Fate/EXTRA BLACK   作:ゼクス

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1-6 惨状

旧校舎/生徒会室

 

呼び出しを受けた私は生徒会室へとやって来た。

生徒会室にはレオとユリウス、そしてガウェインが居た。

? 桜が居ない? どういう事だろうと疑問に思いながらも、私はレオと向かい合うように椅子へと座る。因みに座ってから気が付いたが、ガトーも居ない。まぁ、居たら居たで騒がしいので、居ない方が助かる。

 

「あぁ、来ましたね。早速ですが、前回の迷宮探索でのおさらいをします。先ずは書記代理の兄さんから、どうぞ」

 

「岸波白野による迷宮探索の成果は二つ。一つは未知の形式で作られた防護扉の発見だ。あの後、記録したデータを元に解析したが、プログラムを読む事さえ出来なかった。生徒会はあの扉を『シールド』と呼称。迷宮の奥へと進む為にも今後は『シールド』の突破が最優先課題となる」

 

そう、あのサクラ迷宮で発見した『シールド』が難問だ。

ただ凛がシールドを素通りするように現れた事から考えて、何かしらの突破手段が在るのは間違いないだろう。その方法さえ分かれば、サクラ迷宮の奥へと進む事が出来る。

 

「では、会計代理のガウェイン、次をどうぞ」

 

「コホン……貴女が迷宮内で遭遇した遠坂凛とそのサーヴァントについて分析結果を伝えます。結論から言って、遠坂凛は本物です。彼女の言動には可笑しな点が見られましたがおおまか、我々の記憶通りの性格でした」

 

……いや、あそこまで残念な性格を凛はしていただろうか?

 

「彼女は『月の女王』を名乗り、岸波白野を捕らえようとしました。我々の事を〝生き残り”とも。理由は分かりませんが、彼女がこの事態に原因に何らかの関わりがあり、我々を閉じ込めている敵とみて間違いないでしょう。また、遠坂凛のサーヴァントはランサー。これも我々の記憶通りです。多少の差異は在りましたが」

 

「……いや、ガウェイン卿。流石にそれは…」

 

ガウェインの説明にユリウスが苦言を発した。

私も同意見だ。確かに凛のサーヴァントのクラスはランサーだったが、迷宮内で出会ったあのランサーとは違った気がする。しかし、ガウェインは平静なままユリウスに顔を向けた。

 

「ユリウス。レオの結論に何か異論が?」

 

「……続けてくれ。確かに中身がどうあれ、倒さねばならない相手だ」

 

「それでこそユリウスです。では話を続けますが、ランサーはサーヴァントとしてそれほど強力ではありません。せいぜいB+からAクラスです。油断しなければ十分に撃破出来る相手かと」

 

……しれっとガウェインは言い切ったが、B+からAクラスと言ったら最上級のサーヴァントだ。

…天才達の基準は明らかに可笑しい…私からすれば、充分に厄介だ。

 

(推定は間違っていないかもしれんが、奴は反英霊の類だ。悪性に満ちた迷宮内で戦えば、厄介な相手だぞ)

 

頭の中にブラックの声が響いた。

どうやらブラックもガウェインのランサーに対する実力は同意しているようだが、戦う場所を考慮して判断しているようだ。

 

「また、通信を妨害したのはランサーの特殊スキルで在る事が判明しました。ランサーの出自、『宝具』は不明ですが、妨害に対しては有効な周波数を複数用意しましたので今後は対応出来るかと」

 

「完璧です。流石ですね、ガウェイン。騎士として戦うだけではなく、魔術……電子戦の素養まであるとは」

 

「いえ、これも騎士の嗜み。聖剣の担い手だからといって、それだけに胡坐をかくのはどうかと。王ならともかく、騎士は聖剣をぶっぱするだけの簡単な役割ではありませんから」

 

……それって? 王様は聖剣を常にぶっぱしていたように聞こえるのだけど。

円卓騎士の騎士ガウェインが仕えた王となれば、騎士王アーサーだ。もしかして騎士王は聖剣を良くぶっぱしていたのだろうか?

