GALAXY ANGEL ~Fortune Lovers~ 作:神余 雛
結局あれからルフト将軍には連絡をいれようってことで、通信を呼びだしているんだけど、未だ応答はなし。すでに直接通信ができる宙域に入っているはずだから、通信が繋がらないってことは機器の故障かあるいは……
「あ……っ!?」
ココが声をあげると共に、レッドアラ―トが鳴り響く。ブリッジは瞬時に緊迫した空気に包まれた。ココとアルモの指が空間投影されたキーボードの上を踊る。
「本艦の正面に多数の艦影が出現! 距離、60.000です!」
「識別信号、確認できません!」
矢継ぎ早に告げられる報告を脳で順番に処理していく。ココとアルモは優秀だ。たとえ多少出遅れても、十分に取り返してくれるはず。
それにしても距離が近い。ここまで接近されるまで気がつかなかったってことは、耐レーダーのステルス装甲か、ミラージュ装甲を積んでるはず。こちらの戦力がエルシオールと護衛のバーメル級巡洋艦2隻だけじゃあ心もとないな。
識別信号を発信していないとなると、民間船や商業船、果ては皇国軍である可能性はかなり低い。最悪を想定して動くとなると、一応戦闘配備した方が無難か。
「総員、第二種戦闘配備。アルモ、先方に通信は繋がるかい?」
「……だめです、応答ありません!」
「仕方がない、か。レスター、全艦に通信を繋いでくれ」
「わかった。……いいぞ、タクト」
「了解。……総員に通達。本艦正面に所属不明の艦隊が出現。各員、第二種戦闘配備についてくれ。この所属不明艦だが、おそらく最近皇国を荒らしている強奪船団だと思われる。第二種戦闘配備についてもらってはいるが、戦闘になる可能性が高い。そのつもりでいてくれ。非戦闘員は念のため自室待機だ。各種装甲を展開する。隔壁を閉じることになるかもしれないから気をつけてくれ。以上だ」
食堂はこの時間なら仕込中かな。ごめんな、おばちゃんたち。でも命には変えられないからさ。
それにしても、まだ交戦域に達していない。ここで転進するのも手ではあるか。戦力の点から見ると、明らかに火力不足。レーダーを見る限り、こちらよりも数が多いことも明らかではあるし、不利なのは変わりないが。だけど。それでも、見逃すわけにはいかないよな。わずかな可能性ではあるが、民間船ってこともあるわけだし。
「ココ、所属不明艦隊を望遠でモニターに映せるかい?」
「……最大望遠でとらえました! メインモニターに映します」
「……っ!?」
モニターに艦影が映されると、みんながみんな驚愕をあらわにした。
それはそうだ。なにせ、映っていた艦隊は、エオニアが使っていた黒い無人艦隊だったのだから。
オレたちで黒き月を破壊した以上、生産プラントはすでに失っているはずだから、無人艦隊も増えるはずはない。それにエオニアも旗艦とともに沈んだはずだ。指揮官がいないはずなのに、どうして無人艦隊が出現したのか。
各員、考えは違うだろうけど、だいたいこんなことを考えているはずだ。
レスターがどうする、といった視線をこちらに向けている。無論、徹底抗戦さ。敵艦を全滅させるまで、だ。
「っ!? 所属不明艦のうち、1隻が急速に接近中。高エネルギー反応を確認、攻撃してきます!」
「ちっ、出遅れたか。エネルギーシールドを展開しろ! 攻撃を防げ!」
オレの代わりにレスターが指示を出してくれる。大局的な差配はオレがすることが多い代わりに、レスターには逐一行動指示を出してもらうことが多い。戦略と戦術の違い、というのもあるけど、役割分担というのかな。そういった面で、オレはレスターを尊敬している。今の場面だって、回避を選択することも可能だったのに、レスターは迷うことなく防御を選択した。その思い切りのよさと選択を決定しても間違わない判断の正確性。レスターは本当にすごいと思う。
