fate/another_dream -モウヒトリノユメ- 作:きゃべる
第四次聖杯戦争のキャスターは、想定外のモノだった。
一つ、彼が未来の人物だということ。
一つ、彼が一般的な英雄ではなく、魔術師の中での伝説になる者だということ。
一つ、彼が代償はあれど大聖杯にほとんど等しい宝具を持っていたということ。
聖杯戦争の根本を覆しかねない存在だった。遠坂時臣が気安く客としてキャスターに根源の話題をふってこなかったのは、その危険性を十分理解していたからなのだろう。
思うだけなら自由だ。根源に至ろうとすれば抑止力が働くが、根源に至る夢を見るのは自由だ。夢見るのが自由だからと、一足飛びで夢伝いに根源を覗いたのは後にも先にも彼だけだろうけど。なんとも思っていない様子で明かされたその逸話は、彼の「夢」という特殊な起源の危険性をありありと語っていた。
かの英霊は暗躍こそ多けれど、意外なことに成し遂げたのはたった一つだけだった。
英雄王の単騎討伐――本人は討伐ではなく説得だと語るが――ただそれだけの偉業だった。
fate/another dream
第八夢 「ダイヨジ」
「精神の解体清掃」と言う技能が存在する。
自己催眠の術の一種で、その名のとおり自己の意識を解体しストレス識域諸共消し飛ばすという荒療治であり、その利便性に反して好んで使用する魔術師は少ない。それは己の人格をバラバラな無意味なものにしてしまうことへの抵抗感なのか、使用中に無防備となる欠点への忌避感なのかはわからない。けれど、これを愛用するほどの魔術師は世界中探してもこの男くらいなのではないだろうか。
「さて、どうすっかな」
足元で死んだように眠るセイバーのマスターを横目にキセルを吹かす。夢の中でなお眠るとは何事か。精神解体の技術自体は知っていたが、それを使用した相手の夢に干渉するとこんなことになるのは流石に初めて知った。愛用の煙草の煙が室内へと満たされる。これで衛宮切嗣はその身についた匂いのために知らぬ間に何者かが訪れたということに気づくだろう。それを警戒して、次は普通に睡眠を取ってくれると良いのだけれど。
「まさかこんなちょっとした小ワザで俺が干渉できなくなるなんて……夢で会おうと律儀に待ってたのが馬鹿みたいじゃねえか。いくらサーヴァント状態だからって言っても、情けないな」
キャスターの'夢'からは意思を持つ者はもちろん、無機物さえも逃れることはできない。致命傷が与えられるか、知りたい情報が得られるかは別として、全てのものは夢を見るからだ。だから夢を渡ればどんなものとも対話できる。そう自負していたというのに、精神解体などという簡単な術で逃れられてしまったのだ。虚しくもなるはずだった。
己の主の命令を思い出す。衛宮切嗣への監視、及びその人となりの報告。一見聖杯戦争に勝つためには無駄な仕事のようにも思えるが、命令されるのは苦ではなかった。いや、逆だ。自分は保有スキルのせいで命令されないと何もできないのだ。例えば夜な夜な同盟を組んでいるアーチャーが自分のマスターとあらぬ会話をしていると気づいても、何もできない。アーチャーもそれに気づいていて、あえてあの会話を盗み聞きしている俺を野放しにしている。
「やっぱり、あの人だよなあ」
懐から十字架を取り出した。かつてまだ高校生だった頃の自分が手に入れたとある客の対価。多少の退魔効果があり、重宝したのを覚えている。そしてその客の末路も。
「……」
浮世離れした自分が召喚される触媒など、これ以外は思い浮かばなかった。同じ境遇の者が存在するはずはなく、精神性の類似からの召喚ではないと断言できるからだ。
「「やりなおす」なんて、よりにもよってこの俺が経験するとは思わなかったな。マスターに望まれたから応答しただけだと思ってたけど。これじゃあ二人目どころか三人目じゃないか……」
