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コロッセオ。
イタリアはローマ帝政期に造られた円形闘技場で、正式名称は【フラウィウス円形闘技場】という。
因みに、ユートが行った世界の一つのコロッセオは壊れていたりする。
二〇メートルもの大猪に突進をされて。
この第七五層の主街区、【コリニア】に存在してる闘技場であり、今回の決闘の場として提供された。
【KoB】の経理係であるダイゼンが、この決闘を大々的に演出してくれていた所為で、観客がこれでもかと押し寄せている。
既に観客席は一杯だ。
「やれやれ、暇人が多い」
それを見回したユートは愚痴る様に呟く。
「仕方がありませんよ」
「そうだよね」
「一応、トッププレイヤー同士の決闘だもんね」
シリカ、響、未来が愚痴に対して答える。
「【聖騎士VS黒の剣士】或いは【神聖剣VS二刀流】であって、僕は単なるオマケに過ぎないんだけどね」
「……ホントは此方が本命なのに」
「見る目が無いデスよ」
調も切歌もプンプンだ。
やはりと云うか、ユートが一推しなだけにキリトよりは此方を応援する。
「や、ダイゼンガー」
「誰が親分やねん!?」
「ジョークだよ。イッツ、アメリカンジョーク?」
「何でやねん!」
別に仲良しという訳でもないが、【KoB】と共にボス戦をするのは十回以上であるからには、補給担当な経理係たるダイゼンとも話はよくしていた。
「いや~それにしてもや、おおきにな。ユートはんとキリトはんのお陰でえろう儲けさせて貰っとります。ほらあれですなぁ、こりゃ週一でやって貰えるとえろー助かりますわ」
「めんどいからヤダよ」
「はっはっは! そう言わんとちょぉ考えてくれません?」
「イ・ヤ・だ!」
「しゃーないなぁ」
まるで此方が悪いみたいな言い方で、オーバーアクションな身振り手振り。
ちょっと腹が立つ。
「それより当然ながら賭けしてんだよね?」
「しとりますが?」
「それじゃあ、第一試合ではヒースクリフの勝ちに。第二試合は僕の勝ちにそれぞれ百万コルな」
「ハァァッ!?」
百万コルなんて法外に賭けるのも驚くしかないが、まさか自分の試合に賭けをするとはダイゼンを以てしても判らなかった。
というか、トッププレイヤーなユートだとはいえ、ソードスキルを持たないのも有名であり、【神聖剣】というユニークスキル持ちなヒースクリフと決闘しても勝てないと判断されたらしく、何と三百倍とオッズが出ていたりする。
まあ、逆に云えばユートが勝てば百万コルが瞬時に三億コルに化けてしまう。
勝てさえすれば。
「ちょ、自分で買うんか? エエんかなそれ……」
「敗けに賭けたら八百長を疑われるが、勝ちに賭けているからにはそうじゃないのはダイゼンなら理解も出来るだろ?」
「それは……まぁなぁ」
仕方がないとばかりに、ダイゼンはユートの賭け札を渡してしまう。
八百長でさえなければ構わないという判断だ。
ユートが賭けに負ければ痛い目見るのはユート自身なのだし、それにダイゼンがとやかくは言わない。
賭けに勝たれたらちょっと痛いけど。
何せ三億コル。
賭博は基本的に胴元が損をしたりしないというが、三億コルの支出は痛いというのが本音だ。
だからといって今更ながら賭けを無かった事になど出来ず、ダイゼンとしては無事にヒースクリフが勝利するのを祈るばかり。
第一試合はヒースクリフVSキリト、観客としてはメインイベントである。
ユニークスキル同士……神聖剣と二刀流の戦いだ。
ユートがトッププレイヤーだとはいえ、やはりというかユニークスキルは魅力が違うのだろう。
「フッ、よく来たね」
「来ざるを得ないだろう。アンタに勝たないとユートから何を要求されるのか、今から戦々恐々としているんだからな」
「流石にそれは知らんよ。君の不手際だろう?」
「アンタがユートを巻き込む提案をしたからだろ!」
本気でアスナとの一晩を要求されたら怖い。
ユートが抱いた後の少女を見た事があるのだけど、満足そうと云うか正に比喩ではなく天国を味わった、そんな感じで朝を迎えていたのである。
果たしてアスナは自分との彼是で、そんな表情をしているであろうか?
