コジマ汚染レベルで脳が駄目な男のインフィニット・ストラトス 作:刃狐(旧アーマードこれ)
膝の上に何かを載せているのが一番落ち着くことに気付いたので20㎝ぐらいのぬいぐるみを膝に乗せているアーマードこれです。
成人式後にスーツでゲーセンに友人と凸、キックマシーンで計ったところ600ちょいでました。どうでもいいですか、いいですね。
最近冗談抜きで暗ぁいジメっとしたお話でしたので、気持ちシュウマイ一つ分ぐらいの優しさで救済措置です。
あとかなり話が飛んでるなと感じるでしょうが演出とかではなく私が描写できないから飛ばしてるだけです。
書きたい所と書きたい所の間ってかなり詰まるんですよね。
頭を撫でられた簪が数歩後ろに下がる。
「ッ………!」
「おぉ? 待ちぃなお嬢ちゃん! あぁ、行ってもうた……」
ボロボロと涙を零して口元を抑えながら簪が千冬に当たる事も構わず部屋から出て行った。
『男』は少し残念そうに苦笑しつつ眉を下げる、『籐ヶ崎 信一郎』のそんな表情はいまだかつて一度も見たことはなかった。
「泣いとったなぁ……ワシ何かやってしもたんやろか、なぁ? 孫みたいな年の娘を泣かせてまうとか、ワシは阿呆かいな」
千冬は信じられないものを見たかのような表情を浮かべ奥歯をギリと噛む。
「ところで別嬪のお姉ちゃん、ちょっと聞いてええか?」
「……えぇ」
「何でワシの手足無いんやろか」
千冬の脳裏にはこの言葉で幾つかの単語が浮かぶ、そのうちの一つを無意識に呟いた、
「記憶……喪失…」
「んなアホな、いくらワシがボケとったかて流石に手足
「幾つか、お伺いしてもよろしいか」
「ん、ええよ? 爺ちゃんに答えれるもんやったら何でも答えたろ」
「貴方の…素性は……?」
「ワシは見ての通りー…やないな、何や若うなっとるけど89歳でくたばったお爺ちゃんや、ここは天国やろ?」
「IS…インフィニットストラトスと言う単語に覚えは」
「えらい昔に聞いた覚えがある、多分ガキの頃やったと思うんやけど」
「カラードという単語は…?」
その言葉を聞くと男は嬉しそうに口元に笑みを浮かべ指を鳴らした。
「ワシが昔から好きやったゲームのアーマードコアシリーズのアーマードコアフォーアンサーって作品に出てくるねん! もう70年チョイも前やけどよう覚えてるわ!」
「……分かりました…ありがとうございます」
千冬は一つの結論を出した。『極度のストレスによる別人格の形成』である。
しかし一般的に多重人格により発生した人格は発生した時期より成長が始まる事が多い、よって89歳だと自称するこの目前の人格は千冬が思う物とはどこか違う印象を与えていた。
それに仕草や雰囲気などが本当に老人のようでいつものような生徒に接する態度が出来ない、本当に老いた目上の人間に対するように自然に話してしまう。
「んー、手足が無いのって不便なもんやなぁ~寝返り打つのも一苦労や、お姉ちゃん外見たいねんけどええかな?」
「窓からで宜しいならば」
「ホンマか、んじゃあ悪いけどお願いできるかな?」
千冬に支えられベッドで身体を起こし窓から外の景色を見た男は驚いた表情の後に嬉しそうに顔を綻ばせた。
「空が澄んどる、綺麗やなぁ……エッヘヘ、歳食ったらこんなんでもエライ感動できるもんや、生きてる時はもう濁りに濁ってたしなぁ……」
「そうですか」
多重人格の解消は人格ごとの悩みを解消すればいいと聞いた覚えがあるのを思い出す。
「何か、何か貴方は悩みはあるのですか?」
「悩みかぁ、なーんもない、死ぬ時は娘や息子、孫に看取られて安らかに死ねたしなぁ、アイツ等は強いからワシ一人おらんかてなーんもならへんやろし、思い残す事も悩みも何一つとしてないわ……いや、一つだけあるな」
「それは…?」
「さっきの女の子を泣かしてもうた事やな、それだけや」
千冬がそうですか。と返し、専門の医師を探そうと考え一つ息を吐いた。
