歴史的にみると、フランスとイギリスが清に宣戦布告した日でもあるそうですね。これが後のアロー戦争の始まりです。
俺が正徳寺の会見の観察に行っていた頃、三位が俺の密命で今川義元に書状を届けに行っていた。書状の中身は会見の要請だった。俺は道三が信奈に味方することを知っていたので、対抗するために義元と同盟を結ぼうとしていたのだ。
今川家は駿河、遠江、三河の3ヶ国を治める大名で、信秀の頃から勝幡織田家と争っていたので、同じ敵をもつ者同士なら組めるかもしれないと思ったのだ。
書状を届けて帰ってきた三位によると、義元は会見の要請を二つ返事で了承したそうだ。おそらく、俺の読み通り、敵の敵は味方というように思ったのだろう。
そして、俺は今川方の鳴海城の城主である山口教継に案内されて、駿河の今川家の居城である今川館に向かっていた。
この山口教継は元々信秀の家臣であった男で、鳴海城の城主を任されるほど重用されていたが、信秀が死に、信奈が当主になると、うつけには従えないという理由で、今川家に城ごと寝返ったのだった。
「信友殿、あれが今川館でございます」
駿河に入ってしばらく馬に乗って進んでいると、教継が少し遠くに見えている建物を指で指しながら俺に教えてくれた。さすがは3ヶ国を治める大名なだけあって、かなりの大きさの館だった。
館に着くと、俺は秀隆以外の護衛の兵を待機させ、教継の案内で義元の待つ広間に向かった。
「義元様、こちらの方が織田信友殿でございます」
「ご苦労でしたわ、教継さん。あなたはもう下がってもよろしいですわ」
広間に着くと、すでに義元は待っていた。教継は俺を紹介すると、義元の言葉通りに広間から出ていった。秀隆は戸の外側で待機させている。
「はじめまして信友さん、わらわが今川義元ですわ、面を上げなさい」
今川義元は今川家第11代当主(第9代当主という説もある)で、合理的な軍事改革等の領国経営のみならず、外征面でも才覚を発揮して今川家の戦国大名への転身を成功させ、今川家の最盛期を築き上げた人物である。
「清洲織田家当主、織田信友です。この度は海道一の弓取りとして名高い、義元殿にお会いできて光栄です」
俺は挨拶をしながら、ゆっくりと顔を上げながら義元の顔を見てみると、なかなかの美人だったので少し驚いた。教継との会話で、義元が女であることは知っていたが、こんなに美人だとは思っていなかったからだ。
さすがは貴族趣味といったところであろうか、義元は十二単を着用していた。
「あらっ、信友さん、なかなか男前ですわね。気に入りましたわ。ところで、ご用件はなんですの?」
どうやら義元は顔で相手を判断する傾向があるようだ。気に入ったということは俺は義元の顔の判定基準に合格したということなのだろう。
「私の用件は義元殿と同盟を結んでもらうことです。信奈が道三と組んだために勢いを増してしまったので、海道一の弓取りとして名高い、義元殿のお力をお借りして、うつけの勢いを静めたいのです」
俺はストレートに用件を言った。義元が俺を気に入ってくれた今が勝負だと思ったからだ。
「おーほほほほ。信友さん、わらわと同盟を組みたいとは見る目がありますわね。ますます気に入りましたわ。後で蹴鞠でも一緒にいかがですか、おほほ」
「蹴鞠の経験はありませんが、それでもよろしければやりましょう、同盟を結んでくれるということでよろしいですか?」
「構いませんわ、わらわもうつけ姫のことは気に入っていませんでしたし、信友さんを支援してあげますわ。詳しい内容は、教継さんを通じてお伝えしますわ、さあ、蹴鞠でもしましょう」
俺は一応同盟を結ぶことに成功したので、少し安堵した。俺は俺をこの顔で生んでくれた母上に感謝した。詳しい内容というのは、尾張を統一したら今川家の上洛の手助けをしろとか何か用件があれば教継を通じて言えとかいうことだろう。
