fate/another_dream -モウヒトリノユメ-   作:きゃべる

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第九夢 「フユバナ」

 

 

 

fate/another dream

 

9話 「フユバナ」

 

 

 

 

 

 昼前に、遠坂とセイバーに何とか言い訳して一人で公園に行った。もし今朝の手紙が本当なら、君尋はここにいるはずだ。

 公園の隅のベンチに人影があった。チリン、と鈴の音がする。

 

「無事だったんだな」

 

 君尋はベンチに座っていた。普段は着ないような長春色の和服を着ていて、黒い羽織の上から鈴のたくさん付いた組紐を巻いている。その姿は、どう見ても普通の和装ではなかった。アサシンのものともまた印象が違う。一つ一つは何らおかしい装飾品ではないのに、当人の雰囲気も合わさり、そこだけ浮き出たように感じた。

 君尋の姿はそれだけで完結していた。

 

 君尋は俺の問いかけを肯定するように微笑み、右手に持っていたキセルの火を消した。

 

「藤村さんに、刀を返しておいてくれたか?」

 

「ああ」

 

「ありがとう」

 

 君尋は笑う。何処か妖艶で、老成した気配をまとっている。今の君尋は明らかに人ならざる'サーヴァント'だった。

 

「本当の君尋なのか」

 

「士郎と10年間過ごしてきたという意味でいうなら本当だ」

 

「おまえは、キャスターなのか」

 

「ああ。第四次のな」

 

 君尋は即答する。

 

「……呪いは、解けないのか」

 

「おい、まさか呪いのせいで仕方なく敵対してると思ってるのか? 違う。俺は俺自身の意思で選択している。士郎の元から去ったのはその副産物であって目的ではないさ」

 

「じゃあなんで遠坂を襲った」

 

「マスターの命令だったからな。それにあの状況で遠坂さんを攻撃してなかったらこちらがやられていた」

 

 それは、確かにその通りだった。遠坂はやつと言ったらやる奴だ。キャスターが君尋の姿をしていたとしても、容赦なく戦っただろう。

 

「今朝、君尋そっくりなもう一人の四月一日君尋が訪ねてきた。今の状況と関係あるのか?」

 

「俺は「あの」四月一日君尋の一つの可能性だ」

 

 可能性? 四月一日の成長した果てが英霊であり君尋だとでもいうのだろうか。

 

「本当に、君尋なのか? 君尋がキャスターなのか?」

 

「ああ」

 

 君尋は顔色一つ変えない。それに無性に腹が立った。

 

「なんで俺と知り合ったんだ?」

 

「別に騙そうと思ったわけじゃない。俺は《この世全ての悪》(この子)の呪いを抑えるために記憶を消して孤児に紛れ込んでただけだ」

 

「《この世全ての悪》?」

 

「アーチャーの言ってた呪いだ。聖杯戦争に関わり知識を得るに連れて封印術は解けちまったが。士郎と出会ったのは本当に偶然、いや、士郎の選んだ結果の必然だ」

 

「どういう意味だよ」

 

「士郎が士郎だから、俺はお前と仲良くなったってことだ」

 

 それは、喜んでもいいのだろうか。

 

「強いて言うなら俺の正体を察しておきながら受け入れた衛宮切嗣のおかげかな。それに、人にもモノにも相性がある。空白を埋める歪みの俺と、中身を失った歪みの士郎じゃ、相性最高だ。こんなふうに縁に理屈づけるのも無粋だけどな」

 

「空白を埋める……? それってどういう」

 

「この辺は俺の出生だ。あんまり教えすぎても結局士郎にはわからないだろう。いつか時が来たら、'今を生きる俺゜にでも聞いてくれ」

 

 君尋は困ったように笑う。それが余りにもいつもどおりだったから、ますます違和感が浮き彫りになった。君尋はサーヴァントで、今を生きる存在じゃなくて、しかも敵対すべき相手。俺は未だにど君尋をどうするか扱いかねているというのに、君尋自身は、友達としての顔とサーヴァントとしての顔を完全に使い分けていた。なまじ君尋の性格を知っているせいで、説得できるのではと考えていた俺が馬鹿らしい。君尋は、完全に割り切っている。

