コジマ汚染レベルで脳が駄目な男のインフィニット・ストラトス   作:刃狐(旧アーマードこれ)

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for fourth answer 『4つめの答えの為に』

一粒、水滴の落ちる音がする。

 

「―――――!!」

 

何かの音がする、いや、音というより声だろうか、でも……誰だったか。

また一粒水滴の落ちる音がした、声も聞こえるが頭の中で反響して水滴の音のほうがはっきり聞こえる。

 

「―――ち――!!」

 

あぁ、この声は知ってる……いつだろう、何十年前かだったっけ?

 

「しん――ろ―!!」

 

いや、違うな、もっと最近だ、にしても暗いな……いや、俺が目を閉じてるのか。

ゆっくり、目を開けると黒い何かが床に広がっている、頭の中でガンガン音が響いて視界は歪んでいる。

なんだ、この黒いの……あぁ、水か。

 

「目―覚ま――!」

 

俺から出てるのかこの水、汚ぇな……いや、これは……あぁそうだ、これ、血か。

 

「ごぷっ」

 

ビチャビチャと血と思しき液体が俺の口から零れ落ちて床にぶちまけられる、聞こえてくる声が一層大きくなった。

さて肝心の声の主は誰だったかと下を向いていた顔を前に向ける。

 

意識がはっきりした。

 

「かん、ざし……」

「あぁ、信一郎……!!」

 

俺の眼前、10mもない場所で椅子に拘束される声の主(かんざし)が俺の顔を見てぽろぽろと涙を零している。

 

「よ、助け……きた、ぞ」

「そんなに、なってまで……どうして!!」

 

そんなにって、どんなだよ。

と思いながら首を振るとどうやら俺は拘束されているみたいだ、義手義足に金属で出来た拘束が1本ずつと……。

 

「右腕に、6本か」

「あぁ、その通り! いやなに、君の鉄の四肢にいくつ拘束を付けようが無駄だと思ったのでね、生身の腕に過剰なほどの拘束をさせて貰っているのですよ!」

 

ねっとりとした耳に入れるだけで不快になる声が簪のいる方向から聞こえてくる、顔を向ければああ確かに、白衣を着た痩せぎすの不健康の代名詞のような男がにやにやと笑いながら俺を見ていた。

 

「あァ、探して磨り潰す手間が省けたよ、結構気が利いてるんだな、無能」

「こんな状況でなおその言葉が吐けるとは、素晴らしい、賞賛に値しますよ」

 

ぱちぱちと余裕ぶって拍手する畜生が死ぬほどムカつく、この右腕の拘束具さえなけりゃすぐにでも引き裂いてやれるんだけどなぁ。

 

「まぁ構いません、気分はどうです?」

「最高だよ、ここ最近で一番すっきりしてる」

 

それは間違いない、いやむしろ一周回ったのかとも思えるほどだ、ズキズキ痛みこそするものの得体の知れない震えも、視界のノイズも見事に消え去ってくれている。

 

「それは何よりです、ではさっそく公平な取引と行きましょう」

「頭湧いてんのかテメェ、どこが「公平」だ」

「おや、君はこれを公平ではないというのですか? では何でしょう、僕が有利とでも?」

「間抜け、テメェが下だ無能」

 

口に溜まった血を畜生に吐き掛けるが1mも飛ぶことなく床に伸びた俺の血に着弾する、どうも肺活量が死んでやがる、体調は最悪の3歩先ぐらいらしい。

あぁクソ、この右腕がいっそ無けりゃなぁ。

 

「まぁそれでもいいでしょう、では取引内容ですが、簡単です!」

「ほう? 言ってみろ」

「君の身体を細胞単位で解体(バラ)したいのです」

 

そう言い切って言葉を止めた畜生がクソ汚ぇ笑みを隠そうともせず俺を見る。

 

「テメェは経営をさせたらダメな無能だな、取引って言葉を辞書で引いてきな」

「……私はハイ以外は聞きたくないんですよ」

 

よくわからないハンドガンにしては妙に大きくサブマシンガンにしては妙に小さく、よくわからん無駄の極みともいえるフォルムをした21世紀初頭に想像したぼくがかんがえたさいきょうのてっぽうみたいなものを俺に突き付けながらそう言った畜生に意識せず鼻から笑いが漏れる。

あまりに武器といった実感がなさ過ぎて子供におもちゃのレーザー銃を向けられているようだ。

 

「それこそ無能の極みだな、交渉事は断られることを念頭に置いておけ」

「では……こうしましょう」

 

おもむろに玩具を仕舞ったかと思えば今度は本物のハンドガン(HK45CT)を取り出してあろうことか簪へと突きつけた。

 

「待て!」

「色よい返事をいただけそうですね」

「ダメ! それだけは絶対にダメ!」

 

なるほどクソッたれ俺のアキレス腱をよくわかってやがる、というより俺が何のために来たのかなんざ考えなくても分かるか。

目の前の畜生はマドカの事を踏まえると倫理観なんざ皆無の自分に利のある、それも金銭ではなくクソみたいなひん曲がった知識欲のためだけに動いてる、時間を稼ぐなんてのは悪手中の悪手だろう。

 

「……俺からも条件がある、分かるとは思うが簪を開放しろ」

「だめ、いやだ……信一郎がいないなんて、耐えられない……!!」

「えぇ、残念ながら、彼女も必要でしてね」

 

……なんだと?

なぜ簪が必要なんだ、極論どこにでもいるISの代表候補制だ、簪でなければならない理由なんてどこにも―――

「何故かは分かりませんが……彼女のIS」

 

ぞわり、背を嫌なものが駆け上がる、まさか……まさか、まさかまさかまさかッ!!!!

 

「私にも一切解読できないんですよねぇ……」

「それは……ッ!!」

「しかも! 彼女がいなければまともに起動さえできないのです!」

 

俺の……所為かよ……ッ!!

 

「ですので、彼女は絶対に必要なのです、我が愛しの女神、篠ノ之束博士が私のために作った課題を解くために……ね」

 

右腕を引こうが押そうが全く動かない、拘束が幾つもあるからじゃない、右腕がピクリとも反応しない。

 

「それに君自身も面白い! 君を拘束する時に少しだけ調べたが内臓は既に幾つか破裂していて右腕なんて皮袋に入ったミンチ肉、しかも既に2リットル近く血液は失われている、君がいくら大柄だとしても生身の比率的には既に致死量の血液を損失している! なのに何故生きていられるのか?! ああ面白い、とても面白い! あのクローンで実験する事よりも強く興味を引かれているよ、私は!」

「クソッ、イイ趣味してやがる……!」

「ああ、そうだろう? さて私がなんとか譲歩できる交換条件だがね、少なくとも彼女を五体満足でいさせてあげよう、どうだい?」

 

どうする、どうすりゃいい、ここで呑むか……?

最悪俺が死んでもマドカ達がいる、簪だけでも助かる可能性は充分にある、もしダメでも大丈夫だ、母さんが簪を助けてくれるだろう。

俺のプライドなんざいらねえ、いや元よりそんな物はない、だが信じれるか、コイツの言葉を?

 

「待ってくれ、少し……少しだけ……」

「ふむ……」

 

俺が少しでも時間を稼げばそれだけ簪の助かる確率は高く―――

「まぁいいよ、でもリミットは」

 

簪にちらりと目を向けたクソ野郎が指に力を込めるのが嫌でも分かった。

乾いた音が簪の脚を貫く、黒い水が簪の脚から弾け、零れた。

 

「ぁッ!! っぐぅぅっ!!」

「彼女が失血死するまでだ、早く決めてね?」

「なに、おッ!! お前えェェェェェェッ!!!!!」

 

もう迷ってなんていられない、一秒でも早―――

 

「だい……ッ、じょうぶ、だから……ッ!」

「大丈夫な訳ねェだろうが!! 俺は、俺はお前が……!」

 

歯ァ食いしばって、汗ダラダラ流して、無理矢理作った笑顔の、何処に大丈夫な所があるってんだよ……!!

 

「私は、いいか、ら……ッ! 一人だけ、でも……逃げて」

「おや、彼女は中々君に酷な事を言いますね、この状態の彼にどうやって逃げる方法があると言うのですか?」

 

簪にハンドガンを突きつけながら残った左手でおもちゃの銃を俺に突きつける。

 

「ハッ、アナタは……本当に馬鹿だね……信一郎の事を知りもしないで、よくもまぁ、そんな事を」

「随分と調子よさそうですねぇ、ではタイムリミットを早めてみましょうか?」

「止せッ! っがぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!! 糞ッ! クソクソクソォッ!!!」

 

なんとか拘束から右腕を引きずり出そうともがく、既に右腕に腕の硬さは無く柔らかい生の腸詰め状態だ、引っ張れば抜けるかも知れない。

左腕レーザーを起動しようとしてもエネルギーが枯渇していてウンともスンとも言わない、だがこの純粋な力だけはエネルギーによるものじゃない、拘束を引き千切る事は容易いだろうが、右腕の拘束を引き剥がしている間に簪が撃たれるだろう、もう……

 

「やめたまえ、残った腕が千切れるぞ? 最後の『たった』一本だろう? 大事にしたまえ」

 

「舐めてくれるなよ、クソ野郎……!! 最後の『たった』一本じゃねぇ…!!」

 

こうするしか、ねえ。

左腕両脚の拘束を引き千切りながら刃を展開する。

 

「『どうせ』最後の一本ってんだよォォォッ!!!!」

 

右肩に刃を突き刺し、抉りながら右腕を根元から引き千切り、走る。

 

 