それにしても、衝撃に備えてイスにつかまってたけど、揺れもしない。攻撃はどうなったんだろう。
「攻撃が来ない? どういうことだ。ココ、状況を報告しろ!」
「はいっ……所属不明艦が何者かの攻撃によって破壊されました!」
そういうことか。でも、この宙域に他の艦影はないはず。先程、所属不明艦隊が出現した折に、全方位確認しているはずだ。もし何かあれば、ココから報告がはいるはず。ってことは、こちらも迷彩を施してあるのか。
ただ幸運なのは、今のところ味方だということ。識別信号はどうなっている。
「本艦の8時の方向、距離およそ6.000からの攻撃と思われます」
「識別信号、確認……紋章機です!」
紋章機か……単独でクロノ・ドライヴしてきたということだろうか。それならドライヴ・アウト反応が出るはずだけど、どういうことだろう。いや、今はそのことを考えているときじゃない。
識別信号が紋章機なら、白き月所属だろう。
「その紋章機に通信をつないでくれ。エンジェル隊と久しぶりに会うのが戦場ってのはちょっとアレだけど、この状況をどうにかしたい」
「了解。紋章機にコンタクトを取ります……繋がりました。メインモニターに映します」
そして映し出されたのは、ミルフィーでもフォルテでもなく。
黒曜石を思わせる黒い髪に夜空を想像させる黒い瞳。清楚な見た目に反せず、きちんとした制服の着こなし。ロングのスカートが、彼女の性格を物語っているようだった。
要するに知らない女性だった。
「こちら、ムーンエンジェル隊所属、シャープシューター。搭乗者の
新入隊員に誰もが口を開けて驚いている。紋章機が新しく見つかったのもそうだけど、パイロットがすぐに見つかったのもすごいなぁ。まぁそんなことよりも。
烏丸少尉に続き、ミントとヴァニラがドライヴ・アウトしたみたいだ。これで形勢は逆転したかな。それじゃ、挨拶を済ませてパパッとやっつけちゃいますか。アルモがミントとヴァニラにも通信をつないでくれたみたいだし、高速リンク指揮システムを起動させてもらおうかな。
「こちらはエルシオール、司令官のタクト・マイヤーズだ。君のおかげで助かったよ。こちらは無事、被害も出ていない。ミントとヴァニラも。長旅で疲れているところをいきなりの戦闘で申し訳ないけど、援護を頼むよ」
「こちらは問題ありませんわ。
「これは手厳しいな、ミント。高速リンク指揮システムを起動するのは久しぶりだけど、まだまだ衰えてはいないはずだよ」
「それはようございますわ」
「タクトさん。高速リンク指揮システムの更新があります。データを送信しますので、アップデートを済ませた後に紋章機の登録を行ってください」
「アップデート? 新バージョンが作られたのか。とりあえず了解した、すぐに済ませるよ」
そう言ってからアルモに視線を向ける。アルモも頷いてすぐに全ての工程を終わらせてくれた。これで、紋章機はエルシオールの指揮下に入ったわけだ。さて、やりますか。
「アルモ、作戦図をモニタ―に映してくれ」
「了解」
メインモニターに目を向ける。エルシオールの位置と敵艦の位置、そして紋章機の位置とデブリの確認を済ませる。格下が相手とはいえ、オレはみんなの命を預かっている。慢心や油断、ましてや手を抜くなんてことは許されない。常に全力で敵を倒すことに意識を向ける。
みんなが指示を待っている。それじゃあ作戦開始といこうか。
「まずトリックマスターは前方のデブリを6時の方向から迂回後、エルシオールの前方に展開。敵艦が散開したところを、端から叩いてくれ。シャープシューターはそのまま前進。敵右舷から殲滅してくれ。ハーベスターはシャープシューターの援護を。烏丸少尉は初陣だろうし、緊張と疲労は戦闘経験がない者にとっては命取りになるかもしれない。先輩らしく、守ってあげてくれ。エルシオールはこのまま微速後退。戦闘宙域を縦に伸ばす。挟撃する形に持っていくつもりだが、逆に紋章機が挟撃されないように注意してくれ。以上だ。何か質問はあるかい?」
