fate/another_dream -モウヒトリノユメ- 作:きゃべる
fate/another dream
第十二夢 「ミチビキ」
「衛宮ァ!」
「なっ、慎二?!」
冬木大橋周辺で声をかけてきたのは慎二だった。会うのは学校での結界騒ぎ以来だが、遠坂が記憶を操作していたはずだ。
「ええっと、奇遇だな」
「ついてこい」
「はあ?」
相変わらずの尊大な態度でどこかに向かい始める。だがその歩みはセイバーの剣が首筋に添えられることで止められた。
「ひいぃっ!」
「ま、待ってくれセイバー!」
「この者に時間をかけている暇はありません」
「でも!」
「おいお前のサーヴァントなんだろ!? どうにかしろよ衛宮!」
「あ、ああ、頼むよセイバー」
「……」
仕方なさそうにセイバーは剣を収めた。
「……思い出したのか?」
たった今慎二が口にした’サーヴァント’という言葉。聖杯戦争に付いて覚えていなければ、出てくるはずのない単語だ。
「まあね。遠坂の魔術程度どうってことない……って訳じゃない。癪だけどね」
「なんの用なんだ?」
「四月一日に関する話さ」
今まで沈黙を保っていた男に目線が集まる。当の本人は意外な話の展開に対応が遅れた。
――この四月一日と俺たちの知っている君尋は別人だ。だが、その事実を慎二は知らない。
「ええと奇遇だなその……そう、慎二!」
あわてて名前を耳打ちして伝えたが、ぎこちなく、あまり誤魔化せている気がしなかった。
「はあ……お前はどう見ても四月一日じゃないだろ。僕の目を欺きたかったらもっと本気で変装するんだな」
「えっ……!?」
「伊達に馬鹿二人の友人やってないんだよ。そのへったくそな演技で騙せるのなんて一成くらいだろ」
「き、気づいたのか!?」
付き合いの長い俺でさえなかなか受け入れられなかったというのに、慎二は一瞬で看破した。俺たちの困惑を、いつもの自信満々の瞳で向かい合った。
「君尋のところに行きたいんだろ。ついてこい」
「えっ、でも、それは」
ああもう面倒くさいな! と声が響き、その場の空気を吹き飛す。投げやりに、吐き捨てるように、言葉は続いた。
・・・・・・・・
「キャスターの工房まで案内してやるって言ってるんだよ!」
◆
とても美しい夜だった。
満開の花、心地よい風、天頂に躍る月。これで鳥が揃えば花鳥風月なのにと、佐々木さんは不満そうだった。だからもうすぐ揃いますよ伝えておいた。不思議そうだが言及はされない。事あるごとに己の未熟さと無知さを語る男だが、彼には分からないことを分からないままに理解してしまう才能があった。なかなかできることではなく、解析しないと投影できない士郎がその典型だ。そんな彼だからこそ、だからあんなとんでもない秘剣を会得できたのかもしれない。
「酒を、用意しましょう。百鬼夜行の甘露を十年前に振るってしまったのが惜しいな。神酒はランサーに捧げてしまったし」
「神酒なら他にもあっただろう。それではいけないのか?」
「俺が一緒に飲めないんですよ。《この世全ての悪》(この子)が嫌がるもので」
うーんと頭を悩ませる。ミセには色々な酒が常備してあるが、'この花'を眺めながら飲むならやはり日本酒がふさわしい。だが特別な日に飲むに相応しい品など、神酒を除けば意外とないものだ。せっかくなら佐々木さんと共に酒盛りをしたい。きっとこれが最後の酒になるだろうから。
「――酒ならば私の蒐集したものを振る舞おう」
「……言峰」