同じだけど、違うもの。かつてやり直しを願ってしまった俺じゃない俺のことを思い出す。
すべてのことには意味が有る。既に縁は繋がった。そして繋がった縁は巡り巡ってまた戻る。全ては人の願い故。ならば、此度の聖杯戦争で俺が召喚された理由は、一体何なのだろう。しばらく考えても答えは出なかった。
◆
何もかもが燃えている。モノは焼け、空は黒ずみ、人は死ぬ。地獄の再現地に俺たちはいた。
「まさか俺たちが最後まで残るだなんて思わなかったが」
己のマスター――言峰綺礼に話しかけるが、反応はない。理由など分かっている。
「願いは叶ったか?」
そんなこと、聞くまでもない。俺自身がこの男の願いを叶えたのだ。なのに問わずにはいられなかった。男が願いを叶えた先にあるのは絶望だけだと、召喚される前から知っていたから。
本来ならこの男はいまここで、いや、もっと早く死ぬべきだった。
わかっている。気づいている。俺よりもずっとずっと凄いあの人が導いた必然は言峰綺礼の死だった。それを、俺が歪めた。本来あるべき結末を経験したからこそ出た欲。サーヴァントのあり方に甘え、出過ぎた干渉をした結果が、全員の魂が傷つくこの結末だった。
神父がが首から下げている十字架と、全く同じ十字架を右手できつく握りしめる。
「キャスター、なぜお前が生きている。それに眼鏡はどうした」
「眼鏡は英雄王と話した夢の世界に置き忘れてしまったよ。セイバーには負けた。だがどうやら俺は人外に好かれる性質らしくてな。聖杯の呪いに生かされたようだ」
「聖杯が?」
「聖杯の'呪い'がだ」
辺りの惨状を見れば、確かに聖杯の中身は呪いと称するにふさわしい。十字架をきつく握りしめた右手からは血が流れた。まぎれもない実体。俺は受肉を果たしていた。霊核を破壊されたような存在を生かすなど、どうかしていると思う。それは死者を蘇生させるのと同じような、因果に反したことだ。
「いくら不可抗力だったとはいえ、俺は《この世全ての悪》(この子)の願いをかなえなければならなくなった。で、あんたはどうなんだ。満足できたか」
「……これでは足りない。私のような悪が、このような悪が生み出された理由があるはずだ。その理由を私は知らなければならない」
「そうですか」
破滅するとわかっていてなお言峰の願いを受諾したのは俺だ。ならば、その責任は俺が取らなくてはいけない。
「――あなたの願い、叶えましょう」
ふと、彼女ならばどうしたのだろうかという疑問が頭によぎった。
異なる状況。二度目の決断。ヒトならざるものへの過度の同情。俺は、理不尽な役割を押し付けられてしまった存在を、身勝手にも「救えるのなら救ってやりたい」などと考えてしまったが。あの人ならば、おそらく違った叶え方をするに違いないと思った。
悪夢の炎の中で、俺は願いの対価を受け取った。
「これから、貴様はどうするつもりだ?」
「そうだな。残存魔力と地脈からの供給を考えると、早くて5年、遅くても10年内には次の聖杯戦争が行われるだろう。英雄王が大きすぎた。通常よりもかなり早い」
全てを手にした原初の王は、死してなお並の英霊の三倍の霊格を見せつけた。一人で三騎分の容量。御三家が協力して英雄王だらけの聖杯戦争でも開けば全員で仲良く根源にいけるんじゃないか――いや、これは世迷言だ。あんなのが七人も揃ったら世界がいくつあっても足りやしない。こんなことを考えるなんて、俺も相当疲れている。
「されど十年。人の身には十分長い。それまではあなたの願いはどうしようもないし、流石にすぐに杯を満たせなんて願いの対価は貴方には払えない。だからこの先十年間、俺は《この世全ての悪》(この子)の呪いをどうにかしなくてはならない。悪気は無いのに悪気しかないし、罪はないが押し付けられた子。歩くだけで悪質な呪いを撒き散らすとなると……そうだな」
