しばらくは過去の話を書いていきます。
時は少し昔に遡る。
「彦五郎、また南蛮の話を聞かせてもらってもいいかしら?」
「いいよ、吉ちゃん、今日はどのあたりを話そうか?」
(この生活にもすっかり慣れてしまったなぁ)
俺の名前は彦五郎、後の織田信友であり、織田達勝の子で清洲織田家の跡継ぎである。
しかし、俺の本当の正体は未来人、ある日眠りから覚めると赤ん坊になっており、いつの間にか生まれ変わってしまっていたのだ。
最初は現代とは違う生活に大変苦労した。
特に赤ん坊の時に母上の乳を吸うのが恥ずかしくてたまらなかった。母上は「彦五郎は恥ずかしがりやさんね」とか言って笑っていたが……。
その母上も数年前に病でこの世を去ってしまった。俺は葬儀の時に泣きまくり、父上を困らせてしまったが……。
肝心の生活面は、元服の年も近い最近になると、武術や学問の稽古、食事、睡眠、礼儀・作法など最初は苦労したこともすっかり慣れてしまい、跡継ぎとしてしっかりと生活はできていると思う。
「今日はローマ帝国の話が聞きたいわ」
先ほどから俺に南蛮の話をしろと清州城の俺の部屋に乗り込んで言ってくる女の子は吉、後の織田信奈であり、織田信秀の娘で勝幡織田家の跡継ぎである。俺がこの時代に来て一番驚いたのは、武将や大名が女であることが普通であることだ。清洲織田家は今のところ武将は男だらけだが……。
「わかったよ、では今日はハドリアヌス皇帝の時代のローマ帝国について話そうか」
何故本来は敵である人物と仲良く話をしているのか。それは俺の父の織田達勝と、吉の父の織田信秀が一時的な和睦を結び、両家の関係が良くなったからである。
さらに吉は南蛮の話が好きそうだったので、前に未来で習った世界史の話を少しすると、信奈に「彦五朗、凄いわ!今日からあんたは私の遊び相手兼話し相手よ」と言われたので、暇な時に吉と話したり、遊んだりしていたのだ。
「……というわけでハドリアヌス皇帝は元老院との関係は良くなかったんだ」
「ありがとう、とても面白かったわ。また、聞かせてね」
そう言うと、吉は俺の部屋から出ていった。しかし、吉の南蛮に対する興味は凄い、俺の話を真剣な顔で何時間でも聞いているから恐れ入った。
まあわざわざ清州城まで何度も自ら来る時点から、興味が凄くあるというのは分かるが……。
さらに清州城に来るのは、逃げ場としていいからという理由もあるらしい。吉の守役の平手政秀殿が俺に「姫様を匿わないでくだされ」と困った顔で言われたときは、こちらも匿っているつもりはないので困ったが……。
吉に政秀殿が困っていることを伝えると、「だって爺の話より彦五郎の話の方が面白いわ、だからこうして来ているのよ」と言って聞く耳を持たなかった。俺としては史実通りの政秀殿の切腹だけは避けたいものだが、大丈夫だろうか。
それにしても前に「彦五郎は何故そんなに南蛮の知識が豊富なの?」と言われた時には焦ったな。何とか宣教師に詳しく教えてもらったということで誤魔化したが、危ないところだった。
「若、そろそろ剣術の稽古のお時間です」
「わかったよ、すぐに行こう」
俺を呼びに来た小姓と共に道場に行くと、何と父上が木刀をもって待っていた。
「父上、まさか父上と私が勝負をするのですか?」
「その通りじゃ。彦五郎、家臣たちから聞いたのだが、そうとう強いらしいな。そこでどのくらい強いのか知りたくなったのじゃ」
実は俺は何故か生まれ変わった時にものすごい力を身につけてしまったようであり、特に武術は優れていて、いつも手合わせする家臣たちを一瞬で倒してしまうのだ。この間の稽古では、何と合戦経験が家臣たちで一番豊富な織田三位を倒してしまったのだ。
そのことが父上の耳に入ったのだろう。
「さあこい!彦五郎!手加減はなしじゃぞ!」
「わかりました!父上!全力でお相手致します!」