「ガァァァァァアァァァァァァッ!!!!」

「な、ヒッ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

左腕を顔前に持ってきて頭を守る、ハンドガンの発砲音と共に左腕に衝撃、着弾したか、次いで右脇腹が引き攣る、大丈夫だ、もう痛みは無い。

たかが.45ACPで今の俺を止められると思うな、俺を一発で止めたきゃ.50calでも持ってきやがれ。

指の間からおもちゃの銃を構えてるのが見える、首を下げる。

 

銃の音とは思えない甲高い音と共に光が俺の左腕を弾き上げる。

思いの外強い衝撃に踏鞴を踏みそうになる、だが足裏の固定用パイルを地面に突き刺し、耐えた。

ちらりと見た左腕はバラバラに分解されていた―――

 

「く、ハハ!! クハハハ!! ツいてる! 私は―――」

「―――だから、どうした?」

 

体が後ろに持って行かれそうになるが脚は下がらない、まだ生きてる筋肉がブチブチと音を立て千切れる。

一歩、前に踏み出した。

 

「ヒッ、そんな、馬鹿な……!!!」

 

「……やっと、トドイタ」

 

腕が無い、だからどうした、ブン殴るのに腕なんざいらねえ、コイツの頭カチ割るなんざ……。

 

「オオオアアアアアアアアアッッ!!!!!」

 

無駄に硬ェ俺の頭があれば、充分だろうよ。

 

「ッブ……ギ……!!!」

 

まるで豚みたいな呻き声をあげたクソ野郎はそのまま勢いを付け地面へと叩き込まれたかのように倒れた。

鼻と前歯数本へし折ったらしい、ビクビクと痙攣してやがる、右目が少し暗く滲む、俺も頭を割ったか切ったらしい、でもこれで……やっと。

 

「しん……いちろ……」

 

少し、しゃがもうとしたら膝から崩れ落ちた、もうまともに力も入らンらしい、簪の脚の傷口に口を近づけル。

大丈ブだ、カんざシ……いマ、おレガ。

 

“ナオスかラ”

 

 

 

 

 

信一郎が私の傷に口づけをした瞬間、痛みが無くなった。

 

「なんで、信一郎……! だって、能力は!!」

 

傷口は、綺麗に、まるで何も無かったかのように治っていた、治療して時間を掛ければ治る筈の傷が即座に治った、それは間違いなく、命を削って。

声を掛けても信一郎は少し体を揺らすだけ、このままだと死んでしまうんじゃないかっていう恐怖に襲われながら声を掛け続ける。

 

「う、ぐ……ぅぶ…! ぐ、くしょ……なめ、やがって、殺しゅ、殺ひてやる!!」

「ッ!!」

 

鼻が詰まった様な声を出し、男がハンドガンを振り上げて立ちあがっていた。

 

「二人とも、纏めて死ねェェェ!!!」

 

とっさに信一郎を守る様に前かがみになって目を瞑って顔を逸らす、銃声が数発響いた。

 

「……?」

 

痛みがない、死んだわけでもなさそうで、訳が分からない、目を開けて前を見ると。

 

「しん…いちろ、なんで……!!」

 

私に微笑みかけながら前に立ち、銃弾を全て体に受けて私を守っていた、もうまともに動けない筈なのに、なんでそこまでして…!!

信一郎の口が小さく動く、でもそれは小さい声だけど、私にはよく聞こえた。

 

「光ダろうガ、音だロうが」

 

無くなった右腕から血がボコボコと泡立ち始めた、それはまるでこの世にあってはならない物の様で。

砕け散った筈の左腕から血のように赤い電気が散って、地面に撒き散らされたスクラップを引き寄せ、組み上げたような歪な腕のような、刃のような物が創り出される。

 

「好きナモん、くレてヤル」

「そんな、やだ……行かないで…! 私を、一人にしないで!!」

 

大切な人が、どこかに消えてしまうかのような、そんな嫌な予感が、私を満たした。

 

「そんな、嘘だ! あり得ない、あり得ない!! “こんな事”あり得ていい筈がないィィィ!!!!」

 

ゆっくりと振り向いた信一郎が一歩、また一歩と速度を上げ、向こうの壁に張り付くように逃げた男へと近づいて行く。

男の撃つ銃が一発、また一発と信一郎に突き刺さる、その度身体を揺らし、歩く速度をより一層速くする。

 

「いやだ、嫌だよ! 行かないで、行かないでぇぇぇぇぇ!!!」

 

信一郎の頭がガクンと揺れて、一瞬だけそこが見える、右目が、吹き飛ばされていた、それでも信一郎は止まらなかった。

 

 

 

 

 

「来るなァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

男の絶叫と共に信一郎が左腕の歪なナニカを振り上げた。

 

 

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 

 

『目標、目視圏内です織斑君、V.O.Bの接続を切り離しますよ』

「了解です、VOB、パージします!」

 

背後からゴン、ガコンと音がすると同時に俺自身の速度が急激に減速する、それでも瞬時加速と同等ぐらいの速度なのにも関わらずパージしたVOBのバラバラになったパーツが俺の前方へと撒き散らされた。

凄まじい速度の低下に身体が思いっきり引っ張られてバランスを崩しそうになるが必死で堪えると、まるで爆撃のようにバラバラになったパーツが落ちて爆発する。

 

「もし、巻き込まれた人がいたら……」

『間違い無く死んでますがその心配はありません、今内部では大規模な戦闘が起きている筈です、外に割く人員等一人もいないでしょう』

 

フレドリカさんの言葉に少し安堵して、あまりにも呑気な事を考えているんだと息を小さく吐いた。

 

『えぇ、それが貴方達学生の“普通”です、それを大事にしてくださいねぇ。どうですかぁ、情報では巨大な排熱口だそうです、マップにはマークしてあります、見えますかぁ?』

 

考えを見透かされてたようで驚いたが、兵器に携わる人間だと思えない程優しかった、いや兵器に携わるからこそなのかもしれないけど。

 

「探します……ありました! 巨大な熱源です!」

『それでは、そこから内部に向かって下さい、その後マドカちゃんたちと合流を、今から約1時間後に我々からも増援を送ります』

 

増援? 増援は期待できないってさっき確か……

 

『こっちは方が付きました、全敵ISが機能停止、残るはクラッキングの阻止ですが状況が逆転、現在逆探知によるクラッキングを行っています、双方共に死者ゼロ、IS学園の娘たちは負傷も無しです、勝利ですよ』

「それは! 良かった、のでしょうか……」

『そうですねぇ、確かに我々カラードとしては“良かった”のでしょうが世界的に見ると、最悪の状況でしょうねぇ。ほぼ全てのISがカラードに奪われた上に明確な兵器としての勝敗が付きました、これは世界が荒れますよ』

 

そう事実を突きつけられると、俺は少し、やりきれないものが現れてしまった、けど俺は。

 

「少し、少しだけやりきれないって気持ちはあります、けど俺は……迷わない、俺はマドカを助ける、シンも簪も、助けて見せる、そう心に従ったんだ」

 

通信の向こうで小さく笑う声がする、それは馬鹿にしているとか、面白いからとかじゃない、見えないけどもそんな気がした。

 

『では、そこを降りて下さい、きっと中は既に我々が来た事に気付いているでしょう、多少派手な事をしても問題ありませんよ』

「わかりました! 織斑一夏、白式、行きます!!」

 

既にシン達が降りたからだろう、ワイヤーが何本か垂れ下がっているその巨大なトンネルを直下で俺は下り始めた、ワイヤーが途中の横道へと続くがISを装着した俺では横道は小さすぎる。

だからこそ俺は巨大なファンへと雪片を構えた。

 

「ッシィッ!!」

 

ファンの羽を一枚斬り飛ばし、その隙間をくぐる、あと4枚だ。

 

 

 

 

 

 

最下層へと降りた直後周囲に人がいない事を確認し即座にその縦穴から逃げる、数秒遅れて俺が切り落とした羽が轟音を立てて落ちてきた。

 

「マドカ、シン、皆、今行くぞ……!!」

 

視覚内に映る遮蔽物の描かれていない座標表示型の立体マップで唯一の稼働ISである一機を見る、俺の感が正しければ、これがマドカの筈だ。

極力そちらに向かうように移動を始める、何だか嫌な予感がする、急がないと。

 

「なっISだと?! 侵入者だ! 無人機を出せ!!」

 

角を曲がった瞬間重装の兵士が数人、俺と鉢合わせして銃を向けてきた、ハッキリとした敵意と殺意に小さく息を呑んでしまう。

 

「無理だ! 無人機が出せない!!」

「クソ! 撃て、撃てぇ!! チクショウ! チクショウ!!」

 

よく見れば既に兵士達はボロボロだ、撃ってくる銃も咄嗟に顔を防御したけどISへのダメージはほぼゼロ、雪片で銃を斬り飛ばし、爪で潰す、でも油断はしない、シンが生身でISの防御を一撃で斬り飛ばしたのを俺は知っている。

 

「失せろ! 命までは取らない!!」

 

そう宣言すると武器を失った兵士たちは我先にと逃げて行った、甘いかもしれないけど、そうでもなけりゃ俺は皆に顔向けなんてできないから。

知らないうちに呼吸が速くなる、マドカのISだと思う光点を追いながら周囲を見回すとそこら中に弾痕やヒビ、崩落した天井に、壁一面の赤黒い血、少し、吐きそうになった。

いったい誰がこの惨状を作ったのか、あの二人か、シンか、それとも……マドカなのか。

 

「侵入者、敵の増援だ! これ以上奥へ進ませるな!!」

「クソ、埒が明かない……!」

 

武器を斬り飛ばし、弾き、壊し、場合によっては兵士を壁に叩きつけて戦闘力を奪う、その度に僅かに時間を取られる、まるであらゆるものが俺の邪魔をしているかのようだ。

無視して行こうにも密集している場所だと撥ね飛ばし、殺してしまうかもと思えば思うほど慎重になってしまう。

 