何となく私が円卓時代に関して気になって居ると、レオが話しかけて来た。

 

「さて、現状、この二点がボク達の前に立ち塞がっている問題です。女王を名乗ったミス遠坂とランサーに関してはまだ情報は足りませんが、戦力さえ増強出来れば十分に対応可能でしょう。問題はシールドです。此方に関しては殺生院キアラに協力を要請しました」

 

キアラに?

一体何故レオは彼女に協力を要請したのだろうか?

 

「彼女は非合法な防壁破りな事を行なった過去が在ります。ソレを頼って彼女にデータを見て貰ったところ、シールドの正体が判明しました。殺生院キアラの見立てに寄れば、シールドの正体はミス遠坂の『心の壁』らしいです」

 

あのシールドが凛の心の壁?

……思い出した。確かシールドの前で凛に会った時、『人の心をマジマジと見るな』と言っていた。

 

「本人の〝見せられない本性・属性”こそがシールドの正体。簡単に言ってしまえば、秘密を守る心の働きです。残念ながらボクは臨床心理学には疎かったので気が付けませんでしたが、殺生院キアラは見ただけで正体が分かったようです。そして同時に破る方法も彼女は知っていました」

 

アレはそういう意味だったのか。しかし、シールドを破る方法とは一体どんな方法なのだろうか?

聞くところによれば、あのシールドは凛を守る心であり、その奥には凛の秘密が在る。

女性の秘密を明らかにするのは並大抵の事では無い。私も女性なのでよく分かる。

詳しくその説明をレオから聞こうとすると、生徒会室の扉が開き、桜を伴ったキアラが入って来る。

 

……桜の様子が何処か可笑しい? 何となく元気が、いや不安そうにしている。

 

「準備は終わりました。あら、白野さん」

 

「丁度良かった。今彼女に説明している途中でしたので、改めて詳しく説明をお願いします。ボクよりも専門家の貴女の方が理解は進むと思いますので」

 

「分かりました。では、説明させて頂きます。先ずは心の壁が何なのかですが、心の壁は破壊困難です。壁は破壊するものでは無く理解するものと考えて下さい」

 

……理解?

心の悩みを払拭する事では無く、理解する事がシールドを突破する為に必要なのか?

 

「はい。壁の元である遠坂凛の心の在り方、隠された本性を見抜き、受け止める事です。彼女と話し、戦い、観察し、壁を構成している〝秘密”を手に入れる事で、それが扉を開ける鍵となります。しかし、本来これは長い修行を要しますが、今は火急の時です。故に五停心観術式(ごじょうしんかんプログラム)の亜流、詠天(えいてん)流版を提供しました。そして此れを岸波白野さんがインストールする事が必要です」

 

私に?

知識として分かるが、電脳空間において、今の体は疑似霊子で構成されている。

プログラムをインストールし、新たに機能を付属させることは不可能ではない。問題があるとすれば、インストールされる術式の容量だ。付属される術式が強力で在れば、人格を傷つけられる恐れがある。

 

〝感情を観測する”なんて未知の術式の負荷に、私が耐えられるのだろうか?

 

「無論危険な行為ですが、実際に凛さんと向き合うのは白野さんです。これは白野さんにしか出来ない事です。それに白野さんに渡すのはあくまで、五停心観の一部だけです。残りの部分は既に桜さんにお渡しました」

 

そうか。それで桜はキアラと一緒に生徒会室に入って来たのか。

なら、私には問題は無い。五停心観と言う術式が無ければシールドを破る術は無いのだから。

 

「覚悟が決まったようですね。では、お立ちになってしばし目を瞑って下さい。大丈夫、魂に負荷は掛かりません。『令呪』と同じぐらいの重さですから、気を楽にして下さい」

 

言われたとおり椅子から立ち上がり、目を瞑って肩の力を抜く。

 

「ん……」

 

………感じたのは唇に触れる暖かな感触。

目を開けて見ると、キアラの唇と私の唇が触れ合っていた。

 

「な、何をしている貴様ら!?」

 

「これは流石に予想外です!! 兄さん、録画の準備を! 早く早く! 4カメですよ、4カメ!!」

 

「公衆の面前で、何と大胆な……ああ、腰に回した手は白鳥の羽ばたきか、聖木をしめる大蛇のうねりか……」

 

外野が何かを言っているが、私はそれどころではない!!

