ソードアート・オンライン【魔を滅する転生剣】   作:月乃杜

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第12話:対立

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「キバオウさん、貴方の言う奴らというのはつまり、元βテスターの事かな?」

 

「決まっとるやろがっ! 奴ら、こん糞ゲームが始まったその日にダッシュで街から消えよった! 右も左もよー判らん九千何百人ものビギナーを見捨ててな! 奴らはな、ウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、ジブンらばっかりがポンポンつよーなりよってからに、後は知らん顔や。こん中にもちょー居る筈やで? βテスター上がりの分際でな、それを隠してボス攻略に入れて貰おーゆう小狡い連中が! そいつらに土下座さして、溜め込んだコルやらアイテムを、こん作戦の為に吐き出して貰わなー、パーティとして命預けられんし預かれん言うとるんや!」

 

 まあ、要するにあれだ。

 

 この手のゲームには有りがちなトラブル、他人が妬ましいから言い掛かりを付けてアイテムや金を上手く掠め取りたい、そういう話なのだろう。

 

 それにユートは【鼠】を経由して知っている。

 

 さて、誰も何も言わないというか言えないのか。

 

 実際に何人かが元βテスターだったのか、それともその元βテスターが名乗り出るのを待ち、魔女裁判にでも掛ける心算なのかも知れない。

 

 少なくとも、キリトは生きた心地がしないだろう、何しろ件の元βテスターというのは、正にキリトの事を指すのだから。

 

「ふー、下らない茶番劇は其処までにして貰おうか」

 

「何やと!?」

 

 溜息を吐きながら立ち上がるユートに、キバオウは睨み付けてがなる。

 

 そんなキバオウを尻目にディアベルがユートを見遣ると……

 

「君は? それに茶番劇とはどういう意味だい?」

 

 続きを促した。

 

「僕はユート。魔女裁判の心算かは知らないが、先ず前提条件からして間違っているんだよ」

 

「前提条件、それは?」

 

「僕が知り合いに頼んで、死んだ二千人の内訳を調べて貰ったんだが、その対比は実に千七百と三百」

 

「何なんだい? その内訳の意味は……」

 

 ディアベルにも恐らくは理解が出来たのだろうか、少し苦々しい表情となっているが、それでも敢えて訊いてきた。

 

「ニュービー千七百人に、元βテスターが三百人だ。これが死者二千人の内訳。聞いた話だとβテスターは千人、つまりは約十八パーセントがビギナーであり、四十パーセントが元βテスターの死亡率という訳だ」

 

 周囲がざわつく。

 

 これでは寧ろ、ビギナーの方が生き残っていると云う事になる。

 

「しかも、実際に元βテスターの全員があの日にログインしたとは限らないし、ひょっとしたら二〜三百人の誤差があるかもねぇ? それともう一つ、一番最終に二百十三人……家族なり友人なりがナーヴギアを外して死んでいるし、十数人は外周部から飛び下り自殺をしていた筈だ。つまりは都合、二百数十人はβ云々以前の問題で死んでいる。これで内訳は元βテスターが三百人、問題外が二百数十人と、ならニュービーは千五百人にまで減るね」

 

 二千人中、五百人という人数が元βテスターがどうのとは関係無い場所で死んでいる。

 

 更なるざわめきの中でもキバオウは言い募った。

 

「せ、せやけど元βテスターが独り占めしとったんは事実やないか! 千五百人言うても相当の数や!」

 

「だけど、その元βテスターがレクチャーをしたのだとして、実際に何人が街から出たのかな?」

 

「うっ!」

 

 一万人中の二千人が死んだという事は、街から出たのは最低人数で死亡している千五百人プラス、現在会議に出ている四十六人。

 

 勿論、それ以外にも外に出ている者は居るだろう。

 

 だが、大半が【はじまりの街】に引き篭り、その日暮らしをしていたプレイヤーでもある。

 

 ユートの試算では半分、それが引き篭りの人数。

 

 若しも第一層をクリアしたなら、引き篭りの者達の中から出てくる者も居るかも知れない。

 

 半分の引き篭り、二千人の死者、三千人のプレイヤーに五十人たらずの現在に於けるトッププレイヤー。

 

