雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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対潜ロケット弾 3.5インチ FFAR
 航空機から潜水艦を攻撃する兵器として第二次世界大戦中のアメリカ合衆国で開発されたロケット弾。
 ロケット弾の弾頭は鋼鉄製であり、炸薬は入っていない実体弾である。高い飛翔速度と弾頭重量による運動エネルギー弾として、敵潜水艦の耐圧殻を突き破る。水中に入って約43m進んでも致命傷を与える運動エネルギーを残しているため、パイロットは実際の潜水艦の大きさの数倍の範囲を目標として狙うことが可能。



第39話「海中を走る閃光」その1

 『ブルーリッジ』艦内のCIC(戦闘指揮所)の大型画面には、様々な色のアイコンが無数に表示されている。青色のアイコンは自艦『ブルーリッジ』。緑色のアイコンは味方。赤色のアイコンは敵だ。赤のアイコンは青と緑のアイコンを取り囲もうとするかのように移動している。

 この画面のデータは他の艦『ラウル』、『ロビン』、『スワロー』、『ダルース』にも送られ、各艦の通信手達はこのデータを元に赤アイコンの座標へと艦娘達を誘導する。

 赤のアイコン。これはすべて、深海棲艦の潜水艦である。米軍は付近にいる敵潜水艦の位置をほぼ正確に把握していた。

 深海棲艦はレーダー波反射面積が小さいため、レーダーには映りにくい。まして海面に頭しか出さないは、なおさら映りにくい。しかし、レーダーだけが敵を捉える方法ではない。

「深海棲艦、よくこんなに電波を出せますね」

「こっちの技術力を知らないからさ」

 蒼い明かりが満ちるCICに詰める兵はそんな風に深海棲艦をあざ笑った。米軍は深海棲艦の出すレーダー波と通信電波から、レーダーピケット潜水艦の位置だけではなく、付近にいるすべての潜水艦の座標を導き出したのだ。

 方法は極めて簡単である。敵の電波が来る角度を2隻の艦がそれぞれ測定し、その2つの値を「d=(ℓsin(α+β))/(sinαsinβ)」という公式に放り込んでやれば電波を発している敵の座標が分かる。ℓが2隻の艦と艦の距離、αとβが角度、dが敵までの距離である。これを三角測量という。軍事だけではなく、地図の作成などにも用いられる日常的なものだ。

「もっとも、こっちに艦娘っていう有効な攻撃手段がなければ宝の持ち腐れだがな」

 人間が深海棲艦と戦い始めた当初でも電波の三角測量で同じように深海棲艦の捕捉はできた。しかし、攻撃するとなると話は別である。現代における対潜水艦兵器は爆雷ではなく、潜水艦攻撃用の魚雷、短魚雷である。短魚雷はソナーを備え、目標まで自律誘導できる魚雷なのだが、潜水艦クラスの深海棲艦に対しては、その短魚雷のソナーが潜水艦クラスの深海棲艦を捉えることができなかったのだ。センサーを敏感にすれば捉えられないことはないが、その場合、目標のエコーだけでなく、ノイズも捉えてしまって、明後日の方向に行ってしまうこともある。鹵獲の危険も増えてしまう。

 無誘導の対潜ロケット砲や爆雷などを装備している国はそれなりの戦果を上げることができたが、米軍の場合、完全に短魚雷に移行していたため、かなりの被害を出している。

「だが、今は艦娘がいる。敵までうまく誘導してやれば……」

 

 月も出ていない漆黒の夜。ワイルド・ウィーゼルのF-4GファントムⅡがレーダーピケット潜水艦を撃破したのと同時に艦娘達は敵潜水艦への攻撃を開始した。吹雪達も攻撃に参加している。

「白雪ちゃんはキラーね。私はハンター」

 白雪は頷き、爆雷投射機の準備をする。ハンターは目標を探知する役目であり、キラーは目標を捕捉・攻撃するのが役目だ。このように役割分担して攻撃することをハンターキラー戦法という。

 敵潜水艦も吹雪達が近づいたことで自分が見つかったことを理解し、急速潜行する。しかし、潜水艦の最大の強みは隠密性。見つかった時点で敵潜水艦は負けているも同然だ。

 QCアクティブ・ソナーを使って、水中を探る。放たれた探針音は音速の二倍の速さで水中を伝わり、すぐ敵潜水艦に反射し、戻ってくる。

 その反響波からおおざっぱに距離を割り出して、白雪は爆雷を放った。小さな爆発音と共にドラム型の爆雷が次々と飛んでいき、次々と海に落ちる。

 しばらくして水中で爆発。その振動は海面にいる吹雪と白雪にも伝わる。

 爆発が止んでから、吹雪は再び探針音を発した。反響波が返ってくれば、まだ撃沈できていない。返ってこなければ撃沈はほぼ確実だ。

「返ってこない。撃沈確実」

「やった」

 白雪は小さく歓喜の声を上げた。

「念のために、もうちょっと落としておこう」

 吹雪と白雪はさらに爆雷を投下して、母艦に戻った。

 

