fate/another_dream -モウヒトリノユメ-   作:きゃべる

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第五夢 「ヒフミヨ」

 

 

 

 

fate/another dream

 

五話 「ヒフミヨ」

 

 

 

 

 

 佐々木さんとアーチャーと、バーサーカーの戦いは苛烈を極めた。

 圧倒的な暴力を振りかざすバーサーカーの攻撃はまともに受けることすら難しい。しかし、一撃の威力と速さがすさまじい分、どうしても大振りなものになっていた。守りの戦いを得意とするアーチャーが時折攻撃をそらし、佐々木さんが牽制する。そして隙を見ては反撃を試みていた。

 たった一回のミスが致命傷になる。細心の注意が求められるその作戦は、今のところは順調だった。

 ――もっともそれはバーサーカーにダメージを与えられていた場合の話だが。

 

「……これもだめか」

 

 聞いていたのと実際体験するのはずいぶんと違う。バーサーカーの宝具である十二の試練は、数の利を持ってしてなお、佐々木さんとアーチャーを苦戦を強いらせていた。アーチャーが次々と持ち出す数多の武器も、未だにその絶対防御を崩すことはない。こちらは確実に疲労していっているというのに、相手にかすり傷すら作れないのだ。

 

「当然よ。私のバーサーカーは最強なんだから」

 

「!」

 

「サーヴァントが倒せないのならマスターを狙うのは定石。でもあなたが私を殺そうとするのはやめておいたほうがいいわね。死んじゃうもの」

 

 魔術師としての熟練度の差以前の問題よ、と右下から届いたのは幼い声。イリヤスフィールはいつの間にか俺のそばまで来ていた。

 

「……'あなた'じゃなくて、名前で呼んでほしいな」

 

「もうすぐ死んじゃうのに?」

 

「負ける気はないからね。俺は四月一日君尋っていうんだ」

 

「キミフィロ?」

 

「君尋だよ」

 

「キミフィロ…キミヒュロ…クィミフィロ…」

 

「なんで離れるんだ……キ・ミ・ヒ・ロ」

 

 イリヤスフィールにも分かりやすいよう、一音ずつしっかりと発音した。

 

「キミヒロ。……うん、覚えたわ。でもどうして日本の名前ってこうも難しいのかしら?」

 

「それはこっちが言いたいんだけど」

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。そう難しい発音じゃないと思うんだけど」

 

「これが価値観の違いか」

 

「難しかったらイリヤでいいわ。シロウもそう呼んでるの」

 

 イリヤは自慢げそうに「ね、キミヒロ」と言いながら無邪気に笑う。そんなイリヤを見つめながら、俺は考えた。

 

 せっかく俺もこの場に残ったのだから、何かしなければならない。だが俺はサーヴァント同士の戦いに介入することもできなければ、イリヤを倒すこともできないへっぽこだ。だからできることは、イリヤの説得か、情報を聞き出すことくらい。戦況が行き詰っている以上、少しでも役に立ちたかった。

 

「ねえ、あなたどうしてメガネをかけてるの?」

 

 しかし先に話題を降ってきたのはイリヤの方だった。

 

「え、それは目が悪いからで…」

 

「お母さまがあなたを見たときはメガネをかけてなかったわ」

 

 ――お母様? 俺は彼女の母親にあったことがあるのか?

 そしてなにより、メガネをかけていない俺といえば。

 

「それって……!?」

 

 

 

「■■■■■ーーーーー!!」

 

 

 

「!?」

 

 バーサーカーのひときわ大きな咆哮がとどろいた。驚いてそちらに振り向く。そちらではアサシンとアーチャーが何とか理性を失った大英雄と距離をとり、話し合っていた。

 

「埒が明かんな。アサシン、時間は稼げるか」

 

「ほう、なにか策があるのか」

 

「稼げるのか、稼げないのかどっちだ」

 

「その程度造作もない。……そのまま倒してしまっても知らんぞ」

 

「そうなれば万々歳だ」

 

