コジマ汚染レベルで脳が駄目な男のインフィニット・ストラトス   作:刃狐(旧アーマードこれ)

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お待たせいたしました


Stain 『傷』

白く輝くISが巨大なブースターを背負い空を信じがたい速度で飛ぶ、視界に移る情報は色の付いた線となり、形さえ想像させる余地の無いまま後ろへと流れて行く。

視界内の情報には国境の情報やら領空侵犯やらの情報が高頻度で混ざり、その都度通信がひっきりなしに鳴るが今の彼にはそんな事などただの細事でしかない、なかでも最も多い言葉が「こちらのISで迎撃されたくなければ今すぐ出て行け」である。

尤も、あらゆる国のISは出払っていて迎撃に出るほどの余裕も無ければ仮にISがあったとて発進準備が整って出撃するまでに先方の望み通り通過という形で出て行っているわけだが。

 

「……まだ、つかないか……」

『そうですねぇ、あと一時間と言う所ですかねえ』

「あと、一時間も……!」

『そうは言いますがねえ、織斑君? 今あなたがどれだけの速度を出しているか分かりますか?』

「普通のISよりも早いってのは、分かりますけど……」

『その通りです、速度特化型ISの平均巡航速度である時速3,000キロを優に上回るSR-71ブラックバードのマッハ3、時速3,540キロよりもはるかに早い巡航速度で移動してます、それ以上を求めるのは酷と言う物ですよぉ』

 

通信先の女性、カラード所属であるフレドリカ・イェンネフェルトがカタカタとキーボードのタップ音を響かせながら応える。

 

『勿論私も一刻も早く信一郎君の救援に行って欲しいですし、私自身も無人機部隊を編成して行きたいとは思いますが現状出せる最速の救援が織斑君である、というのは理解してほしいですねぇ』

 

それは一夏本人も重々承知している、承知しているが「それでももっと」という人としての欲求が前に出てきてしまう、彼は超越的な人間では決してないのだから、当然だ。

 

『まぁ、納得しろと言って「はいそうですか」と納得できないのが普通ですし、あまり強くは言いませんよぉ、それが人の魅力でもありますしねぇ』

 

くすりと笑う声に一夏は顔をしかめる、正直、状況は限りなく最悪に近いにも拘らず笑える余裕を持つ女性に違和感を感じていた。

 

『私が今笑えるのが不思議ですか? 簡単な話ですよぉ、信じているからです、戦う傭兵達を、社長を、救援に来てくれたあなた方を、そして信一郎君を』

 

ね? 簡単。そう言った女性の言葉に納得がいった。

 

「そうだ、そうだよ……みんな、俺を信じてくれたじゃないか、シンを信じていたじゃないか、だったら俺も俺を、シンを、皆を、信じるしかないじゃないか!」

『ふふ、いいですねぇ、こういうのは、私も若いころは………研究室に詰めてました! というか私はまだ若……!!』

 

 

『織斑君! IS反応が近づいてきます! 振り切れますが、この状況でISを出してくるとは……』

 

一夏が視界端に映る通信コールに目を向け、苦笑いした。

 

「少しだけ、速度を落とせますか」

『……知り合いですか?』

 

画面に表示されるISの識別名は「Schwarzer Zweig」わからないはずはない、知らぬうちにドイツの上空まで来ていたようだ、到着は思ったよりも近い。

 

『こちらドイツ軍IS部隊だ、お前はドイツの領空を侵している』

「IS学園の者です、すぐに離れますので――」

『その声は……! なるほど、だがそれとこれとは話が別だ、君は今ドイツの領内に不法に居る』

「ならば、突っ切らせていただきます」

『できるものならばな、だが……そうだな、あと10㎞高度が上であるなら、我が国も、他国も、追う必要がなくなるな』

 

通信の向こうで相手が苦笑する、剣呑とした雰囲気はすでになく、そこには一夏を思いやるような、そして諭すような声が聞こえた。

 

「はい! ありがとうございます、クラリッサさん」

『さて、何のことだろうか? ……あの子を、隊長を、よろしくお願いしますね』

「勿論です!」

 

そう強い声と同時に機首が持ち上がる、瞬く間に高度を上げ、一般に領空の判断が難しいとされる高度100㎞へと到達し、同時にドイツの領内を通過した。

 

「結局、最後までドイツの領空を侵しちゃったなぁ……」

『まぁ、もう気にしても仕方ありませんねぇ、ドイツでしたらまだ融通が利きますから、何とかなると祈りましょう』

「祈るんですね」

『勿論、私は敬遠な教徒ですから!』

 

祈る神が何なのかは知らないが、それでも彼女は都合よく神に祈った。

 

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

カキン、と音が鳴る、気付く事はなかった、もう一度カキン、と音が鳴った。

トリガーを引き、ハンマーが雷管を叩き、真鍮で出来た筒内で爆発を起こし、弾頭を撃ち出す、その過程で行われる爆発音が無い事に気付き、漸く弾が切れた事に気付いた。

 

