コジマ汚染レベルで脳が駄目な男のインフィニット・ストラトス   作:刃狐(旧アーマードこれ)

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今回は冒頭にママンのトラウマのお話、その後は何と言うかこう、行き当たりばったりに書いた結果です。
ちなみに私は今まで手の込んだ伏線を作ったことはありません、もし手が込んでる、とか分かり辛い伏線を回収したなと思った方がいたならば、ごめんなさい。
それ、昔の話で使えそうなのを引っ張り出して伏線っぽくしただけなんですよ。


姉妹の決意と君に捧げる為のお話

「シン君がああなったのはトラウマの所為よ、何もかもが嫌になって、もう自分なんて消えてしまえばいい、そう思ったとき心が壊れて、ああなってしまったの」

「トラ…ウマ……」

「先程説明いたしました、無実の人間も殺害した、と言うのを覚えていますか?」

「だから……」

 

IBISが頷き肯定を示した。

 

「人を殺したわけじゃない……いいえ、私も、そうだったのよ、今でも思い出したら怖い、本当に怖かった、苦しかった、痛かった、悲しかった」

「ッ…!」

「IBIS、部屋をロックして頂戴」

「了解しました…ロック完了、セキュリティレベル5」

 

麗羅が椅子に座り簪と向かい合う、簪の手を取り両手で握り締めた。

 

「この世にはね、本当に特別な、有り得ない、有り得てはいけない力を持った人間が居るの」

「有り得てはいけない……ちから……?」

「そう、例えば物を見ただけで理論や構造を完全に理解できたり、音を膨大な幾つもの種類のエネルギーに変換する特殊な科学理論を理解していたり、物体を作り出したり、作り変えたり、そんな力を持った人間が居るの」

「物体の…?! それ……は…」

「知ってるみたいね、そう…シン君の力もその一つ、そして、私もそんな力を持っているの」

 

手の平を上に向け眼前に出すと粒子変換の光と共に一つの輝く結晶の浮かんだ半透明の球体が現れる。

 

「私の力はさっきの内の二つ、それと…これ、何だと思う?」

「IS…コア…?」

「そうよ、『私が作った』ISコア」

「え……?」

「最後の力は『世界最高の頭脳』、この世で尤も頭の良い人間は束ちゃんじゃないわ、私よ。あの世界の理を破壊した大天災じゃないわ」

 

そう言うと手の内にあるコアを粒子状に変化させ虚空へと消した。

 

「最初は本当に良かったわ、何でも分かる、何でも知れる、何でも出来る、神様にでもなったような気分だった。私が20歳になるまでは」

「それ…からは……?」

「パパと、あの人と結婚して子供をお腹に授かったわ」

「それが……」

 

その先を予測したのか麗羅はゆっくりと首を横に振った、そして苦しそうな表情を浮かべる。

 

「ねぇ、頭の中に無理やり知識を詰め込まれ続けるって、どんな気持ちか分かる? 教えてあげるわ、とても痛くて、苦しくて、まるで頭の中を無理やりかき混ぜられてるかのような痛みで、気が狂ってしまいそうで……」

 

「結婚して、子供を授かって、しばらくするまではこの世界に抜きん出た天才って言うのは居なかった、だから私もその少し上でしかなかったの、でもその時に凄まじい速度で成長して行く天才が世界の頂点を取った」

「篠ノ之……束……」

「毎日毎日そんな苦しみを受けて、痛みを感じて、耐え切れなくなった私はね……」

 

 

 

 

 

「流産したの」

 

 

 

「ッ…!!」

「女の子の筈だった、シン君はね、二人目の子供なの」

 

「それを受け入れる事が出来なくて、怖くて、それでも頭の痛みは終わることが無くて、全てが嫌になって、最後に心が壊れて……」

「そんな、そんな……!!」

「何度も何度も何度も何度も、涙が枯れても、声が出ないほど掠れても、喉が裂けるほど謝り続けたわ、ごめんなさい、ごめんなさいって」

 

「そして今のシン君みたいに私が私じゃなくなった、私は籐ヶ崎麗羅じゃなくて17歳の女の子になった。でもあの人が私を支えてくれた、周りの誰も私の知らない人で怖くて混乱して怯えていた私をずっと支えてくれたの、あの人を分けも分からず叩いた事もあったけど、それでもあの人は優しく私を支えてくれたの、そしたらどこかでこう思ったの『私はこの人が好きなんだ、この好きな人と一緒に生きたい』って」