俺は木刀をとり、父上と対峙した。
「いくぞ、彦五郎! はぁーっ!!」
父上はかけ声とともに攻めてかかかってきた。
俺は攻撃を受け止めたが、衝撃が強かったので、衝撃を半身を返して脇に受け流すと、父上は体制を崩した。
俺がその隙を逃さずに、父上が体制を崩したとき、うっかり離してしまった木刀を奪うと、俺のもっていた木刀の切っ先を父上に突きつけた。
「父上、私の勝ちです」
「いつの間にかこんなに強くなって、子の成長とは早いものじゃ。わしではもう相手にもならぬな、父として嬉しいかぎりじゃ。今日の稽古はもうよい。部屋で休むがよい」
父上は満足そうな顔で言って、道場を出ていった。
その夜、父上が広間で話があると言ったので、俺が広間に行くと、そこには父上、清洲織田家の主な家臣たちが待っていた。
「父上、こんなに家臣たちを集めてどうしたのですか」
「彦五郎、大事な話があるのじゃ。そこに座るのじゃ」
俺が静かに座ると、父上は真剣な顔で言った。
「今からお主の元服の儀を執り行う。よいな」
「父上!誠にございますか!私が元服するには少し年が幼い気が致しますが……。」
俺は驚いた。まさか、もう元服するとは思っていなかったからだ。
「今日の稽古でお前の実力ははっきりした。学問の方も家臣たちに聞くと順調らしいしな。だから、もう元服してもよい頃じゃと思ってな。家臣たちも賛同しているのじゃ」
俺が家臣たちの方を向くと、皆、満足そうな顔で頷いてくれた。
「若はもう元服しても恥ずかしくない器量をお持ちです。この織田三位が保証致します」
「この坂井大膳も同意見です。若は家臣たち、領民たちからの人気もよく、人望もございます。いつの日か必ず立派な当主になられるでしょう」
「「「「我ら家臣一同、若の元服に賛成です!」」」」
俺は家臣たちがそこまで俺のことを認めてくれていることを知り、胸が熱くなった。
ここまでくれば、もう返事は決まっている。
「今日からお前の名前は信友だ、当家の光になってくれ」
「はい、父上。頑張ります」
こうして、俺は元服し、織田信友に名を変えた。
達勝Side
(信友は必ずわしを越える武将になるだろうな、今日の手合わせでよくわかったわい)
自分の息子の元服の儀が終わった後、わしは清洲城の自室で一人で月を見ながら酒を飲んでいた。
「殿、御用があるとお聞きし参上致しました」
「来たか三位、入れ」
三位は部屋に入ると、わしの隣に座った。
「三位、信友は優秀だが、まだ幼い。これからも支えてやってくれ」
わしは三位に頭を下げ、頼んだ。
「殿、お顔をお上げくだされ。そのようなことは当然でございます。それに殿もまだまだお元気ではありませんか。最期のような頼みはしないでくだされ」
「最期の頼みか、フフッ、そうなるやもしれんな」
そう言うと、わしはまた一口酒を飲んだ。
「殿、それはどういう……!? まさか!殿、……」
「今のところは大丈夫だが、少なくとも数年のうちに妻ともう一度会うことになるだろうな」
わしは酒の水面に映される自分の顔を見ながら言った。
「わしとしては、信友が立派な武将になるまで、見守りたかったが、最早叶うまい。せめて、あやつの初陣までは見守ってやれればよいが……」
水面に映っている自分の顔が悲しい顔になっていくのに気づいた。
「三位、このことは誰に申すな、無論、信友にもだ。よいな」
「わかりました、殿、決して誰にも申しません」
三位はそう言って、部屋を出ていった。
(わしの体よ、どうかもう少しだけもってくれ、せめて信友の初陣が終わるその時まで……)
わしは月に祈るようにして、最後の一口の酒を飲んだ。
次回予告
「信友、油断は禁物じゃぞ」
「はい、父上。吉報をお待ちください」
第2話 初陣 ~織田信友VS織田信秀~
(第2話の前に、主役の信友の設定を入れる予定です)