万が一にもユートに抱かれたら即日、別れ話にまで縺れ込みそうだった。
アスナとの逢瀬の為にも頑張りたいのに、当の彼女が離れたら意味が無い。
『無様な敗けを喫してみろ……アスナには一晩を僕と過ごして貰うからな?』
そう言われた。
つまり敗けても構わないが無様に敗けるなという、何ら痛痒すら与えない敗けは確実に無様。
せめて一太刀は与えないとアスナがNTRれる。
尚、アスナもそこら辺に関しては承諾をした。
キリトを信じて。
『キリト君……御願いがあるの、離婚しましょ?』
昨夜に視た悪夢。
何故だかヒースクリフに一蹴され、悲し気なアスナがユートとホームに消えて翌朝、頬を朱に染め瞳を潤ませながら別れ話を持ち掛ける正にキリトにとって、ユートはロード・オブ・ナイトメアであったと云う。
ブンブンと頭を振って、昨夜の悪夢を頭の中から振り払い、コロッセオ中央でヒースクリフと対峙する。
そして始まる戦い。
「キリト君は団長に勝てるのかしら?」
「どうだかね」
「敗けても良いのよね?」
「無様を晒さなければね」
「判定が曖昧だわ」
「そう、どうとでも取れる言い方だよな。それでも賭けを受けた訳だ?」
「……ええ、キリト君なら無様には敗けないわ」
「敗けるかもとは思っているんだな」
「それは団長が相手だし」
「そ、納得した」
相手はヒースクリフで、今までにHPがグリーンより下回った事が無い。
ユニークスキル【神聖剣】とは攻防一体のスキル、特にHPが減り難いというのはスキルの効果なのか、そしてシールドバッシュが可能なスキルでもある為、ある意味で両手に武器を持つに等しかった。
二刀流と対になるスキルなのかも知れない。
「さて、どうなるかな?」
今の処は無様という程のものではないが、それでも果敢に攻めていると言えば聞こえも良いけど、現在は放った全ての攻撃を盾により防がれている。
「せめて一回くらい攻撃を当てて欲しいな」
「難しくない?」
「僕に抱かれる心の準備をしておくか?」
「うっ!」
アスナが賭けを受けたのはキリトを信じていたからというのもあったのだが、ほんのちょっと……本当にちょっとだけユートと寝るのに興味があるから。
キリトと同じくアスナも見ていた、切歌と調の二人が真っ赤な顔に蕩けた表情で夢見心地だったのを。
所詮はアバターであり、本当の身体じゃないからこその火遊び感覚。
流石に本物の身体で彼氏以外に抱かれたいとか思えないし、アスナがそういうアホな考えをしたのは飽く迄もユートだったから。
例えば、ディアベルとかキバオウ……ではなくてもクラインやエギルであろうとも、身体を許したりは決してしない。
仲好くしていて天秤が違えば或いは、そんな仲になっていたかも知れなかったユートだからこそだ。
まあ、そうだからといってキリトが無様に敗北するのは嫌だった。
「ふむ、僕とのPvP訓練が活きているか」
「PvP訓練?」
「プレイヤーVSプレイヤーという戦闘の訓練だね。モンスターとだけ戦えば良い訳じゃないんだし」
「まぁ、確かに。貴方だけで終わらせちゃったけど、ラフコフと泥沼な戦いを繰り広げていた場合もあったんだもの」
「正しくその為でもある。万が一に備えて……ね」
「そっか……」
結局はユートが全ての咎を背負った戦いだった。
それは兎も角……
キリトの猛攻は続くが、ヒースクリフは余裕の表情で盾を以て防ぐ。
「まるで予定調和」
「え?」
「否、何でも無いよ」
ユートは武術家であり、故に戦いを見れば見えてくるナニかがあった。
「一六連撃二刀流スキル……【スターバーストストリーム】か」
それすらもヒースクリフは盾により防ぎ切る。
「団長……凄い……」
