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迷宮区から最も近い街、【トールバーナ】……
ユートとシリカはキリトと共に、とある農家の二階を借り切って拠点として、時折帰って来ては進捗などを報告をしている。
「キリトは戻ってないか」
「みたいですね……」
シリカは椅子に腰掛け、ユートはグッタリとベッドに身体を投げ出していた。
二人共、疲労の色が顔にありありと出て、今は何もする気にはなれない。
「ごめんなさい、私が足を引っ張ってしまいました」
「いや、ポットの数を確認していなかった僕のミスだから。まあ、あれだけ迷宮に篭ってたんだし、ポットが切れても仕方ないよ」
結局の処、【イルファング・ザ・コボルドロード】を斃すには到らなかった。
残りHPバーが一本になるまでは追い詰める事も出来たのだが、攻撃の変化に対応し切れなかった上に、シリカの回復薬が無くなってしまい、撤退を余儀無くされてしまったのである。
「あの攻撃……少し厚手の湾刀──タルワールなんかじゃない。あれは……」
「ユートさんの使う武器と同じ刀でしたね」
「ああ、思った通りキリトからの情報と違った」
今までもキリトはMobのアルゴリズムに変更が加えられていると明言していたし、こうなったらボスも当然ながらヤバいとはお互いに言い合っていたのだ。
「うう、もう少し私が強ければ……色々と教えて貰ったのに、余りお役に立てた気がしません」
項垂れるシリカだったが斃せるならと思っただけ、予定では威力偵察の心算で戦ったに過ぎないし、欲を掻いて殺られたら本末転倒も甚だしい。
少なくとも、あれだけの回復ポッドでは足りないと判ったし、何よりもう少しレベルが欲しかった。
今のレベルでも殺れそうではあったが、やはり無理を押し通さねばならないのが辛い。
その事実が判明したのだから寧ろ御の字。
「そんな事は無い。【ルインコボルド・センチネル】のタゲを取り続け、斃してくれていたからボスに集中出来たんだから」
ユートはシリカの働きを誉め称え、軽くポンポンと頭を叩いて撫でてやった。
「えへへ」
これはユートの前々世から続いた癖で、緒方白亜やユーキ達を相手によくやっていた仕種。
相手が喜ぶから抜けない癖となっている。
「だけど確信はしたよ……第1層のボスは斃せるね。少し無理をすれば……さ」
互いにフォローを出来る状況に無く、ポットも使いまくってシリカは【ルインコボルド・センチネル】を屑り続け、ユートは【イルファング・ザ・コボルドロード】に専念していたが、ギリギリ何とかなっていたという感じだ。
ちょっとでも天秤が傾けば直ぐに崩れる危うさは、もう一度やれと言われても余りやりたくないが……
「だけど四時間強の戦闘は精神にクる。手数を増やす意味でもパーティを組みたい処なんだけどな」
「ですよね、私も死ぬかと思いましたもん」
現状、トップのレベルであるが故に生き残ったが、次も何とかなる保証などは何処にも無い。
「ここら辺、キリトが戻ったら要相談だな」
「はい」
ユートは話したい事があるから、一度は戻って来いとキリトに連絡を入れようとしたら……
「あれ? キリトから?」
向こうから連絡が来た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほう?」
「な、何だよ?」
「いやいや、随分と可愛らしいパートナーだなと」
「な!? 違うぞ!」
第一回アインクラッドのボス攻略会議があるのだとの連絡を受けて、ユートとシリカの二人はキリトと共に出席するべく動く。
流石に一人乃至、二人だけでボス戦に何度も挑む気にはなれず、参加してみる事にした訳だが、キリトがフードコートを着た女の子と座っていたのだ。