 

「じゃあ本題に入るか」

 

「本題……」

 

 思わず身構えた。君尋とはもう敵同士。俺と違って、君尋はもう完全に割り切っている。ならば、今の会合はただ世間話をするためだけのものではなく、何かしらの意味があるはずのものなのだ。最後の別れの挨拶か、共闘の申し出か、はたまた裏切りの誘いか。君尋が口を開く。

 

「――士郎は正義ってなんだと思う?」

 

 しかし君尋の発言は全く予想外のものだった。

 

「いきなりなんなんだよ」

 

「記憶を失っていた間の対価を払おうと思ってな」

 

「対価?」

 

「ああ、そうだ。物事には必ず等しい対価が必要だ。士郎が正義の味方になりたくて、なおかつ俺の話が聞きたかったら聞いていってくれ。もちろん聞きたくなかったら帰っても構わない」

 

 対価。つまり借りを返すということだろうか。……完全に今までのことを清算するつもりなのだろう。

 

「もし俺が聞かなかったら、対価ってのはどうするんだ」

 

「その時はまた別の手段で俺は対価を払う」

 

 即答だった。俺はどうするべきなのだろうか。君尋の話には興味はあるが、ここで話を聞いてしまえばそこで君尋はすべてを清算してしまうことになる。

 

「……わかった。聞く」

 

 悩んだ末、俺は話を聞くことにした。俺が答えると、君尋は満足そうに笑う。促されるまま、君尋の隣に座った。

 

「言葉っていうのはすごく大切な意味を持つ。だから士郎が正義の味方になりたいのなら、まずは言葉の意味を知る必要がある。そうだな。士郎は公平と平等の違いが判るか?」

 

「どっちも一緒じゃないのか?」

 

 正直俺は、平等も公平もどちらも同じように使っていた。しかし君尋は首を横に振る。

 

「いや違う。そして正義は平等ではなく公平なものだ」

 

「どう違うんだよ」

 

「わかりやすいように例を出そう。ここにある兄弟がいたとする。兄弟は飴を一個ずつもらったんだが、兄が「兄は弟の飴をもらってもいい」と主張して弟の飴を奪った。これは公平か?」

 

「そんなわけない。それは理不尽だろ」

 

 兄だから弟の飴をもらってもいいというのはどう考えても暴論だ。公平であるはずがない。

 

「確かに理不尽かもしれない。でもな、これは平等じゃないが公平なんだ」

 

「なんでさ」

 

 「平等」じゃないが「公平」? 少し混乱してきた。

 

「実はこの兄弟、さらに上に一人兄がいたんだ。上から順にABCと呼ぶぞ。さっきBはCに「兄は弟の飴を奪ってもいい」というルールを持ち出した。で、それを聞いたAが、Bの飴を奪ったとする。このときBがそれを甘んじて受けれたのならそれは「公平」なんだ」

 

「だからなんでさ。それは違うんじゃないか? 一個ずつきちんと分けるのが公平だろ」

 

「士郎が言ってるのは「平等」だ。公平とは、あるルールをどんな身分の者もきちっと守っている状態のこと。全員が「兄は弟の飴を奪ってもいい」というルールを守っているこの兄弟は「公平」なんだ。もしさらに下に、Dという弟ができればCは飴を奪えることになるしな」

 

 なるほど。平等と公平とはそのような意味の違いがあったのか。すこしずつわかってきたかもしれない。しかし、それが正義と何の関係があるというのだろうか。そんな俺の考えを見透かしたように君尋は話を続けた。

 

「そして正義とは「公平」なものだ。一定のルールを守らせる、それが正義。よく言う「お互い違う正義がある」なんてのは、つまりお互い譲れないルールがあるということ。だから平等は正義になりえない。平等の強制は共産主義者で、また少し違う」

 

「正義は公平なもの……」

 

「そうだ。そしてそのルール作りもまた大変だ。公平はルールを守っている状態なんだから、そのルールは矛盾しちゃいけないんだが……この世に完璧なルールはないからな。たとえばある正義の味方は「数」だけですべてを決めようとした」

 

