コジマ汚染レベルで脳が駄目な男のインフィニット・ストラトス   作:刃狐(旧アーマードこれ)

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遅かったじゃないか……目的(MGSV:TPPトロコン)は既に果たしたよ、私がな。


INFINITE STRATOS 『限界無き成層圏』

「ふふ、あはっ……っはぁ…!」

 

中空に浮かぶ幾つものディスプレイをともすればうっとりと、愛おしそうに眺め、まるで嬌声のような笑い声を洩らし、ほう、と息を吐く女性。

しかしその表情、その声から想像も出来ぬ程に、まるでチェーンガンの速度のようにキーボードをタイプする。

 

「凄い、凄い凄い…ッ!!」

 

篠ノ之束、彼女はただ100に満たない小さな数字がゆっくりと、時間を掛けて増えていく様を眺め、乱雑に流れていくコードをほぼ無意識的にキーボードを叩き続ける事で追っていた。

 

「アハッ、アハハハッ! 今、凄く楽しいっ!!」

 

最初は全世界がカラードを攻撃していると聞いて憤慨した、舐めた真似をしてくれる。

ISを外部から操作してむしろ馬鹿な事を思いついた奴らを、思い上がった凡夫どもを逆に一掃してやる、とさえ考えていた。

だがその動きはぴたりと止まる。

ハッキングの進行率は依然として0のままだが処理が思ったよりも遅い、自分の想定よりも確実に、遅かったのだ。

ふと、魔が差したとでも言うのだろうか、少し、ほんの少しだけカラードへのハッキングを試みた。

目に見えて分かるほど、処理が遅れた、それを感じた束はぞわりと良く分からない物が背を駆け上がるのを感じる。

 

駄目だ、こんな事をしちゃいけない、麗羅さんに迷惑を掛けちゃいけない、私はまた、棄てられてしまう。

 

そう、どこか冷静な部分が叫ぶ、だが指はその動きを止めてくれる事はない、それどころかただ速く、荒々しく、まるで興奮しているように言う事を聞かない。

駄目だ、だめだ、止まって、とまって。

何度も懇願するかのように自分に言い聞かせるが動きは速くなるばかり、自分はきっと酷い顔をしているだろう、そう感じ、ディスプレイに反射し、薄らと見える自分の貌は、自分の口元は、まるで三日月のように深い笑みを浮かべていた。

 

その瞬間、ぷつりと何かが切れる。

あぁ、そうか。初めて知った。

これが、この気持ちが本当に楽しいってことなんだ。

 

そこからはもう余計な事など考えなかった、顔は上気し薄らと紅くなり、ただひたすらに心臓の鼓動は加速し、痛い程に自己主張をしている。

まるで生娘が好きな男と初夜を過ごす前のように背筋にずっとゾワゾワとしたものが走り続け、足はがくがくと震え、今にも達してしまいそうだった。

 

すぐさま一つの画面を出し、いくつかの数値やコードを書き換えた。

それはISの前記共通システムデータ、ISは全てコアネットワークにより意識を薄く共有している。

だがそれは本当に薄く、どこにどのコアがあるか、その程度の事しか分からない。

それを束は限定的に濃くした。

その結果、限定空間内のISが膨大な知識を、記憶を、記録を、意志を、そして経験を共有する。

ISは経験を積むことによって操縦者に最も適した形に姿を変える、ISの操縦者を目指すのであれば全ての人間が知っている事だ、もし、それが他人の経験と、それこそ400もの数の経験を共有すればどうなる?

 

自分の操縦者の経験など関係なく、ただ経験だけを押しつけられ、無理矢理に二次移行へと移る。

 

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

 

目前の数値は先ほどよりも遥かにゆっくりと、それこそ一分に1%増えるかどうかという速度で、しかし確実に増えている。

 

「勝てる!! 今なら、今この時なられーらさんに勝てる! あはははっ! 凡夫どもも馬鹿にならないね! 塵も積もれば何とやら、ってよく言ったもんだねっ!!」

 

束は決して自惚れる事はない、今までの自惚れていたような言葉は彼女にとっての事実でしかなかった、世界中の人間など、自分が認める人間以外など塵芥のように、否、それ以下でしかなかった。

束は自惚れない、自分だけではどうあっても麗羅を超える事など出来ない、それを知っているからこそ、今この時にこんな事をしているのだろう。

 

「束…さま……?」

 

静かに自動ドアが開きモニターの光だけの部屋に新しい光源が現れる、束はその方向をチラとさえ見る事はない。

怯えたような、小さく震えた声を束はしっかりと捉え、息を短く吐くかのような笑い声を上げた。

 

