fate/another_dream -モウヒトリノユメ-   作:きゃべる

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第三夢 「カイソウ」

 

 

 

 

fate/another dream

 

第三夢 「カイソウ」

 

 

 

 

 

 どこまでも広がる黒。慎二に纏わりついていたものとは比較にならない漆黒。光さえ飲み込む無音の闇の世界で、俺だけが色付き脈動していた。

 

「ここは、夢か」

 

 そう確信する。この世界に来るのはきっと初めてではない。どうにもここに来た時の記憶は曖昧で、ついさっきまで忘れていたのだけど。

 視線を感じて振り返った。そこには黒を基調とした中華系の服を来た俺そっくりの例の男がいた。灰白色の羽織から伸びる金の組紐が描く軌跡はどこか蜘蛛の糸を思わせる。毎回服が違うのは、何か意味があるのだろうか。

 

「……」

 

「またあんたか」

 

「敬語はやめたのか?」

 

「そっちこそな」

 

 目を少し細めて男は答える。本当に、似ているのは声と見た目だけだ。それが余計異物感を引き起こす。

 

「あんた、何者なんだ?」

 

「今は気にしなくていい。それよりも、気になることはなかったか」

 

「あったとしても、なんで言わなくちゃならないんだ」

 

 異物感が疑惑を、疑惑が嫌悪感を呼んだ。間違っても相談相手にしてはいけない気がする。

 

「見知らぬ人間になんでも話さないことはいいことだ。だが聞いとくといい。たとえば、黒い煙とか」

 

「!?」

 

 黒い煙。間桐慎二にまとわりついていたとてもよくないモノ。あれの正体を、こいつは知っているのだろうか。

 

「知りたいか?」

 

「……まあ」

 

「あれはアヤカシでもなんでもない。あれは間桐慎二の恨みや妬み。要するに嫉妬の塊だ」

 

「嫉妬の、塊」

 

 嫉妬。今までの間桐信二を知っているからこそ、俺にはその言葉がなぜ出てきたのかがわからなかった。

 

 間桐慎二は、学もあれば勉強もスポーツもできて、顔もいいうえ甘え上手なこともあり女性からもモテモテという、俗にいう万能人だ。性格こそ少しあれだが、四月一日はその実力が確かな努力あってこそのものだということを知っていた。底なしのプライドを持ち、多少の失敗はどこから湧いてくるのかわからない自信で忘れてしまうのが間桐慎二だ。間違っても嫉妬するような男ではない。

 

「だが、どうやっても乗り越えられない壁を知ってしまった。そして自分がどれだけ努力しようと得られないモノを何の努力もしていないのに持っている者の存在も知ってしまった。あの黒い煙は間桐信二が初めて抱き、そして御しきれなくなった嫉妬心だ」

 

 恐怖心や自棄との混ざりものだがな。

 男はそう言った。

 

「その壁っていうのは」

 

「魔術だ。間桐信二は先天的に魔術回路を持っていなかった」

 

 魔術回路。凛の話によれば、魔術を使用するときには必要不可欠な器官らしい。

 肉体構造上の問題なら、確かにどうやっても乗り越えられない壁と表現するのも納得だ。翼を持たぬ者は空を飛べないし、霊感のないものには霊は見えない。そして、その何の努力もしていないのに持っている者というのは。

 

「俺と、士郎なのか?」

 

 男は否定も肯定もしなかった。

 

「感情はときにヒトを動かす強い意志となるが、あの黒い煙は違う。間桐慎二の嫉妬心が黒い煙となり、黒い煙が更なる嫉妬心を誘発させる。今のあれは、意志が行動を支配するのではなく、感情にとらわれて行動が縛られている状態だ」

 

「そんなっ」

 

 それを止めなければならないと思った。きっともうすでに慎二ひとりでは止まれない段階に来ている。

 

「ところで話は変わるが、間桐信二が言っていた「昨日だって俺が声をかけてやったのに無視しやがって」って言葉を覚えてるか?」

 

「…いきなりなんなんだよ」

 

 ついさっきの出来事だ。忘れるわけがない。四月一日は柳洞寺に行っている途中に声を掛けられていたのだと思っていた。

 

「間桐慎二が声をかけた場所は、教会近くだそうだ」

 

「!?」

 

