「信友様、また団子でもいかがですか?」
「ではお言葉に甘えて、いただくとしよう」
俺が元服して、約半年が過ぎた。元服してからも、特に元服前の生活とは変わらずに暮らしていた。
変わった点といえば、領地視察をよくするようになったところぐらいだろうか。
今もこうして清州城下の人々の様子を見に来ているのである。
「もぐもぐ、おっ!前より腕をあげたではないか!とても美味しいぞ」
「本当ですか!苦労したかいがありました」
俺は清州城下に来ると、よくこの団子屋に立ち寄るので、店主とはとても仲がよく、俺が視察に来なかった間の城下の様子などもよく教えてくれるのだ。
「ところで信友様、最近、お父上様と織田信秀様との関係が悪化しており、このままでは戦になるという噂を耳にしましたが、大丈夫でしょうか……」
父上と織田信秀の関係が悪化している原因は、信秀が父上の敵である岩倉織田家の当主の織田信安と同盟を結んだからだ。これにより、一時は友好的であった両家の関係が一気に悪化した。元服してから、信奈が1度も清州城に来ない理由もそれである。
「心配ない、万が一、戦になったとしても、この信友が敵を捻り潰してやろう!」
「若!こちらに居られましたか。至急、清州城にお戻りくだされ!殿がお待ちでございます!」
俺が店主に勝利宣言をしていると、俺の小姓が俺を呼び戻しにきたので、店主に別れを告げ、急いで小姓とともに清州城に戻った。
俺は清州城に戻ると、城内はいつも以上に慌ただしく家臣たちが行き来していたが、俺はあまり気にせずに、父上の部屋に向かった。
「父上、お呼びでございますか」
「来たか、信友。入れ」
俺が部屋に入ると、父上は具足を身につけている途中だった。
「父上、具足など着てどうされたのですか?」
「織田信秀が我が領内に侵攻してきたので、迎え撃つ準備をしておるのじゃ。お前を呼び戻したのは、この戦にお前も参加するためじゃ」
俺は全身が震えるのを感じた。いよいよ、初陣の時がきたからだ。
「お前も早く支度しろ。支度ができ次第、広間に来るのじゃ」
「しかし、父上、私は具足をもっていませんが……」
すると、父上は「少し自室で待っていろ」と言ったので、俺は部屋に戻り、待つことにした。
「若、殿からのお届け物です」
小姓の声が聞こえたので、俺が戸を開けると、小姓は少し大きい箱を持っていた。
俺は小姓から箱を受け取り、箱を開けると、立派な具足や兜が入っていた。
(父上、いつの間にこんな立派な具足を……、ありがとうございます)
「若、お着替えを手伝わせていただきます。早く支度し、広間に参りましょう」
俺は小姓に手伝ってもらいながら支度をすると、広間に向かった。広間にはすでに家臣たちが揃っていた。
「おお、凛々しい姿だな。お前のそんな姿を見れて嬉しいぞ。信友、わしの前に来い。渡すものがある」
俺が父上の前に行くと、父上は俺に刀を渡した。
「この刀はわしが1度上洛したときに、関白の近衛前久様からいただいた名刀じゃ。お前に渡そう」
父上は俺が幼いときに、尾張の守護大名の斯波義統の代理として上洛したのだ。軍事目的ではなかったために、京を支配するなどということはなかったが、父上は後になって「あの時、三好軍と戦ってみてもよかったな」と少し後悔したような顔で言っていたのを覚えている。まあ、3000の兵では三好には勝てないだろうが……。
その時に御所に行き、近衛前久に拝謁し、とても気に入られて名刀をいただいたと聞いていたので、おそらくこの刀だろう。
「父上、ありがとうございます。大事に致します」
「では出陣じゃ!我が領内から敵を追い出すのじゃ!」
「「「「おおっー!」」」」
清州城を出た織田達勝、織田信友、河尻左馬丞、坂井大膳、織田三位、那古野弥五郎などを主力とする織田達勝軍約1500は領内に侵攻してきた織田信秀、佐久間信盛、平手政秀、林通勝、織田信実、織田信光などを主力とする織田信秀軍約1300と対峙した。
