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ユートは何かしら言ってきた男に対し、いっそ冷たい目を向けて訊ねる。
「何だとは?」
「おかしいじゃねーか! 何でボスのパターンが違ってんだよ!? それにあの動きは何だ? 有り得ねーよあんなのは!」
騒ぎ立てる男、だが然し勝利の余韻を邪魔しているこの男に賛同する者は殆んど居らず、似た様ないちゃもんを会議で付けた事のあるキバオウでさえ、煩わしいモノを見る眼だ。
とはいえ、賛同こそしないがユートの情報に欠損があったのは事実であるし、周りも互いに顔を見合わせながらざわめいている。
「拙い雰囲気だ……」
「ああ」
キリトの呟きに首肯するディアベルは、この侭ではユートが吊し上げを喰らうと懸念していた。
「お前、LAの為に情報を隠してたんだろ! いや、そうに違いない!」
言い掛かりも甚だしい、クラインやエギルはこの男の暴言に怒りを覚える。
「僕は自分の知る限り情報は伝えた」
「だったら何であんな訳の解んねー攻撃してきた!」
「カバ夫以上に莫迦だな」
「何だと!」
「何やて!?」
互いに一緒にするなと、そう言わんばかりだったが如何せん、二人はハモって同じ程度だと証明した。
「僕は自分の知る限り情報は伝えた。だけどボスは僕が知る以上のアルゴリズムを持ってた。それだけだ」
「ぐっ!」
流石に其処まで言われて理解出来ない程、愚かではなかったのか言葉に詰まってしまう。
ユートが知る限りとは、即ち知らない動きまでは伝えようがないと云う事。
最後のコボルド王のあのアルゴリズムは、ユートも読み切れないくらい有り得なかったのだ。
「確かにあれは俺にも判らなかった。正直、庇って貰えなかったらヤバかったと思うよ」
快復し終えたディアベルが立ち上がり、ユートへと近付くと笑顔で言う。
ディアベルもあれは死んだと思ったのだろう、笑顔ではあっても現実なら冷や汗を掻いていた処だ。
「けど、ディアベルさん! 奴がもっと情報を得ていれば!」
「自分は何もしてない分際でよく言うな?」
「何だと!」
「言っておくが、僕が全ての情報を得ていたらボスを斃していたんだ。お前如きの出番など有りはしない。それで良かったんなら初めから僕が一人で斃せばそれで済む話だ」
「なっ!?」
更に冷たい目で見つつ、辛辣に言い放った。
それにシリカが続く。
「実際、私のポーションが無くなったから退いただけですし、無理をすれば斃していましたもんね」
「まあね。ただシリカを死なせる可能性を極力、廃したいと思ったのとボスから獲られる大量のリソース、それを二人だけでというのも気が引けたし、キリトやクラインにも相談しようと考えたからね」
「まあ、そのキリトさんからボス攻略会議に誘われたから、今回の情報を出したんでしたっけ?」
「ああ、それが無けりゃあ……ディアベルは未しも」
チラリと名前も知らないというか、知る価値すらも無い男に一瞥し……
「お前なんかにボス攻略をさせやしないさ」
「ぐっ!」
ボス戦で獲られるリソースは、そこら辺のMobとは比べ物にならない。
何しろ、ユートはほんのつい先日にレベルアップを果たしたばかりで、それもレベル18と有り得ないけらいの高さだというのに、リザルトウィンドウを見てみれば、19へとレベルアップしていたのだから。
HPが182、強化ポイントが3上がっている。
後は強化ポイントを各々のステータスに──筋力値と俊敏値に割り振ればそれで良い。
尤も、レベルアップした
のはコボルド王にトドメを刺したからこそだが。
「だったらあの動きは何なんだよ? あんなのどう考えてもチートたろう!」
「ゲーム用語でチートという場合、それはプログラムをクラックをするなり何なりして、アイテムを増殖したり、パラメーターを不正に強化したり、仮想体(アバター)を規定されたもの以外に変えたりする行為のことだ。だけどな、SAOみたいなフルダイブ型だと少し勝手が違う。謂わば、本当の身体を動かすのにも近い感覚だ。パラメーターが動きに影響するのは間違いないが、現実で動けるなら此方でも似た動きは可能となる。僕の動きは現実でやっていたものだ。言っておくが、今の僕のパラメーターでは〝現実の僕の身体能力から一割〟も出せない状態なんだ」
「何だって!?」
「それをチートとか言うのなら、ゲーマーがゲームをするのはチートだ、サッカーが得意な人間がサッカー選手になるのはチートだと叫ぶ愚行に他ならない」
周囲から失笑が漏れて、漸く自分が嘲笑の的になる様なバカを仕出かしていると気付いたのか、悔しそうに歯軋りをする。
「何より、お前は一ヶ月前のチュートリアルって時に聴いてなかったか?」
「な、何をだよ?」
「僕は刀を得意としているから、ソードスキルと引き換えにエクストラスキルであるカタナ装備を貰った。勿論、チャンスは平等に与えられていたな。僕は素の剣術で闘えるからこそこのゲームの根幹、ソードスキルを捨ててでも得意な武器の刀を欲したんだよ。あの程度には動けて当然だ」
