fate/another_dream -モウヒトリノユメ-   作:きゃべる

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第六夢 「フタリメ」

 暗い夢の中を歩く。夜光虫が空を舞い、骨の魚は水銀の海を泳ぐ。絵画は燃え尽き、黄金は眠り、黒い涙は枯れ尽きて、後ろ向きの剣は砕け落ちた。逆さ杯が満たされる。役目を果たした薬莢は廃棄され、金繕いの十字架だけが場違いなほどに輝いていた。

 

 ――…ヒロ――――キ…ヒロ――!

 

 遠くから、自分を呼ぶ声がする。

 後ろを振り向くことなく、俺はその声のする方へと足を進めた。

 

 俺と瓜二つの男は、現れなかった。

 

 

 

 

 

fate/another dream

 

第六夢 「フタリメ」

 

 

 

 

 

「君尋! よかった……目を覚ましたのか」

 

「士郎?」

 

 目を開けると、すぐ近くに士郎の顔があった。辺りを見回す。見慣れた景色、ここは衛宮邸の一室だ。俺はまた気絶していたようだ。

 

「本当最近こんなのばっかだなあ……」

 

 ライダーと戦ったときに気絶し、新都でバーサーカーに襲われたときに気絶し、そして今回もひっくり返った。士郎や遠坂さんだって頑張っているのに、なんという情けなさだ。

 

「俺どのくらい寝てたんだ。迷惑かけなかったか」

 

「そんなことないぞ。生きててくれて良かった。むしろ」

 

「むしろ?」

 

 士郎は何とも言えないような困った表情をする。

 

「こっちを隠すほうが大変だったというか」

 

 スパーン、とふすまが勢いよく開く。目にも止まらぬ速さで部屋に侵入した影が、布団の上から覆いかぶさってきた。

 

「――!」

 

 影の正体は、八つの尾をもつ狐だった。

 

「ぬおわああああ! 乗るな! お、重いんだよ!」

 

 きっとこの獣に人語を話せる口があったのなら、雄弁に愛を語ったのだろう。外見こそ規格外なものの、頭を擦り付け、尾を大きく振る甘えるような仕草は、ペットのそれと大差なかった。

 

「ちょ、そこ腹……うぎゃあああ!!」

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 士郎手伝ってもらい、何とか狐をのけることに成功する。この狐は、アインツベルン城でいきなり現れた獣だった。たしかイリヤは管狐と呼んでいたか。

 

「そいつ君尋になついてるみたいでさ。寝込んでる間もずっと心配してたんだ」

 

「そ、そうなのか」

 

 管狐は不安そうに俺の様子を伺ってきた。ずいぶん俺は気に入られているようだ。過去に会った記憶はないのだが、俺の霊媒体質が関係しているのかもしれない。

 

「あれ? そういえばなんで士郎もこの狐が見えてるんだ?」

 

 今更当たり前の疑問にたどり着く。士郎は俺の体質の良き理解者だが、アヤカシが見えるわけではなかったはずだ。

 

「それが、その狐は君尋だけじゃなくて俺や遠坂、おまけに藤ねえにも見えるみたいなんだよな」

 

「ええっ!?」

 

 聖杯戦争が始まってから魔術師にしか対応できない事件が相次いでいたため、管狐は魔術師には見える存在なのかと想像していたが、まさか誰にでも見える存在だとは予想外だ。

 

「困ったことっていうのは、藤村先生や桜ちゃんにこいつを隠すことだったのか」

 

「アサシンからそいつが君尋を助けたって聞いてたから、追い出すわけにもいかなかったしな」

 

 一応土蔵でこっそりと過ごしてもらっているらしい。士郎は感慨深そうに狐を眺め続けている。

 

「君尋は普段からこういうのが当たり前に見えてたのか」

 

「うーん、この子みたいなのは結構珍しいけどな。大体黒いもやもやだったり、ヒト型に近かったりするし」

 

 管狐は話題にされていることに気づいたのか、俺を見つめて首をかしげる。月のような細い瞳が印象的だ。もふもふした毛をやさしく撫でてやる。

 

「助けてくれて、ありがとうな。おかげで助かったよ」

 

 どうやらお礼の気持ちは伝わったらしく、嬉しそうに八つの尾を振っていた。

 

「でもこいつなんなんだろうな。アヤカシ……なのか?」

 

「でもそれじゃあ士郎にも見える説明がつかないし」

 

