ソードアート・オンライン【魔を滅する転生剣】   作:月乃杜

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第26話:紺野姉妹

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 アインクラッド第五〇層に到達したのは大晦日前、一二月二九日の事。

 

 新年に入る前に五〇層に来れたのは、普通に嬉しいと全員が思っていた。

 

 当然ながら【ZoG】の前線組は、主街区アルゲートを見て回ったらすぐにもレベリングするべく街の外へと向かう。

 

 いつもの事で、基本的に新しい主街区に着いたら、他のプレイヤーは休みを取って街中を見て回ったり、パレードに参加したりしている訳だが、【ZoG】もいつもの事ながら邪魔者が居ない中、さっさと外に出てレベリングだ。

 

 これによりユートも最高レベルを維持しているし、その他の仲間達にしてみても高位レベルで攻略を邁進する事が出来る。

 

 そしてクエストやイベントの情報を捜し出したり、ダンジョンのマッピングを行って、街に戻った際にはアルゴに情報を根刮ぎ渡してしまう。

 

 出会ったMobの動き、パターンなども出来るだけ詳細に確かめてその都度、手に入ったアイテムなどもデータ化して渡しており、後発で攻略に向かっているプレイヤーは、そのデータを元にして動いていた。

 

 一二月三一日の大晦日、ユート達はフラグボスを叩き潰し、遂には迷宮区にまで到達する事に成功。

 

 サブダンジョンの方は、キリトを中心とした組に任せておいて、ユートの組が迷宮区を捜す担当をしていたが、お陰で随分と時間の短縮が出来た。

 

 ユート、シリカ、サチ、エギル、ケイタ、ダッカーの六人が迷宮区を上手く見付け出して、キリト、ササマル、テツオ、素材を集める名目でリズベット、それに何故かアスナが着いてきて五人パーティを結成し、サブダンジョンを攻略。

 

 アルゲートに戻った。

 

 そして、情報屋のアルゴといつも通りに会う。

 

 勿論、これは【アルゴの攻略本】の為だ。

 

「いつも悪いナ」

 

「構わない。自分じゃ動きもしないで、抜け駆けだの何だのといちゃもん付ける莫迦を抑えてくれてるし」

 

「ニシシ、そんな連中には邪魔されたくないからナ」

 

 アルゴは人の悪い笑みを浮かべて言う。

 

「それにしても、第五〇層まで来ると流石にそろそろ今の規模じゃキツいな」

 

「ああ、メンバーの拡充が必要だと云う事カ?」

 

「うん、少なくともサブのメンバーに四人は欲しい」

 

「四人? 随分と欲しがるんだナ。どうしてダ?」

 

「リズベットには店の方に専念させたいし、エギルも街を探索している際に良さげな物件を見付けていたみたいだし、この二人を戦力に数えるのはどうかとね」

 

「ふむ、それに元から六人に足りてない二人を含め、四人という訳なのカ」

 

 アルゴは顎に手を添え、『フムフム』と頷きながらユートの話を聞く。

 

 彼女からしてみたなら、ユートは最大級の情報提供者だし、最初の第一層からの〝共犯者〟みたいなものだから、何とかしてやりたいという気持ちはある。

 

 最近は──第四七層以降──マシになっているが、何処ぞの【攻略の鬼】によりまともに休める時間が少ないらしいし、ゲーム内で肉体的な疲労は余り無いにしても、精神や脳の疲労はダイレクトに響くのだからメンバー拡充は、ユートを休ませるのにも必須だ。

 

「う〜ん、オレっちもソロや小規模ギルドやらから、声を掛けてみるヨ」

 

「良いのか?」

 

「アンタに倒れられる方が寧ろ困るのサ。とはいえ、期待をされても応えられんかも知れないがナ」

 

 パタパタと手を振りながらその場を離れていく。

 

