fate/another_dream -モウヒトリノユメ-   作:きゃべる

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探鳥:鳥を探すこと


第十一夢 「タンチョウ」

 

 

 

 

 

 

fate/another dream

 

第十一夢 「タンチョウ」

 

 

 

 

 

 地面に足をつけている感覚がない。宙に浮いて、景色を見下ろしていた。

 真下には、二隻の船があった。

 

 ――300人が乗った船と200人が乗った船がある。

 ――その二つに全く同時に船底に穴が開いた。

 ――穴を修理するスキルを持つのは自分一人だけ。

 ――さて、どちらの船を救う?

 

 誰とも判別できない声が問う。

 

 しかし士郎に言わせればどちらかを選ばなければならない時点でその質問は実にナンセンスである。

 どちらかしか救えない状況ですべてを救えるのが正義の味方なのだと、そう考えたのだ。

 

 しかし。

 

「当然、300人が乗ったほうの船だ」

 

 懐かしい声が、聞こえた。

 

「爺さん……!?」

 

 船の上には、衛宮切嗣がいた。

 

「……違う」

 

 しかし、士郎のよく知る彼ではなかった。士郎の知っている衛宮切嗣は、あんな目をしない。

 

 天の声と切嗣が何か話した後、切嗣は200人を殺した。

 

「なっ!?」

 

 切嗣は止まらない。繰り返される二択の問いを、数のみで判断して殺していく。

 この時士郎は理解した。まさしく切嗣こそ「数」というルールを持つ正義の味方だったのだと。

 

 少数を切り捨て続けて――そして最後の3人になった。

 かたやイリヤとイリヤそっくりの女性。かたや黒で統一された服を着たスレンダーな女性。

 切嗣は呆然とした表情で、それでいて手際よく少数を切り捨てた。

 

「これが、切嗣なのか?」

 

 切嗣は泣いていた。イリヤを抱きしめ、呆然としていた。

 1人と1人。それは数の正義をもつ切嗣には選べない選択肢だった。

 

 しかしそれでは終わらなかった。

 切嗣はイリヤの首に銃を突きつけると――手際よく愛娘を打ち殺した。

 

「……」

 

 当然の判断だった。ここで虚構の愛する妻と娘を取れば、外にいる現実の54億の人間の命はいともたやすく失われていったはずなのだと、士郎は言われるまでもなくなぜか理解していた。

 切嗣は、正義の味方として、愛する少数より見知らぬ多数を選択したのだ。

 切嗣は泣いていた。

 

 

 切嗣の記憶を見た。

 夢なのかもしれない。

 

 切嗣は大切な人が乗った飛行機を撃ち落とした。

 死徒の感染拡大を防ぐためだった。

 

 生存者の希望すらも切り捨てて、より確実な多数の命を守る方法を取った。

 命乞いする哀れな被害者たちを容赦なく打ち殺して、今後その死使もどきどもが殺すだろう多数の人間を取った。

 

 これが正義だ。

 洗練された衛宮切嗣の正義だった。

 

 悪意の泥と空に穿つ孔が見える

 衛宮切嗣の末路が生み出した哀れな邪神は、地上へ零れ落ちて瞬く間にあたりを赤色に染め上げる。

 唯一死んでいないさまよっている赤毛の少年が見えた。あれは、

 

「■■士郎……」

 

 己で発したはずの音がうまく聞き取れない。

 

 

 

 

 

 そして場面が一気に変わった。

 赤い丘が見える。一面剣が突き刺さった丘。それは正義の味方のなれの果てだった。

 丘の上には一人の哀れな何か。その正体は――

 

「――あ」

 

 あの男をどこかで見たような気がする。

 あれは誰だったろうか。

 とてもよく知っているような気がする。

 何よりも俺の近くにいる気がする。

 

 あの男の正体は――

 

 

 

「エイミヤ君!!!」

 

 

 

 声が聞こえた。

 君尋の声ではなかった。

 この声は、君尋と同じだけど違うものの声だ。

 

 空から手が伸ばされた。

 

「これ以上ここにいちゃいけないから」

 

「だけど」

 