元より村正を揮っているのだから、刀が得意になるのは必然ではある。
一応は、武器を選ばない流派だからどの武器であれ応用は利くのだが……
「ハッキリ言うが、リアルでの武器習熟度が高いってのいうのは、チートでも何でも無いぞ」
「うっ!」
名前も知らない男はそれきり俯いてしまった。
「ディアベル」
「何だい?」
「第ニ層の転移門の有効化(アクティベート)は僕がしておくけど、レイドパーティはどうする?」
「俺達は一旦戻ろうと思っている。町のみんなにこの第一層がクリアされた事を伝えないとな。だからさ、【はじまりの町】の転移門が有効化(アクティベート)するのを待たせて貰うさ」
「了解。きっとお祭り騒ぎになるだろうね。シリカは一緒に来る?」
「はい!」
次の行動方針を話し合うユートとディアベル。
第一層攻略の指揮を執ったディアベルと、コボルド王を斃したユート。
図らずもこの二人は今後の攻略に於ける大きな発言力を得ており、誰も口を挟んだりはしなかった。
「キリト達は?」
「俺も行くよ」
「私も行くわ。訊きたい事もあるし」
キリトとアスナは一も無くニも無く答える。
「ふむ、俺も行こうかな」
エギルもご一緒する事に決めたらしい。
「おりゃ、他に四人ばかり残してっからよ、一度町に戻る事にするわ」
右手を挙げて言う赤毛にバンダナな男、クライン。
確かにクラインは責任感が強いから、そう言うのも当然であった。
結局はユート、シリカ、キリト、アスナ、エギルの五人だけが第二層主街区に向かう事になり、ディアベル以下四十三人は【はじまりの町】へと戻る。
入ってきた方から見て、反対側の扉開くと其処には雄大な……ゲームの中だと忘れそうなくらいの絶景が広がっていた。
第一層とはまた異なり、目の前にはテーブル状の岩山が端から端まで連なっていた。テーブルマウンテンというヤツだろう。
山の上は柔らかそうな青々とした草に覆われ、其処
を大型の野牛系モンスターがノッシノッシと歩き回っている。
「此処から第二層主街区の【ウルバス】までは、だいたい一キロばかり歩く」
「って事は、あの牛共を潰しながら行くべきかな」
「いや、別に潰さなくても良くないか?」
「んー、僕は必要無いよ。けど皆はもうすぐレベルが上がるんじゃないか?」
「え?」
ユートの問いに、キリトが自分のステータスメニューを開くと……
「あ、本当だ。もう少しでレベルが14になる」
経験値を少し稼げば上がりそうだった。
「あ、私ももうすぐ12」
「俺もだな。あと少し頑張りゃ12って処だ」
それに倣って、アスナとエギルもステータスメニューを開いて確認をすると、確かにもう少しばかり頑張れば上がる。
「あ、私は上がりません。ボス戦で16に上がっていますもん」
「シリカも上がっていたんだな。僕もレベル19になっていたんだよ」
どうやらシリカも上がっていたらしい。
「どうでも良いけどお前らのレベル、頭一つ抜きん出てるよな……」
エギルが呆れた口調で言い放った。
「あのトレンブリング・オックスを、徒党(パーティ)を組んで襲えば十匹も潰してレベルアップしそうだ」
「けどあれな、外見に違わずタフだし攻撃力もある。その上、タゲられたら持続と距離が長いんだ」
要は面倒なMobという事らしい。
「逃げるなら面倒だけど、この五人でBRAVE PHOENIXすれば、時間の節約になるだろ?」
「いや、BRAVE PHOENIXって何だよ?」
勿論、敵単体を取り囲んでのフルボッコの事だ。
「まあ、もうすぐ上がるって時に放ったらかしにするのも気持ち悪いし、みんなはどうする?」
「そうね、私は賛成」
「俺もだ。主街区までに少しくらい稼いでも文句は言われんだろう」
キリトも乗り気になったのか、率先してアスナ達に訊ねた処、二人もレベルを上げるのに賛成する。
「んじゃ、目の前の牛から叩くとするか?」
「「「「応っ!」」」」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ウルバスに着いた一行、ユートは早速【転移門】に触れて有効化(アクティベート)をした。
別に手動で有効化しなくても、二時間くらいすれば自動的に有効化されるし、その間にクエストを受けるなり、レベリングをするなりしても良いが、コボルド王を斃した情報はとっくに【はじまりの町】に伝わっているだろうし、そんな事をすれば顰蹙を買う。
「有効化(アクティベート)完了っと」
後は何もしなくても動きたい奴は第二層に来るであろうし、動きたくなければ【はじまりの町】に留まるであろう。
「そういやアスナ、訊きたい事って何だ?」
「あ! 忘れる処だった。名前よ、名前!」
「名前?」
「アンタ達、私の名前を呼んだわよね? 教えてない筈なのに何で?」
「「は?」」
