fate/another_dream -モウヒトリノユメ- 作:きゃべる
fate/another dream
第四夢 「ケンカク」
「あなたが寝こけてる間におきたことで悪いニュースが3つあるんだけど、どれから聞きたいかしら」
「いいニュースからで」
「ないわよそんなの」
仕方ないので1番マシなものからと頼んだ。現在、衛宮邸の居間でアーチャーがいれたという紅茶を飲みながら遠坂凛と話してる真っ最中だ。
俺はとても長い間眠っていたらしい。
佐々木さん曰く慎二に突き飛ばされた俺は、そのままバーサーカーの斧の進行方向に飛び出した。そのままなら即死だったが、もともと佐々木さんが迎え撃つつもりで構えていたおかげで対応することができ、何とか俺は無傷でいれたそうだ。
しかし突然なんの前触れもなく倒れてしまった。少女が飽きて帰ってくれてくれなければ本当にそのまま殺されてしまったかもしれない。
死ななかったのは僥倖だが、代償がなかったわけではないようだ。
「1つ目は、アサシンの戦力低下について。バーサーカーに剣を折られたそうよ。それに加え腕を負傷している」
「剣が……!?」
俺が気絶する直前、たしか刀身が歪んだと言っていた。 ……その歪みが俺をバーサーカーの攻撃から庇ったときに限界を迎えてしまったのだという。
かの剣客の柔はバーサーカーの剛に屈し、剣は折られ、腕はまがった。
佐々木さんの腕を見る。一見何の傷もなさそうに見える。実際、サーヴァントは魔力さえあれば自身を修復することも可能なのだそうだ。しかし、それでだけでは万全とは言えない。
佐々木さんの剣は天性の才能に支えられている部分も大きいが、その軸は努力の上にある技である。それはこれ以上ないというほど極められ、精巧になり、その分万全の体の状態を必要以上に要求されるようになっていた。彼の剣技は、完治しきっていない腕の些細な違和感ひとつで簡単にほころびが生まれてしまうのだ。そしてなによりも武器がないというのは戦いにおいて致命的すぎる弱点だった。
「今は藤村先生の実家の業物を借りている状態よ」
「それでいいのかよ!?」
「緊急時だし仕方ないわ。私の家にあるのは大抵が西洋剣だし、それもアゾット剣のような儀式用ばかり。士郎が言うにはこの刀もなかなかの一品らしいけども、使い慣れてないしょうし、今までアサシンが使っていた刀に比べれば質も劣る。気休め程度かもね」
佐々木さんがこんな状態なのは、自分のせいなのだ。遠坂さんには、あのバーサーカーとやりあってそれだけですんだのはむしろラッキーだとフォローされたが、罪悪感は消えなかった。
「すみません佐々木さん」
「なに、私が未熟だっただけということ」
佐々木さんは相変わらずの飄々とした様子でそう返してくれた。しかし、自分で自分が許せなかった。償わなければいけない。
「ところで、慎二はどこなんですか」
「始末した……って言いたいところだけど生きて入るわ。士郎も甘いわ。記憶は消させてもらったけどね」
「! いつの記憶をですか!?」
「一応聖杯戦争についてはすべて消しておいたけれど」
それだけではまずい気がする。
慎二のまとっていた黒い煙は、魔術師への嫉妬だ。聖杯戦争の記憶だけ消したところで魔術への嫉妬心がなくならない限り根本的な解決にはつながらない。俺の心配をよそに、遠坂さんは話しを続けた。
「2つ目は、セイバーがほぼ戦闘不能になったこと」
「セイバーさんが!?」
そういえば彼女と士郎がその後どうなったのか、俺は全く知らないのだ。
「士郎が聖杯戦争に参加するようなった経緯はもう話したでしょう。無茶苦茶な召喚だったせいで、士郎と上手くパスがつながっていなかったのね。宝具を使った負荷に耐え切れなかった。急がなければ明日にでも消えてしまうわ」
「そんな…」
せっかく少し仲良くなれたばかりなのに。あの時信用してもらえて、とても嬉しかったのだ。なのに彼女が消えてしまうかもしれない。それはとても辛かった。
「あれ、それでとうの士郎はどこにいるんですか」
「そう、それが3つ目の悪いニュース。士郎がアインツベルンにさらわれたわ」
「士郎がアイン……えっと」
「アインツベルンよ。そいつにさらわれたの」