再度角を曲がった先には既に俺が来ていることが分かっていたのかバリケードを作って待ち構えている兵士たちがいた。

俺は咄嗟に壁に爪を刺し込み、鉄板を剥ぎ取って盾として構えた。

息を付く間もなく銃の掃射が俺に殺到、途轍もない大型の銃、映画かなんかで見た戦車の上に乗ってるようなものがいくつも火を噴く。

俺が剥がした鉄板は瞬く間に穴だらけでグシャグシャに拉げた、ISのシールドエネルギーが少しづつ時間とともに減少する。

 

粒子砲の砲口を兵士たちの天井付近に向けた瞬間兵士たちの後ろの壁が吹き飛んで何かが二つ飛び込んできた。

 

「なっ、なんだ!!」

 

兵士が目に見えて狼狽える、すぐに視界内のマップに目を向けるとそこには先ほどまで追いかけていたIS反応がそこにあった。

 

「マドカ……じゃない…!!」

 

土煙の中では黒い蝶のような翅を持ち片手に槍とショットガンをそれぞれ持った黒いISと赤く赤熱したヒビを持つ蜘蛛のようなシルエットをした全身装甲のIS、反応からして片方はISじゃないらしいが今の俺には考える余裕はない。

黒いISが槍でデカいマシンガンを破壊してショットガンを兵士に撃ち込んで無力化する、蜘蛛のISが赤熱している剣で兵士の武器を溶断し、蜘蛛の足で踏みつけて次々と倒していた。

あれは、敵か……?

すべての兵士を倒した後俺の存在に気付いた黒いISがピタリと動きを止める。

 

「な、なんで……?!」

「その、声は!」

 

「お兄ちゃんが?!」

「マドカ!!」

 

黒いフェイスガードが開き、嬉しいという表情と驚きの表情がごちゃまぜになったマドカがショットガンを取り落して呆気にとられていた。

俺は思わずマドカに近づいて抱きしめる、それを見た蜘蛛のISを纏った人は呆れたように頭部装甲の上からこめかみを掻いた。

 

「良かった、会いたかった……そうだ、大丈夫か! 怪我はないか?!」

「だ、大丈夫、大丈夫だよお兄ちゃん……」

「そこまでにしとけイチカ、こっちは一大事だ」

 

俺の肩を掴んでマドカから俺を剥がした人が落ちてたショットガンを手に取る。

 

「う、ぐぅ……」

「も少し眠ってろ」

 

小さな呻き声が聞こえた瞬間、蜘蛛の人がショットガンを呻いた兵士に撃つ、ゴロンゴロンと転がっていったが兵士は血を出していない、殺さないような弾を使っているのだろう。

 

「あたし達はかすり傷一つ無いが、シンイチローがやべぇ、早いとこ情報引きずり出さねえと死ぬぞアイツ」

「なん……ッ! わかった、俺も手伝う、邪魔にはならないはずだ」

 

シンが死ぬという言葉を聞いた瞬間戸惑ったけど、ならばなおさらのこと迷ってる暇なんてない、じゃあついてこいと移動を始めた蜘蛛の人を追いかけマドカと俺が一気に加速した、そのISはなんだとか、この人は誰だとか、色々聞きたいけど、今はそんな事よりも親友のことが心配だった。

 

「死ぬって、いったいどういう!」

「あぁ! シンイチローが孤立したらしい! いくらアイツだっつっても精神がすでに半ばぶっ壊れてる、早いとこ任務終わらせて治療でもしねえと持たねえぞ!」

 

精神が、だって?

いや、でも確かに、少し兆候はあったかもしれない、いつになくシャレが少なくて、あと……あの時、人殺しも躊躇わない位、キレてた。

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

急に二人が停止して耳元に手を当てる。

 

「……本当か? あぁ、分かったすぐ行く!」

「どうしたんだ?」

「シンイチローとカンザシの二人の場所が分かったらしい」

 

その言葉に緊張感が高まる、二人とも同じ場所にいるなら、なぜシンは簪を連れて脱出していないんだ、シンならそれぐらい簡単なはず、それをしていないってことはつまり。

 

「捕まったか……!」

「行くぞ、マジでやばい」

 

その言葉に頷いた俺とマドカが壁を溶かして破壊して先を行く蜘蛛の人を全力で追いかけ始めた。

廊下を高速で過ぎ去り、時には部屋の壁を破壊して、完全にそうじゃないとはいえほぼ直線で進んだ俺たちはものの数分で目的の場所へと到着した。

 

「ここだ」

「早く突入して…!」

「待って、お兄ちゃん、この部屋のどこに誰がいるかはまだ分かってない、慎重にいかなきゃ二人とも……殺される」

 

マドカに制された俺は、マドカの言葉にその通りだと口を噤む、それに関しては俺なんかよりマドカの方がよっぽどできる、従う以上のいい案は俺にはない。

蜘蛛の人は何かコードのようなものをドアの横にあるパネルを引き剥がして裏に刺して見るからにイライラしている。

 

「クソ、たかが一つの部屋にこんな面倒なパスワード掛けやがって……落ち着け、落ち着けアタシ、ふーっ……よし!」

 

しきりに空中へ左手を動かしていた蜘蛛の人が最後の一言と共にパネルを握り潰した。

 

「いいか、もうこの基地の中に敵ISは一機もない、ドアから突っ込んでしまえば相手が頭に突き付けた銃のトリガー引くより早く無力化できる、冷静に落ち着いて素早く判断しろ、出来ない事はないはずだ」

「あぁ、分かった」

「任せろ」

 

合図で突っ込むぞ、と蜘蛛の人が言った瞬間、中から銃声と男の絶叫する声が聞こえる、全員が一気に目を見開いた。

 

「もういい! 行くぞ!!」

 

その言葉と共にマドカと共に扉を斬り壊し、開け放つとそこには足元に上下に真っ二つになった男の人と、暗い部屋に幽鬼のように浮かぶ明らかに何かがおかしい親友(シン)の姿があった。

 

 

 

 

 

 

「こいつ、は」

 

足元に転がり言葉にならぬ呻き声をあげ、必死にマドカへと手を伸ばす白衣の男の上半身、マドカは少し驚いた、まさか即死していないとは恐れ入る、よほど生きる事に貪欲だと見える。

 

「……きっと私は待っていたのだ、ずっとずっと、この男をこの手で殺す事を」

 

その痩せぎすな頬に涙をボロボロと垂らし、ビクリビクリと痙攣する男に心からの侮蔑を送る。

 

「惨めな姿だ、私を兄さんのDNAから生み出し、首輪をつけ、人ではなく兵器として扱う、自分は神だとのたまった男の結末が、これか」

 

マドカがそう小さく呟き手に持つ槍を振り上げる、自分を、愛する家族を、自分を見てくれた者たちを苦しめてきた男だけは、私が殺さなければならないと。

 

「死―――」

「ダメだ」

 

だがその振り上げた右手を優しく掴まれ、止められる。

振りほどく事は容易いがそれは、優しく掴まれた手は、そして優しい声は、マドカが今まで受けたどんな拘束よりも強固で、逃れる事が出来ない。

なぜだ、と声を上げようとした、止めてくれるなと睨もうとした、だがそれは、いつの間にか装甲を解き、柔らかで細い指で手を支えられ、慈しみの表情で真っ直ぐに覗き込む大事な家族の一人によって止められてしまった。

 

「ずっと、待ってたんだぞ」

「……あぁ」

 

震える声でそう小さく漏らした言葉にオーシェは優しい声で共感した。

 

「やっと、届いたんだぞ……!」

「……わかってる」

 

あらゆる感情が混ざって声と、振り上げた右手も槍と共に震える。

 

「こいつを、見逃せと言うのか、生かせと言うのか!」

「そうじゃない、マドカ」

 

そう言ったオーシェがマドカの頭を膝をつき、抱き込んだ。

左手にはハンドガンが握られている。

 

「これはお前の役目じゃない、お前はこの手を汚さなくてもいい、それも、こんな屑でなんて尚更だ」

「っ……!」

「人を殺すなんて、お前が背負うもんじゃない、これは、私の役目だ……見てろ」

 

ハンドガンを男に付きつけると男が震えながら手を伸ばす、まるで命乞いのようだ。

 

「や、めっ…!! だず、て…!!」

 

正しくそれは、そのつまらない男の必死の命乞いだった、ハンドガンのトリガーはオーシェ本人が思うよりもずっとずっと軽く、ただ乾いた音が一つだけ響く。

 

「お前なんざ、ただの凡人以下でしか無かった」

「終わった、んだな」

 

終わったと呟いたマドカが空いた手を握り締める、解放感も、哀しみも、そして喜びさえも無かった、あぁ、こいつは所詮その程度だったのだ、と。

 

 

 

 

きぃ

 

音が聞こえる。

 

ごぽり

 

音が聞こえる。

暗い中響くその音に全員が目を向けた。

崩れ落ちる事も無く、そして動く事も無く、ただスクラップで繋がった良く分からない腕のような、それとも刃のような物だけが振り子のように揺れる。

全員が言葉を失った。

ようやく気付いたのだ、その男から右腕が失われ、とめどなく、だがゆっくりと、粘つくように血が右腕のあった場所から零れおちていることに。

ごぽ、ごぽ、粘り気のある液体から気泡が出てきては破裂するように、酷くはっきりと、だが酷くおぞましく、そして酷く苦しげな音がその男から漏れ出てくる。

左肩の付け根から延びる、歪な腕のようにも見えるよくわからないスクラップの集合体が男の揺れる動作に合わせて金属をこすり合わせるような不快な音を立て、揺れる。

千切れた右腕の付け根から今もなお心臓の鼓動を示すように液体を噴きだし、ただ、その男は後ろを向き、立ち尽くしていた。

赤黒い液体が止めどなく溢れ落ちる。

途切れる事なく唯々信じ難い程に、その液体を内包していたであろう物体の体積以上に、地に液体を撒き散らす。

それは血液だと言われたとてそう易々と信じる事はできない、それ程までに、どろりと、粘度を持っていた。

否、少しずつ、確実に、その粘度を増していく、それは最早溶けた硝子のようですらあった。

 