 攻略が進めば改善される可能性はあるが、果たして何処まで当てになるのか、所詮は試算でしかない。

 

「レクチャーしました……でも殆んどが街から出ませんでしたとか、正に時間の無駄になる。そんなのに関わるくらいなら自分がさっさと強くなって、攻略していった方が寧ろ速いだろ。それに、情報なら出されていた筈だが?」

 

「な……に?」

 

 ユートがピラピラと本の様な物を取り出して動かしているが、それはキバオウも知っている鼠印のガイドブック。

 

「何処の道具屋にも無料で配布されてる情報本だよ。こいつには行く先々の詳しい情報が載っているけど、この本を発行しているのが元βテスターだ。因みに、僕はβテスターじゃないけれど、この本の為のデータ提供をしてきたから間違いは無いよ。本の発行者を見付けて、データ提供を申し出たんだ。β版とはモンスターの行動アルゴリズムが変化していたり、明らかにβ版と違う部分の情報を擦り合わせて、情報を出してきたんだ。本にもβ版との違いが記載されてる筈」

 

 キバオウが押し黙る。

 

 ユートの言った内容は、彼も確認済みだからだ。

 

「今日も攻略会議の事を、知り合いから教えて貰っていなければ、情報を纏めて新しい本に載せるべく件の元βテスターに渡していた処だよ」

 

 其処へキバオウではなくディアベルが口を挟む。

 

「その情報とは?」

 

「詳しくは言わないけど、第一層十九階から二十階の詳細なマップデータ及び、下の階には出てこない新規モンスターのアルゴリズムのデータ、ボスモンスターである【イルファング・ザ・コボルドロード】の行動パターンや使用武器、取り巻きの【ルイン・コボルド・センチネル】の出現するパターンや行動、聞いていた【イルファング・ザ・コボルドロード】の行動との差異などだね」

 

「ま、待ってくれ! それでは君は既にボスの間にまで辿り着き、ボスと一戦をやらかしているのかい?」

 

「そうだけど?」

 

 ディアベルのパーティのメンバーらしきプレイヤー達がざわめき、互いに視線を彷徨わせていた。

 

 自分達こそがトップでの攻略をしていると思っていたのが、既に二十階にまで到達してボスとも戦っているとまで言うのだ、流石に有り得ないと思ったのかも知れない。

 

「恐らく、ディアベル達が二十階への入口を見付けた頃には、僕も別ルートから迷宮区を出た後でスレ違ったんじゃないかな?」

 

「君のレベルは?」

 

「レベルは16。ディアベルは12か其処らかな?」

 

「む、う? どうやって、それだけのレベルを?」

 

「僕は最初に大変な思いをして、後で楽をしたいってタイプでね。RPGなんかでも、相手が可能なギリギリの所のモンスターと戦ってレベルアップを目指していくんだ。デスゲーム前、迷宮区で狩りをし続けたら周りがレベル1か、精々がレベル2の処を僕だけは、レベルが5にまで上がっていたよ」

 

「莫迦な、不可能だ!」

 

 名も知らないディアベルのパーティメンバーの一人らしき青年が、ユートの言を否定した。

 

「不可能なんかじゃない。これはゲームだから精神的な疲れはあっても、肉体的な疲労は無いに等しいし、全力で走れば迷宮区までは簡単に行ける。その場所は元βテスターから聞いていたからね」

 

 これは事実だ。

 

 キリトから予め迷宮区の詳しい場所や、Mob達のあらましは聞いていた。

 

 だから判った事もある。

 

「迷宮区のMobはフィールドに湧出するのと比べ、可成り強い筈なんだがね」

 

「ダメージが通れば斃せるもんだよ。それに何も迷宮区でレベル1だった訳でもない。其処に行くまでにもMobは湧出しているし、レベルは上がる」

 

 筋力値にボーナスを割り振れば、当然ながら攻撃力

も上がるから迷宮区に於いても普通にダメージが通った為、レベルを5にまで上げる事が出来た。

 

 最初に苦労をして、後で楽をするユートだからこその荒業と言えよう。

 