 返事が返ってこない。

 潜水水鬼はもう夜が明けようとしているのに、攻撃部隊から何の報告も帰ってこないことに不安を感じていた。

 人間達の艦を攻撃した潜水艦は1チーム3隻で編成された4チーム。計12隻である。

 その全艦から「攻撃成功」どころか「攻撃失敗」という報告すらあがってこない。少なくとも1チームに1隻いるレーダーピケット潜水艦は戦況次第で攻撃方向を変えるため、他2隻の近くはいないはずなのだ。簡単にそれぞれ別の位置にいる12隻がやられるわけがない。

 電波妨害のために通信ができない可能性はあるが、攻撃部隊がいる海域の隣の海域に展開していた部隊とは普通に連絡が取れ、「隣の海域から爆発音がした」と報告が来ている。

 潜水水鬼は「攻撃部隊は壊滅」という1つの結論を出すしかなかった。

 なぜやられたか? 潜水水鬼は原因を考えるが、結論は出ない。

 自分がこの目で見るしかないだろう。潜水水鬼はパナマ運河の前から敵艦の方に向かって動き出した。

 

 東の空に太陽がひょっこり顔を出し、漆黒の海と空は南海の青さを取り戻していく。

 エセックス、インピレット、タイコンデロガ、シャングリラ、サンガモン、スワニーの6隻の空母艦娘が夜明けと共に艦載機を発艦させた。その数、103機。十数機はF6FやF4F-3Aといった戦闘機だが、他はすべてTBF/TBMアベンジャーだ。

 90機近くのアベンジャーはそれぞれ4機編隊を組んで、獲物を見つけるために飛んでいく。

 そしてもうひとつ付け加える存在がある。アヴェンジャー編隊の上空を飛行しているP-3Cオライオン対潜哨戒機である。P-3Cは戦場には少々似つかわしくない丸みを帯びたデザインの4発機で、ソノブイ・システム、センサー、レーダーを備え、潜水艦を狩ることに特化している。

 特に今回のゴールド・ダスト作戦に参加した機は赤外線暗視装置と逆合成開口レーダーを備えた最新型で時間をかければ頭だけを出している半没状態の潜水艦クラス深海棲艦も探知することができる。

 このP-3Cが敵潜水艦を見つけ、TBF/TBMアベンジャーが攻撃を行うのだ。場合によってはP-3Cが攻撃を行うこともある。

 P-3CとTBF/TBMアベンジャーは共に敵潜水艦を探して、そこらじゅうを飛び回った。

 

 この潜水カ級に限らず、潜水艦クラスの深海棲艦にとって水面に頭を出している状態が一番楽な状態だった。深海棲艦といえど、えらのような水中で呼吸ができる器官があるわけではない。水中では常に息を止めているようなものであり、それが人間や他クラスの深海棲艦よりも長くできるだけなのだ。もちろん、水中運動性が良いというのもあるのだが。

 なので、この潜水カ級も敵が来ない限りは頭を海面に出し、警戒しながらも、ゆったりと次の命令を待っていた。水の流れでワカメのようにゆらゆら揺れる長い黒髪と最大仰角まで起こされた砲のおかげで警戒しているようにはあまり見えないのだが、この潜水カ級なりに敵の接近には気を配っている。敵の対潜哨戒機や駆逐艦が近づいてきたとしても、攻撃の前に深く、遠くに逃げることができる。ニューギニア戦線ではそうだった。そう、カ級は経験則として持っていた。

 確かに経験則は大事である。しかし、潜水カ級は経験則ゆえにP-3Cの逆合成開口レーダーに捉えられていることに気づいていなかった。

 ぐうううううん。

 潜水カ級はTBF/TBMアベンジャーのエンジンとプロペラの風切り音を聞いて、すぐに潜行、海面の下に姿を隠す。

 経験則からいうと、飛行音が聞こえた時点で潜れば、対潜哨戒機は潜水艦を見つけることはできず、そのまま素通りする。しかし、もうすでに潜水カ級は見つかっているのだ。 そうとは知らない潜水カ級は20m程度の深度で潜行するのはやめた。海面より上の音は聞こえず、海中は静かで時折イルカの鳴き声が聞こえてくる。

 対潜哨戒機がまっすぐ自分の方に向かって来ているのなら、そろそろ上空を通過するあたりだろうか?

