雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第38話「パナマ運河へ」

 パナマ運河。

 パナマ共和国のパナマ地峡を掘って、太平洋とカリブ海を結んだ運河である。この運河を通れば、南アメリカ南端のマゼラン海峡や南アメリカと南極の間のドレーク海峡を回り込まずとも、アメリカ大陸東海岸と西海岸を海運で行き来ができる。

 仮に横浜ニューオリンズ間を船で移動するのにパナマ運河とマゼラン海峡を使用した場合で比べてみよう。マゼラン海峡を通る場合、距離は16,557km、日数では46日かかる。パナマ運河を通った場合では、距離は9,129km、日数では25日かかる。マゼラン海峡を通る場合ではパナマ運河を通る場合と比べ倍近くの日数と距離がかかるのである。

 非常に便利な運河だが、只というわけではない。パナマ運河には通行量があり、排水量1tにつき、1ドル39セントの通行量がかかる。しかし、時は金なり、というように短時間で輸送したい場合や、燃料を節約して、大西洋と太平洋を行き来するなら、パナマ運河を使わない理由はない。もちろん、海上運輸のみならず、軍事行動においてもだ。

 だからこそ、パナマ運河を支配する深海棲艦の親玉、潜水水鬼はパナマ運河を離れなかったのだ。

 もし西インド諸島に続いてパナマが陥落すれば、アメリカの艦娘達は日本の艦娘達と合流するに違いない。今現在(2015年9月始め)、サーモン諸島は極めて危険な状態にある。すでにサーモン諸島の半数の島が人間に奪還され、ガダルカナル島やコロネハイカラ島では上陸した人間達といまだ戦闘状態にあるが深海棲艦側が劣勢だ。海戦でも深海棲艦側が劣勢であり、フィジー諸島やサンタクルーズ諸島、サンクリストバル諸島にまで追い込まれている。

 こんな戦況にパナマ運河が人間の手に戻って、アメリカの艦娘達がサーモン諸島の深海棲艦の後ろを突けば、精強なサーモン諸島の深海棲艦といえど、ひとたまりもない。殲滅されてしまう。

 深海棲艦にとって、パナマ運河が陥落するのは絶対に許されないことだった。

 

 9月2日。曇り空の下、5隻の艦がパナマ方面に向かって航行していた。艦隊は輪形陣を取っており、その輪形陣を取り囲むようにして十数名の艦娘が護衛に付いている。

 通常艦艇で一番先頭を走っているのがラップウイング級輸送フリゲート『アウル』。『ラップウイング』に続いて建造されたラップウイング級の2番艦である。艦隊の左右にいる艦も同じくラップウイング級の3番艦『ロビン』、4番艦『スワロー』である。中央にいるのが西インド諸島攻略作戦ハッピースモーカー作戦でも旗艦を勤めたブルー・リッジ級揚陸指揮艦『ブルー・リッジ』。

 そして最後尾の艦がオースティン級艦娘母艦『ダルース』である。元はドック型揚陸艦だったオースティン級を改装したものだ。

 艦娘母艦は性質としては潜水艦母艦に近い存在である。

 居住性や食料搭載能力が低い潜水艦に食料、備品の補充、燃料や魚雷の補給のほか、各種部品の修理などの整備、乗員の入浴や食事、宴会会場提供をするのが潜水艦母艦だ。

 その潜水艦母艦の「潜水艦へ」を「艦娘へ」に変えたようなものである。

 艦娘は機械のように疲れを知らないわけではない。疲れもするし、お腹も減る。戦闘がなくても1日ずっと航行していれば疲労がたまり、戦闘でのミスも多くなる。食事も一日三食取るべきだが、艦娘が海上で数日分、多ければ数週間分の食料、水を携行するのは無理である。

 そんな長距離・長時間任務に適していない艦娘を支援すべく建造されたのがラップウイング級輸送フリゲートである。しかし、本土から離れた土地で艦娘を活動させる場合、ラップウイング級では継戦能力が不足することが危惧され、暇をもてあそんでいたオースティン級ドック型揚陸艦が艦娘母艦として改装されたのだ。

 武装はCIWSや機銃だけの状態から非常に強化され、Mk.45 5インチ速射砲が2門、ボフォース40㎜/70 4連装機銃が4基になった。しかし、特筆すべきは武装ではなく、艦内部だ。

 元ドック型揚陸艦のため、内部空間には余裕がある。そのため、艦内の施設は非常に豪華だ。大浴場もあれば、美容室、図書館、教会もある。食堂も広くなって、調理器具も最新の新品に変えられた。艦娘達の部屋はさすがに個人部屋というわけにはいかないが、2段ベットや3段ベットというものはなく、普通のベットである。