 丘の頂上を見る。男の正体がもう少しでわかりそうな気がするのだ。

 

「――起きてください、シロウ!」

 

 新たな声が聞こえた。

 凛としていて、強い意志が感じられて、それでいて安心する声――セイバーの声だ。

 

「戻らないと。みんな待ってます」

 

「……ああ、そうだな。ありがとう四月一日」

 

 俺は伸ばされた手をつかんだ。

 

 次の瞬間、俺は自宅の布団で目が覚めた。

 セイバーは俺の手を握っていてくれていた。

 四月一日は少し離れたところで、まだうとうとした様子だったが、安心したように笑っていた。

 

「起きたのですね、シロウ。よかった……!」

 

 セイバーはそう言って安心していた。

 

「セイバー……爺さんは「数」の正義の味方だったのか?」

 

「!」

 

 息を呑む音が聞こえた。

 

「俺はずっと正義の味方になりたかった。爺さんの夢は俺がかなえてやるってそう決めてた。でも、俺は数なんかで選べない。俺は全員救いたいんだ」

 

「……それは、できません。不可能なことです」

 

「選ばなきゃいけないときが来るなら、俺はどういう基準で選べばいい。俺の目指そうとしているものは……」

 

 10年前、俺を救ってくれた切嗣は確かに士郎の正義の味方だった。しかし夢で見た切嗣は、俺のなるべき正義の味方ではなかった。

 もちろん切り捨てることが必要なら、やって見せよう。だが、昨日の君尋との対話で俺は「数」の正義を否定してしまっている。

 

「あれが、切嗣の直面した現実だ。やっぱり全部は救えないのか? ……たとえ俺を犠牲にしてでも?」

 

 もし自分自身が犠牲になることで救える人が増えるのなら、喜んで犠牲になろう。どうしても天秤の片方を零にすることが不可能なら、己が小数の唯一の一になってみせよう。

 しかし、それではだめなのだ。衛宮士郎は対価を守ったうえで、「数」ではない正義のルールを見つけなければならない。自身を犠牲にして救うことは許されない。対価のバランスは守らなくてはいけない。そう約束したのだから。

 

「俺は、助けなきゃいけないのに。選びたくなんかない」

 

「いつか選ばなければいけないときはやってきます。しかし、そのようなことを言わないでください。シロウ一人の力でそれをなすことができないのだというのなら――私があなたの剣になる」

 

 セイバーは俺の目を見つめていった。

 

「……ありがとな、セイバー」

 

 そうだ、セイバーがいるのだから、そして凛たちや四月一日たちがいるのだから、うじうじしている場合ではないのだ。

 さっさと決着をつけなければ。

 

「行こうセイバー」

 

「体調は大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 俺は布団から起き上がって、和室を出た。

 改めて四月一日に礼を言う。

 

「ありがとな、四月一日」

 

「よかったです。無事起きることができて」

 

 俺の右ポケットには、剣の鳥がおとなしく収まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が悪夢から覚めたのは、午後の7時頃だった。随分長い間眠ってしまっていたらしい。遠坂から今日の進展を聞いた。

 

「イリヤがさらわれた」

 

「なっ!?」

 

 君尋は俺の意識を奪ったあと、イリヤを誘拐したらしい。セイバーや見張りのアーチャーにすら気取らせぬ見事な手際だったそうだ。

 イリヤはアインツベルンのホムンクルスの中でも特別性で、自身を’聖杯’そのものにする役目を持っていた。どれだけ敵を倒そうが、最終的にイリヤと共にいた陣営が優勝なのだ。奪いに来るのは当然だった。守りきれなかったのは、俺の責任でもある。

 

「アーチャーは霊体化したサーヴァントが半径二キロ以内には絶対に近づいてきていなかったと言っていた。存在を秘匿するアサシンのスキルを使ったか、四次キャスターがその手の逸話を持っていたか、四月一日君尋くんのとおっっってもふざけた起源を活用したかのどれかね」

 

「と、遠坂……最後の力み具合は……」

 

 あの言い方では実質一択であるようだ。

 