 いざとなればサブパーティを解散し、メインのみで交代しながら動く事も視野に入れていたが、代わりのメンバーを補充が出来れば今の体制の侭で動ける。

 

 アルゴ本人も言っていた通り、こればかりは人間の思惑もあるから期待を籠めるのは酷だろう。

 

 それでも増えたら良いなとは思っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 一月一日、ユートは久方振りに休みを取り、現実の方で過ごしている。

 

 他のログアウトが出来ないプレイヤーには悪いが、折角ログアウト可能な状態なのだし、正月くらい現実で過ごさないか? などと誘われたのだ。

 

 という訳で、ゲーム内の皆には餅っぽいナニか──味は餅に調整──を残しておき、ユートは現実で直葉と共に雑煮を食べている。

 

「そっか、こないだやっと半分まで攻略が出来たんだっけ? 迷宮区の攻略にはまだ難儀してるんだね」

 

「仕方ないさ。第五〇層はハーフポイント。第二五層のクォーターポイントではボスが滅茶苦茶強かった、ハーフポイントともなればダンジョンもトラップや、Mobだってキツくなる。レベルが他より高い僕も、多少は慎重に為らざるを得ないからね」

 

「だよね、お兄ちゃんの方はどんな様子?」

 

「特に変わりはないかな。レベルもトップクラスで、二つ名は【黒の剣士】とか【ブラッキー先生】」

 

「ぶふっ!」

 

 直葉は噴き出した。

 

「ケホケホ……」

 

「って、何をやってるんだ直葉?」

 

 咽び返る直葉の背中を軽く叩いてやりながら、手元の水を飲ませてやった。

 

「ゴクゴクゴク……ふう、ありがとう。あれ? これって私のグラスじゃない? 優斗……君の……!?」

 

 『間接キス』という考えが脳裏を過り、直葉は顔を真っ赤にしてしまうのだがすぐに頭を振る。

 

 〝前のアクシデントから鑑みて〟も、そんな意図をユートが考えていないのは明らかだ。

 

 寧ろ下手に意識した方が敗けなのだと思い直す。

 

 深呼吸をするとニコリと笑って席に戻った。

 

「ゴメンね、お兄ちゃんの【ブラッキー先生】だったっけ? 二つ名が可笑しくてつい噴いちゃった」

 

「そうか? まあ、兄貴が変な二つ名を襲名してりゃ噴くかもね……」

 

 ユートも納得する。

 

「そういえばさ、優斗君の二つ名は何ていうの?」

 

「僕の二つ名ぁ?」

 

「うん、そう」

 

「前にも教えた【黒き刀舞士(ブラック・ソードダンサー)】だね。それと……黒い装備が多いのと、闘い方がアレなのも相俟って、【暗黒の聖騎士(ダーク・パラディン)】とか、訳の解らない二つ名が……ね」

 

「【暗黒の聖騎士(ダーク・パラディン)】?」

 

 ユートは闘い方がエグい処もあり、その時には黒い鎧系装備をしてた事もあってか、騎士っぽく見られてあんな二つ名が出回る。

 

 まあ、基本的に【黒き刀舞士(ブラック・ソードダンサー)】の方が、長く使われていたから有名だし、此方で呼ばれる確率が圧倒的に多いのだが、パーティに居ればマスコットになりそうな美少女剣士のシリカを独占しており、攻略組の方ではやっかみから美少女を手練手管で独り占めする【暗黒の聖騎士(ダーク・パラディン)】と、不本意ながら呼ばれる事も……

 

 それだけではなく、最近になって頭角を顕してきた美少女がもう一人、その娘もユートにベッタリだから男プレイヤーは堪らない。

 

 女性プレイヤーは全体の二割程度しか居らず、残りの八割はむさ苦しい男共。

 

 女性プレイヤー、それもシリカやサチの様なタイプは貴重な存在だ。

 

 女の子のタイプとしてはまだしも、それでいて強い攻略組ともなれば希少性は一気に高まる。

 