「お姉ちゃん、えらい疲れとるみたいやな、少し休んだ方がええと思うよ、老婆心やけど」
「……わかりました、ご忠告ありがとうございます」
疲れている理由の一端は貴方だ、と心の中に止め通信機を男の近くの机に置く。
「私は少し用事がありますので失礼します、何か御用の場合はこれを使っていただければ私か、別の誰かが向かいます」
「至れり尽くせりや、ありがとうなぁ」
男は机の通信機を手に取り頷きながらひっくり返してみたり横から見たりと忙しそうであった。
親指でボタンをグイと押すとホログラムスクリーンが男の眼前に現れ千冬のポケットで「ピピピ」と音が鳴る。
千冬がポケットから通信機を取り出しボタンを押すと千冬の眼前にスクリーンが現れ男の顔が映った。
「おっ、ほっほっほ、面白いなぁ、どうなってんねやろ?」
スクリーンに映った千冬の顔と横に居る千冬の顔を見比べてくしゃりと笑顔になる。
「では失礼します」
「あぁ、ごめんなぁ、ありがとうなぁ」
右手をユラユラと揺らすように手を振る男に千冬が会釈し部屋から出てドアを閉めた。
一つ息を吐き、壁に拳を打ち付ける。
「私が…!! 無理やりに眠らせればいいなどと…! 少しは落ち着くだろうなんて考えなければ!!」
ギチリと食い縛った歯が音を立てる、視界に入る動く影に目を向けると生徒が怯えた様子で千冬を見ていた、片手で顔を覆い深呼吸をすると少し力を抜きいつもの顔に戻した。
タブレットを取り出し真耶に連絡を取ろうとすると回線に割り込みが行われ強制的に接続状態へと移された。
映るのは黒髪の麗人、感情を余り感じさせない冷たい目が千冬を見る。
『急な連絡申し訳ありません、カラードのIBISです。お伺いしたい事があります』
「カラードの……ここでは問題があります」
『緊急の用です、信一郎様のバイタルデータが消失いたしました、一体何が起こったのですか』
千冬が周囲を見渡し人影と人の気配がないことを確認する。
「分かりません、生きてはいますが、記憶喪失か……多重人格か……私には、恥ずかしい話ですがどうする事も出来ません、専門の医師に指示を仰ごうと思っています」
『生きて…いるのですね…? ………った、…よかった…! シンが、もしかしたら、死んでしまったのではないかと…私は…!!』
「…………」
先程の冷たい目は温かみを帯びて涙をボロボロと零している、最早それはAIはなく人だった。
『麗羅です、私も伺い事があるのですが、よろしいですか?』
「私に分かる範囲でならば」
『多重人格と言っていましたが、どういう状態なのですか』
「……私と更識簪を覚えておりませんでした、また今いる場所を天国だと思っているようです、喋り方、雰囲気がまるで老人のそれです」
『………もしかすると…わかりました、今より向かわせて頂いてもよろしいでしょうか、一つだけ心当たりがあります』
「イベント外なので多少問題はあるでしょうが、分かりました、何としても都合させて頂きます」
『ありがとうございます、織斑先生』
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「ヘリを用意して、今すぐよ」
「了解しました、社長」
「IBIS、アンジェ、ジナイーダ、付いて来なさい」
投影ディスプレイを起動し、背後のIBIS、通信先の二人へと指示を出す。
「了解しました」
『了解です、社長』
『了解』
エレベーターに入り上へと向かう、扉が開くと凄まじい風圧と共に一機のヘリがホバリング状態からゆっくりと降下し、ヘリポートへと降り立った。
直ぐにヘリに乗り込み待つこと20秒、二人の女性がヘリへと乗り込んだ。
「出して頂戴、目的地はIS学園よ、急いで」
「社長、我々は護衛ですか」
「そうよ、かなり急いでるから連絡がしっかりと通達しきれずに襲撃者と勘違いされるかもしれないわ、それから守って欲しいの」
「お任せ下さい、銃弾一発このヘリには直撃させません」