キリトのレベルやプレイヤーとしての技能は高く、アスナもこれまでの攻略で信頼を置いていた。
そんなキリトが満を持して放った必殺の一撃だが、それすらもヒースクリフには通じない。
「う~ん、アスナ」
「な、何かな?」
「ベッドの軟らかさはどの程度が好みだ? それと、脱がされるのと自分で脱ぐのはどっちが良い?」
「イヤァァァァァ!?」
質問に頭を抱えて絶叫をするアスナ。
現段階ではキリトに誉めるべき点は無く、アスナとセ○クスをするのは確定……かな? と考える。
理由は簡単。
その全ての攻撃が盾により防がれ、一撃すら見舞っていないのだ。
「とはいえ……」
まるでキリトのソードスキルを初見で見切ったかの如く防御、ユートとて一度でも視れば見切れるけど、初見で此処まで見事に防げるものだろうか?
「ちょっと有り得ない……よなぁ」
【情報は力也】というのがユートの持論ではあるし、情報が無くば決して十全な行動は取れないという【未知こそ真なる敵】も同じく持論。
と云うのにヒースクリフは全く意に介さずに、キリトのスターバースト・ストリームを完全無欠で防いでいた。
まるで情報を持つかの様に。
とはいえ想定外な威力故にか? 盾を押し切られていたけど、スターバーストストリームの軌道をヒースクリフが予め識るかの如く。
(若し、スターバーストストリームの軌道を識る人間が居るとしたら、使い手であるキリト本人以外だと)
それは一人しか居ない。
(やはりそういう事か?)
ユートには一応の予測は出来ていた訳でそれが当たっていたに過ぎないのだろう。
(何をしたい? 茅場……晶彦……)
思えばヒースクリフは妙な情報通であったし、実際にユートも幾つかの情報を貰っている。
とはいえ、情報通ならば某鼠も居たりするのだしそんなもんかと割と悠長に構えていた。
(だけど茅場……否さヒースクリフ、僕を後にしたのはミスだったな?)
ニヤリと口角を吊り上げながら茅場晶彦……というかヒースクリフを視る。
尚、それを見たアスナが『終わったわね』と諦念に囚われていたり。
キリトが無様を晒してしまい、自分はユートとベッドインと考えたからだ。
キリトとの初めてを迎えたばかりで、もう他の男に抱かれるのか……と思えば仕方がない話。
所詮は
どうなってしまうのか、予測も付かなかったから。
(スターバーストストリームに入る前、僅かに掠っていたから多少頭に血が上ったか? シールドを弾かれた瞬間のアレは幾ら何でも逸過ぎたぞ)
ユートのクロックアップ――システム外スキルも斯くやの逸さである。
同じ技ではあるまい。
(恐らくアレは……)
「あの、ユート君?」
「ん? どうした」
「や、優しくしてね?」
「は? 何が?」
「だ、だから……ベッドで……まだ余りシてない訳だし……その……な、慣れてないから……」
「何を勘違いしてるんだ」
「……へ?」
「キリトは充分に役割を果たしてくれた。問題無い」
「そ、そうなの?」
「ああ。それともヤりたいなら構わないけど?」
「良いから! ヤらないから!」
真っ赤になったアスナが両手をパタパタ振りながら言うものの、ちょっとだけだが残念に思えたのも事実でアスナはソッとその思いを閉じ込めてしまった。
キリトの過失で堂々とユートに抱かれる機会、しかもこれは仮想体だから本体に瑕疵は無い。
まあ、それはキリト相手でも同じ事が云える。
キリトと初夜を迎えはしたが、本来のアスナの肢体は未だに乙女の純潔の侭なのだから。
「さて、往きますか」
キリトがヒースクリフに敗北したからには、ユートが彼と戦って勝たなければならなくなった。
ユートは何処か愉しそうにコロッセオ中央へ。
「済まない、ユート……」
「否、ナイスファイト」