「チッ! 弾が切れたか!」

 

右腕に握る大型ハンドガンを乱暴に投げ捨てる、格納銃器は全てこれで尽きた、対峙するISが両腕の幾重にも重ね合わされた丸鋸のような武器の回転速度を上げ赤熱させながら歯を剥き出しにして笑う。

 

()ぉぉぉぉったぁぁぁぁァァアア!!!」

「そう簡単にィッ!!」

 

巨大な人型がハンドガンを投げ捨てた状態から拳を握り込み突き出された回転ノコギリの塊を真正面から姿勢制御バーニア、ブーストによる加速を用いて殴りつけた。

 

()らせるかァァッ!!!」

「ア、ぐぶぁ…!!」

 

言葉にもならぬ呻き声を上げ、凄まじい速度で『射出』されたISがビル状の巨大な遮蔽物に叩きつけられ、破片を撒き散らしながら地へと墜ちてゆく、絶対防御があるので死にはすまいと目を別の方へと向けると突如右腕から凄まじい痛みが走る。

 

「っぐ……?! ……成程、AMSの、弊害か…」

 

ACは例外こそあれど基本的に拳や蹴りと言った肉弾戦による白兵戦は想定していない、故に回転ノコギリの塊を真正面から殴り抜いたためだろう、拳は引き裂け、砕け、肘より先が原形を留めていない状態だった。

AMSの安全機構で痛みは一瞬で収まりはしたがまだ鈍い痛みが残っているような気がする、まるで本当に腕が裂けたような錯覚さえした。

 

「まぁ、問題はないな…あと……3人は潰せる」

 

左腕の拳を握り込み、空中で姿勢を前方に倒し、光の帯を引き砲弾の如く最寄りのISへと肉薄した。

 

もはやこの戦場に飛び交う弾丸の数は少ない、IS、ACともに弾がほぼ底を尽きかけている、あるいは既に撃つ弾など無いのだろう。

ブレードを格納していた者やそもブレードをメインとして戦うもの、あるいはキルドーザーのような変り者が今この戦場を支えているのだから中々どうして、ランクというのも信用できない物だ。

補給は望めない、既に補給を行える程の余裕はない、だがその中でも決して劣勢にはなっていない、それは新たに戦いへ加わった少女たちがいる故に。

 

360度視界を得ることのできるはずのハイパーセンサーも操縦者の疲労により眼前の方向ばかりに意識が行き、死角からの対処に遅れる、それはISだけではなくACのパイロットも同様である、だがそれは長年戦いを続けていた経験により補われる、なればこそ表情にまで疲労を滲ませていたISパイロットにそれを問うのは酷だっただろう。

 

「うぅっ、ぐっ……な、なに…?!」

 

意識する事で気づく、自らがその機械でできた巨大な「手」に捕まれているという信じがたい状況を、黒と紫の装甲に覆われた緑の単眼が自らを見下ろしているという事を。

 

「握り潰せるなら、楽なんだがな」

 

そう小さく呟くとギシリとISから音がする、無意識に力んでしまったのだろう、ACの武器は千差万別、反動の全く無い武器もあれば戦艦の主砲など可愛いものだと思えるほどのすさまじい反動を受ける武器もある。

それら全てを片手のみのマニピュレーターで保持するためにその機械の握力は戦車を軽く握り潰せるほどに凄まじい。

 

「やめ…て、いやだ、死にたくない…!!」

「あぁ、そうだろうとも……私とてそうそう死にたいとは思わんさ、だから……」

 

ドンと何かが爆発したような音とともに地へと急降下する。

 

「死ぬなよ?」

 

緑の単眼が強く瞬いた瞬間に地との距離が0となった。

まるで隕石でも落ちたかのような衝撃と粉塵が周囲を舞う、しばし後粉塵が晴れるとそこには左腕をぐしゃぐしゃに破損させながら地に突き刺したACが静止していた。

 

「ぐ、思ったより……きついな、ん…?」

 

動こうと意識しても機体はうんともすんとも言わず、コンソールを触れどもエラーコードのみが存在を主張し、ハンドルを触れども全く動こうとしてくれない。

 

「はぁ……ついに、逝ったか…ん、いやまて、ISのパイロットはどうした、逝ったら洒落にならんぞ! 生きてるか、いや生きててくれ!」

 

「あの」オールドキングでさえまだ一人も殺していないのにここで私が殺しでもしたら社長に大目玉を食らうではないか、そんなの勘弁願いたいぞ、と至って自己中心的な思考の元、限られた視界を探しまわし、端のほうに少し見切れる形で装甲を解除したISパイロットがスクール水着もかくやという自分がやれと言われれば顔いっぱいに嫌な表情を浮かべてNOと突きつけるような服装で倒れていた、よくよく見れば豊満な胸も上下している、どうやら生きてくれていたらしい。

 