 【攻略の鬼】【狂戦士】などと呼ばれていたアスナとて、攻略組として名高い【血盟騎士団】の【閃光】と呼ばれ、そのブランドを高めていた。

 

 何しろ、トップクラスの強さに加えて、あれだけの美貌ともなれば男共が挙って御近づきになりたいと、そう考えて不思議はない。

 

 正に世の男共が、彼女らを〝ブランド者〟として視ている証左だろう。

 

 

 閑話休題……

 

 

「そうそう……私ね、次の全国大会に出るんだ!」

 

「そういや、あったな……勝ち残れてたのか」

 

「むう、敗けるとか思ってたの?」

 

 プクーっと剥れる直葉に苦笑するユート。

 

 前回のログアウトの時には報告が無かったし、敗けたのかと思っていた。

 

「それでね、ちょっと相手をしてくれないかな?」

 

「相手って、剣道の?」

 

「うん!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 剣道場に防具を纏って立つ直葉と、防具を着ける処か普段着の侭で立つユートという、何とも温度差の激しいテンション。

 

「ちょっと、若しかすると私って舐められてる?」

 

「……そこら辺の剣道家が僕とやり合って、勝てるとでも思ってるのか?」

 

 カチーン!

 

 流石にこれにはムカついたのか、竹刀を構え直して突き付けると叫んだ。

 

「だったら私が勝ったら、何でも一つ言う事を聞いて貰うんだから!」

 

「それは構わないんだが、自分も同じ条件でベットをするんだろうね?」

 

「へ?」

 

 直葉は目をパチクリし、間抜けな声を上げた。

 

「普段なら『断る』けど、それで相手が『恐いのか』とか言ってくれば、さっきの通りに言う。勝ってから言っても『自分は賭けるなんて言ってない』とか逃げるに決まっているからね。予め相手から言質を取っておくと云う訳さ」

 

「うわっ!」

 

 エグい上に狡っ辛くて、しかも黒い考え方には直葉も引いてしまう。

 

「〝何でも〟ってーのは、可成り危険な掛け金だって理解してる?」

 

「あ゛……!」

 

 クスクスと笑みを浮かべながら言うユート、直葉も漸く意味を正しく理解したのか頬を真っ赤に染めた。

 

「言っておくけど、SAOで僕はソードスキル無しにトッププレイヤーのレベルを維持している。ゲームをしてない直葉ちゃんに理解はし難いだろうが、それは英雄譚の勇者が通る道筋。況してやSAO内と違ってフルパフォーマンスで闘える分、此方の方が僕は強いんだよ。他のプレイヤーは和人も含め、SAO内での方が強いんだろうけどね」

 

 膨大な現実での戦闘経験に裏打ちされたSAOでのバトルは、ユートにとって生命線ともなっている。

 

 現実世界で寧ろ幻想的な力を揮うユート、それこそ光と同じ速度で動いたり、小惑星を粉砕するパワーを発揮したり、都市を滅ぼせる大魔法さえ行使出来るのだから、システムに規定をされたゲーム内では本当に普通の能力でしかない。

 

 初めから飛ばしてレベルアップに努めた挙げ句に、それを第二層以降も変わる事なく行ってきたからこそ実戦経験も含めて、強力なトッププレイヤーとしての強さを持ち合わせている。

 

 ゲームシステムの穴を突いた【システム外スキル】により、少しだけ現実に則した能力を使える訳だが、正にこれも生命線だ。

「そういや、直葉ちゃんは僕にいったい何をやらせたかったんだ?」

 

「……私ね、お兄ちゃんや優斗君がSAOで頑張ってるのは知ってるんだけど、それがどんな感じなのかが理解出来ないの。だから、私も新しく出るアミュスフィアと、アルヴヘイム・オンラインをプレイしてみようかなって……」

 

