Fate/EXTRA BLACK   作:ゼクス

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この作品は一人称の練習もかねて居るので、白野サイドは一人称。
その他は三人称で進めます。


第一章 隷属庭園
1-1 現状把握


目の前に光景は夢だとしか思えなかった。

この世の地獄と表現出来る光景が、眼前に広がっている。

 

大地は荒れ果て、文明の名残と思われる瓦礫が視界に無数に見える。

死屍累々と無残な姿に変わり果てた人の亡骸が其処かしこに倒れ伏していた。奇妙な事に、死体の傍には、何かの卵らしき物も転がっている。

彼らは何かを成し遂げようとしたのか? 顔が判別出来る亡骸は、誰もが無念さに満ちた表情をしている。

一体、この光景は何なのかと疑問に思うと共に、巨大な光が広がった。

光と共に隕石のごとく空から落下して来る残骸に気が付き、空を見上げる。

 

そして見た。上空で光り輝く翼を背に備えた真紅の騎士と多少姿形は違うが、見覚えの在る『漆黒の竜人』が激突を繰り返している光景を。

 

真紅の騎士は決死に光り輝く剣を漆黒の竜人に振るっている。

漆黒の竜人はボロボロに成りながらも歓喜に満ちた目をして戦っている。

 

何故『漆黒の竜人』は歓喜しているのだろう?

全身ボロボロ。このまま戦っていても敗北するの未来しか無い筈なのに。

何故? 何故? 疑問が募っていく。しかし、その答えが分かる前の視界が遠退いて行く。

 

 

 

 

旧校舎/保健室

 

「脳波の正常活動を確認しました。アルファ波、ベータ波正常。覚醒状態です」

 

何処か懐かしさを感じる声がした。

 

「――ぱい。先輩? この声が聞こえますか? 落ち着いて、ゆっくり目蓋を開けて下さい」

 

曖昧だった意識と輪郭が、戻って来る。

言われた言葉通りに目蓋を開けてみると、見覚えのない光景が目に入って来た。

学校の保健室と思われる場所だが、一昔前の、地上では既に失われた古めかしい作りの保健室。

其処に置かれているベットに私は横になっていた。

ベットの傍らには、月海原学園制服の上に白衣を着た紫色の髪の少女が此方の様子を伺っていた。

 

「良かった。気が付いたんですね」

 

何やら少女は自身の様子を見て、深く安堵していた。

ベットから起き上がり、改めて少女を見つめ、名前を思い出す。

少女の名前は『間桐 桜』。ムーンセルによって保健室に配置された、マスターの健康管理担当のAI。

 

「目覚めてくれて良かったです。他の皆さんよりも昏睡状態が長かったので心配していたんです」

 

どうやら長い間心配をかけさせてしまったらしい。

事情はよく分からないが、ありがとう、と声を掛けながらベットから起き上がる。

 

「――」

 

礼を告げたと同時に、桜の顔に深く安堵したような表情が浮かんだ。

何故だろうか。何となくでは在るが、今の桜の様子は珍しく感じた。

 

「あ、いえ! ごめんなさい。自分でも分からないんですけど、岸波さんの声を聞いたら、何でかホッとしてしまって……もう体は大丈夫な筈ですから、立ち上がっても大丈夫ですよ」

 

心の底から安堵と喜びに満ちた微笑みを桜は浮かべている。

その微笑みに見惚れてしまい、つい私の頬も緩んでしまう。

 

……しかし、何時までも見惚れている訳には行かない。

此処は何処なのか。私が何故ここで眠っていたのか尋ねなければならない。

ベットから床に立ち上がり、桜と向かい合うように用意された椅子へと座る。

 

「それで……此処は?」

 

「質問はもっともです。でも、その前に確認させてほしいんです。岸波白野さん。貴女は、自分が誰なのか分かりますか?」

 

いきなりの桜の質問に面をくらってしまう。

そんな事は意識するまでも無い。

 

私の名前は岸波白野(きしなみはくの)

月海原学園に通う生徒――というのは仮の姿。

あらゆる願いをかなえる『聖杯』の使用権を手に入れる為に、月に侵入した魔術師(ウィザード)の一人だ。

 

「その、魔術師(ウィザード)と言うのは?」

 