『プライマルアーマー起動、制御モードをローターからVOBへと移行、到着まで15分』
ガコン、と一度揺れると窓から見える外の風景が色のついた線となった。
「信一郎様は……シンは大丈夫なのでしょうか……?」
「やはりあの時は冷静になって然るべきでした、どれ程大人びている、人間離れしているといっても信一郎様は20に満たない少年だと言うのに、それを我々は失念して……」
「大丈夫よ、きっと……アンジェは簪ちゃんを覚えているかしら?」
「……はい」
「きっと、きっとあの子がシン君を治してくれる」
「ですが、しかし…」
「私だってそうだったもの、主任の、パパのお陰で私はこうしてここに居れるの、恋する人は強いのよ?」
『VOB出力低下、減速します。ローター展開、回転開始…回転数が安定、プライマルアーマーを維持したままIS学園へと向かいます、距離約6キロ、IS学園の防空圏内へと入りました、緊急通信、接続します』
『こちらIS学園、進路を変更せよ、さもなくば敵勢力として迎撃する』
「こちらはカラードです、そちらに緊急の用があり向かっています、着陸許可を」
『…カラードであろうと許可できません、速やかに進路をそれてください、最終警告です』
「仕方がありません、では強行着陸をさせていただきます」
『……わかりました、ならば仕方がありません』
通信が切断された直後アラートがヘリに響いた。
『IS学園よりIS反応……スキャン完了、ラファールです』
「アンジェ、行って。殺さないように」
「了解しました」
『後部ハッチ、開きます』
後部ハッチが開くと同時にアンジェが空へと身を躍らせこちらへと向かってくるISを睨み付けた。
「オルレア」
刹那の光と同時にその姿は10メートル台の機械へと姿を変え、紅いアイセンサーが黒に近い蒼に光る。
『速やかに停止しなさい! 抵抗は無意味です!』
『抵抗? そうだな、たった一機で私と切り結ぼうと言うのだ、ISでは抵抗にしかならないだろうな』
『そんな巨大な機体でISに…勝てるとでも?』
『そんな脆弱な物でACに敵うとでも?』
『まずは…不時着してもら――ッ!!』
ISのライフルでヘリのテールローターを狙った瞬間ライフルが凄まじい力で弾き飛ばされる、マニピュレータ越しで凄まじい痺れを訴える手を押さえながらオルレアを見ると既に下ろしたマシンガンの銃口付近に熱源反応が発生していた。
『速い…ッ!』
『遅いな』
『ならばッ!』
エネルギーをスラスターから放出、瞬時に取り込み最大のエネルギーを放出し瞬間的に加速、瞬時加速と呼ばれる技術、さらに方向転換しながら再度瞬時加速を行い、敵の後ろを突く、IS操縦者の中でも一握りのみが行える最高等技術だ。
だがそれでも、10メートルの巨大な機体は凄まじい速度で振り返り、瞬時加速以上の速度でISへと飛びながら紫の極光を右腕から放出していた。
咄嗟に上方へと回避するが極光は脚部スラスターの先端を僅かに削っていく。
凄まじい熱量の余波がISを打ち、エネルギーを50%近く奪い取った。
『私の突撃力で当るとは、もし真改が相手であれば今頃その身体は無いぞ』
『ぐ、う…!』
僅かに融解した右足の先端と膨大な熱量により破損し、仕様不可となった右脚部スラスターをチラリと見て両手にマシンガンを握る。
『そんな豆鉄砲ではアリーヤのプライマルアーマーを抜く事は敵わんぞ、諦めろ。我々は何も戦争を仕掛けに来たわけではない』
『私は先生なのよ、生徒を守る為に今ここにいるの、貴女達を通したらもしかしたら可愛い生徒達が傷つくかもしれない、貴女達の牙が生徒達に突き刺さるかもしれない、可能性は0じゃないの、なら通すわけには行かないわ、例え死んでもね!』
『ふ、フフフ…フハハハ!』
『何がおかしいのよ?』
『いや、申し訳ない、貴方は間違いなく素晴らしい戦士だ、数々の非礼を詫びよう。だが我々も退けない理由があるのだ、次期社長を、信一郎君を助ける為に我々はここにいる』
