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PK(プレイヤーキラー)という概念がある。
大規模ネットゲーム──MMO−RPGの頃から、脈々と在り続けてきた概念であり、それはプレイヤーがプレイヤーを殺すという一種のロールプレイ。
システム上で可能であるが故に、それを免罪符(いいわけ)としていた。
だが、そんな中でとある物語ではPKアンチテーゼとも云える存在が現れる。
即ち、PKを専門に狩るPK──PKK(プレイヤーキルキラー)だ。
ユートが行った事とは、コペルというMPKを敢行してきた者に、PKを仕返したPKKに当たる。
まあPKだろうがPKKだろうがPKには変わりがないし、決して誉められたプレイイングでもない。
況してや、HPが0となれば本当に死ぬデスゲームでやる事でもないのだ。
あと少し頑張ったなら、ドロップが出来たであろうクエストキーアイテム1個の為に、コペルは横着してキリトとその仲間をMPKしようとしたが、その相手が悪すぎた。
敵対者なら、親しい間柄にある女の子の姉であってもボロボロに壊すし、裏切り者には仮にそれまで親しくとも、確実に殲滅する。
そんな相手を──ユートを敵に回したのだ。
コペルは自らが引寄せたモンスターによって殺されたが、そのモンスターの群れに放り込んだのは他ならないユートである。
否、実際には少し違う。
ユートというより優雅、緒方優雅が殺ったのだ。
緒方優斗は世間一般で言う処の、解離性同一性障害……二重人格である。
前々世に於いて、優斗は元来だと双子として産まれる筈だったが、優斗の兄になったであろう緒方優雅、彼は生きて産まれて来る事は無かった。
ではその魂はどうしたのかと云えば、冥土へと逝かないで優斗の魂と融合していたらしい。
とはいえ、人格が生まれる訳もなかったのに、ある時を境に人格が生まれた。
それは優斗の荒御霊を主とした為か、人格的に荒々しさを持っており、優斗の容赦の無さは優雅の影響を受けたものだ。
優斗は和御霊が主の為、基本的には優しい性格をしており、優雅に比べてみれば甘さも目立つ。
そんな優斗の和御霊に、やはり影響されている優雅も単なる乱暴者ではない。
優雅が表に出るには条件があって、優斗の荒御霊が一定以上のボルテージに上がった場合、スイッチみたいに自動的に切り替わる。
今回が正にそれだ。
だが、幾らなんでも沸点がこれでは低すぎる。
どうやら肉体ではなく、ゲーム内は精神に依存する部分が多いらしく、感情的になって切り替わったというのがユートの考えだ。
まあ多少の後悔はあるのだが、それでもこれは仕方ない事だと自分自身へと言い聞かせる。
キリト、ユート、シリカを殺す為に実付きのリトルネペントの実を破壊して、それで自分が殺されたのだから、自業自得、因果応報というものだからだ。
ただ、皮肉な事が一つ。
コペルの死後、直ぐ新しい花付きのリトルネペントが湧出(ポップ)し、それを撃破する事で、【ネペントの胚珠】を都合二つ手に入れる事に成功した。
本当にもう少し待てば、ユートとシリカには必要が無かったのだから、普通に手に入っていたのだ。
もう一個有ればコペルの一時的な墓標にとキリトは考えたが、自分とユートの分しか手に入らなかった。
一同は、何とも言えない暗い雰囲気で、ホルンカ村へと戻る。
NPCのおばさんにキーアイテム【ネペントの胚珠】を渡すと、涙ながらに礼を言われた。アガサはこれで助かる……と。
【アニールブレード】を
手渡され、それはアイテムストレージへと格納され、手元から消えた。
キリトは正式に自分の物となった【アニールブレード】をオブジェクト化し、早々に装備する。
βテスター時代だったならば、意気揚々と新しく手に入れた武器を振り回し、森の更に深奥に湧出(ポップ)する【ラージネペント】を狩りに行ったろうが、あんなショッキングな場面をまざまざと見せ付けられてしまっては、とてもそういう気分にはならない。