思うだけなら自由だ。忘れるのも、同様に。知らないままなら、自身の存在意義を忘れてしまえば、呪いは呪いではなくなるだろう。自分の術ならそれが可能だ。
「記憶を捨てて、この大災害の孤児に紛れ込もうかと思う」
◆
「君尋はどこ!?」
「と、遠坂!? ってどうしたんだその怪我! 教会に行ったんじゃなかったのか!? まさか言峰が!?」
「そうよ。でも今確かめなきゃいけないのはそれじゃない…! 君尋はどこにいるの?」
「君尋なら深夜にアサシンと見回りに行くって出てったきりだけど」
「……やられた。確かめようがないじゃない。何やってるのよもう! おとなしくしてなさいよ! 死ぬ気で引き止めなさいよ!」
凛は焦燥しきっていて、明らかにいつもの様子ではなかった。
「教会で何があったのですか?」
「キャスターに、襲われたの」
「キャスターに? でもキャスターは柳洞寺にいるはずじゃ。まさか教会が乗っ取られたのか?」
「違う」
俺の想像を遠坂は否定する。
「教会はキャスターとグルだった、ということですか」
そしてセイバーの予想にを肯定した。
「……そういうことよ。しかも五次じゃなくて四次のキャスターとね」
「「!?」」
まるで5次のキャスターとは別に、四次のキャスターが今まで生き延びていたような言い方だ。
「ありえない。あのサーヴァントの霊核は確かに私が破壊しました」
「どうしてなんか知らないわよ。でも四次キャスターが受肉し、今も存在しているというのは事実。綺礼本人があれが四次キャスターだと明言してた。性格最悪だけど、無意味な嘘だけはつかないから」
「なら、君尋は無事なのか? 遠坂はさっき君尋がどこにいるのか探してたよな」
凛は言いにくそうな表情をした。
「何か、あったのか」
「まだ、確信はないわ。でも士郎、落ち着いて聞いてちょうだい」
「なんだよ、急に改まって」
凛は、俺の目を見ながら言った。
「四次キャスターは、君尋よ」
「――え?」
今、凛はなんと言ったか。
「それって」
「もしかしたら、魔術で変装してたのかもしれない。もしかしたらただのそっくりさんってこともあるかも。でも、あれは、間違いなく君尋だった。アーチャーの言っていた'呪い'で攻撃された」
キャスターが、君尋?
そんな、まさか。
「……いやいや、そんなはずないだろ。だってあいつは人間で、俺と、」
「十年以上前から知り合いだった?」
「……」
前回の聖杯戦争が行われたのは十年前だ。その時キャスターが受肉していたのなら、それ以降に俺が会っていたとしても不自然ではない。
でも、可能性があるからといって、まさか、そんなわけが。
「アーチャーの言っていた呪いで操られてるんじゃないか? 今までの君尋の行動が全部演技だったなんて思えないぞ」
「そうね。でももしかしたら条件付きで記憶を消していたのかもしれない。どちらにせよ情報が足りないわ」
君尋がサーヴァントかもしれないなんて、信じられなかった。確かにあいつは異常な霊媒体質だった。アーチャーが言うには呪い持ちだとも。少なくとも普通の人間じゃなかった。否、ヒトですらなかったのかもしれない。でも普段の生活の中での優しさだって、まぎれもな本物だった。
「どういうことなんだよ」
君尋に会いたかった。話がしたかった。あいつが本当にキャスターなら、いろいろ問い詰めたいことがある。キャスターではなかったのなら、それならそれで構わない。
なのに、どうして君尋は姿を消した?
「っ……」
情報が整理しきれない。
どうしてこんなことになっている? 俺が不自然に見回りに行くと告げた四月一日を止められなかったから? あの時なりふり構わず引き止めていたらこんなことにはならなかった? それともアーチャーの言うとおり、意思を無視してでも拘束しておけばよかったというのか? 君尋と瓜二つの四次キャスターはこうやって俺たちを混乱させるのが目的なのか?