それでも、と口を動かし両手のマシンガンをオルレアへと突きつけると唐突に緊急回線を使用し通達が行われた。
『こちらは織斑千冬です。着陸許可が下りました、指示するポイントへと着陸してください』
『織斑先生?!』
『カラードには生徒の治療の糸口を見つけるために来て頂きました、私がもう少し早く許可を取り付ければ無駄な戦闘を起こさずに済んだのに……本当に申し訳ありません』
『生徒の…治療、本当ですか?』
『私はただの護衛だが社長にはどうやら心当たりがあるらしい、それゆえだ』
『貴女方には…とんだ失礼をいたしました』
『心配ない、我々もこうなる事は予想がついていた、逆に言えば我々は戦闘を起こす気満々で来た事にもなる、だが信じて欲しい。我々は信一郎君を助ける、それだけの為にここにいるのだ』
指示された地点へとヘリが降り立ち、その直ぐ横にアリーヤが脚をつける、アイセンサーをヘリから降りた麗羅へと向け、指示を待つ。
「ACを格納してヘリに待機、行くのは私とIBISだけでいいわ」
『了解です、社長』
するとゆっくり光の粒子へとアリーヤが変わり、一人の女性が地面へと着地し一度髪の毛を掻き揚げた。
「行きましょう」
麗羅が一言告げるとIBISが後ろに付いて歩く、放課後のIS学園に部外者が歩いている事は非常に珍しく生徒達の注目を受けることを意味している。
興味本位で遠くから眺める生徒や何の為に来たかなどを予測する生徒などで通路外はごった返していた。
その生徒を割って千冬が歩いて近付いてきた、一度頭を下げ後ろを向き生徒に全員戻れと指示を出すと蜘蛛の子を散らすように生徒達が姿を消す。
「お待たせしました、こちらへどうぞ」
「織斑先生……シン君は今どこにいるのですか?」
「自室にいます、ですが……」
「分かっています、多分ある特別な人にのみ起こる特殊な記憶喪失のような物です」
千冬がなぜと言った表情を浮かべると麗羅は苦笑いを浮かべた。
「私も…そうでしたから」
「では、治療法は…」
「ある。とは言い切れません」
確実な治療法があったのであれば恐らく麗羅は満面の笑みを浮かべていたのだろう、それでも笑みを浮かべるのはきっと自分の子を信じているからか。
「原因はトラウマです。世界も自分も何もかもが嫌になるほどのトラウマ、消えてしまった方が良いと思うほどに心が壊れてしまった時に浮かび上がる自分、それが今のシン君です」
「やはり……」
「治療法はわかりません、私はある事柄によって戻ってきました。でもそれは本当にそうだったのか一過性のものだったのか、今も分かりません」
ですが、と続け真っ直ぐに千冬の目を見つめた。
「可能性は0じゃない、なら賭けます、全てを」
「カラードの社長の全てですか、それは…随分とオッズの壊れた賭けですね」
「そうですね、まだまだシン君に比べれば安い物です。ですが賭け事は苦手ですので」
ピタリとある部屋の前で止まり拳を握り息を一つ大きく吐く、スッと振り返りカードキーを差し出す。
「この部屋です」
「はい、では少し二人きりにさせて下さい、IBIS少しお願いね」
「わかりました」
「はい、了解しました社長」
カシュッ、と乾いた音と共に自動ドアが開き麗羅が部屋へと歩を進める、視線の先にはベッドで空を眺める男がいた。
「おや、お嬢ちゃんは誰や?」
足音に気付いた男が麗羅に視線を向け笑みを浮かべ質問を投げかける、それに対し麗羅が軽く会釈し笑顔を浮かべてベッドの横の椅子へと腰掛けた。
「始めまして、私の名前は籐ヶ崎麗羅と言います。おじいちゃんのお名前は?」
「おぉ、へぇ、ワシの名前か? 吉田一成って言うねん、よろしゅうな麗羅お嬢ちゃん」
「一成おじいちゃんのお話を聞かせて欲しいなってここに来たんですけど、いいですか?」
「構へん構へん! 何でも質問してや! 可愛いお嬢ちゃんの質問は大歓迎やで」
男は嬉しそうに声を弾ませ麗羅の頼みを受け入れた。
「奥様との馴れ初めでも教えてくださいな」