「問題ありませんわ」
「……大丈夫です」
「マイヤーズ司令、どうかよろしくおねがいいたします」
エンジェル隊のみんなの顔を見て、適度な緊張に包まれてるいい状態だな、と思った。これなら下手なミスさえなければ勝てる。
「よし、みんな行くよ。エンジェル隊、出撃!」
「了解ですわ」
「……了解」
「了解!」
☆ ☆ ☆
戦闘はオレの予想通りに動いている。
烏丸少尉が初陣ながらなかなかの活躍をしているのが大きい。敵右翼を外側から攻撃して、早々に中心部に集めたのが一番の働きだろう。
ミントはオレの指示を忠実にこなしてくれる。少々難しいことでも平気で成し遂げちゃうのは、前回の大戦を戦い抜いたミントの技量なら当然だったかな。
ヴァニラは烏丸少尉の護衛をこなしつつも、敵艦を翻弄。攻撃して数を減らしている。指揮官のいないAIじゃヴァニラに攻撃をかすらせることもできないみたいだ。
「ミント、その敵を撃破したら、敵中央に向かって必殺技を使ってくれ。烏丸少尉は、敵後曲に攻撃を開始。一隻たりとも逃がさないようにしてくれ。ヴァニラは敵前衛を掠めるように、最高速度でもって右翼から左翼に向かって横切ってくれ。敵がヴァニラを追撃しようと集まったところを、ミントのフライヤーで落とす!」
「了解しましたわ」
「シャープシューター了解!」
「了解しました」
これでチェックメイトだ。ミントのフライヤーで広範囲を攻撃して落とす。烏丸少尉とヴァニラで敵を集めてもらえれば一網打尽だ。
「シャープシューター、攻撃を開始します」
烏丸少尉の攻撃を皮切りに、ヴァニラが敵前を横切り始める。AIの設定は近くの敵を倒せとなっているようで、ヴァニラを追いかけ始める。烏丸少尉は速度が遅い重巡洋艦クラスを狙撃し、的確に敵を誘導していた。ミントはテンションを維持しつつ、ゆっくりと敵との距離を縮める。勝利は目前だ。
「ハーベスター被弾、損傷は軽微です」
さすがにあの数の囮をしていたら、流れ弾かマグレ弾くらいあたるかな。でも回避に次いで防御も堅いハーベスターだ。エネルギーシールドを展開していただろうし、損傷が少ないのも本当だろう。……心配だけどね。
「ご覧あそばせ、光の舞を……フライヤーダンス!」
そうこうしている間に、敵を上手く密集させたヴァニラと烏丸少尉。その瞬間を見逃さず、ミントがフライヤーを飛ばす。もちろんミントに見落としなんてあるわけもなく。あっという間に敵艦隊を殲滅してみせた。
戦闘結果を見ると、ミントが撃破8で圧倒的だ。だが、ヴァニラも烏丸少尉も見事な敵艦誘導だった。二人がいなければ、ミントの撃破8という結果もないだろう。
「よし、戦闘は終了だ。三人ともご苦労さま。エルシオールに帰艦してくれ」
「久しぶりのエルシオールですわね」
「……ただいま帰ります」
「シャープシューター、エルシオールに着艦します」
さて、それじゃあミントとヴァニラを迎えに行くとともに、烏丸少尉に会ってこようかな。
「というわけで、レスター、後は任せたよ」
「何が、というわけで、だ。まぁ了解。さっさと行ってこい」
レスターも分かってくれてなによりだ。それじゃ、格納庫に向かおうかな。
☆ ☆ ☆
「……エンジェル隊、帰艦しました」
「ふたりともお疲れさま。ミントもヴァニラも久しぶりだね」
「お久しぶりですわ。タクトさんも久しぶりの戦闘でカンが鈍っているのではないかと思いましたけれど、杞憂でしたわね」
「お久しぶりです。タクトさんもお変わりなく」
ミントとヴァニラはオレが格納庫に着くのとほぼ同時に紋章機から降りてきたようだ。さて、期待の新人さんはどこかな、と。