居間が沈黙に包まれる。
そのとき、チャイムが鳴った。
「……こんな時間に誰だ?」
藤ねえなら無断で乗り込んでくるし、桜は合鍵を持っている。
客人にしても、今は早朝。新聞配達のバイト以外は道すら歩いていない状態だ。少々時間が早くないだろうか。
「すみませーん! えっと、この家でホントによかったのか? 衛宮…'エイミヤ'さん、だよな」
「まだ寝てるんだろ」
「やっぱり時間帯が早すぎたか」
声が聞こえてくる。
「この声っ!」
片方の声には聞き覚えがあった。
「ちょっと待ちなさい士郎!」
凛の制止も振り切って、急いで玄関に向かった。
「君尋!?」
「うわあああ!?」
「……」
「どうしたんだ君尋!? 何かあったのか? アサシンは一緒じゃないのか!?」
玄関前にいたのは、紛れもなく四月一日君尋だった。駆け寄って話しかけるが、どうにもよそよそしい。見れば着ているのは見慣れない学校の制服で。
「……君尋だよな?」
「えっと、なんで俺の名前を知ってるんですか?」
「なんでって言われても」
この君尋は、本当に君尋なのだろうか。
「士郎! 待ちなさいって言ったでしょう!」
凛が駆けつけてきた。君尋を見つけて驚いているようだが、肝心の君尋の様子がどうにもおかしい。
「俺は四月一日君尋といいます。侑子さんの指示でここまで来たんですけど。あっ、侑子さんっていうのは俺の雇い主みたいな人なんですけどね。すみませんが、どこかでお会いしたことがありましたか?」
――違う。この君尋は、俺の知っている四月一日君尋ではない。
では、この男は何者なのか。
「……情報を整理する必要があるわね。そこの四月一日くんもどきともう一人も話したいことがあるわ。サーヴァントでもマスターでもなさそうだけど。士郎、家に上げても構わない?」
「ああ」
一刻も早く真実が知りたかった。
◆
二人の男が着ている制服は、このあたりモノではない。片方は四月一日君尋、もう片方は百目鬼静と名乗った。隣の県の私立十字学園に通う高校生だそうだ。
四月一日君尋。姿も同じ。名前まで同じ。魔力パターンもほぼ一致。なのに四月一日君尋ではない存在。
そしてもう一方の男の名も、俺はよく知っていた。
「十字学園の百目鬼って、弓の」
「知ってるのか?」
「そりゃあ、俺も弓道部だったし。元だけど」
百目鬼静といえば、高校弓道部界に知らぬ者はいない。参加した大会で軒並み賞をかっさらっていく人外じみた実力は全国に知れ渡り、十字鬼なんて異名まで付いている。腕を負傷したまま参加した大会で見事中り、優勝した話はもはや伝説だ。俺は諸事情から弓道部を退部していたが、部長の美綴綾子から生ける伝説'十字鬼'の噂は度々聞かされていた。大体が俺を再入部させようという話のダシで、「衛宮が復帰してくれたら、うちの部だって十字鬼と優勝争いできるのに」という言葉で毎回締めくくられる。
過去に一度だけ、俺は百目鬼静の弓を見たことがある。入部したての春大会でだった。矢を取り、引いて、打つ姿は完璧で。弓の'道'とはこういうことなのだと戦慄したの覚えている。俺の弓術とは違う、本物の弓道だった。
「おまえ有名だったんだな。つーかエイミヤさんが話してた怪我してた時の大会って、」
「芥の塊の後のやつだな」
「そうだあの時! 結局言い忘れてたけど、お前俺の荷物に折れた矢入れやがっただろ! 俺の荷物はゴミ箱じゃねーんだよ!」
「五月蝿い」
「お前のせいだよ!」
ぎゃいぎゃいと百目鬼静に怒鳴る君尋に呆然とした。俺の知っている君尋は、あまり他人に敵意を向けるやつではなかったから。誰にでも優しく平等で、事勿れ主義というのか。ああ、こいつは似てるけど俺の幼馴染とは違うのだなという異物感。'士郎'ではない'エイミヤ'という呼び方が、それを確かなものにしていく。
