ソードアート・オンライン【魔を滅する転生剣】   作:月乃杜

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第5話:桐ヶ谷直葉

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 少女には兄が居る。

 

 二歳程歳上の兄は自分と一緒に、祖父から剣道をやらされていた。そう、強制的に……だ。

 

 身体が丈夫だとは云えなかった兄は早々に限界がきてしまい、祖父に何度も何度も竹刀で撲られた。

 

 少女は泣きながら祖父に懇願した、『私が頑張るから、お兄ちゃんを赦して』……と。それ以降、少女は竹刀を振り続けていたし、兄は趣味のパソコンに没頭する様になってしまう。

 

 自然と距離は開いてしまって、昔の様に仲良く遊びたいと願っていた。

 

 そんなある日、兄が珍しい事を言う。

 

『スグ、明日は友達……? が来て一緒にゲームして遊ぶから』

 

 何故か“友達”の処で、首を傾げていた兄だったが本当に珍しい。コミュ症と云うのだったか、人付き合いが良いとはいえないあの兄が、友達を家に招待したとそう言ったのだ。

 

 というか、兄とまともに会話をしたのは本当にいつ以来だろうか?

 

 少女は兄との会話の切っ掛けとなった友達に感謝をすると同時に、少し不安が最近になって頓に大きく成りつつある胸に去来する。

 

 その友達というのはそもそも、誰なのかという事。

 

 若しかして彼女とか?

 

 妹の自分を差し置いて、他の女の子と仲好く会話を楽しむ兄……何故か竹刀を強く握り締めてしまう。

 

 その後に少女が兄を軽く問い詰めたら、呆然としながら友達は男だと答える。

 

 当日、少女の兄はゲームをしていながら意識を喪ってしまった。

 

 それは世界初のVRMMO−RPGを謳う【ソードアート・オンライン】というゲームを、友達と部屋で繋いでプレイしていた時、少女は部活動をしていたのだが、帰ってTVを観たら【ソードアート・オンライン】を作ったゲームデザイナーの茅場晶彦からの声明文が発表された事にある。

 

 ナーヴギアへの仕掛けにより、一万人のプレイヤーはゲームをクリアしなければ現実へと帰還出来ない。

 

 端的に言えばそういう事だったと思う。兄の部屋に入ってみれば、ベッドへと横たわる兄と床に毛布を敷いて寝転がる男の子の姿。

 

 帰ってこれない処の話ではなく、ゲーム中にHPが全損した場合はナーヴギアに仕込まれたシステムで、マイクロ波を発生して脳を破壊するのだという。

 

 即ち、ゲームでの死亡は現実での死亡と同義。

 

 若しも兄が、桐ヶ谷和人がそうなったらと思うと、我知らず涙がポロポロと零れ落ちた。その直後の事、床に寝ていた男の子が急に起き上がり、悲鳴を上げたかと思えば少女──桐ヶ谷直葉へと抱き着いてくる。

 

「キャァァァッ!?」

 

 男の子が漸く身体を離した瞬間、直葉は平手打ちを男の子へとかましていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「痛たたた〜」

 

 理不尽な掌の痛みに呻く少女を見やるユート。

 

 引っ叩いた掌が真っ赤に腫れ上がり、それはまるで鉄板でも叩いたかの感触であったろう。

 

「ああ、ごめん。僕は無駄に丈夫だから、手の方が痛かったろう?」

 

 少女は涙ぐみながら首肯した。その視線が恨みがましく突き刺さってるのは、決して気のせいではない。

 

「貴方がお兄ちゃんの友達ですか?」

 

「お兄ちゃん……やっぱり君が妹の桐ヶ谷直葉ちゃんなんだね」

 

 まあ、この家にお年頃の女の子が居るとすれば普通は家族だから、兄妹くらいのものなのだが……

 

「私の事、お兄ちゃんから聴いたんですか?」

 

「名前と剣道をやっている事くらいは」

 

 流石に年齢の話までする事もあるまい。納得をした表情になる直葉は次の質問をする為に口を開いた。

 

 本当は馴れ馴れしく名前にちゃん付けなど、初対面で呼ばれればムッとなるのだが、何故か優斗を相手にはそう思わなかったのだ。

 

「あの、お兄ちゃんはどうしてるんですか? 貴方はどうやってナーヴギアを外せたんです? 若しかして外したら死ぬって嘘?」

 

「直葉ちゃん、少し落ち着いて。先ず、キ……和人はホルンカって村で仲間達と宿屋に居る。僕がナーヴギアを外せたのは、マイクロ波で脳を焼かれても死なない力があったから。僕以外の人間のナーヴギアを外せば確実に死ぬ。君だって見ただろう? マイクロ波で脳を焼かれて醜態を晒した僕の姿を……さ」

 

「……あ!」

 

 痛いものは痛いとはいっても、死ぬ事だけは無いからユートはナーヴギアを外すという蛮行をした。

 

 そして、実際に喰らってみて判ったのは和人が同じマイクロ波を受けたなら、間違いなく死ぬという事。

 

 ユートのアバターは魂の抜けた身体という感じで、ベッドに横たわっていると思われる。何しろ、正規のログアウトではないのだ、ナーヴギアを外しただけであり、動かす意志が消えたに過ぎないのだから。

 

 だが、マイクロ波の発生を=死亡ととられてしまうとアバターが消える可能性もあり、保険として彼方にはユートとは同じくして、然れど別の存在を置いてきている。

 

 これでシステム側も意志が在る=生存と、その様に判断してくれると思う。

 

 因みに、ユートは全く知らなかったがカーディナル・システムはこの行為で、大いに混乱してしまった。

 