 数ですべてを決める? ……たしかに仕方ない時もあるかもしれない。’数’で判断しなくてはならない場合もあるかもしれない。だが、そんなものが正義なりうるというのか。

 

「多数のために少数を切り捨てなきゃいけないなんて間違ってる」

 

 正義の味方は冷酷非情であってはいけない。10年前の火災の時に理不尽な死に追い詰められた俺を救ってくれた爺さんの夢が、そんな冷徹なものであるはずがない。

 

「……そうだな。そうかもしれないな。結果的に「数」の正義は崩壊した」

 

 俺の反論を、君尋は肯定した。

 

「ルールは公平に守られなければいけないんだが、そこで問題なのが正義はエゴイズム、つまり特別を許さないということだ。公平のもとでは特別扱いは許されない。だが正義の味方はそれだけで矛盾をはらんだ存在だ。まあ「正義」の味方という特殊な立場にいるんだから当然だな。……そしてその矛盾は精神を削っていく」

 

 どういうことだろうか。公平はどのような身分の者も特定のルールを守っている状態なのだから、特別が許されないのもわかるし、正義の味方が多少ややこしい立場にいるのも理解できた。しかしそれはそこまで過酷なものなのだろうか?

 

「たとえばさっき言った「数」というルールの正義の味方は、たとえ自分の大切な人だとしても、その人が少数ならば切り捨てなければいけない。親だろうと、恋人だろうと、子供だろうとも」

 

「なっ……!? そんなの」

 

「だがそれが「数」というルールの正義の味方だ。どんなルールでも、特別は許されない。身近な大切な人を正義の味方が優先したり特別扱いしたりすることは許されない。単純択一の正義の成れの果てだよ」

 

 君尋は淡々と語り続ける。そんなものが正義の定義だというのか。

 

「でだ。士郎がなりたい正義の味方はこんなものなのか?」

 

「違う!」

 

 しかし、だからこそ断言できる。

 

「俺がなりたいのはそんなものじゃない。俺があこがれたのは、切嗣がなりたかったものは、絶対にそんなものなんかじゃない」

 

 俺の言葉を聞いて、君尋は笑みを深めた。

 

「じゃあどういうものなんだ?」

 

「うっ、それは、わからない」

 

 言葉に詰まる。何しろ君尋の話を聞くまで、こんなことを考えたこともなかったのだ。今すぐに答えられるはずがない。

 

「そもそもどうして士郎は正義の味方になりたいと思ったんだ?」

 

「昔、切嗣と約束したからだ」

 

「その前は?」

 

 それより前、となるとひとつしかない。正直あまり良い記憶ではないし、他人に言いふらしたい記憶でもない。幼馴染の君尋にさえ、はっきりと話したことはない。

 

「それは、」

 

 君尋はこちらを見つめて俺の言葉を待っている。

 ……俺は何を戸惑っていたのだろう。向こうが真摯な態度で話してくれているのに、こちらが秘密を抱えたままで正義の味方の話をしてもらおうなど、失礼極まりないじゃないか。

 

「……はじまりは、十年前の大火災で」

 

「おう」

 

「大火災で、周りが燃えてて、みんなが助けてと言っていて」

 

「続けて」

 

「でも助けてたら、俺が、死んでしまうから、謝りながら、歩いて、でも力尽きて俺も倒れて」

 

「そして?」

 

「切嗣に、助けてもらった。あんな地獄で、切嗣は他人を助けたんだ。そのときの切嗣の顔が忘れられなくて。俺を救ってくれたのに、まるで救われたのは自分の方かのような、あの顔が。だから俺もそんな風になれたらと、思った」

 

「――そうか。それが、士郎の始まり。起源か」

 

 真冬だというのに、なんだか妙に熱い気がする。俺の記憶とともに、火の熱まで呼び覚まされたとでもいうのか。この公園が火元だから、そう感じてしまっているだけなのか。 

 でもその熱も君尋がそっと笑うとともに四散した。君尋の笑みは切嗣と似ていなかったのに、なぜだか俺は切嗣を思い出した。

 