「アミュスフィア……? それにアルヴヘイム・オンラインって、若しかしたらVRMMOの新型ハードと専用ソフト?」

 

「う、うん」

 

 ユートは多少なり呆れてしまった。

 

 幾ら何でもこんなに早く新しく、ハードやソフトを開発して売ろうとは。

 

 SAOショックから未だ一年が経たず、プレイヤー達も脱出が叶わないという御時世に、その大元とも云えるゲームを作るだなんて正気の沙汰とは思えない。

 

「SAOはあんな事になっちゃったけどね、それでもVRMMOをプレイしてみたいって声はユーザーから多いんだってさ。それで、レクト・プログレス社から発表があったの」

 

「レクト・プログレス……レクト? 娘がSAOに囚われてるのに、VRMMOを開発しているのか?」

 

「娘って?」

 

「ん、レクトの最高経営責任者の結城氏の長女がね、SAOをプレイして囚われているんだ。彼からポッドを借りたいという要請を受けたからね」

 

「そういえば!」

 

 何を考えているのか解らないが今一度、結城氏と会った方が良いのだろうか?

 

 そう思ったが、ユーザーが求めてメーカーが応えるのは普通の事であると思い直して、今は放っておく事に決めた。

 

「けど、僕はSAOをやってる最中なんだけどな? 発売日的に視て、それまでにクリアが出来るか判らないんだけど。いや、というより十中八九ムリだろ」

 

 雑誌の広告を見てみると割とすぐ発売みたいだし、それまでにSAOをクリアする自信は流石に無い。

 

「うん、それは私にも理解出来てるよ。だから……」

 

 直葉はモジモジと視線をあちこちに彷徨わせつつ、顔を紅潮させて深呼吸をすると、思い切ってユートに言ってみる。

 

「私だけでプレイするのは怖いから、優斗君も一緒にプレイしてくれるって保証が欲しかったの!」

 

 初めから一緒にプレイは無理だとしても、SAOがクリアされた後ならプレイが出来るだろう。

 

 直葉はそう考えたのだ。

 

「その、ね……本当は賭けとかじゃなく普通に頼もうと思ってたんだ。だけど、優斗君の言葉にカチンときちゃって、あんな風に言っちゃった……ゴメン、少し無神経だったかも。SAOでは今でも誰かが死んでるかも知れないのに、また違うVRMMOだなんて」

 

「いや、別に構わないんじゃないかな? 確かに少しばかり不謹慎だろうけど、神経質になるべき事でもないと思うしね。取り敢えず発売されたら、キャラクターだけ作っておけば良いだろうし、ソフトは買ってきておいてくれれば良いよ。お金は払うから」

 

「本当に良いの?」

 

「ああ、直葉ちゃんとVRMMOで遊ぶのも愉しそうだしね」

 

「う……そう?」

 

 直葉は顔を更に紅潮させながら思う──『優斗君はナチュラルに誑しなんだ』……と。

 

「さて、それじゃあ賭けは不成立って事で、試合を始めようか」

 

 お互いに竹刀を正眼に構えると一度、中腰になって向き合った。

 

「僕は剣道家じゃない……実戦を潜り抜けてきた剣術を扱う。剣道の型には嵌まらないけど、構わない?」

 

「うん、構わないよ!」

 

 二人は中腰から同時に立ち上がり……

 

「「始めっっ!」」

 

 示し合わしたかの様に、始まりを告げて打ち合う。

 

 摺り足で一気呵成に間合いを詰めに往く直葉、先に面を放ったユートに対して抜き胴を放ってきた。

 

「どぉぉぉぉうっ!」

 

 極れば直葉の勝利。

 

 だがユートはそれを時計回りに一回転をしながら、アッサリと躱してしまうと直葉の背後を取り……

 

「終わりだ」

 

 竹刀を右肩口に置いた。

 

「剣道だと認められない、だけど実戦ならこれで君は死んでいる」

 