「アサシンのステータスは私が一度確認してる。気配遮断のランクはD。アーチャーを出し抜けるはずがない。二つ目はありえなくもないけど、三つ目を使ったほうが早くて楽だから」

 

 四月一日君尋の特異体質。遠坂は、サーヴァントだった君尋の体質を把握し遅れたのをひどく悔やんでいた。当然その被害にあったのは今を生きる四月一日だった。

 血を採取し、生命パターンを計り、精神深層を解析し、出た結果が「夢」という特殊起源だった。例外異質のバーゲンセールについに遠坂がキレた。こればかりは昏睡状態でいて心底良かったと思う。

 

「特殊属性は超能力と一緒でね、とにかく初見殺しが多いの。既存のパターンに当てはまらないから事前に対応のしようがない。低位の超能力は一発屋で終わるけど、サーヴァントクラスまで昇華された術なら相当厄介よ。私も警戒してたけど、襲撃時に全く感知できなかったし……」

 

 夢を辿って襲撃した。現実空間を通らないから察知できず、特定の存在を夢に引きずり込んでいく。同じサーヴァントには効かない手でも、マスターにとっては致命的だ。

 

「こっちの四月一日くんと、視界を共有してる百目鬼くんがいるのはラッキーよ。これから夢からの襲撃やその類似先方を使ってきた場合、キャスター本体を指差して頂戴。そうしたらアーチャーかセイバーが対応するから」

 

 二人は「分かった」と首を縦に振った。

 

「それからこれは藤村先生から聞いたんだけど、今日学校に葛木先生が来ていなかったらしいわ。聞いてみたけど、柳洞寺の居候も昨夜突然いなくなったそうよ……おそらく5次キャスターが君尋にやられたんでしょうね。今の君尋はキャスターの収集した魔力と最上級の土地を持ってることになる」

 

「柳洞寺が!?」

 

「士郎のコンディションは気になるけど、これ以上君尋に時間を与えてはいけないわ。深夜0時に柳洞寺に襲撃するわよ。11時前には準備を終わらせておきなさい」

 

「わかった」

 

 必要事項だけ伝えると、遠坂は席を立った。おそらく宝石の最終調整でもするのだろう。遠坂の魔術は宝石を使うらしいから。

 俺は四月一日や百目鬼静、セイバーを置いて、そっと居間をでた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 離れの土蔵に俺は座っていた。遠坂にはダメだしされてばかりだが、長年魔術修行をしてきた場だ。俺にとって一番集中出来るのがここだった。

 

「投影開始(トレース・オン)」

 

 遠坂の教え通りスイッチを入れる。もはや魔術回路を一から作ることなどない。イメージは鉄の撃鉄だ。投影する対象を手に乗せて、同調を開始する。

 

 創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を――

 

「――っ!?」

 

 ――製作に及ぶ技術を、複製できなかった。

 中途半端に工程を中止された投影品は霞と消えた。フィードバックがなかったのが奇跡だ。

 

「今までこんなことなかったのに……」

 

 セイバーたちの宝具を見たときとは根本から違う感覚。精巧すぎるのでもなく、神秘が破格過ぎるのでもない。どこかずれたような、上手く噛み合わない焦燥。

 

 例えるなら林檎を手放したら空に向かって飛んでいったような。疎から密に向かって自然と移動するような。

 世界基盤そのものが違う。異界などといったレベルではない。平行世界から遠く離れたさらにさらに遠いどこかの法則をそのまま引っ張ってきたかのようだった。

 両手にすっぽりと収まった剣鳥は、俺の異変に気づいたのだろうか、不思議そうにこちらを見つめている。本当に生きているみたいだ。羽の素材が金属でなければ本当に勘違いしていただろう。月の光で瑠璃色に輝いている。

 

「お前すごい奴だったんだな」

 

 小さな体に秘められた神秘は現代のものではありえない。しかしまともな神秘というよりは異物としてのあり方が最終的にこの剣鳥を神秘として成り立たせているようにも感じた。

 再び集中し、今度は投影ではなく解析のみに狙いを絞る。けれどやはり製作に及ぶ技術で手が止まってしまった。剣鳥の動力源、非生命でありながら生命らしさを象徴する根幹は、世界内存在の士郎をあざ笑うかのようにその仕組みを明かさない。