「信友、お前は別動隊600を率いて、夜のうちに敵の背後に移動するのじゃ。夜が明けると、わしの率いる本隊が信秀軍に攻めかかる。お前はわしが合図した後、背後を攻めるのじゃ。副将には河尻左馬丞をつける。信友、油断するなよ」
「はい、父上、吉報をお待ちください」
俺は夜になると、左馬丞と合流し、別動隊を率いて信秀軍の背後へと静かに移動し始めた。
「左馬丞、そういえばお主の親戚で優秀な姫武将がいるみたいだな。この戦にも参加しているのか?」
実は領内視察をしていた時に河尻一族で優秀な姫武将がいるという噂を耳にしていたからだ。
「ご存じでしたか。あやつは確かに一族の中で一番優秀だと思います。まだ足軽ですが、この戦にも参加しております」
「一族の中で一番か。それは素晴らしいな。俺の家臣に迎えたいほどだ」
そんな話をしていると、敵に気づかれることなく背後に移動することに成功したようだ。
「若、この辺に陣を構え、殿の合図を待ちましょう」
「そうだな。全軍、本隊の合図と共に明け方、敵を攻める!それまで体を休めておけ、よいな!」
「「「「はっ」」」」
俺は兵たちに命令した後、左馬丞と話をしていた。
「左馬丞、この戦はこのままでも勝てるが、勝利を確実にするために実は父上には内緒である策を実行しているのだ。どんな策かは言えぬが、この策が成功すれば確実に勝てる」
「さすが若、微塵の隙もありませんな!」
その頃、信秀軍の陣では、
「殿、達勝軍など蹴散らしてやりましょう」
信盛が余裕そうに話しているのを、信秀は困った顔で聞いていた。
「信盛、敵にはあの織田信友もいるのだぞ。信奈が昔、信友と仲良くしていたようだから、いろいろ聞いたのだが、なかなか優秀な武将らしいぞ。油断は禁物だぞ」
信秀はよく信奈から「父上、信友と戦うときは気をつけた方がいいわよ。あいつは普通の武将じゃないわよ」と言われていたので、警戒しているのだ。
「ところで政秀、織田信安殿から返事はきたか」
「はい、殿、了承をいただきました」
「そうか、これで少しは安心だな」
実は信秀もとある策を実行していたのだ。
「若、本隊が信秀軍に攻めかかったようです」
「いよいよ、始まったか」
俺は合戦が始まっている場所から少し離れた陣の中で、父上の合図を待っていた。すでに別動隊の兵たちの準備はできており、いつでも出撃できる状態だ。
「若、本陣より攻撃の合図の狼煙が上がりました!」
「よし、全軍、これより信秀軍の背後を攻める!我らを敵にしたことを後悔させてやろう!」
「「「「おおっー!」」」」
俺は別動隊600を率いて、敵の背後に攻めかかった。
「大変だ、敵が後ろから攻めてきたぞ!」
「挟み撃ちなんかされたら、勝てないみゃー!」
背後に突如、敵が現れたので信秀軍は混乱してしまった。
信秀の陣では、
「達勝もやるのう」
信秀は本陣で、達勝の采配に感心していた。
「信盛、通勝、お前たちは背後に現れた敵の別動隊を片付けて参れ」
「「はっ」」
信秀は挟み撃ちにされたにもかかわらず、こんなに落ち着いているのは、政秀と計画した策があるからだ。
「政秀、そろそろ来るかのう?」
「おそろく、もう来るでしょう」
彼らが待っているのは織田信安の援軍だ。昨夜、信安から了承の返事がきたので、待っているのだ。その策が信友の策によって、潰されているとも知らずに……。
「若、我が軍が押しておりますぞ。このまま、敵を壊滅させましょう!」
戦況は信友軍が優勢だった。信友の別動隊は林軍を撃破し、佐久間軍ももう少しで壊滅させる状態まできていた。それを見ていた達勝の本隊も「我らも頑張るのじゃ!」と勢いを増し、信光軍、信実軍を追い詰めていった。
「左馬丞、あの足軽はものすごいな、もしかして、あの足軽が河尻一族の最強の者か?」
俺が馬上からとある足軽に指を指しながら左馬丞に聞いた。その足軽は一人で次々と敵兵を斬りまくり、明らかに他の足軽とは比べ物にならないぐらい強かった。