「アハッ! 見て!! 見てクーちゃん!! 束さん、れーらさんに、れーらさんとッ!! アハハ、アハハハハァッ!!!」

 

幾つものディスプレイに映るのは膨大な文字列、侵攻率を示すバー、そしてカラード周辺で戦うISから拾われた狂った笑い声、凄まじい怒声、地獄と言って差し支えない映像だった。

 

「ち、が…こんなの………こんなの…! 違います…!!」

「ホラッ、凄いでしょ?! 束さんが、私が!! れーらさんと同等に!! それ以上に戦ってるんだよ!!!」

 

「アハッ! アハハハ!! アーッハハハハハッ!!!!」

 

束はただ、生まれて初めて『誰かと一緒に』遊んでいるだけだった。

全力で、全身全霊で、ただ我武者羅に。

 

「今なら!! 『今』ならっ!! 『今この時なら』れーらさんに勝てるんだぁ!!」

 

クロエはただ、恐怖に震え、声を漏らさぬよう両手で口を塞ぎ、蹲っている事しか出来なかった。

狂気的な程に驚喜的な笑い声を、哂い声を、ともすればまるで嗤い声のような聲が暗い部屋に響く。

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

―COLLARED―

 

 

『糞がッ!! 糞が糞がァァァッ!!! 俺がァ!! この俺がァァッ!!! ブッ壊れた人形どもが!! 俺がァ!! 貴様ら如きにィィィィッッッ!!!』

『誰か!! エイリークの援護に回れェ!!』

『無理だ! 間に合わん!!』

 

『グ、オォォァァアアアアアッッ!!!!!』

『トールハンマー、ダウン!!! トールハンマー、ダウン!!』

 

「ひっ…!!」

 

複数のISにまるで鳥葬の如く集られ、頭部を砕かれ、腕を捥がれ、炎上し、幾度となく爆発を起こしたACからIS達が、そのパイロットたちが狂ったように笑い声を上げ、飛び立つ。

攻撃を受けた衝撃でコクピットのハッチが開いたのか、血塗れの男が悪態を吐きながら這い出し、最寄りの回収地点へと這いずりながら移動を開始した。

その姿を映像越しに見た少女が小さな悲鳴を上げブルブルと震えながら口元を押さえる。

 

「回収班! エイリークを救護しろ!! 防御型を出せ!!」

『了解!! A-5ポイントより救護班向かいます!!』

 

簡易司令室、十数機のUAV、IBIS以外の私有人工衛星による映像情報、各ACの通信による音声情報、それらを統括し救護指示、おおまかな戦闘指示を出すための緊急施設。

各部署の部長や研究長などが一堂に集まり自らの部署に所属するパイロットに優先して指示を出す、そちらの方が的確な指示を送れるからだ。

 

「王大人、真改殿が数的不利な状況に陥っております、片方だけでも注意を引けますか」

『分かった、やってみよう』

「あ、の……」

 

少女が小さな声で通信相手を呼びとめる。

 

『…リリウムか、今は忙しい、後にしろ』

「リリウムも! リリウムも、出して下さい! 王大人、どうか…!!」

『駄目だ』

 

にべも無く、ただ否定。

 

「ですが! リリウムもリンクスで、ランク21です!!」

『実操作経験が無い、出せる訳が無かろう』

「模擬戦闘のランクは10位以内です!!」

『だからどうしたと言うのだ』

 

突き放すような冷淡な声、感情の感じられない声、しかし、少女、リリウムにはそれが何の為なのか、よく分かる。

手間だ、手間だ、と言いながらも少女に物を教え、与え、親代わりとしてきたこの老人が、何を思い、突き放そうとしているのか。

 

それはただ一つ「心配しているから」と言う事に他ならない。

 

「……王大人…、リリウムは、リリウムはもう、家族を失いたくないのです…!!」

『………ならん、私に、面倒を掛けるな、私は忙しいと、そう言ったのだぞ』

「いいえ、リリウムは…リリウムは出ます、リリウムは悪い子です、反抗期なのです」

『こ、の…!!』

「何と言われようと、リリウムは引きません、ですので…先に、言わせて頂きます」

 

決意を持った目を通信画面へと向ける、向こうにその表情は伝わらないし、向こうの表情もこちらには伝わらない、だからと言って形だけを繕うような不誠実な少女では無い、リリウムは、素直な子だった。

 

「ごめんなさい……お義父様…」

『この…!! この…! 馬鹿が! 馬鹿者が…!!』

「はい、リリウムは、悪い子なのです」

『リリウム!!』

 

数瞬、間を置き、震えるような声が流れる。

 

『絶対に、生きて、戻れ…いいな』

「!! ……はい!」

 