「はぁ、若いお嬢ちゃんてのはみーんなこんなんが好きやのなぁ」
「戦争終わって地元の居酒屋でなぁ、部下と飲んどったらエライ可愛ぇ子がおってなぁ、店員さんやってんけどな、そこからやなぁ」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「…んで不覚にもベロンベロンになってその子に結婚してくれぇ言うてな、返事貰てん」
「そうですか、ありがとうございます、とても楽しいお話でしたわ。……そろそろいい時間ですので、私は失礼致しますね、今日はお話を聞かせていただいてありがとうございました」
「んあぁ、気ィつけて帰りや麗羅お嬢ちゃん」
「はい」
右手をゆったりと振る男に麗羅がにっこりと微笑み頭を下げた。
自動ドアが閉まり麗羅が一つ息を吐くと部屋の外で待機していた二人が恐る恐ると言った様子で近付いてきた。
「どう…でしたか……?」
「社長……!」
「…私の予想通りでした、あとは私がしたようにすればいいのかもしれません、ですが……シン君は私と違って結婚してたから…どれだけ時間が掛かるかわかりません」
「…結婚? 一体何を言っているのですか?」
「シン君の治療のために絶対に必要な事があります、更識簪ちゃんと少しお話をさせて下さい」
「私は構いませんが、いま更識がどこにいるのか、私には分かりません」
IBISが一つ頷き眼前にマップを展開する、上空から見ただけの内部構造のわからない簡易的な地図だ。
千冬がその地図を注視して5秒、あることに気付く、何か小さい何かが大量に絶えず動いている。
「リアルタイムの映像…」
いくら厳重な防御機能を持ったIS学園と言えど注目度は世界で最も高い、故にこうして撮影されている事は何も不思議ではなかった。
事実、世界の人工衛星に秀でた国々は常にIS学園を監視している。
尤も、堂々と監視していると知らせてきた国は今だ唯一つとして無かったが。
「ご心配なく千冬様、我々は簪様の場所を知ることが出来ます」
その言葉と共にある施設がポイントされ二進数が表示された、いくら千冬と言えど二進数の文字化を瞬時に行えるほどではない。
「忙しい教員をずっと拘束している訳には行きません、あとはお任せ下さいな、織斑先生」
「ですが、貴女方はIS学園の人間ではありません、流石に自由な行動を許す訳には…」
「それもそうですね、では……」
廊下の曲がり角へと顔を向け麗羅がにこりと微笑む。
「ご同伴頂いてもよろしいですか、更識楯無さん?」
「あらら、気付いていらっしゃったんですね」
「私ではなくIBISが、ですけども」
ひょっこりと姿を現した楯無が口元を「吃驚」と書かれた扇子で隠してクスリと笑った。
千冬は楯無を見てそれならばいいか、と小さく首を縦に振る。
「頼んでもいいか、更識」
「ええ、勿論です、織斑先生」
くるりと扇子を裏返すと現れた「快諾」の文字と共に大きく頷いた。
では、と残し廊下を歩き去って行く千冬を眺めながら移動を開始した二人をスキップの交じったような足取りで楯無が追随する。
しばし歩きやや長めで障害物の無い廊下に差し掛かるとトン、トントン、トトン、とリズム良く前に楯無が躍り出て二人に向き直った。
射殺すような冷たい目で睨みつけながら。
「申し訳ありませんが、お二人を簪ちゃんの所へ行かせる訳にはいきません」
「シン君は確かに人殺しも躊躇わない人間よ? でもそれ以上に優しさを知っている子よ」
「到底信じることは出来ません、あの光景を間近でみた私には尚更」
扇子で口元を隠すことも無く眉間に皺を寄せ、ギリと歯を食い縛り口元を歪ませる。
「でも私は信じれるわ」
「親の色眼鏡でしょう、それも極彩色の」
「なんだって構わないわ、行かせて貰います」
「なら、実力で押し通ってみては如何ですか?」
楯無が浅く構えを取った。
「貴女が今している事が分かっているのかしら? 『更識』さん」
