ES〈エンドレス・ストラトス〉   作:KiLa

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第一六話【100万回生きたねこ(次)】

 ES_017_100万回生きたねこ(次)

 

 

 

「…………」

 

 一周(まわ)ってたどり着いたのは絶句という(てい)で、それはそれだけ彼女の許容値を超えてしまったということの証左だったのだろうか。

 その人、山田真耶。

 千冬に諭されてからも戦場にある少女らへとコールを続け、誇張でなくのどが枯れる思いで呼び続けた彼女が、今や言葉を絶やしていた。もう声量が維持できないほどに声帯を摩耗したのか? 否。残念ながら真耶の現状は、そんな涙ぐましい理由に起因しない。

 単純。繰り広げられる光景に目を疑ったから。

 

「ふうむ。あれは好みではないが、堅い。凰とオルコットには重いだろうな」

 

 疑ったけれど、しかし隣りに佇む千冬が現実だと誤解させてくれなくて。だからもろもろの一切を統括した真耶の脳は、至極当たり前に絶句という状態を肯定していた。

 突如として介入した織斑一夏。いったいどんな手管なのか、颯爽と登場した彼は早々に敵機の腕を迷いなく断ち切り、加え二連続の上段切りという変則技をやってのけた。それだけでも驚嘆に値する光景であるが、問題はそのあと。

 地面に落ちた敵は破損部分を速やかに再展開し再起動。それはよい。まだわかる。

 問題は、起き上がったその機体に、()()される二人の代表候補生。

 

 いったんと話は戻るが、教師陣としてもあの侵入者は無人機であるとの結論を下していた。

 こうした事態を許してしまっているが、それでもIS学園の教師である。ISの技術だって生徒に教導できるほどに習熟しているし、その一環で武道を嗜んでいる者も多い。……ISのために武道が使われる、というその現状が良いか悪いかというのはこの際度外視して、知識においても技能においても高い能力を持っているのは間違いない。

 そんな教員らのすべての心眼をもって告げている。あれは有人ではない、と。

 あれは無人のままに起動していると。

 根拠としては非科学的だろうし、ISに知識面でも優秀な教員らがまさか『無人機(スタンド・アローン)』が未開技術であるのを知らないはずがない。が、逆に言えばそういった己の積み重ねすべてを踏まえた上で無人機であるとの断を下しているわけだ。それこそ信憑性には足るのではないか?

 と、四の五のに六と七を加えた理屈であるが、そんなことよりも決定打となったのが。

 

『ああ、これは無人機だ』

 

 織斑千冬の、そのひとこと。

 よってこれ以上の肉付けは必要ない。議論の余地なんてあり得ない。織斑千冬が言うのであるのだから、間違いない。それは盲目めいた思考放棄にほかならないだろうが、しかし相手が千冬であるならば話は変わる。

 だって彼女は違うから。どうしようもなく桁外れの並外れだから。

 

 さておき、無人機である襲撃者。しかし候補生であるセシリアと鈴音の両名は、どうしたことか、その機械に怯えていた。

 無機質の脅威、というのもあるだろう。物言わぬ能面であるからこそ一層と不気味さが増すのである。言語学でいうところのコミュニケーションの失敗、ようするにこちらに発信の意思があっても正しく受信されない、とういう状態。逆もしかりであるが、だがむこうからなんら返答がない以上それは失敗であり、それは会話がおもなコミュニケーションツールである人間にとって、したたかなるほどにストレスだ。話が通じないのではなくできない、というのはそれほどまでに息苦しい。

 しかし同時に再びとわかってしまうのが、敵の中身が変わったということ。

 遠隔操作(リモート・コントロール)──こちらも先と同じく千冬のひとことのもとの断じられているが、しかしともあれそのさまに候補生が気圧されている。

 

 誰だって経験あることだろうが、面と向かって言われるほど怖いものはない。

 

 簡単にいえばテレビ越しのニュースであったりとかいう、(こん)(にち)情報化社会ならではの恐怖の減耗。間接的がゆえに希釈されてしまった言葉や想いというのは、いくら映像として姿が見えようが、(なま)で対することに幾億倍とも劣っている。

 で、あるのに。そのフィルター越しの敵に圧倒されているという事実──それでも()()()()()()()。無人機で遠隔操作であまつさえ気後れしていようが、そこまではいいのだ。