 教会、近く? 思わず耳を疑った。もしこの男が嘘をついていないのだとしたら、矛盾が起きていることになる。なぜなら商店街から柳洞寺までの道のりから協会は遠く離れているのだから。

 

「俺は昨日教会のあたりには行ってないのに」

 

「だがもし間桐慎二が声をかけたのがアンタじゃなかったとしたら、どうなんだろうな」

 

 どういうことだ。俺は俺以外ありえないし、もし別人に話しかけていたのだとしても、それはよほど瓜二つで無ければ勘違いするなど……。

 

「まさかお前っ!?」

 

「――――――」

 

 ・・・・・・・

 俺と瓜二つの男は目を細め口角を上げた。

 

 まさか、昨日慎二が声をかけたのは。

 

「お前は誰だ」

 

「話を戻すぞ。間桐慎二を見つけたいか?」

 

「話を逸らしてないでっ」

 

「見つけたいか?」

 

 男はもう答える気がないようだった。

 しばらく沈黙して見つめてみるが、どこ吹く風と、押し切られてしまう。

 

「……見つけられるのなら、見つけたい。慎二の嫉妬の原因は俺にもあるだろうから」

 

 そう俺が答えると、右手を差し出してきた。

 

「ポケットに入ってるものを出せ」

 

「ポケット? えっと……ハンカチ?」

 

「ああ、これなら大丈夫。半分に折って」

 

 言われた通りにする。

 

「もう一度折って」

 

「どうするんだよこれ」

 

 男が四つ折りにされたハンカチを左手の上に置き、右手をかざした。何もないはずの空間が風で満たされる。

 

 

「―――」

 

 

「探しもの」

 

「探しびと」

 

「探している場所」

 

「探すもの」

 

「探す人」

 

「探すべき場所」

 

 

「導け 飛ぶものよ」

 

「彼の人のもとへ」

 

 

 

 ハンカチは鳥を模し、羽を伸ばし、首をあげる。数度あたりを見回したあと、宙へと舞い上がった。

 しばらくふよふよと飛び回っていたが、ある遠くの一点を見つめるようなしぐさをした後、そちらに向かって飛び始める。

 

「ま、待って!」

 

 急いで鳥を追いかける。どうしても追わなければいけないような気がした。

 

 真っ暗な闇の中を走る。

 

 薄暗い場所を走る。

 

 月明かりの下を走る。

 

 男はいつの間にかいなくなっていた。

 

 

「……ほう、このような名月の夜まで寝て過ごすのかと思いきや、散歩とは。体調はいいのか?」

 

「佐々木さん!?」

 

 縁側に佐々木さんが腰かけて、月見をしていた。いつの間にか夢から衛宮邸に戻ってきていたようだ。

 

「君尋!?」

 

「士郎!」

 

 俺の声を聴いてやってきたのか、縁側から驚いた様子の士郎が出てきた。

 

「あの後ずいぶん眠ったままで。心配したんだぞ」

 

「士郎、こっちに来てくれ!」

 

 鳥を見失わないよう注意しながら縁側まで向かい、士郎の腕を引っ張る。

 

「なんでさ。いきなりどうしたんだよ」

 

「慎二がいる場所がわかったかもしれない」

 

「!」

 

 士郎は驚いた顔をしたのもつかの間、縁側につながっている一室にいたセイバーに声をかけた。

 

「……」

 

 士郎から事情を聴いたセイバーは俺の顔をじっと見つめる。突拍子もない話をした俺を疑っているのかもしれない。

 だからこそ、なおさら目を逸らしてはならない。誠心誠意をもってセイバーのまっすぐで綺麗な瞳を見つめ返した。

 

「……わかりました。行きましょう、シロウ!」

 

 どうやら信じてもらえた、のだろうか。

 

「靴とってくる! どこで合流すればいい!?」

 

「んなあっ! もうあんなところまで飛んで行ってる!? ええっと、方向的に…商店街の方だと思う!」

 

「じゃああそこの坂まで追いかける!」

 

 鳥の姿はもうずいぶん離れてしまっていた。見失うのはまずい。

 

「行くぞ!」

 