何を言われたのか理解が及ばず、ユートもキリトも間抜けた声を上げる。
「ああ、付かぬ事を伺いますが……貴女はパーティを組んだのは初めてで?」
「ええ」
キリトの問いに頷く。
「成程、ならアスナ。少し視線を動かしてみ?」
「視線?」
「僕のHPバーの下、アルファベットが有るだろ?」
「HPバーの下? これ、Yuuto。それに……」
視線を動かしてキリトを見遣る。
「Kirito? これ、貴方達の名前?」
「そういう事だね」
苦笑いするユート。
「く、くくく……」
「「──?」」
「アハハハハハ! 何だ、こんな所にずっと書いてあったのね!?」
アスナは竹を割ったみたいに笑い出す。
和んでいる処、主街区のBGMが行き成り止んで、不吉な色が空を満たす。
それは一ヶ月前、SAOがデスゲームと化した事を唯一のGMとも云うべき、茅場晶彦が顕れた時と同じ現象であった。
「何だ?」
「イベント?」
「にしちゃあ、こいつは」
ユートとキリトとエギルが口々に呟きながら、キョロキョロと辺りを見回す。
不安気にシリカとアスナも表情を曇らせていた。
「ユートさん……」
「大丈夫、イベントか何かだよ。茅場晶彦がまた出てくるのかな?」
イベントかどうかは兎も角として、真っ赤なローブに顔が無いGMアバターが第二層と第一層の赤くなった空へと映し出される。
〔諸君、第一層のクリアは見事だった。おめでとうと言わせて貰おう〕
巫山戯ている……誰しもがそう思っていた。
二千人を殺したデスゲームの主宰者に言われても、嬉しくもなんともない。
〔諸君らの健闘を讃えて、本来ならSAOに実装する予定のなかったシステムをアップデートした。一つ、十ある特別なスキルに追加を加えた。これをどうすれば取れるのかは、諸君らが自ら捜したまえ〕
ヒントも何も無くただ捜せときた。
だけど、全員が思ったのは『十ある特別なスキル』という部分、これが何の事か解らない。
〔今一つは、オリジナル・ソードスキルというもの。通称OSSだ〕
『『『──っ!?』』』
〔なに、やり方は簡単だ。メニュー画面からOSSのタブに移動、剣技記録モードに入り記録を開始する。後は武器を振り、技が終わった時点で記録を終了だ。まあ、既存のソードスキルに在る動きは登録されないのだがね〕
それは取りも直さず……『ぼくのかんがえた必殺技』を編み出せるという事。
〔また、OSSには【剣技伝承システム】が存在し、OSSを編み出すのに成功した者は、一代コピーに限って技の【秘伝書】を他のプレイヤーに伝授出来る〕
茅場晶彦が何を思って、こんな要素を入れたのかは解らなかったが、どうやらこの大胆なアップデートにユートは無関係ではなさそうだった。
「面白い、つまり僕の剣技を登録したら、僕自身では使えなくても他のプレイヤーなら使える訳か」
「それって……」
「試してみるかな」
ユートはずっと握ってたシリカの手をソッと放し、メニュー画面を呼び出す。
OSSのタブから記録モードにすると、腰に佩いた大太刀を抜き放って目にも留まらぬ速業で、一閃二閃と大太刀を振り抜いた。
僅かに五閃、五連撃でしかなかったものの、ピコンとチャイムが鳴ってOSS登録を報せてくる。
ユートは成立したOSSに名前を付けると、アイテムストレージを開いた。
「これが【秘伝書】か」
アイテム欄には【秘伝書・テンソウレッパ】と書かれたアイテムがある。
名前自体は初めて創ったから、割かし適当に入れたものだったが、これを他のプレイヤーが使ったなら、今のユートの動きをシステム・アシストを付けて揮う事が可能となる訳だ。
〔どうやら早速、試してみてくれたみたいで何より。それでは、引き続き攻略に挑んでくれたまえ〕
そう言い残すと、茅場であろうGMアバターは煙の如く消えてしまう。
シンと静まり返り、再び主街区のBGMが鳴り響き始めた。
「どうやら茅場晶彦はこのデスゲームを堪能しているみたいだね。少なくとも、最初のボスを退治した程度で出てくるくらいには」
もうすぐ第一層から上がってくるプレイヤーも居るだろう、ユートはクエストをしてからレベリングに励もうかと考えている。
「これからどうする?」
「俺は何かクエストでも」
「私は……取り敢えず休む事にするわ」
「俺もだな」
現状、基本的にはユートと一緒のシリカは兎も角、キリトとアスナとエギルはその様に答えた。
「じゃあ、パーティを解消して銘々に動こうか」
臨時に組んだパーティを解消し、アスナとエギルは宿屋を目指して、ユートはシリカを伴い、目的が同じなキリトと動く。
「【鼠】なら第二層のクエストも何か知ってるだろ」
そう言いつつ、アルゴへとメールにて連絡を入れるユートであった。
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原作でALOを引き継いだのは、何処かのベンチャーでしたが、此方では別の組織になるのでOSSは、本来なら出てきません。
なのでこの形です。