 振り返った直葉にそう言うと、竹刀を納刀するかの様な仕種で左腰に据える。

 

 剣道では今の動きなどで【一本】にはならないが、SAOでMobを相手に振り降ろせばダメージが通るだろうし、HP次第で殺す事だって可能だ。

 

 勿論、デュエルでの対人戦闘でもそれは同様。

 

 予め剣道で闘う訳ではないと伝えてあるし、剣道の試合ではな兎も角として、決して反則ではない。

 

 えげつないけど。

 

 試合後にユートは玄関へ向かう。

 

「あれ、出掛けるんだ?」

 

「ちょっと病院に……ね」

 

「病院って、若しかしたらどっか悪いの?」

 

「いや、見舞いだよ」

 

「え? 御正月に?」

 

 出来るものなのか判らない直葉だが、思い付きで行こうとしてる訳でも無さそうだった。

 

「ちゃんと向こうにアポは取ってあるよ」

 

「ふーん……行ってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

 まるで桐ヶ谷家がユートの家みたいな、そんな遣り取りがおかしくて思わず、笑みを浮かべてしまう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 【横浜港北総合病院】

 

 ユートが来たのは紺野家が眠る【横浜港北総合病院】で、倉橋医師から至急に来て欲しいのだと、ユートが要請を受けた。

 

 ポッドを設置した無菌室に入ると、ポッドに見知らぬ機器が繋がれており表情を顰めると、倉橋医師の方から説明をされる。

 

「あれはメディキュボイドの試作機です」

 

「メディキュボイド……? 確か医療用VRMMOみたいな物だっけか?」

 

「はい」

 

「それが何でポッドと繋がってるんだ? 確かにあれは他の機器と高い親和性を以て繋げられるが、試作機を繋げるとか莫迦なのか? どんな不具合……が……って、まさか既に!?」

 

 倉橋医師を睨み付けると項垂れながら白状した。

 

「はい、眠り続けているのもアレなので、二人にVRMMOの空間にダイブしてみないかと訊ねた処、了承されたので第三世代試作機メディキュボイドを繋ぎ、試しにダイブしたら……」

 

「したら?」

 

「何処かのネットワークに混線したのか、二人の意識が戻って来れなくなって、回線切断は危険かも知れないので、先ずは貴方に報せるべく菊岡さんに頼んだのです。藍子君も木綿季君もどうなったのか……」

 

「混線……ねぇ」

 

 ユートはすぐにディスプレイを喚び出し、空中へとモニターを表示させる。

 

「な、何とっ!?」

 

 驚愕する倉橋医師を無視して指を動かす。

 

 二人の意識がどういった経路で、何処に向かったのかをトレーサーで追跡をすると、ユートの指がピタリと止まった。

 

「な、に……? これは、まさかSAOのサーバーとでも云うのか? バカな、博士(ヒースクリフ)に聞いた事があるけど、SAOはカーディナルによって制御を受けていた筈。不具合が在れば随時、修正を行っているのに他の機器と混線? どうしてだ!?」

 

 Closedという訳ではないにせよ、あからさまにOpenな訳でもない。

 

 しかも、カーディナルがいつも見張っているなら、こんな不具合自体が有り得ない筈なのに……

 

「うん? このOSは……これって」

 

 アーガス社からせしめたナーヴギアのOSに近く、恐らくはこれを参考に組んだのだと推測出来た。

 

 即ち、試作機だからといって参考にしたOSでその侭にレッツ・トライして、カーディナルは新たなログインだと判断、人間のGMが居れば判ったかも知れないが、所詮は機械であるが故に見逃してしまったという事なのだろう。

 

 何てこったいと天を仰ぎたくなる。

「くそ、こうしちゃいられないぞ!」

 

「ど、どうしたのです? SAOがどうのと言っていましたが……」

 

「紺野木綿季ちゃんと紺野藍子ちゃんは、SAO内に居るみたいだ」

 

