コジマ汚染レベルで脳が駄目な男のインフィニット・ストラトス 作:刃狐(旧アーマードこれ)
割と今回早く書けました、つっても視点変更で楽しただけなんですけども。
変わらない日々、変わらない日常、ただ毎日が当たり前のように消費され、当たり前のように一日を終えて行く。
時代は変わった、発展途上国で毎日誰かが餓死するような事は無くなった、かといって無力に過ごせるわけではない。
しかしそれでも世界は変わった、少なくとも明日日の光を拝めるかどうか分からない、等と言う世界はとうに終わりを告げていた。
「おはよー」
「おっはー、今日の占い見た?」
「見た見た、おとめ座一番だよね、私大勝利」
「私なんて下から数えた方が早いもん、さいあくー」
「かに座で一番ケツだった私に何か一言」
「朝からおつかれー」
「おっつー」
いつの時代になっても少女は占いなどが好きで、毎日その手の話題には事欠かない。
そんな平和な日常、多くの生徒はいつもと変わらない日常を楽しんで過ごす。
「そう言えばサユ学園祭で一緒にいた男の人誰?」
「あ、アレはお兄ちゃんよ…」
「にしてはやけに仲良さげだったし第一年上にも見えなかったけど?」
「じゃあ弟!」
「はい一名様尋問入りまーす」
「いやあああぁぁぁぁぁ……」
色恋沙汰に現を抜かし、それをネタにして話したり行動したり、毎日一生懸命に楽しんで生きる。
「あ、籐ヶ崎君おはよー」
「……あぁ」
「サユに彼氏(仮)いたんだってー、今尋問中ー、知ってた?」
「いや………そうか……」
「…調子悪い?」
「いや、大丈夫だ……少し、寝不足なだけだ」
「あ、そーなんだ。うはははーサユー! 早いところ吐いた方が身のためじゃぞー!」
女だらけの空間に一人入ってきた男、籐ヶ崎信一郎が呆けたような返答をし、椅子に倒れこむように座った。
そのまま机に突っ伏して眠るかのように体を倒す。
「おはよーっす」
「織斑君おはよー、サユに彼氏(仮)いたんだってー」
「へぇ~、お幸せに?」
「待ってフレイ! もしかしてそれ全員に言うつもり?!」
「もっちー」
「鬼! 悪魔!!」
「ふはは、何とでも言うが良い! あ、籐ヶ崎君寝不足だってー、彼を起こさないでやってくれ、死ぬほど疲れてる」
「先週の金曜ロードショーコマンドーだったもんなー」
「うはは、面白いよねぇ!」
連休前に見たテレビのネタで笑う。
「おはようございますわ」
「オルコットさんおはよー、あのさぁ」
「もぉぉぉぉぉぉ!! いいじゃないもう! 許してよぉぉぉぉぉ!!」
「あら、何のお話です?」
「何で今日に限って興味持つのよおおお!!」
「おはよう」
「しののののさんおっはー」
「のが一つ多いぞ?!」
「しののさん」
「今度は少ない!」
「ののの」
「しはどこに行ったんだ?!」
「あはは、冗談だってしののめさん!」
「東雲ってもはや違う人ぉぉぉぉぉ!!!」
「はぁ~ホント篠ノ之さん弄ると反応可愛いなぁ~」
「イチカ、おはよう!」
「いい朝だな嫁よ!」
「あぁシャルとラウラ、おはよう、今日もいい天気だな」
「デュノアさん、ボーデヴィッヒさんおっはー、ねぇ知ってアバーッ!!」
「アイエエエエ?!」
「あれ? シン元気ないね、珍しい」
「寝不足らしいよー」
「……右手…震えて……?」
「ラウラ、そっとして上げなよ」
「む? うむ、そうか」
そうしている内に一人のスーツを着た女性が教室へと入ってきた、それを合図に全員が静かになる、机に突っ伏した信一郎へと髪を後ろに結えた少女(その胸は豊満だった)篠ノ之箒が「起きろ籐ヶ崎」と言って信一郎を起こす。
「おはよう、一夏♡、あと諸君」
「おはようございます、本当ブレないですね織斑先生」
「そうだろう? では点呼を取るぞ、相川」
「はい!」
「籐ヶ崎……籐ヶ崎!」
「…え、あ……はい」
「体調不良か?」
「…寝不足で」
「体調管理はしっかりとしておけ」
「了解」
「よし、全員いるな、では山田先生」
「はい、本日の連絡事項ですがもうすぐキャノンボールファストが行われます、本日のホームルームでその関係のお話をしますので覚えておいて下さいね、あと5連休はしっかりと休みましたか? では私からはこれだけです」
「以上だ、では授業の準備をしておけよ?」
それと同時に教室が騒がしくなる、教科書を机から出し、朝の続きだと言わんばかりに会話を始める。
「うははは、尋問再開であーる!」
「そこまでよ! サユは私が守る! 親友だもんね!」
「ナギ!」
「とぉう」