そして、俺は義元に半ば無理矢理に外に連れ出されて、蹴鞠をやることになってしまった。
「姉上!遅いですよ!ずっと一人で待っていたんですよ!もう!」
俺は義元に館の庭に連れてこられると、その庭には一人の少女がいた。その少女は義元の姿を見ると、義元の方に向かって走ってきて、怒りながら文句を言った。
「信友さん、彼女はわたくしの妹の氏真ですわ」
「はじめまして!氏真です!尾張にその人ありといわれる信友さんに会えて感激です!……って、姉上!私の話を無視しないでください!」
(この元気そうな少女があの今川氏真か……)
氏真の見た目は8、9才ぐらいで、姿は義元を少し幼くしたような感じだった。ただし、義元とは違い、氏真は十二単ではなく、普通の着物を着用していた。
今川氏真とは史実では義元の嫡男で、桶狭間の戦いで、義元が死んだ後、今川家当主となるが、武田信玄や徳川家康の攻撃、それに伴う家臣たちの離反などのために、今川家は滅亡、氏真自身は北条家や徳川家の庇護を受けながら余生を過ごしたそうだ。
「氏真、今日の蹴鞠は信友さんも参加致しますわ。だから、機嫌を直しなさい」
「えっ……、本当ですか!信友さん!」
氏真が俺の方をキラキラとした目で見つめてくる。
「今川家と盟友になった証拠として、下手だけど参加させてもらうよ」
俺は、こんな小さな少女にキラキラした目で見られて、断りにくくなったので了承した。
「やったー!いつも姉上と2人きりでやっていたので、仲間が増えて嬉しいです!えへへ……」
氏真は少女独特の可愛らしい純粋な笑顔を見せてくれた。妹が喜んでいるのが嬉しいのだろうか、隣にいた義元もにっこりと笑っていた。俺はそんな微笑ましい姉妹の様子を見て、心が安らいだ。
「さて、姉上、信友さん、早速蹴鞠をしましょう、それ!」
氏真は自身の袋から鞠を取り出すと、すぐに鞠を蹴った。
「よっと……、信友さん、そちらにいきましたわ」
氏真の蹴った鞠は義元の方に飛んでいった。さすがは義元といったところだろうか、その鞠をいとも簡単に蹴り返した。すると、今度は俺の方に飛んできた。
「えっ!こうなったらやけくそだ、……それ!……あれっ?」
鞠は俺の蹴り上げた足に当たることもなく、地面に落ちてしまった。
「おーほほほほ。信友さん、軍略は得意でも、蹴鞠はまだまだですわね」
「信友さん、心配しないでください!私と姉上が特訓しますから!」
「ええっ!そんな……、尾張にはいつ帰れることやら……」
義元も氏真も張り切っているので、しばらくは帰れないだろう。
「ふぅ、さすがに疲れたな。まさか蹴鞠をあんなにやらされるとは思ってもいなかった……」
結局あの後、3刻(約6時間)も蹴鞠の特訓をやらされたのだ。最後になんとか鞠を蹴り返すことができたので、こうして帰路に着くことができているのだ。
「殿、これで対抗策は成功ですね。蹴鞠のおかげで、今川家との絆も深まりましたし、万事うまくいっていますね」
鳴海城で、駿河から一緒に帰っていた教継と別れて、少しした後、秀隆が話しかけてきた。
確かに蹴鞠のおかげで、義元や氏真とかなり仲良くなれた。特に氏真には「これからは義兄のようにお慕いします!」と言われるほど気に入られた。
「だが、もう蹴鞠はこりごりだな、ハハッ……」
そうこうしているうちに俺たちは清州城に着いた。すぐに家臣たちを集めて、今後のことについての評定を開きたかったのだが、さすがに疲れたので、評定は延期することに決め、俺は自室で休むことにした。
「殿、夜分遅くに申し訳ありません。お客人が参られております」
俺は自室でぐっすりと寝ていると、誰かが俺を起こす声が聞こえたので、起きて自室の戸を開けると、三位がいた。
「……こんな夜中にか……誰が来たんだ?……」