「…………」

「そうしたら私は17歳の女の子じゃなくて、籐ヶ崎麗羅に戻った。だからシン君を助けれるのはきっと、シン君が愛した、シン君を愛した貴女じゃないと、駄目なの」

「わかりました……わかりました…!」

「でも、いつ戻るのか分からない、簪ちゃんは転生って知ってる?」

「仏教における教えの一つ……ですか?」

「私もシン君もその前世の記憶を持っているの、その前世の記憶が今のシン君、そして心の壊れた私」

「え…?」

「私は病弱で、10の頃からずっと病院のベッドで過ごして死んじゃった17歳まで、初恋も何も知らなかった、だからあの人に簡単に恋をしたけど、シン君は違うわ。シン君の前世はちゃんと結婚して孫も出来てから亡くなったらしいの、だから今のシン君に恋をさせるのは難しいかもしれない。信じられないだろうけど、本当の事よ」

「……信じます、薄々感じてはいました…能力以外にも何か特別な物があるんじゃないかって」

「そう、ありがとう……もしかすると噂に聞く織斑君を落とすのと同じぐらい難しいかもしれないわね」

 

くすり、と笑いながらそう言う麗羅の顔にもう陰りは見えない、簪はそれに対し微笑んでこう返した。

 

「なら問題はありません、だって織斑君には誰一人として素直に好きだって伝えてないだけですから」

 

みんな臆病なだけです。と言ってゆっくり立ち上がる。

 

「行くの?」

「……はい、力一杯抱きしめて、好きだって…言ってきますね」

「シン君を、息子をお願いします」

 

深く頭を下げた麗羅とIBISに、簪が同じように深く頭を下げ整備室から去って行った。

 

「…強いわねぇ、簪ちゃんは」

「強いのですか?」

「えぇ、強いわ…とっても」

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

 

決して走る事無く一歩一歩確りとした歩みで確実に廊下を進む簪が廊下を曲がるとピタリと動きを止めて驚いた表情を作る。

だが納得したような表情を浮かべた後真剣な表情で自分を驚かせた存在を見据えた。

 

「やっほ、簪ちゃん」

「……お姉ちゃん」

 

壁に背を預け左手で持った扇子で口元を覆い、柔らかな声をだした楯無はパチン、と扇子を閉じ何処かへと収納する。

 

「…いま、急いでるから……」

「待ちなさいな」

 

前を通り過ぎようとした簪を左手で道を塞ぐようにして止め、簪の真剣な目を正面から捕らえた。

 

「お姉ちゃん、今急いでいるの……邪魔をしないで」

「籐ヶ崎君のところには行かせない……彼は―――」

「人殺しだから……?」

 

言葉を遮って簪が続けた言葉は楯無の想定では知らないはずだった、知らず唇を噛む。

 

「ッ、そうよ、簪ちゃんは、貴女は彼と会うべきじゃない」

「……舐めないで、その程度はもう受け入れた」

「…仕方ないわね」

 

楯無の左手がピクリと動いた直後、簪が後ろに身体を反らしながら跳び、床に手を付け一回転するように距離を離す、簪が頭を後ろに引いた瞬間、簪の顎があった場所を何かが風を切っていた。

 

「流石ね、お姉ちゃん鼻が高いわ」

「言ったでしょ、舐めないで……!!」

「どれだけ強くなったか、見てあげる」

 

左半身を前に出しゆっくりと身体を揺らす、拳を構える事は無い。

それに対し簪が右腕を前方へと構え深い構えを取った。

 

「更識流、重心も呼吸も安定してるわね、いいわよ」

「……行きます…ッ!!」

 

瞬時加速と見紛う始動速度、一跳びで数メートルを爆発的な速度で移動し見えない速度の拳が楯無へと打ち出される。

涼しい顔で一歩一歩と下がりながら息吐く暇の無い連撃を左手のみでいなし続け、乾いた音の連続を空間に残した。

 

「速く、重く、柔らかい、でも少し力を入れすぎよ、無呼吸は辛いんじゃない?」

「……ッ!」

 