「まあ、後は純粋にリアルでの戦闘技能が高いから、ダメージも受けずに戦えたって訳だよ。そしてボスとやり合って確信した」

 

「確信?」

 

「少なくとも、僕であれば【イルファング・ザ・コボルドロード】を斃せる」

 

『『『『──っ!』』』』

 

 ユートの宣言に、全員が一様に息を呑む。

 

 それはキリトも同様だ。

 

「そういう訳だから、攻略会議が元βテスターを炙り出す魔女裁判……乃至は、異端審問の場という茶番劇の劇場ならもう用は無い」

 

 クルリと踵を返すユートを見て、慌てたディアベルは声を掛ける。

 

「ま、待ってくれ! 何処に行くんだ?」

 

「勿論、これから準備を整えてボス戦に……だ」

 

「なっ!?」

 

「魔女裁判に興味は無い。僕は元βテスターを妬んで吊し上げるより、自分自身の手で情報を掴むしな」

 

 妬み嫉み、自分達が情報蒐集を怠った事の責任転嫁で元βテスターを吊し上げにして、コルやアイテムを巻き上げようなんて集団とこれ以上は一緒に居たくはなかった。

 

「待てや! 自分、何勝手言うとんね! 足並み乱されて堪るかい!」

 

「勘違いするな。僕は既にボスの間に辿り着いてる。お前らの足りない情報など必要無いし、ボスとの決着も見えている。元βテスター吊し上げなんて、時間の無駄には付き合えんから、お前らは勝手にやってろと言ってるんだ!」

 

「ぐっ、せやったら決闘(デュエル)せぇ! ワイが勝ったら自分の情報、吐き出して貰うで!」

 

「断る!」

 

 ユートはにべもなく断ってしまう。

 

「ハッ、ボスと戦り合おう云うんが恐いんか?」

 

「莫迦か、サボテン頭!」

 

「うなっ! 誰がサボテン頭や!」

 

 周りで失笑が漏れると、キバオウは睨み付けて周囲を黙らせた。

 

「決闘(デュエル)で自分が敗けた場合の条件を言わない莫迦が、それで受けると思ったのか?」

 

「うぐっ!」

 

 キバオウは自身が勝利をした場合の条件として情報を求めたが、敗北した時に支払う掛け金に関して何も言っていない。

 

 何の利益にもならない様な無駄決闘なぞ、ユートが受けてやる謂われなんて無かった。

 

 本来ならばだが……

 

「まあ、良い。どうせ敗ければ支払いなど出来ないんだしな。今回に限り受けてやるよ」

 

 ユートはニヤリと嗤い、右手の人差し指と中指を揃えて下に振ると、メインメニュー・ウィンドウを出現させ、決闘(デュエル)を選んでキバオウを指定する。

 

『ユートから1VS1デュエルを申し込まれました。受諾しますか?』

 

「さあ……YESを押せば決闘(デュエル)開始だ」

 

 ニヤつくユートに怒りを感じつつ、勝って全てを捻り出させてやると勢い込んだキバオウが、ウィンドウ内に表示されているYES/NOからYESを押そうと手を動かすと……

 

「ちょっと待つんだ、キバオウさん!」

 

 ディアベルが止めた。

 

「な、何で止めるんや? ナイトはん!」

 

「よく見るんだ、この決闘(デュエル)の決着方法!」

 

「決着方法? って、完全決着やと!」

 

 大声で叫ぶキバオウ。

 

 彼が驚くのも無理は無い話で、SAOに於ける決闘システムによる決着には、三種類の方法が有る。

 

 初撃決着──その名の通りで、先に有効ダメージを与えた方が勝利する方法。デスゲームとなったSAOでは、基本的にこれがメインとなるだろう。

 

 半減決着──HPを先に半分まで削った方が勝利を得る方法。

 

 完全決着──つまりHPを0にしたら勝利。だが、デスゲームでのHP0というのは、決闘だろうと何だろうと全て死に直結する。現在のデスゲームと化したSAOに於いて、ある意味でタブーな決着方法だ。

 

 一応は降参すれば終われるだろうが、そうする前にHPバーを全損させられてしまうと死亡確定となる。

 