その言葉を聞きリリウムは口元を固く結び、力強く頷いた。

すぐ横にいたBFF副部長である男に視線を向ける。

 

「すいません、あの…」

「わかっておりますとも、リリウムお嬢様……格納庫の人員へ通達、ネクストパーツ格納庫から063ANのパーツを今すぐ出して一機組み立てろ、コードはアンビエント、リリウムお嬢様のデータを本機と統合させろ、今すぐだ、5分掛けるな」

「ありがとうございます!」

「よろしいのですよ、リリウムお嬢様、リリウムお嬢様がお決めになられた事です。じいは、不備の無いよう全霊で当たらせて頂きます」

 

白いひげを蓄えた老いた男がにこりと微笑んだ、すぐに真剣な表情を浮かべ指示を出す。

リリウム・ウォルコットと言う少女は、ただ皆から愛されていた。

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

『リリウムお嬢様、出撃前に、いくつかご確認を』

「はい」

『まず、シミュレーションと違い実際に移動や旋回、銃撃といった類にさえ体に多かれ少なかれ負担が発生します、リリウムお嬢様のシミュレータによる連続稼働時間は確か1時間程度でございましたね』

「はい、その通りです」

 

こくり、とコクピットで対Gスーツ、ヘルメットを装着したリリウムが頷く。

 

『恐らく、リリウムお嬢様がシミュレータと同様に戦闘行動を行える時間は……20分程度です』

 

ヘルメットの中でリリウムが目を見開く、それは小さな少女にとって信じられないほどの現実だった。

 

「たった、20分」

『はい、たった20分です、その上、それを過ぎた瞬間恐らく、1分集中力を維持する事さえ困難になるでしょう』

 

ギュッと唇を噛む、想像した以上に、実操作経験が無いと言うのは、響く。

 

『「たった」一分が「やっと」一分に変貌する事を、お忘れなく……ですが、御心配いりません』

 

視線を上げ、通信画面の映像を見ると、白いひげを蓄えた男は柔和な笑みを浮かべていた。

 

『何と言ってもリリウムお嬢様なのですから、じいは、あっという間に終わらせて、無事に帰ってくると信じておりますとも』

「はい! ありがとうございます、じいや」

『…ふふ、リリウムお嬢様に、はじめてじいやと、呼んで頂けましたな、このじい、もう心残りはありませぬ』

 

「駄目です、そんな事を言ってはいけません、めっですよ」

 

人差し指をぴんと立て、叱りつけるような声を出す、その声に、老人は小さな笑い声を洩らし、大きく頷いた。

 

『そうですな、その通りで御座います。じいにはまだ沢山やり残した事がありますとも……それではリリウムお嬢様、よろしいですか?』

「はい、大丈夫です」

 

ひとつ、息を吸い、操縦桿を握りしめ眼前のディスプレイを睨みつける。

 

「リリウム・ウォルコット、アンビエント……出ます!!」

 

ハッチが重い音を立て開かれると追随するように、アンビエントのブースターが青白い火を噴き、徐々に加速していき、ぴたりと動きを止めた。

アンビエントとの接続ワイヤーがピンと張り、ブースター出力が上昇する。

エネルギーコアの循環数が最高値一歩手前へと到達したとき、「じいや」より通信が入る。

 

『接続ワイヤー、切り離します。3・2・1、切断』

 

最後の言葉と同時、太さ1メートルものワイヤー数本がアンビエント側の根元より切り離され、最高出力を維持したままのアンビエントが音の壁を叩き割る凄まじい爆音と共に外へと飛び立った。

 

「ッ…!!!」

 

「…リリウムお嬢様、どうか、御武運を…」

 

 

 

 

 

グン、と急加速が終わり、安定した速度へと変化する、確かに、それはシミュレーターでは感じ得なかった感覚だ、カラード謹製の対Gスーツが無ければ今頃潰れていたとて可笑しくない程の暴力的な加速を前進が押し付けられるような感覚で留まる。

しかしてそれでも肉体的な負担、ストレッサーとなり、確実に、ジワリジワリと蝕むが如くリリウムの行動可能時間を削っている。

 

「行きましょう、アンビエント」

 

ライフルとレーザーライフルを前方に突き出すように構えると頭部のカメラが緑光を放ち、一点に絞るよう収縮した、それはまるで獲物を定めたスナイパーのように。

肩部ECMが扇を広げるように展開され、強力な電波をその扇の間々より電光と共に発生させる。

 

ネクスト、引いてはアーマードコアと言う物はそれ単体で一戦力であり、強力な兵器だ、だが何も全てが強力な自己主張で相手を殲滅するものではない。

ポール・オブライエンの操る『警備部隊1番機』が狙撃による戦闘支援を得意とする様に、アモーの操る『エンドボム』あるいは『バースボム』がロケット主体による制圧支援を行うように。