「遠坂は使い魔っぽいって言ってたけど」

 

「使い魔? じゃあ誰か飼い主がいるのか?」

 

「それにしては機能を盛り込み過ぎだって悩んでたんだ」

 

 しばらく二人で悩んでいると、足音が聞こえた。やって来たのはセイバーだった。彼女は黙って俺と士郎と狐を見比べた後、ずんずんとこちらへ進んできた。

 

「セ、セイバーさん?」

 

「グルルルルルルルル……!」

 

 狐が威嚇する。全身の毛が逆立っている。爪が畳を傷つける。セイバーさんはそれを一蹴し、黄金の剣を抜いた。

 

「なあっ!?」

 

 切っ先が管狐の首先に向けられた。

 

「何やってるんだセイバー!?」

 

「キミヒロ、ひとつ聞きたいことがある。この狐がなぜここにいるのですか」

 

「えっと、その」

 

「では質問を変えましょう。なぜあなたがこの使い魔を持っている?」

 

 セイバーさんはいつになく真剣そうな顔でそう訪ねてきた。

 

「使い魔……やっぱりこの管狐は使い魔なのか?」

 

「でも遠坂はそれにしちゃあ高機能過ぎるって」

 

 使い魔とは通常魔術師の手足となるために作られた代物だ。使い魔を使役すれば、それだけ術者の魔力は消費される。ゆえに使い魔には機能をたくさんつけても無駄なのだ。用途の大半はお使いや偵察のみだし、戦闘に使うとしても大抵は一点特化の使い捨て。そのため大抵の使い魔には最低限の機能しかついていない。

 しかしこの狐にはあのイリヤを圧倒したというただの使い魔にしては過剰な戦歴がある。

 

「ええ、間違いなく使い魔です」

 

 だがセイバーは確信を持ってそう断言した。

 

「とりあえずその金ピ…黄金の剣をのけてもらえませんか」

 

「フーッッ!」

 

「できません」

 

 威嚇する管狐と、剣を向けるセイバーの板ばさみは精神衛生上あまりよろしくないのだ。しかしその提案をセイバーは一刀両断する。

 

「セイバー、どうしてそんなに怒ってるんだ?」

 

「私は別に怒っているわけではありません。しかし、私はシロウのサーヴァントとして、この使い魔が存在している理由を明らかにする義務がある」

 

「なんでさ」

 

 セイバーは剣を狐に向けたまま、俺と士郎のほうを見て、衝撃の事実を語った。

 

「――この獣が、前回の聖杯戦争のキャスターの使い魔だからです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、改めてきちんと説明してもらえるかしら?」

 

「わかりました」

 

 居間には桜ちゃんと藤ねえを除いた、セイバーアサシンアーチャーの三組同盟の全員がそろっていた。

 

 騒ぎに気づいた遠坂さんがやってきたのをきっかけに、ひとまずセイバーに落ち着いてもらって、なんとか話し合いの場を作ることに成功した。机を囲むように並んで、少し離れた場所におとなしくしている管狐に耳栓をしてもらい、警戒しながら話す。狐に耳栓、実にシュールだ。

 

「私は第四次聖杯戦争の際、セイバーとしてアインツベルンのマスターだったキリツグに召喚されました。前回の聖杯戦争で召喚されたキャスターは直接戦闘を好まず、必要に迫られた場合のみこの獣を使役していました」

 

「八尾ということは、九尾狐の系統かしら。尾が増えてる過程か、減ってる過程か微妙なところねえ」

 

「九尾狐?」

 

「キリツグは天狐にしては弱すぎると推測していました」

 

「じゃあ、九尾狐一歩手前が有力か。天狐よりマシとはいえ、嫌になるわ」

 

「て、天狐?」

 

「はあ……じゃあ、へっぽこの衛宮くんと四月一日君のために、説明してあげるわね」

 

 どうやら話についていけていないのは俺と士郎だけのようで、泣く泣く解説を求めた。遠坂さんの解説ももはや手馴れたもので、ありがたい反面とても申し訳なかった。ちなみに佐々木さんも理解していなさそうだったが、こちらはそもそも分かろうとする気がないようだ。

 

「この狐は、分かってるでしょうけどただの生き物じゃないわ。ライダーのペガサスと似たような存在。幻獣一歩手前、下手したら片足に突っ込んでいるかもしれない、そういうもの。