「うひゃぃん! いひぃっ! も、もうらめぇ…ごめんなひゃい、ゆるひて…!」
「はやっ! 即堕ち?! 脇腹弱すぎでしょ!」
「次は…あなたよ」
「ど、どうして…! どうして私がこんな目に…?!」
信一郎の右腕がガタガタと震え始める、それに気付いた副担任の山田真耶は心配そうに信一郎を見る。
「籐ヶ崎君? どうしました?」
「ッ!! ぐ、が…!! ア゛……」
唐突に信一郎が口元を抑え机を力づくで押しのけグラグラと覚束無い足元で教室の扉へと走る、身体をそこら中にぶつけ、真っ青な顔をして。
「籐ヶ崎?!」
「お、織斑先生! 私が行きます!」
「お願いします、山田先生!」
教室の自動ドアである筈の扉を左手でガリガリと削り、冷静さを完全に失っている。何とか教室の外へ出た信一郎を真耶が追いかけた。
「ッ…!! ッ!!!」
グラグラと廊下を走っているのか、歩いているのか分からないほどの速度で移動し、突然左腕が外れ、落ちた。
左右のバランスが崩れ脚を縺れさせ転倒する。
「籐ヶ崎君!!」
「ッ!! う、あ゛、うぶっ、ゲホッ、オ゛エ゛ェ!! ガハッ、ゲボッ、ゴホッ!」
「大丈夫、大丈夫です、落ち着いて…!」
「ゼェ…ゼェ…ッグ、う…オエェェ! ガフ、ヒュー、ヒュー」
洗面所へと這って洗面台へと嘔吐する、吐瀉物は透明感のある黄色で酸性の臭いがした、真耶は信一郎を支え、背を擦るように嘔吐を促す。
数分続けていると漸く呼吸が安定しゆっくりと脚で身体を支えた。
「もう、大丈夫です…ゼェ…すいません、迷惑を…かけました」
「心配しないで下さい、なんたって私は先生なんですから、もう喋っても大丈夫そうですか?」
「ゼェ、はい…一応は…ゼェ」
「一体…どれだけの間食事を取っていないんですか……?」
「4日…ほど、でしょうか…」
「4日…?! わかりました、保健室へ行きましょう、織斑先生には私から言っておきます」
「ありがとう……ございます…」
廊下に転がっていた左腕を拾い上げ、肩に接続しながら身体を支えられゆっくりと歩いていった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「織斑先生、籐ヶ崎君を保健室へ運びました、嘔吐の際に胃液しか出なかったので聞いてみた所4日程食事を取っていなかったそうです、軽度の栄養失調になってる可能性もあります」
「…わかりました、ありがとうございます」
教室の外、廊下で窓際に背を預け真耶と担任教師、織斑千冬が会話をする。
そこへ一人の少女が教室を出て二人へと近付いてきた。
「ボーデヴィッヒ、授業中だ、戻れ」
「…織斑先生、籐ヶ崎の症状で心当たりがあります、場合によっては時を争うのでやむを得ず授業を抜けました」
「恐らく、栄養失調だろう、心配は要らない、休養を取れば」
「いえ、嘔吐の内容は別に震え、反応の遅れ、ないし上の空がありました、その上寝不足も本当にあったのでしょう」
「ボーデヴィッヒさん、一体それは…」
「PTSD、心的外傷後ストレス障害です、軍で何人も見ました、それを引き摺って自殺した兵もいます」
「自殺…!」
「ASDであればいいのですが、本当にPTSDだと自殺の可能性は高くなります、私以外で気付いた人間は恐らく居ません、全員には黙っておいた方がよろしいかと」
「わかった、ボーデヴィッヒ、すまないな…籐ヶ崎の保護者とも話し合いをしないとな…だが何が原因でそんな事に……」
「4組の更識は今、入院中だと記憶しています、その関係かもしれません」
「本当にお前はよく頭が回るなラウラ……ありがとう」
千冬に敬礼で返したラウラが教室へと戻る、それを見届けた二人はタブレットを起動し、保健室の担当教員兼医師へとメールを飛ばした。
「PTSDの治療……まさかそんな物を学園内でする事になるとは……どうして、こんな事に…!」
「織斑先生、監視の無い特殊応接室で話し合いましょう」
「あぁ、そうだな」
そう言って移動を開始した瞬間緊急回線で通信が飛んでくる、千冬が急いでそれを繋ぐと映った画面にはたった先程メールを送った教員が血だらけになって映っていた。
『織斑先生!! 助けてください!! 籐ヶ崎君が、籐ヶ崎君が!!』
「今行きます!! 一体何が?!」
『籐ヶ崎君!! お願い、止めて!! 腕に、自分の腕にナイフを何度も突き刺しているんです!! お願いします!! 早く!! 力が強すぎて私じゃ!!』
「真耶! 行くぞ!!」
「あ、ひ…」
「真耶!!」