 

このBFFのリリウム・ウォルコットが駆る『アンビエント』もまた、それ単体が強力な戦力を持つ『狙撃機との作戦を想定した』支援機なのだから。

 

周囲、決して狭くない範囲でECMによるジャミングが発生し、敵ISのレーダーに遅延が発生する。

 

ACとISにはサイズ差とある一点を除きそれほど大きな差はない、火力であればACのアセンブルや、武器の選択に左右され、速度も千差万別、また防御力でもパイロットの命だけを絶対に守るか、また戦闘限界値の差だ。

だが全体的な平均値で見るとACに大きく軍配が上がる、しかしただ一点、ACがISに遠く及ばない物がある。

 

それは『索敵性能』のただ一点だけ。ACが地球上の限定作戦区域のみでの限られた空間で行動することに対し、ISは無限とも言える宇宙空間においての活動を基礎として作られた物だ、言うなれば成層圏と言う小さな惑星での小さな領域をISに限って限界なく広げる、それこそまさに与えられた名の由来『限界無き成層圏(Infinite Stratos)』。

 

レーダー機能の遥かに劣るACによるECMの効果は決して大きくはない、相手のレーダーにノイズを与える事も出来なければ友軍のレーダーの反応を消す事も叶わない。

しかし、確実に1秒もの『遅延』を発生させる。

 

そのたった1秒の遅延は高速戦闘を行うISにとってはあまりに大きすぎる致命的な物だった。

レーダーを確認し、ハイパーセンサーによる視認後、行動を開始するという、ISのサポートによって間隔が引き延ばされた刹那のサイクルが大きく崩される。

 

大きくコレと言う事も無い一機のISを見る、パイロットがケタケタと笑い声を上げながら愉しそうに大型のブレードを振り回している、相手をしているのは桜色のAC、シリエジオ。

大きなダメージらしいダメージを受けることなく的確に回避し、攻撃し、ただ正確に『二対一』の数的不利を戦い続けている桜色のAC、流石は最初期のリンクスだと脳裏に浮かぶも押しきれている訳ではない、早急に対処する必要性があった。

 

「スミカさん、近接機を一機引き受けます」

『ウォルコットか、助かるが、大丈夫なのか』

「勿論です、お任せ下さい」

 

言葉と共にライフルとレーザーライフルの銃弾が近接戦闘を行っていたISに吸い込まれ、紙一重でそれを避けた。

数瞬目がぐりぐりと動き、ぎゅろりと開かれ、視線がアンビエントを、リリウムを貫く、その口元は楽しそうに歪んでこう動いた。

 

「 ミ ツ ケ タ 」

 

ぞわりと背筋を嫌な物が駆け抜けるも、逃げる訳にはいかない、あくまでリリウムの仕事は十全にACを扱う事、支援機であるアンビエントの性能を100%以上に発揮することなのだから。

 

ISが中空で姿勢を低くし、ブレードを両手で握りこむ、何が来るかは一瞬で理解出来た。

 

「…来る…!」

「イヒィヒャァハハハァ!!!」

 

凄まじい速度で光を引きながらアンビエントへと向かうも、リリウムは揺らぐ事はない、初めての実戦であろうが、相手が人であろうがISであろうが、ましてや二次移行してようがリリウムには関係が無い。

後ろへとクイックブーストを使い、引き、銃弾を吐き出す。

ISの瞬時加速は途中で曲がる事が出来ない、否、途中で曲がるような技術力を持つパイロットが一つまみもいないのだ。

だが、完全に何かのタガが外れたパイロットにとっては銃弾など雨粒と同じような物でしない、故に、一切の躊躇なく全弾身に受けながらアンビエントへと迫る。

 

とは言えども所詮は直線でしか動く事の出来ない移動法、避ける事など一度横へとクイックブーストすることで事足りる。

ただ、冷静に、いつも通り、人形を相手にするように、数少ないシミュレータでいつもしてきた事をするだけ。

 

「逃ィげないでェ!!! よぉぉぉぉぉぉッ!!! イヒヒヒィ!!」

「王大人」

 

相手が急停止しながら反転、一瞬動きを止めた直後、リリウムが呟くと同時にISパイロットの頭部にスナイパーキャノンの砲弾が突き刺さり、横方向に高速回転しながら吹き飛ぶ。

 

「ア、ガ…えェ? な、にぃ? 誰? 誰? 誰だれダレダレダレダレェェェェ?!」

 

