ソードアート・オンライン【魔を滅する転生剣】   作:月乃杜

22 / 40
 飛ばなかった……





第22話:全か零か

.

 第十層のボスを斃して、ユートとシリカは約束通りにボス戦に復帰する。

 

 それは兎も角、ログアウトして現実世界に戻ってきたユートは菊岡から再び、ポッドに関して相談をされていた。

 

 正確には随分と前からのオファーは受けていたが、ユートも攻略の方に忙しくて会う機会が訪れない侭、時間だけが過ぎたのだ。

 

 そして目の前には男性、小柄で少しばかり肉付きの良いアラサーで、髪の毛を七三分けにしており縁の太い眼鏡を掛けている。

 

「初めまして、僕は【横浜港北総合病院】で第二内科に所属している倉橋と云います。貴方が緒方優斗さんですか……」

 

「ええ、SAOプレイヤーとして唯一、ログアウトをして情報を伝えている」

 

「お会い出来て光栄です。宜しくお願いします」

 

 倉橋医師が頭を下げて、挨拶をしてきた。

 

「それで、本題に入りたいのだけど……今回の面会の理由は何ですか?」

 

 理解していながらわざとらしく訊ねる。

 

「ポッドです」

 

 だからだろう、倉橋医師もズバリと言った。

 

「ハァ、あのさ菊岡さん。こういうのはシャットアウトしてと言ったよね?」

 

「はは、そうなんですが、どうしてもと言われてしまいまして……話だけでも聞いて頂けませんかね?」

 

「ハァー」

 

 あからさまな溜息を吐きつつ、ユートは倉橋医師に向き直ると口を開く。

 

「僕はポッドを本来なら、世に出す気は無かった……図らずも世に出たのはあのSAOにより、一万の人間が囚われたから人道的見地に基づき、已むを得ず出したというのが大きい」

 

「な、何故ですか? あれは私も見ましたが素晴らしい代物だった! 大病を患う患者さんに必要な物だ、私は担当するとある家族の為にも!」

 

「御立派、御立派。そんな風に言ってポッドをせしめ様とする莫迦も居たしね。更には設計図を寄越せだ、ポッドその物を寄越せって煩いの何のってねぇ?」

 

「なっ! ち、違います。私は純粋に医療の為に!」

 

「症状は?」

 

「そ、それは……患者さんの個人情報に抵触します」

 

「話にならないね」

 

 ユートはやれやれと嘆息しながら言う。

 

「ぐっ!」

 

「確かにポッドのカタログスペックは高い。SAOに囚われた人間をハイバネーション機能で保全するだけでなく、病気や怪我の治療までを熟せる。だけど決して万能じゃないし、患者の病状次第じゃ使えない」

 

 そもそも治すべき症状が何なのか判らない事には、治す為のプログラムを起動する事すら叶わない。

 

「此方も攻略に忙しいし、余り時間は取れないんだ。レベリングだってしなきゃならないのに……」

 

「な、何ですか? ゲームはどうでも良いでしょう! 此方は命が掛かっているのです……ぐっ!?」

 

 行き成り胸ぐらを掴まれ吊り上げられた倉橋医師、苦しそうに表情を歪めた。

 

「何を舐めた事を言っているんだ? こちとら遊びでやってんじゃないんだ! 攻略の遅れがどれだけ大勢の生命を奪うか、解っての科白だろうな?」

 

「が、ぐっ……苦しい!」

 

「とっとと言え!」

 

「う゛、AIDS……だ」

 

「AIDS? 後天性免疫不全症候群……か」

 

 後天性免疫不全症候群という病が在る。

 

 ヒト免疫不全ウィルス(HIV)による感染症で、免疫細胞に感染する事により後天的に免疫不全を引き起こす病気の事だ。

 

 一般的にAIDSと呼ばれる性的感染症。

 

 間違っても空気感染しないもので、仮にキャリアが傍に居ても決して移る病気ではない。

 

 だが発症した場合は死亡率が高い為、そして昔からの誤解もある所為でキャリアと知られると差別の対象

とされた。

 

 感染経路は三種類あり、性的感染、血液感染、母子感染となっている。

 

「成程、それなら治療可能だろうね」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「時間が可成り掛かるし、その間はずっとポッドの中に閉じ込めなけりゃならないけど、ウィルス性であれば何とか治療出来る」

 