「ひ! ひゃい!!」
通信を切断もせず二人が走る、女性の叫び声が、肉に刃を突き刺す音が、液体が飛び散る音が、ただ二人に聞こえていた、真耶は肉の音が、血の音が聞こえる度表情を歪め泣きそうな顔になる。本来心優しい彼女には想像も出来ない、したくない音だった。
元代表と元代表候補、現役を退いたとはいえ教員である二人は凄まじい速度で廊下を駆け、階段を飛び降りるような速度で降りて行く。
「邪魔だ!! 退けろ!!」
絶叫が聞こえ、数人が野次馬をしている保健室前の野次馬に怒号を掛け散らせる。扉が開いた瞬間に赤い液体が空を飛ぶのが見え、奥歯をギチリと噛んだ。
「籐ヶ崎ッ!!」
「籐ヶ崎君!!」
赤く染まったベッドのカーテンを開けると、虚ろな目でブツブツと何かを呟きながら自分の腕にナイフを突き刺している信一郎が居た、教員が信一郎のナイフを持つ左腕を押さえ込もうとするがISでもない人の力で義手の動きを止めることは出来なかった。
右腕は既に治療が不可能なほどにズタズタになって前腕に至っては肉が完全にこそげ落ち骨だけで繋がっている場所さえある、その骨も尺骨は既に断ち切られ、橈骨も傷だらけだ。
「あ、あ、う…ひっ!」
真耶が一歩脚を引くと「ぐちゃり」と音を立て何かを踏んだ音がする、それを見ると血で赤く、肉で紅く、脂で白く、それが混ざってピンク色になった肉塊が落ちていた。
「クッ!」
千冬は保健室に置いてあった掃除用具の箒を手に取り瞬時に構え、振り下ろして左手のナイフを弾き飛ばした。
相当強く握っていたのか箒は折れ、手が痺れを訴える。
「……だよ……ね…れな…俺……悪……」
「落ち着け! 籐ヶ崎!!」
「眠れねえんだよおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」
ブツブツとまだ呟きながらもう既に手にしていないナイフを腕に振り下ろす動作を繰り返す信一郎の両肩を押し、ベッドに押さえ込む。
ガチリガチリと顔の前で左手を動かし、叫んだ。
「目を閉じりゃああいつ等が俺を見てんだよ!!! 俺は、俺は知らなかったんだ!! 首を落として!!! 心臓を貫いて!!! どうして!!! どうして!!!」
「真耶!! IS用固定具を!! 今すぐに!!」
「ひ、は…」
「しっかりしろ!! 山田真耶!!!」
「はい! はいッ!!!」
「眠りたく無い!! 目を閉じたくなんかない!!! ならせめて殺せ!!! 殺してくれェェェ!!!!」
四肢を振り回して叫び散らす信一郎を二人がかりで押さえつけ、落ち着かせようと声を掛けるがそれを一切聞かず血を撒き散らし絶叫する。
千冬が右腕に目を向けると驚愕の表情を浮かべた、電撃を纏いながら徐々に身体が治っているのだ。
自由に動けるようになった右腕で太股のナイフを抜き、千冬へと突きつける。
「いいさ、それで私を刺せばいい、それでお前が落ち着くなら安いものだ、どうした、やれ……やれ!!」
「あ、が…ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!!」
ブルブルと右手を震わせ、ナイフを取りこぼし両手で頭を抑え絶叫した。
屋外用の大きい扉が力一杯開けられ、教員用ラファールを装着した真耶が飛び込んでくる。
「生徒の命に係わる緊急事態のためISを使用しました、IS用固定具展開します!!」
機械式の固定装置が光の粒子と共に展開される、それをその場に置いた真耶がラファールのマニピュレータで信一郎を押さえ込む。
「私が抑えます!! 今の内に!!」
「すまん!!」
信一郎の左腕と両足に機械を巻きつけ起動する、駆動音と共にベッドへと完全に固定され、動きが鈍った。
それを数度、左腕に3箇所、片足に5箇所ずつ使用し、ベッドに完全に固定した。
残る右腕をベルトで二箇所固定し、身体もベルトで押さえつけ動けないようにする。
「麻酔を!」
「止めろ!! 止めろォォォォォォォ!!!! 眠りたくない!!! 目を閉じたくない!!!! お願いだ!! お願いします!!! 止めろ、止めてくれ!!!! 嫌だ!! 嫌だぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
「籐ヶ崎君、ごめんなさい、ごめんなさい……」
固定された右腕に麻酔を打ち込む、首を振り回し右手を閉じ、開き、必死に抵抗する、やがて注射器を外され、麻酔を一本打ち込まれた状態で睡魔から逃れるように叫ぶ。