 普通のベットなど、艦長といった重役でなければありつけない代物である。それが艦娘全員にあるのだ。

 ちなみにラップウイング級の艦娘用ベットは2段ベットであり、『ロビン』や『スワロー』に配属された艦娘は己の運の悪さを呪ったという。

 

 グリッドレイ級駆逐艦グリッドレイは艦隊の護衛任務が終わり、シャワーを浴びて、自室に戻るなり、ベットに飛び込んだ。

「ベッドふかふかーっ!」

 グリッドレイは基地にあるベットよりも柔らかい『ダルース』のベットに感動して、ベットの上をごろごろしたり、飛び跳ねたりした。

 少し遅れて戻ってきたグリッドレイ級2番艦クレイヴンは姉がシーツにくるまって大喜びしている様子に驚いて、どうしたの? と声をかけた。

「2段ベットじゃなくて、1段だよ! 1段! しかもマットが柔らかい!」

 グリッドレイは大喜びだ。通常、広さに限度がある艦艇のベットは2段か3段ベットである。しかし、『ダルース』は元ドック型揚陸艦であり、乗員400名の他、900名におよぶ兵員を収容することができるだけのスペースがある。しかし艦娘母艦になり、900名の兵員に使われていたスペースが100名以下の艦娘で使うことになれば、一人当たりのスペースは単純な計算で9倍。一段ベットを置くことなんて造作もないことだった。

「そうやって埃を立たせてないで、ご飯食べに行こうよ」

「そうだね。うん、お腹すいちゃった」

 グリッドレイとクレイヴンは食堂に向かう。むろん、食堂も広く、豪華だ。

 大型艦となると食堂は士官用と下士官、兵曹用の2つの食堂があり、士官用食堂はいくつかの部屋に別れている。『ダルース』の場合、ワードルーム(士官室)1、ワードルーム2と2つの部屋に別れている。艦娘は階級こそ与えられていないが、士官扱いなので、士官用食堂に入る。

 ワードルーム1は艦内の士官社交場のようなところであり、全員正装、つまり制服を着用しなければならない。しかし、いわゆる大衆食堂の形ではないので、ご飯はすべて給仕がついて出される。

 ワードルーム2は略装が良い部屋であり、ツナギや部屋着といったルーズな服装でもOKである。グリッドレイ達は制服ではなく、部屋着なので、ワードルーム2の方に入った。

 ワードルーム2はすでに食事を取る人達で賑わっている。今日の食事はミートボールスパゲッティとピザ一切れ、煮豆と野菜のサラダとオニオンスープ。食事内容に士官と下士官、兵曹で違いはない。では何が違うのかというとごく簡単なことである。皿に盛りつけてあるか、一体型のトレーに盛りつけられるか、ということだけだ。

「さて、食べましょう!」

 

 潮風に晒されたビスケットは少ししょっぱかった。

 護衛中、小腹が空いたファラガットは『スワロー』艦内の売店で買った5枚セットのビスケットを食べていた。一度に全て食べるのはもったいないので、5枚中2枚を布に包んで持ち出していたのだが、そのせいで塩の味がする。ただMREのビスケットではないので薬っぽい味もせず、付いた塩味がアクセントになって、普通に美味しい。

 できるだけビスケットのカスを落とさないように食べる。ないとは思うが、深海棲艦がビスケットのカスを目印に追ってくるかもしれないからだ。第二次大戦の潜水艦などは艦が出した物を追跡して、敵船団を見つけ出したりしている。

 空はいちめん厚い雲に覆われており、翼に対潜ロケット3.5インチFFARを積んだTBFアヴェンジャーが複数機飛んでいる。雲の上にはP-3Cオライオンもいるはずだ。

 今回の作戦、ゴールド・ダスト作戦での主敵は潜水艦クラスである。

 パナマ運河の深海棲艦はそのほぼ全てが潜水艦クラスであり、少しだけ巡洋艦クラスと駆逐艦クラスがいるのみである。そして陸上深海棲艦は全くいない。そのため、参加戦力は海軍と空軍のみだ。

 ファラガットはこの作戦を楽かもしれないが、面倒な作戦だ、と思っていた。潜水艦を積極的に狩らなければならないのである。

 こちらにはレーダーと大量の対潜哨戒機、『ブルーリッジ』や『ロビン』、『スワロー』に搭載された電波方向探知機などがある。しかし、ぱぱっと数日で敵を全滅できるというわけではない。確実に長丁場になる。だからこそ、『ダルース』がいるのだが。

「しかし、あたしは運が悪いなぁ」

 ファラガットは残念なことに艦娘母艦『ダルース』ではなく、ラップウイング級輸送フリゲート『スワロー』に配属されたのだった。『ダルース』は2段ベットではなく、一段ベットだというし、料理を作るシェフは海軍の中で選りすぐりを集めたという噂だ。しかもその他の慰問施設も充実しているだとか。うらやましい限りである。