コクピットに備え付けられている携帯性を重視したPDWを引きずり出し、銃弾を装填、緊急用の手動開閉装置を回し、コクピットを開放する。

腕が半分以上埋まっているのもあってコクピットの位置は地上に近い飛び降りるのに度胸も苦労も必要なく、一息に飛び出した、一時気を張り周囲に武器を向けるも意味は特にないらしい、気が抜けたように空を眺めた。

 

「はぁ、やってるやってる」

 

まるで他人事のように、ぽろりと言葉を零し、自らの機体をゆっくりと見上げた。

 

「なぁ、私は限界までやった、限界を超えてやった、少し、分かった気がするよ、私の意味が、私の存在の意味が、お前はどうだ? ファシネイター」

 

その言葉に緑の単眼が明滅する、それは救難信号を飛ばすただのプログラムだ、それは百も承知だったがまるで自分の問いに答えてくれているようで嬉しかった、笑顔を浮かべ小さく「そうか」と呟きながらボロボロになった自らの愛機を撫でた、先ほどまでエネルギーを纏っていたからだろうそれは、少し、人肌のように暖かかった。

 

「さぁ起きろ捕虜のお嬢さん、君を怖いこわーいカラードに、君たちで言う処のテロリストの巣窟にご案内だぞ」

「うぅ、ぐぅ……やだぁ…」

「やだぁ、じゃない駄々をこねるな、よっと!」

 

ひょいと担ぎ上げると、凄まじい抵抗をすることもなかったが涙をボロボロと溢しながら身を捩っている、きっともう動ける体力のない体と気力を振り絞った必死の抵抗なのだろう。

 

「やだぁぁ…たすけてぇ……」

「さぁて、どんな事をしてやろうか、何でもあるぞ、カラードは」

 

軽い口調で緊急回収地点へと歩いていく、彼女を見て一体どこがサディストでないと胸を張って言えるだろうか、彼女の表情は涙をボロボロと溢す捕虜と違って実に楽しげであった。

 

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

小型のサイクロトロンにより荷電粒子が加速し、光速に達した瞬間解放機構により射出、すさまじい熱量と物体を崩壊させる圧力を伴い、雷が垂直に飛ぶような光を引き、ターゲットへと突き刺さる。

 

着弾点から滑るように光がいくつも分かれ、後ろへと流れていく、地面に突き刺さった光が弾け、地面を砕き、赤熱した液体を周囲へとまき散らす、衝撃により右腕が軋み、装甲の隙間から赤黒くどろりとした血が漏れた。

一息つく間もなくミサイルが視界を埋め尽くさんばかりに放たれ、迫る。

 

脚部と背部から光と炎を吹き出し、地面を削りながら後ろに跳び、左腕の盾を前に構え、地に足をつけると同時に脚部の関節を固定し、地面へと杭を打ち込む。

四方から迫ってきたミサイルを後ろに逃げることで前方のみに限定し、盾により受ける、現在のコンディションでは回避は不可能だからだ。

歯を食いしばり、衝撃に備える、口の端で赤い泡が弾け、視界の端を点々と染める、呼吸器へのダメージもそろそろ馬鹿に出来ないだろう。

 

直後、視界が光に包まれ、盾越しの衝撃が、熱が、破片が身体を打つ、身に纏う装甲はそれがどうしたと言わんばかりに耐えるが肝心の中身が爆風一つごとに軋み、折れ、砕け、体を内部からズタズタに引き裂く。

視界に表示される盾の耐久力が見る見る減り、ついには0になる、大きく舌打ちをし、砕ける左腕の盾を投げ捨て、苦肉の策として右腕に残る爆発に対応していない盾で受ける。

先ほどの衝撃とは比べ物にならない、装甲の隙間から血が噴水のように吹き出し、盾の裏側を、腕部装甲を、そして頭部装甲を汚した。

もはや右手に握力は存在せず、すべて機械だよりだ、トリガーを引くことさえ難しいが、それでも到底諦めるつもりなどなかった、否、諦めるという選択肢が出ない程度に思考能力がもはやないも同然であった。

 

「やだ、やだ! 止まって! 止まって!! お願い、お願い止まって!! 打鉄弐式!!」

 

ミサイルと荷電粒子砲をまるで単純にプログラムされた機械のように撃ち続ける薄蒼のISを駆る少女は絶望と恐怖に顔を染め、涙を零しながら縋る様に懇願する。

否、実際に打鉄弐式は単純なプログラムで動いているのだ、それこそ多少プログラムをかじった程度の子供でも組める程度の単純なプログラムで。

そこに少女の意思は存在しない、少女はただISを動かすためのキーとしてしか、存在していないのだ。

 

爆風が晴れた先には上半身をだらりと投げ出し、右腕から血を滴らせる濃いオリーブの装甲を纏った男がいる。

ゆっくりと顔を上げ、左腕をギシギシと軋ませながら少女に手を伸ばす。

 

「か、んざ……し……」

「あ、あぁ……あああぁぁ! しん、いちろぉ……!!」

 

簪の声にピクリと小さく震え、手が小刻みに揺れる、まるで力を込め震えるかのように、徐々にしかし大きく。

 

