記憶の中の君の欠片   作:荊棘

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おもい。

 

間違いなく一色の問いは今聞かれたくないことの一つである。

だからこの話題はそれとなく避けるのがベストだ。

 

心の中でタイミングを計り、わざとらしく2度ほど咳払いをして口を開く。

 

「…それよりお前大学で友達できたのか?」

 

わざとらしく話題をすり替えたが、どこか虫の居所が悪く目を泳がせてしまう。

ちなみに、さっきの咳払いには、この話題についてお前に話すことはない。という意味が込められている。

俺のコミュニケーションの取り方すごいな。これそのうち言葉を発しなくても話せるようになるんじゃないの?いろいろと捗りそうと考えたけど、そもそも話す相手がいませんでした!悲しすぎる…

 

もちろん一色に俺なりの合図が伝わるはずもなく、彼女からの質問は続く。

 

「友達なら何人かできましたよ。それで、お二人とはどうなんですか?」

 

「…どうやったらそんな簡単にに友達ができるんだよ。友達づくりのスペシャリストなの?」

 

あくまでも答える気はないという姿勢を見せる。

俺にだって言いたくないことの一つや二つくらいある。大体これは当人である俺たち、というか完全に俺の問題であって他人の介入する余地はない。

何も知りもしないのにずけずけと首を突っ込んで来るなんて失礼ではないだろうか。

 

そんな俺の気を知ってか知らずか、彼女は尚も言及を続ける。

 

「で、どうなんですか?おふたりとは」

 

彼女は真っすぐ俺の瞳を見ながら問う。そこには言い逃れを許さないといった強い意志を感じる。

しつこく強情な態度をとる彼女に突き放すかの如く言った。

 

「おまえには関係ないだろ」

 

多少の怒気を纏った俺の言葉が彼女の耳に届くと同時に一瞬肩がピクリと跳ねた。

少し言い方がきつすぎたかもしれないが、しつこく問いただしてきた分でお相子だろう。

 

それきり会話がなくなり嫌な沈黙が流れた。

手持無沙汰になった俺は残っているコーヒーを口に含んだ。

冷めたコーヒーは苦みが増したように感じられ、甘さはどこかへ消えてしまっっていた。

 

周りを見ると俺たち以外に客はいなく、切なげな店の音楽も相まり、閑散としたどこか寂し気な空気を醸し出していた。

 

 

 

 

不意に。

微かに声が聞こえた気がした。

 

向かいに座っている彼女を見る。

一色は顔を俯け、震えた声で呟く。

 

「…関係なくないです」

 

か細く、弱々しく、こもった声であったが何故かはっきりと鮮明に俺の耳に届いた。

呆気にとられている俺をよそに彼女は続ける。

 

「先輩は…先輩たちは私の憧れなんです。すれ違って、言い争って、それでも、それなのにどこか暖かくて…。羨ましかったんです。ずっと…。私にはそういう友達という言葉だけでは表せない存在が、本物が私にはなかったから…。だから…、だから、先輩があんなに悩んで、苦しんで、もがき足掻いて手に入れたものがそんなに簡単に失われていいわけないんです。…なのに。なのにどうしてそうなっちゃうんですか。おかしいです。…おかしいじゃないですか…」

 

 

涙ながらに、嗚咽を噛みしめながら自らの思いを語る姿は。

 

その姿はまるでいつぞやの自分を見ているようで。

理屈も因果も何もない。ただの感情論でしかないはずなのに。

その独白のような言葉はは胸にわだかまり、黒々とした何かが胸のなかで呻いているようだった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

「ちっとは落ち着いたか?」

 

「…はい。すみません」

 

 

一色が落ち着きを取り戻すまでにそんなに時間はかからなかった。

それでも何事もなかったかのようにいくわけもなく、若干の息苦しさを憶えながらも会話を再開した。

 

さすがにあれだけのことを聞いて何も話さないというわけにもいくまい。

核心の部分にはなるべく触れないように、必要最低限のことだけを伝えよう。

 

「まぁ、その、悪かった。…それであいつらのことなんだがな。俺が勝手に距離を置いてるだけだ。別に険悪とかそういうんじゃない」

 

「なんでですか?」

 

「ほらあれだ、あいつらにも今の人間関係があるだろ?いつまでも俺たちと一緒にいれれるわけじゃないからな。言うなれば友離れみたいなもんだ。あいつらには今を大切にしてほしいからな」

 

 

これで話は終わりとばかりに目で合図をし、席を立った。一色も一応は納得してくれたようで、俺の後に続いた。

 

 

嘘をついた。いや、嘘ではない。さっき一色に言ったことも本当ではあるんだ。

でも本質はもっと違うところにある。

もしかしたら、いや、おそらく雪ノ下も由比ヶ浜も、そして一色も。

本当は分かっているのだろう。なぜ俺が今までよりも人と関わりを無くしたのか。

でもそれを俺の目の前で言うのは憚られるのだろう。それはきっと彼女たちなりのやさしさだ。

 

それでも、見かねた一色は聞かずににはいられなかったのだろう。

俺が本当のことを言わないと知っていてもなお。

 

 

 

喫茶店を出た俺たちは、買い物を再開させるという気分にはなれず、そのまま帰途についた。俺の送ろうかという提案もまだ明るいので大丈夫ですよと言われたので、おとなしく途中で別れた。

 

言葉で言い表せない疲れが体を襲っていたのでなるべくはやく帰宅できるようにと速足で歩く。

 

 

 

春の陽が暖かく、うららかな陽気。

けれど、時折吹く風は、春の匂いとともに言いようのない寂しさを運んでくるのだった。

 

 

 


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