「十二分に理解していますとも、『更識』としては途轍もない失態を犯していることぐらい、でも前に言われた事があるんですよ「私は更識家のメイドだけど、それ以前に簪ちゃんの幼馴染で親友だ」って、そう……私は更識の楯無である前に簪ちゃんのお姉ちゃんなんだから。だからこそ貴女達を通すわけには行かない、簪ちゃんと籐ヶ崎君を会わせる訳にはいかない」
「素晴らしい、感動的です、ですが無意味です」
IBISが一歩前に踏み出した、それにあわせ楯無が凄まじい速度の蹴りを放つ。
「無駄です、相手が人間である限り誰であろうと私を越える事は不可能です」
空気を割る乾いた音を伴った蹴りは容易くIBISの手に収まり、掴まれる事も無くただ防がれた。
「くっ!」
腕や脚で咄嗟に防御したのではなく直撃地点を見極め手の平に収め、尚且つクッションのように受身さえ取られた事から凄まじい差があることを悟り、歯噛みする。
「では次は私が行かせて頂きます」
ゆっくりとそれこそ壊れ物を扱うかのごとく優しさで楯無の胸に手を添え、トン、と軽く押したように見えた。
だがその一動作で楯無が数メートル地面に脚をつける事無く吹き飛ばされる。
床を錐揉みに転がり、途中で体勢を立て直し両足で地面を削るかのように滑りながら停止した。
「あ、っが…カハッ!」
吹き飛ばされる寸前にマズイと感じ咄嗟に身体を引いたにも係わらず押された胸がギシギシと軋みを上げる、一度呼吸する度に肺をズタズタに引き裂かれているのではないかと錯覚するほど痛みを訴えていた。
いくらあらゆる武術に精通した楯無と言えど生身でこれほどの攻撃を受けたことなど一度も無い。
動作としては接触状態から重心を移動し一気に押す、コレだけの動作。中国では「寸勁」と呼ばれる攻撃方法、しかし今行われたのはその寸勁が出しうる「理論上の最高値」だ、人間には到底出しえない有り得ない希少な可能性の話でしかない。
「骨にも筋肉にも異常はありません、折れてもいなければヒビも入っていません、早く掛かってきては如何ですか? それともあなたの意思は所詮この程度と言う事でしょうか」
「ぐ、あぁぁッ……。―――――――――――――――!!!」
音の無い絶叫を上げ殺意を浮かべ立ち上がると同時、体のバネを全力で弾ませ宛ら銃弾の如くIBISへと
左腕を大きく引き拳を握り、それをIBISの顔目掛け風を切る音さえ聞こえそうな程の速度で打ち出した。
ともすればゆっくりとさえ見える動作で左手の拳の予測地点へ手を持ってくる。
しかしその拳は手に収まる事は無く寸前でピタリと動きを止めた。
それと同時、左腕よりも下部で鈍く重い音が響く、楯無の右手の拳がIBISの腹部へと突き出されていた。
「ッヅ…!!」
だが呻き声を上げたのは楯無の方だ、咄嗟に引いた右手の拳は力が全く入らないかのように開かれ、中指と薬指は不自然に曲がっている。
ボディブローが入る寸前に防御に使っていた腕の肘の位置だけをスライドさせた為に拳は肘へと直撃し、結果的に拳が砕かれる事となった。
だがそれを歯を食い縛る事で耐えIBISの腕を掴み、全力で投げる。
つかまれた場所を中心に弧を描き地面へと叩きつけられるが静かにコン、とヒールブーツの音が鳴っただけであった。
瞬時に両足から床へとジャンプの後のように着地し、体のバネを使い衝撃を完全に殺したのである。
「人間と言うのは実に不便で多くの欠陥を抱えています、どれだけ打たれ強かろうが顎を打たれれば脳が揺れ、戦闘を行う事が出来なくなります。ご存知ですね?」
そう言いながら掴まれていない方の手を引く、それに対し右腕で顎付近を咄嗟にガードするもIBISはその引いた手で地面を殴りつけ、足の力も利用し叩きつけられた時の逆再生のようにクルリと跳ねた。
「そしてどれ程の使い手であろうと極限状態での心理戦は不利な状況しか生みません」
地面に着地したIBISは掴まれていた手を即座に振り払い、胸倉を掴み上部後方へと放り投げる。
「クッ…!?