時間にして約十秒、たった十秒、しかし一切の呼吸も無く殴り、払い、打ち、掴み、蹴り、突きを目にも留まらぬ速さで放ち続けるのは常人には不可能に近い。

回し蹴りの向きを上へと曲げられ、意図せず空へと浮いた。

そのまま勢いを殺さず楯無の頭を蹴り抜かんが如く体勢を変え踵落しを叩き付ける、咄嗟に左手で受けた楯無は滑らせるようにいなし、後ろへと跳んで距離を離した。

タンッ、と音を立て簪は床へと脚をつけ大きく息を吐いて楯無を見る、どうだ、と言わんが如く。

 

「凄いわ、知らない間に強くなって、初見じゃ危なかったかもね」

「見せた……覚えは、ない…けど……」

「あら、気付いてない? 今の……籐ヶ崎君の攻撃にそっくりよ」

 

ただ、簪ちゃんのほうが遥かに洗練されてるわ、と続ける楯無に簪は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「意図したつもりは無いけど……ふふ、信一郎に似てる、かぁ……」

「あら、よそ見してて良いの?」

 

一瞬で距離を詰め掌底を打ち出す楯無に反応が遅れ、回避と受身のタイミングがずれて肩に浅く当たり、凄まじい激痛と熱が走る。

歯を食い縛って耐え、カウンターで貫手、これも脇腹に掠るのみとなった、しかし。

 

「クッ……!」

「ッヅ……!!」

 

楯無が後ろに大きく跳び距離を離す、歯を食い縛り脂汗が頬を伝い顎から床へと落ちる。

ポーカーフェイスでも隠しきれないほどのダメージを負っていた。

 

簪は攻撃を受けた肩側の手を握り、広げ、腕を曲げ、伸ばし、肩をゆっくりと回し、笑みを浮かべ構えを作る。

まだ動く、まだ……戦える、その一心で。

 

「簪ちゃん、例えもうどうしようもないほど嫌われても、私は貴女と籐ヶ崎君を一緒にはさせない、それが私の覚悟よ」

「覚悟なら私も、もうした……どっちも、譲れないみたいだね……」

「――らしいわね」

 

その言葉と共に簪が爆発的な加速で楯無へと肉薄しアッパーのように掌底、楯無のガードを弾き上げる。

即座に回転しボディブロウを剣で突き刺すかのように繰り出した、それを体勢を立て直した楯無が横へと打ち払い、肘打ちを簪の腹へと直撃させる。

 

「う、グッ…!」

 

更なる追撃を簪が打ち払い大きく後退、小さく息を整える。

 

「どうしてそこまで彼に執着するの…?! 彼は―――何百人も眉一つ動かさず殺したのに…!」

「だから……?」

 

簪がクスリと笑い楯無を睨み付けた。

 

「そんなのは関係ない。私は……信一郎を愛している…それだけだよ……!」

 

距離を詰め、楯無のキルゾーンへと入る寸前でステップを踏むように跳び空中で一回転、常人なら直撃すれば骨が砕けるであろう威力の踵落しを叩きつける。

しかしそれは常人であればの話でしかない、楯無は最頂点で左手で受け、一切の無駄なく全ての威力を殺し即座に上へと投げ返す。

空中でバランスを崩した簪の身体に掌底が突き刺さった。

 

簪の身体が数メートル弾き飛ばされ、床を転がる。

 

「バカね、簪ちゃん……バカよ……

 愛や希望が全てを制する訳じゃないの……

 簪ちゃんを…守る為なのよ……何物に代えても…」

 

「ま、だ……まだ、終わって…ない……!」

 

楯無が床へと倒れていた簪へ目を向けるとゆっくりと身体を起こしていた、少なくともアバラの数本はヒビが入った筈の威力だったにも拘らずまだ立ち上がり、戦おうとしている。

 

「そんな、どうして…?!」

「ISスーツって……すごい、ね……? お姉ちゃんは、常に着ている訳じゃないだろうけど、私は……着てる時の方が多いから、ふふ……こんな時に面倒臭がりが生きるなんて……」

 

ISスーツ、至近距離からの拳銃弾を防御する事も可能な特殊化学繊維で構成されたレオタードのような形状の服。

楯無は理解した、対幹部への打撃は致命打たりえない、掴み技、及び四肢への攻撃が効率の良いダメージだと。

 