空中で態勢を立て直し、まるで梟を連想するように首を回し、周囲を確認し、狂ったように声を上げた。

再度、一点へただ笑みを張り付けた人形のように目を向け、口元を大きく歪めた。

 

「そこォ? いひ、イヒヒヒヒヒヒィッ!!! そこォォォォォッ?!」

「行かせませんよ」

 

背部追尾ミサイルのサイロが開き、白煙を引いてミサイルが打ち出され、続くようにライフルとレーザーライフルのトリガーを引き込む。

 

ISの移動予測地点、そしてその予測回避地点へと、さらにその予測回避地点と幾重にも重ね、銃弾を放ちISの移動、攻撃、ほぼ全ての行動を阻害する。

 

「アァァァァアアアアアアアアッ!!!!! うっとおしィィィィィィなァァァァァァァア!!!!!」

 

王小龍へと向かっていたIS操縦者が叫ぶのに呼応して握っていたブレードがまるで鉄塊を想い浮かべるほどの大きさの大剣と変化し迫り出したエネルギーブースターに電光が奔り、眩い黄の光が瞬いた。

 

大上段に構えたまま凄まじい速度でアンビエントへと愚直なまでに一直線に飛ぶ。

まるで溜めていたかのような電光が赤雷へと変化し、その刀身を包み始める、いくらACとてあんな物が直撃すれば無事では済まない、一撃で落ちる事はないだろうが致命的なダメージを負う事は免れない。

 

だがリリウムは引かない、それはプライド等と言うものではない、それが支援機としての役目だからだ。

アンビエントの支援機としての仕事とは? 敵機の邪魔をする事、否。ジャミングによる友軍支援、否。

 

それは単純明快な事、囮だ。

 

つまり、今この時、数秒後にはISの握る鉄塊が叩きつけられたとて、それが攻撃のチャンスとなるならば、何一つとして問題はない、もっとも。

 

「ブッ潰ゥゥゥゥゥ ッが?! ぇあ…?」

「他愛もない、よい的だぞ、貴様」

 

その凶刃がリリウムに届く事はないのだが。

もし仮に、ISが万全の状態であったなら落とす事は難しかっただろうが、今は万全ではない。

アンビエントのECMで発生したわずかな遅延は、確実にISにとっての致命傷だった。

 

「次に、行きましょう」

「無理はするな、リリウム」

「まだ、問題ありません」

 

レーダーやコンソールの数字に視線を流し、一言呟いてペダルを踏み込んだ。

 

「あと、15分……!」

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

「ハッ……ハッ……」

『もういい、リリウム下がれ』

「まだ、行けます……まだ……!」

『リリウムお嬢様、もう限界です! もう30分です! 十分です、十分ですとも!!』

 

たった数秒が数分にも、たった一分が数時間にも引き延ばされたような感覚で、しかしながら極限状態を維持するようなものでは決してない、ただただ苦痛がリリウムを絞めつけ、蹂躙する。

脳に棒でも突き入れ掻き回されているのではないかと錯覚するほどの激痛が走り、目の奥に重く感じる激痛で瞼を閉じてしまいそうになる。

 

「まだ…! まだぁ…!!」

 

この長時間の戦闘行為でアンビエントは幾度もプライマルアーマーを抜かれ、機体の装甲を削っていた、もっとも、それはアンビエントに限らず、この戦場に出ている全機がそうなってしまっているのだが。

酷い物では片腕を失い、スラスターを大きく破損させ、騙し騙し戦闘を続行している機体もある。

 

「ま…えっ…!!」

 

アンビエントはもとより、リリウムも既に限界を超えている。

その都度その都度、攻撃をされる度に攻撃方向を口で確認しながら回避してやっと行動できる状態にまで陥っていた。

正面よりのマシンガンによる攻撃を横への二連続クイックブーストで回避、残り数少ない弾が込められた武器を敵ISに向けトリガーを引き絞る。

 

再度、位置を調整するためクイックブーストを噴かせようとした時、リリウムは致命的なミスを犯した。

 

レーザーライフルのトリガーから指を離さない連続使用、クイックブーストの短期間連続使用、つまりエネルギー不足による行動力の低下。

エネルギー管理が全てとさえいわれるACによる初歩的なミス、限界を超えた精神により発生した致命傷。

 

「あ、そんな……うご、いて……アンビ…エン……ト……」

 

だが、冷静に対処できるほどの余裕など、今のリリウムには一切なかった、何度も何度もクイックブーストのペダルを踏み続ける。

 

彼女の頭にあるのはただ一つ、これ以上家族を失いたくない。

 

リリウムにとって何よりも恐ろしい事はカラードの誰かが、大事な人が死んでしまう事、彼女の前から姿を消してしまう事、その想いがリリウムの限界を超えてなお突き動かす力だった。