 アーチャーと佐々木さんは前後衛を交代した。佐々木さんが――負傷し、ろくな武器を持っていないはずの佐々木さんが前にでる。

 佐々木さんは刀を持っていないほうの右手を握ったり開いたりしていた。感覚をたしかめているのだろうか。数度繰り返したあと、しっかりと刀を握り直した。

 

「来い、狂戦士。存分に死合うとしよう」

 

「■■■■■ーーーーー!」

 

 佐々木さんは肩の上で刀を前方に突き出すような、今までとは一風変わった構え方をする。バーサーカーの斧剣が容赦なく振り下ろされた。

 

 

 

「――秘剣、燕返し」

 

 

 

 斧剣に答えるように、二つの銀の軌跡が全く同時に描かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔ある男がいた。

 男は農民であったが、剣術に没頭する変わり者だった。

 

 直ぐに投げ出すだろうとは誰が言った言葉か。竹林の奥での鍛錬は、一年たち二年たち、十年経った頃には村の日常にすり替わっていた。 

 飽きっぽい性格だったはずの男は、剣という終わりなき道に惹かれ、ただその技を磨き上げることのみにすべてを捧げた。

 家が比較的裕福であり、己が長男でないことをいいことに、ずいぶん好き勝手やっていた。

 

 男には師と呼べるものなどいなかった。

 基礎こそ流浪の者に教わったものの、あとは全て独学。

 大多数の者なら、そのような状況での修行など無意味なはずだった。

 それでも男は愚直なまでに剣を振るい続けた。

 そして境地にたどり着く。

 男には何百年に一度という剣の才能があったのだ。

 

 寝食も忘れる程に刀を振るい続けては、力尽き倒れこむ日々。

 竹林の隙間から見える空は、地に伏せる男を笑うようにどこまでも青く高かった。

 

 あるときふと男は思った。

 あの空を翔ける燕を切りたい、と。

 本人もなぜそのときそう思ったのかは分からないという。

 だが、その日の思いつきで、男は生涯の目標を決めてしまった。

 

 疾さがたりない――ならば疾く動けるまで鍛えればよい。

 間合いがたりない――ならば剣を長くすればよい。

 それでもなお捉えられぬ――ならば手数を増やせばよい。

 答えるだけなら幼子でもできる内容。

 ただ一つ、燕を切るという目標のためだけに、バカバカしいほどの修練を男はこなしていった。

 

 そして最期の時、男はようやく燕を切ることに成功する。

 歴史に名を刻むことなく。

 ただの一度も戦うことなく。

 剣以外のものを知ることなく。

 

 世界にたった5つしかない奇跡のうちの1つを手に入れた男は、人しれず亡くなった。

 

 その秘剣を男はこう名づけた。

 ――燕返し、と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すべてが止まっていた。

 俺も、イリヤも、アーチャーも、佐々木さんもバーサーカーも。先ほど起こった現象に驚きを隠せなかった。

 

「多重屈折現象……? そんなのもう魔法の領域じゃない!」

 

 バーサーカーと交差した瞬間、佐々木さんの振るった剣の軌跡は明らかに'二つ'存在していた。

 

 剣が分裂したのではない。全く同じタイミングに、全く違う軌跡を描く剣が現れたのだ。どちらの太刀筋も、間違いなく佐々木さん自身のもの。彼がが起こした現象は――

 

「第二魔法……平行世界の運用だと?」

 

「ほう、これはそのような名だったか」

 

 いつもは冷戦沈着なはずのアーチャーもこれには驚愕した。

 

 第二魔法。遠坂が師、宝石翁ゼルリッチの魔法。かの朱い月をも撃退した伝説の男のみに許された奇跡。

 佐々木さんは、平行世界の己の剣戟をこの世界へと持ってきたのだ。どれほどの鍛錬を積めばその境地にたどり着けるというのか。

 

「なに、昔燕を切ろうと思った事があってな。風にのる鳥を切るのには苦労した」

 

 燕を切る。人生においては不必要とも言えるだろうこと。佐々木さんは、それを成し遂げるためだけに、常識外れなこの秘剣を取得したのだ。しかしそんな切り札を成功させたにも関わらず、佐々木さんはどこか不満そうな表情をしていた。