「さぁ、もう一勝負……!」

「……いいわ、貴女も更識、諦めが悪いのは私と一緒ね!」

 

両者が一瞬で距離を詰め攻防を始めた。

 

 

 

 

打ち、払い、掴み、抜け、突き、弾き、押し、押される。

一進一退の攻防が恐ろしい速度と精度で繰り広げられ、意地と意地のぶつかり合いが続く。

例え代表候補であってもこの戦いの全容を知ることは難しいだろう、代表候補生であり、軍人であり、部隊長である少女ならば見る事は出来ただろう。

世界最強の称号を持つ女性ならば理解できただろう。

 

日本最強、世界有数の暗部、あらゆる技術に精通し、数々の武術を修め、殺す事さえも是とした家である彼女達だからこその戦い。

 

『ハアァァッ!!!』

 

ダンッ、と大きな打撃音と共に二人が動きを一瞬止める。

二人の掌底が手を合わせるように打ち合い、直後二人が弾き飛ばされるかのように離れた。

 

「もう、諦めたらいいじゃない…!」

「イヤだ、私には私の目的がある……!」

「貴女の為なの…」

「そんなに私が、信一郎が、信じられないの……?

 私は諦めたくない、だから何が何でも押し通る……!!」

「この分からず屋!!!」

「どっちが!!!」

 

怒りを向き出しにし、二人が衝突する、一撃二撃、五撃、十撃、十数撃、数十撃、最早何度掠ったか、最早何度直撃したか、最早何度罵倒したか、遂に二人の大振りの拳が双方の頬に刺さった。

ふらふらと二歩三歩後ろに下がる、既に力は殆ど入らない、二人の頬はただ少し赤くなっただけだ。

 

ぜぇぜぇと息を切らし、相手を見る。

 

「こんなに、分かり合えないなんて」

「姉妹……なのにね……」

「えぇ――そうね」

 

もう何度目の衝突だろうか、数えられないほど打ち合った、ともすれば二人にとって永遠とさえ思える姉妹喧嘩の中で簪は口を開く。

 

「お姉ちゃんは……覚えてる?」

 

簪の攻撃を払い、打ち出し、払われながらその問いに答えるべく口を開く。

 

「何を」

 

最初に比べ見る影も無いほど速度と精度の落ちた中、二人は会話を始めた。

 

「生徒会室で信一郎に言ったこと」

「覚えてるわ、忘れなんてしない」

「お姉ちゃんはこう言ったよね、私が拒否してもしなくてもいい、だって私も更識だから、って」

「えぇ、私も更識も大嫌いって言ったわ」

「お姉ちゃんの言うとおりだよ、どれだけ泣き叫んでも……どれだけ悲しんでも…どれだけ憎んでも…私は更識」

「…そうね」

「そう、私は更識簪、更識の人間が人を殺した程度の相手を突き放す必要なんて無いよ」

「詭弁よ」

「それに更識にとってカラードの次期社長が身内になるのは、凄くメリットになると思わない?」

「簪ちゃん…?!」

「だから、お姉ちゃん、ごめんなさい」

「え?」

 

楯無の腹部に拳が置かれる。

 

「しまっ…!」

 

助走無しの体重移動のみの打撃、ワンインチパンチが楯無に突き刺さり弾き飛ばされた。

咄嗟に体を捻り簪の顎を蹴り抜こうとしたが身体を後ろに反らせ回避。

 

「この言葉、返すよ……初見じゃ危なかった」

 

地面を転がり床に倒れた楯無が身体を起こそうと床に両手を着いた。

 

「ここまで、ね……凄く強くなったわ、簪ちゃん」

「お姉ちゃん…?! その右手は……!!」

 

ゆっくりと立ち上がった楯無の右手は潰れていた、咄嗟に近寄ろうとした簪の鼻先に左手で手に取った閉じた扇子を突きつける。

 

「行きなさい

 大事な人が待ってるんでしょ?