 カタカタと押そうとしていた右手の人差し指が震えており、まるで見えない壁に阻まれる演技をしているパントマイマーの様だ。

 

 そんなキバオウを見遣りながら『そう言えば、僕は全損してもSAOに干渉が不可能になるだけで、死なないんだっけ?』などと考えていた。

 

 となればだ、この決闘はフェアと言えないだろう。

 

 まあ、これは自分のデュエルが全て全損決着だと、そうアピールする為の謂わばそれこそ茶番劇(ファルス)に過ぎない。

 

 これから先、ユートに対して無闇に決闘(デュエル)を仕掛けられない様に。

 

 結局、キバオウはデュエルにYESを押さなかったから成立はしない侭。

 

 周りもキバオウを臆病と罵りはしない、それで若しも『なら自分がやれ』などと混ぜっ返されては困る。

 

 ユートは瞑目しながら、再び踵を返す。

 

 そして去り際……

 

「ディアベル、機会をもう一度だけやる。本気で攻略会議をする気があるなら、明日のこの時間にこのメンバーを集めろ。まだ魔女裁判がやりたいのなら勝手にやれば良い。その場合は、此方も勝手にやるから」

 

 そう伝えてきた。

 

 ディアベルには先程の事もあって、多少の強引さや都合の押し付けは出来る。

 

 一方的に言うとその侭、噴水広場から立ち去った。

 

 ユートだけでなく小柄な少女、黒い少年、フードを被った人、更に大柄で褐色肌の斧使いまでがこの場から去ってしまう。

 

 唯でさえフルレイドには足りなかったというのに、数人が減ってしまってボス攻略処ではなくなった。

 

 已むを得ずディアベルは一旦、会議を解散させる事にして明日の今と同じ時間に再び集合を呼び掛ける。

 

 そしてユートは、褐色肌の斧使いに呼び止められ、少し会話をした。

 

「よう、アンタ。ボスの間まで到達したのは本当なのかい?」

 

「? 貴方は?」

 

「おう、俺はエギル。見ての通りの斧使いよ」

 

「僕はユート。刀舞(ソードダンサー)とか呼ばれてるみたいだね」

 

「お、アンタがあの噂の【黒き刀舞士(ブラック・ソードダンサー)】か。って事は此方のお嬢ちゃんが、相方の【迷宮区の小舞姫(リトル・ダンサー)】」

 

「誰が付けたのやら」

 

「情報屋の出してるこいつに書かれてたぞ?」

 

 エギルが取り出したのは元βテスターが無料で道具屋に配布しているという、謂わば【アインクラッド・ガイドブック】である。

 

「ああ、【鼠】か。アイツ……情報の対価は貰ってるギブ&テイクといえ、人の噂を勝手に広めるなよ」

 

 頭を抱えてしまう。

 

「情報誌の情報はアンタが渡していたのか?」

 

「これでも第一層のトップレベルのプレイヤーだよ。元βテスターもMobなんかのアルゴリズムに変更が加えられて、引き際を見誤ってアボンってパターンもあるみたいでね。それで、最新の情報を持っていた僕に【鼠】が接触したんだ」

 

 お陰様でこの一ヶ月間、それなりに稼がせて貰っていたし、何より【鼠】とはキリト同様に元βテスターだったから、ユートが知らないクエストの情報も聞き出せていた。

 

 そんな【鼠】が【黒き刀舞士】と【迷宮区の小舞姫】の情報を出したのだ。

 

 常に最前線で戦いつつ、並み居るMobをぶった斬る二人の舞士(ダンサー)の噂は、未だに【始まりの町】に燻るしかないプレイヤーに希望を与えていた。

 

 少し未来で、シリカには別の二つ名が付くのだが、それはまた別の話である。

 

 いずれ、この二つ名持ちの中に【ブラッキー先生】や【閃光】や【神聖剣】が混じる事となる。

 

「じゃあな。明日、攻略会議が再開されたらアンタの情報ってのを楽しみにしているぜ!」

 

 エギルはそう言って去っていく。

 

 本来の世界線では翌日、第一層の迷宮区・二十階をマッピングしていた筈が、士気がただ下がりでそれ処では無かったという。

 

 

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