 

「……まさか第二魔法を使えるなんて思わなかったけど、もういいわ。キミヒロのサーヴァントの切り札でも、バーサーカーには傷一つつけられなかったみたいね」

 

 そう、佐々木さんの魔法レベルの秘剣でさえ、バーサーカーには傷一つつけられなかったのである。

 燕返し自体は魔法レベルの事象。発動すれば回避は不可能だ。しかし用いられた剣は何の神秘もなにも宿さぬ刀。そこにランクはそもそも存在しない。

 宝具がないことが弱さに直結するわけではないが、今回は相性が悪すぎた。あくまでも魔法レベルなのは燕返しの技術であり、威力のランク補正がついているわけではないのだ。

 

「神秘というものがどれだけ重要か、あなたはわかってなかったみたいね」

 

「ではその神秘があればアサシンの攻撃は通るということだな?」

 

 イリヤの言葉を遮るようにアーチャーが言った。

 

「……どういう意味かしら」

 

「そのままの意味だよ。それともアインツベルンはそんなことも教育しなかったのかね」

 

 アーチャーは皮肉で返すと佐々木さんに向かって鞘に納められた長刀を投げ渡す。

 

「これは……!」

 

「さすがに気付いたようだな」

 

 佐々木さんが受け取ったのは長さ三尺三寸程度の身の丈ほどの長刀。しかし佐々木さんがもともと持っていた刀ではない。

 

 通称物干し竿――将監長光作の野太刀、二代目備前長船長光。

 本物の'佐々木小次郎'が使用していたと伝えられている刀そのものだった。

 

「'燕返し'が使えるという理由だけで呼び出されたただの亡霊には手に余る品かもしれんがな」

 

「なぜ貴様がこれを……」

 

「あいにく私は剣豪でも佐々木小次郎の縁の者でもない。ただのしがない弓兵だよ」

 

「……」

 

 佐々木さんは手元の二代目備前長船長光を見つめる。何を思っているのか、俺には分からない。

 

 ふと、先ほど考えた問いがよみがえる。

 俺は何をすべきか。

 その答えが見つかった気がした。

 

「佐々木さん」

 

「!」

 

 真名の秘匿などもういい。先のやり取りでとっくにバレているだろう。俺はクラス名ではなく、いつもの呼び方で話しかけた。

 

 佐々木さんの受け取った刀がすごいものだということはわかる。ならば、佐々木さんだって全身全霊をかけてその刀に答えるべきだ。しかし彼は負傷していて万全の状態ではない。

 ――これはあってはならないことだ。

 

 右手に宿る令呪を見た。

 サーヴァントへのたった三回しかない絶対命令権。サーヴァントの反逆を防ぐための命綱。俺の令呪は残り一画しか残っていない。

 

 一度目は自害を。

 二度目は回復を。

 そして、最後の命令は――

 

 

 

「俺、信じてます。だから――頑張ってください!」

 

 

 

 最後の令呪が消費された。

 

「――」

 

 それと同時に佐々木さんの腕の負傷が消え失せた。完治というレベルでは収まらない。佐々木さんは、これ以上はないというほど万全の状態になっていた。

 明確な命令でも何でもない。ただ、俺にできることを。かけがえのない友への純粋な勝利への祈りを。

 

 三度目はの命令は強化だった。

 

 本来なら、こんな曖昧な命令では令呪はほとんど効果を発揮しない。しかし、マスターとサーヴァントの意思が一つになったとき、その効果は飛躍的に倍増する。

 

「もっとも、贋作が新作に劣るとは誰も決めていないがね」

 

 アーチャーは自嘲するように言った。

 

「なるほど。ここまでお膳立てされては、答えぬわけにもいくまいな」

 

 佐々木さんは借り物の刀を鞘に戻し、新たに得た刀を鞘から抜いてしっかりと握りしめる。

 

 その瞬間、場の空気が変わった。

 バーサーカーが動であり暴だとするなら、佐々木さんは静であり技であった。二つの相反する存在が対峙する。

 

