雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第36話「瑞雲改造される、の巻」

 瑞雲。

 愛知飛行機が開発した日本帝国海軍の水上爆撃機である。機体略番はE16Aで連合国コードネームではパウルとよばれている。

 自動空戦フラップやダイブブレーキ、20㎜機銃を備え、最大速度448km/h、航続距離2,535 kmという高い性能を持ち、空戦、爆撃、偵察がすべて行えるというとんでもない水上機である。

 この世界では伊勢、日向が航空戦艦に改装されたときに搭載されたのを皮切りに、水上機母艦、航空巡洋艦と水上機を多く搭載できる艦娘に配備され、要撃、直衛、爆撃、偵察、弾着観測、対潜攻撃と史実以上にオールマイティーな活躍をしている。

 日本海軍は極めて高い性能を持つ本機を艦娘を保有しているイギリス、フランス、ドイツ、イタリアに輸出しようと、たびたび売り込みをかけているが、「それなら空母から爆撃機を飛ばした方が早い」、「水上機くらい自国開発機で賄う」ということで拒否されている。

 そして、アメリカには日向から吹雪に手渡された瑞雲1機が持ち込まれ、水上機母艦ラングレーの手に渡って運用されている。

 

 おい、瑞雲を強化してくれ。

 瑞雲のパイロット妖精がそんなことをラングレーに言ったのは演習が終わり、艤装などを片付けて、ラングレーがシャワーを浴びに行こうとしていたときだった。

「ズイウンの性能に不満なの?」

 不満に不満だね。

「何が? 今日だって空母の人達に配備された新型の戦闘機を翻弄してたじゃない」

 今日の演習には空母艦娘に新しく配備されたF6Fヘルキャット戦闘機が出てきていた。F6FヘルキャットはF4Fワイルドキャットの後継機である。高い防弾性と運動性により第二次大戦では零戦キラーとして活躍していた傑作機だ。

 そのF6Fの攻撃を瑞雲はヒラヒラと回避して、ピタッと後ろにつき、撃墜判定を4機も取っている。そして瑞雲は撃墜判定をもらってはいない。

「性能が高い方がいいのは確かだけど……今のままでもいいんじゃない?」

 ラングレーがそう諭すのだが、瑞雲のパイロット妖精は良くない、ときっぱり答える。

 今回の演習はかなりぎりぎりの戦いだったんだぞ。僚機のF4F-3Sはすべて撃墜判定もらっているだろうが。F4F-3Sを食って油断したヤツをこっちが食い返してやっただけであって、まともに空戦したら勝ち目ないぞ。

「そうなの?」

 そうだよ。瑞雲をどれほどすごいと過信しているかは知らないが、所詮水上機なんだからな。下駄がない普通の戦闘機に食ってかかって余裕で勝てる機体じゃない。

「じゃあ、空戦をしなければいいんじゃないの?」

 そもそも水上機というのは基本的に偵察や弾着観測が任務であって、迎撃や空戦が主任務ではない。黎明期の飛行機は水上機の方が陸上機よりも性能が高かったが、第二次大戦の頃になれば性能差は逆転している。重いフロートを付けている分、運動性や速度は陸上機と比べて低いのが当たり前で、戦闘機に見つかったら逃げることしかできない。反撃できる瑞雲が異常なのだ。

 確かにそうだが……迎撃されたときに撃退くらいできるだけの機体性能は必要だ。実際、F6Fよりも深海棲艦の航空機の方が性能がいい。

「今のズイウンは性能不足?」

 ああ。特に速度が足りない。せめて500km/hは欲しい。

 なんだなんだどうしたどうした。ラングレーと瑞雲のパイロット妖精が話し合っている様子を見て、他のパイロット妖精や整備妖精が集まってきた。

「ズイウンを強化して欲しいんだって」

 なにーマジかー。えーこの飛行機もっと強くすんのー。わー面白そう。アリソンエンジン積もうぜー。この下駄履き風情が調子乗っちまってよー。ブローニングどれくらい積む? いやツイン・ワスプで十分だよー。主翼短くしようぜー。イスパノがいいよー。ダブルワプスでしょー。フロート外しちまおうぜー。ワプス・メジャーにしようよーあるか知らないけどー。37㎜積んじゃおうぜー。サイクロンー!

 わーわーぎゃーぎゃー。

「はいはい、静かに静かに」

 パンパン、と手を叩いて騒ぐ妖精達を沈めるラングレー。

「改造は好きしなさい。でも私が許可取ってきてからね」

 はーい。そこらにいた妖精達が元気に返事をする。一応、艦娘装備の管理をしている部署に通達しなければ色々と問題が出る。

 瑞雲は日向の差し金でアメリカに渡った代物であり、最初こそ書類には書かれていない員数外の装備だった。しかし、整備するに当たっては消耗部品やオイルなどの補給が必要になる。そうなれば当然、書類に記載し、補給物資をきちんと要請しなければならない。今では瑞雲も「Zuiun」と艦娘の装備に関する書類に記載されている。

「じゃあ、私は許可取ってくるから待っててね」

 

