ソードアート・オンライン【魔を滅する転生剣】   作:月乃杜

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第35話:未来の重い想い

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「ユートが居ない!?」

 

 普段ならとっくに起きている筈のユートだったが、今朝に限って何の連絡も無く起きて来ない。

 

 此方側で眠りに就くと、彼方側──リアルに戻っているのはギルド内で周知の事実、そしてユートも向こうで遊んでいる訳でなく、色々とやっている事だってキリトを始めとするギルドメンバーは理解していた。

 

 勿論、仕事漬けという事もなくて直葉という可愛い娘が傍に居り、今やそれなりにこの二年間で仲好くしているのだから、その仲を深めるくらいはする。

 

 まあ、折角買ってきて貰ったアミュスフィアや専用ゲームのALO──アルヴヘイム・オンラインに関しては、残念ながら一緒に遊ぶ暇を作れていない。

 

 取り敢えず、キャラクターだけ作って止まっている状態であり、暇が出来たら直葉と遊ぼうと約束を取り付けてはある。

 

 直葉もSAOが忙しく、更に何やら認定特異災害とも関わりを持ち始めたらしくて、ノイズがどうのこうのアルカ・ノイズがどうのと電話口にて話していたのを聞いた事もある直葉。

 

 流石に無理は言えない。

 

 そんなユートが起きて来ないのは、まだリアルの方に居るからだと思っていたのだが、幾ら何でも十時も過ぎて起きないのはおかしいと考えて、部屋をノックしてみたらロックが掛かっていないのに気付く。

 

 入ってみれば藻抜けの殻であり、朝から既に居なかったのは明白だった。

 

「いったい何処に?」

 

 ラフィン・コフィン討伐戦の為に、連携訓練をやっておきたいとアスナからの問い合わせがキリトに届いたから、その相談をしたかったというのに居ない。

 

 まさか、討伐戦に恐れを為したなど有り得ないし、だからといって意味も無く連絡を断つとも思えなかったキリトは、【追跡】を掛けてみても街に居ないのが判っただけ、フレ登録してあるのだから連絡を試みるものの、どの街にも居ないのか全く届かない。

 

「外に出ているのか?」

 

 こうなっては【レリック】や【風林火山】にも協力を仰ぎ、何としてでも見付けるしかないと考える。

 

 連絡をして待つ事三十分が経って、三つのギルドのメンバーが揃った。

 

「それで、ユートさんが居ないって事ですけど?」

 

 響が訊ねる。

 

「ああ、何処にも居ない。最初は寝坊は無いにしても向こうの用事かと思ったんだが、ロックがされていなかったから部屋を覗いたら藻抜けの空だったんだ」

 

「ラフィン・コフィンとの決戦に臆した……とも流石に思えんしな」

 

「ったりめーだ。んな腑抜けが第一〇層たぁいえよ、一人で攻略なんて出来るかっつーの」

 

「……それに、ラフィン・コフィンは彼がずっと追い続けていた敵」

 

「デース!」

 

 翼の言葉にクリスは信頼を籠めて応え、調と切歌も頷きながら肯定した。

 

 どうやらシンフォギア組はユートへの信頼が高いらしく、響も当然の如く強く確りと頷く。

 

「だな、俺も逃げたとかは考えられねーぜ」

 

「クライン……俺達だって逃げたなんて思わないさ」

 

 キリトが言うと、未来が青褪めた顔で口を開いた。

 

「わ、私の所為かも……」

 

「どういう事、未来?」

 

 ガタガタと震える親友に訊ねる響、翼やクリスや調や切歌といったシンフォギア組も未来を気遣う。

 

「ラフィン・コフィンとの戦いは、相手を殺さないと止められないかもって聞いたから……私、響達に人を殺して欲しくなかったの。響の手は誰かと繋ぐ事で初めて意味があるから、血で濡れて欲しくなかった……翼さんやクリスの歌だってそうだよ? 切歌ちゃんも調ちゃんも……私、自分勝手にそう思って頼んだの、

ユート君に。響達を連れていかないでって!」

 

「未来……」

 

 泣き崩れた未来を支え、困った表情となる響。

 

「確かに、今回の作戦では万が一の場合にPKも視野に入っていたよ。あんたが仲間を想ってそんな風に言っても責められないさ」

 