「謝罪しよう。あの燕返しは万全ではなかった」

 

「だとしても関係ないわ。勝つのはバーサーカーなんだから!」

 

 突然イリヤの体に光の筋が現れる。間違いない――全身に広がるあれは、まぎれもない令呪。あまりにも巨大すぎるそれ。イリヤのマスターとしての規格外っぷりは、何度驚いても驚き足りない。

 

「正面から叩き潰しなさい!」

 

「■■■■■ーーーーー!」

 

 イリヤはそう命令した。おそらくプライドがそうさせたのであろう。自分のほうが格上なのだから、真っ向から叩き潰さないといけない。そう考えているのだろうか。

 

 再び斧剣と刀が交差する。バーサーカーに隙はなかった。しかし魔法の領域まで到達した達人の乱れ一つない剣技は、理性を手放した狂戦士に反応することすら許さない。

 

「秘剣――燕返し」

 

「■■■■■ーーーーー!」

 

 佐々木さんの刀の軌跡が振れる。

 

 一の太刀は斧剣と相殺された。

 二の太刀はバーサーカーのもう片方の腕で叩き潰される。

 そして、

 

「!!」

 

 ・・・・

 三の太刀が、バーサーカーの首をはねた。

 

「少々、腕の数が足りなかったようだな」

 

 佐々木さんは不敵にほほ笑んだ。

 

「嘘、どう高く見積もってもCランク程度の宝具だったはずなのに」

 

「真名開放すらしていない状態ではな。この刀と私は随分相性が良かったようだ」

 

 まるで本来の持ち主の手元へ帰った刀が、使い手の意思に応えたかのようだと思った。

 再生していくバーサーカー。跳ね飛ばされたはずの首はすでに元の位置に戻り、肉が膨れ、体が修繕されていく。

 

「…‥本当に一回殺されちゃうなんて。でもこれでもうあなたのサーヴァントの攻撃は二度と通じない。次からは」

 

「次などないさ」

 

「「「!!??」」」

 

 声のした方向、アインツベルン城の玄関ホールの二階にアーチャーは立っていた。

 

「アサシンが時間を稼がなければ、準備できなかった。私一人では無理だっただろうな」

 

「何よそれ……! どうしてそんなに宝具を持っているの!?」

 

 アーチャーの背後には、無数の剣が存在していた。

 

 永遠に錆びない剣がある。武骨な不屈の剣がある。宝石がちりばめられた剣がある。黄金の剣がある。炎の剣がある。氷の剣がある。断罪の剣がある。選定の剣がある。命を喰らう剣がある。必殺の剣がある。契約破りの剣がある。伝説の剣がある。この世のすべての剣がそこにはあるのではないか、そう思ってしまうほどの剣の壁だった。

 

「貴様が挑むは無限の剣群。――はたして生き残れるか」

 

 空を埋め尽くす武器の矛先がバーサーカーに向く。

 そしてその一部が、俺とイリヤのいる方にも向けられた。

 

「「!?」」

 

「しまっ――」

 

 

 イリヤの焦る声が聞こえる。

 アーチャーの宝具が、無限の剣が、一気に降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、俺生きてるのか……?」

 

「……間に合ったか。流石に焦ったぞ」

 

 宝具の連続射出により、あたりには煙が舞っていた。そして、俺は佐々木さんの小脇に抱えられている。何とか回避に間に合ったようだ。佐々木さんの俊敏の高さの賜物だ。

 

「ほう、生きていたか」

 

「生きていたかじゃないっすよ! なんで俺ごと攻撃するんですか!」

 

 現れたアーチャーに抗議した。危うく死ぬところだったのだ。

 

「サーヴァントと同時に、マスターにも攻撃するのが最善だったと思うが」

 

「俺を巻き込むのかよ!」

 

「より確実に葬るためだ」

 

「より確実に俺も死にかけたんですけど!」

 

 だめだ。アーチャーに話が通じる気がしない。佐々木さんに礼を言いながら、地面に足を下ろし、立ち上がった。

 

「あの剣群。この備前長船長光といい、どういうことだ」

 