「随分嫌そうな顔だな」
「そう言う貴方は随分楽しそうな顔ですね。そんなに俺の嫌がる顔が面白いですか」
俺の四川料理にさんざん文句をつけておきながらちゃっかり完食した神父が縁側にやって来た。十年前よりも随分貫禄が増した気がする。
「俺は佐々木さんと一緒に飲みたいんですよ。プライベートってやつです」
「こちらとて十年来の仲だろう」
「半年の付き合いの佐々木さんの方が親しいです。言峰は俺より英雄王と話していた時間の方が長かったでしょう」
「はて、そうだったか。毎日のように顔を見ていたせいでよく覚えていないのだよ」
「……ああ、そういえば」
マスターはサーヴァントの生前を夢に見ることがある。受肉したとはいえ、契約関係。記憶喪失中の情報漏えい対策をすっかり忘れていた。遠坂さんではないが結構なうっかりをやらかしてしまったらしい。この神父相手に生前が筒抜けというのは中々に面倒だ。
「その様子だとかなり理解してますね。同じ顔ばかりで混乱したでしょうに」
「良い暇つぶしにはなった。十年間の魔力供給の対価としては上々だ。惜しむべきは記憶喪失の貴様の様子を眺められなかったことくらいか。空白を埋めるための歪みと、中身を失った空白の歪みが傷の舐め合いをしている姿はさぞ愉快だっただろうに」
やはり面倒なことになっていた。大きくため息をつく。話についていくのを早々に諦めていた佐々木さんは、勝手に洋酒を開けて飲み始めていた。この切り替えの速さは見習いたい。
「礼を言います。もしあなたが欲のままに俺と接触したなら、そこからほころびが生じ、術は解けてしまったでしょうから」
杯を向ければ、言峰が酒を注ぐ。何故おちょこで洋酒を飲む羽目になっているのだろう。月を見上げながら口に含んだ瞬間、吹き出した。
「な、なんじゃこりゃ!?」
「エストニア――千九百年代前半のウォッカ。今ではほとんど手に入らないレア物だ」
「旧ソ連時代の遺物じゃねえか! ストレートで飲むもんじゃねえよ! 殺す気かッ!」
強い酒なんてものじゃない。これはもはやアルコールの塊だ。少なくとも無警告で飲ませる酒ではない。現在生産されているスピリタスウォッカを上回る、アルコール度数九十八パーセントの化物酒。実物を見たのは初めてだった。
おちょこ持ってた俺偉い。グラスやジョッキならさらに悲惨だった。酒の一気飲みで脱落したサーヴァントなど笑い話にもならない。
「こっちは煙管も持ってるってのに。引火したらどうするつもりだったんだ」
「口に合わなかったか。残念だ」
「嬉しそうな顔して言われても信じられませんよ」
言峰はいくつかの酒を残して帰っていった。本当に酒を持ってきただけらしい。もう泥聖杯の元に向かったのだろう。
「――おや、彼は決めたようだ」
誰かが選んだ気配がした。力をたどれば、それは俺の友人の一人だった。
「それじゃあ、やっぱり今夜中には来るな」
「結界があるのではないのか? 特にサーヴァントや魔術師には気づかれないように手を加えたと言っていただろう」
「流石に手引かれちまったらどうしようもない」
縁は巡り巡って繋がった。やはり彼がこのミセにやってきたのは必然だった。
「嫉妬を嫉妬でねじ伏せる――随分な荒療治だが、アイツらしいっちゃらしい。綻びは多く、延命しただけに過ぎない。再び飲まれる前に、変わらなくては」
間桐慎二は魔術回路のない男だった。あらゆるもの縛られて、潰れかけていた。