 キリトも理解はしていたのだ、所詮は如何な言葉で綺麗事を装飾しようがPKはPK、殺人に変わりは無いのだという事を。

 

 最悪、殺すしかないとは確かに会議では言ってあった訳だが、今にして思えば響の表情が固かった。

 

 公然の秘密と言おうか、プレイヤーネーム【アメノハバキリ】は人気アイドルの風鳴 翼その人であり、未来は翼の唄が人殺しに穢れて欲しくなく、クリスも翼とはタイプは違えど唄が大好き──第一期では心ならず大嫌いと叫んだが──な少女で、やはり彼女の唄が血に塗れるのは嫌だと考えている。

 

 そして新しい友達である調と切歌、年下という事もあったから傲慢とかエゴとか言われたり、調に偽善者と呼ばれようと殺人に手を染めて欲しくない。

 

 何より響、大好きな響の心は絶対に苛まれる。

 

 それが嫌で、酷い女だと自嘲しながらユートに頼み込みに行った。

 

 ユートに手を汚させてでも友達にそれをさせたくないなんて、自分はどれだけエゴイストなのだろうか?

 

 それでも、未来はユートに頼んだのである。

 

 ユートは基本的に牽引力が高く、ユートが言うなら他の者も話を聞いてくれるかも知れないから。

 

 ただ、まだ一年にも満たない付き合いだがユートが基本、無償奉仕など普通にやらない事は知っている。

 

 頼むなら何らかの報酬を支払わねばならない。

 

 結果、未来は『何でもするから』……という禁断の言葉を紡いでしまう。

 

 勢いに任せてしまったのも事実だが──『閨事でも?』と訊かれて頷いてしまったのは、今思っても顔から火が出るくらい恥ずかしい事だった。

 

『ま、未来くらい可愛い娘を閨に呼べるなら嬉しいからね。何とかしよう』

 

 未来とて小学生なんかではないから【閨】の意味は識っているし、そこからきている【閨事】の意味だって熟知(笑)している。

 

 まあ所詮、この身体なんて仮想体(アバター)に過ぎない訳であり、本当に未来の乙女の証を散らされるという話でもない。

 

 だからちょっと我慢すれば済む話だし、未来としてはユートを嫌っている訳でもなかった。

 

 響が居るから其処まではいかないが、ひょっとしたら少しは好意も有る。

 

 だから問題は無い。

 

 そんな小さな言い訳を頭に浮かべつつ、だけど意外なくらいアッサリと頷いた自分に吃驚したが……

 

「だがキリトよぉ、アイツが今居る場所は」

 

「ああ、ユートの居場所は【笑う棺桶】のアジトって事だよな!」

 

 クラインの確認にキリトが答えると、全員が頷き合い誰とはなしに駆け出す。

 

 既に随分と陽が高いし、ユートが出てから結構経っているなら一刻の猶予すら無く最早、問答なんて無用で向かうしかあるまい。

 

「って、待て待て!」

 

「へ?」

 

「何だ?」

 

「おい、何だよ?」

 

「……何?」

 

「何デース?」

 

 キリトのちょっと待ったコールが、それは明らかにギルド【レリック】のメンバーに対してだった。

 

 故にか、響も翼もクリスも調も切歌も仕方なく足を停めて訊ねる。

 

「向こうで戦闘になるかも知れない。なら、ユートがあんたらを戦わせないと決めた以上、連れて行く訳にもいかないだろう!?」

 

「む、然しだな……我らの矜持を守るべく動いた友を救う為、これが鞘走らずにいられようか!?」

 

 流石は自らを防人の劒と謳うだけあり、自分達にも関わる内容だったからか? 翼が納得をしない。

 

 寧ろ、SAKIMORIと云うべきか。

 

「抑えてくれないかな? 後、本当に鞘走るな!」

 

 翼が腰に佩いた刀を抜刀しそうになっている。

 

 生真面目に過ぎるのは、翼の長所であり短所。

 

「だが!」

 

「連れていかないのは彼女──シェンショウジン……未来さんの為でもある」

 

「? 小日向の為?」

 

 仲間内だからか翼も遠慮無く未来を、プレイヤーネームではなく本来の呼び方で呼ぶ。

 