俺の隣では遠坂が「百目鬼って一代前に没落した魔術家系じゃ…」「第三次聖杯戦争の…」と何やら呟いている。だが百目鬼静と君尋そっくりな男が言い争う姿を見て「ま、いっか」と言っていたので、気にするほどのことではないのだろう。
お互いに説明をし合った。こちらは聖杯戦争のあらましを、あちらは冬木にやってくるまでの事情ともう一人の君尋のバイト先のあれこれについて。
この四月一日君尋いわく、ひまわりちゃんなる人物に「冬木市で四月一日くんを見かけた」という話を聞いたので調べてみることにしたそうだ。バイト先の店主に「行った覚えのない場所で自分が目撃されていた」と相談したところ、衛宮邸に行けと指示されたらしい。ただその地図をもらっていなかったせいで、何日も衛宮邸を探す羽目になったらしい。
「胡散臭すぎるわね」
「俺もそう思います」
「へえ、認めるんだ」
「だって侑子さんは、なんというか、毒牙一発! みたいな」
「四字熟語を捏造しないでちょうだい。ニュアンスは伝わったけども」
ここまで言わせるバイト先の店主とは何者なのか。間接的に話を聞くだけでも、ものすごく理不尽で反則的なポテンシャルをもっているのではいかと思ってしまう。凛もここが一番胡散臭いと思っているのだろう。
「おい」
「あ、そうだこの手紙、着いたら向こうの人に渡せって侑子さんが」
「手紙?」
凛が君尋そっくりの生徒から手紙を受け取り、開封して読み進めていく。すると、面白いくらい顔色が変わっていった。
「えっ、ちょっと、これホント!? どういうことなの!? なんでこんな大物が」
「どうしたんだ遠坂」
「ほら、この華押見なさ……って士郎はへっぽこだからわからないわよね」
「む、それはそうだけど」
へっぽこは余計だ。確かに未熟なのは認めるが。
「ここに蝶の模様があるでしょ。これは華押って言って、本人の証明。要は手書きの印鑑ね。魔術的要素も含めての証明だから、確実なものよ」
「で、その手書きの印鑑がどうかしたのか?」
「やっぱり見てもわからないのね。士郎、次元の魔女って知ってる?」
初耳だった。また馬鹿にされそうな予感がしたが、素直に白状する。
「またの名を極東の魔女。伝承レベルの魔術師。素性は一切不明。ただ存在だけが知られてる。噂じゃ魔法使いの一人じゃないかなんて話もあるわ。この華押はその次元の魔女のものなのよ」
「そんなすごい人なのか!?」
「侑子さんってそんなに有名だったのか……やっぱり悪行で有名なのか?」
「きゃっ! 内容が変わった!? えっと、「悪行ってどういう意味よ」」
「ぎゃーーー! なんでわかるんだよ!?」
凛曰く、もともと書いてあった手紙の内容は、もう一人の四月一日君尋の問題への干渉の許可を求めるものなのだそうだ。
「まあ、構わないけど。一応信用できると思うし、少なくとも貴方は四次キャスターの正体を探る鍵のようだし」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
嬉しそうに礼を言う姿は、やっぱり俺の幼馴染の君尋と似ていて。他人の空似にしては仕草まで同じだった。違う存在だと確信しているのに重ねずにはいられない。むしろ記憶操作された君尋なのではとまで思ってしまう。
「それにしても、本当そっくりだな」
「そっくりというか、同じね」
「えーっと、もう一人の俺とですよね。この家と十年間親交があったっていう。もしその俺が遠坂さんとエイミヤさんと同じ学校の人だとしたら、深夜に十字路で会った奴かもしれません」
「あ、会ってるのか?!」
軽く零された発言は聞き逃せるものではなかった。
「はい。管狐と、刀を持っていて髪を結い上げた和服の男と一緒にいました。でも会うなりいきなり血相を変えて叫んでどこかに行ってしまって」
「妙な動きはお前にそっくりだったな」
「誰が変な動きだ! 俺はあんな変な動きしねえよ!」