「時間……」

 

「ニ〜三年くらいだな」

 

「そんなに?」

 

「ナーヴギアに変な仕掛けがなけりゃ、VR世界にでも行ってりゃ済むんだが、残念だね」

 

 眠り続ける分、どうしても時間を喪う事になる。

 

 だがVR世界に居れば、現実の時間は兎も角として眠り続ける必要はない。

 

「それで? レンタル料金に関してだけど……」

 

「へ? レンタル料……金……ですか?」

 

「あのさ、まさかとは思うんだけど……無料(タダ)でせしめようなんて考えてないよね? この世の中では何かをして貰うには必ず、対価が要るんだけど」

 

「そ、れは……」

 

 どうやら考えてもいなかったのか、倉橋医師は言葉に詰まってしまう。

 

「先日、結城彰三氏に対して提示したのが五千万円な訳だけど?」

 

「ご、せん……まん……? 無茶な、払える訳がないじゃないか! し、しかも家族四人となれば二億!」

 

 仮に住んでいた家などを抵当に入れたとして、それでも二億円など用意出来ないであろうと、倉橋医師は判断をした。

 

「ポッドには限りがある。誰かを特別扱いするなら、されるだけの何かを支払うのは当然だろう?」

 

「そ、其処に喪われていく生命があるのですよ!?」

 

「生命の価値は等価じゃないよ。平等なんて何処にも存在していない。医者である貴方はよく知っている筈だろう? 仮令、その家族を助けたとしても、その他の生命は見捨てねばならないんだから」

 

「くっ!」

 

「ポッドの総数は百二十基だけ、既に百三基は使ってい訳だが、その家族が何人か知らないけど、その分のリソースを割く事になる」

 

 倉橋医師は紺野家四人を思い、残りのポッドが減る意味を考えた。

 

「更にこの事が洩れたら、数が無いのに自分も自分もと溢れ返る。僅かなパンを一人に恵む意味は無いよ。やるなら村ごと救うのか、或いは見捨てるかの二者択一になるだろうね」

 

「そ、それは……」

 

 【終末期医療】を行っているのは倉橋医師が診ている患者の家族だけでなく、それこそ世界中に居る。

 

 倉橋医師の患者だけ特別に救って、それを誰かしら知れば同じ連中がやって来る事になるだろうが、数的に足りる訳もない。

 

 それを防ぐ為に結城彰三氏に対して、べらぼうに高いレンタル料金を請求したのだから。

 

 百基のポッドとてユートが自身の目的の為、政府に対して貸与したに過ぎず、和人の場合は家賃と食事代の代わり、綾野珪子の場合は仲間への親切心に加え、政府への繋ぎとしての意味合いもあった。

 

 決して完全な御人好しで使わせた訳ではない。

 

 貧しい村に来たらお腹を空かせた子供で溢れ返り、小さな子が自分の食べているパンを見つめていたら、果たしてどうするべきか?

 

 ユートが言った通りで、全部か零かのいずれかを選ぶしかなく、村人全員に施すか誰にも施さないかだ。

 

 全てを救えないのなら、誰か一人に仏心を出すべきではない。

 

 その結果として、余計な争いを村に齎らす可能性もあるのだから。

 

 全か零か……それが救うという事。

 

 救う力も無いと云うのに無理矢理に救おうとして、失敗をする事で全てに憎まれる事例とてあるのだし、救わない事=悪ではない。

 

 寧ろ、誰かを救ったからこそ悪とされる場合もあるのだから。

 

 だから必要なのは過剰な仏心ではなく理由付けで、その人物を救う理由が有れば問題は無い。

 

 だからこそユートは先ず拒絶をした。

 

「生命と財産、貴方の患者はどちらを優先するかな? それ次第では譲歩も可能だろうね」

 

「判りました、それは帰ってから紺野さんに訊いてみます」

 

「後は足りないであろう、残りの分だけど……この話を持ってきたからには菊岡さんも理解してるよね?」

 

 ユートが菊岡を見遣ると心得たもので、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「貴方の要望は政府が必ず叶えると、既に確約を貰って来ています。それと……SAO特別法案としては、例の案件にも各省庁が捺印済みですよ」

 

「滞りなく進んでいるみたいだね」

 

 ユートと菊岡の話の意味が解らず、自分が口を挟む問題ではないと知りつつ、倉橋医師は訊ねる。

 