なな、ななな、ななななななな何が起きているんだ!? 混乱して両手で必死に引きはがそうするが、離れるどころか押せば押すほど力が増し、キアラの両手は私の腰に巻き付いて来る。

 

そのままなすがままになっていると、漸くキアラが私から離れてくれた。

 

「んっ……ふう、お待たせしました。五停心観、白野さんに無事に譲渡(インストール)できたかと」

 

「色々ありがとうございますキアラさん。これで白野さんに新しいスキルが付属されたんですね」

 

「はい。白野さんが抵抗するものですから。あやうく失敗するところでしたが」

 

色々ってなんだ、色々って!?

抵抗なんか、するに決まっている!!

 

後、ガウェイン!! キアラに一礼して、『結構なお点前でした』などとほざくな!!

 

「私に出来るのは此処までです。後は白野さんの頑張り次第ですわ」

 

「具体的に、どう頑張って貰うのだ?」

 

「それはそれ。元気いっぱいに暴れていただければ。女の子が喜ぶ事、嫌がる事、嬉しい事、怖がる事。とにかく何であれ、彼女を悦ばせればいいのです。そうして相手の心が裸になった時、五停心観を宿した白野さんの目は容赦なく花を散らしましょう。そして残りの五停心観の部分は桜さんに組み込んでおきました」

 

組み込んだ?

 

「はい。基本人格に上書きしましたが、問題は出て居ませんのでご安心下さい」

 

……わずかに息を飲んだ。

基本人格を上書きする、と言う言葉が暴力的に聞こえたからだ。

 

桜はAIだが、人間との違いは感じられない。

そんな彼女をモノのように扱うキアラに反感を覚えたが、生徒会室で桜を案じているのは私だけだ。

 

不満は在るが、もう既に譲渡は完了しているようなので文句を言う事は出来ない。

それでも無理な機能追加で体調不良を起こしていないか気になって、訊ねてみる。

 

「はい。特に問題はありません。心を理解する事は出来ませんが、シールドの解析力は格段に向上しました」

 

「それでは、私は此処で失礼します。また何かありましたら遠慮なくお声をかけて下さいますよう」

 

キアラは僅かにお辞儀をして、生徒会室から去って行った。

たった少しの動作なのに、深々と頭を下げられる事より感銘を受けてしまう。

 

「では、起動試験と行きましょう。白野さん、サクラ迷宮に向かって下さい」

 

そうだ。準備が整ったのだから、サクラ迷宮に向かわなければ!

 

私はサクラ迷宮に向かおうと生徒会室から出ようとする。

しかし、フッと何かが気になり、レオに顔を向けてみる。

 

「? どうかしましたか、白野さん。ボクにまだ何か?」

 

いや、何と言う訳でもないのだが……目の前のレオには、何処か違和感がある。

キャラ変えとかではなく、記憶の片隅にひっかかっているレオとまた〝何か”が違う気がするのだが……

 

「ああ、それは制服のせいじゃないですか? 表側でボクは金赤の制服を着ていましたから」

 

ああ、なるほど。

確かにあの夢の中でも、レオは改造された赤い制服を着ていた。赤がチャームポイントになっていた人物は他にも沢山居た気がするが、レオもその一人だろう。

 

……そう言えば、私が着ていた制服も、今の黒い制服では無かった気がするのだけど。

 

「えぇ、裏側に落とされた際に制服が強制的に変更されたようです。この旧校舎に合う制服にね」

 

確かに、夕日の木造校舎にレトロなセーラー服は良く似合っている。

ただ強制変更されたのならば、ユリウスや桜の制服が変わっていないのは何故だろう?