「重要なのはそこではあるまい。有用か否か。それだけだろう」

 

「……ふむ、違いまい」

 

 煙が晴れていく。しゃがみこんでいるイリヤが見えた。防御結界でも張ったのか、身を呈してバーサーカーが守ったのか、彼女は未だ五体満足だった。

 

「……」

 

「イ、イリヤ……」

 

「――さない」

 

「えっ?」

 

「――許さない」

 

 すくりとイリヤが立ち上がる。

 

「――狂いなさいっ! バーサーカー!!!」

 

「■■■■■■■■■■ーーーーー!!!!!!!!!!!!」

 

「「「なっ!!!???」」」

 

 砂煙の中からバーサーカーが現れる。

 

 まだ、殺し切れていなかった――!?

 

「くっ!」

 

 アーチャーの手に中華風の夫婦剣が現れバーサーカーの攻撃を何とか受け止める。一撃ごとに夫婦剣は砕かれ、一歩また一歩と追い詰められていく。佐々木さんが援護するが、それすらもバーサーカーはものともしない。

 

「あれでまだ狂化していなかっただと!?」

 

 一撃一撃が今までとはまるで違った。これが、バーサーカーとイリヤの本気。いままで手加減されていたというのか。その上、アサシンの燕返しではもはや殺せず、アーチャーにはもうバーサーカーを殺せるほどの宝具のストックがない。絶体絶命だ。

 

 アーチャーの持つ夫婦剣が八度破壊されたとき、佐々木さんはアーチャーに話しかけた。

 

「アーチャー、勝負にでる」

 

「ほう、燕返し以外にも切り札があるというのかね」

 

「ない」

 

 はっきりと、だが自信満々に言い切った。

 

「アーチャー、私に魔術の学はないが、一度殺された方法には耐性がつく、とはどういうことだと思う?」

 

「と、いうと?」

 

「あいにく私は剣を振ることしか能がなくてな。なに、より完成度の高い燕返しならばあの男の守りを抜けられるのではないかと考えただけのこと」

 

 例を出そう。

 バーサーカーが一度500度の炎で焼かれて死んだとする。すると、バーサーカーには500度の炎への耐性がつく。しかし、その次に1000度の炎による攻撃をくらったなら? はたして攻撃は通るのだろうか。

 佐々木さんは通るという可能性に賭けていた。

 同様の理屈で、先ほどの燕返しよりも数ランク上の質のものを繰り出せば攻撃は通ると。

 

「完成度を上げる自信は」

 

「ある」

 

 迷いや不安など、佐々木さんにはなかった。

 

「あそこまでお膳立てされておいて、今まで通りの秘剣のみというのは少々さびしいではないか。更なる高みに至って見せようぞ」

 

 そう告げ、前線を一時アーチャーに任せ、佐々木さんは構えた。

 

「……もう絶対に許してあげないんだから」

 

 一方のマスター側。怒りをあらわにしたイリヤの周りには、百々の銀鳥が錬金されていた。一匹一匹がイリヤのたった一本の髪の毛のみで構成されていて、翼には美しい螺旋模様が描かれている。そのすべては自立していて、光の灯らぬ冷たい眼球で俺を捉えていた。キュイキュイと響く音は、果たして彼らが鳴いているからのか、錬金された髪鋼が軋むせいなのか。

 

「わあああっ!?」

 

 イリヤが合図をすると、それは一斉に襲いかかってきた。精度はそこまで高くないが、とにかく数が多い。しかもすべてが自立しているため、遠坂さんのガンド等と違い避けたあとにも意識を配らねばならないのだ。一度避けた銀鳥が空中で折り返し、再び急所めがけて飛びかかってくる。

 

「キミヒロはシロウの友達だって聞いてたからやさしくしてあげようと思ってたけど――もうおしまい」

 

 銀鳥が生成される。生成される。生成される――! 規格外の魔力による力押し。一匹一匹に十分すぎるほどの威力が備えられているというのに、まだ増えていくというのか。そこに人が生き残れるほどの隙間はない。

 

「四月一日!?」

 