「ちとせさんでしたら、まだ紋章機のそばにいらっしゃいますわ。先程クレータ班長が挨拶に向かわれましたから」
「クレータ班長のところか。これから紋章機の整備でお世話になるもんな。さっきの戦闘でもオレの指揮が悪かったからヴァニラが被弾したけど、大丈夫だったかい?」
「……問題ありません。クレータ班長には修理のおねがいをしておきました」
「そっか、すまなかったね」
「いえ。タクトさんの指揮は悪くありませんでした。被弾も掠った程度ですので、大丈夫です」
それからもミントとヴァニラと話していると、あっという間に時が過ぎる。二人とも聴き上手だし、久しぶりの再会ということもあって、会話が弾む。大した内容ではないけれど、こういった穏やかな時間が一番いいよな。戦闘後の殺伐とした空気を変えるのにちょうどいい。
そうこうしているうちに、烏丸少尉が紋章機から離れてこちらに来た。
「ムーンエンジェル隊所属、烏丸ちとせです。あこがれの方の指揮下で戦える栄誉にあずかり、光栄に思います」
「いや、こちらこそ助かったよ。初陣だったみたいだけれど、大丈夫だったかい?」
「恐れ入ります。なんとか先輩方の足手まといにならずにすみました」
「足手まといだなんて。それに初陣にしては上出来さ。最初の長射程射撃も見事だったよ」
「ありがとうございます」
そうそう、あの距離から攻撃をピンポイントで駆動部に当てて、誘爆を引き起こし、一撃で沈める。並大抵の腕でできることじゃない。それに敵方とは遠かったとはいえ、初陣で敵を目前としている状態で普段の実力を引き出すことができた点も評価できる。まだ新米だから、といって甘く見ていると、他のエンジェル隊の子たちも、あっという間に抜かれちゃうかもね。
だけど――
「ちょっと固いかなー。公式の場じゃないんだし、通信でも、ログを取っているわけでもないんだ。オレのこともタクトでいいよ」
「……は?」
「敬称づけで呼ばれるのや、大げさな渾名で呼ばれるのがどうも苦手なんだ。伝説だとか英雄だとかね。そのかわりって言ってはなんだけど、君のこともちとせって呼んでいいかな?」
「ええーっ!?」
いや、嫌ならいいんだけどね。と付け加えたが、聞こえていたかどうか。まぁ烏丸少尉のことだし、真面目だから、上官をファーストネームで呼ぶのは、とか憧れのエンジェル隊の指揮官を……とか考えているんだろうな。
ふとミントと目が合うと、苦笑しつつ頷かれた。やっぱり烏丸少尉は真面目だ。きっと学校とかの通知書には「真面目すぎる」とか「柔軟性に欠ける」とか書かれたタイプなんだろうな。まぁ、そこらへんはエンジェル隊にいれば自然と身につくだろうし、心配はしてないんだけどね。
「ちとせさん。タクトさんはこういう方ですし、エンジェル隊にいる間はずっとこうですわよ?」
「それがタクトさんのやり方ですので……」
「そうですか……恐れ多い気がするのですが」
「堅苦しいのは好きじゃないんだ。それで、どうかな?」
「はい、よろしくおねがいします、タ、タタ……タ、タク」
うーん、ここまで緊張されると逆に申し訳ないというか。そんなにかしこまらなくてもいいのに。
「ちとせさん、深呼吸ですわ」
「は、はいっ!」
「では、吸ってーーー吐いてーーー吐いて―――吐いてーーー」
「ケホッ! ケホッ!」
「コラコラ、ミント。新人で遊ばないの」
「いいではありませんか。こうして緊張をほぐすことが目的ですから」
分かってるさ。ただ体裁としてね、言っておかないといけないことってのはあるんだよ、うん。初対面だからね、ちょっとはいいところを見せておかないとね。
「ケホッ! コホッ! ……でも、ありがとうございます、ミント先輩。おかげで緊張がほぐれました」
ミントからほらみろ、といった視線が。痛いよ、突き刺さってるよ。