 

「兄さんは元々制服じゃありませんから。〝制服を最適化する”と言う処理をスルー出来ても不思議ではありません。サクラの方はそれこそ何の問題が? 服装がどうあれ、AIとして彼女の機能に支障はないでしょう?」

 

……レオがさらりと出した結論に、一瞬、頷く事をためらった。

支障が無ければ問題ない。それは余りにも機械染みていないだろうか。

 

桜がAIなのは知っている。

でも、今の彼女は未知の迷宮に共に挑むのだ。それに同じ霊子虚構世界に居る者。

皆とお揃いの制服くらい、来たって良いと思う。

 

此方の制服を扱っているとしたら、購買部だろうか? 

丁度校庭へと続く入り口前に在った筈だ。確かめに行ってみよう。

 

「あ、あの。ありがとうございます、岸波さん」

 

生徒会室を出る間際、突然桜にお礼を言われた。

 

前置きの無い事に私だけでは無く、レオ達も驚いて桜を見ている。

何故お礼を? と質問してみる。

 

「え? あれ、なんででしょう。何となく、お礼を言わなくちゃいけない気がして……すみません。やっぱり新しいソフトが入って、少しだけ情緒値が不安定になっているみたいです。どうか怪我をせずに帰って来て下さいね」

 

言われて頷き返し、今度こそ生徒会室から出て行った。

 

 

 

旧校舎/購買部

 

桜の旧校舎での制服が在るのかどうかを確認する為に、購買部に訪れてみたが、其処には見覚えの在る人物が立っていた。

黒いカソック服を着た異様な雰囲気の神父。思い出した。

この男は『聖杯戦争』の運営NPC『言峰』だ。それが何故購買部に居るのだろう?

 

「ふっ。納得がいかないという顔だな。その気持ちは私も理解出来る。何故ならば私も同じ心境だ。どうやら今回の事件にはマスターだけではなく、運営NPCの一部も巻き込まれたらしい。その際に、本来の役割を書き換えられてしまった。私に与えられたのは、見ての通り、購買部の店員だ。これで納得がいったかね?」

 

役割を書き換えらえた運営NPC?

それでは、この校舎にいるマスター以外の他の人間は、みんな巻き込まれたNPCなのだろうか?

 

「大部分はな。巻き込まれた一部のNPCと、元々この旧校舎にいたNPCだろう。元々いた方は嘗てのマスター達の再現映像のようだが、所詮は虚像だ。予選の生徒と同様だよ」

 

なるほど。状況はよく分かった。分かったけれど。

 

…やはり、この神父が此処に居るのは非常に違和感がある。

 

「違和感には慣れたまえ。私はこう見えても潔癖症かつ凝り性でね。こうなった以上、最強の店員を目指す。幸いにもこの購買部に色々と納品してくれると言う太っ腹な人物がいてくれてね。その人物から納品リストが届いている。見てみるかね?」

 

気になったので、言峰が差し出して来た納品リストを見てみる。

……服飾ばかりか多かった。特に可愛らしい服装が多く書かれている。気になるのは、男女関係なく可愛らしい衣装が多い事だ。しかし、これならばもしかしたら旧校舎の女子制服もあるかもしれない。

そう思って尋ねてみた。

 

「制服かね。確かに在るが、98000Sm(サクラメント)する。因みに〝二着”しかないので買うなら早めにした方が良いと思うが」

 

高い!?

幾らなんでもそんなお金は無い!? しかし、桜の為にも制服は欲しい。

一体どうすればと悩みながら、私はブラックと共に校庭の桜の樹からサクラ迷宮へと侵入した。

 

 

 

サクラ迷宮/一層

 

 ブラックと白野は再びサクラ迷宮へと侵入すると共に、シールドが在る場所を真っ直ぐ目指していた。

 途中、エネミーが襲い掛かって来るが、今度は前回の時と違って不覚を取る事は無く、ブラックは襲い掛かって来るエネミーを粉砕して行く。

 

(チィッ!! 此処まで弱体化しているとは!?)

 

 前回の時よりはスムーズにエネミーを倒していくブラックだが、内心では苛立ちに満ちていた。

 実際、ブラックからすればエネミーは敵ではない。前回の時よりも強力なエネミーは確かに居るが、それでも大体の攻撃パターンは同じなので敵ですらない。倒して行く事で力が微量ながらも戻って来ているが、それでも苛立ちは晴れない。

 

(……足りん。この程度の敵では!?)