「ぁ……ぁあ…ぁあああ、ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ァッッ!!!!!」

 

まるで絶叫のようにも聞こえる咆哮を上げ、それに合わせるように冷却用の頭部排熱機構が開き、赤熱した内部を晒す。

それは単眼の機械の獣が吠えるようにも見えた、もはやまともに二足で立つことさえ不可能なのか膝から崩れ落ち、両腕を地に叩きつけ、四つん這いになる。

その姿は逆間接の脚部であることもあって正に傷を負った獣と言って差し支えが無かった。

 

油断一つさえあれば喉笛を喰らい千切ってやらんと言わんばかりに正面を、否その向こう姿見えぬ男を睨みつける。

その「手負いの獣」をニヤニヤと笑みを浮かべ、カメラ越しに眺める男が椅子に深く座りなおし長く息を吐いた。

 

「フゥー……中々、面白い見せものでした」

 

悠然と何らかのコンソールを引きよせ、鼻歌交じりにキーボードへと何かを打ち込んでいく。

 

「そろそろ、弾もエネルギーも切れますね、まぁ……軍用機ではありませんから、こんなものでしょう。尤も、この私の類稀な頭脳で稼働時間自体は平均的な競技用ISからは遥かに伸びましたし、言う事はありません」

 

画面に映し出される謎の文字列、一切の意味を見いだせないその文字の羅列を愛しげに指でなぞって、熱い溜息を一つ吐いた。

 

「ですがこのコード、この私でさえ今は一切読めませんが、これはかの大天才、我が愛しのメーティス!! 篠ノ之束が作りし他の天才へ、いいえこの私への課題! 何故このISにのみあるのかはわかりませんが……きっと、何か! 特別な意味があるのでしょう!」

 

ついに何かのコードをコンソールに打ち切った男は、ゆっくりと、勿体ぶるかのように決定キーを指で撫でる。

 

「私は今最高に幸せです、これほどにも興味深い最高のモルモットと最高の篠ノ之束の愛の課題を得る事が出来たのですから!」

 

本人の気分はありありと見て取れる軽快な音と共に決定キーが強かに叩かれた。

 

「まぁ…どうせ、クローンになるのですから」

 

打鉄弐式がゆっくりと高周波数振動式薙刀、夢現を掲げ、構える。

 

「あ、あぁ……イヤ、イヤだ……!!」

 

簪が涙を浮かべ恐怖に顔を引き攣らせる、首を横に振り必死で抵抗するが、少女の望みは決して受け入れられない。

 

「DNAさえ一片でも残っていればいいのです」

「逃げて……信一郎、信一郎! 逃げて!」

 

(ごう)と音を出し、光を引きながら打鉄弐式が信一郎へと接近する。

赤熱した装甲に身を包む男は、まるで処刑を受け入れ、首を差し出す罪人のような姿勢にも見えた。

 

「そっ首、落として上げなさい、打鉄弐式」

 

「イヤァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

人の意思なき刃が、その首へと振り下ろされる――――

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

「どうして、どうして邪魔をするの……あと少しなんだよ? あと少しでれーらさんに勝てるのに、なんで邪魔をするの?!」

 

天災とも呼ばれる頭脳で思考すれども理解が出来ないことに彼女は困惑し、怒り、叫ぶ。

訳が分からない、ISに乗る彼女たちにとってカラードへの攻撃は、そして勝利は大きなメリットのはずなのだ、なのに邪魔をする理由が全く分からない。

 

『貴女は篠ノ之博士の妹でしょう! なぜ邪魔をするの!!』

「そうだよ、その通りだよ、箒ちゃん!! なんで、どうしてお姉ちゃんの邪魔をするの?!」

 

向こうに言葉は届かない、わかってはいるがその言葉をモニターに叩き付けずにはいられなかった、正しくは画面の向こうで鍔迫り合う愛しの妹へと。

 

『篠ノ之博士が関与してこないということは、私たちがやっていることは博士の意にそわないものではないということ!!』

 

迫り合う刃が震える。

 

『貴女が博士を嫌っているというのは聞いてはいるわ、だからと言ってここまで博士を否定するの?! そこまで博士が憎いの?!』

『……まれ……!』

 

ギシ、ギチと金属が軋むような音が響く。

 

『これは! 博士が望んだことなの―――』

『さっきから、黙って聞いていれば好き放題言ってくれる』

 

怒りに打ち震える声が、芯の通る、透き通った声が響く。

 

「箒、ちゃん……?」

 

その鈴のなるような清涼な声が彼女の指を止めた、あれは怒り狂っている、でも、なぜかそれは。

 

 

 

ずっと昔、自分に嬉しそうに話しかけてくれた幼子の頃のままのような、そんな声を思い出した。

 

『私が、姉さんを、憎んでいる? 貴様らがやっていることが、姉さんの望んだことだと?』

 