「はい、あの者でございます。名は河尻秀隆、若とも年が近い姫武将でございます」
(やはり、河尻秀隆か、河尻姓で優秀な武将といえば、秀隆しか思いつかなかったが……)
河尻秀隆、史実では黒母衣衆筆頭として織田信長に仕え、のちに織田信忠の補佐役及び、美濃岩村城主や甲斐府中城城主も務めたほどの武将だ。
「合戦が終わったら、俺のところに連れてきてくれないか。あれほどの者が足軽では勿体ない」
「わかりました、合戦後、連れてきます」
「大変でございます!織田信清軍がやって来ました!」
伝令の発言により、陣中の兵たちに動揺が走った。織田信清は信奈の従兄弟で犬山城を居城としているどの家にも属さない、独立勢力であった。そのため、味方なのか敵なのかわからない厄介な武将だった。もし信清軍がこちらに攻めてくれば、瞬く間に劣勢になるからだ。
「やっと来たか、これで勝利は確実だな」
「若、それはどういうことでございますか?」
左馬丞を始めとした陣中の兵たちが不思議そうに俺を見ている。
「昨夜の策というのは、こういうことだ。織田信清殿に援軍を頼んでいる、それが今実行された」
「この織田信清、これより織田信友殿の加勢を致す、かかれ!」
両軍が激戦を繰り広げているところに、織田信清軍が現れた。両軍が動揺したが、信清の発言と同時に信秀軍に攻撃し始めたので達勝軍の士気は上がり、信秀軍はさらに押されることになった。
「信安軍は何故来ないのだ!」
「どうやら、こちらに向かう途中に、信清軍の奇襲を受け、岩倉城に逃げ帰ったようでございます」
信秀は動揺していた。頼みの綱だった信安軍が来ないからだ。しかも、信清軍が敵に加勢したことにより、こちらの士気はますます下がり、敗北濃厚となっていたからだ。
「仕方ない、どうやら敵を甘く見すぎたようだな。全軍、退却じゃ!」
信秀軍は散り散りになりながら退却していった。
「どうやら勝てたようだな」
「若、お見事でした。とても初陣とは思えぬお姿でした。この左馬丞、感服致しました」
俺はこの戦で初めて人を斬った。戦中では特に何も思わなかったが、終わってみると、これが人の命を奪うという感覚なんだなと少し恐怖を感じていた。
俺たちは陣を引き払うと、父上のいる本陣へと向かった。本陣に入ると、父上が信清殿に礼を言っていた。
「信清殿、世話になり申した」
「達勝殿、私は信友殿から懇切丁寧な書状を受け取り、感激し、加勢したまで。よい息子をお持ちですな。ではこれにて」
信清殿は陣の入り口付近で立っている俺に気づくと、軽く頭を下げ、去っていった。
「信友、見事であったぞ。まさか信清殿を味方にするとはたいしたやつじゃ。戦でも敵を次々と撃ち破ったそうではないか。これでもうお前は立派な武将だな」
父上は俺の姿を見つけると、満足した顔で褒めてくれた。
「お前は別動隊と共に、先に清州城に戻っておれ。わしらも本陣を引き払い次第戻る」
俺は父上の言葉に従い、別動隊を率いて、清州城に戻った。かくして、俺の初陣は無事に終わった。
しかし、この時、俺は気づいていなかった。陣を去る俺の後ろ姿を父上が悲しそうな笑顔で見ていたことを……。
達勝Side
(何とか、信友の初陣は無事に見守れたか。初陣であそこまでやるとはたいしたものよ)
わしは先ほどまで信秀軍と戦っていた戦場を見ながら思った。
「これでわしももう思い残すことはないな……、ゴホッ、ゴホッ……!?」
急に苦しくなり、手で口を抑えて咳き込むと、手には血がついていた。
(そろそろ限界かのう、信友、わしがいなくなってもお前なら大丈夫じゃろう。お前は当家の光だからのう)
達勝は自分の命の火がまもなく消えることに気づいていた。
次回予告
「信友、後のことは頼んだぞ」
「父上、もうお休みください。後のことは私にお任せください」
第3話 さらば達勝