 

 戦っていても何も感じない。

 エネミーとの戦いはブラックにとって既に作業になり始めている。そのまま白野を背後に連れながら真っ直ぐ先へと向かって行き、シールドに辿り着く。

 

「……凛とあのランサーは居ないね」

 

「そのようだな。しかし、これが心の壁か」

 

 ゆっくりとブラックはシールドに近寄り、迷う事無くシールドに右腕のドラモンキラーを叩き付けた。

 いきなりの行動とシールドとドラモンキラーのぶつかり合いで生じた激突音に白野は目を見開きながら、両手で耳を押さえた。

 ブラックは傷一つつかないシールドに目を細めながら、ドラモンキラーを下げる。

 

「い、いきなり何を!?」

 

「試してみただけだ。しかし、これは確かに通常の方法で破壊するのは無理のようだな。あの女が言ったように、五停心観とやらで破るしかなさそうだ」

 

 ブラックは告げると共に、来た通路とは違う通路の先に在るビルのような形をした建物に顔を向ける。

 

「……あそこだ。この迷宮内で一番強い血の匂いを発する場所は」

 

「あの建物が?」

 

 言われて白野もブラックが見ている建物に目を向けてみる。

 その建物は他の建物と違い、ビルのような形状をしていた。入れる場所は通路から見える入り口らしき物しか見えず、更に入り口には鉄格子のような物が見えた。

 一際異様な気配を発する建物を白野が見ていると、生徒会室から通信が届く。

 

『サクラ。その建物のスキャンを。内部の状態は分かりますか?』

 

『いえ、それが……あの建物だけ、スキャンが通り難いんです。まるで後から迷宮に継ぎ足したみたいに、構造が他と違っていて……』

 

『ビンゴかも知れませんね』

 

「…あの建物が凛達の秘密部屋? だとしたら、あそこに凛の秘密の手掛かりが?」

 

「可能性は在るだろうが、これほど外部に血の匂いが漂っているとなると、碌でもない光景が広がって居そうだ。それでも行くか?」

 

「……行く。今は少しでも手掛かりが必要だから」

 

 白野はブラックの言葉に頷き返した。

 ブラックは無言まま先に進み、エネミーを倒しながら件の建物に向かい出した。

 

 

 

サクラ迷宮/拷問部屋(白野side)

 

建物の中に入った瞬間、背中に怖気が走った。

 

部屋中には飛び散った血。

壁に磔にされた体から零れ落ちる血。

床に溜まり、少しずつ広がっていく血。

部屋に置かれている『鉄の処女《アイアン・メイデン》』などの拷問具を赤く彩っている血

 

一面に広がる血。

一面に響く苦悶。

一面に広がる…………この世ならざる血の牢獄。

 

牢獄の壁の向こうには、昆虫標本のように縫い止められた人々の姿が見える。

彼らは脇腹や肩、二の腕に穿たれた傷跡から血をだくだくと流している。相当な量の血が流れ、床を更に赤く染めている。

 

『……酷い』

 

生徒会も映像で確認したのか、桜が悲痛な声を漏らした。

気持ちは嫌と言うほど分かる。この光景は一般的な感覚を持つ者からすれば、常軌を逸した光景としか思えない。

 

『白野さん、その壁は破れますか?』

 

端末からレオの声が響くと同時に、手近な場所の壁をブラックが全力で殴りつけた。

だが、壁には何の損傷も見受けられなかった。どうやら拷問部屋を破壊するのは不可能らしい。

 

『……やはり駄目ですか。見たところ、壁に縫い止められているのは人間のようですが……サクラ、彼らはNPCですか、それともマスターですか?』

 

『…両方です。恐らく、皆さんと同じように表側で捕まった電脳体でしょう。そこのヒト達は旧校舎に逃げ切れず、迷宮に囚われてしまったと推測されます』

 

そんな……では、私達も一歩間違えれば、この中の一人になって居たと言うのか?