きぃ、きぃ

 

「シ……ン…?」

 

一夏はまるで、恐々と、そして小さく、自然に声が零れたかのように名を呼んだ。

きぃ……

 

金属音が止まる。

ゆっくりと、男が振り向いた。

 

その顔に表情はなく、ただ顔の半分をまるで葉脈のように肉が根を張っていた。

唯一見える左目の瞳孔は融け、もはや色の境界線さえも分からず、肉の根に覆われた右半分は肉自体が融解したかのように窪んでいる。

 

「ヒッ……」

 

その小さな悲鳴をいったい誰が溢したのか、だがそれを誰が責めようか、男の姿は最早、人として認識して良い姿ではなかった。

どろり、どろりとゆっくりであったものの確かに流れ落ちていた赤黒い液体が、ついに動きを止める。

だがその赤黒い「ナニカ」は決してその千切れた腕の付け根から離れようとせず、それどころか地に溜まったその液体を吸い上げるかのように、ゆっくりと蠢き始め、太さを増して行った。

 

まるで、細く長い腕にも見えるナニカが新しく組み上げられたかのように。

 

「シン、シン……だよな……?」

 

眼前の人に似た形をしたナニカは答えない、ただ右腕のようにも見えるナニカだけがグチャリグチャリと音を立て蠢くだけ。

 

「とにかく、任務は達成だ、二人を…連れて帰――」

 

一歩、マドカが足を踏み出した瞬間、眼前のナニカがゆっくりと、顔を上げた。

 

『aAe glE……kAn aSI maM Ol』

 

およそ言語とさえ言えない何かを、その肉の蔦に大半覆われた口から発した。

さらに一歩、足を踏み込む、赤黒い血液で構成された腕を揺らし始める、さらに一歩、ギィィとスクラップが地を擦る。

 

さらに、一歩。

 

『IiiiiiiiGggieeeeeeeeeEEaAAAAaaaAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

魂を削り取るような、おぞましい金切り声を上げ、両腕を振り上げた。

咄嗟にマドカの前に出た一夏が爪とガントレットでその攻撃を受ける。

 

「ッ!!」

 

ダメージはほぼ無い、当然だ、決して戦車砲ほどの威力も無く、特殊なエネルギーを纏っているわけでもない物理攻撃、ISに通る筈が無い。

だが、それでもこのナニカは、誰よりもISへの対処法を知ってる筈の一夏の親友は、ソレを止めなかった。

一夏とナニカの直線状には椅子からの拘束を解こうと必死でもがく簪がいる、一夏は歯が砕けるかと言う程に食いしばる、彼は気付いてしまったのだから。

 

「シン、お前……こんなになって…「こんなもの」になり果ててまで…ッ! 簪を守ろうとしてるのかよ…ッ!!」

 

最早ソレに意識は無く、ただ執念のみで動いている、出来の悪い傀儡のようだ。

眼前のソレは一切届かぬ攻撃に一つの判断を下した、それはひどく悍ましく、そしてひどく惨たらしい結果を生成する。

 

ぶちゅ、ぐちゅと音を立て拳銃弾による傷跡がブクブクと泡立ち、脹らみ、肉と皮を裂き、もう一本の腕を作り出した。

二本連なるようにわき腹から作り出された骨ばったように細く、二つの「肘」を持った腕が一夏の腕へと掴みかかる。

 

「“遅かった”! もう、もうコイツは……ッ! 人じゃない……!」

「シン……!!」

 

足りないものを補う、ただそれだけの行動がこれほど惨いものだとは理解できなかった、ダメージを与えられないなら攻撃するための腕を増やす。

目で追えないならば、追えるように「目」を増やす。

 

葉脈に覆われた顔の右半分、くぼんだ葉脈の隙間から飛び散るように赤い液体が漏れる。

ぎゅろりと無数の眼球が、一夏たちを見据えていた。

だが、10秒と経たずに一つの眼球が弾け、押しのけられた空洞からさらに小さな眼球が複数姿を現す。

 

「まずい、早く……止めないと」

 

無意識的に呟いたその言葉に、一夏は理解が追い付かない、もう既に手遅れであることなどわかるのに、それでも一夏にはまだ信一郎は人間であると、感じた。

だがそれも長くは持たない、今のうちに止めてしまわなければそれこそ「手遅れ」になってしまうと、そう直感した。

 

「手伝ってくれ! 今止めないと、シンが、あいつが!!」

「分かった、兄さん!」

「おい! あぁ、クソ! やるだけやるか!」

 

一秒、さらに一秒、時を刻むごとに、顔を覆う葉脈が少しずつ、確実に太く長くなる、未だ無事であった左半分さえもゆっくりと侵食し始めていた。

タイムリミットは決して遠くない。

 

一合、赤熱した刃とスクラップでできた刃が打合わされ、競り合うことさえなく斬り飛ばされ、ガシャンと大きな音を立てながらスクラップが地にばら撒かれる、血液で構成された歪な腕とISの装甲で覆われた腕が掴み合う、瞬く間に歪な腕がぐちゃりと握り潰されバケモノが絶叫を上げる。

歪な腕は人並みの強度、もしかしたらそれを下回るかもしれない、スクラップでできた腕はただの金属、外装の強固な合金に引っかかることこそあれ、適切に打合えば刃を通せないはずはない。

このありさまでISに勝つ術などあるわけがないのだ、だからこそ、バケモノは学習する。

握り潰されたはずの腕がボコボコと音を立て、再度腕を創り出す。

 

『Aaaaaaagglllllll!! niN EbA llrrrrrr aaaAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!』

 

蹲るように体を長く歪な腕で抱え込むと唐突に、まるでプライマルアーマーのような、しかしそれよりもずっと悍ましい血のように赤い電撃が膜を作りバケモノを覆った。

 

「何をしようとしてるんだ……?!」

「わからない、けど嫌な予感がする!」

 

『GiiiIIiiiiiiiiieeEEEeeEeeaaaaaaaaAAAAAAAAA!!!!!』

 

バケモノが絶叫を上げるのと同時に電撃の膜が弾け飛び、その姿を現した。

 

「こいつは、アレか?!」

 

血を塗り固めたような毒々しい色合い、両腕は細く、だが大きくせり上がり、前腕が通常よりも長い、胸部はまるでフォーミュラを連想する形状へと変化し、背部にはまるで翼を思わせるような巨大な物体が蠢く、脚部にも装甲のようなものが張り付いている。

 

右半身はぐちゃぐちゃと蠢く肉塊で構成され、左半身は鉄くずを張り付けたような姿ではあるが、それは間違いなくナインボールセラフの姿だった。

だが、あまりにもそれは痛々しく、苦しげで、悲痛な叫び声をあげていた。

表面が泡立つように次々と膨れ上がり、それが目玉となる。

だがそのすべてが最早人としてモノを見れる形ではない、へこみ、歪み、繋がり、そして瞬く間に弾ける。

見えなくなった目を補うように新たな目が創り出され、また直ぐに弾ける、それを補うため今度は数を増やし、潰れ、増え、潰れ、増え、潰れ、増える。

顔を覆い、足りなければ体を覆う、体を覆い、足りなければ腕を覆う、腕を覆い、足りなければ脚を覆う、全てを覆い、全身が蠢き潰れる眼球の集合体となったとき、それこそがリミットだ。

 

「おい、イチカ! カンザシの背後の壁を壊せ! 裏に確かアリーナがあったはずだ、ここじゃ狭い!」

「あ、あぁ!」

「マドカ、イチカを手伝え、カンザシを助けたら私も助けに行く」

「わかった」

 

ギチギチギチと何かを引き絞るような音と共に例えるとするならば偽天使が両腕を前へ掲げる。

 

「来るッ!!」

 

一夏の言葉と共に3人が射線から遠ざかった、それを追うように床壁天井を無数の光弾が着弾する、地に転がっていた死体が弾け、焼け、粉々になって消え去った。

威力こそ以前に見たものよりも遥かに小さいが、それでも確実にこれはISにも通じるものだと全員が理解する。

 

「兄さんっ!!」

「あぁ! さぁ来い、シンッ!!」

 

マドカが槍を使い、簪の背後にある壁を破壊し、偽天使がそれに意識を取られた瞬間、一夏が偽天使に掴みかかり自分諸共壁の大穴へと飛び込んだ。

 

「カンザシ、今から拘束を砕くぞ、大丈夫か?」

「は、い……」

「よし……いいぞ、もう大丈夫だ、今もう一人がこっちに向かってる、守ることに関しちゃそっちの方が上だ、あとは私たちに任せておけ」

「待っ……」

「わかってる、行きたいんだろう、でもダメだ」

 

簪の縋るような言葉に、オーシェはただ冷静にそれを拒否する。

 

「IS、動かないんだろう、そこの、あぁもう肉片ですらないな、ソレが手を加えたってことはそう言うことだってのはよく知ってる」

 

オーシェの言うとおりだった、男に手を加えられたISは自らの意志で起動できなくなってしまっていた、もう起動できたのであれば簪は早急に逃げていたなどと当たり前のように考えられることだった。

 

「それに、お前のIS、さっき緊急停止したんじゃないか?」

「なんで、それを……」

 

先ほど、打鉄弐式が緊急停止し、そのお陰で信一郎の首を刎ねるなどと言う簪にとって堪らなく恐ろしい出来事が起こらずに済んだのだ。

 