「は? な、何故です!」

 

 倉橋医師は驚愕した。

 

「メディキュボイド試作機のOSには、ナーヴギアのモノが流用されていた! だからか、SAOと混線して新しいIDが作られて、ログインという形で二人の意識はSAOに入ってしまったらしい。どういった形でログインしたかは判らないけど、普通ならレベルは1で初期装備、【はじまりの町】の中央部にあるだろう転移門前に出る筈だが、こんなイレギュラーな形でログインだし、下手するとレベル1の初期装備で上層に出た可能性もある」

 

「なっ! そんな……」

 

「若し、現在の最上層近い場所だったら一撃を貰えば死ぬぞ」

 

 ユートでもそんな状態で第五〇層の敵を斃せないだろうし、攻撃を受けたなら確実に死んでしまう。

 

「ナーヴギアじゃないし、死んでもレンジでチンとはいかないけど、意識が消滅も有り得るから試す訳にもいかないな」

 

「こんな、こんな事になるなんて……」

 

 落ち込む倉橋医師だが、構ってはいられない。

 

 ユートは言うべき事を言って、すぐにもSAOへと戻る必要があった。

 

「落ち込んでいる場合じゃない。良いか、もうポッドには決して触るな。余計な事をして二人が死んでしまったら目も当てられない」

 

「わ、解りました」

 

「僕は戻って二人を捜す、ログアウトは恐らく無理だろうから、クリアまで動かせないと思え。見付けたら菊岡さんを通じて連絡を入れるから!」

 

「は、はい!」

 

 ユートは急ぎ桐ヶ谷家に帰ると、事情を直葉と翠に伝えてログインし、SAOに戻っていく。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ガバリ! アバターを起こしたユートは、すぐにも自室を出て【鼠】のアルゴに連絡を付けた。

 

「どうしたんダ? 約束もしてないのに会いたいだなんて珍しいナ。オレっちに愛の告白とか、そんな話じゃ無さそうだガ……」

 

「頼みたい事がある!」

 

「ふむ、どうやら真面目な話らしいナ。話してみな、アンタには色々と借りがあるから、余程でない限りは無理も聞くゼ」

 

 βテストまでの情報なら兎も角、それ以降の情報は脚と実力で先に進まないと簡単には手に入らない。

 

 当然【アルゴの攻略本】とも云えるガイドブック、あれも第一〇層までで打ち止めの筈で、後はアルゴも手探りで他の情報屋と共に自らが動き情報を手にするしかなかった。

 

 第一層で初めてユートに接触した日の事、その際にアルゴは一つの取り引きを持ち掛けられる。

 

 それは悪魔の囁き。

 

 ある意味で情報屋としての矜持に悖る行為にもなり兼ねず、ハッキリと言えば迷ってしまった。

 

 『攻略本に載せる前に、優先的に情報が欲しい』

 

 つまり、識っている情報を全てくれと言ったのだ。

 

 勿論、ガイドブックに載せる以前から情報を欲するなら無料(タダ)とはいかない訳だが、第一層の時点でコルなどそんなに持ってる訳がないのは、ステータスを見ずとも判る事。

 

 ユートが対価にしたのは第一〇層以降、アルゴ達の様なβテスターも五里霧中な未知の世界に入ったら、ユートが先導して情報を手に入れ、アルゴに渡すというものだった。

 

 【情報は力也】というのはユートの弁。

 

 それ故に、デスゲームで情報の最先端を得る事の、その意味を正しく理解してアルゴから情報を得たいと考えたのである。

 

『一つ訊かせろヨ』

 

『何かな?』

 

『アンタは情報を他よりも先に手にして、どうしようってんダ?』

 

『攻略を支えるのは単純なレベルだけじゃないんだ。情報、これが無ければボス戦だって覚束無いだろう。これを優先的に得て、僕はトッププレイヤーとなり、攻略を支えていこう』

 

 