「IBIS!! 聞こえているんだろう?! 俺を殺せ!! レーザーで撃ち抜いてくれ!!! 殺せ!! 殺してくれ!!! IBIS!! IBISゥゥゥゥゥ!!!!! 殺せ!! 殺せぇぇぇぇぇぇぇ!!!! 嫌だ、来るな!! 誰か!! 誰か俺を殺してくれ……! 姉さん、お願いだ……殺してくれ………姉さん、殺してくれ…殺して、ころ……して………く……」
呻くように、魘されるように声が小さくなり、最後に声を失うと同時、遂に身体が動かなくなった。
「う、あぁ、あああああぁぁぁぁぁ!!」
ラファールを纏った真耶がガタガタと震え、その場に崩れ落ち、泣き叫ぶ、力付くで身体を抑えていたせいかラファールの装甲とその顔には夥しい量の返り血がベットリと付着していた。
「誰が……誰が籐ヶ崎を、私の生徒をこんな目に遭わせたんだ!!」
千冬は返り血で鮮血に染まった手で拳を作り壁に叩きつけた。
拳と奥歯がギリと音を出す。
守るべきはずの生徒がその手から零れ落ち、壊れた。
「こんな、身体が再生するなんて………カラード、なんて…ッ。とりあえず、血液の補充と点滴をしましょう」
『その…必要はございません……失血する度常時血液は補給されていますし栄養も既に必要な身体ではありません』
千冬が先程まで持ち、今は床を転がっているタブレットの画面に女性が現れ言葉を発した。
「この声、カラードの……」
『はい、カラードの軍用人工衛星及びカラードの電子空間管理AIのIBISと申します、織斑千冬様、山田真耶様、リーン・ウェルコニア様』
「IBIS……さっき籐ヶ崎が…」
『そうです……私には…信一郎様を殺す事は出来ません、いえ……信一郎様はそもそも死ぬ事が出来ません』
「ッ……! 籐ヶ崎を、ここまで追い込んだのは一体…」
『シンを…信一郎様を壊した犯人は既にこの世には居ません』
「それは…!」
『信一郎様本人が殺害いたしました、いえ、殺害したからこそ、心が壊れてしまったのでしょう』
「殺害しただと…?」
『どうか、どうか信一郎様を責めないで下さい、お願い致します』
「…籐ヶ崎君が、あんなに明るかった籐ヶ崎君がどうして…どうしてこんなに苦しんでいたんですか?! 教えて下さい!」
ラファールを解除した真耶がボロボロと涙を零し縋りつくように懇願する。
『社長より、千冬様、真耶様にはお話してもいいと言われております。対監視特殊EMPを信一郎様の義手より発生させます。リーン様、申し訳ありませんがどうかご退室を』
「……分かりました」
保健教員が部屋を出て扉を閉める、その後「何をしているの! 早く戻りなさい!!」と怒号をかけ、野次馬の生徒を散らした。
『…まずは簪様が入院中である正確な理由は千冬様はご存知ですね、真耶様にも知って頂きます。学園祭時ある二つのテロリストが学園を襲いました、片方の勢力は大した被害も無かった為我々カラードも放置しております』
「二つのテロリスト…?! そんな、このIS学園に、いくら学園祭時だといっても…!!」
まだ震えが収まらない真耶が自分の手を握り締め尋ねる。
『片方は不可能ではありません、それ程の力を持っていました、ですが問題の片方がなぜ入れたのか、私でも疑問でなりません。その問題の勢力が簪様を襲ったのです、それにより簪様は負傷し入院、信一郎様がこれに対し勢力を壊滅させる為部隊を運用しました』
「そんなことが…」
『結果、IS3機を含め殲滅を持って任務終了となりました。ですが問題は信一郎様が最後に殺害した3機目のISパイロットと最奥に居た少女です』
「少女…?」
『双方とも武器を使用し攻撃してきましたので殺害いたしました、ですが後ほどその二人はテロリストではなく監禁されていた実験体である事が施設のデータで残っていたのです。信一郎様が本当に壊れたのはその時からです』
「ッ…!!」
「つまり籐ヶ崎は…知らなかったとはいえ、テロリストではない人間を殺害してしまい、それがトラウマになっているのか……」
『その通りです。………カラードに居るのはトラウマを刺激し続ける事になります、治療はIS学園でして欲しい、との事です。ご迷惑をお掛けいたしますが、どうか……信一郎様を、私の弟を…お願いします……』
「分かりました、我々の大事な生徒です。責任を持って治療してみせます」
『ありがとうございます。千冬様、我々はIS学園に対し支援を惜しみません、どうか、どうか…シンを…!』
そう残してタブレットの画面が消える、千冬はそれを拾い上げ真耶の方を向いた。