「土田御前様、林通勝殿、佐久間信盛殿でございます」
土田御前とは亡き信秀の妻で、信奈や信勝の実母である。しかし、実母でありながら、破天荒な振る舞いをしたり、南蛮人と仲良くする信奈を毛嫌いして、礼儀正しい信勝を溺愛しており、信勝を勝幡織田家当主にしようとしているのだ。
林通勝、佐久間信盛は信勝の直臣なので、そんな奴らを連れて、こんな夜中にこっそりと面会を求めてくる理由はおおよそ見当がついていた。
「よし、会おう。広間に待たせておけ」
俺は正装に着替えると、広間に向かった。
「信友殿、こんな時間にお訪ねして申し訳ありません」
俺が広間に着くと、すでに3人は広間にいた。土田御前は俺の姿を確認すると、頭を下げて詫びてきた。隣にいる信盛も通勝も俺に頭を下げた。
「顔を上げてください。こんな夜中に、しかも、敵である私のところを訪ねるとは余程の訳があるのでしょう」
「……実はお話というのは、我が息子、信勝の家督のことです」
俺はそれを聞いて、やはりか、と思った。予想していた通りのことだった。
詳しく話を聞いてみると、昨日、あだ名がサルという信奈の足軽に信勝が殴られたらしい。おそらく、その足軽は正徳寺の会見の時にいた奴だろう。信勝はサルを打ち首にするように信奈に言ったのだが、1週間待ってほしいと言われたそうだ。信勝は延期の要請を了承し、その1週間の間に謀反の準備を整えようとしているという。そして、1週間後にサルを打ち首にしなかったら、謀反をするらしい。そこで謀反の際には、信勝に加勢してくれるように、こうして頼みに来たそうだ。すでに岩倉織田家も信勝に加勢することを確約したそうだ。
「……事情はよく分かりました。こうして私のところを訪れたのは信勝殿のご命令ですか?」
「いいえ、全てこの母である私の一存でやっています。信盛殿も通勝殿も了承してくれました」
信勝は謀反することは決意しているが、準備などは土田御前や信勝の家臣たちが独断で行っているようだ。つまり、信勝はお飾りの大将のようなものだ。
「……いいでしょう。ただし、私が加勢することは信勝殿には秘密にしておいてください。謀反の前日に私が直接、信勝殿にお伝えします」
「わかりました。加勢していただき、ありがとうございます。これであのうつけの娘から尾張を守ることができそうです」
土田御前たちは俺に礼をいうと、こっそりと清州城から出ていった。
「殿、何故信勝殿に加勢するのですか?」
俺の側でずっと控えていた三位が不思議そうに尋ねてきた。
「何をしてくるかわからない敵と、家臣たちなどのいう通りに動く敵となら、どちらが戦いやすいかぐらい、お前でもわかるだろう」
「……なるほど、もし信勝殿が勝てば、我らが後々戦いやすくなりますな」
史実では信勝は信長に謀反を企てて、失敗して殺されている。しかし、この世界では必ずしも信勝が負けるかわからないのだ。それなら、信勝の勝率が1%でも後々の清洲織田家のことを考えれば、信勝に加勢した方が利益があるのだ。ちなみに謀反前日に会見を要請したのは、信勝がどんな奴かを1度見るためである。信秀の葬儀で、チラッと見たぐらいだからだ。
「三位、明日から兵たちの訓練をより厳しくするように、……戦は近いぞ」
「はっ、いつでも出陣できるように鍛えておきます」
清洲織田家が史実通りに滅ぼされ、俺が討ち取られるかどうか、信奈との全面対決の時が刻一刻と迫っていた。
次回予告
「申し上げます、織田信勝様、末森城にて挙兵致しました!」
(始まったか……、さて、史実通りになるかな……それとも……)
第8話 末森城の戦い、信友の誤算
(過去編もいよいよ大詰めです、少し長くなりましたが、後、5話以内でプロローグの後の話に入ることができます、後少しだけ、過去編にお付き合いください)