「そこを見誤るな。'正義の味方'と原初の夢を混同するな。そして探せ。士郎の納得できる、自信をもって貫けるルールを探すんだ。それが、士郎の夢への第一歩だ。自分でもよくわからない者にはなれないからな」

 

「……ああ、わかった。今までただやみくもに行動してるだけで、そんなこと考えたことなかった。ありがとう」

 

 自分なりの正義の定義。これを見つけることができれば、俺は夢に近づけるのだと確信した。

 

「いや、これは対価だからな。礼は必要ない。――で、続きなんだが」

 

「って、まだあるのか!?」

 

 てっきりもう終わりなのだと思って立ち上がってしまったのだが、君尋はここからこそが大切なのだという。すこし驚いた。

 

「むしろここからが本題だ」

 

 そういわれれば、聞いていくしかない。俺は再び腰を下ろした。

 

「正義を語るのなら、正義の味方本人も、また同じルールを守る必要がある」

 

「む、さっき、正義の味方は特殊な立ち位置だからこそ矛盾してるって言ってたじゃないか。どういうことなんだ?」

 

「矛盾しているからこそ、正義の味方は誰よりもルールを守る必要がある。自身のルールだけではなく、世界の基盤となるルールもだ。たとえば士郎がもし善意で行動した結果、相手が謝礼をしたいと言ってきた。受け取るか?」

 

「俺がやりたいからって理由で行動してたのなら、受け取らない」

 

 学校での備品修理にしろ、弓道部の手伝いにしろ、俺は謝礼をもらったことはない。お金を貰って働くのはただの仕事であり、正義の味方ではない気がする。

 

「それはだめだ」

 

「なんでさ」

 

「それは卑怯なコトだから」

 

 謝礼を貰わないことが卑怯? むしろ法外な代金を要求する方が卑怯だと思っていたが、違うのだろうか。

 

「もちろん貰いすぎてもいけない。だが結果には対価が要求される。士郎が結果を出したのだとしたら、それに見合う対価を受け取らなければいけない。等価交換は正義以前の世界の理。それを放棄することは、卑怯な行為だ」

 

「……でも謝礼をもらうのは……なんか、ちがうだろ」

 

 何故と聞かれたら、なんとなくとしか答えられないが、謝礼を受け取るのは違うと思った。

 

「いいじゃないか。感謝の気持ちなんだから受け取ればいい」

 

「でも」

 

「いけないよ」

 

 君尋はこちらに身を乗り出して、俺の顎に手を添えた。タバコとお香が混ざったような香りで少し頭が痛む。

 

「受け取らなければいけない。対価は等価交換。貰いすぎても貰わなさ過ぎてもいけない。でないとキズがつく」

 

 何に、キズがつくのか。

 

「現世の軀に、星世の運に、天世の魂に。士郎がするであろう選択は、等価交換という理に反している。ルール違反はあってはならない。さもないと……歪みがすべてを食い殺す。士郎自身はもちろん、救われた人や大切な人すらまきこんで」

 

「……」

 

「簡単に捨ててしまえる自分を大切な他人と交換出来ると士郎は思うのか?」

 

「それ、は……」

 

 聖杯戦争の始まりの夜を思い出す。俺は、セイバーをバーサーカーの攻撃から身を呈して庇った。思う前に動いてしまった。そのくらい簡単に捨ててしまえるものを、セイバーと交換しようとしていた。あの時だけじゃない。それからも、聖杯戦争以前も、いろいろな人に言われていたことだ。

 

「まあ、そうならないよう気を付けろってことだ」

 

 そう言うと、君尋はベンチから立ち上がった。

 

「行くのか?」

 

「いや、最後にもう一つ」

 

「……まだあるのか?」

 

「それだけ俺は士郎にたくさんのものを貰ったってことだよ」

 

 懐から取り出され、ずいと差し出されたのは桜の枝だった。今は冬だというのに、きちんと花まで咲いている。

 

「なんで、こんな季節に桜が」

 

「冬に咲く桜もあるんだよ」

 

「聞いたことないぞ」

 

「桜は神様に愛された子と、俺の可愛い弟子の名を持つ花だ。この桜はフユミソギ。'雪原の夢見草゜'暮冬の花'とも呼ばれている。厄を吸って育つから、こいつの周りの雪は、どんな色よりも白いんだ」