質に拘らければ、魔術回路程度、俺に願えばどうとでもなる。嫉妬に狂いかけていたというのに、ミセに訪れたあの時、俺に願ったのは悲願の力ではなかった。
願いは思い出すこと。対価は忘れられないこと。
――四月一日なんかに見下されてたまるか。
そう吐き捨てて彼は去っていった。
「そんなつもりはなかったんだがなあ」
彼は選んだ。彼の手引きで、聖杯戦争は終結に向かう。そろそろ俺も準備しなくてはならない。
ただもうしばらくは、かりそめの静寂の中で彼と酒を飲んでいたかった。
「佐々木さん。今までありがとうございました」
「――急にどうした」
今生の別れのような言葉に驚いたのだろう。鋭い目線が向けられる。
「何でもありませんよ。未熟者ですが、どうかこれからもよろしくお願いします」
「……応とも。我が秘剣を預けるのはただ一人のみ」
言峰は酒の趣味だけは良く、残りはどれも素晴らしいものばかりだった。
きっと今夜が聖杯戦争最後の夜になるだろう。十年ぶりの花見酒はとても美味かった。
◆
罠かもしれません、とセイバーは言った。相手はキャスタークラスだ。慎二を操って騙そうとしている可能性も充分あった。それでも俺は慎二を信用することにした。伝えられた動機があまりにも慎二らしかったから。
「僕が案内できるのはここまでだ」
黒い塀に囲まれた見慣れぬ屋敷。新都の東端、ビルが建ち並ぶ中にぽつんと位置していた。
魔力は感じなかった。通常なら素通りしてしまいそうなほど存在が希薄だった。こんなにも、異質な建物だというのに。
「ここは……」
「この中にあの馬鹿はいた。あと、ランサーとちっさいガキが二人。ほっっんとうに服の趣味悪かったからさあ、会ったら笑ってやれよ」
「……ありがとう。慎二」
「誠意が足りないんじゃないか? この僕がわざわざ案内してやったってのに」
「ああ。だから感謝してる。あのままじゃ俺たちは負けていた。慎二ののおかげだ」
「――っ、いいからさっさと行け! バーカ!」
「おい! ちょっと待てって!」
そのまま慎二は走り去っていった。追いかけようとしたが、素早くセイバーに肩を掴まれ止められる。
「……ああ、そうだな。全部終わったら、またゆっくり話そう」
勝てばいくらでも話し合える。けれど今は時間がない。先にもうひとりの友人に会わねばならないのだ。
意を決して突入することにした。現在のミセ――宝具ではない現実のキャスターの工房――をよく知る四月一日が先行を申し出た。俺、百目鬼と続き、最後尾からセイバーが俯瞰し防衛に徹する作戦だ。
「おい、どうした百目鬼」
「……俺は」
しかしどうにも百目鬼の様子が妙だ。店の前に立ちほおけたまま、一歩も動こうとしない。
――いらっしゃい。
「……!」
その三白眼がゆっくりと見開かれた。
「おいどうしたんだよ。大丈夫なのか?」
「なんでもねえ。入るんだろ」
「あ、ああ」
一体どうしたというのだろう? 腑に落ちないが、問いただす暇はなかった。
ゆっくりと辺りを見回しながら、君尋の領域に足を踏み入れた。なにも変化がないようでいて、よく見れば異世界のような異常法則が空間を闊歩する。慎二の案内は本物だった。
「……これではダメそうです」
「どうしたんだセイバー?」
「宝具が使用できません。より正確に言うなら、宝具を使用しようと隙を見せた瞬間に士郎達が襲われ殺される仕組みになっています」
「はあっ!?」
まさか君尋がそんな物騒なものを? いや、しかし世界を呪うと明言していたしそのくらいしてもおかしくはない、のか?