「ISの機能を妨げるEMPフィールドです。ゆっくりお休み下さい」
空中でISを起動し、状況を打開しようとしたが不可視の電子結界がISを封じ、楯無が地面に叩きつけられるよりも先に到達地点へと移動した。
優しく受け取るように向かってきた背中に両手を合わせ一瞬速度を緩めた直後先程の寸勁を打ちつけ衝突エネルギーを相殺、瞬く間に楯無の意識を刈り取る。
「死んではいませんが……右手を潰してしまいましたね、手加減や力加減は私には少々困難なようです。信一郎様が、シンがくれた身体です。筋力や性能が兵器染みてる…そもそも手加減が難しいのは承知のはずです。うん、頑張りました」
ずる、と落ちる楯無を抱えながらうんうんと頷いた。
壁で支えるように床へと座らせ手元にナノマシン修復型治療キットを置き立ち上がって麗羅へと振り返る。
「行きましょうか」
「はい、社長」
こつこつ、と靴底が床を叩く音を響かせ、ドアの前で二人が脚を止めた部屋の用途が示された札を見ると『整備室』と表されている。
開けようと麗羅がコンソールに触れるが動く様子がない、ふぅ、と一つ息を吐いて投影ディスプレイを起動させ、5秒後『ピッ』と音を立て空気の抜ける音と共に扉が開く。
部屋の中にはハンガーに吊るされた打鉄弐式とそれに向かい合うように膝を抱え、立てた膝に顔を埋めて椅子に座り込んだ簪がいた。
ピクリとも動く事無くまるでただの置物のようにさえ思えるがハンガーに吊るされた打鉄弐式が微弱な緑光を放っていることがそれを否定していた。
「少し、いいかしら?」
麗羅が簪に声を掛けるとピクリと肩を揺らし、ゆっくりとその顔を麗羅へと向けた、目は真っ赤に充血し頬には幾つもの涙の跡がついている。
いつも身に着けていた眼鏡型の投影ディスプレイも青い花の髪飾りも付ていない。
「麗羅……さん……」
「そうです。シン君のお母さんの麗羅さんです。で、シン君のことで少しお話しがあるの」
「しん……いちろ………ぅ、ぅぁあ…! あぁぁぁぁぁ…!!」
信一郎の話題が出た瞬間、簪が目に涙を浮かべて泣き始めた、麗羅がゆっくりと簪に近付き優しく頭を撫でる。
「大丈夫、大丈夫よ…?」
「…ぼえて! 覚えて…! 無かった、んです…!! どうして…! どうしてぇ!」
「違うわ、正確には今のシン君は覚えていないんじゃなくて、まだ知らないの」
「わからない! わからないです…!!」
「シン君を戻す方法はあるわ、でもそれには簪ちゃんが必要なの、だから泣き止んで、お話を聞いて?」
それを聞いた簪が吃逆しながらボロボロと涙を零したまま麗羅を見る。
「でも、その為にはまず貴女に知って貰わなきゃいけないことがあるの、とても残酷なお話」
「そ、れは…?」
「シン君は、人を殺したの」
ひゅっ、と息を呑み口元を両手で押さえた。信じられない、といった表情を浮かべゆっくりと首を横に振る。
「本当よ、それも一人や二人じゃない、数百人、もしかしたら千人に届いてるかもしれない、それぐらい人を殺したの」
「う、そ……嘘、うそ、ウソだ……」
麗羅が簪の目を真っ直ぐに見つめる、逸らす事無く逃す事無く真剣な表情をしながら。
「もし、それでも簪ちゃんがシン君を愛せるなら、愛しているならこの続きを聞いて欲しい、シン君を助けて欲しい、でもその為に、それだからこそ、真剣に考えて答えを決めて欲しい、覚悟をして欲しい」
「ひ、とつだけ…一つだけ、教えてください…!」
「うん」
腕で目元を一度拭い真っ直ぐに麗羅の目を見つめ返す。
「どうして、信一郎は、人を殺したんですか……?」
「それは……ね」
