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「ふぃー」
ユートはナーヴギアを頭から外すと、固まった身体を解して一息吐く。
一旦、食事をしてから再びアインクラッドに戻り、迷宮区で一つくらいレベルを上げようと思う。
このSAO──ソードアート・オンラインに於いてレベルが上がると、ステータス強化ポイント3が手に入る。
ユートの現在レベル16とは都合、ステータス強化ポイントは45Pが入ったという事だ。
SAOのステータスは、HP、筋力値、俊敏値……この三種類しかない。
隠しステータスは見えない訳だし今は良いとして、他の細かい部分は装備スキルや装備品などで変化していく事になる。
そしてHPはレベルアップで自動的に上がるから、強化ポイントは筋力値と俊敏値に割り振っていく。
初期値はどちらも10、ユートは筋力値に18Pで俊敏値に27Pと、若干ながら速さ寄りの剣士だ。
現在のステータスは……
名前:ユート
レベル:16
スキルスロット:3
HP:3025
筋力値:28
俊敏値:37
【装備】
大太刀+8
レザーコート
クローク
クロースベルト
レザーグリーブ
【装備スキル】
刀装備
片手武器作成
金属装備修理
ユートにとってソードスキルは不要だったが故に、これと引き換えに刀装備という──どうやらエクストラ・スキルらしい──と、持っていた武器を同程度の威力の刀系武器に変更して貰っていた。
ゲームが進めばその内に刀装備も珍しくはなくなるだろうと考え、ソードスキルに関しては基本的に自身が身に付けている剣技……【緒方逸真流】を使っていけば後はコンボ毎で一割のダメージボーナスにより、Mobもボスも斃せるのだと確信も出来た。
「第一層の攻略も近いか」
あれから約一ヶ月、漸く次の段階に進める。
ユートが階下に降りるとダイニングルームに直葉と翠以外に男が居た。
桐ヶ谷家の大黒柱である米国へ出張中の桐ヶ谷峰嵩では勿論なく、菊岡誠二郎という国の役人である。
SAO対策委員会なんて呼ばれる機関に所属して、被害者を病院に搬送したり死亡者の確認をしたりと、東奔西走している男だ。
「やあ、優斗君」
「菊岡さんか」
ユートが提供したポッドの事もあり、またSAOで唯一のログアウト可能者という稀有な存在でもあるからか、彼はよく桐ヶ谷家に訪れては情報を得ようとしてくる。
「最近ではどうだい?」
「漸く第一層のボス攻略会議が始まったよ」
「ほう?」
色めき立つ菊岡。
「お兄ちゃんは?」
ご飯をよそいながら直葉が訊ねてきた。
「和人なら元気だよ。攻略会議に誘ってくれたのも、和人だからね。とはいえ、基本的にソロプレイヤーな訳だから、常に一緒って訳じゃないけどね」
「そうなんだ、良かった」
兄が無事と知り、中学生には年齢的に不釣り合いとも云える大きな胸を撫で下ろす。
「それで? 菊岡さんは、攻略の進捗を訊く為にだけ来た訳かな? だとすればSAO対策委員会は閑職も良い処だね」
「ははは、耳が痛いな……実はとある人物が我々へと接触して来られましてね」
「……目的はポッド?」
「御明察ですよ」
菊岡が眼鏡の位置を直しながら言う。
御明察も何も、ポッドの存在は割と大々的に発表をしており、知らない日本人などもう居ないと言っても過言ではあるまい。
そしてポッドのスペックを訊いてきたり、どうすれば手に入れられるのか訊ねて来たりするが、恥知らずにも設計図を要求してくる諸外国も在る。
「で? ポッドを寄越せとでも言ってるのかな?」
「いえいえ、レンタルしたいと言われまして」
「レンタルゥ?」
「はい、どうにも娘さんがSAOにログインしていたらしくて、娘さんの身体を保護したい……と」
成程、それは解らない話でもなかった。
「掛かり付けの病院に連れて言った後、ポッドの事を知ったらしくて、先着百人しか使えないとして溢れてしまったらしく……」
「そりゃ運が無かったね」
「はぁ、それでポッドの持ち主と直接、交渉を行いたいと仰有られまして」
「………………数日、待って貰うよ」
暫く黙考して答えた。
「数日?」
「現在、トラブルがあってボス攻略会議が止まっているんだけどね、再開されるにせよ僕が単独で攻略するにせよ、もうすぐ第一層のボスと戦う事になる」
「ボス戦の後でと?」
「そういう事だね。待てないとか身勝手な事を言うのなら、初めから交渉なんてする気は無いから」
「判りました。結城氏にはその様に伝えます」
「そうしてくれる?」
ユートはそれっきりで、夕飯を食べ始める。
食後のお茶をユートが飲んでいると、直葉が自分のお茶を淹れながら話し掛けてきた。
「ねえ、この後はゲームに行くんだよね?」
「そうだよ」
「どんな事をするの?」
「相方と迷宮区に行って、レベリング」
「レベリングって?」
「雑魚を狩って経験値稼ぎする事だよ」
質問に答えるとズズーとお茶を飲む。