 東洋思想における狐霊にも色々種類があってね。野良狐の《野狐》と一般的に善良とされる《善狐》に大別されるけど、一概に善悪で分けられてるとも言えないわ。後者が危害を加えてくることもあるし、'善良'というよりは'尊いもの'って言ったほうが近いかも。一番有名なのが九尾狐で、このくらいはあなたたちも聞き覚えはあるでしょう?」

 

「えーっと、漫画とかでなら」

 

「九尾狐はその名のとおり九本の尾を持つ狐のこと。結構例外的な呼称で、野狐善狐に限らず九本尾ならこう呼ばれるわ。長い年月を経て、力ともに尾が増えていき、九本揃えは千年級の幻想種の完成。この管狐はあと一尾手前ね」

 

「そんなにすごい奴だったのか……」

 

 話題の中心の管狐は、耳栓のせいで何も聞こえないのか庭を見つめながらふて寝していた。

 

「さっき言ってた天狐っていうのは、諸説あるけど、尾が四本の狐よ。よく分からなければ、九尾狐の進化系って覚えておけば大丈夫」

 

「四本なのに進化系なのか? さっき、力とともに尾が増えるって言ってたじゃないか」

 

「ええそのとおり。でもね、《善狐》の場合はそれよりさらに力を強めることで神に近づいて狐の姿を保つ必要すらなくなっていくの。天狐なんて四本だけど、空狐なんて無尾よ無尾。ここまで来るとサーヴァントなんてひとひねり。英霊本体ですら勝てるかどうか。ほぼ神様みたいなものよ」

 

「ほうほう」

 

「他にも金狐や銀狐、白狐に黒狐に赤狐なんてのもいてね。私も専門じゃないから全部を詳しく説明することはできないけど、大まかに言えばこんな感じよ。わかったかしら?」

 

「いいえ全く」

 

 殴られた。とても痛い。講義しようと思ったら、士郎にすら「今のはお前が悪いと思うぞ…」と言われてしまった。

 

「仕方ないでしょーが! いくらなんでもややこしすぎですよ! 嫌がらせのためにわざと難しく分類してるようにしか思えないっす!」

 

「あーもー! じゃあなんかすごい狐ってだけ覚えておけばいいわよ!」

 

「ああー、それ、すごくわかりやすい!」

 

 今度は蹴られた。弁慶の泣き所へ足技のダイレクトアタックだ。さらに溜息からの自己嫌悪のコンボである。

 

「なんて教えがいのない人なの……もういいわ、話を進めましょう。九尾狐系列を使役してるってことは、四次キャスターは東洋系だったのかしら?」

 

「ほぼ、間違いありません」

 

 聖杯戦争とは基本的に西洋系の英雄のみが召喚される。理由は「聖杯」という概念そのものにあるそうだ。聖杯とは神の子キリストの血を受けた器である。その杯は願いを叶える力を持っているとされ、数々の伝説が残されている。逆に言えば、キリスト教のない文化圏の英雄にとっては聖杯とは未知のもの。聖杯戦争が聖杯を奪い合うという形をとっている以上、英霊がその存在を知っていることは大前提。よって東洋の英霊が召喚されることは通常ありえないのだ。

 ゆえに前回のキャスターはイレギュラー、ということになる。――もっともその理論でいくと佐々木さんもイレギュラーということになり、2度召喚されたセイバーや反英霊のライダーなども含めれば、聖杯戦争はイレギュラーだらけになってしまうのだが。そのあたりはたった五度のテストケースしかなかったことを考慮すれば仕方がないのだろう。

 

「でもどうして前回の聖杯戦争のサーヴァントの使い魔が残っているのかしら」

 

「可能性はいくつかあります。一つ目は、実は八尾がキャスターの使い魔ではなかったというもの。二つ目は、八尾が宝具的な使い魔ではなく、キャスターと一時的に契約を結んだだけの精霊だったというもの。三つ目は、ただの私の勘違いというもの」

 

 セイバーは一つずつ指を立てて仮説を述べていく。

 

「最後は、今回の聖杯戦争でも同じ英霊が召喚されているとうものです」

 

「そんなことがあり得るのかしら」

 

「現に私自身が2回連続で召喚されています。聖遺物で召喚する英霊をある程度選ぶことができるのですから、10年前と同じ聖遺物が使用された可能性は十分にあります」

 

 なるほど。確かにそのとおりだ。

 

「キャスターはどんなサーヴァントだったの? この使い魔以外の特徴とか、教えてもらっても構わないかしら」

 