「あの、何の話を?」

 

「ん? ああ、SAO特別法案を政府に対して案件を出していてね」

 

「SAO特別法案?」

 

「そう、デスゲームと化したSAOで誰かを殺すPKを行った場合、それ以外にも犯罪行為を行った者に、現実世界と同じかそれ以上の罪に問うってものだよ」

 

「っ!? な、何と?」

 

「残念ながら既に何処かのプレイヤーが詐欺教唆をしているし、いずれはPKも現れるだろうね。アーガスにも最後の仕事をして貰わないと……」

 

 本来なら会社が取得した個人情報を流す事は、それ自体が犯罪行為に当たるのだろうが、少なくとも犯罪者プレイヤーのプレイヤー・ネームと照らし合わせ、犯罪者(オレンジ)プレイヤーを逮捕出来る特別法案をユートの働き掛けにより、可決する動きとなった。

 

 この話をプレイヤーにする事は基本的に無い。

 

 だけど、ユートを通して確実に犯罪者プレイヤーの情報は外に洩れて、生身の身体を確保される。

 

 こんな無茶な法案が通ったのは、犯罪者プレイヤーがポッド使用者だった場合の事を話したからだ。

 

 犯罪者プレイヤーと一般プレイヤー、どちらの保護を優先するべきか?

 

 考えるまでもない。

 

 まあ、現在の七千数百人のプレイヤーから僅か百人のポッドの使用者の中に、犯罪者プレイヤーが現れる可能性は窮めて低い。

 

 杞憂だとは考えていた。

 

 それでも敢えてその法案を出したのは、〝奴〟と同じ〝影〟を現実で確保し易くする為に他ならない。

 

「さて、此方にも用意があるし倉橋医師も、患者さんからの答えを聞かないといけない。事態が急変しない限りは一週間後にまたお会いしましょう」

 

「判りました」

 

 第十層を攻略したばかりだし、第十一層の攻略には一週間から十日は掛かる。

 

 ユートは一つの目安として一週間を設定した。

 

 そしてユートはSAOに再びログインし、レベリングや攻略を熟す事になる。

 

 そして一週間後、無事に第十一層のボスを撃破したユート達。

 

 ユートは約束通りに倉橋医師と会い、全ての契約をした上で用意したポッドを四基、横浜港北総合病院に対してレンタルする。

 

 紺野夫妻とその双子の娘……紺野藍子と紺野木綿季を裸でポッドに放り込み、二人の少女を大いに恥ずかしがらせてしまった。

 

 まあ、そろそろ思春期真っ盛りの女の子な訳だし、姉の藍子は特に恥ずかしそうにしていたものである。

 

 妹の木綿季(ユウキ)は、漢字は違うが名前が何処ぞのこまっしゃくれた義妹と同じで、一人称も『ボク』と言っていて他人に見えなかった事もあり、決断して良かったとユートは胸を撫で下ろす。

 

 世の中、何が幸いするか判らないものである。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 あれから暫く時が経ち、シリカが別の意味で有名となった。

 

 ビーストテイマー。

 

 青い小型の竜を飼い慣らし(テイミング)に成功し、使い魔にしたのだ。

 

 青い小型の竜、それこそが【フェザーリドラ】というモンスターで、シリカが設定した名前はピナ。

 

 現実で飼っている猫の名だと云う。

 

 可成りのモンスターを殺していたが、フェザーリドラは元が珍しい為に今まで遭遇しておらず、偶然にもアクティブでなかった為、ナッツを与えたら懐かれたのだと嬉しそうに語った。

 

 以来、シリカはピナを肩に乗せて歩いている。

 

 それから更に暫くして、ユートとシリカとディアベルでパーティを組み、狩りへと出掛けた。

 

 ディアベルとしてみればユートのレベリングに興味があり、同行してその秘密の一端にでも触れたいとの考えだったが、それが如何に甘いものか思い知らされてしまう。

 

 ユートは森の中で手にした鈴を鳴らす。

 

 チリンチリンと軽快な音が鳴り響いて一分、周囲にモンスターが集まった。

 

「ユ、ユートさん? これはいったい?」

 

「第四層のクエストで手に入れたレアアイテムでね、【サモンスター・ベル】と云うんだ。鳴らせば忽ち、周囲のMobを呼び寄せてしまうアイテム。但しこれを使って呼び寄せた場合、攻撃をしない限りはベルの持ち主以外にアクティブしないんだ」