「篠ノ之束が極一部を除き全ISを強制的に停止させた、今もまだ動かないはずだ」

「篠ノ之博士が……」

「だが、まぁそうだな……これは私の経験談だが、ISを無理やり剥がされた奴が手を触れずに想いの力って奴だけでIS取り戻したのを見た事がある、アイツは諦めなかった」

「それは!」

 

ニッと笑みを浮かべたオーシェに簪は心から感謝した、この人は「絶対に諦めるな」と言ってくれているのだ。

壁の向こうを光を取り戻した瞳で見据える、赤い残光を引く偽天使と白黒の残光が幾度となく接触し、絡み合い、そして光をまるで花火のように散らしている。

 

「信一郎は、私を助けてくれました」

「あぁ、私達もだ、返しきれない恩がある」

 

だからこそ、一秒でも早く行きたいだろうにオーシェはただ簪を待った。

 

「信一郎は、もう限界だったはずなんです、色も失って、気が狂う寸前だって、それでも笑ってたんです」

「……あぁ」

 

分かっていた、何かがおかしいことは、だがまさか数日前から既にそんな状態にあったとは、思ってもみなかった。

 

「でも、そんなになってでも信一郎は私を助けに来てくれた、こんな罠にかかった馬鹿な私を」

 

指輪を左手で握りしめ、一度、目を閉じる。

 

「今度は私が、私たちが信一郎を助けます、だから……一緒に行こう……」

 

勿論と、確かにそう誰かが答えた気がする。

光が漏れる、簪を包み込み、その姿を劇的に変えた。

 

撃鉄玖識(うちがねくしき)!!」

 

元々のスラスター兼ミサイルラックが大型化し、露出していた身を殆ど装甲で包み込み、頭部を口元を残し覆うような兜にはまるでアンテナのような機構が、それは形容するならば。

 

「似てるな、お前たち」

「ありがとう……最高の褒め言葉だよ」

 

ナインボール・セラフ、色こそ違えどその姿によく似ていた。

 

 

 

 

ギョロリといくつもの眼球が一夏を見据え、ぼこぼこと肥大化する。

何かが来ると直感で感じた一夏が咄嗟に横へと大きく飛ぶとISですら危険だと警告するほどの熱量を持つ光が細く先ほどまで一夏の居た場所を貫き、一夏の後を追う。

地に壁にと着弾した光は地面を捲り上げ、壁を溶かし砕き、それだけに飽き足らず数秒後に連鎖的に爆発する、確実に相手を殺すための攻撃であることは明白だった。

だが、唐突にその光が途切れる、肥大化して光線を放っていたはずの眼球がその負荷に耐え切れず破裂したためだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!

 

もはや声とさえ認識できない絶叫を上げ右腕で顔を押さえ、残る左腕からレーザーブレードを伸ばし振り回す、その動きはひどく稚拙でまるで幼子が棒切れを振り回し駄々をこねるようだ、その攻撃力が壊滅的なほどの破壊力を秘めている事さえ除けば、ではあるが。

マドカがその攻撃に槍を打ち合わせる。

 

「っぐ……!!」

 

盲目状態で行われた無差別かつ雑多で稚拙な攻撃から繰り出されたとは到底思えないほどの、仮にISの土俵でない地上であったらたたらを踏んでいるであろう程に重い斬撃に思わずうめき声をあげた。

 

「ぉぉおおおおッ!!」

 

咆えるように声を上げ、両手で槍を握り、全力で刃をカチ上げる。

マドカがチラと目配せをする、カチ上げられた刃と槍、その隙間を縫うように一夏が刀を滑らせ、スクラップの左腕に打ち付けた。

凄まじい火花と金属の接触音を残し、刀の切っ先が逸れる、決して凄まじい技量によって逸らされたのではない、純粋な装甲の強度によって逸らせざるをえなかっただけだ。

ビリと手に残る痺れに小さく舌打ちし、再度刀を構えなおす、マドカが並ぶように槍を深く構え、息を整えた。

 

「冗談みたいに硬いな」

「それに洒落にならないぐらい重い」

 

左腕を振り回していた偽天使がぴたりと動きを止め、ゆっくりと頭部を押さえていた右腕を離した。

 

「やっぱり、無尽蔵に出てくる、あの眼」

「シンは確かに変な奴だったけど、いまのアレは群を抜いてる、あぁなってまで、簪を守ろうとしているんだな」

「それは……哀しいな」

「ああ、だからこそ止める、あのバカをぶん殴ってでも」

 

右手に持つ刀を握り込む、友を救う、ただその思いのために。

 

偽天使が金属を、金属のように硬質に固まった血液を、そしてその継ぎ目をミシミシと軋ませながら両腕を広げた、まるで天使が降りて来たかの如く神々しくある筈のそれは、悍ましく、そして醜く、悪しき物が降り立ったかのようにさえ見えた。

背後の空間が歪み、割れ、赤の光を湛える何かが浮かび上がる。

また、ぞわりと背を何かが駆けた。

 

「マドカ、避けろ!!」

「ッ!!」

 

一夏の言葉に反応した瞬間瞬時加速でその場を離脱する、2人が同時にその場から離脱した瞬間、赤い光球から細い光が二人がいた場所を貫いた。

 

『ggGGGGYYYYYYYYyyyyyyyyyyyyyy!!!!!』

 

偽天使の呻き声と共に更に光球が周囲に浮かび、2人を追って細い光が幾条もいた場所を、そしてその先を貫く。

避け切れず一発掠る、衝撃は一切なかったがそれだけでエネルギーが無視できないほどの量を持っていかれ、冷や汗を流す。

 

「ただの熱量だけでこれなのか、いや……熱量だからこそというわけか……」

 

機械的、あるいはぎこちなさ、とでもいうのだろうか、そういった動きが明らかに最初に比べ減っている、立った今の偏差射撃といい『慣れてきている』のは明白だ、いずれあの時のようになるのは目に見えている。

早急に倒してしまわねば、撃破がなお難しくなる、そうなればタイムリミットを迎えてしまうだろう。

 

唐突に、偽天使の背後が爆発したかと思ったら眼前にレーザーブレードを大きく振り上げた偽天使が現れる、咄嗟にレーザーブレードへと零落白夜を打ち当て、相殺する。

即座に偽天使を飛び越えるように移動し、その背にある翼のようなブースターへと爪を叩き付けた。

肉の葉脈で構成されたブースターは何の抵抗もなく引き裂かれ、飛び散るがまるで何もなかったと言わんばかりに赤い電撃とともに再構成される。

再構成された偽天使のブースターからぎょろりと眼球が現れ、一夏を視る、それが哂うように歪んで弾けると、続くようにブースターの上部に穴が開き、何かが空中へとばら撒かれた。

 

「ミサイルか!!」

 

その判断とともに背後へと飛び、前方にあるミサイルの密集地帯に荷電粒子砲を放つ、直撃したミサイルは消し飛び、そうでないものも凄まじい熱量に当てられ破裂する。

それを逃れたミサイルさえも黒騎士の腕部ガトリングですべて撃ち落された。

 

「兄さん!」

「助かった、マドカ」

「あとどんな武装があるか、わかる?」

「確か、ビットとプライマルアーマー、あとはブレードからビームを出せたはずだ、変形機構もあったはずだけど、それはどうだろう」

「……じゃあ流石にランスで凌ぐのは、無理かな……フェンリル」

 

その言葉とともにスタビライザーとしての役目を負っていた部位が右手に収まり、光を纏った大剣へと変化した。

 

「兄さん、残りエネルギーが30%切ってるけど、大丈夫?」

「なに、余裕余裕、そういうマドカは?」

「38%、何も問題ないよ」

「はは、上々だな」

「……うん!」

 

ぎ、ぎ、ぶちり、びちゃり、金属の軋む音が、肉の千切れる音が、小さく鳴るのに合わせ、少しずつ体を丸める。

肉を無理やり千切るように胸部が前方にせり出しその空いた空間へと頭部を首の骨を無理やりへし折りながら埋め、収めた。

ゴリゴリと腰骨を削り、前方へとスライド、腹部を覆っていた装甲がせり出した胸部装甲を覆うように移動する。

徐々にその形を変え、まるで航空機のような形へと変貌した。

 

「オイオイオイ、冗談だろ……!!」

「生きた人間がやっていいことではないぞ、アレは……ッ!!」

 

1度、2度、背部のブースタが弾ける様に火を噴く、数秒間を置き3度目、C-4が爆発したような、そんな巨大な爆発とともに姿が掻き消えた。

 

「後ろッ!!」

 

一夏が叫ぶと同時に二人が間を空けるように横へと回避、その隙間をくぐる様に赤い影が通り過ぎ、爆発的な衝撃波が二人を打つ。

 

「速い!」

「だけど、俺が知ってるよりも、ずっと遅い……!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!