 どんな倫理的に重ねようともそこはすでに戦場たるありさまで、彼女ら二人にとっては本物の殺意なんて始めてだろう。真耶がそれを知っているのかだとか克服しただとかの話はおいて、なにも彼女らを責めるものではないというのが事実。当たり前、むしろ人としてあるべき姿。

 だから問題はこのあと。

 

 そんな敵に、一切の躊躇なく吶喊した織斑一夏の存在だ。

 

 まるでさっぱりいっこうに、彼は皆目乱れを見せていなかった。ブレていなかった。

 そう、それこそ真耶が目を疑った光景。

 候補生という立場をもってしても怯えたじろぐ脅威なのに、だからどうしたと言わんばかりに挑んでいったのだ。

 許し難くて認められないが、ここはもう戦場だ。最悪命を失いかねない炎の国だ。

 なのに微塵も変わらないあの少年は、いくら愛すべき教え子であろうと『おかしい』のひとことが口をついて止まらない。

 確かに知っている。一夏は優しい少年だ。一ヶ月にも満たない時間でもわかるほど。友達や仲間といったものをなにより大切にするし、誰にも貴賎なく触れ合える男の子だ。少々頑固なところもあったりするが、もちろん悪性のそれじゃなくて、なにが大切なのかを存知している。そんな彼からしたら誰かが傷つくかもしれない今の状況、憤るのはおかしなことじゃない。だけど。

 もはやこの状況は、勇気だなんだのとで振り切れるものじゃないだろう。

 蛮勇の類い。無謀で無茶。立ち上がることに酔っているだけの軽挙妄動。二人の候補生のありさまが語るように、気合いなどという精神論だけでは覆せない。

 

 なのに動いているのだ。

 あまつさえ敵と抗しているのだ。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)の連続使用という生命を削ぎ落とすような機動でこそ保っているが、事実として格上である襲撃者と剣を交わしている。……それをすごいと賞讃できるわけがないのは、ああ語るまでもない。

 どころか、そのさまに後押しされたのか、縮み上がっていたセシリアと鈴音まで戦いに続投する始末。

 本来ならばその情動は素晴らしいもののはず。互いを鼓舞して励まして、奮い立たせながら歯を食いしばる。青臭くても誇らしい、疾走する青春だ。……そのはずなのに空々しいほどに寒々しいのか。

 なにもかもおかしい。どうしようもなくおかしい。馬鹿の一つ覚えよりも単調に、おかしくておかしくてわからない。

 

「まあもとよりこれは一夏こそ至当だろうな」

 

 そして自分の弟が危険に向かっているのに、先ほどから意味のわからない言葉しか口にしない織斑千冬に、否応もなく不安にさせられてしまうのだ。

 侮辱ととられてもかなわない。これは狂人の類いだ。冷静だとか鉄面皮だとか、教師の鏡たる即応力のシロモノじゃない。一夏への不安を隠して毅然としているわけでも、職務のまっとうなどと冗談もはなはだしい。

 だってだってこのひとは、心の底から心配なんてしていない。

 この状況を、実弟が身を削るこの戦いを、胸を躍らせているようにしか見えないのだ。

 

(やっぱりこのひとは、このひとだけは──)

 

 この女は、()()()()()()()()()()()()()と。

 真耶はそれを改めて確信し、『己が取るべき選択』を回想して。

 

「時に山田君。君はこの仕事が好きかい?」

「……急に、なんですか?」

 

 拍子抜けするようなその言葉に、思考が(いっ)(とき)の空白をみせた。

 

「何、君が些か自責し過ぎに見えたものでな。冷静になれ、とは思考を円滑にする為だが、見当違いをシナプスに走らせては本末転倒だ。

 いやさ、教師に対する皮肉のつもりではないよ。こうして生徒を戦わせてしまっている現状は、転嫁とも取れなくないが、誰に責があるわけでもない。開き直れとは言わない、しかし、適度の余裕は必要だろう?」

 

 だから雑談を、と。理に適っているとはお世辞にも賛同できない理屈を回しながら、だが真耶は千冬のこんなのは今に始まったことじゃないと諦める。

 実に唐突な話題の転換。こちらの気なんておかまいなしに、そして悪意も他意もないから(たち)が悪い。意味がわからないと断じればそこまでだが、というか、いかな意義があろうと相手が千冬の時点で無駄である。