 

 桜のつぼみが一つ、また一つと開いていく。八分咲き程度だった枝は、すっかり満開になってしまった。

 

「……俺に、厄ってのが付いてたのか?」

 

「士郎のせいじゃないさ。とある少女の体質のせいだよ」

 

「少女?」

 

「士郎は直接は会っていない。間接的でここまで咲くとは、相変わらずのようだ。まあ人づてとは言え縁は結ばれたんだから、いつか顔を合わすかもな」

 

 そう言いながらそのまま枝を公園の隅にそっと差し込んだ。何やら君尋が呟くと、光が跳ねるように広がる。寒空の中、満開の桜の枝の周りだけが暖かかった。桜はさし木で育つから、この冬の桜もそうなのかもしれない。

 

「これ、育つのか?」

 

「ここにはこいつの栄養がたくさんあるからな。きっと綺麗に咲くさ」

 

「そう、か」

 

「それじゃあ、今度こそこれでおしまいだ」

 

 ……そうだった。これで君尋の清算は終わりなのだ。

 

「この鳥は」

 

 今朝捕まえた金属の鳥を差し出す。きっとこいつは君尋の使い魔なのだろう。管狐も君尋の宝具の一部だったのだろうから、召喚士(サモナー)系のキャスターなのかもしれない。この鳥は、勝手にカバンの中で暴れたり、藤ねえの前に飛び出そうとしたり、だし巻きを勝手につまみ食いしたりと、なかなかの暴れっぷりだった。

 

「それはやるよ。剣の鳥も対価の一つだ。俺の華押は鳥だからな」

 

「華押って、たしか手書きの判子みたいなやつだったか」

 

「そうだ。よく知ってたな」

 

 正しくは知っていたではなく遠坂から教わったのだ。本人の証明印だったか。

 

「そいつは丈夫だぞ。士郎が生きている限り決して死ぬことも折れることもない。ずっとそばにいてくれる。それに’投影’もしやすいはずだ」

 

 剣鳥は俺の手のひらの上をつついてはこちらを見上げている。挙動は細かく、本当に生きているみたいだ。

 

「なついてるみたいで良かった。それじゃあまたな。次会うときは敵サーヴァントと敵マスターだ」

 

「……」

 

「何か言いたげだな? おまけに剣鳥についてじゃなさそうだ」

 

「いや、えっと」

 

 最初も感じたことだ。今の手助けだって、別れの挨拶だって。君尋は割り切っている。未だに戸惑っている俺を置いて、既に結論も選択も済ましてしまっている。

 

「なあ、本当に戦わなきゃいけないのか?」

 

「……何故そう思う?」

 

「俺が聖杯戦争に参加してるのは、聖杯が悪用する人間の手に渡らないようにするためだ。でも、君尋は悪い奴なんかじゃない。話し合いで解決できるなら、それが一番いい」

 

「セイバーさんの願いは無視か?」

 

「そういうわけじゃない。でも願いも知らないままに敵対するのは……」

 

「いいや、俺と士郎はどうあっても敵対するよ。だって俺は――――これから世界を呪うんだから」

 

「――えっ」

 

 世界を呪う? 君尋が? 一体何のために?

 

「この子の願いのために。マスターの願いのために。全ては人の願い故」

 

 君尋は己の胸元に手を当てる。この子、とは呪いのことだろうか。

 

「だったら、君尋自身の願いはどうなるんだ」

 

「どうだろうなあ。そいつは士郎が叶えてくれたら嬉しいな」

 

 瞬きをした次の瞬間には、君尋の姿は嘘のように消えていた。

 

「君尋……」

 

 あいつは、何を思って行動しているのだろう。どんな理由があって、十年も記憶を失ってまで他人の願いを叶えようとするのだろう。それは世界を呪うことになってまで、する価値のあることなのだろうか。

 それに、君尋は自分のマスター――おそらく言峰だろう――の願いを叶えるだけでなく、俺の相談にまで乗ってくれた。

 

「俺のなりたい正義の味方と、対価か」

 