 

先ほどの巻き戻しのように、次は肉がはがれ、へばりつき、へし折れた首がつながり、千切れかけていた腕が繋がれる。

 

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

「兄さん!!」

「しまっ……!!」

 

偽天使の右腕のブレードを打ち弾き、続き振り下ろされるであろう右腕に合わせるために引いた刀を偽天使は左腕のブレードで即座に斬り付ける。

今までのリズムを意図的に崩された一夏が咄嗟に引いた刀を相手の左腕に合わせ、逸らしてしまう。

明確に表れた大きな隙をまるで嗤うようにゴポゴポと破裂する眼球の隙間から覗くバイザーの目を細め、今度こそ右腕のブレードを振り下ろそうと握りこんだ。

 

振り下ろされたブレードと一夏の間に水色のエネルギーブレードが割り込む。

一瞬の拮抗の後さらにもう一本、水色のエネルギーブレードが偽天使の刃に叩き込まれ、偽天使の体ごと大きく後ろへと弾き飛ばした。

 

「……お待たせ」

「簪?! その、姿は!」

 

偽天使を睨みつけるように、いや、まるで悔いているかのように目を逸らすことなく、両手を握りこむその姿に一夏は驚愕した、まるで眼前の偽天使、それの元となったナインボールセラフによく似た姿であったからだ。

 

「もう、もう私は立ち止まらない、そう決めたから……!」

「そう力むなよ、全員でやればなんとかなるかもしれないだろ」

「そうね、私たちも、彼を助けたいんだもの」

 

立ち並ぶように二機のISと同スケールのACが現れた、黄金の獅子を模した鎧と槍を持つACと蜘蛛のようなシルエットをした赤熱した片刃の曲剣を持つAC

 

「遅かったな、二人とも」

「ごめんなさいマドカ、私の遅刻よ」

 

槍をくるりと弄び深く構え、オーバードブーストと前方へのクイックブーストを合わせ、瞬間的に爆発的な加速を発生させ雷光を引きながら偽天使に肉薄する。

偽天使が即座に反応し、その切っ先を逸らそうと右腕のブレードを振り上げるがその打ち合った衝撃は感じることはできず、ただ「妙に軽い」右腕を振り上げただけに終わった。

 

だが獅子を模したACは既に偽天使の背後にいる、ならばと右腕のブレードを作動させ、斬るのだと眼前に腕を持ってきて初めて理解した。

 

「もう、穿ったわ」

『Gi……』

 

肘がブスブスと煙を上げ、その先が消し飛んでいることに。

 

『……iiiiaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

悲痛な絶叫を上げる偽天使に簪は口元を苦しそうに歪め、呻き声をあげた。

 

「ぅ、ぅぁあ……!」

 

即座に蜘蛛のACが追うように肉薄する、すでに再生を始めている右腕を焼き潰し、左腕へとまるで溶岩で構成されたような刃を突き立てた。

 

「もう、いいだろうが、シンイチロー!! 終わったんだよ、休んで、いいんだよ……!!」

『GAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaeeeeEEEEEEEIIIIIIIIIIII!!!!!!!』

 

ずる、ずると少しずつ刃がスクラップの左腕を溶断していく、刃が深くめり込むにつれ偽天使は抵抗するようにのたうち回り、肥大化した眼球が蜘蛛のACを視る。

遂に溶断しきって、その場を離れるのと眼球から凄まじい熱量を持った光の奔流が先ほどまで蜘蛛のACがいた場所を穿つのはほぼ同時だった。

 

「……めて……」

 

偽天使が周囲にビットを生成し、レーザーを、そして背部のユニットから膨大な量のミサイルを撒き、空間を歪めるように姿を消そうともその全てを5人の技量が、そして数の力がそれを上回る。

 

「もう……やめてよ……」

 

簪の目を覆うバイザーから一筋の滴が零れ落ちた。

 

再生した腕からのブレードに打ち合わせるように撃鉄が刃を打ち合わせる。

そのまま周囲にビットを散らした偽天使へミサイルによって撃ち落とす、ミサイルを至近距離で爆発させたならばプライマルアーマーでもってそれを減衰する。

鍔迫り合いの腕がカタカタと震える、それは、決して力を込めているからではない。

 

怒りと、悲しみと、そしてどうしようもない悔しさから。

 

「もう、やめようよ! 信一郎、もういいよ!! 帰ろうよ、一緒にIS学園へ、カラードへ!!」

『……kaN zAk aElll ColLaR……?』

 

ぶつぶつと何かをつぶやく偽天使に、ぼろぼろと涙を溢し、懇願する、もう帰ろうと、もうやめようと。

だが、もはやソレは、ソレである限り、だれの言葉なのか、何の言葉なのか認識することはできなかった。

 

『…AAAAAAAAAaaaaaaaaaAAAAAAAAA…!!!』

 

簪を蹴り飛ばすように弾き、眼前にエネルギーを蓄積させ始める、確実に、前方の何かを「コロス」ために。

 

「……マドカ、援護してくれ!」

「兄さん?!」

「流石に、頭にきた!!」

 

ブースターよりエネルギーを放出、即座に放出したエネルギーを取り入れ、新たにエネルギーを上乗せして放出、瞬時加速と呼ばれる技術を用いて爆発のようなエネルギーの発散と共に、エネルギーをチャージしている偽天使へと肉薄する。

 

「シィィィィン!! こっちを見やがれぇぇぇぇ!!!」

『――――――――――――――――――――――――――――――』

 

もはや一応は音としての形をとっていた声さえも認識できないゴポゴポとしたノイズになり果てた偽天使の呻き声と共に簪を睨み据えていた無数の眼球が一斉に一夏をぎゅろりと視る。

偽天使の認識では一夏の攻撃とはそれ即ち致命的に相性の悪い天敵である、故に攻撃を中断し回避行動を取る事こそが最適解の筈にも関わらず、偽天使は蓄積していたエネルギーの矛先を一夏へと変えた。

 

一夏の視界を白い光が埋める、雪片弐型から零落白夜を展開し、光を切り裂くように構えた。

視界の端に存在するエネルギー残量が急速に失われていく、零落白夜本来の使い方とは斬る一瞬のみ起動させ、消費エネルギーを限界まで減らす業、覚えたての頃のような起動したままでいるなど今では考えられない事だった。

 

「お兄ちゃん!!」

 

マドカの悲鳴が木霊した、光に呑まれた一夏の残存エネルギー数値が瞬く間に削れている、その数字が0になったとき待っているのは愛する兄の死だ。

間に合え、間に合えと心の中で叫びながら大剣を振り上げる、カキンカキンと大剣の展開装甲が起動する、刹那の間に起動しているそれが酷く遅く感じられた。

自分の速度では絶対に間に合わない、ならば。

 

振り上げた大剣を即座に逆手持ちにし、全力で投げる。

一夏の既に100を大きく下回ったエネルギー残量が減少する。

 

87 マドカの手を離れた大剣が光を吐いて加速する。

 

52 まるでジャベリンのように光り輝く剣が音を割る。

 

26 大剣がまるで狼の歯のようなそれとも刃のような光を放出する。

 

10 偽天使まで残り数メートル。

 

4  大剣の切っ先が光の奔流へと突き刺さる。

 

 

 

 

0  フェンリル(おおかみ)の名を冠した大剣が偽天使の両腕を喰らい千切った。

 

 

――  数瞬の後、光が止む。

 

「あ」

 

小さな声は無機質な、呆けた声だった。

 

「あぁ……」

 

声に絶望が混ざる。

優れた能力を持つ少女の頭脳は一つの結論を出した、兄は消し飛んだのだと、間に合わなかったのだと。

 

唐突に残留していた奔流の残り香である光が二つに分かれた。

視界内の白式のエネルギーが急速に回復する。

 

「はぁっ……!!」

 

冷や汗を一筋流しながら、一夏が刃を振り切っていた。

 

「ナイスだ、マドカ!」

「お兄ちゃん!!!」

 

マドカが顔いっぱいに喜色を浮かべる。

 

『――――――――――――――――』

 

偽天使がノイズを掻き鳴らし、その体を組み替える。

左半身の装甲を掻き集め、消し飛んだ左腕を補填する、装甲に覆われていた頭部が露わになり、蕩け、歪み、虚ろとなった左眼が一夏を「覗く」。

 

「しんいちろぉっ!!」

 

泣き叫ぶような簪の声に呆然とした表情に偽天使が僅かに怯えたような表情を浮かべた。

 

「簪が大事なんだろうが!!」

 

一夏の声にまるで挙動不審になったかのように周囲をキョロキョロと見回す。

 

「だったら泣かしてんじゃねぇぞ!! シン!!」

 

簪と約束したんだ、そう心の中で叫ぶ一夏が雪片弐型から手を離す、地へと零れ落ちるそれを偽天使の眼が追う。

ギ、と右腕を大きく後ろへ引いた。

 

まるで落ちるように偽天使へと向かう一夏の右腕の装甲が光を散らして解れる。

 

光が果てた後に生身の右手は固く拳を握っていた。

 

「だから、とっととォ!!!」

『     』

 

偽天使がようやく一夏を見た時、そこには眼前に広がる拳があった。

 

 

 

 

「目ェ覚ませェェ!!! この、大馬鹿野郎(しんゆう)がァァァァッ!!!!!」

 

その言葉とともに拳が「信一郎」の顔面へと突き刺さった。

 

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

 

 

 

「さて、おかえりと言うべきかな、それともようこそ?」

 

声とともに目を開けると白く、何もない部屋、壁も床も、天井も、全てがただ白く、影すらもない。

自身の身さえなく、声の主は白い世界とはコントラストの違う白の影。

 

「あんたは」

「もう、覚えてはおらんか」

 

俺の声、曖昧で揺れていて形のない声に、しわがれた、しかし荘厳でありながら優しい声は言葉を紡ぐ。

 

「確か、前に」

 

曖昧な記憶、途切れそうな意思、崩れ落ちそうな思考で吐く俺のゆったりとした言葉をやさしく待つ。

 

「会ったことが、ある」

「そうじゃのう、もう……17年程前かのう?」

 

17年前、何があった?

一つ、一つとゆっくり、ぼんやりとした記憶を追っていく。

一番古い記憶は、誕生日、母さんが、父さんが、みんながプレゼントをくれた。

何年前だ? みんなって誰だ?