「明日の夕方にもう一度、ボス攻略会議をする予定だからね、ボス戦に向けてのレベルアップって訳だ」
「ふーん……」
現在は、ユートがレベル16でシリカが13。
キリトはレベル12だと言っており、細剣使い(フェンサー)は答えてくれなかった。
折角だから後二つくらいは上げておきたいと思っていたし、何より少し無理をすれば不可能ではなさそうだと見たからだ。
実際、ユートのレベルが16なのは間違いないが、もうすぐレベルアップしそうなくらい経験値が有る。
これから明日の夕方まで頑張れば、何とかなりそうな数値だった。
「そっか、頑張ってね?」
「ああ」
何処か憂いを帯びた表情で言う直葉、やはり和人を心配しているのだろうか。
ユートは再びナーヴギアを頭に被り、トールバーナへと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいま」
「お帰りなさい」
シリカが迎えてくれる。
因みに、シリカとは別に同じ部屋を取っている訳ではなく、単にユートの部屋へ寝る時以外は入り浸っているに過ぎない。
それに今回は……
「よう、今晩は何だったんだ?」
キリトも居る。
「チーズハンバーグ」
「ぐっ、こちとらよく解らんハンバーガーっぽいモノのテイクアウトだっていうのに、ユートは美味そうな飯を食いやがって!」
「キリトの母さん手作り」
「コンチクショー!」
泊まり掛けが多い翠女史なだけに、夕飯が簡素なものになる事も屡々あるが、今夜の夕飯は良かった。
「そういや細剣使いは?」
「私のお部屋に付いてる、お風呂に入ってますよ」
「風呂? 入りたい気分だったのかな?」
「そうかも知れません」
ボス攻略会議が潰れて、取り敢えずエギルを除いた四人が成り行きで行動し、ユートが先に戻ってログアウトしている間に、キリトと細剣使い(フェンサー)の二人に会話があり、ユート達が宿泊している家では、風呂が完備されているのだと知って、入りたいと言い出したらしい。
余りの剣幕に、シリカの部屋の風呂を貸したのだと言う。
四方山話に花を咲かせていると、今ユートと組んでガイドブックを作成している【鼠】が入ってくる。
対外的にユートは通り名の【鼠】と呼ぶが、彼女のプレイヤーネームはアルゴという。
本来の世界線から見て、一日早かったのはディアベルの焦燥故か……
「で、【鼠】? 今日は何の用だ? 見ていたなら知ってるだろうけど、少なくとも二十階のマップとボスの新規情報は、攻略会議を終えるまで出さないぞ」
「連れないナ。まあ、今日の御相手はユウちんじゃあなくて、キー坊だヨ」
「キーボード?」
「キー坊。そっちの黒い子サ」
アルゴが指差した方にはキリトが居る。
即ちそういう事だろう。
「キリトとも知り合いだったのか。まあ、情報屋らしいっちゃらしいか」
情報屋は顔が広くなければやっていられないから、アルゴも幅広い交遊関係を持っているという事だ。
「何度来られても俺は売る気なんてないぞ? 前回もそう言ったぜ」
「売る? キリトの持ってる何かが欲しいってのか? だとしたら……」
アイテムなんて基本的にストレージ内かポシェットの中で判らない筈、ならば装備品という事になるが、キリトの防具はトールバーナで店売りしている物。
「アニールブレードか?」
「流石だネ、御明察だヨ。キー坊のアニールブレード+6を買い取りたいって、プレイヤーが居るのサ」
「本当、ネトゲじゃよくある話だね。要はキリトの持つアニールブレードが羨ましいって事?」
「さあナ。クライアントの心情までは与り知らんシ」
ユートの言葉に、アルゴもやれやれとオーバーアクションで応えた。
「んで、本題だがナ。クライアントは今日中ならば、三万九千八百コルを出すそーダ」
「──は? 三万って」
驚愕するキリト、そしてユートも驚いてしまう。
「なあ【鼠】? お前さんを侮辱する気はないけど、流石におかしくないか? 素体のアニールブレードの今の相場が一万五千コル、時間は少し掛かるが二万を足せば普通に+6まで強化が出来る素材アイテムが買えるんだ。極論、三万五千でキリトのと同じアニールブレードが手に入るぞ?」
「オレっちも依頼人に再三言ったんだけどナー」
出来るだけ安く安全にと云うならまだ解るが、自分で強化してしまえば手に入る物をわざわざ買うというのもおかしな話だ。
否、三万五千というのはアニールブレードの相場も含めての話で、本人がクエストでアニールブレードを手に入れさえすれば、それこそ二万コルで強化可能。
この層で万単位のコルを稼ぐのは、それなりに骨な作業だというのに、これではコルをドブに棄ててしまうに等しい。
「うん? 真逆……」
ふと思い付いた事があるユートは、その検証を脳内で試行をしてみる。
「どうしたんだユート?」
「いや、過剰な金を払ってまでキリトのアニールブレードを買う理由を考えて、少し思い付いた」
「本当かよ?」
「ああ」
ユートはキリトに頷く。