「え?」
振り返るキリトだけど、ユートはただ戦場へと向かうのみだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「来たか」
「ああ」
対峙する二人。
「君と戦うのは私としても少し愉しみだったよ」
「キリトより?」
「確かにキリト君と戦うのも悪くないが、君の戦い振りは何かが違うのだよ」
「ふ~ん、成程ね」
研究者ながらゲームとはいえ、戦闘集団を纏めているだけはあるらしい。
研究者故にか違和感の正体にまでは気付いていない様だが……
「では始めよう」
向こうから対人戦の申し込みが入り、ユートは本来なら使わなかったモードに指を這わせた。
半減決着。
普段なら全損決着でしか受けないユートだったけど、まさかこの戦いでそれを求めるなど有り得ないから承諾を押す。
六〇秒間の秒読みが開始されユートもヒースクリフも互いに武器を構えた。
ユートは刀。
ヒースクリフは片手剣と盾であり、【神聖剣】の場合は盾もダメージ判定があるが所謂、それはシールドバッシュと呼ばれる技だ。
キリトは識らなかったからダメージを貰ったけど、もうユートは識っているから受けはしない。
3……2……1……
ピーッ! と軽快な音が響いて戦いが始まった。
「はぁぁっ!」
両手で持つ刀をユートが揮い、ヒースクリフが盾で攻撃を防いでいく。
【神聖剣】は盾の防御力を増すのか、危なげ無くもユートの攻撃を防いだ。
盛り上がる周囲を他所にユートは刀を右手に持ち空いた左手には扇を取り出している。
「それは?」
「【緒方逸真流狼摩派鉄扇術】という。序でにメインは【緒方逸真流宗家刀舞術】であり、両手に持って戦うのは【緒方逸真流八雲派双刀術】の応用さ。ゲームではあっても決して遊びでやっている訳じゃ無いから心配はしなくて良い」
「フッ、其処を心配してはいないさ」
戦いながら軽口を言い合う二人、とはいえユートが両手に武器を構えたのにはまた違う理由がある。
それに関しては流石にヒースクリフも気付いてはいないらしい。
ユートは嘗ての実家……緒方宗家の長男として誕生したが、実力は妹である亜に劣っていたから後継者としては扱われなかった。
後継者は白亜だった訳だ。
とはいえユートも当時は頑張って白亜に勝とうと様々な視点から勝ちの目を探っていたもので、その一つが宗家と分派されていた分家筋が専門とする技術を得る事。
ユートが選んだのは狼摩家の【鉄扇術】、それを教えてくれたのが狼摩白夜という狼摩家の長女だった。
また、宗家の刀舞術をも扱う為に両手に武器を持つ【八雲派双刀術】にも目を付けて、八雲家の長女である八雲白伽から習う。
それでも敵わなかった事から、最後の手段とばかりに失伝していた【緒方逸真流・練術】にすら手を出していたが、完成前に白亜との最終戦を爺さんから言い渡されて結果は敢えなく敗北をしてしまったのである。
それは兎も角として今現在のユートが使っている技術こそがその集大成。
流石に練氣を操る【練術】まで此処では使えないが、このSAO内では剣技に限ったならば再現が可能。
ユートが最近では珍しい事に【緒方逸真流】を十全に使っている形であった。
本来、刀は大元の曲刀とは違って両手持ち型の武器ではあるが、装備してからそれを片手に持つのは自由だったりする。
実際、片手剣の短めな柄を両手に持って使う事だって出来るし長槍も片手で扱えたりする。
この辺りがVRゲームの妙というべきなのか、武器を両手に持つのは単純に手数が増やせた。
実際、キリトの【二刀流】もヒースクリフの【神聖剣】も両手に武器を持つ様なスキルだ。