いきなり叫んでどこかに逃げる? 君尋はアヤカシに遭遇した際あまり叫ばないのに、違和感があった。もちろん無反応というわけではないが、どちらかというと逃亡中の発言は愚痴主体なのだ。返事をすると襲ってくる奴もいるから会話になりそうな言葉は言わないようにしてる、と教えてくれた。
大声を出す必要があったからなのか。それとも叫ばずにはいられないほど恐ろしかったというのか。目の前にいる、ただの普通の人間が。
「いきなり、叫んで…」
「あれは完全にビビってたな」
「気味悪かったのはこっちもというか。でも俺はあそこまでパニックになったりしなかったし。そっちの俺も霊媒体質だったんですよね? だったらあそこまで血相を変えるのは妙だというか」
ドッペルゲンガーに遭遇した経験はは流石に無いらしいのだが、影が動いたり、ありえない声が聞こえたり、見えない何かに寝込みを襲われたり、左右逆に動く鏡を見つけたりと、奇々怪々な出来事に遭遇するのはこちらの四月一日君尋も同様で。ただドッペルゲンガーに遭遇したから驚いただけにしては怖がりすぎだったという。
「そんなに驚いて恐れた理由は、心当たりがあったから……?」
見回りに行くと告げた時、君尋は遠坂におとなしくしていろと言われていたにも関わらず、異常な意思を持って止める間もなく外へ行ってしまった。よほどの理由がなければあんな行動は取らない。その原因は、もう一人の君尋を見て以上に恐れた理由と関係あるのだろうか。
ふと窓の外を見ると、銀の塊で止められた刀がが木の上に乗っていた。
銀の塊かと思ったそれは、よく目を凝らしてみれば、鳥だった。鳥が刀を咥えている。
「――ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
「……さっさと戻ってきなさいよ」
「ああ」
友人の失踪と疑惑の連続で、気分が悪くなったのだと思われたのかもしれない。あっさりと許可が下りた。ちょっと申し訳ないが、ここは素直にその気遣いに甘えておく。
もしかしたらあの鳥が何かの導になるかもしれない。なんとなく、その鳥の正体を確かめなければいけないような気がして、こっそりと確かめに行った。
◆
「えっと、確かこの辺に」
いた。比較的低い木の枝に銀の鳥がとまっている。刀を受け取った後も、鳥は気に止まり続けていた。
「攻撃されたりしないよな?」
恐る恐る手を伸ばしたが、特に危険もなく捕まえることができた。その感触は明らかに金属のもので、どう考えても生きている鳥ではない。
「羽もまるで刃物だな。下手したら切ってたかもしれない」
ゆっくりと触って正解だった。
「え」
とつぜん、鳥がしゅるしゅると紐解けていく。おかしな表現だが、この表現が一番近い。
「うわっ、えっと、手紙?」
紐解けた鳥は、最終的に手紙になった。
「これは……!?」
≪正午に、公園で。≫
書いてあったのは簡単な内容だった。隅に鳥の羽らしき模様が描いてあるだけで、差出人すら書いていない。しかし、士郎が驚いたのはここではなかった。
「君尋の」
その筆跡は明らかに君尋のものだった。
「行くべきなのか……?」
居間にいる四月一日君尋ではなく、士郎のよく知っている君尋からの手紙なのだという確信があった。しかし、まるで士郎にだけ見てほしいかのような伝え方。罠の可能性は高い。
「……いや、俺一人で行こう」
しかし、一人で行くことにした。君尋が一対一で会いたがっているのなら、余計なことをしてはいけない。
手紙は読み終えると、再び鳥の形に戻って士郎の肩に飛び乗った。動きだけを見ていると、本当に生きているかのようだ。
「こいつ食事とかするのか?」
遠坂に早く帰って来いと言われている以上、あまりほうけている暇はない。するどい羽に気を付けながら、ポケットに小鳥をいれ、急いで居間に向かった。