 そのまま夜の冬木市を4人で駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳥は随分と冬木の空を飛んだ。商店街を通り過ぎ、冬木大橋を駆け抜け、異様な迫力で夜道を走る俺たちはさぞ怪しかっただろう。だがそんなことを考える余裕は、新都に踏み込んだ瞬間吹き飛んだ。黒い煙。慎二の嫉妬の塊。遠方から見ても慎二の居場所は一目瞭然だ。もはや鳥の案内が必要なくなるほどそれは誇大化していた。もう、一刻の猶予もない。

 セイバーが魔力で鎧を編み、遥か遠くのライダー達へと向かい突撃した。それを追うように、地上のルートを通って士郎もセイバーを追いかける。

 

「士郎!」

 

「ライダーはこっちに任せて、君尋は慎二を追ってくれ!」

 

「でも」

 

「頼む!」

 

 ああもう、と悪態を尽きながら二手に別れ慎二を探すことに専念した。俺には俺にできることを。学校での失態を返上しなければならないのだから。

 慎二はライダーの元へ行こうとしていたようだが、佐々木さんを連れている俺の姿を見るやいなや、逃げ出した。

 

「慎二! 待てっての!」

 

「来るな! 来るなあ!!!」

 

 少し前を走って行く慎二に声をかけたが、興奮しているようでまるで取り合ってくれない。

 しかし慎二と俺では身長も歩幅も随分違う。平地でなら負ける気はしなかった。

 

 

「待って! 待っててば!」

 

「くそ! 離せっ!」

 

 やっと慎二の腕をつかむことができた。黒い煙に直接触れると吐き気がした。

 

 

 

 ――ゴウ、と低い風切り音がした。

 

 

 

「へえ、私のバーサーカーの攻撃を防ぐなんて、あなたのサーヴァントもなかなかやるじゃない。でも、ダメよ。負けたら死ぬってルールなんだから」

 

「え……」

 

 あり得ないサイズの巨体が見えた。そしてその足元には風に揺れる美しい銀髪のかわいらしい少女がいる。

 

「君は」

 

「下がっていろ四月一日」

 

「アサシン?」

 

 いつにもなく厳しい表情だった。サーヴァントとともにいるマスター。いくら幼い女の子のマスターだからと言って、危険なのは変わらないはずなのに、俺は少しそのことを忘れてしまっていたのだろうか。

 

「ふふ、サーヴァントの方がよくわかってるみたいね。あなたに興味はないけど、夜に会ったなら戦わなくちゃ。それがルールだもん」

 

 少女はスカートの端をつまみ、丁寧にお辞儀した。

 

「私は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。バーサーカーのマスターよ」

 

「イリヤ、スフィール…フォン、えっと」

 

「別に覚えなくてもいいわよ。だってどうせすぐに死んじゃうんだもの。やっちゃえ! バーサーカー!」

 

「ふむ、理性を失っているというのは惜しいが相当な猛者なのだろう? 存分に楽しませてもらうぞ」

 

 アサシンは、佐々木さんは嬉しそうに刀を構える。吠える様に叫んだバーサーカーのあまりの大きさに頭がおかしくなりそうだった。

 

「ぼ、僕は関係ない!」

 

「落ち着いて!」

 

 半ばパニックになりながら叫んだ慎二をなだめる。アサシンとバーサーカーはすでに戦いはじめていた。マスターの少女が何もしてこないのだ。こちらは2人。このアドバンテージを生かさない訳にはいかない。

 

「頼みたいことがある。俺は魔術もサーヴァントもよくわからないし、神話にも詳しくない。何か気づかないか!」

 

「知らない! どうして僕がそんなことをしなくちゃならないんだ!?」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

 

 俺たちが言い合っている一方で、アサシンとバーサーカーの戦いは進展していた。

 バーサーカーは縦に、横に、棍棒かと誤認するほど巨大な件を斧剣を振りかざす。彼には小手先の技を使う理性は残されていない。一見適当に振り回しているように見えるが、その速度と威力があらゆるものを埋め合わせていた。英霊の理性とマスターの莫大な魔力を代償に圧倒的な戦闘力を得るクラス。あの肉体は、まさしくとバーサーカーと称するにふさわしい。

 対するアサシンはその攻撃全てを受け流していた。バーサーカーを剛とするなら、こちらは究極の柔。まともに攻撃を受け止めず、柳のように受け流し、最小の動きで回避し続け、アサシンとバーサーカーというクラス性能差を覆すほどの器量で圧倒する。生涯ただ一度も戦ったことのなかった剣客もどきは、歴戦の覇者相手に十分渡り合っていた。