「何故、私が女性プレイヤーだと判ったの?」
「何故も何も、もっと深くフードを被らないと顔が見えてるし……」
それを聞いて目深く被り直すが今更だろう。
「貴女、顔を出しても平気なの?」
小さなツインテールを結ったシリカを見て、女の子は訊ねてくる。
「──? えっと、それは変な声を掛けてくる人が居ないかって事ですか?」
コクリと首肯されたという事は、彼女は顔を出していてそんな奇異な目で見られたり、或いはナンパでもされたりしたのだろう。
「一応、虫除けは居ます」
「成程……」
ユートを見遣る。
そんな下心の無い……とは言わないまでも、純粋にシリカを心配しパーティを初期段階から組んでいて、気心の知れたユートが居る為か、遠巻きには視られてもナンパはされない。
しかもユートから剣技や戦い方を教わって、練習をしがてらレベリングをしていた結果、その小さく可憐な容姿も相俟って、シリカは【迷宮区の小舞姫(リトル・ダンサー)】と二つ名で呼ばれていた。
因みに、ユートも戦い方から【黒き剣舞士(ブラック・ソードダンサー)】という厨二な二つ名を襲名していたりする。
二人が舞姫や舞士とされているのは、パーティを組んで舞う様に敵を切り刻む姿からという、華麗な名前とは裏腹なとても殺伐とした理由からだった。
「それで、二人が出逢った馴れ初めは?」
「変な事を言うなよな? 単にこの子が迷宮区の奥で無茶な戦闘をしてたから、ちょっと余計な御世話を焼いたってだけさ」
取り敢えず、誤解の無い様にキリトは出逢った時の話を克明に説明をする。
「ふーん、オーバーキルによる余裕無き攻撃……ね。確かに危険だな」
「そういうものなの?」
キリトにも言われたが、納得をしていなかったらしい女の子は、ユートまでも同じ事を言うから興味が沸いたのか、訊ねてきた。
「例えば、君が使っていた一番簡単な突き技にせよ、放てば少なからず技後硬直を起こす。万が一にその隙を狙われ、其処から立て直しが出来なかったら?」
「そ、それは……」
彼女が唯一、使っていたソードスキル【リニアー】という刺突技。
ユートは知らない事ではあるが、実は彼女のそれは凄まじい完成度であって、準備動作と技後硬直が恐ろしく短い。
キリトをして戦慄を覚えるくらい、身震いする程の美しい技だった。
「カウンターを受けて防御に失敗したら、下手を打てば致命的な隙……一時行動不能化(スタン)を起こす。そうなればソロだと終わりにも等しい。戦闘者じゃないから理解し難いかも知れないけど、無意味に生命を散らして誰にも知られる事も無い侭、黒鉄宮の慰霊碑に名前を刻むのが本懐では無いんだろう?」
「……考えてみるわ」
少女にも思う処があったのか、何かが琴線に触れたのかは窺い知れなかった。
それでも建設的な答えをだしたのだから、説得自体は成功だと云えよう。
そんな四方山話をしていると、一人のプレイヤーがジャンプして噴水広場中心の噴水の縁に立った。
助走もせずに一っ跳び、しかも青年プレイヤーを見れば全身を金属製の見た目にきらびやかな、恐らくは青銅鎧で身を包んでいる。
あんな装備でそれが出来たという事は、筋力値や敏捷値が高いという証左で、翻ってみれば即ちレベルも高いという事だ。
成程……自信満々にボス攻略会議を開ける訳だと、
ユートは思った。
「はーい! それじゃあ、五分おくれだけどそろそろ始めさせて貰いまーす! みんな、もうちょっと前に……其処、あと三歩こっちに来ようか!」
実に堂々たる振る舞い、しかも現実の顔に変えられた筈なのに、鮮やかな青髪を緩やかなウェーブが掛かった見事なまでの爽やかなイケメン、女性プレイヤーが二人では趣に欠けるのではなかろうか?