 のんきにそんなことを考える。

 ポン。そんな軽い音が頭上から聞こえた。爆雷や対潜爆弾の着水音はこんなものではない。ドボンッ、という鈍く重い音だ。頭上を見つめる。海面が白く濁っている。

 別に悪いことはない。罪なんてない。ただ、この潜水カ級は知らなかっただけである。

 カ級の左20mあたりの海面から海中に無数の矢が飛び込んできた。その矢の群は海中でカーブを描きながら、水平に持ち上がり、潜水カ級に突進する。

 潜水カ級は反応できなかった。3.5インチ FFARが数本命中、皮膚を突き破り、骨を砕き、蒼い血を海中に噴き出させた。

 水圧で血は勢いよく体外に排出されていく。衝撃。痛み。何が起こったのだろう? 意識が薄れていく。体が水圧に潰されていく感覚をその薄れた意識で味わいながら、潜水カ級は水底に沈んでいく。

 

 TBF/TBMアベンジャーのパイロット妖精達はマーカーの白い軽金属粉に混じって、海面に広がっていく蒼い血を見て、わーわー騒いでいた。

 自分たちを褒め称えてわーわー行っているのではない。P-3Cの投下したマーカーの位置を攻撃したらきちんと命中したことに騒いでいるのだ。

 P-3Cすげー。うおー。でも血が広がってるぜー。この量は撃沈確実だー。まじー。ありえねー。すげー。P-3Cすげー。

 パイロット妖精達はP-3Cを褒め称える。P-3Cのクルー達はその声を聞いて、すこしはにかんだ。

 9月5日の対潜哨戒が終了するまでの時間、P-3CとTBF/TBMアベンジャーのタッグが撃沈した敵潜水艦の数は31隻にも及んだ。

 

 潜水水鬼は昼に被った被害に驚きを隠せなかった。パナマ運河にいる潜水艦の数は155隻になる。9月4日の夜に12隻喪失で143隻。それに5日の昼の喪失数を引けば112隻である。全体の27%の数の潜水艦が撃沈されたのである。

 潜水水鬼は今夜の攻撃には24隻を投入するつもりだったのだが、24隻全艦が沈没する可能性がある以上、数は減らさざる得ない。しかも今夜の攻撃は敵の攻撃方法や索敵方法を見定めるための餌なのである。43隻を失った今、損害はできるだけ減らさないと行けない。

 結局、4日の夜と同じ12隻を投入することにした。潜水水鬼は艦載機を飛ばして、観戦する。

 今日は月が出ていて明るい。観戦するにはちょうど良い夜だった。

 

 結果はひどい物だった。艦娘は初めから位置が分かっているかのように、まっすぐ潜水艦の位置まで移動。索敵役と攻撃役に別れ、索敵役がアクティブ・ソナーで位置をしっかり確認し、攻撃役が爆雷を投下。確実に潰していた。

 攻撃位置につけた潜水艦はいない。すべて攻撃位置に付く前に接近され、撃沈されている。

 月明かりの夜。潜水水鬼はひとり震えた。

 いったいどいういうこと? 夜は潜水艦の世界だ。そう簡単に見つかるものじゃない。相手がレーダーを装備していることはかなり前から判明している。レーダーに引っかかったのだろうか? いや、それはない。攻撃位置に付く前、人間と艦娘の艦隊を待ち伏せしていた時点から攻撃部隊は潜水しており、レーダーに引っかかるはずがないのだ。いや、もしや連絡用に使っている無線アンテナとなる部分が見つかったのか? しかし、あれは海面に出ているのはほんのちょっと。自分たちのレーダーではこれっぽっちも映らないレベルの小さな物である。これがレーダーに引っかかったのだろうか? 相手のレーダーの性能は自分たち深海棲艦とさほど変わりない。映るはずがない。ではなんだ? ソナーが優秀なのか? ソナーなら捉えられてもおかしくはない。しかし、ソナーだけではあんなにピンポイントに探り当てるには極めて時間がかかる。最初から位置が分かっているように行動するのは無理だ。

 月明かりでほのかに明るい海中で、潜水水鬼は悩みに悩むが答えは出ない。気づけば、敵艦隊にかなり近づいてしまっていた。距離は500mほど。考えることに集中しすぎたのだ。足の遅い私達である。逃げ切れない。