それが今、バツンと、切れる。

 

眼前のモニターではたった今相手にしていたISがこちらに向かって大型のロケット砲を放った瞬間だ、今の動けないACでは間もなくPAに突き刺さり、爆風がアンビエントを叩き、破壊するであろうことは容易く想像できる。

 

限界を超え、あらゆる意志を吐き出し尽くしたリリウムは、まるで抜け殻のようにゆっくりと迫るロケットを見つめていた。

 

あぁ、もう、終わりなのですね。

リリウムは……それでも、家族の誰かがいなくなるぐらいならリリウムが消えた方がよっぽどマシです。

でも、でももし、最後に願いがかなうのなら。

会いたい。

 

「セシリア……お姉さま……」

 

引き延ばされ、やけにゆっくりと大きくなっていくロケットはまるで大きな花火のように爆ぜた。

 

 

 

 

蒼いレーザーに貫かれて。

 

 

 

 

アンビエントを衝撃が打つ、しかしそれは決してPAを抜くほどの物ではない、リリウムは一瞬何が起こったのが理解できず、ただ呆けた。

ただ後に続く言葉でリリウムの願いは叶ったと、おぼろげに思う。

 

「リリウム、ですわね?」

 

ふわりとアンビエントに背を向けて艶やかな金髪を靡かせた蒼いISが眼前に現れた。

 

「あ、あ……!!」

「そうでしょう? 返事をしてくれないと、お姉様は困りますわ」

 

優しい微笑みを浮かべながらアンビエントへと振り返った、それを見て漸くリリウムは理解し、呼応するようにぼろぼろと涙が零れ始めた。

しかしながらハッとして声が外へと聞こえるようにコンソールを操作する。

 

『おね、お姉……さまぁ…!!』

 

ハッとした表情を浮かべたセシリアが直ぐにまるで安心させるかのように再度笑みを浮かべる。

 

「やっぱり、リリウムでしたわね、わたくしの勘も、中々ですわ」

 

さて、と呟いたセシリアはISへと向き直り手に握るライフルのグリップを潰すのでは無いかと思えるほど強く握った。

 

今のセシリアは以前の彼女が見れば「はしたないですわ!」と言って卒倒したかもしれない。

まぁ、つまるところ、セシリアは外見なんて一切気にせず、かなぐり捨てるほどだった。

 

「リリウム、ここはお姉様に任せて、下がっていなさいな」

 

簡単に言うと、ブチ切れていた。

 

「貴女が、いえ…貴女方が、わたくしのたった一人の妹を、わたくしの何よりも大事な家族を、リリウムを……痛め付けた、傷付けた……張本人ですわね?」

 

声が震えるほど、どうしようもない程の怒りと共に言葉を吐き出し、眼前を睨みつける。

強い意志を持った主、セシリアに応えるようにブルー・ティアーズはここで一つ、大きな成長をした。

 

セシリアを眩い光が包み、そのシルエットを変えていく、カラードに敵対したISが異質な二次移行だと言うのなら、セシリアのブルー・ティアーズは確かに正当な二次移行、IS操縦者の望む高みの一つへとセシリアは今、踏み込んだ。

 

セシリアは愛機が自分に応えてくれた事に大きな喜びを抱き、相対するISに深い怒りを持ち、また、怒りと言う原動力で進化させてしまった愛機に少なからず申し訳ないと感じていた。

だが、自分の想いに応えてくれた愛機の想いを無駄にはしない、ただまっすぐにそれを扱う。

 

 

姿を変えたブルー・ティアーズはまるで騎士鎧を想い浮かべる姿をしている、しかしてその過剰にも見えるスカートの装甲はほぼ全てビット兵器となっていた。

 

「貴女方の円舞曲(ワルツ)はこれにてお終いです。ここからはわたくしの奏でる葬送曲(レクイエム)で」

 

ゆっくりと右手を上げるセシリアに並ぶように『12』ものビットが追随する。

 

踊れ(いね)

 

冷酷ささえ感じる声でそう宣言した直後、セシリアを含み13の攻撃を相対したISは浴びる事となった。

 

歪な二次移行による強制的な変化、それは必ずしも確実な強化となるものではない、主とは異なる情報さえも蓄積された結果無駄さえも表に現れてしまう物が正当に主の為に姿を変えた物に敵う筈はない、例え相手が国家代表で、自分が代表候補であったとしても。

ましてや心と意志を持つISが強い想いでブーストされている現状で、それらが無視されたものに、1対1で負ける筈が無い。

 