 一人きりなった公園で、俺はつぶやいた。

 次に会うときは、聖杯戦争らしく、殺し合いになるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柳洞寺にある、五次キャスターの作り上げた神殿に三つの人影があった。うち二つはほぼ無傷で立っており、対するもう一つは満身創痍だった。

 

「英霊の天敵であるソレに加えて、対魔力もちのサーヴァント。ずいぶん臆病だ事」

 

「一成を人質にした貴女がそれを言いますか」

 

「マスターを早々に夢に引きずり込んだ貴方に言われたくないわ」

 

「コルキスの王女を相手にするなら当然の対策ですよ」

 

「やっぱりあの時さっさと殺しておくべきだったわね」

 

「そうかもしれません」

 

 言峰に命じられて、俺とランサーは柳洞寺のキャスターを襲撃しに来ていた。

 

「他人の願いばかり叶えて、自分の意思はどこにあるのかしら?」

 

「俺は願いを叶える存在ですから」

 

「……貴方みたいなのは好きじゃないわ」

 

「そうですか」

 

 消えていくキャスターに俺は声をかけた。

 

「俺は人殺しはできればしたくないですし、マスターの身の安全は約束します。貴女自身に叶えたい願いはありますか?」

 

「ふざけないで頂戴。私もキャスターなのよ?」

 

「それは失礼しました」

 

 俺の問いかけをキャスターは否定した。

 

「宗一郎、様……」

 

 小さくつぶやいて、キャスターは光の粒となって消滅していった。

 

「っ……!! がはっ!」

 

 それと同時に一気に《この世全ての悪》(この子)の浸食が加速する。急な変化に対応しきれず、俺は泥を吐き出した。

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

「……すみませんランサーさん。この子には触れないほうがいいですよ」

 

「こんなもんに触れたいと思うほど物好きじゃねーよ。よくその調子で戦えるもんだ」

 

「白兵戦じゃないので」

 

「そういうもんかね。マスターとサーヴァント共々いい趣味してるぜ。それでどうするんだ。この土地を奪って新しくお前の神殿を作るつもりか?」

 

 俺は息を整えながらランサーの質問に答えた。

 

「ミセを、構えようと思います」

 

「ミセ?」

 

「《願いを叶えるミセ》。俺の宝具で、陣地作成スキルに相当するものです」

 

「ほう」

 

「少し手伝っていただけると助かるのですが」

 

 足元に魔法陣が広がる。一般的な光で描かれた流動し相互干渉する魔法陣群ではなく、ただ一枚の固定型魔法陣。それが俺の宝具《願いを叶えるミセ》の展開に必要な数少ない条件だった。

 

「本業が槍兵相手に助太刀を求めるのか?」

 

「ええ、人手は多いに越したことはない。十年間も留守にしたせいで、きっと寂しがってますから」

 

「霊狐を使役していたな。召喚士(サモナー)らしく、使い魔の領域でも持っていたか」

 

「俺は召喚士(サモナー)ではありませんよ。マルとモロは、どちらかというとイリヤ嬢に近い。もっともイリヤ嬢には魂がありますから厳密には別物ですが。それに、宝物庫の手入れもしなくては」

 

 ミセへの通路が目の前に現れる。躊躇なく領域に踏み入れ、ランサーに目線をやれば、興味津々といった様子でついてきた。キャスタークラスは皆陣地形成スキルを所持しているが、俺のように宝具にまで昇華されているものはめったにないからだろう。俺の力量が高いからではなく、このミセが受け継がれたモノだというのが宝具に分類された大きな理由だろうけど。

 

「罠がねえな」

 

「結界はありますよ」

 

「確かに出来は芸術級だが、この仕組みじゃ聖杯戦争じゃろくに役立たねえだろ」

 

「一目で見抜かれましたか。おっしゃる通り、この結界は「邪なるモノ」と「願いを持たぬモノ」、「願いがあっても自力で解決しようとするモノ」は弾きますが、それ以外は素通りなんですよね」

 