右腕で刀を押し込みながら、左腕でエネルギー刃を掴み取り、力尽くで相手へと近づく、掴む敵の刃から金属がひび割れるような音が、無理やり潰すような音が、確かに聞こえている。

 

『巫山戯るなよ、貴様が、貴様らが……ッ!! 知ったような口を聞くなァッ!!!』

 

刃を握る左腕から紅い光を散らし、直後その刃を握り、砕き潰した。

 

『私が今ここで貴様らと対峙しているのは……あの人を、姉さんを……! 誰よりも、知っているからだ……!! 誰よりもッ!!』

 

刃を握り潰したその拳のまま、相手のISへと全力を持って叩き付ける。

 

『愛しているからだァァァッ!!!!』

『ガ、っぐぅっ!!』

 

「あ、あぁっ……な、なん……ぁ、ぅあぁ……」

 

両手をだらりと落とし、力無く椅子へと崩れ落ちる、その表情は困惑とも、歓喜とも、そして絶望とも、何と言う事もできないあらゆるものが欠落し、またあらゆるものを内包した表情だった、ただ自分の知りえない何かが自分の内を掻き乱していることだけは確実だった。

手をゆっくりと前に出し、キーボードへと添えても何一つできない、指が動かないのだ、金縛りというのは、こういうものなのだろうかと一つ疑問が浮かび、即座に馬鹿らしいと思考を中断する。

 

『姉さんは、昔語ったんだ、私に、千冬さんに、一夏に……!』

 

ふいに、膨大な情報の中で輝く大切な記憶が脳裏に浮かぶ、満天の星空のもとその星空と同じぐらい輝く笑顔を浮かべる妹を、柔らかい笑みを浮かべる親友を、興味津津と目を輝かせるその弟を。

 

唇が、無意識のうちに言葉を紡いだ。

 

「『いつか、あの宇宙(そら)に行くんだ、箒ちゃんと、ちーちゃんと、いっくんと、束さんで』」

 

視界に映る妹に手を伸ばす、ゆっくりと震える手で、きっと、なにか、言わなきゃいけないことがあるはずなんだ、しなきゃいけないことがあるはずなんだ、と。

コツン、と指先が画面に触れる音がした。

 

「さわれない、ふれれないよう……ほうきちゃん、なんで……どうしてぇ……」

 

視界が滲む、大切な妹に触れようとどれだけ手を伸ばそうと、どれだけ声を掛けようと、その手は決して柔らかなはずの妹の肌に触れることはできず、その声は決して妹の耳には届かない。

 

『夢を叶える目処が立ったと、嬉しそうに私に語った姉さんの笑顔を覚えている』

『なんで誰も分かってくれないんだと嘆く姉さんの声を今でも覚えている』

 

まるで自分の事のように嬉しそうに喜んでくれた妹の姿が、記憶が、目前に現れた気がした。

触れると蜃気楼のように消えてしまった。

 

とても悲しそうに、自分の手を握ってくれた優しい妹のぬくもりが蘇った感覚がした。

それをなぞってみるとぬくもりは消えてしまった。

 

「わたし、落としちゃったよ……大切なもの、沢山あったはずなのに、落としちゃったよぉ……!!」

 

『ISは、この子たちは姉さんの夢だッ!! 兵器としか見ない貴様らがァ!! 姉さんの夢を穢すなァァァッ!!!』

 

「ああっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

慟哭が咽を震わせる、暖かな雫が頬を濡らし、エプロンを濡らしていく。

私にはいらない、役に立たない、そう言って捨ててきたいくつもの情報(キオク)の中に決して捨ててはいけない大切な記憶(オモイデ)があった、そんな取り返しのつかない間違いを犯してしまっていた。

それがいったいなんであったのか、完璧ともいえる記憶力を持つはずの自分は忘れてしまっていた、篠ノ之束(わたし)の原初であったそれを、いまようやく思い出したのだ。

 

「……ISで宇宙に行くことは、過程だったはずなんだ、それが目的だったなら誰にも構わずただ一人で事を成せばよかっただけなんだ」

 

そうだ、私の本当の―――

 

「―――本当の目的は、箒ちゃんに、ちーちゃんに、いっくんに……ううん」

 

両の手で顔を覆い嘆くように、懺悔するように叫ぶ。

 

「世界中のみんなに、宇宙を、知ってほしかったんだ!!!」

 

やっと思い出した、もしかしたらやっと理解した自分の夢に直面して力無く乾いた笑い声を溢した。

 

「……は、ハハッ、ハハハッ……ハァッ!!」

 

拳を机に叩き付ける、中身のないマグカップが跳ね床に落ち、ステンレス製のカップが甲高い音を立てた。

 

「……馬鹿じゃないの」

 

自分を嗤いながら出した声は、自分でもぞっとするぐらい低い声だった、とてもじゃないが明るい声なんて出せない、能天気だった自分がこれほど怨めしいとは思わなかった。

虚ろな目で前を見る、自分の愛する妹が、その友人(・・)が、そして夢を運ぶ自分の愛娘たちが、自分の手によって憎み、争っている。

あぁ、なんて馬鹿らしい、もう何もかもが失敗だった、もう何もかもが遅い、もう……何もかもが手遅―――

 