 別に真に受けたわけじゃないが、数泊おいて真耶は返答する。

 

「……それは、好きですよ。私の体が動くかぎり、辞めるつもりなんてありません」

「なるほどな。しかしやはり若い時分、選択を自問する事もあるだろう。転職などを考えた事は?」

「そうですね。お嫁さんに永久就職なら考えものですが」

 

 いささか緊張感に欠ける言葉を返しながら、視線はモニターから離さない。

 なんにしたって、今が緊張を欠いていい場面でないのは明白だから、せめて自分は、と。まったく子ども地味た意趣返し。だが、千冬の態度を非難するでなく逆説的に捉えたとした場合、それは現状が()()()()()()()()()()()()ということの表れではないだろうか。……もっともかえって、この女性が慌てるような事態なぞ想像なんてしたくもないが。

 依然としてアリーナに舞う四つの風。白と黒と青と(えん)()。三対一という常道でいえば絶対的とさえいえる数の差だが、その趨勢は語るにおよばず。どころか、後者二人の技量が相対として浮き彫りになっている感さえある。

 候補生二人の技量でも白黒二機に届かないと見えてしまうのだ。──それに『おかしい』と言いそうになった意識を押し留めたのは、なおと言葉遊びを続ける千冬の言葉だったか。

 

「ふふ。何をするにしろ、ならば若い内がいいだろうなあ。そうだな例えば……」

「なにかおもしろいお仕事でもご存知なんですか?」

 

 だから彼女は本当に軽く。なんとでもなく、意識も割かず、鵞毛のように言葉を()がす。

 

 

 

「────例えば、そう。織物会社に転職なんて、君は似合うんじゃないか?」

 

 

 

 その瞬間、山田真耶は心臓を掴まれたような、という表現がどういうものかを体験した。

 

「……編み物はきらいじゃないですよ」

 

 淀みなく言葉を紡げたのは、果たして僥倖といえたのだろうか。

 改めて言おう。織斑千冬にカマ掛けのつもりは一切ない。思わせぶりの策士めいた(はかりごと)も、言論極まる駆け引きも、とんと微塵も意識していない。

 ただ本当にそう思ったからそうしただけで。

 同様に、その程度だから口にしただけ。

 けれどもそれはまさしく山田真耶の『己が取るべき選択』の核心であり。

 

「それは重畳」

 

 ──千冬のその言葉が、かえってそれを確固たるものと結実させた瞬間だった。

 

 

 ◇

 

 

「ザァアアアアイッ!」

 

 体の震えを消し飛ばすがごとく、弾ける咆哮のもとに刃を振る。

 負けられないと声を荒げる凰鈴音。吹けば冷めそうな気炎を無理矢理に興奮させて、殺気の中心点たる黒星に果敢な剣戟を打ち放つ。一息に六連、()()()()()()()()()()()彼我の技量の差を埋めようと奮迅した。

 そう、六振り。それはセシリアとの一戦でも披露していない彼女のとっておきの一つだ。

 

「シッ!」

 

 矢の一息。切り上げる一刀を握る肘の動きに連動し、空中に浮く《双天牙月》の内一つが流れるように追撃をかけた。

 一夏の高速機動によってこそなされた手数を圧倒することによって抗するという戦闘スタイル。そんな両者の間に割って入った鈴音が行ったのは、彼と同じく『自身の手数を増やす』という選択だった。悔しいが、単純な技量では敵には勝てない。オマケに《甲龍》の仕様ではたとえ衝撃加速(インパクト・ブースト)を駆使したとしても彼ほどの高速運用は行えない。そこで鈴音が選んだのがこの六刀展開だった。

 両腕に握る二刀に加え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という方法。

 ──非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)は大抵の場合が推進装置かシールド、あるいは重量級の『砲』であることがほとんどだ、というのはわざわざ解説するまでもないだろう。そういった装備を空間そのものにマウントし、機体と物理的な接触をもたらさないことで機体の可動領域を良好にしているわけだ。PICならではの方法。

 ではそれを、近接武装に応用したらどうなるか?

