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ユートは冷たい──否、生暖かい視線を向け……
「何をしてるんだ? 男の手なんて繋いでさ」
そう言ってやる。
「「へ?」」
キリトと赤毛の男は自らの置かれた状況を鑑みて……
「「うわぁぁぁっ!」」
驚愕のハーモニーを奏でながら手を放した。
「あ! 私、知ってます。こういうのってBLって言うんですよね?」
「「言わんで良い!」」
「息がピッタリです」
シリカからの突っ込みにキリトも赤毛の男も、ガックリと項垂れてしまう。
先程までは沈んでいただけに、笑える様になったのは良い傾向だろう。
「そういうユートこそさ、何だってその子と手を繋いでるんだよ?」
「パーティ組んでるのに、置いてきぼりには出来ないだろ?」
「じゃあ、昼間はその子とプレイをしてたのか」
「まあね」
キリトは何気無く赤毛の男を見て溜息を吐く。
「な、何だよ?」
「いや、俺はむさい男相手にレクチャーしていてさ、相棒は女の子と宜しくやってたなんて、世の無情ってのを嘆いていたんだよ」
「って、そりゃないだろうキリトよぉ」
今度は違う意味合いで、同時に項垂れた。
「で? 結局、何をしていたんだよ」
「ああ、この侭だと判るだろうがリソースの奪い合いになる。俺はβテスト時代の情報で、ある程度は有利にれるんだ。【はじまりの街】周辺のモンスターなんて直ぐに狩り尽くされる。そうなれば、再湧出(リポップ)をひたすら探し回る事になるぞ。だから今の内に次の村を目指した方が良いんだ。それでクラインを誘っていたんだ。ユートとはフレ登録してるし、連絡は出来るからな」
「えーと、クラインってのはこの赤毛に、趣味の良くないバンダナの男のキャラネームだよね?」
「趣味が良くなくて悪かったな。結構気に入ってるんだぜ、これ」
赤毛の男──クラインは、憮然となって言う。
「で、次の村を拠点に動こうって訳か」
「ああ、俺は安全な道やらモンスターの湧出(ポップ)場所もだいたい判るんだ。レベル1でも死なずに向かえる筈だ」
「確かにね、近場で狩りなんて素人でも思い付くし、今の内に拠点を移すか……僕は元々、一緒に行動する事になってたけど、シリカも一緒で構わないか?」
「う、ん……一人くらいなら何とかなるよ」
正直に言えば、三人でも割とギリギリな感じだし、四人はキツいのだが……
ふと、シリカを見やると不安そうな表情だ。
見た目には中学生か? 或いは小学生の可能性も。
知り合ってしまった以上はこの侭、彼女を見捨てるのは後味が悪過ぎた。
「キリトよぉ、俺ゃやっぱやめとくわ」
「クライン!?」
「だってよ、広場にゃさ、俺の仲間達が居んのよ……あいつら見捨てるのは俺には出来ねぇ。あいつらと、徹夜で並んでソフトを買ったんだしな」
キリトには解った、解ってしまった。クラインという男は面倒見が良く、友達を全員連れて行きたいと願っており、それが不可能なのを理解しているから置いていけと言っているのだ。
前情報を持つキリトは、レベル1でもクラインを連れて行くのは可能。
だがこれに+してユートとシリカを連れて行くとなれば、話は可成り違ってしまう。安全な道とはいえ、モンスターは湧出(ポップ)するし、そうなれば誰かが死ぬかも知れないのだ。
キリトにそんな責任を負える訳がない。
「あれ? そういえばさ、ユートとシリカのレベルって幾つなんだ?」
「レベル? 6だけど?」
「4ですよ」
「ハァ!? 何でそんなに上がってるんだよ?」
有り得ないレベルに驚愕するキリト。クラインも驚きが隠せないのか、あんぐりと口を開け放っている。
「三時間掛けて最北端にある迷宮区に行って、一時間掛けてひたすらモンスターを狩り尽くした」
「ば、バカな……」
迷宮区のモンスターは、グランドクエスト真っ只中に出る為、フィールドに出るMobに比べてレベルも高い。
確か【ルインコボルド・ソルジャー】がレベル4くらいで【ルインコボルド・トルーパー】というのが、レベル8くらいだった。
雑魚には違いないのだろうが、レベル1で何体も狩るのは難しいを通り越し、不可能に近い。
それが、僅か一時間程度でレベル6とか、どれだけのペースで狩ったのか……というよりも、レベル1で迷宮区に突っ込むなんて、どれだけ無謀なのか。
正確には一時間半くらいではあるが、キリトからすれば大して変わりない。
だが、こうなれば話は少し違ってくる。