自らの身体を抱きしめガタガタと震えながらもその目は何としても生徒を救ってみせると意思を持ち強い光を宿していた。
「とりあえずは、着替えるべきか、我々も、籐ヶ崎も。その後は念の為義手義足を固定したまま寮の部屋で休ませておこう、自傷行為を行わないように監視カメラで随時監視する。充分に睡眠をとったらトラウマで多少錯乱するだろうが、少しは落ち着いてくれるはずだ、それからゆっくり治療しよう、いいですね?」
「は、はい…分かりました、クラスの生徒には籐ヶ崎君は治療の為しばらく休むと言っておきます」
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
外から太陽の光が射す。今の俺にはありがたい、暗いとあの光景が見えてしまう、今日も一日眠る事は出来なかった、いや…目を閉じる事が出来なかった、あの二人が、強い意志を持った目と驚愕に染まった目が俺を見る、それが途轍もなく怖かった。
時計を見るとそろそろ教室に行く時間だ、食事は取らない、最初は無理をしてでも食うべきだと思ったが入れた端から吐いてしまう。
もう空腹も無い、腹の虫さえ鳴りやしない。
「顔を、洗わなければ」
ゆっくりと立ち上がり洗面台の鏡の前に立つ、元々の顔のお陰で多少目の下にクマが出来ようと変わらない。
歯ブラシにチューブを出し口に突っ込んだ、何も考えない、ただ体が覚えている通りに手を動かす、能力も使えない、考える必要がある、考えるとどうしてもアレが浮かんでしまう。
幸運にも今は一段楽したのか俺が担当するものじゃないのか仕事の書類が来ない、考える必要がないというのはありがたい。
寝不足の為かどうも足元がフラフラする、歩く為の思考もやや覚束無い、だがそれでもたかが睡眠不足や栄養失調程度で死ぬような事は無い、幸運か不運かは分からないが。
教室から騒がしい声が聞こえる、何の話をしているのかは分からないが元気な事で何よりだ。
「あ、籐ヶ崎君おはよー」
「……あぁ」
「サユに彼氏(仮)いたんだってー、今尋問中ー、知ってた?」
「いや………そうか……」
「…調子悪い?」
「いや、大丈夫だ……少し、寝不足なだけだ」
「あ、そーなんだ。うはははーサユー! 早いところ吐いた方が身のためじゃぞー!」
椅子に座って机に頭を落とす、目を瞑る事はしない。ただ何も考えない、それが一番楽だ。
「起きろ籐ヶ崎」
「…あぁ、すまん」
モッピーが俺に声を掛ける、顔を上げればどうやらちっふーと真耶先生が来たようだった。
「が…さき……籐ヶ崎!」
どうやら呼ばれていたようだ。
「…え、あ……はい」
「体調不良か?」
「…寝不足で」
「体調管理はしっかりとしておけ」
「了解」
叩かれる事は無くなった、無駄だと思われているのか、マシになったのか。
「よ…、全い……る…、ではや…田…んせ…」
「はい、本日の連絡事項で……うすぐキャノン………ストが行われ……本日の………ームでその関…………」
「以上だ、では授業……備をして………?」
「そこ……よ! …ユは…たしが守る!」
『ここから先は通せないわ、何があっても。例え貴方達と刺し違えてでも通す訳には行かない、死になさいっ!!』
『約束したのよ…ッ! 外の世界を見せるって……!!』
『あの子の……為にも……、あの子…だけは……』
「ど、……して…! どうして私……んな目に…?!」
『どうして…?』
『データベースを調べた結果最後のIS操縦者、どうやらテロリストではなく監禁されていた実験の被験者だったようです。あとは最奥に居た10歳前後の少女もそうだと言う事です、まぁ両方とも攻撃してきたのでしょう? でしたら殺しても問題は無かったでしょう、敵ですから』
『信一郎様? どういたしました? 大丈夫ですか、信一郎様? どうしました?』
目の前に女が現れる、俺を射殺すような目で見ながらその首が落ちた、まだその目は俺を見ている。
目を逸らせば黒い髪の女の子が俺を見る、その胸には俺の腕の太さほどの穴が空いていた。
「どうし………?」
『どうして、殺したの?』
「ッ!! ぐ、が…!! ア゛……」
止めろ、止めろ、俺を見るな、話しかけるな、お前が武器を向けてこなければ、降伏していれば殺さずに済んだんだ、お前達が俺を刺激しなければ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ!!
「ッ…!! ッ!!!」
これは? 俺は、何だ、地面?
いつの間に、俺は倒れてたんだ?