 

「さっさと仕留めてしまいなさい!」

 

 しかし少女が命令すると、バーサーカーの力はさらに増した。

 一合の重みが、変わる。

 

「……まずいな」

 

「アサシン!?」

 

 流石にほかのマスターの目の前のため、わざとクラス名で呼びかける。今まで付かず離れずを保ってきた佐々木さんが、一度バーサーカーと大きく距離をとった。

 

「油断は、していないつもりだったのだがな。見誤ったか」

 

 佐々木さんを様子を伺う。怪我をしているようには見えないし、武器が折れたりもしていない。どれだけ力が増そうが、佐々木さんの技量なら十分受け流せるはずだ。まさか対応できないほど相手が早くなったのかと問えば、佐々木さんは首を横に振った。

 

「刀身がゆがんだ。僅かだが、それゆえ致命的、か」

 

 刀身。佐々木さんの持つ身の丈ほどの長刀の。佐々木さん本人ではなく、武器の問題。

 

 そういえば遠坂さんが言っていた。「アサシンの刀って、宝具じゃないのよね。それってかなりまずいんじゃない?」と。そのときがよくわからなかったが、今更その真意を悟る。

 佐々木さんの刀は名刀ではあるが、宝具ではない。つまるところ、神話級の武器を相手にするには、強度がいささか足りなかった。いままで戦えてきた佐々木さんの方が異端だったのだ。バーサーカーが力を増したとき、佐々木さんは受け流し加減を調整しようとした。だが、予想外に強化されたステータスを前に、薄氷の上を渡るようなギリギリのバランスでなされていた妙技は、あっさりと崩れ去ったのだ。まともな宝具であれば、否、宝具でなくともほんの少しでも魔力強化がなされている武器でさえあれば何とかなったであろう程度の、ほんの少しの誤差だった。

 

 状況はかなりまずい。

 

「そろそろ終わりにしましょう?」

 

 少女が笑顔を向けてくる。佐々木さんは再び構えるが、心なしか俺を庇う様に立っていた。

 

「なんで、なんでこんなことに……僕はこんなくだらないところで死ぬべき人間じゃない…‥!」

 

 慎二がぶつぶつなにかつぶやいている。しかし、その直後、全ての音がかき消された。

 

「――バーサーカー!」

 

「■■■■■ーーーーー!!!」

 

「ひっ……!」

 

 本物の英雄の殺気を前に身がすくんだ。佐々木さんがさらに深く構える。バーサーカーの斧が振り下ろされた。

 

 

「――おまえがっ、お前が僕の代わりに殺されろ!!!」

 

「えっ」

 

 背後の黒い煙が、取り返しがつかないほど肥大化していくのを感じる。

 ドン、と背中を押された感覚がした。

 

 ――突然視界が黒く染まった。

 

「えっ?」

 

 ここは、どこだ。そうだ、ここは。

 

「今は此方に来てはいけない」

 

 男の声が聞こえた。けれど姿が見えない。少し先に暖色の光が見えた。

 

「あれは」

 

 あれは俺の記憶だ。導かれる様に手を伸ばした。

 

 それに触れる直前。

 佐々木さんの焦った声と、少女のつまらなさそうな声が、聞こえた様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 在りし日の、夢を見る。

 

 もう随分と昔のことだ。小学校に通っていたころの記憶。その頃から、いつもの様にアヤカシに追われていた。ただ買い物をしに出かけただけだと言うのにすぐにこれだ。もはや諦めの境地に入っているとはいえ、やっぱり面倒なものは面倒だった。

 

「あーもー!! ついてくんなっつの! 鬱陶しいんだよーーー!」

 

 頭に覆いかぶさるように次から次へとやって来るアヤカシ達。目線をやれば、カーキ色の一つ目がこちらを向いた。完全に標的にされている。

 はたから見れば俺はなにもないところで騒いでいるおかしな奴に見えていただろう。何せアヤカシは俺以外には見えないものなのだから。自分に見えない感じれないのなら存在しないも同然、だから俺が嘘をついているのだと周りは言う。人の価値観なんてそんなものだった。