 瑞雲のパイロット妖精が改造を行う妖精達に出した性能要求はたったの3つだった。

 1つ目は最大速度を500km/hまで上げること。

 瑞雲一一型の最大速度は九六艦戦よりも少し速い448km/hに過ぎず、空戦時にはかなり不利に働いていた。格闘戦に持ち込めば速度はたいした問題にならないが、一撃離脱や敵機を振り切るときなどはできるだけ速い方がいいのだ。

 2つ目は運動性の維持だった。

 瑞雲の最大の特徴といったら、その運動性にあると言っても過言ではない。自動空戦フラップが生み出す運動性はかなりのもので、格闘戦にさえ持ち込めば、最新の深海棲艦航空機といえども苦戦する。しかし、改造によってそれが損なわれることになれば問題である。最大速度500km/hという1つ目の要求も正直言えば、遅い速度だ。500km/hが実現できたとしても運動性が失われてしまえば、瑞雲はただのカモに堕ちてしまう。

 3つ目はハードポイント(兵装類を懸下して機外搭載するための取付部)の増加だ。

 数週間前から空対潜ロケット弾3.5インチ FFARの配備が開始され、TBFアヴェンジャーに搭載され始めていた。今となっては対潜攻撃が主任務である瑞雲も搭載したいところなのだが、瑞雲はロケット弾を懸架するところがないである。今の瑞雲では対潜爆弾による攻撃しかできず、次行われるであろうパナマ運河攻略においてTBFに後れを取ること間違いなしである。

 最大速度500km/h以上、運動性の維持、ハードポイントの増加。この3つの要求を改造を行う妖精達は「大丈夫、できるできる」と簡単に言った。

 

「おーい、吹雪」

 深雪は名前を呼びながら、部屋の扉を開けた。吹雪は部屋に備え付けられている机で日本への手紙を書いている途中であり、内容を考えあぐねている最中だった。

「深雪ちゃん、どうしたの?」

「あの瑞雲が改造されているらしいから、見に行こうぜ」

 あの瑞雲? 吹雪は一瞬、どの瑞雲か分からなかったが、すぐに日向に手渡された、あの瑞雲だと思い当たった。

 瑞雲を改造? なんでまた?

「性能不足って、パイロット妖精が言ったらしいんだ。なあ、見に行こうぜ」

「そうだなぁ……」

 吹雪は行くか、手紙の続きを書くか、迷っていた。ちなみに筆は十数分前から止まっている。

 吹雪は手紙に書く内容が思いつかないわけではなく、便箋の枚数は貨物重量の関係で制限されているので、どの内容を書けばいいか迷っていたのだ。

「うん、行こう」

 吹雪は瑞雲を見に行くことにした。気分転換にもなるし、瑞雲改造の話を手紙に書けるかもしれない。そう思って、吹雪は万年筆を机に置いた。

 

 整備棟の中で一番大きな作業机。その上で瑞雲の改造作業は行われていた。改造を行っているのは妖精達である。

 ここで余談を少し。ほとんどの艦娘艤装を整備するのは人間だが、艦娘用航空機の整備だけはすべて妖精が行う。それは艦娘用航空機があまりに小さすぎて人間の手では整備しきれないからだ。妖精はオカルトな能力でぱぱっ、と整備できてしまう。航空機だけは妖精の独壇場だった。

 瑞雲はすでに金星エンジンとその周辺の外板を外され、機体内部の配線や配管、機構が見えている状態だった。取り外された金星エンジンは瑞雲のそばに置かれている。

「へぇー、エンジンを変えるのか」

「もっと馬力があるエンジンにするんだろうね。あれかな?」

 金星とは違うエンジンを妖精数名が担いで持ってきた。金星より一回り大きな空冷星形14気筒のエンジンだ。

「妖精さん、そのエンジンはなんだー?」

 ツイン・サイクロンですー。日本のへなちょこエンジンなんか目じゃない2000馬力エンジンですよー。

 改造の総指揮を執っている妖精がそう答えた。

 ツイン・サイクロン。型式はR-2600。アメリカの航空機メーカーの大手、カーチス・ライトが開発したエンジンの1つだ。TBFアヴェンジャー、SC2Cヘルダイバー、B-25ミッチェルなどに搭載された傑作エンジンである。

 一方、元々瑞雲が積んでいた金星も十分傑作と言える代物だが、出力はツイン・サイクロンの2000馬力に大きく劣る1300馬力である。

「2000馬力……小さく聞こえるな」

「船の基準で考えるからだよ、深雪ちゃん」

 吹雪型の機関出力は5万馬力である。文字通り、桁が違う。しかし、サイズも大きく違うことを意識しなければならない。

 妖精達はツイン・サイクロンを妖精サイズのチェーンブロックで瑞雲のエンジン位置まで上げていく。

「ちょっと待てよ。瑞雲の元のエンジン覆いのサイズよりも大きいんじゃねぇの?」

 深雪の指摘はもっともだった。ツイン・サイクロンは金星よりも一回り大きく、天山や二式大艇が積んだ金星(1500馬力)と同じくらいの大きさだ。当然、金星を搭載する瑞雲のエンジン覆いが合うはずもない。