 

「もともと生命なんて投影できないのに、君尋はなんで投影しやすいだなんて言ったんだ……?」

 

 擬似生命とはいえ、複雑怪奇である。剣属性を持っているとは言え、難易度はそこらのランプなどと比べるのも馬鹿らしいほどだ。表面だけの木偶が投影される気配さえなかった。

 君尋の意図が分からない。神秘を秘めた剣鳥を複製できればそれ以上ない攻撃手段になるのは理解できるが、そんなことが今の俺にできるのか。

 しばらく挑戦を続けたが、成功する兆しはない。気が付けば随分長い時間土蔵に篭ってしまっていたようで、遠坂と約束した時間はもうすぐだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土蔵から自宅へと向かう途中の庭で、誰もいない空へと呼びかけた。

 

「アーチャー、いるんだろ」

 

「ほう、未熟者のマスターが何の用かね?」

 

 アーチャーの声は上のほうから聞こえた。屋根からだった。

 

「聞いておきたいことがある」

 

「ふん、そのような暇があったらもっと己の今までの行為の愚かさでも見直してみればどうだ。泥に侵された詳細もわからぬ危険分子を擁護しあまつさえ「俺が何とかする」などとと言ったのは誰だったか」

 

 アーチャーはいつも通り皮肉屋だった。しかし、最後の話については俺も自覚しているところである。

 

「俺だ。だから君尋のことは俺が何とかする」

 

 極論を言えば、俺が君尋をかばったせいで今このようなややこしい状況に俺たちは追い詰められている。

 だからこそ、君尋を信じたものとしての責任を俺は取らなければいけない。

 

「サーヴァント相手に戦う気とは。身の程を知れ。まったくこんな状況でなければ今すぐにでも殺してやりたいくらいだよ」

 

 俺の考えはアーチャーに一蹴された。

 しかし意見を変えるつもりはない。俺は責任をとると決めたのだから。

 

「おまえには聞きたいことがあるって言っただろ」

 

 アーチャーが地上まで下りてくる。俺はこいつの目を見つめながら、聞いた。

 

 

「――正義ってなんだと思う?」

 

 そう問いかけると、アーチャーは面食らったような顔をした。いつも余裕を崩さない振る舞いからは、想像しにくい表情だった。

 

「ふっ……ははは、ははははは! まさか貴様にそれを問われるとはな」

 

 アーチャーは心底おかしいというように笑い声をあげた。

 

「何笑ってるんだよ」

 

「ふん。衛宮士郎、これだけは覚えておけ。もし貴様が正義を捨てるというのなら、衛宮士郎は衛宮士郎ではいられなくなるぞ」

 

「……正義の味方の夢をあきらめるつもりはないさ。爺さんと約束したしな。でも……」

 

 俺は、全員救えるようになりたい。

 たとえ俺たちがこのまま勝てたとしても――敵に回った君尋やアサシンは救われない。

 本人たちもそんな余計なお世話は望んでいないかもしれない。そうわかっていても、俺は彼らを救わなければならない。

 

「何があったかは知らんが、覚悟すら持てぬようなら、今すぐ令呪を破棄してさっさと逃げ出すべきだと思うがな」

 

「……なあ、もしも300人が乗っている船と200人が乗っている船の船底に同時に穴が開いて、治せるのがお前だけだったとしたら、どうする」

 

 なんとなくだが、こいつもかつては正義の味方を目指していたのではないかという気がしたのだ。だから聞いた。参考……というのはちょっと違うかもしれないが、俺はこいつの正義を知りたかった。

 

「当然、300人の乗ったほうの船を修理する」

 

 即答だった。

 すとんと納得がいった。こいつは切嗣と同じ「数」の正義の味方なのだ。こんな簡単な質問だけではすべてを理解するには足りないのだろうが、それでもわかったのだ。

 

「……俺は両方救いたいと思っている」

 

 今まで切嗣という人格も含めてみていたから、決心がつかなかった。だがこうやって別のやつからも聞くことで、俺は「数」以外のルールを持った正義の味方になることを改めて決心できた。

 