 プレイヤーの精神ケアの為のAIプログラム【メンタルヘルス・カウンセリングプログラム】MHCP試作一号【Yui】は、生存と判断した為、カーディナルはユートに手を出さなかったらしい。

 

 カーディナルにとっては下位プログラムとはいえ、高度な判断基準を持っている【Yui】の選考は参考となっている様だ。

 

 後にそれを“彼女”から聴いて、危ない橋を渡っていたのだと冷や汗を掻く。

 

 それは兎も角、ユートとしてはこの家に居るのは難しいなと考えた。

 

 何しろまだ幼いと云える女の子が、身も知らぬ男と同じ屋根の下に暮らすなんて出来る訳も無いし、両親とて良い顔は決してしないだろう。

 

「それで、貴方はこれからどうするんですか?」

 

「ゲームの攻略をするよ。和人や他のプレイヤー達を解放するには、どうしてもソードアート・オンラインをクリアしなければならないみたいだしね」

 

「またナーヴギアを被るんですか!?」

 

「既にシステムが作動した以上、またマイクロ波に焼かれはしないだろうから、僕にとってはデスゲーム足り得ない。まあ、HPが0になったら流石にアバターが消滅してしまうからね、そうなれば彼方では死んだのと同じだけど……」

 

 そうなれば最早ログインは叶うまい。

 

「直葉ちゃんのご両親は、いつ帰って来る?」

 

「え? 連絡があったからお母さんはもうすぐ帰って来るけど、お父さんは海外出張だから……」

 

 ユートは頭を抱えたくなってしまった。せめて父親が在宅中であるなら、まだ交渉のしようも有ったが、和人がこの状態では疑似的な女所帯だ。

 

見た目に18歳の男など、家には置いておけまい。

 

「取り敢えず、向こう側で待ってる和人達に状況を報せに戻るから、お母さんが帰ったら今の話をしておいて貰えないかな?」

 

「え、と……判りました」

 

 まだ整理の付かない直葉を置いて、ユートは頭に再びナーヴギアを被る。

 

「あ、待って!」

 

「うん?」

 

「お、お兄ちゃんに宜しく伝えて下さい!」

 

「了解」

 

 直葉の願いに、ウィンクをしながら応えると、完全にナーヴギアを被った。

 

 その瞬間、首筋から下の五感は断たれて意識は彼方……【アインクラッド】へ落ちていく。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 アインクラッド側では、シリカを始めとしてキリトとクライン、クライン一味が不安な表情で眠る様に倒れているユートのアバターを視ていた。

 

「おせー、やっぱり無理にでも止めるべきだったぜ」

 

「クライン、信じよう」

 

「けど、キリトよぉ……」

 

「俺も出会って一週間しか経ってないけど、アイツは出来ない事を出来るとは言わないと思う。少なくとも勝算はあるんだろう」

 

 勿論、本人ならぬキリトにはそれが何なのかまでは判らない。それでも……

 

「ユートさん……」

 

 全員の心配を他所にし、行き成り目を開くとムクッと起き上がるユート。

 

「うおっ!」

 

 思わずクラインが、驚きの余りに飛び跳ねる。

 

「ただいま」

 

「お帰り」

 

 ユートとキリトはお互い苦笑いをしながら、帰還の挨拶を交わした。

 

「……ユートさん、お帰りなさい」

 

 きっと不安で一杯になりながらも、ずっと黙って待っていたシリカは、涙ぐみながら精一杯の笑顔で迎えてくれる。

 

「うん、ただいまシリカ」

 

 ユートは安心させる様に頭を撫でてやる。この時、無粋なハラスメントコードが響く事は無かった。

 

 直ぐに離れたからだろうけど……

 

 その後、ナーヴギアを外してログアウトした結果、ユートは茅場晶彦の言葉が本当だと話す。

 

 マイクロ波は確かに発生して、ユートでなかったら間違いなく死んでいた。

 

 その事実にまた暗くなる一同。

 

「キリト、僕は此方で戦いながら向こう側で色々と動く心算だ。それと、病院に搬送されると回線を一時的に遮断する事になるから、場合によっては危険を伴うだろう」

 

「どういう意味だ?」

 

「例えば、モンスターに囲まれている状況で回線遮断なんてされたら……」

 

「フルボッコだな」

 

 キリトは大粒の汗を流しながら答えた。

 

「だからキリトの身体は、医療用ポッドに容れるよ。あれなら、ハイバネーション機能も有るし、代謝機能を制御して10年は何もしなくても生命維持出来る」

 

「えっと? つまり……」

 

「現実の肉体は本来だと、栄養補給、身体の汚れなどの世話、下の世話を誰かがやらなければならないし、若し年単位で眠る事になったら筋肉も衰えるけどね、医療用ポッドに入ったならそれらの心配は無い」

 

「マジに? 良いのかよ」

 

「構わないよ。此方の都合もあるし……」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 これで現実の肉体の心配はしなくて済むし、心置き無く攻略に専念出来る。

 

「ガアッ、羨ましいぜぇ。俺なんか一人暮らしだし、餓死したらどうしよう!」

 

「一万人の生命が懸かってるんだし、政府が動いてくれるだろう……多分」

 

「かーっ! リアルな俺、どうなっちまうんだ?」

 

 頭を抱えて絶叫しているクラインを扨置き、シリカにソッと近付くと耳打ちをした。

 

「リアル情報を教えて貰えれば、キリトと同じ処置が出来るけどどうする?」

 

「え?」

 

 暫し黙考して答える。

 

「お、お願いします。本名は綾野珪子、住所は……」

 

 男性に個人情報を伝えるのは流石に怖いが、キリトへの処置が余りに魅力的だった為、恐怖を押し殺して願うシリカであった。

 

 

 

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