「残念ながら直接姿は見ていません。表舞台に現れること自体少なかったですし、秘匿の魔術を使用していましたので」

 

 キャスター枠には基本的に現代の魔術師とは格が違う魔術師が召喚される。4次のそのサーヴァントも秘匿の魔術の腕はひときわ高かったそうだ。

 

「前回の聖杯戦争で、キャスターは私も含めた最後まで残った三騎のうちの一騎でした。消滅までは確認していませんが、確かに私自身が霊核を破壊しています」

 

「となると、聖杯の魔力をネコババして限界し続けている可能性もほぼゼロ。さっきセイバーが言ってた4つの可能性が高いのね」

 

 霊核が破壊されれば間もなく英霊は死ぬ。消滅したと考えていいはずだ。それに聖杯がなければサーヴァントは存在を維持することすら難しい。キャスターが冬木に10年間も存在し続けることは不可能だ。となるとこの説はないだろう。

 

 俺個人の意見としては、'キャスターが今回の聖杯戦争でも召喚されている'という四番目の説以外が望ましいが、その可能性が絶対ないとも言い切れない。命の恩人の狐を疑うのは心苦しいが、もしそうなら、バーサーカー戦での管狐の援軍はキャスターの策略という可能性もあるのだ。

 

「でも、セイバーとアーチャーとアサシンは味方だし、バーサーカーとライダーはもう倒したし、ランサーは真名が分かってるだろ。君尋達が教えてくれた柳洞寺のキャスターの特徴だって、東洋系とはほど遠いじゃないか」

 

「セイバーは前回のキャスターは外見を秘匿する魔術に優れていたと言っているわ。外見を偽る魔術が使えてもおかしくない」

 

 ということは、やはり今回のキャスターと前回のキャスターが同一人物という可能性が一番高いのだろうか。

 

「前回のキャスターも柳洞寺を拠点にしていました。共通点はあります」

 

「……魔術師が高位の地脈を持つ土地を自陣とするのは当たり前のことだと思うが」

 

 呆れたようにアーチャーが会話に入ってくる。そろそろぐだってきた。完全に行き詰っているが、今の情報量ではここまでの推測が限界だろう。

 

 ふと、夢で出てくる俺とうり二つの男の存在を思い出した。聖杯戦争にかかわってからやけに頻繁に俺の夢に現れる男。姿を偽る魔術を使えるのだとしたら、もしやあの男は前回のキャスターではないだろうか。慎二の証言もある。

 ……もう一人の俺の問題が気にかかった。

 

「とりあえず教会に行って綺礼にちょっと聞いてくるわ」

 

「教会の神父さんに? たしか監督役じゃなかったんですか?」

 

「そういえば君尋には言ってなかったかしら。あの似非神父はね、前回の聖杯戦争の参加者なのよ」

 

「!」

 

 なるほど、ならば前回の聖杯戦争について、セイバーが知らなかった情報を持っている可能性もある。

 

「綺礼は特定の陣営に一方的に加担することはないけれど、この使い魔が完全なイレギュラーなのなら多少の情報でも得られるかもしれない。アイツに頼るのは癪だけど仕方がないわね。とりあえず一度私の家に帰ってから、今夜教会に行ってみるわ」

 

「わかった。夕食はなくていいか?」

 

「結構よ。ごめんなさいね四月一日くん、先日言ってた魔力属性の確認なんかは、もう少し後になりそう」

 

「落ち着いてからで構わないよ。ただでさえ色々助けてもらってるのに」

 

「それはお互い様よ。それと、言い遅れちゃったけど……アーチャーと一緒に戦ってくれて、ありがとう」

 

 遠坂さんは、静かに礼を言った。

 凛は立ち上がるとアーチャーに声をかけ、衛宮邸を去る準備を始めた。

 

「マスター、少々提案したいことがあるのだが」

 

「どうしたのかしら」

 

 ところがアーチャーが突然改まって言い出した。もともとアーチャーは俺たちに意見することは少ない。何かあったのだろうか。

 

「その男を聖杯戦争終結時まで拘束したまえ」

 

 アーチャーはとある方向に目線を向ける。

 

「……って、俺かよ!」

 

 アーチャーは、俺のほうを見ていた。

 

「ほう、その心は?」

 