立ち上がろうと前を見たら二人が 俺を
見下ろして
いる
『この子だけは守りたかったのに』
『どうして私を殺したの?』
「ッ!! う、あ゛、うぶっ、ゲホッ、オ゛エ゛ェ!! ガハッ、ゲボッ、ゴホッ!」
背中を強く押されながら撫でられる、周りにあの二人はいない、真耶先生が俺に触れていた。
「大丈夫、大丈夫です、落ち着いて…!」
「ゼェ…ゼェ…ッグ、う…オエェェ! ガフ、ヒュー、ヒュー」
出るものなんて何もないのに、それでも身体は居の中身を出そうとする、歪む視界にはやや黄色い透明の胃液が排水溝に吸い込まれているのが見えた。
「もう、大丈夫です…ゼェ…すいません、迷惑を…かけました」
右腕で真耶先生をゆっくりと押し離そうとしたらその腕を掴んで身体を支えられる。
「心配し……で下…い、な…たって私は…ん生な……すから、も…喋っても大丈夫……で…か?」
「ゼェ、はい…一応は…ゼェ」
「いっ…い…ど……けの間食事…取って……いんですか……?」
「4日…ほど、でしょうか…」
「4日…?! わか……した、保健し……行…ましょう、織…ら先生…は私から言っ……きます」
「ありがとう……ございます…」
視界の端に腕が落ちているのが見えた、どうやらいつの間にか外れていたみたいだ、右手で拾い上げて肩に接続、身体を支えられながらゆっくりと歩く。
保健室に到着するとそのままベッドに入れられた、寝転んでいたら目を閉じてしまいそうになる、身体を起こして真耶先生と保険医の教員を視界に納める。
「睡眠……くと栄…う……調かも……ません、も…四日………く事を取ってい………聞き……た、籐ヶさ…君をお願…し……」
「わかり……た、…い……薬と…ん滴で……は様子を見…こ……します」
「籐ヶ崎君、無理は……いで下…いね?」
真耶先生が俺に何かを言って去って行く、意識が少し朦朧としていて何を言っているのかは余り分からなかった。
「籐…崎君、と……えずす……んや…なん……ど、こ…を飲んで……るか…ら?」
何か薬を差し出される、生憎食道に何も通す事が出来ないので手で制して首を横に振った。
「わか……わ、じゃ……ょっと待っ…ね」
何かを探しているのだろう、音が聞こえる。
「取り……ず少…眠らな……だ…ら、強い…な…うほ…だけど、注射す…わね」
右腕に注射を射される、ちょっとした痛みで少し、意識が覚醒した。
「これ…は……?」
「麻酔薬よ、少し眠ってもらうわ」
麻酔薬……? 眠る?
一体何を言っているのだろう、俺は眠る必要など無いというのに、眠りたくなどないというのに。
駄目だ、意識が、重い……駄目だ、起きていないと……
痛みだ、痛みで…なんとか。
「…? 籐……きく…?! 一……い…にを!!」
ナイフで、腕を刺せば、マシになるだろう。
「駄…よ!! そ……事し…ら…ヒッ!!」
痛い、腕にナイフが突き刺さる、眠気が引いてきた、これでいい…が、駄目だ、麻酔薬が…思いのほか強い。
「そんな! 自分を傷付けるなんて!! 待って、止まって!!!」
一度や二度じゃ、まだ眠気が勝つ、駄目だ、もっと、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して。
もう前腕に刺す所が無い、駄目だ、眠れない、眠る事が怖い、俺は悪くないんだ、たまたま、あいつ等が、俺の前に。
「落……け! …うが…き!!」
身体が、仰向けになった、いつの間にか手にナイフが無い、どこに落としたんだ、眠ったら駄目なんだ、眠れねぇんだ、誰だ、俺を邪魔するのは、眠れねえ、眠れねえんだよ。
「眠れねえんだよおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」
ちっふーが俺の肩を押さえている、何でだ、何で俺の邪魔をするんだ!