 

「そのみんなは、おぬしの家族じゃ」

「家族、俺の」

 

みんなが、形作られる。

誰も彼もが笑っている、父さんがジョッキを振り上げた拍子にビールをぶちまけ、その被害を被ったジャックが苦笑いし、母さんがそれを見て笑う。

オールドキングがアンティークの上下二連にリボンをつけて俺に渡してきた、誕生日に渡すようなものではない、と言いながらもリボンの可愛らしさのアンバランスさに腹を抱えて大笑いするアンジェ。

皆々、俺の大好きな家族だ。

 

「その前は、たしか」

 

ゆっくりと記憶を追いかけ、白い影はおぼろな記憶を補完するように、声を掛けてくれる。

 

「俺は、生まれてから、あんたに、会ってない」

「そうじゃ」

 

思い出した。

白い影が形を持つ、白いひげを大量に蓄えた痩せ気味な老人が目を細めてこちらを見ていた。

 

「アンタは、神か」

「そう呼ぶ者もおるな」

「俺は、死んだのか」

 

思い出せない、いつ死んだんだろうか、俺は。

何故死んだんだろうか俺は。

 

「事実上は死んでおるが正確には、まだ死んでおらん、と言うべきかのう」

「まだ、死んでいない?」

 

その疑問に老人は数度頷いて、ゆっくりと説明を始めた。

 

「今、おぬしは植物状態となっておる、どうしようとも、目は覚めぬ」

 

確かに、もはやそうなれば死んでいることと同義だ、生命活動だけを行う肉塊でしかない。

 

「おぬしは不快だと思うかもしれんが、おぬしの人生はそれこそ一つの物語として我々を楽しませた」

 

それは何よりだ。

 

「そこでワシ含め、我々はお主にもう一度生を与えることにした、だが今もなお、お主の記憶は曖昧でありその状態で選択を迫るのはあまりにもアンフェアだ、故……お主の記憶を全てハッキリとさせよう」

 

そう言って俺へと手をかざした老人が柔和な笑みを浮かべる。

どくん、鼓動がひとつ俺を震わせた。

ドクン、俺を形作るように何かが張り巡らされる。

 

「か、あ……!」

「大丈夫じゃ、落ち着き、ゆっくりと呼吸をすると良い、お主は人としての形を失っておった、呼吸に慣れておらんのだ」

 

無くなった筈の自分の体が急速に、冷えるように、あるいは熱されるように存在を主張する、ガキンと重い金属が叩きつけられる音と共に俺は膝を付いた。

ひゅうひゅうと音を立てる喉を抑えるように腕を持ってくると金属の左腕が姿を現す。

右腕は失われているようだが、それでも触れず、見えないだけでそこには確かに腕がある。

 

そして、身体が形を作るのと同じように抜け落ちていた記憶が一つ、また一つと組み上がっていく。

俺の家族が、俺の先生が、俺の親友達が、そして。

 

最愛の人が。

 

なぜ、俺は忘れていた、こんなにも求めたのに、こんなにも恋い焦がれたのに、こんなにも、心を埋めているのに。

ぼろぼろと零れる涙を視線が追いかけていると老人が俺の肩に手を置く。

 

「お主には三つの答え(みち)が与えられている、どれを取るかはお主次第だ」

「みっつの、みち…?」

 

顔を上げた俺は老人に支えられ立ちあがる。

 

「まず元の現実へと転生する、次にこの世界で転生する、最後にまた別の世界に転生する」

 

大きな姿見が三つ、俺の目の前に現れる、それぞれが別の物を映している。

ビルが立ち並ぶ中で笑う人々、ISが宇宙を翔け巨大な施設へと向かう姿、そして光り輝き何も移さない姿見。

 

「この三つだ、我々としては娯楽のために三つ目を押したいが、お主は苦難に満ち、だがそれを謳歌し輝いていた、休むのもまた一つの手じゃ、お主が選択したまえ」

 

失われた右腕、機械へと変わった四肢、確かに存在する胸の傷、中心の姿見に、ちらりと水の髪の眼鏡を掛けた少女が映った。

 

「……なぁ、確かさ、俺が生まれる前にこう言ってたよな『好きな力を三つ与えてやる』って」

 

俺の言葉に老人は笑みを浮かべながら深く頷く。

 

「あぁ、言ったとも、三つ目の答えの場合はもう一度リセットして力を三つ与えるつもりでもあるよ」

「確か、俺の能力は物体の創造変化、根性であと一個残ってたよな」

 

自らの記憶を引きずり出す、ここに記憶の劣化は無い、思い出そうとすれば、思い出せる場所だ。

 

「確かに、残っていたとも、次の転生で持ち越すかね? あぁ、あぁ、構わないとも、構わないとも」

 

「それは、願いでもいいのか?」

 

そんな筈の無い喉が渇きを訴える、失敗どうこうは分からない、通るかも分からない、でも俺はそれを願う。

 

「あぁ、勿論構わないとも、何を望む? 生まれかな? それとも次の世界の指定かな?」

「お主のその一つ願いは何を望むかね? 聞かせてくれないか、何のためなのか」

 

現実か、空想か、新たな可能性か。

いや、違う。

 

俺の願いは……!

 

「決まっているだろう」

 

 

 

 

 

 

四つ目の答えの為だ(for fourth answer)

 

 

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

 

 

「もうあれから2週間だよ」

「うん、これからどうしようか……」

 

教室で神妙な表情を浮かべながら、椅子に座り込む少女と机に座る少女、教師に見つかれば大目玉だがまだ来る時間ではない、彼女らは早起きなのだ。

 

「どうとでもなりますわよ、ISはISですわ、むしろ今までが間違っていたんだ、という気概が必要ですわよ」

「セッシー強いねー、代表候補でしょ? 結構深刻じゃないの?」

「まさか、全世界の宇宙開発用だったという建前が本音に変わるんですのよ、素晴らしいではありませんか、わたくしは何も変わりませんわ」

 

凛と静かに穏やかに、そして諭すように語るセシリアに少女たちは「ほえー」と可愛らしい声を漏らしながら感心する。

 

「まぁ、IS学園の面々は何も問題ないだろうな、それはカラードに感謝だ」

「そう……だね」

 

ひょいとセシリアの脇から顔を出したラウラが出した言葉に少女が言いよどむ、無論ドイツも大丈夫だと誇らしげに言ったがセシリアの脇からひょっこりと顔を出している以上最初期の冷たさやキツさはない。

セシリアに頭を抱え込まれワシワシと撫でまわされる。

 

「ぐわー、やめろー」

「籐ヶ崎くん、まだ目が覚めないのかな……」

「大丈夫ですわよ、どうせいつの間にかひょっこりと顔を出していつも通りな挨拶をするはずですわ」

 

ね、と目くばせするとラウラを取られて若干しょんぼり気味のシャルロットが苦笑いを浮かべる。

 

「そうだね、シンは大丈夫だよ、ある意味一種の信頼みたいなものかな」

 

だが植物状態であるという事実は既に聞かされている、普通ならば目を覚ます可能性は絶望的で、実質死んでしまったのだという話もある。

 

「おっはおっは、相も変わらずしんみりしてるわねぇ」

「そりゃあそうだろう、正直世界はめちゃくちゃだ、カラードと姉さんが何とか必死で繋いでいるような状況に近いからな」

「まぁね、でも悪い事ばっかじゃないでしょ」

 

飛び込むように教室に入ってきた鈴音がこぼした言葉に少々呆れ気味で返す箒、自分の席へ行けばいいものをこうしてここ最近ずっと扉付近で背を預けている。

 

「おはよう、みんな」

 

眠そうな目を擦りながら教室に入ってきた一夏に箒が満面の笑みを浮かべて正面に立つ。

 

「おはよう、だぁりん(はぁと)」

 

そう言いながら一夏に抱き着いて頬に口付けの嵐を降り注がせた。

最初期は頬ではなく唇にキスの嵐を見舞おうとしたが「恥ずかしいから!」と顔を真っ赤にした一夏に折れて頬で妥協することにした。

ちなみにそれでも普通に一夏の顔は真っ赤である。

 

「なんかルージュラ思い出す勢いよね」

「一夏! 私も! 私もお嫁さんだぞ!!」

 

一周回って冷静になった鈴音とボサボサの髪で一夏にキスを強請るラウラ、なんと驚くことに日本という国に属しながらこの少年、一夫多妻の権利を各国から押し付け……もぎ取ったのである。

本来ならば到底肯定されるべきではないのだが先の、僅か2週間前の世界の歴史を塗り替えた事件により各国の影響力が急激に低下、多くの問題を抱えながらも国の影響力を戻す必要があると、あらゆる国がカラードに取り入ろうとし、また各国の繋がりを強固にするべきとの意見の一致により一夏と自国の仲が良い少女を結婚させてしまおうという杜撰極まりない取り決めがされた。

 

実際のところ兵器としてのISが無くなったからと言って有用性がなくなったわけではなく、本来の目的である宇宙開発用パワードスーツとして華々しい再スタートを切ったのであるが。

それに転じてIS学園の方向性も兵器としての運用を学ぶための学校兼訓練校から宇宙開発としての運用を学ぶための学校兼訓練校として変わることになる。

とはいえ表の理由として出ている競技としてのISもまた華々しいものであることに変わりはないので渋々苦虫を口一杯放り込んで咀嚼したような顔で競技としてならまぁ認めてやってもいいことも無いことも無いと篠ノ之束が首を縦に振った。

 

急に軍用を止めてどういうことなのだ、となると篠ノ之束がIS全共通に一つのロックを掛けたのだ「もし軍用として扱ったらIS強制停止すっからな!!」とのことである。

それにもし仮に軍用としてISが出張ってきたら本当に兵器として存在するACを部隊で向かわせて殲滅する、とカラード及び篠ノ之束が全世界が見る前で協定を交わしたのだ。

数的不利の上でISを兵器として凌駕したACはそれまでの常識を覆し数多の小さな争いを生み出したが、ISを用いた大きな紛争は全て同時に片付いたとみてもいい。

 