「君は多分、対価を求められた筈だ。ユートはそれで応じて動いたのに、あんたらが来たらユートの行動は無駄に終わる。そうなれば未来さんは嘘を吐いたにも等しいんだぞ!?」

 

「む!」

 

「どんな対価かは兎も角、そうなればユートとは話しすら出来なくなる」

 

 ユート自身の心情は別にしても、未来はもう近付く事も躊躇うだろう。

 

 キリトが対価を扨置いたのは、どんな対価なのかがサチとかギルド【黄金林檎】の二人とか、そんな例があるから想像がついた為。

 

 もう一つオマケに何だか義妹(すぐは)の方も怪しい感じだし、何だかんだ二年間の付き合いだから何と無く察してしまう。

 

 ま・た・か! と……

 

 キリトは男だからそれで済むが、SAO初期からの付き合いという意味では、シリカが居る訳で。

 

 元の肉体がどうかは判らないが、仮想体(アバター)的に見れば成長の余地が無いから二年経とうが変わらない姿であり、アピールがいまいちだったから。

 

 尚、戸籍上は二年分の上乗せが為されているけど、そもそも冬眠状態であるが故に、本体は二年前と全く変わっていない。

 

 戸籍年齢が一五歳でも、見た目は一三歳の侭だ。

 

 尤も、ミニマムなユーキを美味しく戴けるだけに、シリカが迫れば割とアッサリと『戴きます』をされるのだろうけど。

 

 況してや今はアバター、垣根は更に低いのだから。

 

「……了解した」

 

「おい、センパイ! 本当に良いのかよ!?」

 

「仕方があるまい。小日向が約束をしたなら、それを守るのも防人の務めだ!」

 

「けどよ……」

 

「それに、下手にユートの機嫌を損ねて絶刀天羽々斬の完成が遅れるのはな」

 

 ドギャァァアン! という背景音を響かせながら、クリスはそりゃあ恐ろしいまでの劇画チックな顔芸を披露しつつも、フラフラと千鳥足でよろめく。

 

「イチイバルも……か?」

 

「そうだ!」

 

「くっ、仕方ねー!」

 

 雪音クリス……陥落。

 

「ちょっと」

 

「待つデース!」

 

 其処へ月読 調──シュル・シャガナと暁 切歌──イガリマのちょっと待ったコールが掛かる。

 

「貴女達は響の装備と同じシンフォギアを貰える約束をしてるの?」

 

「うむ、勿論だが対価として大量のコルを支払う羽目になったがな」

 

「私なんざセンパイよりも金がねーから、仕方がないとはいえ分割払いだ」

 

 貧乏投擲師なだけにコルを湯水の如く消費する。

 

 スキルに体術を持たず、投剣スキルだけでは円輪は使えない。

 

 残念ながらクリスも決しておバカさんではないが、それでも武術を嗜んでいるでなく、野生児という訳でもない彼女は感覚的にあの岩は砕けないと判断した。

 

 つまり、翼や響や未来や調や切歌が修得した体術の試練、それ自体を受けなかったのである。

 

 どの道、クリスは射撃手(シューター)だから近接戦は視野に入っていない。

 

 流石にガン=カタは現実で未修得だったし。

 

「それより、お金で解決が可能な問題?」

 

「あ、私も神獣鏡のシンフォギアを模した武装を貰う予定だから」

 

「え?」

 

「何故にデスか!?」

 

 手を挙げて激白した未来の言葉に驚愕の二人。

 

「対価とはいえこの身を任せるんだもの、私としてはこのくらいの役得は有って良いと思うんだ」

 

「この身を任せるって」

 

 頬を朱に染める響。

 

 シンフォギア組がこの程に拘る理由、それは本物みたいなエネルギーを物質化した訳ではないから、何処ぞのゲッター合金みたいなとんでも変形などは不可能なのだが、それでも余りあるガングニールの機能に、シンフォギア組の誰もが欲していたのだ。

 

 未来も神獣鏡のシンフォギアで暴れ、あまつさえ響に怪我まで負わせてしまったとはいえど、それで響を蝕むガングニールの欠片が消去されて、『未来のお陰』と抱き付かれた想い出は大切なもの。

 

 あの日、指をすり抜けた響の左手……自分だって響に護られるだけではなく、(きみ)を護りたいんだ!