 佐々木さんが叫ぶが、今彼が持ち場を離れるわけにはいかなかった。バーサーカーの猛攻が助けに行くことを許さない。

 

「ばいばい、シロウのおともだち」

 

 

 

 

 

 

 

 目の前を真っ赤な炎が覆った。

 

 

 

「グルルルルルル……」

 

 

 

「き、狐!?」

 

 目の前にいきなり現れた獣。一瞬狐に見えたその生き物は、明らかに狐ではなかった。狐としてはありえないほどの巨体に、八本の尾。おまけに額には朱色の化粧が施されている。

 

「管狐…!? どうしてここに」

 

 イリヤが呟く。あれは管狐というのか。獣の吐く炎がイリヤを襲い、その対応のためか、銀鳥は一気に防勢に回った。何者かはわからないが、どうやら俺の味方のようだ。

 管狐の猛攻は止まらず、炎が荒れ狂う中に突撃し、追撃を仕掛ける。銀鳥が熱に弱いのか、管狐の炎が規格外なのか、その数は見る見るうちに減っていった。現状の不利を悟ったイリヤが、鳥に手を加え、剣を変えた。幾つもの凶器が火の壁をすり抜け猛攻を仕掛けるも、一つは爪に叩き壊され、一つは噛み砕かれ、また一つと、食らいつくされていく。

 この戦い、どちらが押しているかは火を見るより明らかだ。あれほどの驚異が、たった一匹の獣によって覆された。

 

「佐々木さん! 俺は大丈夫です!」

 

「……そうか」

 

 俺の無事を確認した瞬間、佐々木さんはバーサーカーに向かって走りだす。

 

 

「秘剣、燕返し」

 

 

 一の太刀は斧剣と相殺された。

 

 二の太刀はバーサーカーの腕で叩き潰される。

 

 そして、三の太刀さえバーサーカーの肌を貫けなかった。

 

 

 アサシンの'宗和の心得'――同じ技を同じ相手に何度使用しても見切られないようにする固有スキルを持ってしてなお、狂化した大英雄の能力値の前に全てが叩き潰された。だのに、今だ佐々木さんは笑っている。それは諦めた者の目ではなく、自暴自棄になった者の目でもなく、勝算のあるかけに出る者がする目だった。

 

 

「――四の太刀」

 

 

 バーサーカーの背後から現れた四撃目が、ついに最後の命を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ、勝った、のか?」

 

 バーサーカーの体が光の粒になって消えていく。佐々木さんは、過去の佐々木さんすら上回る秘剣でバーサーカーの神秘を打ち砕いたのだ。

 

「……まさか、同じ技に二度殺されるとは」

 

「!」

 

 バーサーカーが言葉を発していた。消滅の直前になって、狂化が解けたのだろうか。

 

「見事な、剣技だった」

 

「理性のある貴様とも、刃を交えたかったよ」

 

 イリヤが消えていくバーサーカーを恐れるように見ていた。

 

「バーサーカー……?」

 

「――」

 

 バーサーカーは最後に己のマスターに、なんと言ったのだろうか。何かを呟いた後、完全に光の粒となって消えていった。

 

 

 

 どくん

 

 

 

 その瞬間、胸やけがした。喉の奥から、焼けるような熱い何かがこみあげてくる。心配そうに、八尾の獣がすり寄ってきた。

 

「がっ……げほっ、げほっ!」

 

 口に手をやり、思わずその何かを吐き出した。胃液なのか、もしくは吐血なのか――暖かい何かが掌にこぼれる。

 

「大丈夫か、四月一日」

 

 余りにも頻繁に昏倒するせいで流石に慣れてきたのか、佐々木さんの対応は素早く適切だった。俺の背中に手を当て、具合を伺う。

 

「う゛……」

 

 何かに飲み込まれるような気持ち悪さだった。

 

「本当に二度あることは三度あるみたいです。俺、なんか寝込んでばかりですね。ごめんなさい」

 

 視界が黒く染まっていく。そう言い残して、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

「……泥?」

 

 

 吐き出したものが、醜悪な泥だということにも気付かずに。

 

 


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