 確かに俺は、切嗣にあこがれていた。俺を救ってくれた時の切嗣が、あまりにも幸せそうで。まるで救われたのはそっちのほうじゃないかと思ってしまうほどだったから。俺もそういう風になれたならーーーそう思っていたのは事実だ。

 けれど俺は爺さんのかなえられなかった夢をかなえると約束したのだ。

 だから衛宮士郎は衛宮切嗣の正義のルールを受け継がなくてもいい。むしろ同じではいけない。

 

「それに俺のあこがれたあの時俺を救ってくれた爺さんは「数」の正義の味方じゃなかった」

 

 爺さんのかなえられなかった夢をかなえるために、俺は「数」ではないまた別のルールを模索しなければならない。

 

「くだらん。現実性のない、子供の夢だ」

 

「ああそうだ。俺が夢見たのは十年前の、もっと小さな子供の頃だったんだから。でもそれはお前だって同じはずだ」

 

「!?」

 

 意外な程にアーチャーは驚いた素振りを見せた。

 

「アーチャーの行動にだって始まりがあったんだ。切嗣だって同じだ。俺はそうはしないけれど、それでも「数」の正義そのものは否定したくない。――俺は、誰の夢も願いも否定したくないんだ」 

 

「――くだらない。本当にくだらないな、衛宮士郎」

 

 アーチャーは最後に俺を一瞥すると、再び屋根の上に戻り見張りを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くわよ」

 

 凛の掛け声に続いて、一斉に山門の階段を駆け上がった。柳洞寺への襲撃だ。

 ここには君尋がいるはずだ。工房内、神殿内でキャスターと戦うことほど恐ろしいこともないそうだが、それに加えてここには白兵戦に長けたアサシンもいるはずだ。一方こちらはセイバーとアーチャー、それに四月一日と百目鬼と遠坂と俺。対魔力持ちがいるとはいえ、厳しい戦いになるだろう。

 

 山門までたどり着いた。異常な静かさは、嵐の前のようだった。

 遠坂と顔を見合せ、タイミングを合わせて静かに侵入した。

 

 

 そこには、何もなかった。敵も、一般人も、魔力すらも。場を満たす静寂に、四次と五次どちらのキャスターの痕跡もない。

 

 

「もぬけの殻……? 工房はここじゃないっていうの? 嘘、こんな特級霊地をキャスタークラスが放置するはずがないのに」

 

 何もなさすぎて、それが逆に全員の警戒を煽る。裏側から侵入する予定だったもう一人の君尋と百目鬼静に連絡を取るも、やはり異常らしきものはないらしい。罠かもしれないが、これでは突入作戦そのものが破綻してしまっている。一度合流することになった。

 

「なにもないな」

 

「お前に言われなくても分かってんだよ!」

 

 山門側にやってきた二人は相変わらず喧嘩をしていたが、無傷のようで安心した。ふともう一人の君尋が顔を上げた。

 

「どうしたんだ?」

 

「……何かが」

 

 つられて全員が空を見上げる。

 

 直後、突風が境内に吹き荒れた。

 

 

 

「――よお」

 

 

 

 そして中心地から現れた人影が、俺たちを歓迎した。

 

「なっ……ランサー!?」

 

 現れたのは、キャスターでもアサシンでもなく、ランサーだった。

 

「どういうことだよ。ここはキャスターの根城じゃなかったのか……?」

 

「まさか、ランサーのマスターは綺礼と同盟関係だったってこと!?」

 

「いや、違うぜ。俺のマスターはコトミネだよ」

 

「「「!?」」」

 

 ランサーはあっさりと衝撃の事実を暴露した。

 言峰が本当にランサーのマスターなら、言峰はキャスターとランサーの2体同時に使役していたことになる。君尋が受肉しているとはいえ、魔力が必要なのは変わらない。言峰は魔術師としては並の実力だという。ならばサーヴァントの肉体維持の魔力はどこから持ってきたのだろうか。

 

「まったく、ありゃあ天狗の扇か。また妙なモノを持ってやがる」

 

「天狗の扇!? それって烏天狗の!」

 

「なるほど、見れば見るほど同じだな、小僧」

 