 

「う……ああ……だるい……誰か……其処に居るのか……?」

 

聞こえて来た声にハッと振り向き、壁で標本になっていた男性を見つけた。

 

意識が在る!!

血を絞られているものの、彼らは生きているようだ!

 

「生きているだけだ。そいつらはどうやら死んだ方がマシのような状態にされているぞ。良く見ておけ、この世には当人にとって死よりも恐ろしい事が在る事をな」

 

何かに気が付いたようにブラックは、険しい瞳で磔にされた人々を見回していた。

 

どういう事だろうか? 彼らはまだ生きているのだ。

今は助けられないが、後で助けられる手段を探して来れば……

 

「う、うぁ……返して…返して、くれ……もう、一生、このままで、良い、から……なぁ、返してくれよ……返せ、返せ、返せ、返せ!! 俺の、俺の才能を返してくれぇぇぇぇぇええ!!!」

 

「こいつらは既に死よりも残酷な目にあわされている。死なせて解放してやる以外に方法は、恐らく無いだろう」

 

『そう言う事ですか。NPCからは自己復元出来るギリギリまで血を……正確に言えばデータを抜き、マスターからは魔術回路を引き抜いて行く。魔術師(ウィザード)としての天性の素質である才能、そのものを』

 

『以前、似たようなスキルを持つサーヴァントと戦った事が在る。『陣地作成』のスキルと、Aランク相当の『拷問技術』……あのランサーは、戦闘では無く殺人に特化したサーヴァントと見て間違いない』

 

「同感だな。此れは何処までも効率よく人を苦しめる行為を知っている者でなければ出来ん事だ。それも日常的に拷問と殺人をやっていた奴でも無い限り、此処までの事は出来んだろう。となれば、奴の真名を探るなら、大量殺戮者で名を馳せた反英霊に重点を置くべきか」

 

磔にされている者達と、部屋に置かれている拷問具を注意深くブラックは見つめながら呟いている。

其処には怒りは見えない。何時も通りの冷静さしか伺う事は出来ない。だが、強い嫌悪感のような抱いている事だけは何となく感じた。

 

部屋全体で、まだ名も知れぬマスター達が悲痛な声で泣いている。

全身を槍状の物で串刺しにされながら、元マスターだった青年は尚も悲痛さに満ちた声で叫び続けている。

 

魔術師(ウィザード)としての証。

電脳空間を自由に行き来出来る力。魔術師(ウィザード)の存在基盤とも言える、その『特権』を返してくれと、青年は叫び続けている。

 

……私の認識が甘かった。

〝城の主”を名乗る凛を、まだ敵として見ていなかった。

 

だが、この惨状は非道過ぎる。

 

私はまだマスターとしての自覚も、力も、記憶さえも取り戻していない。

……けれど、この光景は決して許してはいけないものだ。例え相手が凛でも、この光景を造り上げたと言うのならば、真っ向から戦わなければならない。

 

「ほう。更に良い目になった。確かにこの光景に怒りを抱くのは当然だろう。だが、それだけで戦うな。義憤だけで固めてしまえば、それに掬われるぞ。まぁ、俺もこんな下らん光景を造った奴は気に入らんがな」

 

ブラックの声で、張りつめていた精神が解けて行く。

 

…ゆっくりと深呼吸する。

誓った決意はそのままに、力んでいた全身を落ち着かせる。

 

怒りや正義感だけで心を固めても、満足に戦えない事を、この体が覚えて居る。

 

『岸波、長居は無用だ。どの道、捕まっているマスターどもは助けられない。本当にそいつらを助けたいのなら、原因を探せ』

 

……ユリウスの言う通りだ。

惨状に背を向けて歩き出す。今は前だけを見つめなければ。

 

「……気に入らん。既に〝死んでいる”奴らに、更なる責め苦を与えるなど…」

 

だから、私はブラックが呟いている言葉の意味に気が付けずに、建物から外へと出た。




次回でフリートと共に居るサーヴァントの正体の一部が出てきます。
一応今回もヒントは出しました。

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