 ファラガットは2枚のビスケットを食べ終わり、ため息を吐きながら、包んでいた布をポケットに突っ込んだ。

 

 かつて西インド諸島の深海棲艦に属し、処女航海中の『ラップウイング』を攻撃、ファラガット達と交戦し、米空軍のA-16が発射したAGM-65マーベリックによって腕を落とされたリ級。彼女は西インド諸島から離れ、パナマにいた。

 失った右腕。それに代わる物を彼女は手に入れていた。いや、代わる物というのはおかしいだろう。物をつかんだり、握ったりすることはできない。正しくは新たな武器と言った方が良いだろう。

 隻腕のリ級は右肩から背中にかけて、皮膚が腫れたように大きく盛り上がっていた。そして背中側には直径15㎝ほどの大きな穴が開いている。

 これは何か。正体を言えば、輸送ワ級である。ワ級の変異体がリ級の右肩あたりと融合しているのである。よくよく見れば、ワ級頭部の牙がリ級の胸あたりに残っている。

 リ級の右肩に融合したワ級の変異体だが、これは潜水水鬼がサーモン諸島の深海棲艦に無茶を言って、パナマに配備してもらったものだった。サーモン諸島の深海棲艦にとって非常に手放したくなかった個体なのだが、パナマが陥落すればにっちもさっちも行かないこの状況において、サーモン諸島の深海棲艦は潜水水鬼の要求を呑むしかなかった。

 潜水水鬼はそのワ級の変異体を手に入れたは良かったものの、このワ級変異体は戦闘向きではなかった。足は遅いし、障壁の強度もない。前線で使える代物ではなかった。

 当然と言えば当然である。ワ級の変異体といっても所詮、元が輸送任務に特化した深海棲艦であるワ級である。ちょっと変化した程度で、戦闘に強くなるわけではない。

 そこで隻腕のリ級が言った。

 

 自分と同化させたら、いかがか?

 

 深海棲艦は艦娘と戦う中で治療法というものを確立した。生きている個体と死んでいる個体を合体させることで1つの個体とする、という治療法だ。出血も止まれば、死んだ個体の武装も使えるようになる。

 泊地水鬼は、隻腕のリ級が言った案をすぐに採用した。リ級の右肩から背中あたりまでを削り取り、殺したワ級変異体をくっつけた。かなり、手荒な方法だが、うまくいった。ワ級変異体の機能を維持したまま、隻腕のリ級に取り付けることに成功したのである。

 これで砲弾が飛び交う最前線でもワ級変異体と同じことができるようになる。パナマ運河の戦力は大幅に向上したと言っても過言ではなかった。

 

 レーダーピケット潜水艦から潜水水鬼に敵発見の報告があがってきたのは、9月4日21時57分のことだった。ファラガットがビスケットを海上で食べていた時間から2日と6時間あまり後である。

 レーダーピケットとはレーダーを使った見張りのことであり、要はレーダー網のことである。潜水水鬼はレーダーを搭載した潜水艦をカリブ海を横切るように多数配置していた。そのレーダー網に『ブルーリッジ』以下通常艦艇5隻、護衛の艦娘が引っかかったのである。

 潜水水鬼はすぐに付近の潜水艦に攻撃命令を出す。

 ゴールド・ダスト作戦の火蓋はもうすぐ切られようとしていた。

 




 ファラガットって出る度になにか食ってねぇか? と書いてて思いました。別にそういうわけではありませんが、ものを食べているシーンは多い気がしますね。
 「艦娘母艦」とgoogleで検索すると、けっこうヒットします。大体の場合、ウェルドックを備えたドック型揚陸艦と同じ形か、一等輸送艦のようなスロープ形式、カタパルトで打ち出す形式が多いようですね。
 ウェルドック形式は出撃、収容が楽だが、大型艦でないとウェルドックは装備できない。スロープ式は改装および管理はしやすいが、発進方向は艦の進行方向と逆になる。カタパルト形式は艦娘の急速展開が可能だけれど、収容が難しく、カタパルトの整備も大変。
 思いつくあたりではそれぞれ長所と短所がありますね。どれが一番良いか、と言うのは難しいと思います。

 さて、パナマ攻略作戦「ゴールド・ダスト作戦」開始です。
 レコンキスタ作戦とは違い、今度は陸上戦が出てこず、水上戦と水中戦です(あとほんの少し空中戦)。
 TBFアヴェンジャーや瑞雲が発射する対潜ロケット3.5インチFFAR! 艦娘と連携するP-3C! リ級と融合したワ級変異体の能力とは? そこから繰り広げられる潜水艦艦娘VS潜水艦級深海棲艦の水中戦! 爆雷と砲弾の爆発が海をかき混ぜます!
 次回、「海中を走る閃光」。よろしくお願いします。 

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