率いる艦隊を眺めて、最後に自分の艦隊を省みる。

 

「――いや、へ級は神通に任せる。残りの艦隊で重巡艦隊を迎え撃って、神通の合流後に反転攻勢。良いね、みんな!?」

 

純粋な戦力比較からもたらされた結論だと言うのは『俺』でも分かる、故にその決定に異を唱えることはない。大人しく引き下がり、艦隊の端へ。連装砲を構えて敵を見据えている如月と並び、魚雷発射管を構える。がごん、という低い唸り声とともに、その照準は固定された。

 

「撃てーっ!」

 

一度目と同じ声、同じトーンで放たれる号令に従い攻撃を開始する。しかし今度の艦隊はさるもので、海を叩きつける爆炎に飲まれた深海棲艦達はその原型を殆ど留めている。それでも傷は与えられたようで、激昂した彼奴らの目が一瞬にして目映く輝き出す。その一瞬後に、深海棲艦は各艦に分かれて俺達を各個狙ってきた。

 

「なあっ、一対一にっ!?しまった、全員気を入れてっ!誰でも良い、自分の相手を片付けた人からフォローに回って――くぅあぁっ!!」

 

分散する深海棲艦艦隊、菊月()のところへ向かってきたのは――軽巡ト級上級(elite)。三つ首それぞれに宿る真紅の光がおぞましい何かを連想させる。

 

「……くうっ!」

 

突進してくるケルベロス(ト級)をひらりと躱し、側面へと 単装砲を乱射する。一つの弾痕が二つの弾痕へ、それが三つ四つと増えてゆく。怒りに震えるト級の再突撃、躱して砲撃。それの繰り返しによる弾痕が十を刻んだあたりで、ト級はその三つの口をがぱりと開いた。てらてらと光る口内は、あの太陽に照らされてすら不気味さを醸し出している。そして――そこから生える砲台も。

 

「……ちいっ、流石に装甲は抜けぬか……!」

 

身を翻す。右に大きく跳躍し、滑る勢いを活かしつつ足を動かし駆ける。燃料は余分に消費するがその分速度も出る、そしてその速度でしかあの三つ首の砲撃は躱し切れない。背後に、真横に着弾した砲弾が弾け飛び、破片と爆炎が肌を撫でる。返す単装砲の一撃は、一つの首を半壊させるだけに留まった。

 

「……ぐ、っ!」

 

最低限の動きしかしない身体を無理やり動かし、砲撃を避ける。ずどん、ばぁんという彼此の砲撃音が耳に障る。そうしてある程度ト級を揺さぶっていると、遂に彼奴は此方の狙っていた動きを取った。首を擡げ、船体を大きく上げて目を見開く。砲撃ではなく、雷撃を放つサイン。――菊月()に許された、唯一のチャンス。

 

「……今だっ!」

 

今正にその牙を剥こうとしているト級へと直進(・・)する。まっすぐ、ひたすら最短距離を突き進む。ぐんぐんと距離を詰め、それが半分を切ったところで遂に魚雷が発射された。此方へ食らい付こうとする魚雷と、それに向かって走る俺。当然距離はみるみるうちに縮まってゆく。このままならばなす術もなく命中し、俺の身体は粉微塵に吹き飛ぶだろう。ト級の口が醜く歪む。自分は狩る側の存在であると、俺を見下す不快な笑みだ。

 

「……『菊月』ならば、この程度……!」

 

迫る魚雷は既に数歩先まで近づいている。それを見据え、立ち止まることなく走り続け、足に力を込め――跳躍。魚雷の上を跳び越える。艦娘に『何のために足がついているのか(・・・・・・・・・・・・・・)』それはこういう『論外』の動きをする為でもある。一瞬のうちに魚雷と俺との距離をマイナスにし、着水。そのまま砲雷撃を繰り出す。滅多打ち。まさかあの瞬間から自分が狩られる側に回るとは思ってもみなかったのだろう、容赦の無い暴力が完全に油断していたト級の船体をばらばらに引き裂いた。

 

「……ふ、はは、ははは……!」

 

目論見がまんまと成功し、戦力で勝る相手を出し抜き砲雷撃で沈める。傷は殆どが擦り傷、もしくは爆炎に煽られただけのもの。機動力を存分に使った戦闘も問題無いと言えるだろう。

 

そう、これこそ駆逐艦の戦い。『菊月』らしい戦いだ。

 

終わってみれば、戦った深海棲艦は『俺』の知るものばかり。くよくよと悩み続ける必要など無いと、やはり『俺』は必要だったと笑い飛ばせる筈なのに――この胸の、燻る卑屈な感情は消えてくれなかった。




後書き考えてたら日付回ったよ。やったね。

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