「そいつぁ、お姉さんも聴いてみたいナー。【黒き刀舞士】の御高説をサ」
アルゴがからかう様に言うが、其処は放っておいて説明を始めた。
「多分だけどクライアントはキリトを知っている筈。これを前提にする。だからその人物は元βテスター。キリト、君はクローズド・βテストに於いて、どんなプレイイングをしてた?」
「う゛、それは……」
「言えないくらい酷い事? PKしまくりとか?」
「するか! ちょっとな、ラストアタックボーナスを獲る為に、えげつないやり方で……さ」
ラストアタックボーナスとは、トドメをさした者に与えられる通常ドロップとは別物のアイテムを獲られる文字通りボーナスだ。
斯く云うユートも、一度だけフィールドボスと戦闘になり、ラストアタックボーナスを獲ている。
夕暮れにのみ出現するという蜥蜴系のボスであり、手に入ったのは【トワイライト・クロス】という、緋色の服。
防御力はそこら辺の店売り鎧より高く、ソードスキルによる命中ブーストと、技後硬直の短縮が付いている第一層では望み得る最高の装備品だ。
ただ、色が好みでなかったのとソードスキルを持たないから意味が無かったのも相俟って、ユートにとっては無用の長物、ストレージの肥やし決定の代物。
だからシリカに上げた。
現在、シリカが装備しているのは正にソレである。
名前:シリカ
レベル:13
スキルスロット:3
HP:2410
筋力値:23
俊敏値:33
【装備】
アイアンダガー+4
レザーチェスト
トワイライト・クロス
クロースベルト
レザーグリーブ
レザーマント
【装備スキル】
片手用短剣
軽金属装備
裁縫
閑話休題……
「LAの取り方か。キリトはそれで警戒対象なんだろうね。だからこそ、上手くやって武器を取り上げて、キリトを弱体化させた上で自身の強化って訳だ」
「それで過剰な金額を支払ってまで俺の剣を?」
「そういう事。【鼠】への依頼も最低一人は別の奴を通してるだろうね」
「じゃあ、アルゴに依頼したのは……」
「直接は無関係な仲介者だろうな」
「じゃあ、若し口止め料を上回るコルを積んでクライアントの名前を知っても、意味は無いのか?」
「何人、仲介者を挟んでるか知らないけど、訊くだけ無駄だね。それに予測は付いているよ」
「──へ?」
思わず間抜けた声を出すキリトに、ユートは更なる言葉を紡いだ。
「【鼠】、仲介者に言え。サンキュッパなんて半端な額じゃなく、きっかり四万でなら売却すると」
「はぁ?」
「ちょ、俺のアニールブレードを勝手に売るなよ!」
行き成りの所業に二人は目を白黒させる。
「キリト、二万コルくらいの蓄えは有るよな?」
「は? まあ、有るけど」
「僕のアニールブレード+8(5S3D)を六万コルで買わないか?」
「んなっ!? +8?」
アニールブレードの強化試行限度数は八回。
つまり、ユートが持っているアニールブレード+8というのは、最大限にまでノーミスで鍛え上げた逸品という事になる。
鍛冶スキルなんて攻略に寄与しないスキル、現段階で取っているのが珍しい。
それで強化試行限度数をコンプリートするなどと、どれだけ熟練度を上げているのかという話だ。
「本来ならもう少し取る処だけど、今回は少し嫌がらせをしたくなった」
「嫌がらせって?」
「クライアントの目的は、十中八九でキリト弱体化。なのにアニールブレードを高いコルを払ってまで取り上げたのに、しれっと更に強い──数値は見えないが──アニールブレードを提げていたらどう思う?」
悪い笑顔を浮かべつつ、そんな事を宣うと何故だか全員が若干、引いていた。
「まあ、面白そうかな? アルゴ、さっきのユートの提案でならオッケーを出してくれないか?」
「わ、判ったヨ」
こうして、キリトと名も知らぬ──ユートは気付いている──誰かさんと交渉は円満? に終わる。
ユートは後で六万コルを貰うと約束し、シリカと共に迷宮区へと向かった。
第一層二十階のコボルド系Mobを斃し、目的だったレベルアップを達成。
ユートはレベル18に、シリカはレベル15となってお開きとする。
入った強化ポイント6はユートが筋力値3と俊敏値3で入れて、シリカは筋力値2と俊敏値4とした。
そして夕暮れ、噴水広場でボス攻略会議の仕切り直しとなる。
この場には先日のメンバーが一人として欠けずに、更にはフルレイドパーティを組む為、クラインとその一味の一人を誘い、合計で四十八名が集合した。
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ステータスやスキル設定は色んなのをひっくり返した上で、オリジナルを加えて書き起こしました。
初期値はHPが500、筋力俊敏を各々10としています。HPはレベルアップに伴い、150〜180が前後した数値が上がると仮定すれば、キリトの最終ステータスのHPになる……筈です。
ユートのスキル、プログレッシブのネズオ君の持つスキルなら出来るみたいなので、そちらから採用。