 今まで沈黙していた佐々木さんがアーチャーをあからさまに警戒する。腰に刺さっている刀にも手をかけていた。ちなみに二代目備前長船長光ではなく、藤村先生の家の刀だ。二代目備前長船長光はバーサーカーとの戦いのあと、負荷に耐え切れず折れてしまったらしい。

 

「こちらとしても最大限の譲歩をした上での提案なのだがね」

 

「どういうつもりだ」

 

「もし手段を選ばなかったら、私はあれを黙って狙撃をしているさ」

 

 確かにアーチャーの言っていることは正しい。これから殺そうとする相手にわざわざ「あなたを警戒してます」と言う狙撃者はいない。確かにある程度譲歩はしてくれていたのだろう。しかし今回ばかりはその言い方は士郎の神経を逆立てする結果になった。

 

「どうして君尋を殺したり、拘束したりする必要がある。こいつは俺たちの味方だ」

 

「人の本心など本人にすら分からんものだ。それにこの男は泥を吐いた」

 

「泥?」

 

 そんなものを吐いた記憶はない。

 

「アインツベルン城で泥を吐くなり気絶したよ。わかりやすいように泥という表現を使ったが、単なる泥ではない。……あれは、危険すぎる」

 

「危険?」

 

「一般人が触れれば即死級の代物、と言っておこう。呪いと言ってもいいだろう。あいにく生前そういったものにかかわる機会があってね。審美眼には自信がある。あれは、放置するべきではない」

 

 ゆえに拘束。ゆえに信用できない。俺自身も呪いなどと言ったたいそうなものに心当たりはなかったが、たしかにアインツベルン城で何かを吐き出した記憶はあった。それがアーチャーの言う呪いだったのだろう。

 

「本人に敵対する意思があろうがなかろうが、あれは危険だ。危険の芽はさっさとつぶすに限る」

 

 アーチャーの言っていることは正しい。俺だって、みんなに迷惑はかけたくない。もし本当にアーチャーの言う呪いを吐き出したのだったとしたら、死ぬのは流石に嫌だが、拘束程度なら受けるべきだという気になってきた。

 

「……俺は、拘束されるべきですか?」

 

「本来ならそれでも甘すぎるくらいだ」

 

「……なら」

 

 

「ふざけるな!」

 

 

 承諾しようとした瞬間、士郎の怒鳴り声がした。

 

「勝手に決めつけるな。君尋が仮に本当にそんな危険を秘めていたとしても、それは勝手に拘束していい理由にはならないだろ」

 

「でも」

 

「そんなものは、切り捨てる理由にはならない」

 

 士郎はアーチャーではなく俺を説得するように言った。それだけで、安心感が生まれる。

 

「少なくとも、俺自身が直接確かめない限り、納得できない」

 

「放置すれば人が死ぬ。あの泥はそういう代物だ。被害が出てからでは遅い。……無関係な一般人が何百人も何千人も死ぬ結末を招きかねないものを野放しにするなど、正義の味方がとる行動だとはとても思えんな」

 

「ッ…!」

 

 士郎が息を飲んだ。正義の味方。それは士郎の夢で、譲れない一線だ。なぜアーチャーが士郎のウィークポイントを理解しているのだろう。そんな言い方をされては黙るしかない。

 

「アーチャー、今の四月一日くんからは全く呪いじみた驚異なんて感じないんだけど、そこまでのものなの?」

 

「断言する。マスターも直接見れば納得するはずだ」

 

 予想外の事の深刻さに、言葉に詰まった。そこまで言われると、むしろ「なぜそんな呪いを自分が受けているのか」といったほうが気になってくる。俺そっくりの夢の男や、管狐の主の四次キャスターに、泥の呪いは関係あるのだろうか。

 士郎は悩んでいた。うぬぼれでなければ俺は士郎にとって藤村さんや桜ちゃんと同じくらい大切で、ヘタをすると正義の味方の夢に等しいくらい大切なもの、なのかもしれない。その狭間で揺れているのだろう。たっぷり思い悩んだあと、士郎は口を開いた。

 

「その時は……俺が、何とかする、から」

 

 それは衛宮士郎の'呪い'と'依存'の折衷案。薄々察していた歪みの再認識。殺す以外の手段がなくなった時、きっと士郎は俺でさえ手にかけるだろう。だが、衛宮士郎は現界まで粘る。危険な賭けに出る羽目になっても、躊躇なくハイリスクな救出案に乗る。はっきりとした理由はないが、確信できた。士郎が「正義の味方になる」と誓った後に知り合っていたなら、また違っていたかもしれない。