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。俺が気絶する直前まで戦っていた女の子の名らしい。とても長いくてややこしい。
「セイバーが戦闘不能とはいえ現界していられるのだから、士郎は令呪を失ってはいないでしょうけど、それでも士郎がヒトとしての原型を留めてるのか怪しいものよ」
伝えられた衝撃の事実。あの時俺が寝こけてしまわなければこうはならなかったかもしれないのに。
「バーサーカーのマスターは、今どこにいるんですか」
「救出するつもり? あれは1000年以上続いた家系。いくらあなたが特殊体質だからといって、できるはずがない。精々ホルマリン漬けにされるのが落ちね」
遠坂さんは無表情のまま言い切った。最近はほとんど見なくなっていた顔。初めて会ったとき躊躇なく俺に暗示をかけようとした時の顔だった。魔術師としての彼女の一面だった。
「――でも、士郎はあなたの大切な幼馴染なのよね?」
先ほどとはうってかわって、遠坂さんは士郎の救出を促すような台詞をはいた。
これはきっと試されている。
なんとなく、そう思った。選択を誤ってはいけない。遠坂凛は、真っ直ぐこちらを見つめてきた。
「あなたはどうするの?」
俺は――
「士郎を助けに行きます」
そうはっきりと答えた。
「これだけ言われてそう言うのなら、何か具体的な策はあるのかしら」
遠坂さんは問う。
「ありません」
「……へえ、ずいぶんはっきり言うじゃない」
遠坂さんは少しイラついた様子でそう言った。
「すみません。でも俺は士郎を助けなきゃいけないんです」
「なぜ?」
「……昔、俺が助けてもらったからです」
夢で見た記憶。忘れられない記憶。
一人ぼっちで、孤独で、理解者のいなかった俺に、士郎だけが手を差し伸べてくれた。
彼はアヤカシなんてこれっぽっちも見えなかった。なのに理解してくれた。
彼は俺と同じように親がいなかった。なのにまっすぐ生きていた。他人を救えるくらい強かった。
士郎は、俺にとって――あの時からずっと、紛れもない正義の味方だったのだ。
「甘い考えね。無駄死にするだけよ」
「そう言う遠坂さんは助けに行かないんですか」
「……」
遠坂さんは難しそうな表情をした。やっぱりこの人はやさしい。本当は彼女も士郎を助けに行きたいのだ。厳しい言葉も、俺の無駄死にを止めるためのものだろう。
「俺は士郎にたくさんのものをもらいました。だから、その借りは返さないといけません。何かを得たのなら必ずそれに見合った対価が必要です」
「そうね。でも無駄死にするのははたして対価を払うことになるのかしら?」
「俺は死にませんよ」
笑みを深めながら彼女をまっすぐ見つめる。
「だって、俺よりもずっとすごい遠坂さんがついてきてくれますから」
「っ――! どうして私が一緒に助けに行くのを前提で話してるのよ!」
「士郎を見捨てるんですか」
「あ、当たり前よ! 魔術師として当然の判断だわ」
焦ったようにそう言う遠坂さんを黙って笑いながら見つめ続けた。
「……なによその目」
≪どうやらマスター自身以上に、この男はマスターに理解があるようだ≫
「アーチャー! あなたは黙ってて!」
≪図星をつかれたときに無理やり相手を黙らせようとするのは賢いやり方ではないな≫
「う、うるさいわね!」
どうやらパスを通じての会話のようだったが、体質のせいか俺には筒抜けだった。遠坂さんは彼女自身のサーヴァントとどうやら言い争い始めたようだ。
「少々お転婆が過ぎるが、いやはや良い女よな」
「佐々木さん、女好きですよね」
「美しい花は愛でてこそであろう」
「そういうものですか」
しばらく待っていると、どうやらマスターとサーヴァントの口げんかは終わったようだった。まあ、一方はからかっているだけのようにも見えたが。
遠坂さんは肩にかかった髪を払う。
「ふう、分かったわ。四月一日君尋。あなたをアサシンのマスターではなく、一人の人間として認めてあげる。一緒にこの遠坂を馬鹿にしたアインツベルンの鼻っ面を折りにいってやりましょう」
「……はい」
どうやら一緒に士郎を助けに行ってくれるようだ。そう言われながら差し出された手を、俺はしっかりと握り返した。
さあ、大切なモノを取り返しに行こう。
◆