……桜の質問の意図が分からない。

そんな事は初歩の初歩であり、基本である。

魔術師とは電子ネットワークに精神、人格ごと潜入出来る特別なハッカーの事を示す。

神秘学的なアプローチから端を発した新世代の通信方法を扱う者達。

 

「そうです。魔術と言う神秘が途絶えた時代において、唯一魔術理論を継承する人々の事です。では、次に今は西暦何年で、此処は何処ですか?」

 

西暦は2032年。人類の技術進歩が1970年から凍結され、『西欧財閥』が宇宙開発を廃止した時代でもある。

 

此処が何処かと言う質問に関しては大雑把にしか分からない。

今私達が居るのは月。正確にいえば、月の内部に発見された異性文明の遺産、『擬似霊子演算装置ムーンセル・オートマトン』である。

『ムーンセル・オートマン』は、言うなれば巨大な演算装置。地球の全てのコンピュータ総動員しても、ムーンセルの末端にすら太刀打ちは出来ない。

そして地上の多くの魔術師たちが夢見る、『聖杯』が眠る天上の海。

 

ムーンセルは『聖杯』の使用権を与える者を決める為の学園型の会場として、仮想電脳空間SE()RA()PH()を構築し、地上から多くの魔術師を呼び集めた。

集まった魔術師達に一つの太陽系に匹敵する演算規模を持つ、万能の計算機である『聖杯』の使用権を与える為、ムーンセルは戦端を開いた。

その戦端の名称は『聖杯戦争』

 

「そうです。弱き者には『聖杯』は与えられません。貴方たち魔術師は自分が生命として優れている……つまり、最強である事を最後の一人になる事で証明しなくてはならない。では、『聖杯戦争』において戦闘を代行するソース。それは何ですか?」

 

自分達の代わりに戦いを行なうもの。

魔術師のバイタルソースを糧とし、共に『聖杯戦争』を戦う一心同体のパートナー。

『サーヴァント』。過去の英雄を再現した使い魔。

 

……そう、思い出した。

ムーンセルが用意した『聖杯戦争』の予選を突破した私は、サーヴァントを律する『令呪』と共に本選に参加する資格を与えられたはず……なのだけれど。

……何か……とてつもない……取り返しのつかない問題を引き起こしてしまった気がする。

 

「其処までは問題ないようですね。じゃ、じゃあ、これが一番大事な事、なんですけど……岸波さんは、『聖杯戦争』中の事を少しでも覚えて居ますか?」

 

「そんなの当り前……あたり、まえ……」

 

脳裏に過ぎる不安を振り払うために、桜の質問に平然と答えようとした。

だが、すぐに私は自分の異常に気が付いた。そう、自分が魔術師として『聖杯戦争』に参加した事は思い出せる。だけど、それ以前の、私の、岸波白野の事が全く思い出せない!

いや、そもそも、私は何故殺し合いである『聖杯戦争』などと言う物騒な戦いに参加したのだろう!?

 

「やっぱり、他の皆さんと同じですね。自分が誰なのかは憶えているけど聖杯戦争中の記憶は思い出せない……落ち着いて聞いてくださいね。岸波さんは、『自分が『聖杯戦争に参加しているマスター』である事しか思い出せない。簡単に言えば記憶障害の状態に在るんです」

 

「記憶……障害?」

 

桜の言う言葉に全く実感がわかない。

だが、事実として私は桜の言う通り、『自分がマスターである』ぐらいしか『聖杯戦争』に関して思い出せない。

参加していたのならば、どんな戦いを繰り広げ、どんな相手を倒してきたのか思い出せる筈なのに、記憶はあまりにも曖昧だ。

ハッキリと思い出せることと言えば、此処とは違う別の校舎で〝何も知らない一般生徒”として学生生活を過ごしていた事。

 

正体不明の闇に呑み込まれて、自分さえも思い出せなくなる窮地に在ってしまった事。

 

そして……そんな自身を救ってくれたのが、正体不明の『漆黒の竜人』だった事ぐらいである。

 

「今、岸波さんは乱暴に言ってしまえば、『聖杯戦争』本選開始前の初期状態に戻った状態にあります」

 

「…どうしてそんな事に?」

 