「それではちとせさん。落ち着いたのなら、あとは思い切って」
「は、はい! タ、タ……タクトさん……!」
「うん、ようやく落ち着いたね。それじゃあ改めて。よろしくね、ちとせ」
「あ……。はい、よろしくおねがいします!」
――ポーン
そこで館内放送のチャイムが鳴る。長いこと格納庫にいたせいか、レスターあたりがしびれを切らしたんだろうな。
「マイヤーズ司令、およびエンジェル隊は至急ブリッジへお集まりください」
やっぱりアルモからの放送だった。
格納庫の反対側にいるクレータ班長たちが笑ってるのが見える。仕方がない、ブリッジに戻るか。
「それじゃブリッジに行こうか。ちとせはオレたちに着いてきてね」
「はい!」
そして格納庫を後にする。さてさてみんなとの話が終わった後はお小言が待ってるんだろうな。あぁレスターのところに行きたくないなぁ。
☆ ☆ ☆
「改めまして着任のごあいさつを申しあげます。烏丸ちとせ少尉です。これからよろしくおねがいします」
ブリッジに着いてから、レスターとアルモ、ココの紹介をして、それからちとせの自己紹介をしている。
その後もサクサク話は進み、ルフト将軍からの新たな作戦行動の命令書なんてものも渡された。以前シヴァさまが言っていた、エンジェル隊からの連絡ってのがこれだろう。あの通信の場にはルフト先生もいたんだから、言ってくれればよかったのに。まぁ、
その新しい任務ってのは、第三方面軍管理下のレナ星系周辺の所属不明艦……先程戦った無人艦のことだろうが、この集団の調査と拠点の探索を命じられた。この作戦にザッハ星系で任務に就いていた残りの天使たちも合流するらしい。今から楽しみだ。
そして、紋章機がエルシオールに搭載されるに当たって、今まで護衛の任に就いていたバーメル級巡洋艦は本星に帰還するらしい。
レスターとちとせの問答を聞く横で命令書に目を通しているが、ちとせの私見だとエルシオール単艦の方がフットワークが軽くなるから、という理由もあるらしい。
レスターが完璧と称するほどの人材がエンジェル隊に加わったことだし、これから大変な任務が始まるけれど、嫌なことばかりではないのかもなぁ。
「ミント、ちとせを部屋の方に案内してあげてくれ。ヴァニラも疲れているだろうし、三人とも、これから休憩に入っていいよ。合流地点までクロノ・ドライヴしていくから、道中も比較的安全だしね。じゃあ今日のところは解散、お疲れさま」
そう言って三人を送り出す。実際のところ本星からこの艦まではそうとう距離がある。ザッハ星系からも同様だ。その長旅を終えた直後に戦闘。今は気分が戦闘から抜けてないから高揚して気にならないとは思うけど、心身ともに疲れているはずだ。ここで無理はさせられないし、テンションに影響を与えてもマズイからね。ゆっくりと休んで欲しいな。
「それで、タクト。エンジェル隊を外して、何か言うことでもあるのか?」
「あはは、やっぱりレスターにはわかっちゃうよな。後で司令官室に来てくれ。ココ、クロノ・ドライヴの準備に入ってくれ。目標はポイントYMf288だ」
「ここからだと、途中のポイントWSn375で一度ドライヴ・アウトすることになりますが、よろしいですか?」
「それでいいよ。それじゃ、よろしく」
「了解。ではクロノ・ドライヴに入ります」
「ではアルモ。通信障害の原因究明と復旧を急いでくれ。人を使ってくれてもいい」
「了解しました」
レスターもアルモに指示を出し終えたし、オレもブリッジでやることは全て終わった。じゃあレスター。司令官室に行こうか。
「よし、じゃあ俺とタクトはいったんブリッジを離れる。何かあったら通信を入れろ」
レスターが声をかけ終わるのを見て、ブリッジから離れる。司令官室はすぐ近くにあるし、問題が起きても対応はすぐにできるだろう。