「お待たせ、僕も【アニールブレード】を手に入れたけどこれからどうする?」
ユートもイベントを熟す事により、使いもしないであろう片手剣を手にして、家から出てきた。
「ああ、今日はもう宿屋で休もう。流石に二百を越えるリトルネペントを相手にしたからかな、疲れた」
「そうか、シリカは?」
「は、はい。私もやっぱり疲れましたし、休みたいと思います」
「じゃあ、ちょっと早いけど宿屋に向かおうか」
言葉少なく宿屋に移動をして、部屋も三部屋でゆっくりと気分を落ち着かせる事にする。明日になれば、また頑張ろうと決めて……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
現実世界……
桐ヶ谷家の和人の部屋に眠るユートは、ナーヴギアを頭から外すと傍に直葉が居るのに気が付く。
「あ、予定より少し早かったですね?」
「直葉ちゃん……」
ガバリとユートは直葉に抱き着いた。
「え? キャーッ!」
襲われるとでも思ったのか悲鳴を上げるが、様子がおかしい事に気が付くと、黙り込んでしまう。
「ごめん、少し……少しの間で良いから、こうさせて欲しいんだ」
「ユート……さん?」
ここ最近になって膨らみが顕著な胸に顔を埋めて、ユートは何処か慟哭している様にも見える。
直葉は何も訊かず、何も言わずに唯、肩を抱きしめる様に腕を廻した。
十五分もそうしていただろうか、漸くユートが顔を上げたのだが、疲れた様な苦笑いを浮かべている。
直葉も顔を合わせ辛い、兄にもした事がないくらいの急接近を赦し、頬に朱が差すのを止められない。
「あの、ご飯が出来ていますから食べましょう」
「うん、ありがとう」
直葉はユートと食事を摂って、その後にお茶を飲みながら政府の人間が訪れ、ユートに会いたい旨を伝えて欲しいと言われた事を、教えておいた。
ユートも約束通り、今日の出来事を伝える。
和人とパーティを組み、ホルンカ村の近くの森に赴いて、キーアイテムとなる【ネペントの胚珠】を手に入れる事で【アニールブレード】を入手した事を。
そして、途中で同行した男が【ネペントの胚珠】を奪うべくMPKに走ったという事実。
当然、ゲーム用語に詳しくはない直葉は首を傾げていたが、意味を教えられて仰天してしまう。
そして肝となる部分……
「MPKで僕らを殺そうとしたコペルは、自分で呼び込んだモンスターに総攻撃を受けて……HPバーが0になった」
HPバーが0になる。
ゲームで云うなら、それは死亡を意味しているし、ソードアート・オンラインに於いてHPバーが空になるというのは、即ち現実で脳を沸騰させられて死ぬと云う事である。
その意味を理解し、血の気が引き顔を青褪めさせ、直葉は俯いてしまった。
流石に〝自分が〟リトルネペントの群れに放り込んだ……とまでは言わない。無意味に直葉を怖がらせる必要もあるまいし。
夕飯後に直葉が風呂に入ってしまうと、ユートも後で入浴する。アインクラッドでは全てが擬似的であるが故に、こんな痺れる様な熱いお湯にタップリと浸かるのは贅沢な事だ。
風呂から出ると、和人の部屋で暫く眠る。飽く迄も仮眠でしかないが、少しでも疲れを癒さねば……
「どうしてコペルを殺ったんだ?」
『解っている筈だろう? ああいう手合いは味を占めれば調子に乗る。そうなれば被害は弥増すばかりだ。奴1人が死ぬ事で、未来の被害を抑えた』
「詭弁だ。そうはならなかったかも知れない!」
『いいや、なったさ。奴の様な連中にとって、誰かを蹴落とすのは楽しい娯楽。予言しても良い。必ずPKを楽しむ屑が現れるとな』
「……それはっ!」
『けど、〝お前は〟それで良いのさ。泥は〝俺が〟被ってやるよ』
「僕と優雅兄は!」
『俺と優斗は……』
実の処、コペル殺害には特に後悔は無い。
今までにユートが殺してきた敵、その数を思ったらコペルの一人が増えた処で何程の事があろうか?