 ニヤリと、敵意を感じさせない笑みでランサーは話し続ける。あの言いよう、やはりキャスターと――君尋と繋がりを持っているらしい。

 

「……そうだな、セイバーかアーチャーか、どちらか残って戦うっつうなら、多少の情報は流してやってもいいぜ」

 

「どういうつもりなのかしら」

 

「何、あの糞神父に命じられたのは『サーヴァントを最低一騎足止めしろ』ってだけだ。俺は戦えりゃそれでいい」

 

 聖杯戦争とは、願いを叶える願望器を求める戦いだ。その過程を願いにするなど、酔狂にもほどがある。しかしランサーは冗談を言った様子でもない。

 

「さすがは英雄、ってことなのかしらね、その生き方は。いいわ、私とアーチャーが残りましょう」

 

「遠坂!?」

 

「士郎は黙ってて。いい? 残る敵サーヴァントはランサーとキャスターとアサシン。キャスターを相手にするなら、対魔力の高いサーヴァントを温存しておくべきでしょう。だからランサーは私とアーチャーが相手をする。十分よ」

 

 遠坂はきっぱりとそう言った。

 

「ひゅう、いい嬢ちゃんじゃねえか。気に入ったぜ。と、情報だったか。……あのキャスターはな、霊脈の質に関係なく最上級の神殿を作れるんだと」

 

「嘘! どういうことよそれ!?」

 

「空間を切り取ってやがったな。俺も詳しいことはわからねえが」

 

 もしそれが本当なら、君尋はどこででも最高の状況を得られることになる。秘匿性と実用性の面からみても、破格の性能。宝具級の代物だ。格の低い土地でも神殿が作れるのだから、俺たちには君尋の拠点を探す手掛かりがない。

 

「それでもって、もう聖杯降誕の儀式の準備は整ってるみたいだぜ」

 

「……まだまだサーヴァントが残っているのに? わけがわからないわ」

 

「さあな。これも必然とか言ってやがったが」

 

 そう言い終わると、ランサーは槍を構えた。……どうやら、どこに君尋の拠点があるかまでは教える気はないようだ。

 

「いきなさい士郎。聖杯をもう降ろすだなんて不可能だけど、相手はキャスター。何かあるのかもしれない。ことは一刻を争うわ」

 

「でも」

 

 俺の腕を、百目鬼が引っ張った。

 

「なっ!?」

 

「行くぞ」

 

「ありがとう百目鬼君。早く見つけなさい。私もすぐ追いつくから」

 

「行きましょう士郎」

 

 皆に促される。

 

「……そっか。わかった」

 

 そういうと、俺たちは遠坂とアーチャーをおいて急いで柳洞寺の階段を駆け下りていった。遠坂は、アーチャーは、大丈夫だろうか。

 百目鬼が先頭を走る四月一日に声をかけた。

 

「何か策はあるのか」

 

「ない! でもじっとしておくわけにもいかないだろ!」

 

 この中で敵サーヴァントに対抗し得るのは、セイバーのみ。二手に別れて捜索することも難しい。

 

 いや、俺ならば。

 投影(グラデーションエア)。遠坂いわく俺の投影は異常なのだそうだ。それならあるいはサーヴァントと対抗できるのではないだろうか。チチチ、と剣の鳥がポケットから飛び出して俺の肩に止まり、小さく鳴いた。

 

 ――剣。

 

 そう、たとえば剣を投影すれば対抗できるのではないだろうか。

 たとえば、アーチャーの持っていた夫婦剣のような。

 あるいは、君尋が言っていたように、剣鳥を上手く投影できれば。未だ成功の兆しは見えないが、「投影しやすい」と言われたのだから、何か見落としていることがあるのだろう。

 

「エイミヤくん、キャスターのいそうな場所の心当たりとかはない?」

 

「……悪い、思いつかない」

 

 君尋にとって思い出の場所というなら色々ある。たとえば公園。たとえば初めて会った路地。だが十年間という月日にその手の思い出は多すぎた。絶対にここだと確信できる場所がない。

 手掛かりはない。俺たちは君尋達の捜索を続けた。


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