そんな邪推をしてしまうくらい似合う。
場違いとも云える爽やかハンサムフェイスながら、騎士の如く出で立ちの片手剣使い(ソードマン)。
この手のタイプは経験上では、途中まで仲間を引っ張る牽引役を務めながら、敵に斃されて『後は頼む』とか言いながら消えるか、最後まで牽引するか運命的な二者択一となる。
「今日は俺の呼び掛けに応えてくれてありがとう! 知ってる人も居るかも知れないけど、改めて自己紹介をしとくな。俺の名前は、ディアベル。気持ち的にはナイトをやってまーす!」
そんなユーモアに溢れる言葉に、広場に集うプレイヤー達がドッと沸いた。
そもそも、このゲームに【職業】なんて概念などは無く、取った職業スキルで【お針子】や【料理人】と呼ばれる程度。
当たり前だが、【勇者】や【騎士】なんてユートは勿論、元βテスター上がりのキリトでさえ寡聞にして聞いた事が無い。
とはいえ、ディアベルの姿はブロンズ系装備に身体を包み、佩刀には片手剣、背中にはカイトシールドを背負っており、見た目には確かに【ナイト】に見えなくもなかった。
あれだけの装備を揃え、ボス攻略会議を開催するのだから、きっとレベルの方も結構な高さだろう。
「さて……今回、こうして最前線で活躍をしている、謂わばトッププレイヤー達に集まって貰ったのは他でもない。今日、俺達のパーティが第一層の最上階に続く階段を発見したんだ! つまりは明日か、遅くとも明後日には遂に辿り着く訳だ……第一層ボス部屋に」
どうやら、ディアベルのパーティが一足違いで最上階の階段を発見した様だ。
ユートとシリカは一週間くらい前に、最上階に続く階段を見付けており、其処でのレベリングに精を出していた。序でにボスである【イルファング・ザ・コボルドロード】の顔も拝み、明日にでもそれらの情報を出そうとした矢先だった。
常に最前線と一般に言われている迷宮区の、更なる最前線で戦ってきたユートは【鼠】を通し、それらの情報を解放している。
それこそ【鼠】やキリトが知るβテスト時代での、モンスターのアルゴリズムの違いを検討し、情報にもそれを載せていたくらいに正確なモノを……だ。
実際、あの【イルファング・ザ・コボルドロード】との戦いを経て理解した。
茅場晶彦は確実に行動のアルゴリズムを変えてきており、雑魚にあれだけ変更を加えたのだからボスから確実にヤバいと思ったが、最後の最後でやはり仕出かしてくれていたのだ。
「此処までくるのに一ヶ月も掛かったけど、俺達は示さなければならないんだ。この第一層をクリアして、第二層に到達し、このデスゲームはクリア可能なんだって事を! 【始まりの町】で待っているみんなに、伝えなきゃならないんだ。それが俺達、トッププレイヤーの義務なんだ。そうだろう、みんな!?」
言っている事はいちいち御尤もだし、ディアベルのパーティメンバー以外にも支持をするプレイヤーが居るらしく、拍手喝采で応える者も何人か居た。
この場に居るのは合計で四十六人、レイドパーティを組む上限に少し足りないのだが、これなら情報を渡
しても上手く使ってくれるかも知れない。
ユートがそう考えていた時に……
「ちょう、待ってんか? ナイトはん!」
チェインメイルを着込んでいるサボテン頭の男が、行き成り立ち上がって来てディアベルに物申す。
その男の行動にざわめく周囲だったが、ディアベルは両手を挙げて静まる様に指示を出した。
ユートも首を傾げる。
「そん前にこいつだけは言わして貰わんと、仲間ゴッコはでけへんな!」
ディアベルとは正反対なダミ声で、サボテン頭ががなってきたが、ディアベルは余裕の笑みを浮かべて、寧ろ手招きをしながら……
「こいつっていうのはいったい何かな? まあ、何にせよ意見なら大歓迎だよ。でも発言するなら、一応は名乗って貰いたいな」
などと言い放つ。
「ふん、ワイはキバオウって者や」
手招きに応じたキバオウとやらは、鼻を鳴らしながら噴水前にまで歩むと自らの名前を名乗った。
そして、注目をしていたプレイヤーを睥睨しつつ、声にドスを利かせて言う。
「こん中に数人、詫びぃ入れなあかん奴が居る筈や」
「詫び? 誰にだい?」
「決まっとるやろ、今までに死んで逝った二千人に対してや! 奴らが何もかんも独り占めにしたからこそ僅か一ヶ月で、二千人もが死んだんや。そやろが!」
ユートは理解した。
これが茶番劇(ファルス)に過ぎない事だと。
そう考えると途端に何処か冷めた視線となり、溜息を吐いてしまう。
ソッと横目に見てみればキリトが青褪め、俯いてしまっていた。
罪悪感に囚われているのかも知れない、自分が元はβテスターであり、最初のスタートダッシュで殆んどのプレイヤーを置き去りにして、自分のリソース確保に走った事に。
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