 それがズルをする代償。

 

 的確に情報を手にして、必要なアイテム、美味しい狩場を先に貪り尽くす事でトッププレイヤーとなり、ユートはデスゲームの先導者となる心算だ。

 

 その言葉の通り、ユートは第一〇層以降では先々と他プレイヤーを越えて進んでいき、アルゴに攻略本の為の情報を渡してきた。

 

 そして当然ながらユートはキリトも識らない情報、【倫理コード解除設定】についても識っており、これをとある人物と一緒に解除して愉しんだ訳であるが、これはその人物とユートの秘密である。

 

 アルゴにも葛藤はあったのだが、俊敏値に極振りのアルゴではユートが言う様な事が出来ないし、魅力的なオファーでもあった。

 

 正に悪魔の囁きであり、最終的にアルゴは頷く。

 

 結果として第一〇層までの持てる全ての情報程度、遥かに越える情報を他人に先んじて手に入れ、攻略本を続ける事が出来た。

 

 貸し借りという意味で、アルゴの方が既に借りを作っているくらいだ。

 

「プレイヤーネームは多分aikoとyuukiだ」

 

「多分?」

 

「ひょっとしたら若干くらいは変えてるかも」

 

「成程ナ……」

 

 ユートは出来るだけ詳細に外見的な特徴を話す。

 

 二卵性の双子である事、初期装備である事、レベルも低い可能性があるから、上層に居たらすぐにも死に兼ねない事など。

 

 まあ、殆んどバグによるログインだけに、若しかしたら杞憂なくらい強化をされている可能性もあるが、それを期待する訳にもいかないのだ。

 

「解ったヨ、情報屋仲間にも声を掛けて捜すサ」

 

「感謝する」

 

「よせよせ。んで、アンタはどうするんダ?」

 

「【はじまりの町】に行ってみるよ。普通なら彼処の転移門前にログインする。それならサーシャの孤児院に居るかも知れない」

 

「了解だヨ」

 

 ユートはアルゴと別れ、【ZoG】のメンバーにも話し協力を仰ぐと第一層の【はじまりの町】へと急ぎ向かった。

 

 【はじまりの町】の北側の川縁にある教会、其処にサーシャという女性プレイヤーと、十数人の子供達が暮らしている。

 

 ルール上、一二歳未満の子供がナーヴギアを使う事は禁止されているのだが、何処にでもそれを守らない者は居て、そんな子供達を保護しているのが彼女だ。

 

 因みに、一二歳未満というのは一二歳を含まないからシリカはギリギリセーフとなる。

 

 今は一三歳だし。

 

 教会でサーシャに確認を取った処、やはりというか紺野姉妹は居なかった。

 

 ユートはサーシャに捜索を頼むと、第二層から順繰りに登りながら捜す。

 

 のんびりと捜す暇は無いのだが、闇雲に捜した処で見付かりはしない。

 

 倉橋医師が相談に来た時には見捨てる事も辞さない言い方をしたが、救ってしまった以上は最後まで救う心算で居る。

 

 願わくは、性質の良さそうなプレイヤーに保護をされん事を……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 あれから数日が経過し、迷宮区の攻略もボス部屋まで完了した。

 

 今回はユートが不在だった為に、キリトをリーダーにシリカ、ケイタ、サチ、エギル、ササマルの六人で迷宮区の攻略を行う。

 

 それまではユート不在を誤魔化せていたが、流石にボス攻略会議が始まってしまっては、もう誤魔化し様もなかった。

 

「居ないとはいったいどういう事ですか!?」

 

 苛立つ【血盟騎士団】の副団長アスナ。

 

「ギルド【ZoG】のギルドマスター、ユートは現在は所用で居ないんだ」

 

「所用? 攻略以上の用事とは何です?」

 

「それは……」

 

 察しの悪いアスナに少し苛立つが、それをぶつける事に意味は無い。

 