「時間や空間に干渉する魔術のようで、対魔力に関係なく効果を発揮します。宝具展開に手間取らせ、その隙を狙う術――特に入り口を重点的に守っているようですから、深部まで侵入すれば問題ありません。
こちらの情報が相手にバレているのはやはり辛いものだ。特化して対応されてしまう」
聖杯戦争前半に同盟を組んでいた弊害だった。しかしそれは同時に相手の手札も多少なりこちらは知っている優位性にもつながる。特にアサシンの’燕返し゜は発動すれば致命的なのだ。事前知識の有無が命運を大きく左右する。
「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」
いつの間にか建物の玄関には二人の少女が立っていた。
「マル!? モロ!? なんでここに……!?」
「四月一日が案内しろって言ったの」「四月一日が案内しろって言ったの」
「ややこしい」
「俺もそう思ったけどお前に言われるとなんかムカツクんだよーーーー!」
「きゃー四月一日怒った!」「きゃー四月一日怒った!」
えへへと笑いながら、二人の少女は建物の中に入っていく。追いかけたのはほとんど反射だ。
――彼女たちは案内人。見失えばそれでおしまい。
そんな自信があった。
そう思ったのは俺だけでないらしく、ほぼ同時に全員走り始めていた。
「ヤバイ、見失っちまう! なんであいつらあんなに速いんだよ!?」
いくつもの廊下を渡り、幾十もの部屋を抜ける。部屋の装飾は和風だが、所々に中華風の意匠も凝らされていた。
「きゃー!」「きゃー!」
こっちは全速力だというのに、ゆっくりと歩く案内人の姿を度々見失いそうになった。あちらとこちらの一歩が異なる。現実の物理法則が適応されていない。
客間らしき部屋には懐かしい香りが漂っていた。切嗣が吸っていた煙草に似ている。
『なんだ、来たのかい士郎』『あー! 士郎ばっかりずるーい! 切嗣さん、私もいますよ!』
「爺さ……?!」
「シロウ、こっちです!」
「ッ!」
声をかけられ、我に返る。あの短時間で幻覚を見ていたようだ。
「この場は人が存在するには歪みすぎている。ただでさえ精神干渉はキャスターの十八番です。気をつけてください」
「ああ、わかってる」
ふらつく頭を抑えて、少女達を見据えた。ここで倒れてしまっては、君尋に会うことすらできない。イリヤは死に、そして冬木は再びあの大火災以上の地獄に飲まれるだろう。
「――蝶だ」
「お、おい四月一日!?」
四月一日の視線は泳ぎ、二人の少女の先導する方向とは異なる道へと進み始めた。しかし俺には蝶などどこにも見えない。俺と同じように幻覚を見ているのか、霊視のせいなのか、判断がつかない。
「シロウ、引き止める余裕はありません! 見失います!」
「でも四月一日が」
少女たちは歩みを止めない。四月一日か少女か、どちらを追うか決めなくてはならない。
「……分かった。俺たちはあの子達を追う」
「阿呆は任された」
「頼んだ」
百目鬼が四月一日を追いかける。俺とセイバーは少女たちを追った。
あっという間に百目鬼と四月一日の姿が見えなくなる。二手に分かれるのは不安だが、こればかりはどうしようもない。彼らの感知と退魔能力に期待するしかなかった。
しばらくして、少女たちの足が止まった。向かって右手にマルという名の少女が、左手にはモロという名の少女が立ち、異彩を放つ襖の前で出迎える。
「こっちにいるの」「こっちに行くの」
「君たちは……」
「行けない」「行けない」
ふたりの少女に感情は浮かんでいない。無機質に淡々と事実を述べる。
この者たちは、サーヴァント以上にヒトではなかった。
「マルとモロが案内できるのはここまでなの」「ここから先は魂を持つ者しかいけないの」
「それってどういう……」
「そういう場所だから」「そういう場所だから」
少女たちが襖に手をかける。からり、と部屋が開かれた。
――そこには誰もいなかった。
大きな椅子の上のクッションには窪みがあった。中途半端な位置に置かれた日用品。酒は飲みかけで、煙管からは煙が上りつつけていた。生き物の残り香はあれど、気配はない。
「シロウ、ここは任せてください。力技でいきます」
「セイバー!? 何を……っ!」
セイバーが一歩前に進み出た。透明で、視認できない武器を掲げ、魔力を解放する。
「《風王――」
セイバーの剣を正体不明たらしめている圧縮された空気の陽炎が歪む。武器を透明化させて真名や間合いを秘匿していた宝具が解放される。