 落ち着いて音を聴いてみる。艦娘特有の軽い水切り音と通常艦の大きなエンジン音とスクリュー音が聞こえる。いるのは5隻の通常艦と十数の艦娘のようだ。こちらにまっすぐ進んでくる。

 幸いなことに、こっちには気づいていないようだ。気づいているのならば、すでにアクティブ・ソナーを打たれたり、攻撃されていてもおかしくはない。

 こうなれば海中でじっと息を潜めて、通り過ぎるのを待つしかない。下手に動けば、気づかれる。

 見つかるな。見つかるな。見つかるな。見つかるな。

 潜水水鬼は目を閉じて、そう頭の中で唱え続けた。

 音は頭上を通り過ぎていき、少しずつ、少しずつ、遠ざかっていき、やがてほとんど聞こえないくらいまで遠くに行った。

 そうした頃になって潜水水鬼は目を開け、水音がしないよう、ゆっくりと顔を出した。そして息を目一杯吐き、新鮮な空気をたっぷりと吸う。深呼吸を数度繰り返し、気を落ち着かせる。空を見ると変わらず、浮かんでいる。しかし、位置は敵艦隊に攻撃を仕掛けたときの位置からかなり移動している。

 頭に酸素が回ってくると、今度は頭が回ってきた。

 まずソナーが超性能というわけではないだろう。それなら自分は確実に見つかっているはずだ。ソナーがそんな程度なのにレーダーがこれまた超性能ということはないだろう。しかし、攻撃をかけた二晩の24隻は撃沈されている。しかし、単体の自分は見つからなかった。

 もしかしたら連絡に使っているアンテナではなく、電波の方が問題ではなかろうか。敵方が電波が出ている所を探っていけば、間違いなく、発信した潜水艦に行き当たるのである。集団攻撃を行う場合は無線で連絡を取り合って攻撃する。その無線の使用頻度はかなり高い。見つかる可能性は十分ある。

 はっ! 潜水水鬼は自嘲気味に笑った。無線を使う理由は味方と連絡を取り合い、戦果を向上させるためだ。しかし、その無線に戦果を向上させるどころか、自分の位置を知らせ、被害を増さすものとなっていたとは。

 東の空が少し明るくなっている。夜明けだ。2日間、そして44隻の喪失艦は無駄ではなかった。こうして被害拡大の理由を導き出せたのだから。

 潜水水鬼は味方潜水艦との集合地点に向かおうと、進み始めたときだった。

 ぶううううん。航空機のエンジン音とプロペラの風切り音。自分の艦載機だろうか? 他の潜水艦に回収してもらえ、と命令していたはずなのだが……。潜水水鬼は音の方向を向いた。

 明るみが増す東の空に浮かぶシルエットは深海棲艦航空機のものではなかった。

 2つの大きなフロートに大きい主翼。華奢な胴体と尾翼。これは人間の使う水上機だ。それも過去にニューギニア戦線で見たことのある機体である。

 あれは確か……ズイウン。

 




 パナマ運河にいる潜水艦クラス潜水艦は日本海軍と戦ってきた猛者が結構います。後方に下げて新人教育と戦略的な要所であるパナマ運河を守る役目が与えられているんでしょうね。
 さて、今回は(も?)現代兵器が大活躍でした。といってもP-3Cの逆合成開口レーダーはつい最近の技術ですけど、敵の通信電波から三角測量で敵潜水艦の座標を求めるのは第二次大戦の英軍で使われています。詳しくは「短波方向探知機」でググってくれ。
 ちなみにP-3Cが投下したマーカーというのは、この作品のオリジナルです。参考にしたのは旧日本海軍の対潜哨戒機「東海」です。東海のMAD(磁気探知機)が敵潜水艦を探知すると自動的に軽合金(末期は小麦粉)が入ったカプセル(?)を投下するそうです。これを参考にしました。詳しくは、こがしゅうと氏の「まけた側の良兵器集II」を買ってみてください。P-3Cはソノブイが装填されている所からカプセルを投下します。
 
 これから二週間ほど投稿ができないと思います。できるだけ早く投稿したいと思いますが、気長に待ってくださいまし。
 
 瑞雲は潜水水鬼を発見し、攻撃に移る。潜水水鬼の運命は!? 
 順調に進んでいくゴールド・ダスト作戦。そんな中で『スワロー』と『ダルース』は魚雷の爆発に似た、でも魚雷ではない謎の攻撃を受けてしまう! 損害を負った『スワロー』と『ダルース』は当初の予定通り、ニカラグアのブルーフィールズに入港するが……。
 次回、「海中を走る閃光」その2。よろしくお願いします!

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