だが、流石はこれほどに生き残った精鋭と言ったところだろう、圧倒的不利でありながらも致命傷は確実に避けビットを破壊しようとその手に握る武器を様々に換えながら攻撃する。

ライフル、マシンガン、ショットガン、ブレード、グレネード、ミサイル。

各種適した距離、適した配置、最も効果の高い攻撃を繰り出す。

 

しかし、騎士団のように統率のとれたビットはまるで意志を持つように対処し、回避し、迎撃し、防御した。

状況は大きく傾かない、数が多いとはいえ1対1、じわり、じわりと押しているが天秤が大きく傾く事はない。

 

『ガラ空きだぞ、貴様』

 

セシリアの相手をしていたISの背部スラスターが弾け飛び、一瞬の隙を逃さぬと13の銃撃がISに突き刺さった。

 

『すまないな、邪魔をさせて貰った』

「構いませんわ、そのような小さな事を気にするほど英国淑女は器が小さくありませんの、それよりも」

 

ちらと背後のアンビエントを見る。

 

「リリウム、お下がりなさい。たった今からわたくし達IS学園は、カラードを支援致しますわ、だから後はわたくし達と大人にお任せなさい」

『セシリアお姉様、どうして、だって、ISは……』

「そんなの、決まっているでしょう? 大事な家族を守るため、あとついでに……友人を助ける為ですわ」

 

まるで誇らしげな笑みを浮かべたセシリアに自然と、リリウムは口元に笑みを浮かべた。

 

『セシリア!』

 

そこで突然、セシリアの耳に鈴音の焦ったような、急ぐような、叫び声のようなものが聞こえ、セシリアはそれに対し何一つ焦ることなく武器の持たぬ左手を掲げる。

 

「プライウェン」

 

その言葉と共に姿を現した機械的な大盾が今まさにセシリアに突き刺さろうとしていた榴弾を受け止め、破片や爆風からその身を守った。

 

『おらブッ潰れろォ!!』

 

その榴弾の射手に紅紫色の光を引きながら乙女に有るまじき言葉を吐きながら双天牙月を叩き付け、一機のISを撃破、自らが巻き起こした粉塵から飛び出した少女はスッキリした! と言わんばかりの清々しい笑みを浮かべていた。

 

「はしたないですわよ」

「アンタに言われたかぁ無いわよ」

 

その言葉に対し「確かに」とセシリアは頬に指を当てながら一つ呟いた。

 

「確かに、じゃないわよ。さてと、IS学園1年2組、凰鈴音 これよりカラードの支援に入ります。ってね」

『助かる、凰鈴音と言ったな、そちらの識別信号をくれ、こちらのも渡そう』

「はいはい、どーぞ。親友助けに来たんだから徹底的にやるわよ」

『信一郎様は、よいご友人に巡り合えたな…』

「でしょ? あたしもそう思う」

 

鈴音が双天牙月を構え直し、ちらとセシリアを見て小さく呻った。

 

「いいなぁ…二次移行……」

「あら、でしたら自分のISにお願いしてみればどうです?」

 

ふふんと鼻で小さく笑いながらセシリアが自らのISを撫でる。

 

「…そうね! お願いっ! 甲龍、力を貸して!! ……ダメ?」

 

両手を合わせ拝むような形で、しかしとても軽い様子で鈴音が祈った。

すると、仕方がないな、と言わんばかりに甲龍が姿をゆっくりと変化させ、主の願いに答える。

 

「できた!」

「できた! じゃありませんわ?!」

 

さもありなん。

 

「ちょっと! 箒! シャルロット! ラウラ! 朗報よ!」

『なんだ! こっちは、くっ! 忙しい!』

『手短に済ませてね!』

『重要なことか?』

「多分今ならISにお願いしたら二次移行できるわよ!」

 

『バカは休み休み言え』

『こんな時に冗談?!』

『ふむ……』

「できたもん!」

 

涙目である。

 

『おお! 私の声に応えてくれたか、シュヴァルツェア・レーゲン! いや、Tiefschwarzer(漆黒の)Wolkenbruch(豪雨)、共に行くぞ!!』

『えぇ…』

『うそでしょ…』

 

さもありなん。

 

『すまん、誰か!!』

 

突如、焦燥した一夏の声が全員の耳に入り、全員の弛緩した空気が締まった。

 

『シンの姿を見なかったか?! 全く見当たらない!』

 

セシリアがビットをぐるりと周囲に回し焦点を絞るとゆっくりと首を振る。

 

『こちらティアーズ、確認できませんわ』

『甲龍よ、こっちも見えない』

 

次々と否定の言葉が紡がれ、一夏が落胆した声でそうか、と告げた。

 