ヒースクリフの場合は、飽く迄も盾でしかないのだろうけど、キリトを相手にやったみたいにシールドバッシュが使えて便利。
普通の片手剣使いの盾持ちの場合だとダメージが入らない。
盾は防具だからだ。
然しながら、ユートの鉄扇はカテゴリーが鈍器扱いで槌に近い武器として振り回せる物である。
よって、ちゃんとMobを相手にダメージが通りしかも盾の代わりに受ける事すら可能。
事実上、ユートはソードスキルこそ発動しないが【二刀流】か【神聖剣】を得たに等しかった。
ユートに【緒方逸真流八雲派双刀術】を教えた人間、八雲白伽というのは実に頭の良い娘であったのだと云う。
八雲優舎の妹、八雲弥梨の姉として生まれた緒方の分家筋たる八雲家の長女、御多分に漏れずユートへと愛情を懐くが、既にユートに無意識ながら想い人が居るのに気付き、無意識なのを逆手に想い人に近い格好を取っていた。
髪の毛は腰まで伸ばしてポニーテールに結わい付けていたし、普段着には品の良い着物で出歩いている……そんな格好であっても八雲白迦は充分に双刀術を操れた。
そしてユートに囁く。
『優斗様が刀舞術と鉄扇術を十全に使うなら、我が家の双刀術が助けになると思いますわ』
ユートは白伽の誘いに乗って、【緒方逸真流八雲派双刀術】にも手を出した。
あの頃に鍛えた技を十全に使えるSAO、ユートはデスゲームは兎も角として茅場には感謝している。
今までも刀舞を使わなかった訳ではないけど、それでも頻度を考えると少なかったから。
「はぁぁっ!」
「何の!」
甲高い金属音を鳴り響かせながら派手な剣戟を繰り出し合う二人、実はユートがトッププレイヤーには変わらないがヒースクリフも単純なレベルではユートとキリトとアスナにも迫る。
ギルドの運営は単なる実力――レベルだけでは決まらない、現に元々のレベルでヒースクリフはアスナに初めから敵わなかった。
勿論、レベルが高いに越した事はないというのも確かな事実ではあるが……
嘗てのヒースクリフはトッププレイヤーという意味合いで五指は疎か一〇指にも届かない番外扱いでしかなく、ユニークスキル【神聖剣】を持つからこその実力だったのは否めない。
「させんよ!」
当然ながら先程のユートの攻撃も喰らっていた可能性が高いが、今のヒースクリフであるならば現実では無理でもSAOの中に限って云うならばこうして避けられる。
この【ソードアート・オンライン】がレベル制のゲームな理由、現実の彼ではどうにもならない身体能力差を埋められる手段であるからだ。
ヒースクリフ――茅場晶彦は剣道は疎か如何なる体技も身に付けてはいない純粋な研究者に過ぎなかった彼は、システム的に自分の身体能力を使うタイプのVRでは今みたいに動けない。
レベル制であるが故にレベルアップさえすればそれこそ、英雄に比する程の動きすら出来てしまうのが良かったのである。
現に今、ユートの苛烈にして激烈な二双流たる【緒方逸真流】による攻撃に晒されていながら、ヒースクリフと成り演じている彼は笑みを浮かべるだけの余裕すらもあるのだから。
否、それでも単純に高価で能力の高い武器を手に入れてレベルだけ高くした処で、アバターの力を使い熟す事は出来ないから茅場晶彦はそれなりに研鑽をしていたのだろう。
プレイヤースキルは充分、少なくともレベルが高いだけのアバター頼りなどでは無い。
ひょっとしたら、茅場晶彦が初めから台頭をしなかった理由の一つはプレイヤースキルを上げておき、高いカリスマ性を発揮する為だったのかも知れないな……とユートは考えた。
「この剣技、成程な……」
「どうした? ヒースクリフ」
「いや何、素晴らしい剣技だと思ったまでだよ。私ではとても思い付いたりしないな」