 

「つまり、俺とシリカさんは安全だと?」

 

「攻撃さえしなけりゃね」

 

 即ち、この場に集まったMobは全てユートを襲う為に居るという事だ。

 

 その性質上、MPKをする事など出来ないのだが、行き成りMobを呼び寄せれば、驚いて攻撃してしまうだろうから、やり方次第では可能かも知れない。

 

「これだけのMobを呼んでいったい何を……って、まさか!?」

 

「そのまさかだよ」

 

 言うが早いか、ユートは大量に集まったMobへと駆け出した。

 

 その全てがユートへ襲い掛かる。

 

「何て無茶苦茶な……」

 

「けど、いつもの事なんですよ?」

 

「いつもって、確かにこのやり方なら死にさえしなければ大量の経験値が得られそうだけど……」

 

 三桁にも上る数のMobに普通は押し潰される筈。

 

 ユートが執った方法は、至ってシンプルだ。

 

 大量のMobをベルで集めて全てを潰す。

 

 それだけでこのフィールドのMobは、全て残らずユートの経験値と消える。

 

 目の前で展開されているのは、Mob狩りというかもう惨殺現場だった。

 

「ユートさんのレベルが高いのは、こんなレベリングの所為だったのか……」

 

 ちょっと真似が出来そうにないやり方に、ドン引きしてしまうディアベル。

 

 くるくると目まぐるしく舞うユートは、次々Mobを斬り捨てていた。

 

 特に完全な全周囲抜刀術【真月】を放つと、ダメージと共にノックバックを引き起こし、一時的行動不能(スタン)状態となる様で、喰らったMobが速やかに狩られて逝く。

 

 やがてMobを狩り尽くすと、ファンファーレが響きレベルアップを示した。

 

 

名前:ユート

レベル:35

スキルスロット:5

HP:6510

筋力値:52+3

俊敏値:70

 

【装備】

朝時雨+15

ブラックレザーアーマー

スケイルマント

レザーベルト

ブラックレザーグリーブ

ブラックレザーグラブ

へヴィリング

 

【装備スキル】

刀装備

片手武器作成

金属装備修理

体術

料理

 

 

「これで良しっと」

 

 強化ポイントを俊敏値に全て振り、満足そうに頷くとシリカとディアベルの方を見遣って訊ねる。

 

「それで、今度はシリカとディアベルがやる?」

 

「──へ?」

 

 間の抜けた表情で首を傾げるディアベルだったが、すぐにその意味を理解してしまい、スーッと血の気が引いて真っ青になる。

 

「あ、あんなの俺には無理だろう!」

 

「シリカと二人で狩れば、何とかなるだろう?」

 

 何も一人でやれとは言っておらず、飽く迄もシリカと二人で狩るのだ。

 

 実際、わざわざ付いて来たのはユートのレベリングを見たいが為だ、とはいえ目的を達しただけであり、今日はまだ碌にMob狩りをしておらず、経験値稼ぎになっていなかった。

 

「良いか? 【サモンスター・ベル】の効果、それはベルの持ち主にアクティブ状態で、Mobを大量に引き寄せるというものだ……つまり、二人にはワンテンポが遅れる筈。その隙を突いて狩り立てろ!」

 

「はい、ユートさん!」

 

「りょ、了解した……」

 

 二人がスタンバイして、ユートがベルを鳴らす。

 

 ユートが狩り尽くした後に湧出(ポップ)しただろうMobが、続々と引き寄せられて集まってきた。

 

「こうなれば破れかぶれというヤツだ!」

 

「逝きます!」

 

 覚悟を決めたディアベルとシリカが、それぞれ片手直剣と短剣を揮うとMobへと突っ込んだ。

 

 片手直剣のソードスキルを駆使して、ディアベルがMobを屠るのをシリカがピナと共にサポートをし、やはり三桁をいくMobを一時間くらい掛けてやっと狩り尽くす。

 

 それを三周していたら、朝から動いていたというのに日がだいぶ傾いた。

 

 この日、シリカのレベルが30となり、ディアベルのレベルが26となる。

 

 漸くスキルスロットが増えたと、シリカは大喜びしたという。

 

 

.




 次回こそは時間が結構、飛びます。二十層以上まで上がっている筈……



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。