 

 好奇の目線はあれど、話しかけてくる人などいない。大人も子供もみんな無視をする。

 それがあの頃の日常だった。

 

「おい、あんたどうしたんだ? 大丈夫か!?」

 

 はずなのに。

 

「何か困ることでもあったのか? 俺にできることなら手伝うからさ」

 

 そいつは話しかけて来た。気持ち悪いものを見る目なんてしていなかった。心底俺を心配して話しかけてくれたのだ。もちろん霊が見えているという訳でもなかった。

 

「や、あの……て、うわぁ!?」

 

「どうしたんだ?」

 

 足を止めた隙にアヤカシが追いついてきていた。のしかかられた重みで思わずバランスを崩す。

 

「あーもう! うざいんだよ!」

 

「ええっ!?」

 

 今度は少年が声をあげる番だった。俺が彼の手を握り、思いっきり駆け出したからだ。はじめは引きづられるようについてきていた少年も、少しすると俺と並んで自力で走り出していた。

 

「ど、どうしたんだよ?」

 

「……えっと、アヤカシって信じるか? 霊でもいい」

 

「それに追われてるのか?」

 

 少年はえらく飲み込みが早かった。

 

「信じてくれるのか?」

 

「俺が見えなくても、あんたには見えてるんだろ? それに爺さんに、困ってる人がいたら助けてあげろって言われてるしな」

 

「そっか」

 

 少年は俺が今まで会ったことのないタイプのヒトだった。

 

「こっち! こっち俺の家なんだ!」

 

 彼は俺の家へ向かう道とは逆の道を指さした。

 

「でも迷惑じゃ」

 

「大丈夫だって。それに、俺は魔術使いだからな」

 

「魔術?」

 

 そっちが秘密を明かしたんだから、俺も明かさないと不公平だろと少年は笑う。このご時世に魔術なんてものがあるのかとも思ったが、よく考えて見れば、アヤカシが見える俺の存在もどっこいどっこいなのだ。

 

「なら、頼ってもいいかな?」

 

「信じてくれるのか?」

 

「俺が知らないだけで、君は知ってるんでしょ?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 お互いを見ながら、お互いに笑った。

 

「俺は四月一日君尋っていうんだ。「しがつついたち」って書いて「わたぬき」」

 

「へえ。ひょっとして誕生日も四月一日?」

 

「う……そ、そうだよ! 笑うなよ?」

 

「そんなことしないさ。俺は衛宮士郎っていうんだ」

 

 これが俺と士郎の出会いだった。

 俺と士郎が友達になった日の出来事だった。

 

 

 その後、俺を探して塀の前で居座り続けたアヤカシがあきらめるまでの半日間土蔵に籠りっぱなしだったせいで、藤村先生――このころはまだ先生ではなかったが――にこっぴどく叱られたのはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から、数年の月日が流れた。

 士郎は俺と同じ新都の大火災での孤児だった。俺は一人暮らしをする羽目になったが、士郎には義父がいた。彼は始め俺をみて驚くような顔をしていたが、今では士郎に次ぐ第二子であるかのように親しく接してくれている。近づかないほうがいい場所や、守ったほうがいい迷信。気休めだけれどないよりはましだというおまじない。そんなものも教えてくれた。

 

 日も沈みかけた頃。俺は士郎と共に夕飯の用意をしていた。両方とも幼いながらに家事は得意だった。切嗣さんは最近滅多に家に戻らなくなってきた上、家事はてんでダメな男だったし、保護者らしい保護者と言えば藤村先生ぐらいなのだから、俺たちが台所にいるのは必然的なことだといえた。

 

「士郎って手先器用だよね。俺機械関係のことは全然わからなくてさ」

 

「いや、精密機械は全然だめだしな。それに俺のはずるしてるようなものだから。そういえば今日、ケーキを作ってみたんだけど、食べてみてくれないか」

 

「本当?」

 

「デザート関連をまかせっきりにするわけにもいかないしな。採点してくれよ」

 

「じゃあせっかくだし、いただこうかな。厳しめでいくけどいいか?」

 

「むしろ言ってくれたほうが助かる」

 

作業を一段落させてから冷蔵庫を開ける。右上の奥には、生クリームとパステルチョコでトッピングされた小さなカップケーキケーキが4つ置いてあった。

 