 それは妖精側も分かっていて、ジュラルミンインゴットをハンマーで鈑金加工し、新しいエンジン覆いを造り出した。金星の状態では流線形だった機首は直線的に変化し、左右に出ていた12本の集合排気管は左右2本になった。プロペラもTBFアヴェンジャーと同じ物に変更された。

「直線的になるだけでかなり印象が変わるものなんだね」 

 流線形だった機首が直線敵になったのを見て、吹雪は少々、あか抜けない感じになったと思った。

 

 その後も改造は続き、ハードポイントを増設するために、主翼に新しく桁を入れて強度を上げたり、重心バランスを取るため、所々にバラストを付けたり、固定機銃の九九式20㎜機銃をAN-M1 20㎜機銃に、旋回機銃の二式13㎜機銃をM1919連装7.62㎜機銃に換装したりした。

 そして最後に仕上げとして、日本海軍航空機カラーである暗緑色塗装を落とし、米海軍航空機カラーである深い蒼色ネイビーブルーが塗装された。

「塗り直しただけなのに、もう元日本軍機に見えないや」

 丸い翼端や枠の多いキャノピーから日本が設計した機体ということは分かるのだが、やはり蒼い塗装に白い星が描かれた瑞雲は米海軍機に見えた。

 

 それで肝心の性能だが、まずまずのものだった。

 エンジンが1300馬力の金星から2000馬力のツイン・サイクロンに変更されたことにより、最大速度は弾薬などを積まず、燃料も満タンにしていない軽備状態では510km/h、全備状態では473km/hを発揮した。

 運動性は機体重量が増加したことにより、少しばかり低下したが、パイロット妖精にとって許容できる範囲だった。

 もちろん問題も発生した。九九式20㎜機銃に代わって装備したAN-M1 20㎜機銃の信頼性があまりにも低く、不発が多発して撃てなくなったり、2000馬力ものパワーが生み出す回転トルクにより、離水するときにはひっくり返りそうになる事態が発生した。

 特に後者が問題だった。ラングレーはカタパルトを装備していないので、いままでラングレーの搭載機達は水面に降ろされてから、飛び立っていたのだ。もちろん、瑞雲も例外ではない。

 回転トルクを解決するには紫雲のように二重反転プロペラを採用して、回転トルクを打ち消すのが一番だが、二重反転プロペラはまだ妖精達にとっても手に余る代物であり、採用するのは難しいかった。しかし、2000馬力エンジンを諦めれば最初に戻ってしまう。

 どうするか。結果として瑞雲はそのままだった。ラングレーの方が改造されることになったからだ。

 以前からラングレーにカタパルトがないのは問題視されており、カタパルト取り付ける改装計画がゆっくりとだが、進んでいた。それを前倒しにすることになったのである。カタパルトから発進するのであれば、回転トルクが大きくても問題はない。

 このことに関して、ラングレー自身はあまり面白くはなかったようだ。

「日本の水上機母艦と違って、アメリカの水上機母艦は水上機発進基地というより、水上機補給基地なのよ。前線に近い位置にいるのはなんだなかー、と思う」

 要はアメリカの水上機母艦は秋津洲に近い性質の艦なのである。ラングレーは自分の立ち位置が大きく変わることに少し不満を持ったようである。

「まあ、ズイウンが強力になったからいいや」

 それでもラングレー自身は納得したようである。

 

 弾着観測をしていた瑞雲を撃墜しようF6Fが上昇していく。そしてF6Fが後ろにつこうとしたそのとき、瑞雲は宙返り。今度は瑞雲がF6Fの後ろについて立場が逆転した。F6Fは振り切ろうとぶんぶん左右に動くが瑞雲は離れない。しばらくして撃墜判定が出た。

 吹雪は空母の護衛をしながら、その空中戦の様子を見ていた。

 この瑞雲を見て、日向ならどう言うだろうか? そんなことを吹雪は考えてみる。

『これもまた瑞雲だ』

 言いそうである。あまり形を崩さない限り、日向さんは怒らないだろうな。そう、吹雪は思った。

 

 ちなみにこのころ、日向は彗星の熱田水冷エンジンを積んだ瑞雲「冷水号」を試作し、伊勢に「晴嵐でいいんじゃない?」と言われていた。水冷型瑞雲だけに留まらず、ネ式エンジン実用化が寸前である、ということを耳にした日向は、ジェット瑞雲「噴進号」の設計を始めていた。

 なお、諸外国に瑞雲を輸出しようと海軍上層部や外務省、通産省に根回しをしているのも日向である。




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瑞雲回でした。
 お手軽性能向上と言ったらエンジン変えるくらいしかありません。アメリカやイギリス、ドイツもエンジンを変えることで性能向上を図っている機体が多くあります。P-51マスタングとかF4UとかスピットファイアとかBf109とかたくさんあります。しかし、エンジンを取っ替えるに当たっては色々と設計を変えたりする必要があるのですが……そこらは妖精さんの超技術ということでご容赦を。

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