「原因は分かりません。ただ他の皆さんと違って岸波さんは昏睡状態が長かったので、もしかしたらその影響で自分の名前しか思い出せないのかもしれません。現に他の皆さんは……あれ? と言う事は、もしかして……岸波さん? 私の名前は思い出せますか?」

 

おずおずと心配そうに桜は訪ねて来た。

もちろん、彼女の名前は覚えている。

 

「間桐桜でしょう」

 

「はい! 改めてよろしくお願いします。あ、私の名字は『聖杯戦争』ごとに、参加者の一人から名字をランダムで拝借しますので、間桐シンジさんとは無関係ですよ……とにかく、急ぎ足でしたが岸波さん自身で状況を確認していただきました。今私に出来る事はこれくらいです。残念ですけど、私も記録検索機能がロックされていて、皆さんと同じぐらいまでしか『聖杯戦争』に関しては憶えて居ません。本当にごめんなさい」

 

桜はすまなさそうに頭を下げた。

だけど、桜のおかげで私がどういう状態に在るのか知る事が出来た。充分に桜は力になってくれた。

そう桜に告げると、嬉しそうに微笑んだ。そのまま椅子から立ち上がり、部屋の隅の方に移動した。

 

「もしもし、こちら保健室です。岸波さんが目を覚ましました。精神、肉体共に異常はありません」

 

『それは良かった。では、早速ですが此方に来ていただけるよう、伝言をお願いします』

 

何処かと桜が連絡を取ると共に、保健室に放送のように少年の声で返答が届いた。

その声に何処か聞き覚えがあるような気がする。

 

「あの……岸波さんは目覚めたばかりですし、挨拶だけでは……」

 

『申し訳ありませんが、その余裕はありません。事態は一刻を争います。それに彼女なら、ボクが言わずとも勝手に校内を歩き回るでしょう。ボクが知っている岸波白野と言う女性は、何時までも大人しくしている性格ではありませんからね』

 

まるで自分を良く知っているかのように、桜と連絡しあっている人物は告げた。

癪では在るが、確かに目覚めたからには行動せずにはいられない。何も分からない状況だからこそ、一刻も早く現状を把握したい気持ちが在る。

 

『この新しくも旧い校舎を調べ回った後、『生徒会室』に来るように伝えて下さい』

 

通信が終わったのか、桜が此方に振り返る。

 

「あの……今の通信、聞こえましたか?」

 

うん、と頷いて椅子から立ち上がる。

桜は心配そうに私を見つめるが、此方の意思が伝わったのか口を開く。

 

「……分かりました。『生徒会室』の場所は二階に上がって左手側の教室です。それと、岸波さんのサーヴァントは二階の右手側の教室で待機している筈です」

 

『サーヴァント』。桜に言われて脳裏に浮かんだのは、あの『漆黒の竜人』の姿だった。

どうやら、桜はあの『漆黒の竜人』を私のサーヴァントだと認識しているらしい。

左手の甲を見る。其処には何も無かった。刻まれている筈の『令呪』は、跡形もなく消えてしまっている。

虚無の闇の中から脱出する為に全て使い切ってしまった。

『令呪』はマスターの証。それで『令呪』を全て使い切ったマスターは……どうなってしまうのだったか?

やはり、私は何か取り返しのつかない事をしてしまった気がしてならない。

だが、何時までも思い悩んでいる訳には行かない。とにかく、あの『漆黒の竜人』と合流しなければならない。その為に桜が告げた二階の教室に向かわなければ。

だけど、そう、何となく、本当に何となくでは在るが、あの『漆黒の竜人』は、教室にはいないような気がした。

 

 

 

 

 

旧校舎/図書室

 様々な蔵書が置かれている図書室。木造の机。木造の椅子。レトロな窓枠など、現代では在り得ない旧い時代を思わせる。その図書室の中で主に歴史書など置かれている一角で、ペラペラと本をめくる音が鳴り響いていた。

 書棚から取り出した本を真剣に読んでいるのは、黒いシャツの上に黒いロングコートを着て、更に黒い長ズボンを着用している。全身黒尽くめの身長190cmは在る男性は、金色の瞳で本を読み進めていた。

 図書室の中には男性以外に誰も居なかった。男性が入って来る前に図書室に居た筈のNPC達は、男性が入って来ると同時に出て行った。誰もが男性の放つ雰囲気に恐れを為してしまったのだ。