「たばね…さま……」

「え、あ……くー、ちゃん……?」

 

いっそ何もかもを消してしまおうとさえ考えた束の思考が小さな少女の声で止められた。

エプロンの端をぎゅっと握り、心配そうに眉を寄せるクロエと過去の箒の姿が重なったような錯覚がした。

 

「くーちゃん、たばねさん……間違えちゃった、失敗しちゃった……もう全部意味なんて―――」

 

全てを言い切る前に腹部に小さな衝撃が走った、視界が滲んでいてもそれはハッキリとクロエが半ばぶつかるように抱き着いてきたことが理解できた。

 

「……意味がないなんて、そんな事ありません……!」

「でも、でもっ! こんなに、こんなにも取り返しのつかないことをしちゃったんだよ?! もう、何もかもが嘘っぱち、もう私の夢に、願いに意味なんて!」

「あります! 私は、私はあなたの願いに、夢に救われたんです! 生きる意味のなかった私に意味をくれました……!」

 

束はその言葉に言葉が詰まった、否定することは簡単だ、だが、もし否定してしまえばそれは自分だけじゃなく、クロエの存在そのものさえ否定してしまう、前までは一切気にしなかったであろうソレがとてつもなく重く、重要に思えた。

 

「私は、沢山間違えました、沢山失敗しました、作ったご飯は毎日黒焦げです、砂糖と塩を間違えるなんていつもです。でもっ…!」

 

束のエプロンに顔を埋め、暖かな雫をしみこませつつ、いつもは物静かな彼女が感情を爆発させるように束へと言葉を告げる。

 

「それでも貴女は……! おかあさん(・・・・・)は! ごめんなさいと言えば許してくれました!!」

「それ、は……!」

 

理解が出来た、クロエはこう言っているのだ「謝れば許してくれるはずだ」と。

あまりに虫が良すぎる、謝れば許してくれるというラインなんてもうとっくに過ぎ去ってしまっていた、もはやただの悪戯で済むようなものではない。

でも……。

 

「そう、だね……許される許されないは置いて、悪いことをしたら、怒られて、謝らなきゃ…だね」

 

なんで、こんな事をしてしまったんだろう、私はなぜISを、自分の子供たちを兵器として見てしまっているんだろう。

 

「あぁ、そうだ……そうだよ…!!」

 

兵器としてのISを否定してくれたのは、本当の姿にしてくれようとしたのは、進んで悪者になってくれていたのは……自分を認めてくれたのは……!!

 

「……れーらさんじゃないかっ……!!!」

 

ぎゅっとクロエを抱きしめる、震えは収まった、精神的には万全だなんて言えないけど、それでもさっきまでよりずっと良い。

今なら勝てる、今この時なられーらさんに勝てるんだ。そう口走った自分を嗤う。

 

「ハハッ……なんだよ、今ならって……違うでしょ……」

 

本当に馬鹿みたい……いや、違う……馬鹿みたいじゃなくて。

 

「ああ、馬鹿だなぁ、ホント。 ねぇくーちゃん、束さんね……本っ当に馬鹿だったよ」

 

自分が見下してた奴らのほうがもしかしたら真っ当に、立派に生きていたに違いない。

さぁ、だからこそ久しぶりに真剣に、まじめに、真っ当に頑張ってみよう。

 

「でもさ、だれか言ってたよね、馬鹿は馬鹿なりに、やるんだって」

「おかあさん……」

「見ててくーちゃん、馬鹿と天才紙一重、なら私は、今この瞬間から、天才になってやる!!」

 

キッと睨み付けるように眼前のモニターを見る、なにせ愛娘の前で馬鹿でなんていられない、自分の失敗は人に何とかさせちゃいけない、そうでしょう、と記憶の中の親友に微笑んだ、彼女は呆れながらも笑みを浮かべて「今頃気づいたか、馬鹿め」と返していた。

コンソールを叩き進行中だったクラッキングを停止、ゴミ箱に手作りの実行ファイルを叩きこむ。

そうだ、自分は自覚する、類まれな才能を持ち、あらゆることをこなし、肉体の細胞さえ常人を遥かに超越する、まさにそれは天才と言うしかないだろう。

ならば眼前のあらゆるものは私以下である、それは世間でどういわれようが私にとっては凡夫だ。

だが決して油断はしない、その凡夫にこそ、自分は最初に陥れられたのだ、そして今まさにその凡夫に自分は利用されていたのだから。

 

「さぁ凡夫ども!! この天才である束さんと本当の大天才であるれーらさんを相手にどこまで粘れるかなぁ?!」

 

眼前に広がるモニターにコンソールを同時に10近く展開し、両腕を大きく広げた、それに追従するように背後の拡張領域から左右4本づつ機械腕が展開された。

 

「まずは私の子供たちを返して貰おうか!!」

 