 

「士郎……」

 

 誰にだって手を差し伸べる優しさ。俺はかつて士郎のその一面に救われたのだ。そしてそれは今もなお変わらない。どこか無機質でドライなところはあるけれど、やはり士郎のこの一面は誰にも負けない長所だ。

 士郎の返答を聞いたアーチャーの目が一層鋭く細められる。

 

「アーチャーも士郎も落ち着きなさい。とりあえずは綺礼に話を聞きに行ってからでも遅くないでしょう?」

 

 一触即発の緊張感が走るなか、遠坂さんは敵対心を燃やす士郎を何とかなだめた。

 

「最悪のパターンは、仲間割れしたところを他のサーヴァントに襲われることよ。わざわざ隙を作ってどうするの。アーチャー、私と一緒についてきて。ひとまず綺礼の元に行くわ。四月一日もおとなしくしてなさいよ」

 

 そう言い残して、遠坂さんはアーチャーを連れて去って行った。

 

「呪い、か」

 

 泥。呪い。前回のキャスター。夢の男。わからないことだらけで、正直投げ出したくなる。

 しかし――

 

 

 

 ぐうぅぅぅぅぅぅ・・・

 

 

 

 おなかの鳴る音がした。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 視線が一点に集まる。

 

「ち、違います! 別におなかがすいたなどというわけでは……!」

 

 音の主であるセイバーが必死に否定する。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「うう……お、お腹がすきました……」

 

 視線に耐え切れなくなったセイバーは、恥ずかしそうに白状した。

 

「暗いことばっかり考えてても仕方ない、か。そろそろ夕食にするか」

 

「……そうだな」

 

 まだ少し早いが、そろそろ夕食の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の夕飯は、藤ねえが自宅から持ち込んできた貰いものの明太子のせのご飯と、水餃子と野菜のスープ、昨日の残り物らしい大根とこんにゃくと人参と豚肉の煮物である。

 デザートは杏仁豆腐。盛り付けの練習としてのチョイスだ。簡単そうに見えて、白黄色赤の色のバランスを考えて盛り付るというのはなかなか難しい。

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

 一斉に食べ始める。セイバーと佐々木さんと藤村先生が水面下でいかに他人より多く食べるかで争っているような気がするが、士郎や桜は最近は慣れてきたようで、あまりリアクションしなかった。俺も二人にならって無視する。

 しかし、相変わらず士郎の和食はレベルが高い。野菜の切方一つでも、食べやすい形になっていて、見た目もよく、味がしみやすいように考えられている。

 

 何よりも絶妙なのが繊細な味だ。すべての食材と調味料がお互いを殺すことなく引き立てあっている。いつか俺も見習わなければと思いながら味わって食べた。

 

 さて、おかずも食べ終わりデザートタイムである。病み上がりの俺を心配してか、士郎と桜だけで台所から運んで来ることになった。セイバーも様子を見に行ったため、食卓には藤村さんと佐々木さんと俺しか残っていない。

 

「そうだ、ねえねえ君尋、今日って商店街のほうに行った?」

 

「商店街、ですか?」

 

「昼ごろにねー、君尋を商店街で見かけたのよね。で、一緒にいた男の人に見覚えがなかったから誰かなーって思って。佐々木さんみたいな親戚の人?」

 

「……え?」

 

 俺が、今日の昼に商店街にいた? それはありえない。なぜならアインツベルン城に行った後、俺はずっと寝込んでいたのだから。だとしたら、藤村先生が見たのはいったい誰なのだろうか。

 

 心当たりは、たった一人。夢の男。俺とうり二つの男。

 ――もし、あの男が商店街にいたのだとしたら?

 ――もし、藤村先生や慎二があったのが、もう一人の俺だったとしたら?

 全ての辻褄があうのではないか?

