物語はやっと原作に少し入ることができます。
「申し上げます、三位様の軍が松葉城を落城させたようでございます」
政友の加入からしばらく後、信奈が今川に寝返った山口教継の居城である鳴海城を攻めに行った。その結果、信奈の領地はほとんど無防備な状態になったので、三位の率いる軍が松葉城、俺の率いる軍が深田城を攻めようとしていた。信奈の援軍が期待できない状態なので、どちらの城も落城するのは時間の問題だった。
そして、さっきの伝令によると、三位が松葉城を落城させたようである。城主である織田伊賀守はわずかな兵たちと、信奈の居城である那古野城に逃げたそうである。
「三位もなかなかやるものだ。俺もそろそろ動くとするか。全軍!これより深田城を攻撃する!かかれ!」
「「「「おおっー!」」」」
俺の掛け声と共に、全軍が一気に深田城に攻撃を開始した。
「者共!私に続け!!」
秀隆は数百人の兵を率いて、城門を打ち破り、城内になだれ込んだ。それをきっかけに信友軍の兵が次々と城内に侵入し、城方の兵はどんどん減っていった。
「殿、これ以上は持ちこたえられませぬ。逃げましょう」
深田城の城主である織田信次は家臣たちに逃げるように言われていた。この織田信次は織田信秀の弟で、信奈の叔父である。
「わかった。那古野城に逃げることにしよう」
信次は家臣たちが懸命に戦っている中、側近たちと共に我先に逃げてしまった。城主が逃げたことを知った家来たちは戦う気をなくし、深田城はわずか半刻(約1時間)で落城した。
俺は落城させた松葉城と深田城を坂井大膳と河尻左馬丞に任せて、清洲城に戻った。
その後、教継との戦が引き分けに終わった信奈軍が松葉城と深田城を奪還しようと攻めてきたが、城の守りは堅く、失敗した。
「殿、斎藤道三が信奈にお会いになるそうです」
俺が秀隆と将棋をしていると、伝令がやってきて、信奈と道三の会見について知らせた。
斎藤道三は油売りから身を起こし、美濃国主まで成り上がった大名である。また、権謀術数を駆使して国主になったことから、美濃の蝮、と他国から恐れられているのだ。
「そうか、様子を見に行ってみるか」
(正徳寺の会見が生で見れるのか、嬉しすぎるな)
史実では、この会見で道三は信長がうつけどころか優れた武将であることを認識し、信長への協力を惜しまないようになるのだった。
「殿、一人では危ないです。この秀隆もお供致します」
「では、日時が分かったら秀隆にも伝えるよ」
「ありがとうございます。それと、殿、王手です」
俺が慌てて将棋盤を見ると、いつの間にか俺が圧倒的に負けていた。
「さすが秀隆、戦だけでなく将棋も強いとは、優秀だな」
俺が褒めてやると、秀隆は顔を赤くして嬉しそうに笑った。
「二人とも、待ってくだされ。老人は歩くのが遅いのです、ぜぇぜぇ……」
数日後、会見の日時と場所が把握し、俺は秀隆に伝え、今日、こっそりと行こうとしたら何故か政友にも知られて、「一緒に連れていってくだされ!」と言われたので、仕方なく3人で行くことになったのだが、馬を使えば、バレてしまうおそれがあったので、徒歩で行くことになったのだ。しかし、老人の政友には徒歩はきつく、よろよろ歩きでなんとか着いてきていた。
「政友、もう少しで正徳寺に到着するぞ。頑張れ」
俺は政友を励ましながら、なんとか無事に正徳寺に到着した。
俺は正徳寺の僧侶に金を渡すことで、会見予定の本堂の屋根裏から、会見をこっそりと見ることを黙認してもらった。
「うわっ、ほこりだらけだな。ケホッ、ケホッ……」
長らく掃除をしていなかったのだろう。屋根裏に上ると、ほこりが舞いまくっていた。
「とりあえず、2人とも、会見が終わり、信奈と道三が帰るまでは気づかれないように気をつけろ」
「「はっ」」
「殿、起きてくだされ!道三が本堂に入ってきました。何故か道三は正装ではなく、平服の格好をしています」