「俺と君尋に1つずつで、藤ねえには2つだ」

 

「藤村さんが二つなのか……」

 

 男子よりもたくさん食べる女子高生とはいったい。まさにタイガーだ。ケーキを冷蔵庫から取り出していると、どたどたと近づいてくる足音がした。

 

「誰だ?」

 

「この大げさな足音は…」

 

 バン、と扉を開けて部屋に入ってきたのは予想通り藤村さんだった。冬木の虎ご本人様のご登場だ。

 

「やっほー! 士郎ただいまー! 君尋もいるのねー! ってそれなになに? カップケーキ? わーいうれしい! ありがとー!」

 

 一気に人口密度が増した気がする。

 嵐のような人物決定戦なんてものがあったら、藤村さんは間違いなく世界チャンピョンになれるだろうと確信した。 

 

「はいはい、すぐ準備するから藤ねえは待っといてくれ」

 

「あー! 士郎冷たーい! ねーねー聞いて君尋、最近の士郎あんなに冷たいのよー! 昔は「藤ねえー」っていって甘えてきてくれてたのにさ!」

 

「…藤ねえ」

 

 照れたように、拗ねたように士郎はつぶやくが、藤村さんはどこ吹く風だ。

 

「ははは……」

 

 しかし、藤ねえのこの底抜けの明るさはある意味見習いたいとも思う、たぶん。少なくとも憂鬱な気分にはならない。

 

「じゃあさっさと用意してしまおうか」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「いただきます!」」」

 

 三人一緒に合掌した。今日の品目は、オクラ入りのスープにヒレ肉カツと千切りキャベツ、こんにゃくとレンコンとゴボウと人参に鰹節をかけた和え物、それに白ごはんだ。デザートには士郎手作りのカップケーキもある

 

「んー! 士郎の料理はホントおいしいわよね。君尋だってそうだしー。ホントどこでその技術を手に入れてくるのかしら」

 

「大した腕じゃないですよ」

 

「またまた謙遜しちゃってー! カップケーキはどっちが作ったの?」

 

「それは俺が作ったんだ。俺もそろそろスイーツに手を出してみようかと思って。和食に関しては負けるつもりはないけどな」

 

「言ったね士郎」

 

 ならば受けて立ってやろうではないか! と和食を鍛えることを決める。

 

「君尋は最初っから結構料理うまかったよねー! いつごろから始めたの?」

 

「えっと……」

 

 料理自体は、一人暮らしを始めたからするようになったはずだ。その頃には簡単なものなら作れるようになっていたのだから、始めたのは確か……

 

「あれ、なんで、どうしてだ」

 

 いつだったか、わからなかった。目ではっきりと見えるような異常ではないけれど、言いようのない嫌悪感が肌を嬲る。

 

「君尋?」

 

 士郎が声をかけてくるが、返事をする余裕がない。

 

 俺は、家事をする必要があった。

 なぜ? それは一人暮らしだからだ。

 親がいない理由は……大火災のせいだったはず。だけどその前はどう暮らしていたかがわからない。

 だれに料理を習ったのかも、わからない。

 大火災の前に始めたのか? 覚えていない。

 ならばなぜ俺は料理ができるのか?

 そもそも俺が一人暮らしするようになったキッカケってなんだっけ?

 

「君尋ーどうしたの? 大丈夫?」

 

「!」

 

 藤村さんの呼びかけに我に返った。あわてて手を動かし始め、食事を再開する。そうだ、あの違和感は気のせいだったのだと意識の深層に閉じこめて。

 

 

 

「いいや、そろそろ戻らなくてはいけない」

 

 

 

 ふりむくと、俺とうり二つの例の男が立っていた。昔の衛宮家にいてはいけない人物だった。

 

「あ……」

 

「夢は彼岸に近い。今、死なれちゃ困る」

 

 

 

 

 突然場面が変わった。場所が衛宮邸なのは変わらない。しかし俺は敷かれた布団の上で寝ていた。

 

「目覚めの一杯は必要か、四月一日」

 

「……おはようございます、佐々木さん」

 

 今回の居眠りは随分と長かったようだ。枕元に立っていた佐々木さんにむけて、俺は目覚めの挨拶を挨拶をした。

 

 


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