 私に構ってる暇は無いわ、ホンのちょびっと、疲れちゃったし」

 

ふわりと笑みを浮かべて扇子を開く、そこには「ファイト」と若干崩れた字で描かれていた。

 

「……ありがとう、ありがとう、お姉ちゃん!!」

 

そう言い残し走り去る簪にゆらゆらと扇子を持った左手を振る、簪が視界から居なくなった直後、膝を突き壁に背中を預け扇子を取りこぼした。

 

「さ、すがに……右手、つぶ、れて…呼、吸さえ、痛、い…と、キッツイな、ぁ……」

 

ともすれば死んでしまいそうなほど浅く不規則な呼吸、右手と胸部から常に正気を失いそうな程の痛みを感じ、喧嘩に負けたにも拘らずその顔は心の底から嬉しそうな笑顔だった。

 

「簪ちゃん、強…く、なった、なぁ……更識で、ある、こ、とも……利用…でき、るほど……ふふ、お姉……ちゃん、嬉し、いな……」

 

コツ、コツ、と小さな音を立てて眼鏡を掛けた生徒が楯無へと近付く。

 

「会長…」

「あ、虚……やっ、ほ……初め、ての…姉妹、喧…嘩で、負け…ちゃっ、た……え、へへ……」

「はぁ、どうしてこんなになるまで……本当に、おバカ」

「ぇう」

 

ぺちん、と楯無の額に弱く平手打ちし楯無の左腕を持ち、体を支えて立ち上がらせようとする、が。

 

「痛い、痛い、痛いぃぃぃ………!」

「どうしろと……」

 

肩を貸された際、肋骨への圧迫感による痛みで涙目で小さな声で呻いていた。

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

「ふ………ハァ…ッ」

 

1026号室の前で一つ強く息を吐きポケットからカードキーを取り出す。

小さく震える手でリーダーに通すと、「ピッ」と小さな電子音と共に赤いライトが緑に点灯しドアが空気の抜ける音と共に開いた。

 

部屋の中には身体を少し起こして空を眺める男が居る、その男はドアが開いた事に気付いて簪を見た瞬間驚いたような顔をしてその後笑みを浮かべる。

 

「いらっしゃい、さっきはごめんなぁ」

「いえ、いいんです、少し……混乱してただけですから」

 

男に促されてベッド横の椅子に座った簪が「先程は失礼しました」と一度頭を下げる。

 

「ええんやで」

 

にこりと微笑んだ男が手を伸ばし、簪の頭を撫でた。

それが籐ヶ崎と被って見え、胸がズキリと痛む。

 

「ところで、お嬢ちゃんの名前は何ていうんや?」

「更識……簪です」

「そうか、簪ちゃんか。よろしゅうなぁ」

 

そう言った男が再度窓から外を見る、その表情はどこか嬉しそうで楽しそうで、寂しそうだった。

 

「簪ちゃんは、なんや悩みがあるみたいやな」

「悩み…なんて……」

 

小さな声で否定すると空に向けられていた目が簪を見る、真っ直ぐ目を見られた簪は心の中を覗かれているような気分になり目を逸らした。

 

「なぁ、簪ちゃん? ちょっとこの老いぼれの長い昔話に付き合ってくれへんか?」

「はい…? 昔話……?」

「せや、ある人間の生まれてから死ぬまでのお話や」

「わかり…まし、た……」

 

ベッドに体を倒した男は胸に手を置いてゆっくりと語り始める。

 

「その男はどこにでもある至って普通の家に生まれたんや、兄が一人おって、それが随分やんちゃな人で。

小さい頃は毎日のように喧嘩しとった、勿論弟が勝てるはずないさかい、いっつも泣かされとった、でもええ人で色々助けてくれた。

男は普通に生きとった、普通に義務教育を終えて、普通の高校出て、若干よろしくない大学も出た――――」

 

次々と男は語り続ける、その都度あった出来事、その時その男が思った事、とても客観的だとは思えない事を語り続ける。

例えば自転車で転倒し、怪我で傷を縫わなければならなくなったこと。

例えば傷口を縫うに当たってまだ幼かったその男は針を突き立てられるのが怖くて泣いたこと。

 

例えば20後半の時戦争が起こったこと。

例えば軍で分隊長になり、部下の名前を全員覚えていたこと。

 

例えば戦争が終わり地元へ帰ったとき居酒屋で飲んだこと。

例えば居酒屋で働いていた女性に一目ぼれしたこと。

 