俺が少しうとうとしていると、ずっと見張っていた政友が道三を発見したので、俺を叩き起こした。
俺は眠い目を擦りながら見てみると、道三が畳の上に座ろうとしていたところだった。
(平服の理由はこちらに来る信奈の姿を密かに見てきたからだろう)
史実で道三は会見の前に、信長を一目見ようと、正徳寺にやって来る信長軍をこっそりと観察した。そして、その観察で、信長のうつけの姿をはっきりと見たので、わざわざ正装する必要もないと思ったのだった。
そして、この世界でも道三は史実と同じように観察したので、正装をしていないのだろう。
「殿、ただいま戻りました、暇だったのでこっそりと外の様子を調べて参りました」
俺は先程俺が起きたときに秀隆の姿がないのを不思議に思っていたが、秀隆の説明で納得した。
秀隆によると、信奈軍も正徳寺に到着しており、信奈が別室に入ってからなかなか出てこないので、道三が待っている状態になっているらしい。
「いつまで待たせる気かのう」
道三が暇そうに扇子をパタパタと扇いでいる。
「待たせたわね!蝮!」
勢いよく戸を開けるのと同時に、信奈が姿を現した。
「そ、そんなバカな!? な、なんという、美少女じゃ!?」
道三は扇いでいた扇子を落とすほど驚いた。会見前の観察ではうつけの姿だった信奈が、今では身だしなみをきちんと整えた絶世の美少女の姿で現れたからだ。
屋根裏からでも、信奈の姿はギリギリ見えた。
(姫様、やはりうつけではありませんでしたな……こうしてこっそりですが、姫様の立派なお姿を見れて、爺も嬉しいです……)
実は政友が会見に着いてきた理由は信奈の立派な姿を見るためだった。重大な道三との会見なら、信奈の本当の力を見れるのではないかと思い、同行することを許してもらおうとしたのだ。そして、信奈の立派な姿を見れたことに感動し、服の裾で顔を隠しながらひっそりと泣いた。
「……私だって……正装すればあの程度……」
俺が黙って信奈を見ていたので、少し嫉妬でもしたのだろうか、秀隆が小さな声で呟いた。
「秀隆が美人なのは、家臣に迎えたときから知っているよ」
「殿……ありがとうございます……えへへ……」
その小さな呟きを聞いた俺は秀隆に優しく声をかけてあげると、秀隆は嬉しそうに笑ってくれた。
そうこうしている間にも、信奈と道三との会見は進んでいった。信奈が大量の鉄砲をどのようにして集めたのか、なぜうつけ姿でいるのか、信奈の世界に対する思いなど、順調に話は進んでいった。しかし、天下を盗るためには美濃が必要だから欲しいと、信奈が道三に言うと、場の空気が変わった。
「尾張すら統一できていないそなたに、そう簡単に渡すわけにはいかぬな」
「そういうと思ったわ。タダでくれるとは思ってもいなかったし……、天下統一のためには、抗う者は倒すしかないわね」
「手始めに美濃が欲しいのなら、相手になるぞ」
道三は立ち上がり、蝮が獲物を狙う時のような目をして信奈を睨み付けた。
「望むところだわ、岩倉織田家と清洲織田家を滅ぼすついでに斎藤家も滅ぼしてあげるわ」
負けじと信奈も立ち上がり、道三を睨み返した。
(あれ?もしかして、史実と違う結果になるのかな……)
俺は疑問に思いながら見ていた。史実通りなら、道三が信奈の器量を認め、美濃の譲り状を書くはずのだが、このままでは開戦になりそうな雰囲気だった
「ちょっと待った!斎藤道三、俺にはあんたの考えがわかる!」
本堂の外から若い男が道三に声をかけたようである。残念ながら屋根裏からでは外を見ることはできないので、誰が声をかけたのかは、俺には分からなかった。
「サル!無礼よ、詫びなさい!」
「座興じゃ、言わせてみようぞ」
信奈があだ名がサルという家臣を止めようとしたが、道三は発言を許可した。
「道三、あんたは家臣たちにこの後、こう言うんだ!『我が子たちはあのうつけの門前に馬をつなぐようになる』ってな!」