「――鉄槌》!!」
砲弾にも似た突風が部屋の壁を容易く突き破り、黄金の刀身がその姿を現した。
《風王結界》の応用技。それが《風王鉄槌》であり、セイバーの数少ない遠距離攻撃手段の一つだった。《約束された勝利の剣》の真名開放に比べれば威力は劣るが、隙が少なく、魔力消費も低い。
壁の向こうには、実際の土地面積からはありえないほど広い庭が広がっていた。
《風王鉄槌》は庭の中の存在を何一つ傷つけることなく歪んだ景色の隙間に落ちていった。
「――化生の術を解いたか。せっかくの眼が不要になってしまったな」
声が聞こえる。低くはなく、女性的というわけでもない、聴き覚えのある声だった。
「満開の花、瑠璃に光る鳥、心地よい風、天頂に躍る月。そして極上の酒と美女がそろうとくれば、これに勝る時もあるまい」
「アサシンッ!」
月下の侍がそこにいた。大の男五人分はあろうかという太い幹の桜の下で酒盛りをする姿は、まるでどこかの御伽噺から抜け出してきたようだった。
「あれは、フユミソギ……」
「知っているのですか、シロウ」
「ああ。穢れを吸って育つ神木らしい」
かつて見たことのある枝とは比べ物にならない大きさだった。紛れもない成木。穢れがなくては育たない花が、満開になっている。その事実が示す驚異がわからぬ程平和ボケはしていない。
アサシンが手に持った盃をそっと置いて立ち上がる。丸腰だったはずが、周囲の魔力がほんの少し振れると一瞬で木の刀を握っていた。
「桃の祓い具――四次キャスターの所有品か」
「応とも。良い木目だろう」
「あの魔術師らしい曰くつきの品だな。収集癖は英雄王だけでなかったと見える」
「集めているのではなく、集まるのだそうだ。流動する品が、四月一日の宝物庫の本質よ」
桃の木の払い具は木刀だというのに、アサシンが持てば至上の名刀の如き剣気を帯びた。
「さて、死合おうかセイバー。これより先に貴様を通すなと四月一日には言われている」
「……あなたは、これでいいのか?」
それは当然の疑問だった。君尋はもはや記憶を取り戻した。サーヴァントのサーヴァントであるという事実。それは最終的にアサシンはキャスターたちに使い潰されることを意味している。優勝できるのはたったたった一騎のみなのだから。
「無粋だぞセイバー。友がために尽くすのに理由はいるまい。それに我が願いはすでに叶っている」
しかしそれは愚問でもあった。
キャスターとアサシンはサーヴァントである前に対等な友人同士だった。彼らの関係は、ただの記憶喪失の少年と無名の地縛霊だった頃から何も変わっていない。そしてこれからも変わることはないだろう。
葛藤ならば既にした。答えなどとうの昔に出している。
「――そうか。それは済まないことをした。先の失言を許せ」
もはや言葉は必要ない。西洋の剣士と東洋の侍は獲物を構えて向かい合う。
直後鋭い交差音が空に響いた。
力には大きく差があった。素早さの優位も、魔力放出スキルを持つセイバーの瞬間加速で埋められる。耐久性など比べ物にならない。
片や一国の王。星の祝福を、民の祈りを、全ての希望を一身に背負い、超えた戦は数え切れない。その心臓には竜の因子すら宿している。ただの無名の人が勝てる存在ではない。結果など火を見るよりも明らかなはずなのに――それでも両者は互角だった。数字に現れぬ技量のみで、アサシンはセイバーに肉薄する。
セイバーとて歴戦の戦士だ。未熟であるはずがない。アサシンの技量がそれを超えた。ただそれだけのことだった。
否、もはやアサシンはただの人ではないのかもしれない。数多の経験を重ね、護るべき友人を得て、かの大英雄と渡り合い、己の技を昇華させた。この聖杯戦争で最も成長したのは間違いなく彼だ。成長する幽霊。英雄と相違ない偉業だった。
平地という戦場がアサシンに味方する。どの位置からでも'燕返し'を放つことができる優位性。その驚異は山門という傾斜地での防衛戦でのアドバンテージを大きく上回る。なまじアーチャーからアサシンの'燕返し'の驚異を聞いていただけに、セイバーは思い切った行動に出れなかった。
「セイバー、頼んだ」
本来はそんな状況を打破するために援護するのがマスターの役目なのだが――俺はセイバーを置いてアサシンの隣を走り抜けた。俺には俺がやらなければならないことが残っている。
「こんばんは士郎」
「君尋、お前を止めに来た」
「まあ落ち着けよ。激しい戦はあちらに任せて、俺たちは気楽に'遊ぶ'としよう」
桜の奥には、君尋がいた。