 

「……やはり、どの歴史書にも俺が知る歴史は書かれていないか」

 

 読み終えた歴史書を本棚に戻すと、次の歴史書に手を伸ばして読み進める。

 男性-人間体になったブラック-は、本のページをめくりながら自身の置かれている状況について考える。

 

(此処に居る〝俺”は、本来の〝俺”の因子から生まれた新たな〝俺”。となれば、因子を月の裏側に埋め込んだ奴が間違いなく居る。しかし、この世界の歴史は俺が知る歴史とは違う)

 

 ある程度、因子の大本に関する記憶は持っていた。

 残念ながらどんな最後を迎えたのか、今のブラックには分からない。だが、問題は其処ではなく、一体誰が月の裏側にブラックの因子を送り込んだのかである。

 最もその答えは大凡検討が既についている。ブラックの『因子』を持つ者など、ましてや『擬似霊子演算装置ムーンセル・オートマトン』に幾ら月の裏側とは言え『因子』を送り込める者など、ブラックの知る限り一人しか居ない。

 

(〝奴”は、ムーンセルの何処かに間違いなく居る。俺がこの姿である事が何よりの証拠だ)

 

 ブラックの本来の姿は『漆黒の竜人』の姿の方。何よりも、今のブラックの体は、月の裏側で『因子』が新たに構築したもの。大元も人間の姿に成れたが、アレは後から追加された姿。

 今のブラックは決して人間の姿になれる筈が無いのだ。だが、この旧校舎に辿り着くと共に、ブラックの姿は人間の姿に成っていた。何らかのシステムを利用して、ブラックに人間の姿を与えた者が居る。

 

(だが、〝奴”はこの旧校舎内には居なかった。やはり、居るとすれば旧校舎の外か……まぁ、良い。何れ会う時は会うだろう。あの研究狂の事だ。どうせ、何処かで高笑いしながら研究に熱中でもしているんだろうからな)

 

 ブラックはそう結論をつけると共に、再び本に集中し出す。

 今何よりも必要なのは今後の為の〝情報”。どう動くにしても、〝情報”は必要不可欠。だからこそ、ブラックは桜に待機しているように言われた教室から出て、校舎内を歩き回って情報を集めていた。

 そのおかげで校舎内には自身と繋がっている岸波白野以外に、六名の人間が居る事を知り、サーヴァントは三体居る事を知った。現状に関する事もある程度分かり、今後のどう動くべきかもある程度分かって来ている。最も、まだどう動くべきか決まった訳では無い。それを決めるのはこれから。そう。

 

「……貴方があの『竜人』?」

 

「…漸く起きたか」

 

 背後から聞こえて来た声に、ブラックは本を読むのを止めて振り返る。

 其処には、あの虚無の闇に呑み込まれ、自身に関する事を忘れながらも強い意志を示した少女-岸波白野-が、黒いセーラー服を着て僅かに逃げ腰ながらも気丈にブラックを見据えていた。

 

 

 

 

 

????/????

 

「ムフフフッ! やっぱり成功していましたよ!」

 

「嬉しそうだね、マスター」

 

「えぇ、嬉しいですよ、『ランサー』。しかし、まさか、虚無空間に飛ばされていたなんて……道理で〝召喚”に失敗した訳です」

 

「う~ん。僕としては複雑かな。だって、マスターが召喚に失敗したおかげで、僕はマスターに召喚された訳だし」

 

「まぁ、そうですね。理論も準備も完璧だったのに、失敗した時は本当に落ち込みましたけど、まぁ、面白いサーヴァントが引けたので良しです。さて、行きますよ、ランサー」

 

「えぇ! 合流しないの!?」

 

「しません。私達は私達で独自に今回の事件に関して調べるんです。いや、なら……」

 

「うわぁぁぁぁ!!! それだけは!? それだけは止めてよ!!」

 

 月の裏側の何処かで一組の理性が明らかにトンでいる主従が、騒がしくも誰にも気が付かれずに動き出していたのだった。




最後に出て来たのは、言うまでもなくブラックに関する元凶です。
普通に『聖杯戦争』に参加して、サーヴァントも居ます。因みにクラスは違いますが、公式で居る英霊です。

次回は白野の最初の選択肢。
誤れば、その瞬間にデット・エンドです。

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