手始めにカラードで防衛を行うIS学園のISと一夏のIS以外を全て絶対防御を残しその場で待機するように機能停止させる、さぁこれでカラードに直接攻撃できるものはいない、ここからは電脳空間上での攻防だ。

 

「けど、勝てるもんなら勝ってみな、言っとくけど束さんは本気だよ!」

 

だがどうだ、実際は思ったより耐えてくれる、1分持たずに瓦解して潰されると思ったにもかかわらず電脳空間での戦いは互角とはお世辞にも言えないが、それでも1時間程度は耐えてくれそうだった。

あぁなんだ、自分がずっと馬鹿にしてたのに、なかなかやるじゃないか、それに何より心苦しさのない遊びのようで、思ったよりずっと楽しい。

 

「あっはは! これ、これも凄く楽しい!! なんだ、中々馬鹿に出来無いじゃん! 凡夫どもも、中々面白い!!」

 

でもこの遊びで全部が終わりじゃない、やらなきゃいけないことが沢山だ。

 

「れーらさんにごめんなさいしなきゃだめだし、箒ちゃんにも会ってお話ししなきゃいけない、ちーちゃんにも多分怒られなきゃだめだし」

 

まだ心配そうにこちらを他人とは違う綺麗な瞳で見つめる愛娘を視界に収めて精いっぱいの笑顔を浮かべた。

 

「くーちゃんと一緒に料理のお勉強しなきゃだもんね!」

「! はい!」

 

クロエも精いっぱい心からの笑顔を返した。

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

―――――人の意思なき刃が、その首へと振り下ろされる。

 

その刃が愛する男へ到達する直前、ISの全機能が停止しエネルギー刃が消滅した。

 

「………は、ぁぁ、止まっ……た、よか、よかった……ありがとう、ありがとう…! 打鉄ぇ……!」

 

安堵と共につぅと雫が頬を伝う、ぽろぽろと零れる涙が男の纏う赤熱した金属板に接触し、小さな音を出す、それを見届けたであろう壁の向こうの男はつまらなさそうに溜息を吐いたのがスピーカーで聞こえてきた。

 

「思ったものとは違いますが……まぁ、双方ともに動けないのであれば問題はないでしょう、その二人を回収しなさい」

 

その言葉と共にシールドが解除され重武装の歩兵たちがIFVと共に近づいてくる、やめろ、私たちに近寄るなと叫ぶISを纏う簪に数人の歩兵が銃を構えるが残りの十数の兵士、そしてIFVの砲塔がぶれることなく一切動かない鉄塊にも見える信一郎へと向けられていた。

一人の兵士がLMGの銃口で鉄塊を叩く、重い鉄を叩く音だけが響き、鉄塊は一切動くことはない。

 

「来い、といっても動けないか、ISを動かすための機器がいるなこりゃ」

「コレはどうする」

 

と言いながら鉄塊を蹴る兵士に簪が悲鳴を上げるも兵士たちは一切気にしない、簪よりも直接的に被害を与えられた鉄塊のほうが彼らにとってよほど脅威なのだ。

 

「装甲車に括り付けて引き摺ればいいだろ」

「そうか……よくもまぁやってくれたな、コイツはよォ!」

「やめて!!!」

 

鉄塊の頭と思しきものを蹴り飛ばそうとするもやはり微動だにしない、その蛮行に簪が声を荒げる。

 

「うるせぇぞ、黙ってろ!!」

 

そう言って簪の眼前に銃を突きつけた兵士が突然に、まるで何かに引きずり倒されたかのように地に伏せる。

兵士の足にボロボロに拉げ、砕けかけた金属の腕が絡み付き、地を向いていたはずの単眼が赤く、暗い光を兵士へと向けていた。

 

「あ、あぁぁぁ!!! うわぁぁぁぁぁぁ!!! クソッ、クソクソォ!!! 放せ、放せコイツッ!!!」

 

ズル、ズルと少しずつ、まるで捕食されるように鉄塊に取り込まれる兵士の姿に誰もが理解できず、ただ見呆けるしかなかった。

 

「お、ごぁ、やめ、やめろ…!! たすっ、だずげッ……!! う、ゲ、ギィッ!!!」

ぐしゃ、ぐちゃ、ごき、と潰れてはいけない何かを無理やり潰す音が止むと、今度はお前だと言わんばかりに、簪を取り囲む兵士を赤い瞳で見つめる。

 

「……う、撃てェ!! 撃ち殺せェ!!」

 

ギシギシと体を揺らしながらゆっくりと動くその「金属でできた化け物」に銃弾をこれでもかと叩き込むが銃弾が直撃した火花を散らすもまったくもってひるんだ様子はない、そうしてる間に一人、簪の近くにいた兵士が引き千切られ、磨り潰された。

返り血か、それともまさに喰い殺したのだろうか、まるで歯にも見える内部機関からボタボタと血を流してさらにもう一人とゆっくり首を向ける、ギチギチギチと弓を引き絞るような音の後、化け物が宙に飛び上がった瞬間、凄まじい轟音が響く。