バーサーカーのマスターは、衛宮邸から学校を超えたさらに向こうの郊外の森に所有地を持っていた。その最奥にはアインツベルン城という立派な城まで建てていて、その金持ち具合が伺える。士郎の家を出発してすでに数時間が立っているというのに、いまだ目的地は見えてこなかった。
「いつまで続くんだこの森。というか迷ったりしてないんですよね?」
「当たり前でしょ。まさか四月一日くん木だけ見て進んでるんじゃないでしょうね?」
「木や地面以外に見えるものがあるんですか。生き物も全く見かけないし、今日は曇りだし太陽も見えないですし」
「うわー……もうやんなるわね」
遠坂さんは頭を抱えた。またなにかバカなことを言ってしまったのだろうか。
遠坂さんは優秀な魔術師だ。俺や士郎とは比べ物にならないほどの知識と実力の持ち主で、度々迷惑をかけてしまっている。
「えっと、その……」
「もういい、説明してあげるわよ。あなたは感知型だからてっきりできてるものかと思いこんでたこっちのミスだもの」
「俺の体質がなにか関係あるんですか?」
「四月一日くん、本当にこの森から何も感じない?」
見えないか、ではなく、感じないかと尋ねられた。それが意味するのは、導となるものが目には見えないということ。俺は改めて森を見渡し、精神を研ぎ澄ませた。
「あ……向こうに、何かが」
「どんな風に感じる?」
「ものすごい、存在感のような。重々しくて、でも今は沈黙している何かがいる気がします」
「それはいくつある?」
「……一つ?」
「残念、二つよ。魔力量だけならイリヤスフィールとバーサーカーで二つ。パスがつながっている上、今はバーサーカーは霊体化してるみたいだから判別が難しかったかしら。衛宮くんやホムンクルスたちは二人と比較にならないほど保有魔力量が少ないから完全に飲まれちゃってるみたい。普通は魔力の気配なんて隠すもんなんだけどねえ、隠す気がないのかしら」
俺の答えは間違っていたようだ。しかし、一度気づいてしまえば彼女とバーサーカーの気配は無視できないほどの圧倒的存在感を放っていた。なぜさっきまで認識できなかったのかが分からないほどだ。
「でも結構筋はいいわよ。私だってこの距離の探知ができるようになったのなんてそう昔のことじゃないし。感知型の四月一日くんがこのまま鍛えていけば、いつかは魔術的な罠の構造や個人の居場所まで索敵できるようになるかもしれないわね」
「それが今できたら、もっと役に立てたんですけど」
「ないものねだりをしても意味なんてないわよ。……に、しても」
遠坂さんは再び考え込むような動作をした。バーサーカーたちの魔力の存在に呆れたような動作とは、真剣さが桁違いだった。
「四月一日くん、誕生日はいつだったかしら?」
「いきなりなんですか」
「いいから早く」
「……笑わないでくださいよ」
「分かった、4月1日ね」
「まだ答えてないのに!?」
「その前ふりじゃ言ったのと同じでしょう。でも、それは本物の苗字なのかしら?」
「え?」
意味が分からなかった。'四月一日'が俺の本物の苗字ではない?
「だってそうでしょう? 名前ならまだわかるわ。名前は生まれたあと、つまり誕生日が決まったあとに付けることができるもの。でも苗字は生まれる前から存在するのよ。どうして誕生日が分かる前に、その日と一致する苗字がつけられたのかしらね?」
「そんなの偶然じゃ」
「四月一日くんが一般人だったら私もそう思ったかもね。でもその霊媒体質は突然変異にしては強すぎる。血の影響を受けているとしか思えない。4月1日に生まれたとある魔術師の家系の子が偽の苗字を名乗っている、という方がまだ信ぴょう性がある」
「……俺は、四月一日君尋ですよ。大火災の時に孤児になってるので、もしかしたら両親が魔術師だったって可能性はあるかもしれませんけど。それでも大火災前の記憶をなくしたわけじゃありません。俺の苗字は四月一日です」
「ふうん……衛宮くんとは違うんだ」
ああ、これは信用してない目だな。誰が見てもそんな態度だった。だが俺は一言も嘘はついていない。確かに魔術師の家系出身なのかどうかなんて自覚はないし、分からない。むしろ俺の親の事情など、俺が一番知りたい。だからといって偽名を疑われてはたまらない。それは俺の記憶への否定、しいては俺自身への否定なのだ。不快にならないわけがない。
――記憶?