「クライン、仲間を連れて直ぐに戻って来い!」
「へ?」
「ユートとシリカのレベルなら、レベル1のクラインと仲間を護りながら次の村まで行ける!」
「い、良いのか?」
「急げ!」
「お、応よ!」
急かされて、急ぎ広場に取って返すクラインを見送りながら、レベリングに励んでいたユートとシリカに心の中で感謝した。
その後は、数分足らずで仲間を連れて来たクラインを伴い、次の村までの道程をひた走る。
草原と森林を越えた先にある小村【ホルンカ】へ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ユートの使う【緒方逸真流】は、先祖の緒方優之介が戦国時代に大名達が群雄割拠していた頃、生き残る為に強くなりたいと思い、修業に修業を重ねて考案をした技が幾つも有る。
しかも『苔の一念は岩をも徹す』と言わんばかりの勢いで、岩石を斬ったり、大滝を斬ったり、果てには様々な動植物や人間を斬っていき強くなったのだから空恐ろしい。
ユートにはそんな無茶な御先祖様の血が脈々と受け継がれ……てはいないが、魂に刻み込んでいた。
今のユートの肉体には、緒方家の血は全く受け継がれておらず、既に日本人ですらないのだ。
見た目は変わらないが、一応の国籍は英国である。
それは兎も角、緒方家の創始者たる緒方優之介は、現実の日本に存在していた動植物や人なら大方は斬っているから、ある程度なら如何なるモノとも戦えた。
猪そのもののフレンジーボア、狼そのもののアッシュウルフに、蟻そのもののアントワーカー。
どれもこれもレベルは1〜2の雑魚ばかりであり、迷宮区に湧出したルインコボルド・ソルジャーやルインコボルド・ソードマンに比べれば簡単に屠れた。
人型ではないMobだとはいえ【緒方逸真流】には全く問題は無く、ユートは狩り尽くす勢いで斬り斃していく。
斬っ!
横薙ぎ一閃、アッシュウルフを切り裂いてポリゴン片へと還すユート。
メニューには獲得をしたコルと経験値とドロップしたアイテムが、いつもの如く表示される。
とはいってもユートばかりが戦う訳にもいかない、パーティはユートとシリカとキリトの三人が組んで、クラインはクライン一味の五人とパーティを組んでいるから、ユートがMobを斃す事によって、パーティシェアで経験値が入るのはキリトとシリカだけ。
クラインとその一味にはコルも経験値も入らない。
従って、クライン達は付いて行きながらもMobを見付け、自分達で斃していかなければならなかった。
「おおりゃぁぁぁっ!」
クラインによる曲刀カテゴリーのソードスキルである【リーパー】が、フレンジーボアを切り裂く。
【ホルンカ村】までには時間も少し掛かる事だし、キリトとユートとで素人丸出しのクライン一味を指導しながら進んでおり、その成果もあってかフィールドのMobを相手にならば、もう苦戦もしない。
それでも戦闘を続けていた甲斐もあって、キリトとクライン一味はそれぞれ、レベルが1つ上がって2となっていた。
流石に、レベル6であるユートとレベル4のシリカは上がらなかったが……
ユートとシリカみたいに迷宮区に篭り、レベリングだけを目的にMob狩りをしていた訳ではないから、これ以上のレベルアップは無い侭、目的地に着く。
「っにしてもよ、ユートはβテスターでも何でも無かったんだろ?」
「そうだけど?」
「にしちゃあ、なんか慣れ過ぎてねーか?」
「僕がSAOをやるのは、間違いなく初めてだよ」
だが、ユートの場合だとフルダイブ型のゲーム自体は初めてではない。
義妹のユーキが開発したVR型のMMOを応用し、様々な分野で使ってきた。
慣れていて当然なのだ。
後年は、フルダイブ処かデジタライズにより肉体と共にゲームに入るなんて、無茶苦茶もやっている。
「さて、仕上げにクライン一味の武器や防具の新調をしないと……な」
ホルンカ村にはそんなに良い武具は置いてないが、ユートとシリカのアイテム
ストレージ内には、迷宮区で手に入れた武器や防具も幾つか入っていた。
アイアンソードやタルワール、レザーチュニックにレザーチェスト。
どれも、初期装備よりはまだマシなレベルだ。
「いやあ、キリト。マジに助かったわ」
「ユートとシリカに言ってくれ。正直さ、俺だけだったらクライン達を置いていくしかなかったんだ」
「おう、あの二人にも感謝だよな。仲間を助けて戦ってくれたしよ」
本当にさっぱりした性格なのだろう、爽やかな笑顔を浮かべていた。キリトを苦笑をしつつ肩を竦める。