IFVがその巨体を持って化け物に体当たりし、なお押し込んでいるのだ。

ガリガリガリと後ろ足が地を削り、土煙を立て、化け物を壁へと運ぶ、IFVの操縦主はこの化け物を質量の力で叩き潰そうと決めた。

ドンと大きな衝突音を響かせ、IFVが壁に衝突する。

 

しばし、IFVが動きを止めた後、急に凄まじい土煙と共に車体をなお壁へと押し付け始めた、壁とIFVの間では化け物がまるで獲物に爪を立てるようにIFVの装甲板に手を、そして指を突き立て、引き裂こうとしている。

 

『くそっ!! こいつまだ死なねえのか!! いい加減死ね! 死ねよォ!!』

 

IFVの上面砲塔が化け物へと銃口を合わせ並みの家屋ならその外壁と共に中の住民を肉塊へと変えることさえ可能な銃弾を化け物へと叩き込む。

その衝撃で怯みこそするもののどうあっても死ぬ様子は見られない、金属が擦れ合うような、まるで獣の悲鳴のような音を上げ少しずつ、しかし確実に装甲を引き剥がす化け物にIFVの操縦主は堪え切れないと絶叫を上げながらも決して動きを止めることはない、今ここでこの化け物を殺しきることができなければ死ぬのは自分だからだ。

 

ゴン、バキッ、ベキベキ、とくぐもった様な命の防壁が段々とハッキリとした音へと変わっていく、もう既に外部の一番強固な装甲が引き剥がされている事は嫌でも解った。

ガキンという一際ハッキリとした音と共に金属の爪が遂に顔を出す。

 

「あぁ、あぁウソだろ! クソッ、クソォッ!!!」

『ギィィィィィィィィィァァァァアアアアアアアアアッ!!!!!!』

 

およそ人が決して出すことのできないような化け物の絶叫と共に遂に最後の壁が引き剥がされた。

操縦主は必死にアクセルを踏み込みながら体を反らす、空を掻くように爪が眼前を裂き、届かないとなるとそれならばと操縦機器に手を掛け身体を寄せようと、関節を軋ませた。

 

装甲に比べれば随分と軟らかいであろうハンドルやメーターなどを砕き潰し、その悍ましい爪が操縦主の顔面を握り潰さんと開かれるのと、IFVが機能停止に陥るのと。

そして化け物の動きが完全停止するのは同時だった。

 

ぴたりと動きを止めて単眼が光を失い、続けてその腕や体が破壊されたIFVに落ちて重い音が鳴る。

 

「ハッ、ハッ……やっと、やっとかよ、クソ、クソッ……!!」

 

悪態を吐き散らしながら、意地でも化け物の作った大穴から出ようとせず、半ば拉げ、解放された上部のハッチから身体を引きずって出ると、化け物の装甲から光が弾け、機械でできた左腕と、腕も指もぐしゃぐしゃに折れ、拉げ、曲がった右腕を持つ男が現れた。

 

「これで、もう……大丈夫か」

「わかんねぇ、わかんねぇけど……」

 

油断なく銃を構え、血塗れの男に近づくとゴプ、と声が漏れると同時に小さく血を吐きだした。

 

「ヒッ、まだ生きてやがるぞコイツ!!」

「化け物め……!!」

 

兵士が二人顔を見合わせてひとつ頷いた、もう、ここでコイツを殺してしまおう、そうして照準を男の頭に向け。

 

「だめです、それは、いけませんね」

 

彼らの上司である科学者の男に止められた、だがここで殺してしまわなければ危険なのは誰が見ても明らかだった、抗議しようと口を開きかけるもそんな命を掛けた理不尽など今に始まった事ではないし、反抗した者がどうなってしまったかなど彼らには考えるまでも無かった。

 

「チッ……ファーヴ、運べ」

「俺か?! あぁ、くそっ…頼むから動き出さないでくれよ……」

 

ファーヴと呼ばれた重装甲型パワードスーツを着こんだ男が恐る恐る、バケモノの脚を掴み引きずり始める。

他の兵士もゆっくりと簪に近づき腕を伸ばす。

 

「信一郎!! 信一郎!! はなせっ! はなしてぇっ!!」

 

兵士の一人が簪を黙らせようとライフルのストックで殴るためライフルを振り上げる。

そこでIFVの操縦主の男が悲鳴を上げるように怒鳴った。

 

「よせ! 女に乱暴はするな!!」

 

フェミニストか何かだったかと殴ろうとした兵士が操縦主の男を見ると顔色を真っ白にしてガタガタと震えていた。

 

「あの化け物が目を覚ますぞ……ッ!!」

 

ヒュッと息を詰まらせた兵士が振り上げてたライフルをゆっくりと下ろす、もし「アレ」がもう一度動き出したとして止める術はもう無いのだから。

 

「もう、たくさんだ……」

 

その言葉に誰もが理解を示していた。


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