例えば30を越えた時結婚したこと。

例えば相手が一目ぼれした居酒屋の女性だったこと。

 

子が生まれたこと、除隊したこと、子が成長したこと、孫が生まれたこと、妻が病気で亡くなったこと、そしてその男が最後に家族に囲まれ亡くなったこと。

 

男は懐かしむように、時折嬉しそうに、時折悲しそうに、時折楽しそうに、時折寂しそうに、最後に幸せそうに話を終えた。

 

「これが、その男の一生やった」

「その後は……?」

「さぁなぁ、ワシが分かるんはここまでや……願わくば、家族が幸せに暮らしてくれるといいなぁ」

 

男の顔にどうしようもない寂しさを覚えた簪が無意識のうちに口を開く。

 

「私の、話も聞いて…くれますか……?」

「ええんやで」

 

「ある女の子が居ました…その女の子はある特別な家に生まれました―――」

 

なんでこんな事を私は話しているんだろう、そう考えても口からは意識せず言葉が零れ落ちる。

 

「女の子には姉が居ました、とても優秀で、何でも出来て、尊敬していた姉が……

いつか姉の隣に並ぼう、って…沢山勉強しました、色んな事を学びました、でも姉は女の子よりもずっと早くずっと多く、色んな物を吸収して、どんどん遠ざかって行きます。

ある時、突然女の子は姉に突き放されました。「あなたは何もしなくていい、無能のままでいろ」って……

今考えてみれば姉は女の子を全部から守るから、全部やりきって見せるから、だからあなたは好きに生きていいって事だったんだと思います……

でもまだ幼かった女の子はそんなこと考えれなくて、大好きだった姉に嫌われたと思って塞ぎ込んじゃいました。

鬱屈として、大好きだったはずの姉がどんどん疎ましく思えて、どんどん疎遠になって、課せられた最低限の訓練と座学を終えたら部屋に篭ってしまう、そんな毎日でした。

 

姉はどんどん凄くなって、いつのまにか国家代表にまでなっていて、女の子は望まずそれを追う様にしなければならなくなって、中学生で国家代表候補になりました。

 

人から見ればそれは凄い事なのかもしれない、栄光なのかもしれない、でも女の子にはそれを遥かに超えてしまう姉がいたから……所詮候補でしかないんだってもっと惨めになって……

高校生になる少し前、その女の子には女の子の為だけの特別な物が与えられる事になりました。

もしかしたら、漸く姉の後姿が見えるようになるかもしれない、そんな希望を小さく抱えます。

 

だけど突然に特別が現れてその機会を女の子から奪いました。

特別はその女の子に嫌がらせをしようと思ったわけじゃなく、ただ、偶然、そうなってしまっただけだけど…女の子にとっては絶望でした。

 

そのときある話を聞きます。姉は特別な物、専用機と呼ばれる物をたった一人で作った、と。

女の子はもし、自分も専用機をたった一人で作って見せれば、自分が認められるかもしれない、そう思って量産機と呼ばれる物を譲り受け、自分だけの専用機をたった一人で作ろうとしました。

 

高校生になってからもずっと、時間があればそれに費やして……しばらくしてから……

ある人と偶然出会いました、それはもう一人の特別で、女の子はその特別な男の人から……お説教、かな?

一人で出来る事なんてたかが知れてる、お前には頼る事が出来る人が居るだろう、って。

最初は変で嫌な人だと女の子は思った、でもどこかで飢えていたのかもしれない、自分を凄い姉の妹じゃなくて個人として、女の子としてみてくれる事を。

 

それから男の人は女の子を気にしてくれるようになった、ちゃんとご飯を食べろとか、ちゃんと睡眠はとれとか、最初は上辺だけだったけど、どんどん女の子は心を開いて……

ある時女の子が、じゃないけど襲われた事があったんです……その時男の人は身を挺して女の子を守って人質状態だった人を皆避難させて、襲撃者をみんな倒してしまったんです。

それで女の子は男の人が好きになりました、これって吊橋効果っていうのかな…?