 無論、それはバリエーションの多様に直結する。

 鈴音は非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)にした四刀の『支点』を自身の両肘・両膝にすることで、『体を動かすだけで武器が振れる』という手段を講じていたのだ。

 よって彼女の今のさまをたとえるなら六刀流。ハリネズミならぬヤイバネズミの外装をもって、脅威たる黒星へと肉迫する。

 が、それでも。

 

『…………』

 

 それでも、敵機はいかな同様さえ体現しなかった。

 常道を逸脱する体の動きから繰り出される六枚刃。六連撃どころか一二も二四にも連なるかという刃の旋風を前に、敵の二剣はそのことごとくを苦もなく捌く。捌いた挙句、こちらに追撃さえかけてくる。

 気圧される。自身がいかにおよばないかを無言のままに叩き返される。こんなものは児戯だとでもこけ下ろしてくれればいくぶん心も休まるだろうが、徹頭徹尾無言を貫く。それが輪をかけて気色悪い──?

 

(って、無言?)

 

 そしてはたと、ようやく気づく。

 そういえば待てよ、なんで敵は無言なのだ? さっきまで、それこそ一夏を相手取っていたときは饒舌なほどに言葉を交わしていなかったか? いいや確かに、戦いの最中にべらべらと狂言回すのは愚かに分類されてしかたなしだが、だとしたら先の様子に説明がつかない。そもそもそんな意図なんて相手にないと言ってしまえば完結だが、こうも不明な敵であれば些細なことでも気が向いてしまう。

 なぜだ、と。しかしそれはただでさえ敵機に劣る鈴音にとっては呆れ果てるほどの愚蒙の思慮だ。

 こんな紫電颶風のさなかにそうした思考に興じるなど、再三繰り返すが愚かしい。

 気づいたときには遅い。

 その思考の乱れは、敵に容易く察知される。

 

(しまっ──)

 

 迫る黒刃光刃の二連刀、六枚刃の外装を縫い裂いて、己の浅はかさを叩きつけられた。

 とは、さにもあらず。

 

「──ぉ」

 

 白銀の一迅。鈴音へ向かう凶刃を高速の一撃が弾き返し、それに黒星が()()()()()とばかりに追撃する。

 そうだここは戦場。仲間のいる戦場。ならば友人の窮地を仲間が救うなど、奇跡なんて仰々しく彩らなくとも容易に起こる。

 敵の攻撃を弾いたのは一夏の一刀だった。鈴音が介入したためか先ほどよりは一段ほど速度が下がっているものの、それでも候補生の彼女からしたって驚嘆に値する速度で機動を続け、『それが俺の本懐だ』とでも言わんばかりに鈴音を助けた。──などとの思惟は直ちにしまい、一夏へと意識が向かっている(あいだ)に間合いを離す。

 そうして敵の周囲から二人が距離を空けたとなれば。

 

照射(シュート)

 

 後方支援に徹するセシリアのレーザーが降り注ぐのは返ってわかりやすいほどに常道だ。

 そうして降り注ぐは三条の光線。だがさすがに読まれるのは当然だ。黒星は即座にショートブーストでもって真横へと高速回避、痛痒にすらならず躱してしまう。

 だが、だがしかし、それこそセシリアだって容易に想像つくのはそれこそ当たり前でしかるべき。

 よって、敵が回避し着地した瞬間、()()()()()青の二線が後頭部に迫った。そう、別の角度。

 鈴音が六刀流という技能を見せたように、セシリアも未公開の技を見せていた。

 現在一夏と鈴音の二人が前衛を担当している。となればそれだけ僚機が敵に接近している機会は増え、射撃をおもな攻撃手段とするセシリアはその合間を縫っていかねばならない。だが敵の動きに対抗するために二人はできるかぎり速度を上げて動いている、つまり立ち位置が秒単位で入れ替わってしまう。

 そうなると射手であるセシリアも仲間を射線に入れないように立ち回るしかなく、そうやって射撃ポイントを変えれば照準もタイミングもなおのこと遅れてしまう。加え穴に糸を通すようなシビアさが求められる現状では、若干精度に欠けるビットを操作しての射撃など自爆を呼び寄せかねない。

 ゆえに、セシリアの選択は『動かない』ということ。

 入り乱れる白黒臙脂の三機を囲むように、()()()()()()()()()()()()ということ。

 

照射(シュート)

 