其処へユートとシリカが連れ立って戻って来た。
「取り敢えず、クラインの一味の武装は揃ったよ」
「案外、揃いました」
「お、わりーな二人共よ」
迷宮区でのドロップ品なだけに、一段階か二段階上の装備でしかないとはいえ今はこれで充分であろう。
「お、それが刀かよ。中々良いじゃねーか。俺もいつかは使いてーな」
ユートが装備しているのはあの時、茅場晶彦に物申した際に手に入れた刀。
茅場曰く、ユートが持っていた武器を同レベルの刀に変えておいたらしくて、アイテムストレージの武器が軒並み刀になっていた。
そうなる前に、武器を幾つかシリカに預けてあったからクライン一味の武器を変える事が出来たのだ。
刀は予備武器も含めて、四振りが残っている。
エクストラスキル【刀】と武器の刀は、ソードスキルと引き換えにした訳ではあるが、ユート自身は特に困りはしない。
どうせソードスキルなど使いはしないのだから。
「さて、僕は試してみたい事があるから、暫く留守にするよ」
「試してみたい事……ですか?」
「ああ、ベッド借りるぞ」
「あの、ユートさん。留守にするのでは?」
「身体はね」
キリトの座るベッドへと腰掛けると目を閉じる。
「いったい、何を?」
「ログアウトを試みる」
「ああ、ログアウトね……ログアウト……? ログ、アウト? ハァッ!?」
キリトはキャラ崩壊寸前なまでに驚愕して、目の玉が飛び出るリアクションで絶叫した。
「待て、死ぬ気か?」
「いや、大丈夫だよ。確かに電子レンジの要領でチンされるだろうし、ダメージは受けるだろうけど、死にはしないから」
「そんな訳が無いだろ! 間違いなく死ぬぞ!」
「そこら辺も事実かどうか知りたくないか?」
「それは……」
口籠るキリト。茅場晶彦の言葉が真実かどうかこの場に於いては、確かめ様も無いだけに知りたいと考えてはいた。それは確かだ。
だからといって、誰かを犠牲には出来ない。
「それに、どうやってログアウトなんてする? 俺達の感覚はナーヴギアに此処で止められてるんだぜ」
首筋を指で指しながら、ユートに指摘する。
「脳幹で止まっているのは知ってるけどね、それでも集中すれば自発的に動けるんだよ、僕は」
その昔、黄金聖闘士たる乙女座(バルゴ)のシャカに頼み、天舞宝輪という五感を剥奪する技で、五感を断って貰って修業するというのを試みた事があった。
それ故、多少の事で五感を喪う事は無い。
「けど、ユートさん。私はやっぱり心配です。若しもユートさんが帰って来れなかったら……」
「そうだぜ、シリカちゃんの言う通りだ」
「だから、大丈夫だよ……僕はその程度じゃ死なないというか、死ねないから」
苦笑しつつ、脳の命令を阻害する部分を抜けて触覚に働き掛けていく。
五感の全てを感じ取り、普段は何気無く動かしている手足を、自らの意志を以て恣意的に動かす。
現実世界でユートの肉体が起き上がり、ナーヴギアに手を掛けると一気に腕を上げて脱いだ。
バチリ! 破滅的な音が響いたかと思うと、激痛がユートの頭を襲う。
「がはっ!」
直接的な火なら防げたかも知れないが、流石にマイクロ波による沸騰現象までは勝手が違ったらしい。
電撃は氷結と同じで四属性に当たらない為、ユートにダメージを与えるのだ。
「ぐっ、嗚呼!」
とはいえ、脳を沸騰させられたからといって死ぬ程に柔ではなく、激痛によりのた打ち回ってはいるが、死には至らない。
ガシリと何か柔らかい物を掴む。
「キャッ!?」
何やら声が聴こえた気もするが、今のユートはそれ処ではなかった。
痛みに耐える為にギュッと目を固く閉じた侭、それにしがみつく。
柔らかで温かいそれは、激痛に耐えるユートにとっては唯一の……
「……え?」
漸く痛みが和らぎ、固く閉じた目をゆっくりと開いてみると、目の前にとても柔らかい何かが有り、その何かに顔を挟んでいた。
恐る恐る視線を上げていけば、おかっぱ頭の少女が頬を朱に染めて、涙ぐみながらユートを睨んでいる。
「や、めて……お願い」
その弱々しい声色と涙で潤んだ瞳は、これから直ぐにもレ○プされそうな少女の図だ。
「ご、ごめん!」
流石のユートもこんな事になるとは思わず、謝りながらパッとしがみついていた手を放すと……
パンッ! 小気味良い軽快な音がキリト──桐ヶ谷和人の部屋に鳴り響いた。
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まあ、実際にはゲームから排除されそうですが……