『あー、あー……っと、っぶねぇな! ったく、聞こえるかな? 織斑君?』

 

通信の割り込み、とはいえど暴力的な方法ではなく、登録されたカラードの識別信号から発信された声だ。

その声は彼らの友人の声に似ている。

 

『あなたは、シンのお父さん…?』

『そ! 時間無いから用件だけね、シンは今さるクソ野郎どもの本拠地に簪ちゃんを助けに殴りこみんでる最中だ』

 

男が告げた「さるクソ野郎ども」、はっきりと明言された訳ではないが彼らは皆その正体に勘付いた。

 

『……亡国機業』

『知ってたかぁ、それで織斑君、君に謝らなければいけない事がある』

 

トーンが一つ落ち、真剣な声で謝罪を意味させる言葉が吐き出される。

 

『…マドカちゃんも、シンと共に居る』

 

一夏の息を呑む音が、全員に聞こえた。

 

『……マドカは、あいつは優しい子です、人に危害を加えた事を、ずっとずっと後悔するような、口は悪いけど、優しい子です。だからきっと、マドカが行くと言ったんでしょう』

『君が望むなら、IS用の試作型VOBがある、それで向かうと良い、これも試作だがIS用予備エネルギータンクもいくつかある』

 

一夏は口を噤み、押し黙った。

自分の心は今すぐにでも行きたいと思っている、妹であるマドカを、親友である信一郎を助けたいと、そう心が叫んでいるが、頭はここにいなければいけないとも考えてしまっている。

対ISの最強兵器とも言える零落白夜が自らの手にある、ここに残れば恐らく、複数との協力により容易く危機を脱する事が出来るだろう、と。

 

『……はぁ』

 

ひとつ、呆れたように息が吐かれた。

 

『一夏ァッ!! 男なら迷うなッ! 自分の心に従え!! 私の惚れ込んだ、私が愛している男は、織斑一夏なら何と言うッ!!!』

 

篠ノ之箒、迷いを捨て去り、自ら選択することを是とした少女が声を張り上げた。

 

『ッ! お、俺…! 俺は行きたい! シンを、マドカを助けたい!!』

『そうだ、それでいい! 最高だ一夏!』

 

フフ、と小さな笑いを零した少女は誰にも聞こえない声で「濡れてしまいそうだ」などと口走ったが、誰の耳にも入らなかったし、入ったとて彼女が発したなどと露ほどにも思わないだろう。

 

『で? 箒はどうすんの? 行くの?』

『いや、私はここに残る。ここでしなければならない事があるんだ、一夏と私は相性がいいんだろうが、私は私の選択をする』

『へぇ、いい女じゃない?』

『だろう? 私もそう思っている』

 

今までだと決して行われなかった篠ノ之箒本人による軽口、それが本当に彼女は変わったのだという証に思えた。

 

『お前はどうする? 凰』

『アタシ? アタシも残るわ、夫の帰りを待つ妻よ、余裕ぶっこいて待ってるわ、それに、アタシもちょっと自国の奴ブッ飛ばしとかないと示しがつかないわ』

 

『わたくしも、ここに残ります。リリウムを守るために来たのですもの』

『シンはどうすんのよ』

『あの籐ヶ崎さんがそう簡単に倒れるものですか、か弱くて可愛らしいリリウムの方が、危ないに決まってますわ、それにわたくしは一夏さんを信じてますから』

 

『ボクらも待ってるよ、シンは大丈夫だって信じてる、だからシンの帰る場所を守らないとね、あと僕も正妻の余裕っていうの? 一夏を待つから、帰ってきてね、早々に未亡人とかボク嫌だよ! 一夏が貰ってくれなかったらボク一生誰とも結婚しないからね!』

『嫁を信じるのも夫の役目だ、私も、ここを守る。それに私の新たな力はここでこそ生きるからな!』

 

皆の意見が出そろった、それは少女達の想い、愛する者を想い、支える事こそ彼女達の選択だった。

 

『そうか、わかった、俺は行くよ。皆、帰ったらまた、俺の家で皆で騒ごうな!』

『織斑君、準備は出来た、オペレーターの指示に従ってくれ』

『はい、よろしくお願いします!』

『あぁ、うちの息子を頼むよ、織斑君。それとパーティー会場はこっちが都合しよう、学園の友達も呼んで皆でするといい』

 

少年が纏う白く輝くISが一機、カラードに向かって一直線に飛んだ。




質問があれば感想欄かメッセージで、ツイッターでも可です。
目立つ場の無かった全員の二次移行は後日新しい物として投稿するか活動記録にて書くつもりです。
待てない! と言う方はメッセージとかで聞いて頂ければ喜んで返答いたします。

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