 敵が避ける、その着地点に『あらかじめ方向が固定されていたビット』が射撃を行い、それを躱せばさらにその先で別のビットがレーザーを見舞う。行く先々で、待ち伏せしていたように次々とビット達の方向が瞬いていく。

 セシリアは現在、その《ブルー・ティアーズ》に格納されたビットすべてを展開し、それをそれぞれ様々な砲角で空間に配備していた。その数実に三二──鈴音との対戦に見せた二四枚に加え、常時使用の四枚と予備の四枚を合わせた大量だ。それらのビットを移動させず、ただ方向だけを定めた状態で展開していた。

 業腹だが、今のセシリアにはすべてのビットを運用する技量はない。正確に独立機動させて運用できるのは四枚まで、八枚動かせなくもないが、それは所詮動かせるだけだ。お世辞にも戦力としては虚を突くほどの効果しか期待できない。

 ではただでさえ困難なビット使用をましてや三二基など、無謀にもすぎるのではないか? ──よってこその逆転の発想。

 ()()()から動けないのであれば、むこうを誘い出せばいい。

 そう、セシリアは敵が通過するだろうポイントを定めあらかじめビットを固定、そこに敵が到達した瞬間に砲火するという多角的な待ち伏せの方法をとっていたのだ。

 

「ッ……照射(シュート)

 

 しかしそれだけ多角的な砲撃だ。セシリアが動かないことによってようやく運用できるのだが、欠点としては一方向からしか戦況が把握できないということが浮き彫りになる。いくらハイパーセンサーで全方位視野ができようがそれは結局自身の周囲だけ。動かない以上は一方向となんら変わらない。

 よってこの戦法をより確実にするため、さらに二つの用法を取り入れていた。

 一つはトリガーの連動。ビット達は遠隔操作のため、念じるだけで発射することができる。実に便利なビットの利点だが、それは現状に至ってはマイナスに作用する。単純に、精神的な負担になるのだ。これはISの飛行に関わる話に近しく、言ってしまえば『本来あり得ない感覚を使っている』ということ。それは負担にならないはずがない。

 そのため負担軽減措置として編み出した思考操作、『ライフルの引き金とビットの射撃を連動させる』。セシリアが常時持っているレーザーライフル、それの『引き金を引く』という動作と『ビットで射つ』という動作を連結させているのだ。そのためライフルは射撃をオフにせねばいけないが、負担の軽減は著しい。なにせ『トリガーを引くからビットが打てる』という既存の感覚に押し嵌めているのだから。

 そして二つ目。

 

「凰さんは右方より追撃、一夏さんは陽動を」

「「了解」」

照射(シュート)

 

 それは()()()()()()()()()()ということ。

 ハイパーセンサーの機能の一つに直視映像(ダイレクト・ビュー)という機能がある。

 それは許可した相手と視覚情報をシェアリングするというもの──簡単に言えば相手と同じ視点で見えるというわけだ。通常それは下位の操縦者が上位の操縦者から技術を学びとるために使われることが多いが、それが多角的なビットにどのような恩恵をもたらすかなど言うにはおよばない。今回は役割分担上、セシリアが二人の視界を見ているが、逆に二人は彼女の視界を見てはいない。近接戦闘に専念するため一方通行の状態。

 ともあれ二人の分の視界に自身の視野を合わせた、およそ三倍にもおよぶ広範囲の『目』で彼女は戦況を把握し、適切なタイミングで射撃を行えていた。これもビットという、並列動作が重要になる装備を操るセシリアならでは……これが一夏や鈴音であれば、残念ながらここまで有用には使えまい。

 言わば俯瞰視、指揮官の視点。この戦場を支配しているのは間違いなく彼女で、

 

『…………』

 

 とはお世辞にもはばかれないこの現状に、気を抜けばいとも呆気なく飲み込まれるだろう。

 敵に飲まれる。殺意に溺れる。

 二人は確かに立ち上がった。一夏の奮闘に後押され、己がどうするべきかを認識して駆動した。恐怖は健在、恐れも多分。だけれど上昇する熱意で体を鼓舞して戦っている。輝かしき変調、そうとも負けるわけにはいかなくて。

 

 弁えてなお、手札を晒してなお、黒星の脅威たるやすさまじい。

 

 いくら鈴音が手数を増やそうが、いくらセシリアがスナイプを行おうが、そのことごとくが躱しいなされ弾かれる。これだけの妙手上策を晒そうが、一顧だに戦況はこちらへと好転せず、ひたすら綱を渡る膠着を引き伸ばす。黒星にダメージが通らない……!