最初は少し好きで、その気持ちはどんどん膨らんで男の人は女の子を守ってくれるって、言ってくれて。

デートもして、男の人や、幼なじみと専用機を一緒に作って、楽しかった……

 

専用機が出来た日、男の人は綺麗だって言ってくれて、テストも手伝ったりしてくれて、凄く嬉しかった。

でもその日女の子の姉が女の子を利用して男の人を…陥れようとしたんです。

 

好きな人を陥れる為に女の子は利用される、それが信じられなくて、嘘だと思いたくて、姉のことも家のことも大嫌いだって泣き叫んで逃げた。

それでも男の人は女の子を追いかけてくれた、女の子を抱きしめてくれた、突き放す言葉も気にせず……

プロポーズしてくれた、嬉しくて男の人の胸でまた泣いて。

 

それからデートしたり、一緒に過ごしたり、色々あって、臨海学校になりました。

詳しくは言えないけど、男の人は重傷を負って、それでも女の子の危機に駆けつけてくれました、でも正気を失っていて、それが男の人だって知らなかった最初の特別な人が……女の子の目の前で男の人の胸を貫いて、血が滝みたいに流れて、押さえたけど、全然止まらなくて、ようやく正気を取り戻した男の人は血の塊を吐いて、女の子にキスをして、死にそうなのに笑いながら「なに泣いてんだ」って女の子の肩に頭を落として愛してるって言い切ることも出来ず、目を……閉じて。

 

でも、何とか蘇生して、一命を取り留めて、分けも分からず泣きながら男の人を抱きしめた。

男の人はそんなことがあったにも拘らず以前と同じように女の子と一緒に日常を過ごしていたんです。

 

男の人のお陰で姉と和解したり、男の人の実家に挨拶に行ったり、とても楽しかった。

 

それは、突然終わりを告げました。

 

女の子と男の人が離れているとき、女の子が襲われて、怪我をしました、男の人は直ぐに助けに来てくれたけど重傷を負っていた女の子は病院へ。

女の子が病院で入院している間に男の人は壊れてしまいました」

 

「これで、私の話は終わりです」

「……そうか…」

「あの、私――」

「なぁ、簪ちゃん」

 

簪の言葉を遮り覗き込むように男が顔を見た。

 

「ワシがその男の人と似とるんかして、どうやら簪ちゃんはワシとその男の人を重ねとるみたいやな」

「ッ……いえ、そんな…ことは……」

 

小さな声で否定しつつ顔をそらせる、無意識の行動だった。

 

「ん、あかんな……どうもう歳食ったらこの時間帯は眠ぅてしゃあない……」

 

部屋に置かれた時計を見ると17時を示している、簪は駄目だった、と助かった、の入り混じったような思いで椅子から立ち上がる。

 

「では……私は、もう行きますね……おやすみ、なさい…」

「あぁ、おやすみ」

 

笑みを浮かべて手を振る男に手を振り返した簪が部屋から出て、閉まったドアに背を預けた。

 

そのままズルズルと滑り地面へと座り込み、両手で顔を覆う。

 

「あ、はは……ははは、バカみたい……」

 

ポタリ、と一粒涙が落ちる。

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

「……簪ちゃんが見とったのは、ワシか、ワシの後ろか……いや、ワシやったな、けどワシや無い……」

 

ベッドに身体を落とし皺の無い右手を見つめる。

 

「…もう、十分、いや十二分に生きた、これが……そうなんやろうな」

「…潮時か…まぁ良ぇ…最早ワシも無用や…人類に…黄金の時代を……なんてな……」

 

薄く笑みを浮かべ男は目を閉じ、規則的な寝息を立て始めた。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

「抱きしめて好きだって、言うだけなのに……素直に、好きだって……伝えるだけなのに……!」

 

「みんな臆病なだけ……はは、臆病なのは……私…だよ……」

 

音無き泣き声を出し涙が手を濡らした。

 

しばらくそうしていると、ふと足音がコツコツと簪に近付いてくる、途中少し速度を速めたのか一定ではなく不規則な音だった。

 

「簪? 大丈夫か? どうしたんだ、こんな所で」

 

手にスポーツ飲料を入れたペットボトルを持った男子生徒が声を掛ける。

 

「織斑…くん……」

 

顔を上げた簪の顔を見た男子生徒、織斑一夏がギョッとした表情の後簪が背を預けているドアがどこのドアかを理解し眉間に皺を寄せ、不機嫌な表情になった。

 