 ユートも【血盟騎士団】との不和は望んでないし、いざとなればアスナにだけは明かしても構わないと、キリトは言われていた。

 

 紺野姉妹のログインは、外の情報を知り得ない筈のSAOで判る筈もない。

 

 それをユートが知っている事実、その意味はユートが外の情報を知る術を持つという事だ。

 

 既に知っているアスナはまだしも、一般のプレイヤーに教える訳にはいかない情報である以上、こんな所で迂闊には言えない。

 

 仕方ないので事実を暈して伝える事にする。

 

「ユートは低レベルの子供二人が、誤って上層に行ってしまって行方不明なのを捜索中なんだ。アスナには無関係だし、攻略と関わらない事だから、ボス戦の方を優先しろとか言いたいのかも知れないが、懸念材料があったらいつも通りには戦えない。だったら捜索を優先させた方が良い!」

 

「ちょっ、その言い方だとまるで私が今喪われるかも知れない子供の生命より、自分の都合を優先する様な人非人みたいじゃない」

 

 キリトにそう思われているのかと考えると、アスナは少しばかり哀しかった。

 

 アスナは溜息を吐くと、仕方ないと言いたげに……

 

「そういう理由なら判りました。今回は彼無しでボス戦を行います」

 

 そう宣言をする。

 

 第二のクォーターポイント故に、万難を排して臨みたかったアスナであるが、よもや知り合いを捨て置いてまで攻略に参加しろと、其処まで言う気は無い。

 

 それだと最早、【攻略の鬼】というより【悪魔】でしかないのだから。

 

 参戦ギルドは【KoB】からアスナを始めとした、精鋭を十名。

 

 【アインクラッド解放隊】からはディアベルを隊長とし、やはり十名が参戦を表明している。

 

 【聖竜連合】から十名が参戦し、【ZoG】からはキリトをリーダーとして、六人パーティー。

 

 他にもクライン達が参戦していた。

 

 後詰めにヒースクリフと二十余名から成る【KoB】の人員が控え、第五〇層のボス戦が行われる。

 

 ボス部屋前ではアスナが激を飛ばす。

 

「皆さん、第五〇層です。第二のクォーターポイントであり、ハーフポイントの此処では恐らく強大なボスが待ち構えてます。ですが私達は退けない、だから……皆で生きましょう!」

 

『『『『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』』』』』』

 

 まるで戦女神の如く静謐な美しさと強さを合わせ持ったアスナの激に、男性のプレイヤーのテンションは大幅に上がる。

 

 ボス部屋の扉が重々しいSEと共にゆっくり開き、いつも通りの大部屋に全員で雪崩れ込んだ。

 

 ボッ! ボッ! ボッ!

 

 灯りが室内に灯ると……

 

「な、何だ……仏像?」

 

 三面六臂の仏像らしき物が浮かび上がる。

 

 その仏像にHPバーが表れて動き始めた。

 

「ま、まさか……あの像がボスなの!?」

 

 アスナの呟いた言葉に、全員が注視する。

 

『グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオッッ!』

 

 独鈷などの武器を手に、雄叫びを上げる像のHPバーに名前が付く。

 

【Living the Ashurastatue】

 

「動く阿修羅像って訳? 良いわ、やって上げる! 全員、作戦通り突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」

 

 アスナが細剣を片手に突き付けると、戦闘を開始する号令を掛けるのだった。

 

 

.




 今回の噺までのユートのステータスです。

【ステータス】
名前:Yuuto
レベル:80
スキルスロット:10
HP:15200
筋力値:120+3
俊敏値:137

【装備】
村雨+35
ダークネスベスト+22
スケイルマント
ブラックベルト
Bレザーグリーブ+15
Bレザーグラブ+15
へヴィリング(筋力値+3)

【装備スキル】
刀装備
片手武器作成
金属装備修理
体術
料理
両手武器作成
戦闘時回復
武器防御
疾走



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