 そうだ、通らないのだ。一夏が一人で戦っていたときと同様に、三人になった今でさえ変わらず、ろくな損害を与えられないのだ。単純に、そうとも単純に考えれば、彼ひとりで拮抗できていたのであるのなら、戦力が増えた分こちらが有利になるのは明白だ。一人で手一杯だったのが簡潔に三倍になる。別段新たな手管を凝らさない以上、どうしたって来襲者側が不利になるのは目に見えている。なのに。

 なのに、いっこうに均衡が崩れていない。

 それがどういうことなのか……言い得て非常に簡単で、だからこそ信じられない異常事態。

 一対一では拮抗していた。しかし三対一でも変わらない。敵は別段なにかしたわけでもなく、こちらはせいぜい一夏が速度を落として候補生二人が加わったくらい。

 と、すれば。

 

(あたしが……)

(わたくし達が……)

 

 ()()()()()()()()()()()()、と。

 明瞭な帰結。馬鹿でもわかる。戦力が増えたにもかかわらずなにも好転しないということは、つまりなんの足しにも働いていないということ。隠し玉を披露した候補生が二人プラスされたというのになんのメリットにもなっていないということ。

 いいやむしろ、一夏が一人で奮闘していた状況のほうが優勢だったのではないかというほどだ。

 いよいよもって、セシリアには信じられなかった。織斑一夏とセシリア・オルコットとの間にこうもの実力差があるなどと、にわかにどころか認められない。己が恐怖し畏懼しているから、普段よりも力を発揮できていない。そうかもしれない、虚飾はない。それを素直に踏まえたうえで、しかし今は候補生としてその十全を賭けていると断言できる。なのに、一夏一人のほうが良いのではないかと思わされてしまう事実……。

 だからこんなにも老獪めいた来襲者よりも、ともに立つ織斑一夏にこそ、疑問が止まらない。

 まさか初めて戦ったあのとき、貴様は手を抜いていたのか? いいやそれこそナンセンス。互いに意志のかぎりを尽くしたのだと、誰より自分が知っている。あなたが月が綺麗だとこぼしたあの日の夜が、なににも劣らず語っている。ならば。

 

(一夏さん、あなたは……?)

 

 ぞくりと。

 英国淑女は、なにかどうしようもないことの前触れであるかのように、走る悪寒を受け入れた。

 

 そうして一方の鈴音は、驚愕よりも悔しさを噛み締めていた。

 ああそうよ、そうだとも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからそんな当然よりも、そこに未だたどり着けない己がただただ悔しい。

 知ってたとも、理解していたとも。敵がいて仲間がいるこの状況で、あんたが『どう』するのかなんてこの場の誰よりも知っているから。──ゆえに弁え、歯を噛み締めろ。震え萎縮し熱が冷めようとも、決して体の駆動を途絶えさせるな。必ず追いつくのだと、そうとも無理矢理にでも奮い立て!

 

 両者(たが)う認識の齟齬。しかし共通の一貫して、自身らが足を引っ張っていると理解した。

 理解した上でセシリアは直感し、鈴音は爆轟する。

 足りてなくておよばなくて、怖くてそれでも立ち上がって、まだだまだだと吼え猛っているのだから──だからそうだぞ、戦おう。依存するから追いかけるんじゃない。負け戦だから滾るのではない。

 織斑一夏が戦っている。己は遠くおよばないかもしれないが、確かに心が燃えている。

 彼に意地があるのなら、こちらにだって当然に。

 

「まだァ──!」

「それでも──!」

 

 剣閃が瞬く、蒼閃が踊る。内燃する気概以外を今ばかりは一切に忘却して、全霊の戦技を叩き込む。

 熾烈であり可憐。超速で空間を裂く一夏に劣ってなるものかと、そして負けてなるものかと、冴える技の数々が驚異的な速度で回転率を上げていく。灼熱の火の国、しかして吹き抜けるは乙女の清爽か。

 それでもと言ったぞ。まだだと吼えたぞ。そちらの戦力は圧倒的だが、こちらは依然折れていないぞ。

 ならば負ける道理がない。

 恐怖したって、立ち止まる理由がない。

 それでも、それでも、まだ、まだ、まだ────!