「………シンだな? あいつ、調子悪いからって簪に当たる事ねぇだろうが…」

「違う、違うの……信一郎は何もしてない…! 私が、私が臆病だから……弱いから……」

 

ムッとしていた表情の一夏がしばらくして力が抜けたような表情になる。

 

「シンが人を殴る事は無いと思うし、多分さ、話の縺れとかだろうけど…なんて言うか、簪は少し控えているって感じがするんだよ、だからさ」

 

うーん、と唸って手を組みながら口を開く。

 

「もう少し言いたい事を言っていいと思うんだ、いや……多少の無理をしてでも言った方がいいと思う。何にせよまずは自分の思ってることを分かって貰えないと話も出来ないからな」

 

一度溜息を吐き。

 

「まぁそれにしても箒達みたいに直ぐ暴力を振るうのは勘弁して欲しいよ、さっきもキャノンボールファストの練習って言うか話し合いで何が起こったのか全員が俺を攻撃してきてさ、死ぬかと思った。そういう点ではシンが羨ましいよ、アイツ集中攻撃なんのそのだし」

 

ぐにぐにと眉間を揉みながら見た目より年を食った雰囲気を出す一夏を見て簪は少し落ち着いた。

 

「…織斑くん、ありがとう……私、頑張る」

「……おう! シンがそれでも何かあったなら俺に言ってくれよ、これでも親友のつもりだからな、ぶん殴ってでも説得するさ」

 

そういい残し、自室へと入っていった一夏に笑みを返した簪は背後のドアに振り向き、カードキーを通した。

 

開いたドアの向こうには男がベッドで眠っている、時計は18時頃を示していた。

先程簪が座っていた椅子にもう一度腰掛ける、逃げてしまいたくなる感情を押し殺す。

 

「好き……私は、更識簪は…信一郎の事が、あなたの事が……好き…!」

 

腰を浮かせ、男の眠るベッドに腰掛けた。

 

「ねぇ、信一郎……覚えてるかな……?」

 

静かに眠る男の頬を一度撫で、自分の青い花の飾りが付いた髪飾りに触れると、哀しそうな笑みを浮かべた。

 

「この髪飾り……初めてデートした時に、信一郎がプレゼントしてくれたんだよ……?」

 

静かな寝息を立て、動かない男の胸にゆっくりと頭を落とし、小さく震え、男の服を濡らす。

 

「帰って来てよ……信一郎ぉ……! 人殺しだって関係無い……また会いたいよ……! 大好きだから、大好きなのに……! 私の全部捧げたっていい……だから……だから……」

 

 

 

 

「お願い……帰って来て……!!」

 

「ん…うん……」

 

簪の耳に自分以外の声が入る、顔を上げると男が眠そうに薄っすらと目をあけていた。

息が詰まる、直ぐに逃げ出したくなる、しかしそれを踏みとどまった、麗羅が、楯無が、一夏が、背を押してくれた、もう…逃げるのは止めよう。

 

意を決し、思い切り、力一杯男を抱きしめる。

 

「好き…! 私はあなたが……更識簪は籐ヶ崎信一郎が大好き! 愛してる……!!」

 

そっと頭をゆっくりと撫でられる感触を簪が感じて顔を上げた、そこには男が優しい笑みを浮かべて右手で簪の髪を梳くように撫でていた。

 

「ムラサキナズナ、別名オーブリエチア、実物は見たことないなぁ」

 

「………花言葉は「君に捧げる」やな、ホンマ…

 ……買った時はそんな花言葉とは知らなかったな」

 

簪がキョトンとした表情を浮かべ男の顔を見る。

 

「随分泣いたみたいだな、目元が赤く腫れちまって…笑ってる方が可愛いって、言っただろう。簪?」

「あ、あ……あ…!!」

 

「ただいま」

 

ニィ、とイタズラ小僧のような笑みを浮かべて簪の目元に浮かんだ涙を指で拭った。

 

「う、うぁ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




二人は幸せなキスをして終了。
ではない、キスしてない。

なにやら今回もさらにエグイ終わり方をして皆をアンハッピーにするんだろうなと思った方はそのままOWを使用せずに仕舞ってチャージングしてください。

今回は気が向いたら挿絵を追加します。
「気が向いたら」ですのであまり御気になさらぬようお願いいたします。

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