ふと妙な感覚を覚えた。記憶に対する疑問。たしか、つい最近にも似たことを考えたような――?
「なんだかんだで貴方はひっくり返ってばかりだったし、きちんとした魔術修行も属性診断もしてないままだっけ。時間があるときにきちんと調べてみたほうがいいかもしれないわね」
「それには返す言葉もございません」
「二度あることは三度あるらしいから心配ね」
全く心配していない顔で言われた。
「でも意識を失いがちだったせいだけじゃない。アサシンへの魔力供給が問題なかったのも大きな理由ね。食料での補給もしてたし、低燃費なだけかと思ってたけど、まさかアヤカシを食わせて魔力供給してるなんて、思いもしなかったわよ」
「あ、アヤカシを!?」
俺の脳内では佐々木さんが刀をアヤカシに突き刺し、わたあめのように食べる姿が浮かんでいた。
「四月一日くんが想像してるような食べ方じゃないわよ。アヤカシを切ることで吸収してるの。わかりやすくアヤカシと呼んだけど、要は雑多な思念体や現界できないほど微弱な呪いの類を吸収している、ってところね。気づいたのは四月一日くんが寝こけている間。様子を見に行ったら現場に遭遇したのよ」
「思念体!? の、呪い!?」
《私は元が亡霊、地縛霊だからな。いわばそれらの親玉のようなもの故、粘土細工に材料を継ぎ足す要領で多少の回復を試みただけよ。美しくはないがな》
霊体化していた佐々木さんが話に割り込み、詳しい説明をしてくれた。遠坂さんは、へえそうなんだと頷いている。
《私としては、四月一日の菓子を食すほうが気に入っている。霊媒体質のためか、セイバーのマスターや四月一日が弟子にとっているあの娘の料理よりも、効率よく魔力回復もできるゆえ》
「そう言ってもらえると嬉しいですけど…」
「あなたたち結構いいコンビなんじゃない? 低燃費さと魔力回復効率の高さだけで見たら多分一番だと思うわ」
「そうなんですか?」
「それで苦労してる実例がここにいるでしょ?」
「……申し訳ありません」
沈黙を貫いていたセイバーさんが、静かに返答した。そういえば、彼女は魔力不足ゆえに弱っているのだったか。
「セイバーは高燃費な上正規の英霊だし仕方ないわ。アサシンみたいなむちゃくちゃな魔力供給ができなくて当然よ。
とにかく、私は冬木のセカンドオーナーだし、この土地にいる魔術師について知らなくちゃいけないの。四月一日くん、色々とあなたのプライベートに踏み込むことになるかもしれないけど、文句は言わせないからね」
俺は素直に了承した。無事帰れたら、いくらでも付き合おうとそう思う。なにより自身の生まれには、俺自身も興味があった。
◆
「――別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?」
アインツベルン城の一室に監禁されていた士郎を救出した後、もうすぐ城から出ていけると思ったまさにそのとき、イリヤは現れた。あのバーサーカーの圧倒的な強さはこの場にいる全員が身をもって知っている。マスターのうちまともに戦えるのは遠坂さんのみ。サーヴァントも戦える程の余力を残しているのはアーチャーのみで、セイバーは戦闘不能、そして最後の一人はまともな武器を持っていないという状況だ。
そんな絶望的な状況の中、圧倒的な力を持つ大英雄を前にして、赤い弓兵は堂々と言い放った。一人で相手をするなど無理に決まってる。しかしここで足止めしなければイリヤスフィールは再び士郎をさらいにくるだろう。逃げきらなければ、助けにきた意味がない。
言葉を交わす弓兵と士郎を尻目に、佐々木さんが話しかけてきた。
「して、どうする四月一日」
主語のない質問でも十分わかった。残るか否か、佐々木さんは聞いている。そして俺の意見を尊重してくれるだろうこともわかった。すぐには答えられなかった。
「何故そこまで迷う。答えは二択、いや、もはや一択だろう?」
「正直残りたい、です。でも……」