「目を閉じりゃああいつ等が俺を見てんだよ!!! 俺は、俺は知らなかったんだ!! 首を落として!!! 心臓を貫いて!!! どうして!!! どうして!!!」
「真耶!! IS用固定具を!! 今すぐに!!」
「ひ、は…」
「しっかりしろ!! 山田真耶!!!」
「はい! はいッ!!!」
眠るぐらいならばいっそ。
「眠りたく無い!! 目を閉じたくなんかない!!! ならせめて殺せ!!! 殺してくれェェェ!!!!」
俺を殺セ。
邪魔をすルな、俺ヲ眠らセるナ、なラバ殺しテしまおウ。
「いいさ、それで私を刺せばいい、それでお前が落ち着くなら安いものだ、どうした、やれ……やれ!!」
止メロ、見るナ、意志ノ篭ッた目デ、驚愕ノ目で、俺ヲ、オれヲ。
「あ、が…ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!!」
『アノコダケハ』
『ドウシテ?』
「止めろ!! 止めろォォォォォォォ!!!! 眠りたくない!!! 目を閉じたくない!!!! お願いだ!! お願いします!!! 止めろ、止めてくれ!!!! 嫌だ!! 嫌だぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
右ウでニ、イタみ、チュウしャが、おレニ。
「IBIS!! 聞こえているんだろう?! 俺を殺せ!! レーザーで撃ち抜いてくれ!!! 殺せ!! 殺してくれ!!! IBIS!! IBISゥゥゥゥゥ!!!!! 殺せ!! 殺せぇぇぇぇぇぇぇ!!!! 嫌だ、来るな!! 誰か!! 誰か俺を殺してくれ……! 姉さん、お願いだ……殺してくれ………姉さん、殺してくれ…殺して、ころ……して………く……」
ネムルぐライナラ、イッソ、おレナんテ。
キ
エ
テ
シ
マ
エ
バ
イ
イ
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
―更識 簪―
「簪ちゃん、籐ヶ崎君には二度と近付かないで」
やっと退院出来る日だと病室の荷物を纏めていたらお姉ちゃんが病室に入ってきていきなりこんなことを言った。
「な……んで……」
信じられなかった、あの日お姉ちゃんは交際を許してくれた筈だったのに。
私が、襲撃されたのが原因なの?
「彼はおかしいわ、狂ってる、簪ちゃん、これは貴女の為なの」
「ッ!!」
乾いた音と痺れる右手、私はお姉ちゃんの頬を叩いていた。
避けようと思えば避けれたはず、それどころか私を投げ飛ばす事だって簡単に出来たはずなのに。
「簪ちゃんが怒るのはよく分かるわ、でも、お願い……お姉ちゃんの言う事分かって」
「分かんない……わかんないよっ!」
「簪ちゃん!」
「うるさいっ!!」
信一郎の優しさを知らないくせに狂ってるだなんていくらお姉ちゃんでも許せない…!!
荷物を投げ捨ててお姉ちゃんから逃げる、どうせ、たいした物は入ってない。
病院から逃げるようにタクシーに乗り込んだ、お金はポケットに入ってる。
「IS学園直通モノレール乗り場まで……お願いします」
「畏まりました」
携帯を開くとメールが幾つも入っていた、病院では使えなかったから十日で凄い数のメールが届いている。
下から見ると殆どが入院した事に対する大丈夫かどうかと言うメールばかり、クラスメイト全員や一年の専用機持ちからメールが届いている。
信一郎からのメールは無い、信一郎は私の容態を知っているからだろう、退院したとメールを送ってみるのもいいかもしれない。
全部見て行くと幾つか日本政府からのメールもあった、これも事務的なものだけど容態はどうかと言うものだった。
滅多にメールしない本音もメールしているらしい、内容はまだ見ていないけど本音のメールだからきっと間延びしているんだろう。
「お客さん、じきに到着です」
「あ…はい……ありがとうございました」
携帯電話をポケットに仕舞う、本音のメールはまだ見ていないけどどうせもう直ぐ学園だ、その時に私は大丈夫だと言ってあげればいい。
タクシーの代金を支払って駅へと入る、足も腕も怪我をしていたけど、もう歩いても痛くない、包帯も殆ど取れてあとは絆創膏みたいな高性能ガーゼが腕や頬に張られているだけ。
丁度出発する時間だったからモノレールの警備ゲートをくぐってモノレールに乗る。
信一郎は、元気かな。
丁度放課後だったみたいで4組に行くと皆にもみくちゃにされた、フランは今会社の用事でカラードに戻っているらしい、でも他の皆は心配してくれてたみたい、号泣してる子もいた。
皆には用事があるといって教室を後にする、行くのは勿論1組。
「あの……」
「あ、更識さん! 退院したんだね、おめでとう!」
「デュノアさん、えっと……信一郎は……?」
教室を見渡してみても信一郎はいない、もしかして何処かにいったのかな、デュノアさんに聞いてみる。
「え、知らないの? あ、えっと…その……」
「退院したんだな、おめでとう。シンならこの三日間休んでるぞ、月曜日に調子が悪かったみたいで早退してそれっきりだ、なんか面会も出来ねえ、インフルエンザかな?」