 

 だからこの世界で欲したシンフォギア擬きの武装、現実世界ではシンフォギアが無くとも何かしら手伝いくらいは出来るし、響が言う日溜まりとして待つのも不可能ではないのだろう。

 

 然しこのSAOは違う。

 

 今度こそ確りと響と手を繋ぎ合い、繋ぎ留めたいと思っているし出来る筈。

 

 ただ待っているだけだなんて本当は嫌だから。

 

 未来にとってユートとは響が興味を持った敵……という認識だった。

 

 だが然し、マイナスとはいえ興味を持ったのが或いは運の尽きなのか? 嫌いの反意語は好きであると、未来は好意を持って初めて気が付いてしまう。

 

 好きと嫌いは同じコインの表と裏、無関心というのは裏にも表にもなれる中心であり中立。

 

 そんな当たり前な事に、何故か誰もが解らない。

 

 無関心なら恐らく対価を別の何かにして貰ったし、ユートも未来に無関心を貫いたかも知れないが、それを未来は許容する事が出来なかったのだ。

 

 一方的なライバル心は、いつしか強い興味に変わっており、それはユートからの対価を容認出来るまでの感情にまで高まった。

 

 だけど、気付けなかったのはユートが一人でラフィン・コフィン討伐に乗り出すという事実。

 

 焦燥感。

 

 それが未来に涙を流させた原因であった。

 

 でも、よく考えればそもそもユートは出来ない事をしない筈。

 

「フッ、自慢とは小日向も大分落ち着いたな」

 

「翼さん……」

 

 確かに先程までの自分は冷静ではなかった。

 

 ユートが一人でアジトに向かったと知り、未来としては『自分の所為で』と責めてしまったから。

 

 だけどだけどだ、ユートとはこれまでにも冒険をしてきた仲だが、無理ならば先ずは無理を無理で無くす努力をしてきた。

 

 そんなユートがアジトへ独力アタック、なら無理では無いという事だろう。

 

 まあ、レベルがSAO内でもトップなユートが無理なダンジョンなど、発見が成されても余人に攻略など出来る訳も無いのだが……

 

「私達もコルは大量に持っていない」

 

「ならどうするデスか?」

 

「取り敢えずは、ユートの御機嫌を損ねたくない」

 

「デスねぇ」

 

 漸く話も纏まったのか、キリトは【レリック】を残してアジトへと向かう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 【笑う棺桶】のアジト、それは簡素な洞窟を利用しただけの荒れ地。

 

 其処に唯一立つプレイヤーは漆黒の鎧と戦闘衣を身に纏い、キリト達から見て後ろを向いていた。

 

「居た!」

 

 叫ぶキリト。

 

 手にしている刀は強力なプレイヤーメイドだと理解が出来、即ち自らがリアル鍛冶スキルで打った物。

 

 最新作の筈。

 

 恐らく、刀を使うプレイヤーなら涎物の武器だ、

 

「あ、あれが景光!」

 

「知ってるのか雷電!? じゃなくてリズ!」

 

「名前だけは聞かされていたんだけどね……」

 

 踵を返したユートの持つ景光、リズベットは鍛冶師として羨望と嫉妬を籠めた瞳で見つめる。

 

「やあ、キリトにリズベット……クラインにディアベルにシンカーにアスナに、その他諸々の皆」

 

『『『その他じゃない!』』』』

 

 一括りにされた皆が叫ぶのであった。

 

「しっかし、リズベットまで来るとはね」

 

「アンタ、景光を完成させてると思ったからね」

 

 ユートから景光を引ったくり、【鑑定】をして溜息を吐くリズベット。

 

 鍛冶師は基本的に【片手武器作成】や【両手武器作成】など、スキルを使って槌で叩いて造る。

 

 叩く回数がイコール武器や防具の能力で、最近では百回くらい叩くのも珍しくはなくなっていた。

 

 因みに、修理は如何なる武具であれ一律で十回だ。

 

「ラフコフは?」

 

「十人弱は黒鉄宮の牢獄に送った。二十人か其処らは牢獄に行かなかったから……地獄に送った」

 

 地獄逝きのラフコフは、今頃だと天英星バルロンのカレンに鞭でシバかれているのだろうか?