 

 

 

『……なあおい、そこの()()(あたま)(へび)(がみ)(おんな)

 

 

 

 ──だからそんな、ともすれば気が抜けているような声色には覚えがなく、その発信源が襲撃者からだと理解するに少しばかし時間が必要で。密やかに立ち上がる心情の前に、なんだか似合わない声色だったから。

 二尾頭(ツインテール)? 蛇髪女(ナチュラルカール)? それはもしや私達のことか? なんとも面妖、これまたけったいな言いようであるが、この緊急にそれをかく言う余裕があるはずもなく。

 

『足りんぞつまらん。おまえら、そんな(ざま)で生きているつもりか?』

 

 背が震えた。芯が凍った。自らを震え立たせてまで興じた紫電颶風がかき消える錯覚がした。

 直前の思考プロセスなんて始めからこうして崩されるのが前提だったかのように、いっそ爽やかなまでに思惟を空白で押し潰す、一方的に熱を奪う。まるで立ち上がる誇りを小馬鹿にするように、まるで確信する意地を一笑するように。

 負けられないと踏ん張ったはずの胆力が零下に反転していくのを感じて。

 

 

 

『──違うだろう。もっと熱烈に生き狂えよ』

 

 

 

 瞬間、とてつもない底冷えの殺意を感じてしまい。

 直後、相手の機体が変形を始めた。

 

 言葉が同時、彼女──と称するのはあくまで声色による主観であるが──がまとうその装甲、その表面に無数のラインがひかって走り、そこをなぞり開くように外殻が()()()()()()。伸縮のようでいて膨張。鎧が割れ、装甲が開き、内核を晒すように伸びて膨れる。両腕・両脚はさらなる長さに加えて厚みを増し、両手にしていた長銃剣すらも同じように姿を変える。

 しかしなにより著しいのは黒星の背中に背負っていた長大極厚の装甲板。それが大胆にもX字のように割れ、歪な翼のようにわらわらと骨を広げる──そして。

 

 そうして、その開いた隙間から()()()()()()()()()

 

 全身、装甲が開いた箇所よりエネルギーウィングが現出していた。

 異様な光景。それこそ二足歩行が四足に変わるような劇的なものではないかもしれないが、しかし武装の展開・格納の一切もなくこうして明らかに仕様が変わっていくさまは、パワードスーツという構造のISにとって、間違いなく異常なるありさまだった。

 暗黒色の機体に、そこから突き出る白い光の刃達。大胆奇怪に開いた背部装甲は背中から本体を掴まんばかりに広がり、そこから尖るエネルギーエッヂはまるで花のように咲いていた。その数六枚、まるで彼岸花科のタマスダレ。その花弁の色は、なるほど『純白(カンジダ)』と銘打たれるに似つかわしい。

 今ようやくと理解する。敵が背にしていた謎の装甲塊、用途がまったく不明のそれは、この形態でこそ真価を発揮するものだということを。

 だからもっと生き狂え──彼女が轟かせるその凶念が、形となって鎌首をもたげた姿だった。

 

「「────、」」

 

 冷めた敵の言葉に反して機体の熱量たるやすさまじく、みなぎる殺意を代弁して禍々しいまでに花を開く。

 茫然自失、しかして確然。あふれ出る殺意は未だに万遍。

 理解できないことの連続で、それでも熱意を振り上げて、己の至らなさを踏まえてなおと奮迅し──そして目前に口を開くこの光景は、いったいなんの冗談だ?

 

 ──だからこそ何度目かの繰り返し。阿呆に劣る焼き直し。

 

 依然緊張の真っただなかで、敵のなにがしかに思考の空白を明け渡してしまうなど、無防備に命をさらけ出すのとなにが違うのか。

 いいやそれこそ生命のあるべき姿、人間としては実に正しい在りようなのだろうが……その是非が、これから繰り出される末路になんら作用しないのは当然だ。

 つまり。

 

 

 

『燃えてみせろよ、生者ども』

 

 

 

 つまり、依然として暴威のただなかであるということで。

 純白の暴力が、少女らの空白で咆哮した。

 銃口が、瞬く。


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