 それに加えて俺が許可したモノが入れる。ランサーはミセに入れる願いこそないものの、正規の英霊という力ある尊いモノなので、この結界は意味を成さなかった。今回の聖杯戦争参加者でこの結界が効果を発揮できるのは、ライダーと葛木先生と遠坂凛くらいではないだろうか。五次キャスターには正面突破されそうだ。

 

「四月一日帰ってきたー」「四月一日帰ってきたー」

 

「ただいま。マル、モロ」

 

「お帰りなさい」「お帰りなさい」

 

 悪魔をかたどった洋服の娘と、天使をかたどった洋服の娘がミセの中から出てきた。彼女らはマルとモロ。可愛らしい見た目に反して《願いを叶えるミセ》の核である。二人はミセから出ることはできないが、存命している限りこの宝具が崩壊することはない。

 

「……また妙なモノを持っているな」

 

「可愛いでしょう?」

 

「そういう問題じゃねえよ。で、俺は何をすりゃいいんだ?」

 

 ランサーはマルとモロに興味はない様だった。伝説では好色家だったので気に入るかと思ったのだが、'魂のない少女'は守備範囲外だったらしい。

 

「こちらへ」

 

 玄関を素通りして、庭を通り抜け、向かった先は蔵だった。

 

「宝物庫です。かの英雄王のようにこの世すべての財が収められているわけではありませんが、なかなかの宝の山ですよ」

 

「おーおー、胡散くせー品だらけじゃねえか。ここだけ見りゃあ魔術師の陣地らしいんだがな」

 

「厳密には工房じゃないですからね」

 

「ミセと言ったな。しかしただ案内しただけじゃないだろう。ルーンの心得ならあるが、下手にいじってもいいのか?」

 

 どうやらランサーは何か勘違いをしているようだった。すっかり宝物庫の防御の強化をして欲しいのだと思い込んでいる。ランサーほどのルーン使いの協力が得られるのはありがたいが、その前にしなければならないことがある。今回頼みたいのはそちらだった。

 

「はいどうぞ」

 

「なんだこれ」

 

「三角巾とエプロンとハタキとホウキです。雑巾は後から持ってくるので少し待ってください」

 

「そういうことじゃねえよ」

 

「ああ、バケツや新聞紙も必要でしたね」

 

「だからそういうことじゃねえよ!」

 

「だから、掃除お願いします」

 

「……貴様、本気で言っているのか?」

 

 ランサーの目が細められる。これは本気で怒っている時の反応だ。低級の使い魔と同一視する素振りを見せようものなら、冗談抜きに殺されそうだった。なにせ俺は彼と主従関係ですらないのだから。令呪の縛りは存在しない。

 

「ええ、本気です。ここには貴重なものも危険なものも山積みで、無学なものに手入れを任せるわけにはいかないんです。マルとモロには魂がないので触れないモノも多いですし。ランサーほどの審美眼がある方にしか頼めなくて」

 

「何故自分でやらねえ」

 

「俺には俺で作業があるので」

 

 宝物庫に置かれていた杖を取り、魔力を流して調子を確かめる。異界の魔術師が愛用していた水晶杖は良質で、強化結界の基点として十分以上な潜在能力を秘めていた。

 残るサーヴァントの中で、最も相性が悪い相手はセイバーさんだ。高い対魔力を持ち対城宝具も持つセイバーがどれだけキャスターにとってやりにくい相手か、相手もよく理解しているからこそ、彼女は必ずここに乗り込んでくる。このままだと、ミセの入口で《約束された勝利の剣》の真名開放をされようものなら一撃でやられてしまう。そうならない様に俺は攻性の結界を張る必要があった。

 

「掃除の対価は美味い酒と料理でいかがでしょう」

 

「足りねえな」

 

「ならば極上の戦場を」

 

「……了承した。だが慣れちゃいねえからな、あまり期待するなよ。はぁ、英霊に掃除を頼む奴がいるとは流石に予想できなかったぜ」

 

 いつもの軽い調子に戻ったランサーがため息をついた。いくらか圧力が緩められる。

 

「案外身近にいるかもしれませんよ」

 

「少なくとも目の前にはいるな」

 

 さっそく、お互い作業に取り掛かった。

 ……俺にはもうほとんど時間は残されていないのだ。急がなくてはならない。

 


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