ヒースクリフの目に映るユートの刀舞は予想を遥かに超越した動き、自身の扱うユニークスキルに位置付けられている『神聖剣』やキリトが扱う『二刀流』、これが実はSAOでは可成り特別なスキルとして実装をされていた。
とはいえ、ユートも流石に『神聖剣』をどの様に位置付けられているかまで解らない。
だけどキリトの『二刀流』に関しては何と無くでも理解した、即ちそれを持つ者を『英雄』であると位置付けるユニークスキル。
現実に二刀流なんてやるのが余り宜しくないのは【双刀術】を修得したユートにも理解が出来ているが、事このSAOに至っては単純に武器次第ではあるものの火力が二倍以上。
超高速による二振りの剣戟はソードスキル発動で更に威力を増し、ボス戦に於いても重要度の高いダメージディーラーとなれる。
ユートの『緒方逸真流八雲派双刀術』は分家筋の八雲家に伝わる舞術で、本来では小太刀による二刀流で舞うのが基本的な形態ではあるのだが、ユートはこれを太刀と鉄扇で行っていた。
(思い付かない……ね、それは答えを言っているに等しいぞヒースクリフ。否さ茅場晶彦!)
思いがけず聴きたい言葉を聴けたユートは口の端を吊り上げる。
ヒースクリフの剣がユートに迫ろうと鉄扇を盾に躱し、逆にユートが刀による一撃を放ったならヒースクリフが盾で弾こうとするも、彼の目から視たらまるで軌道が生き物の如くのらりくらりと盾を避け、ヒースクリフ本人へと鋼……では無いが金属の刃を肉薄させられていた。
「くっ!」
ズザザザッ! ひっくり返るにも等しいので、端から視れば無様な事この上無い避け方になってしまうのも已む無し。
流石にヒースクリフも感心している場合では無いと睨み付けてくるが、真っ直ぐに見据えた先にユートの姿は何処にも無くて辺りを見回す。
「何処だ!?」
ゾムッ!
「うっ!」
その本来ならば人間に有る筈の心臓の位置へと不快感が感じられ、ヒースクリフが左胸を視たら白銀の刃により貫かれていた。
「ば、かな……」
計算上では有り得なかったからだ。
「実戦経験が足りないは如何ともし難かったみたいだなヒースクリフ、言っても詮無い事かも知れないが……聖闘士に一度見た技は二度と通用しないとは最早常識――らしいぞ?」
「成程な……君がそのセイントとやらで私が先のキリト君との闘いで見せたコレ、たった一回使っただけで見切られていたという事かな?」
ヒースクリフはキリトを相手に使った裏技というか、管理者権限で扱えるコマンドによるオーバーアシスト……一種のクロックアップみたいなのを使ったが、既に使えるのだと判っているものをユートが放置する訳が無い。
ユートがシステム外スキルとして使っていた技とある意味で似ていた為、態とヒースクリフを追い詰めて使わせた上でそれを使って裏を掻いた。
システムに依存しないシステム外スキル故に、システムの恩恵頼りなヒースクリフ=茅場晶彦にはどうにも成らず、その速度に翻弄されてユートを見失ってしまったのである。
半減決着。
「僕の勝ちだな、ヒースクリフ」
ヒースクリフのHPが初めてイエローゾーンへと達した瞬間であったと云う。
「ああ、そして私の敗北だ」
ヒースクリフとて決闘にまでシステム頼りでの不死身は使わない、其処には矢張りプレイヤーとしての矜持……或いは開発者としての矜持が有ったからかも知れない。
高らかに闘技場全体に終了のブザーが鳴り響いて審判がユートの勝利を宣言、アナウンサー役が観客にもそうだと判る様にヒースクリフの敗北を口にするのであった。
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ダンまちの方でSAOサヴァイバーが出てくるので更新してみました。