「それで、タクト。話ってのはなんだ?」
「それはね――」
司令官室のイスに腰を下ろし、レスターも応接用のソファに腰を下ろす。ちょっと長くなる話というはお互い理解していることだ。
それで、命令書の内容だが、佐官以上しか目を通してはいけいないことになっていた。オレは艦長職に就いているから大佐。レスターも前のクーデターで少佐に昇進している。もちろんオレは昇進を蹴った。
「一つ目はちとせとシャープシューターに関して。新型紋章機は長距離狙撃用にカスタマイズされていて、有効射程はミントの三番機よりもはるかに長い。戦闘指揮をとる上で機体スペックは重要な情報だから頭に入れておいてくれ」
「あぁ」
もちろん欠点もある。総合火力が支援機のハーベスターとほぼ変わらない点。装甲が薄い点。などだ。詳しい資料はレスターの端末にも送ったから、チェックしてくれるだろう。火力不足でも先手を打てるのは大きいことくらいレスターも分かっているだろうしね。
「それからちとせ本人に関しての報告書だ」
『センパール士官学校 宇宙科』と題され、その下には学生番号だろうか、“TRFA04SP2589”とある。
センパール士官学校は卒業後は出世コース間違いなしの超エリート学校だ。あの優秀さは伊達ではないってことだね。成績表、内申書、担当教官からのレポートとあるが、評価はSとAのオンパレード。情報関連教科で特に優秀な成績を出しているようだ。実技も故郷の古流武術の弓道をたしなんでいるせいか、集中力が高く、長射程射撃は群を抜いているらしい。もちろん、シャープシューターとの相性も考えれば納得がいく。
そして、真面目すぎる性格から若干柔軟性に欠ける、と評されてもいる。考えることはどの教官も同じらしい。逆を言えば、欠点欄にこれ以外書くことがなかったということでもある。本当に優秀な人材だ。
「そして二つ目。どうやら新規のエンジェル隊員はちとせだけじゃないらしい。次のドライヴ・アウトのポイントWSn375で合流するみたいだ。時間もこちらがドライヴ・アウトする時間とほぼ変わらない時間にそのエンジェルも到着するらしい。この航路はその新規天使が考案したみたいで、双方との時間と距離、それから今後の予定航路を考えての案だそうだ。これはかなり頭が切れるみたいだな。そして、一番重要な点は――」
――この新規隊員が元黒き月の管理者であるノアと名乗っていること。そして、自らで紋章機を組み上げたということだ。
「――っ!?」
これは他の船員に言える内容じゃないだろう。ノアと名乗った新人もルフト先生とシヴァさま、シャトヤーンさまにしか話していないらしいし、こちらも上部で情報を止めておいて欲しいとあった。機を見て公開するのだろうけど、どうなることやら。
「ノア、か。ちとせだけなら問題はなかっただろうが、これは波乱の予感がするな。タクト、がんばれよ」
「わかってる」
そういって二人で口を閉ざす。お互い考えることが多い役職だし、戦闘面や物資、運用面も考えていかねばならない。それ以上にエンジェル隊のことも。
結局、アルモから呼び出しがかかるまで、沈黙が破られることはなかった。
お久しぶりです。
観珪です。
これからちょこっとずつ原作を改変していく予定ですが、それはだんだんとほころびが大きくなっていくってことでもありまして……
矛盾点や分からないことなどがありましたら、感想欄等で知らせていただければ、できる限り解答していこうと思います。
投稿に関しては隔週を予定していますので、お待ちいただければ嬉しい限りです。
今作ヒロインのノアちゃんはようやく名前だけ出せました。ご都合主義が多分に盛り込まれるでしょうが、一応はちゃんと裏付けをする予定ですので、その点も目をつぶっていただければ幸いです。
それではまた次話で。