 

 バルロンの冥衣には鞭が標準装備だし。

 

「幹部連中とPoHは?」

 

「奴らこそ現実に生かして帰せんから、地獄に逝かしてやったけど?」

 

「……」

 

「何かツッコめよ」

 

「……」

 

「解ったよ、悪かったな。まあ、地獄逝きは確かだ。生きていたら下手をすると現実でも人殺しをしそうな連中だし、そうなった場合だとSAOを無事に脱出が出来ても、世間の視線は厳しくなるからね。何しろ、ノイズに襲われて唯一生き延びた誰かを『人殺し』だの『お前だけ生き延びた』だの、誹謗中傷を当たり前にするのが人間だしな」

 

「……そうか」

 

 奴らはPoH達とSAOのサバイバーを同一視し、誹謗してくる事だろう。

 

「ふわ、やっぱり凄いわ。今はクラインが持っている【兼光】も相当な代物だったけど、この【景光】なんかその比じゃないわね……少なくとも何ら強化無しで八〇層でも行けるわ」

 

 キリトが持つ第五〇層のドロップ品、魔剣の【エリュシデータ】やリズベットが打った【ダーク・リパルサー】も上手く強化試行限度数まで強化をしたなら、七〇層〜八〇層までは更新無しでもやれると思うが、それは元々の武器の威力にキリトという使い手が在って初めて言える話。

 

 そもそも、強化試行限度が五〇回というのが魔剣の【エリュシデータ】と自らが打った【ダーク・リパルサー】な訳だが、それだけの強化の成功ブーストには可成りの素材が要る。

 

 それを鑑みて強化無しで八〇層クラスというのは、正しく現段階で怪物レベルの武器という事だ。

 

 【兼光】も強化無しにて七〇層クラス、スキルなど使わないリアル鍛冶でこれだけ打てるのは、鍛冶師として悔しく思う。

 

 リアル鍛冶が攻略本にて開示され、実際に試した者がリズベットを含み十人を越えていたけど、スキルを越えた武器は打ててない。

 

 それ処か一〇層クラスになれば未しもマシであり、大概は一層でも使えない屑剣に仕上がるか若しくは、正しく屑と成り果てるか。

 

 当たり前の話だ。

 

 リアル鍛冶は現実で鍛冶師をして初めて意味を持つシステム外スキルに近く、システムは掛かる時間などを簡略化する為の補正に過ぎないのだから。

 

 否、そもそもSAOに於ける【ソードスキル】自体がSAOの魅力という意味と同じく、現代人が武器を振り回せない事への補正。

 

 茅場晶彦はSAO開発で予め理解していただろう、ネックとなるのは現代人に武器系武術の嗜みが有ろう筈もない事だと。

 

 だからこそ魅力的に映るソードスキルであったし、しかも戦力の底上げにも使えて一石二鳥。

 

 ソードスキルが無ければプレイヤーは第一層すらもクリアは叶わなかったと、茅場晶彦は本気でそう思っているし事実、そうなっていたのは想像に難くない。

 

 ユート以外は。

 

 ユートは数百年前から受け継がれてきた剣術を修得していたし、実戦経験の方も豊富……過ぎるくらい、更には趣味が高じて鍛冶師みたいな事をしている。

 

 こんなSAOをプレイする為の人間だと言われてもおかしくなくて、茅場晶彦もとある場所で口角を吊り上げていたものだった。

 

 刀のカテゴリーはユートが使う関係から、割と数を打ってきている代物だし、ユートに必要でなくなっても他のプレイヤーにとっては欲しい武器となるから、実は刀使いには結構な数がばら撒かれている。

 

 例えばクラインへ【兼光】を売ったみたいに。

 

 実は兼光より上の武器で【一文字】有ったのだが、これは別のプレイヤーに売ったからユートも実際には使っていない。

 

 元々の刀の名前の由来、それは大元の世界で読んだ古い──一九九〇年代──漫画に出てきたもの。

 

 勿論、これらは現実にも存在していた──現存するかは不明──刀でもある。

 

 ユートの実家にも長曽禰乕徹が現存はしていたし、資料館などにも保管されていたり、士族の末裔が今も持っていたりと現存自体はユートも疑っていない。

 