 

 思案に耽る俺をよそに、藤村さんは話し続けていた。

 

「それでね、具合が悪そうですぐにどっかいっちゃったんだけど」

 

 そのせいで声をかけそこねちゃったんだー。藤村さんの相変わらずの明るい声が、何処か遠くに聞こえた。

 

「あ、あれ? 君尋どうしたの? 先生はこっちだぞー! おーい!」

 

「……大丈夫です。あと、俺は今日商店街にはいってないので、人違いだと思います」

 

「ええー! うーん、見間違いだったのかなあ」

 

 藤村先生はしばらく悩むような素振りを見せたが、杏仁豆腐が運ばれてきたとたんそんな疑問は吹き飛んだようだ。夢中になって食べる様子からして、きっと、先ほどの会話も忘れているのではないだろうか。

 

「もう一人の俺か」

 

 だれにも気づかれないような小さな声でぼそりとつぶやく。もし今度夢の男に会ったら何が何でも正体をつかんでやると誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重圧にすら感じるほどの静寂が場を満たしていた。罪を許さぬ場。神の見ている場。家に戻り一度体制を整えた遠坂凛は、冬木氏に唯一ある教会、言峰教会に来ていた。予定よりも支度に時間がかかってしまい、教会に着いた頃にはすっかりあたりは暗くなってしまっている。天頂では月が輝いていた。

 

「いるんでしょ? でてきなさい、綺礼」

 

 開口一番そう告げた。余裕を持って常に優雅に。その家訓通り、その佇まいは自信にあふれていて、ほんの少しのよどみも感じられない。

 

「どうしたのかね、凛」

 

「あなたに用があって来たのよ」

 

 凛の呼び出しに答え、聖堂に現れた長身の神父、言峰綺礼は、少女から発せられる威圧感に微塵も動じることなくそう返答する。突然の訪問だというのに、綺礼は驚く素振りすらしなかった。

 聖杯戦争中だというのに、綺礼の態度はいつもと何ら変わらない。何か保険でもあるのか、単に図太い神経をしているだけなのか。どちらにしても綺礼らしいと凛は思う。

 

「用? 凛、お前がか? ここに連れてきた間桐慎二に用があるなら間桐家に行け。……それともお前とあろう者が棄権でもしにきたかね?」

 

「無駄話はあとにして。さっさと本題に入りたいの」

 

「……ふむ」

 

 凛は兄弟子をまっすぐ見据えながら言い放つ。流石に凛が自分自身に用があって来たのだと気づいたのだろう、改まって聞く姿勢に入った。

 

「あなた、八尾の狐の使い魔に見覚えはないかしら」

 

「……。前回の聖杯戦争で、そのような使い魔を使役していたサーヴァントはいたな。なぜお前がそれを気にする?」

 

「前回のキャスターの使い魔であるはずの八尾が、今さらになって表れたのよ」

 

「……ほう?」

 

 それを聞いた綺礼は、興味深そうに眉をあげた。

 

「それはそれは……なるほど、それで私が何か知っていないモノかと尋ねてきたわけか」

 

「仮に八尾が野良精霊だったとしたら、尚更管理者の私にはアレの詳細を知る必要がある。あなたが中立を保つ必要もないんじゃないかしら」

 

「……」

 

 しばしの沈黙。顎に手を沿え、考え込む素振りを見せる。しかしその沈黙はすぐに破られた。破ったのは言峰でも凛でも、ましてやアーチャーでもなかった。

 

 カツン、カツン、と石の床に新たな足音が響く。凛の警戒に答えるようにアーチャーが実体化し、音の主を待ち構えた。

 奥の扉から顔を出した男に、凛は見覚えがあった。――いや、見覚えが有るというレベルではない。

 

「あなた……君尋!?」

 

 現れたのは、四月一日君尋とうり二つの男。違いらしい違いと言えば、メガネをかけていないことと、その身にまとう妖艶な雰囲気くらいだ。男は和服を着ていた。

 

「ほう、まさかもうお前が表舞台に出てくるつもりとは」

 

「別にどうだっていいでしょう」

 

「最後の最後に種明かしをするほうが、私好みではあったのだが」

 

「……愉悦、ですか」

 

 男は言峰と当たり前のように会話する。その態度は、明らかに凛たちの知っている四月一日のそれではない。

 

「あなた、誰かしら。酔狂でその姿に化けているのなら、今すぐにやめなさい。全然面白くないわよ」

 

「術など、使っていないさ。君ほど優秀な魔術師なら分かるだろう?」

 

「……冗談じゃ、ないのね」

 

 そんなやり取りを見て、綺礼は心底楽しそうな笑みを浮かべる。そして衝撃の事実を、さも当然のように腹黒い兄弟子の神父は言い放った。

 

 

 

「紹介しよう。前回の聖杯戦争で、私のパートナーだったキャスターだ」

 

 

 

 ――その夜、ついに聖杯戦争の後半戦が始まった。

 

 


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