そもそもアインツベルン城に士郎を助けに行こうと言い出したのは四月一日自身なのだ。残ってアーチャーを手助けしたいという気持ちは確かにある。しかし、したいか出来るかは別問題。俺が残ってもあのバーサーカーを相手にどうこうできるとは思えない。それにこれは俺だけの問題ではなかった。
「佐々……アサシンは、どうなんですか」
「私か? 四月一日の意思に従う、ではならんか」
「こればっかりは、俺だけの意思で決める訳にはいきません」
「そうか」
遠坂さんの時は、彼女なら助けに行くだろうと楽に予想できたから良かった。だが今回は違う。相手の意思を無視して自分の意思を通すのは、強さではなく傲慢だ。普通に考えて、Aランクより下の攻撃を受け付けず、12通りの方法で殺さないといけない脅威に好き好んで挑むような自殺願望の持ち主は居ない。だから俺は残りたいと主張することを戸惑ったのだ。俺がそう選択するということは、問答無用で佐々木さんを巻き込んでしまうことだ。だからここは士郎たちと共に撤退しようと佐々木さんに告げたようとしたところで……
「アサ、シン?」
佐々木さんは腰に差していた新しい刀を抜いていた。
「どうして」
「そもそもサーヴァントとはマスターのために動くものだ」
「そんなの!」
あまりの彼の言い方におもわず叫ぶ。しかし彼の表情は、怒るでもなく、悲しむでもなく、ましてや無表情でもなかった。彼は、笑っていた。
「なにより「名」を得、四月一日のおかげでこのような強者たちと戦える。それだけで私の願いは半ば叶えられているようなものなのだ。その対価を支払わずしてどうしてのうのうと生きていける」
「!」
佐々木さんは不敵な笑みを浮かべながらそう言い切った。彼は、俺の意思のために折れるのではなく、俺の意思のために己の意思を貫くと言った。
「ありがとうございます。佐々木さん、少し協力してもらっても構いませんか」
「ちょっとあんたたちなにやってるの!?」
城から脱出しようとしていた遠坂さんに声をかけられる。早く来い、と催促されたが俺は首を横にふった。
「遠坂さん、セイバーさん。士郎。先に行ってて」
「あんたは……!」
少しイラついた様子で遠坂さんは言う。けれど、俺はここに残る。アーチャーを残して先に行くことなど出来る訳がない。
「元は俺が言いだした救出作戦です。それに大丈夫だよ。だって遠坂さんのサーヴァントもいるんだから」
「……っ!」
「こいつらが残ると言うのなら、私は構わんよ」
アーチャーは武然として言った。異存はないようだ。
「ああもう! 結局そうなのね。アーチャー、死ぬ気で勝ちなさい!」
「もとよりそのつもりだ」
「おしゃべりはもういいの?」
イリヤスフィールがつまらなさそうな声で尋ねてきた。律儀に待ってくれていたようだ。
「うん、待っててくれてありがとう」
「構わないわ。どのみち私のバーサーカーが勝つんだから」
去って行く2人を見送る。士郎が不安そうにこちらを振り返った。
「君尋、やっぱり俺も残……」
「絶対、大丈夫だよ」
「えっ」
「無敵の呪文」
どこかで聞いたことがあった無敵の呪文。いつ聞いたのかは思い出せないけど、言葉にするだけで安心感がわいてきた。
「大丈夫。だから士郎はセイバーさんのそばにいてあげて」
「! ……ありがとうな」
士郎はそう言って2人を追いかけた。だんだん小さくなりつつある士郎の背中に笑顔を向ける。安心して行っていいんだよ、という気持ちをこめて。
「じゃあ、始めるね。やっちゃえ、バーサーカー!」
「来るぞ四月一日」
「はい」
バーサーカーが咆哮をあげる。アサシンはかつての長刀よりもいくらか短い刀を構え、アーチャーもすでにその手に白黒の夫婦剣を収めている。
前回は途中で夢に迷い込んでしまったけれど、こんどはそうはいかない。
「生前私は他人を頼ったことも他人に頼られたこともなかった。ただ剣を振ることしかしてこなかった。だからこそここまでの域にこれたとも言えるのだろうが……そうか、これが頼られるということか」
これはなかなか心地のよいものよな、と佐々木さんは呟いた。
「ならば答えぬ訳にはいくまい。 ――我が秘剣、貴殿の命運に預けよう」
佐々木さんは一歩、前に踏み出した。