なのでセシリアの言った「何も変わらない」というのは競技者として事実、的を射た発言でもある。

しかし根っからの軍属であるラウラからして、それもIS部隊と言うそれ専用の所属である場合は深刻な問題となりえるはずだ。

 

が、ラウラは特に気にした様子もなく言ってのける。

「大抵は軍と宇宙開発は隣り合い、あるいは同一のものだ、私もその例にもれず宇宙開発研究部隊として少し横に滑るだけだ、そうでなかったとしてISとACは似通っている、私たちのやってきたことは全てとは言わんが多くはそれの役に立つ。ACを各国は挙って購入するだろう、ブラックボックスの解読など放って置き、な。私も近いうち宇宙開発用ISのテストパイロット兼競技用ISのパイロットとなるさ、両方ともにこいつとな」

そう締めくくり、待機状態となった「黒き雨改」を撫でた。

 

ISを扱える女性こそ至上であるとして我が物顔で無茶苦茶な政治を行っていたいくつかの国のいくつかの政治家はまるでクーデターが起こったかのように引き摺り下ろされ、後釜についたものは滅茶苦茶になった現状を見て絶句し、引き摺り下ろされたものは責任を取れと厳しく責められたが世界が全て切り替わった現状ではそんな事でさえ些事であった。

 

「な、なぁ箒、そろそろ離してくれないか……?」

「一夏は……私といるのが、嫌か…?」

 

泣きそうな顔で瞳を潤ませて、そう一夏におずおずと尋ねる箒に、一夏はウッと言葉を詰まらせてそんな事は、無いけど、と顔を再度真っ赤にして否定した。

それを聞いた箒がヒマワリのように笑顔になって、一夏に思いっきり抱き着いた。

一夏から見えないその顔はしてやったりといった顔をしているわけだが。

 

「うわぁ! あざとい! ボクが言えた事じゃないけど、相当あざといよ箒! ヘッ、ちょろいな、とか思ってるでしょ!!」

「しののん吹っ切れてキャラ変だよぉ~」

 

ふえぇとちょっとした小動物のような反応を返す本音と自分を超越する逸材に危機感を覚えたシャルロットの視界におずおずと教室を覗く少女が映る。

 

「かんちゃん!」

「入ってきなよ、怖がらなくていいよー」

 

「あ、の……誰か、信一郎を……」

 

昔以上に小さな声を震えながら漏らす水の髪の少女、更識簪に多くの人間が表情を曇らせた。

 

「ご、めんね……わかってる、わかってるんだ……信一郎は、もう……目を…! さま、さないって…!!」

 

でも、もしかしたら、私が知らないだけなんじゃないかと思って、もう来ているんじゃないかって思って、と嗚咽を漏らす簪に鈴音がふぅと息を吐き、簪の頭に掌を乗せてやや乱暴に撫で始める。

 

「アンタねぇ、信じなさいよ、アイツをさ! 大丈夫大丈夫、どうせ変なタイミングで変な方法で来るにきまってるわよ、窓蹴破って突っ込んでくる可能性なんて私の中で一番高いわよ! あいつが目を覚まさないなんて可能性皆無だもんね!」

「鳳さん……うん……! そうだね、そうだよね……!!」

「そーそ、もしかしたらすぐにでも来るんじゃない? ほーらいきなりドア開けてとかさ!」

 

そう言って指をドアに指すと丁度いいタイミングでドアが開き、一人の人が入ってきた。

 

「おはよう、諸君。今日も全員揃ってるな、最近は早起きなようで何よりだ」

 

織斑千冬その人だった。

 

Holy shit(嘘やろ)

「何がだ、鳳」

 

同じ動きを続ける人形のように時計を見ては千冬を見て、を繰り返す鈴音に千冬はプリントの束をパンパンと軽く叩いた。

 

「言っておくが私たちが早かっただけでお前が教室に戻るのが遅れたわけではない、安心しろ」

「おほーっ! よかっ―――」

「だが人を指で指すのと、その言葉遣いは感心せんな」

「ぐえーっ!!」

 

軽いスイングでパァンと大きな音を鳴らし鈴音の頭をプリントでスッ叩いた千冬は箒から一夏を奪い取り、空いている肩に担ぎ上げる。

 

「あーっ! 返して! 千冬さん! 私のだぁりん(はぁと)(だぁりんかっこはぁとかっことじ)を返してくださーい!!」

「私は見下ろしてこういう、『嫌だね』」

 

何せ私のものだ、と言いながら教卓につく千冬がプリントの束を机に置き、ぱちんと指を鳴らす。

 

「全員注目、席につかなくてもいい、鳳と更識も聞いて行くといい」

 

たゆんと何をとは言わないが頭ほどもあるソレを揺らしながら千冬の後に続いた真耶は顔いっぱいに喜色を浮かばせて自分の発言の機会を今か今かと待っている。

 

「はい! なんとですね! 今日からこの1組に二人の生徒が加わります!」

 

やったーわーい、どんどんぱふぱふー、そんな効果音が両手をタシッと合わせた真耶から聞こえてきそうになる。

 

「うち1人は私の身内でもある、入ってこい」

 

千冬がそう言いつつ扉の方に目を向けるとガチガチに全身を硬めてギクシャクと大振りに手足を動かして歩いてくる少女が一人、右手と右足が同時に出ているのでとても不格好だ。

 

「わ、わたっ! わたしは、おっ、おりっ……!!」

「落ち着け、馬鹿者」

「あうっ!」

 

千冬を丸々スケールダウンしたような少女が言葉を何度も詰まらせながらビシッと一直線に立ったまま、自己紹介をしようとして、千冬に軽く叩かれる。

 

「私はっ! 織斑 円(おりむら まどか)ですっ! よっ、よろっ! よろしくお願いしましゅっ!!」

「とまぁこの通り、私と一夏の妹だ、人付き合いは下手極まりないがISの操縦に関しては私のお墨付きでもある、良くしてやってくれ」

 

頭を90度以上、バレエの選手が見ると満面の笑みを浮かべてうむと頷く角度でもって下げる少女に、全員がそろってあんぐりと口を開けた。

 

「あーっ!! 貴女はァァァァ!!!」

「うわぁぁぁぁぁん!! ごめんなさぁぁぁぁい!!!」

 

セシリアが円に指を突き付けて大声を出すと、びえぇぇぇと泣き出し、いの一番にセシリアへと謝罪の言葉を出した。

 

「貴女一夏さんの妹でしたのォォ?!」

「はいぃぃぃ! そうですぅぅぅぅ!!!」

「という事はわたくしの義妹ですのね!!! ならば許しましょう」

 

スン、とまるで菩薩のような慈愛に満ちた表情を浮かべるセシリア、まるで後光が射しているみたいだぁ。

彼女は義妹という存在にめっぽう弱かった。

 

「マドカ?! 1週間見ないと思ったら!」

「なに、色々手続きがあったのだ、これから3人で暮らせるぞ、一夏」

 

セシリアに早速かいぐりかいぐり(擬音語)と撫で回されている円と肩に担いだ一夏(の尻)を回し見て笑みを浮かべた。

 

「はい! それでは次の生徒さんです、円ちゃん手伝ってくれますか?」

「は、はいっ!」

 

セシリアの拘束から逃れ、パタパタと廊下に出て十秒ほどすると、車椅子が一つ、円に押されて入ってきた。

 

「……あ」

 

その声は、簪の唇から零れた。

一歩、踏み出す。

 

包帯で覆った顔、隠すようにフードをかぶり、体を全身隠すような大きなマント、布越しに分かる空洞の右腕の袖、そして下から覗く義足。

 

「あぁっ……!!」

 

一歩、また一歩と近づく、簪の視界が、少しずつ滲んでいく。

 

「シン、にー?」

「信一郎……っ!!」

 

簪がフードをゆっくりと外すとそこには。

 

 

 

 

 

包帯でぐるぐる巻きにされたマネキンが居た。

 

『は?』

 

全員の声が奇しくも一致、誰も彼もが何コレと円を見る、円も何だこれという顔をしていた。

 

「なんだこれ」

 

ちゃんと言った。

すると扉とは反対側、窓が一枚外側から弾け飛び、人型の影が飛び込んでくる。

 

「キヒャッハァ!!」

 

大きな笑い声と共に入ってきたその男は、車椅子に乗るマネキンと同じ服装をしていた。

 

「お待たせェ!! 俺が居なくて寂しかったんじゃぁねぇかなぁ?!」

「信一郎!!」

「簪!!」

 

包帯で顔中を覆われた男、信一郎が自らをアピールするように左腕を広げる、それにボロボロと涙を流す簪が走って近づいていく、それに応えるように、ハグをしようと腕を前に突き出した。

 

パァン!!

 

乾いた音と共に簪の右手が振り切られる。

 

「ぐわぁぁ!」

「バカぁっ!!」

 

頬に左手を添えてスリスリと擦る信一郎に袖を余らせた少女、本音が簪と同じように涙をボロボロと溢しながら笑った。

 

「当たり前だよぉ~今のは無いよぉ~」

「ん、んん……ごめん」

 

流石に悪かったと思ったのかばつが悪そうに眉尻を下げながら謝った信一郎に簪が力の限り抱き着いた。

 

「おかえり……っ!!」

「あぁ、あぁ……!」

 

左腕で簪を抱き留め、口元をニィと笑わせてこう言った。

 

「ただいま!」

 

全員が一度顔を見合わせ、誰かが「せーのっ」と声を掛けた。

 

『おかえり!!』




エピローグへ続く。





28,000文字でした。
これで一応の話は簡潔となります、一流のバッドエンドよりも三流のハッピーエンド。
以降の個人的な感想は後程、あるいは後日活動報告へと投稿します。

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