「あの籐ヶ崎さんがインフルエンザ程度のウイルスにやられるものですか、きっとGウイルスとかですわよ」
「いや、ウイルスではないのかも知れん、何せ籐ヶ崎だ人なら一瞬で死に至る病原菌でも調子を崩す程度で済みそうだぞ、ボーデヴィッヒはどう思う」
「私か? ………風邪、ではないか」
信一郎は休んでいるらしい、原因は分からないそうだけど。
「かんちゃん……」
「本音…? 久しぶり、元気だった……?」
「こっちに来て、真剣なお話があるの」
本音が間延びしてない真剣な声で私を呼んで引っ張って行く、嫌な予感がする。
頭によぎるのはお姉ちゃんの言葉、人気の無い所に連れて行かれて本音が振り返った。
「あのね、かんちゃん」
「本音も……お姉ちゃんと同じ事を言うの……?」
「かいちょーがなんて言ったのかは知らないけど、私が言いたいことはシンにーが休んでる理由」
「知ってるの……?」
「生徒会権限で知ることが出来たの、お姉ちゃんに口止めされてたけど、それでも私はかんちゃんは知っておくべきだと思うし、知ってて欲しい、かんちゃんは私の大事な親友だし、私はシンにーが大好きだから」
「教えて……本音……」
「後悔するかもしれないよ?」
「それでも……構わない」
本音が真剣な眼差しでゆっくりと口を開いた。
「シンにーはPTSDで心が壊れて、休んで、るの……監視カメラの、映像を…お姉ちゃんと見たけど、あんなの…ひど、すぎるよ…ッ!」
本音がポロポロと涙を零している、ゆったりしていても本音はとても強い子で、多少の事で泣いたりなんて絶対にしない筈なのに、それでも泣いていた。
PTSD、兵士が患う病気で、日常生活を送ることが不可能なほど重度の物もある。
身体が震える、嫌な汗が全身から噴き出してきた、聞きたいけど、聞きたくない。
「かいちょー、は…知らない、の…お姉ちゃんも、私も…声が、出なかった……」
「しん…いちろう……は…?」
「シンにーの、部屋で…ずっと眠ってるって、聞いてる…」
本音が私の手を取って薄いカードのようなものを渡してきた、それは見覚えのある形、カードキー、数字は1026、信一郎の部屋のカードキーだった。
「きっと、きっとシンにーを癒せるのは、かんちゃんだから、生徒会室から取って来たの……お願い、かんちゃん、シンにーを、助けてあげて…!!」
「本音…」
「行って!」
本音に背中を押された、振り向くと両手で顔を覆って廊下に座り、泣いていた、本音は私を信じて、頼ってくれたんだ、私は怖い、信一郎が壊れたなんて信じたくないほど怖い。
でも、行かなきゃ。
足が震える、けど前に、進まないと、駄目なんだから。
ようやく1026号室のドアの前に到着した、カードキーを震える手で通す、空気の抜けるような音がして扉が開いた。
「ッ!!」
中に入って見た信一郎はベッドの上で義手義足がIS用固定具で固定され右腕はベルトで押さえつけられ身体が動かないようにされていた、固定具とベルトは赤黒くなっていてかなりの量の血で染まったのが一瞬で分かった。
顔は少しやつれて白髪も混じってしまっている、たった十日で私の知る信一郎と見た目が変わっていた。
「今、拘束を解いてあげるから……!」
義手義足の固定具をボタン操作して一つ一つ外して行く、理由は分からないけど身体と繋がっていないみたいで固定具を外すとベッドから義手義足が転がり落ちた。
右腕のベルトを外して最後に体のベルトも全て外した。
「んん……」
信一郎がほんの少し動く、私は無意識のうちに信一郎の右手を取って必死で握っていた。
ゆっくりと信一郎が目を開ける、そしてほんの少し私の顔を見ておじいちゃんみたいにクシャリと顔を歪めて笑顔になった。
今まで見た事のない笑顔だった。
「おぉ」
「信一ろ…」
「こらエライ別嬪な嬢ちゃんや、遂にワシも天使のお迎えがきたんかいな」
「……え…?」
「更識簪! 一体どこでカードキーを……ッ!! 籐ヶ崎、気がついたのか!」
「織斑…先生…? 信一郎が……」
「なんや、今度も偉い別嬪なお姉ちゃんやないか、こりゃもう天国やったか、ガハハ」
まるで、私を、知らないかのように、私の知らない、信一郎の喋り方で、話しかけてきた。
「籐ヶ崎…? どうした……一体、何を言って」
「とーがさきて誰や? ワシそんなけったいな名前初めて……うん? 何やエライ昔に聞いた覚えがあるで?」
嘘、こんなの、だって。
「嬢ちゃん、泣いたらアカン、可愛えんが台無しや、哀しい事があったんやったら爺ちゃんに言うてみい、話聞いたろ」
信一郎は、笑いながら、私の頭を優しく、撫でた。
ハートフルの本来の意味は「苦痛を与える」だそうです。
あ、やめて! 石を投げないで!
だから、だから言ったじゃないですか!
ボクはハッピーエンドよりバッドエンドの方が書くの楽なんですって!
ちなみにのほほんさんの「大好き」は恋愛ではなくおじいちゃんやらお父さんやらの方向での大好きです。