「私が、理由を説明させていただきます」
IBISは一歩前に歩み出て簪へと一度会釈し、口をゆっくりと動かし始めた。
「学園祭で簪様が襲われ、重傷を負い入院したのは覚えておりますね?」
「はい…」
「信一郎様は簪様を救出する際意識を持っていた、つまり簪様が倒した者以外の人間を全員殺害しました」
「ッ…!」
「その後生きていた者を捕らえ口を割らせ、彼等の本拠地を探り当てました」
簪は自分の服の胸元を両手で握り締め息を荒くする、その先は容易く想像できた。
「信一郎様はすぐさま私兵部隊を集め運用し、その日中に壊滅させました、生存者は0です」
「信一郎は…! 私の所為で、人を……!!」
「それは違います」
「でも、だって……!」
「信一郎様が生まれた時より私は信一郎様を見続けてきました、信一郎様がもしここに居ればこう言うでしょう『俺は俺のやりたいようにやっただけだ、お前が気にする事ではあるまいて』と」
「それでも、理由がどうあれ、シン君は確実に人を殺したわ、それに言ってしまえば無実の人間も殺してしまったのよ。簪ちゃん、貴女はそんな人殺しを愛する事が出来る?」
「少し、少しでいいです。数分だけ、考えさせてください」
自らの身体を抱きしめるように両腕を握り締め深く息を吸う、目を閉じ、一言小さく恋人の名を呼んだ。
ゆっくりと振り向き長く息を吐いてスッと目を開ける。
目の前にはハンガーに掛かったままの打鉄弐式のアンロックユニットから淡い緑の光が漏れていた。
「おいで」
声と共に打鉄弐式が粒子状となり簪の右手中指へと集まり指輪となる。脇に置いてあった眼鏡型投影ディスプレイを掛け、青い花の髪飾りを掬い上げるように優しく手に取り、愛しそうに左目にかかった髪の毛を耳の上で纏めるように付ける。
「お待たせしました」
「答えを聞かせて貰えるかしら?」
目は赤く充血してしまっているが先程のように泣きそうな顔はもうしていない、真剣な表情で麗羅を見つめた。
「愛します、愛しています…!」
「貴女は一般人なのよ? それでも背負っていける?」
「私は、特別です。一般人じゃありません、代表候補生です」
簪は生まれて初めて自分は特別だと言い切った。
「ならば尚更よ、相手は人殺しなのよ」
「見くびらないで下さい、私はただの簪ではありません『更識 簪』なんです」
ふぅ、と一つ息を吐き祈るような形で両手をにぎり合わせる。
「私は……信一郎に助けられました……、信一郎のお陰で今の私があります……。どんなに尽くしても返しきる事なんて出来ません。命も…心も……助けてくれました。だから今度は私が助けます……!」
麗羅が顔を俯かせ簪へと近付き力一杯簪を抱きしめる、その身体は小さく震えていた。
「……がとう、ありがとう、ありがとう…!! シン君の為に、そこまで言ってくれてありがとう…!! 簪ちゃん、本当にありがとう…! ふ、うぅ、うえぇぇぇぇぇ!」
「簪様、ありがとうございます。私からも、お礼を言わせていただきます、本当にシンの為にありがとうございます…!!」
「人殺しとか、バケモノなんて関係ない、そうだよ……私は、更識簪は信一郎を愛しているんだから……」
ちなみに先程誤投稿してしまいかなり焦りました。
あと大きいフワフワしたぬいぐるみを抱きしめて寝たいです。
ちゃんと救済措置取ったんでもう石投げられたりしませんよね?
年を跨いで投げられてたのでお年玉なんてレベルじゃないです。
何を後書きで書きたいんだったか忘れてしまいました。
もしかしたら近々挿絵が幾つかの話に追加されるかもしれません。(追加するとは言ってない)