ただ、魔が差すという事だってあるのだし、簡単に殺さずとも良かったのではないかと思った。
それを考えたら、こうも容易く誰かを殺す自分に、少しだけ嫌気が差す。
殺ったのは優雅であるが誤魔化しはしない。
ユートはコペルの死を背負いつつ、暫くの眠りへと就くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アインクラッド……
ユートは大量のダガーを買い付けると、素材や鎚などの第1層でも手に入る様な簡単なモノではあるが、それらも大量に買い付けてトンカントンカンと鎚を揮い続けていた。
兎にも角にも、回数を熟すべくひたすらに鎚を揮い続けて、【鍛冶】のスキルアップを目指す。
失敗、失敗、また失敗、トライ&エラーを繰り返していき、何度も何度も何度も挫ける事も無く、熟練度を上げていった。
後はもう、リアルラック任せとしか言い様がない。
「完成だ!」
リアルラックはそれなりに有ったらしく、ダガーは遂に望む形となった。
アイアンダガー+4(3S1A)という、現状で望み得る最高の出来となる。
SAOの武器強化は割と簡単なシステムで、五つの強化パラメーターをNPC乃至、プレイヤーの鍛冶職人が性能を強化させる事が出来るらしい。
ユートは元βテスターだと思われる情報屋が配布したっぽい冊子を買い、件の【鍛冶】スキルを付けた。
ユートが鍛えたダガーの【強化試行上限数】は四回となっている。
故に+4とは、最大限に鍛えた事を意味していた。
シリカが今、装備しているブロンズダガーの【試行上限】は二回だから、このアイアンダガーはそれなりに上等で、店買いとしては最高かも知れない。
鍛える事が可能なプロパティの内訳は【鋭さ】【速さ】【正確さ】【重さ】【丈夫さ】であり、ユートがアイアンダガーに施工したのは【鋭さ】に3、【正確さ】に1だ。
わざわざ、武器スキルの【鎚】と技能スキル【鍛冶】を貴重なスキルスロット現在三つの中に入れ、こうして自分で【鍛冶】を楽しんでいた。
そう、楽しんでいる。
何かを造るという行為、それそのものを楽しみながらやっていた。
この数日、基本的に鍛冶でダガーをや片手剣を鍛えたりしていたが、レベリングにも励んでいる。
ラージネペントやリトルネペントを相手に戦って、ユートはレベル8、シリカはレベル6、キリトはレベル5となっていた。
スタートダッシュこそは早かったが、デスゲームになる前にレベリングしていたユートとシリカには一歩を譲るキリト。
それでも次の街や村……というか、トールバーナを拠点にクエストを受けて、レベリングは迷宮区で行う事を考えていた。
また、現実世界では政府からの遣いと称して、眼鏡を掛けた胡散臭い男が接触を図ってくる。
名前は菊岡誠二郎、政府が設立したSAO対策委員会という組織に所属しているのだという。
彼は医療ポッドに可成りの興味を示し、是非とも譲り受けたいと申し出たが、剰りにも法外な値段設定に閉口してしまう。
ユートは〝とある〟条件を聞くなら、百台のポッドを十分の一の値段で譲る事を提案した。
一万人に対して百台となると、揉める事は請け合いだろうが、無い袖は振れないという事で納得する。
足場固めも出来て、後はソードアート・オンラインをクリアすべく邁進するだけだと、迷宮区に籠ってはレベリングに励み、必要なアイテムを手に入れるべくクエストを受注した。
朝から晩までアインクラッドで戦い、20時から0時までは現実世界で動き、5時までは和人のベッドで眠って、起きたら再びログインをする。
これが現状でのユートの生活のサイクルだ。
ユートはアイアンダガー+4を、シリカにお詫びも兼ねてプレゼントした。
お詫びとは、デスゲームの事など知らず、低レベルで迷宮区に連れて行って、場合によっては生命の危険に晒していた事である。
とはいえ、ソードアート・オンラインがデスゲームとなったのは恐らく、転移門前広場に移動し、チュートリアルを始めた時からだと推測しているが……
然もないと、チュートリアルを行う前に大混乱に陥ってしまうのだから。
幸いにもシリカは苦笑いをしながら赦してくれた。
そうした生活をしている内に、約四週間──一ヶ月という時間が過ぎ去って、実に一万人の二割にも及ぶ二千人の死者を出す。
情報屋曰く、βテスターだったプレイヤーでさえ、三百人が死んだという。
然れどその死は無味乾燥な【生命の碑】に書かれた名前に線が引かれ、その証とするのみであった。
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設定を勘違いとかしてないと良いけど……