 【兼光】→【一文字】→【景光】の順に強くなり、主人公は最初に【一文字】を使っていたが、第二部では二段階は劣る【兼光】を揮い、第三部でヒロインが見付けて買った【景光】に持ち換えている。

 

 尚、最終的にはユートも馴染み深い【村正】を使っており、ユートもゆくゆくは造る心算でいた。

 

「さて、取り敢えず辛気臭い大量殺人現場は離れて、グランザムでラフコフ潰滅の報告してホームに帰ってゆっくりしようか」

 

「そうだな」

 

 キリトも賛成らしくて、立ち上がる二人。

 

「……リズベット、そろそろ景光を返してくれる?」

 

「うう……」

 

 手放したくないと目が言っているが、ユートとしても現在保有する中で最強の刀だけに返して貰いたい。

 

「仕方がないな、ほら」

 

 アイテムストレージから取り出したのは【景光】、リズベットは驚愕に目を見開いて受け取った【景光】を【鑑定】してみる。

 

 

景光(影打ち):カタナ/両手剣 レンジ:ショート 攻撃力:1800-3000 重さ:110 タイプ:斬撃 耐久値:3200 要求値:72 敏捷性:+75 腕力:+20

 

 

「影打ち?」

 

「識ってるかは知らんが、刀を打つ刀匠は一振りの刃を世に出す為に、実際には何振りも打つ。その中でも失敗もせず、最高の一振りと認めた刀を真打ちにし、残りは影打ちとするんだ。そいつは若干ながら理想に届かなかった影打ちだよ。そいつをやるから返せ」

 

「うう、判ったわよ」

 

 景光を返して影打ちの方は返さないとばかりに抱え込む姿は、とても微笑ましく映ったものだった。

 

 グランザムに帰ってきたユートは、【KoB】本部で再び攻略組会議を開催してまずは勝手にラフコフを潰滅させた事の謝罪をし、次の攻略の為に尽力する事を約束しておく。

 

 また、喪われた【友切包丁】は除くラフコフのメンバーのドロップ品を提出、全てを他のギルドに譲渡。

 

 それなりのレアアイテムも有り、人死にが出たのを忘れて色めき立つ者も。

 

 取り敢えず、独断専行は出来たら慎んで欲しいという話で落ち着き、無罪放免となったユートはレアアイテムの取り分を決める会議は関係無いし、【KoB】本部を出るべく出入口まで移動をすると……

 

「待ち給え」

 

「何だ? 謝罪もしたし、アイテムも差し出したからもう終わりだろ?」

 

 振り返れば【koB】のイメージカラーたる赤と白の鎧姿、ロマンスグレーな髪の毛をオールバックにした男が立っていた。

 

「ヒースクリフ」

 

 その名も高き【KoB】団長──【神聖剣】というユニークスキルを持っているSAOでもトップクラスのプレイヤー、ヒースクリフである。

 

 まあ、三十代くらいにしか見えないけど……

 

「いや、なに。これで攻略も邪魔されなくなるしな、君に礼が言いたかった」

 

「珍しいな? それこそ、攻略以外はアスナに任せっきりなアンタが」

 

「フッ、その攻略に翳りが差していたからね」

 

「成程……」

 

「これは攻略組のトップ、【血盟騎士団】の団長としてささやかな礼だ」

 

 ウィンドウを操作して、ユートの方に移されたのは【玉鋼】が十個に【日緋色金】が十個。

 

「これは?」

 

「それなりにレアな金属、君には武器や防具を進呈するより、そちらの方が良かろうと思ってね」

 

「……礼は言っておく」

 

「気にしなくても良いさ、更なる攻略に力を入れてさえくれればね。そう、解放の日の為にも」

 

 ニヤリと笑うヒースクリフを他所に、一応は手を挙げてから二二層のホームへと戻った。

 

 その夜、ユートは確りと未来から対価を受け取った訳だが、何故か未来だけでなく響の姿も在ったとか。

 

 

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 実は下書き感覚でサイトの方に非公開のSAO編の小説が在りますが、ラストの詳しい内容も書いていたりします。

 書いてる内、サブタイトル通りの重さになってしまったから、簡単に切り上げて此方ではカットです。



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