「な、なんと? お、お主!何故、我が心がわかったのじゃ!さては、妖術使いか!」
道三は自分が思っていたことをそのまま言われたので、かなり動揺していた。
「俺はただ知っていただけさ。俺は未来からやって来たからな。あんたは信奈に美濃を譲らないと、これまでの自分の人生が無駄になるとわかってるはずだ。斎藤道三の夢を引き継ぐことのできる人物は信奈だけだ」
道三の夢とは、日本を商人が自由に商いを行える国にすることだった。元々道三は油売りだったので、商人が自由に商いをできない苦労を身をもって知っていたのだ。
しかし、美濃の守護大名だった土岐頼芸を追い出し、美濃を手に入れるのに時間がかかりすぎたため、その夢を自分の力だけで叶えるのは不可能に近かった。そのため、自分の夢を理解してくれる信奈に美濃を譲ることで、それを実現してもらおうとひっそりと思っていた。
武人の意地が邪魔をして、なかなか言い出せなかったが、この未来人らしき男の発言により、意地を張るのはやめて、素直になることに決めた。
「……わしの負けじゃ。まさか未来人がいるとはのう、いくら蝮といえど、とても勝てる相手ではないのう」
「ちなみに未来の世界じゃ、斎藤道三は有名人だぜ」
「そうか、わしは後世にまで名を残せたのじゃな……」
道三は満足そうな表情で、ゆっくりと座り込んだ。
「この蝮、今後は信奈ちゃんの尾張統一のために力を貸そう。そして、尾張を統一した際には、そなたに……我が娘に美濃を譲る!」
「蝮……本当に、いいの?」
道三は筆を取り出し、譲り状をさらさらと書くと、信奈に渡した。
「これが証拠じゃ、持っておくがよい。それと、いつでも援軍が必要なら送ることにしよう」
油売りから自分の人生のほとんどを使って手に入れた美濃を譲ることや、援軍をいつでも送るということを宣言した。
その後、会見はすぐに終わり、道三も信奈も家臣たちを連れて帰っていった。
俺たちは屋根裏から降りて、僧侶に礼を言うと、清州城に帰ることにした。
「殿、厄介なことになりましたね。サルとかいう奴さえいなければ、道三が信奈と同盟を結ぶこともなかったかもしれませんのに……」
秀隆が、帰る途中で悔しそうな顔で呟いた。
(あのサルという奴は何者だろうな。俺と同じように未来から来たとか言っていたが、本当だろうか、道三の心を言い当てたから可能性は大きいだろうな)
俺はサルと聞いたとき、最初は木下藤吉郎、後の豊臣秀吉かと思ったが、雰囲気でそうではないことに気づいたのだ。姿を見れなかったので確信はないが……
「殿、我らも何かしら手を打たないと大変なことになりますぞ、どうなさいますか?」
政友は俺に問いかけてきた。
政友は幼い頃から見守ってきた信奈の立派な姿を見れたことには満足していたが、清洲織田家が信奈と道三との同盟のせいで、危険な状況になることもわかっていたので、心配もしているのだ。
「秀隆、政友、心配するな。すでにとある方に会う手筈は整っている。三位が今頃、書状を届けに行っているだろう」
俺はこの会見を知っていたので、すでに対抗策として、とある方と同盟を組むために、内密に三位に書状を届けさせていたのだ。
「殿、どなたでございますか? 織田信安ですか、それとも織田信勝ですか?」
秀隆が不思議そうに聞いてくる。
「道三に対抗するためには、信安や信勝では格が違いすぎる。もっと大きな勢力と組まなければならない」
その後の俺の発言で、秀隆も政友もかなり驚いた表情になってしまった。
「三位が書状を届けに行っている相手は、
海道一の弓取りといわれる、今川義元だ」
次回予告
「おーほほほほ。信友さん、わらわと同盟を組みたいとは見る目がありますわね。気に入りましたわ。後で蹴鞠でも一緒にいかがですか、おほほ」
「蹴鞠の経験はありませんが、それでもよろしければやりましょう」
第7話 今川義元との同盟