今年も頑張ります。
『障壁。シールド。バリアー。防壁。
様々な言い方があるが、どれも「何かを防ぐもの」という意味は共通している。
艦娘と深海棲艦はまさにSFでいうところのシールドである。無臭で無色透明。光すら偏向しない。もしそれが展開されていても見ただけではそれに気づかない。
しかし、手を近づけてみよう。何か固いものがあることがすぐにわかる。そう、それが艦娘と深海棲艦が発生させる障壁だ。
艦娘と深海棲艦がその障壁をどのように使っているのかというと主に防御だ。これがあるから艦娘は鎧やプロテクトアーマーなしに戦えると言っても過言ではない。障壁がなければ直撃しなくても至近弾の破片と衝撃だけで戦闘不能に陥るだろう。障壁は艦娘で一番大事な要素と言っても良い。
そして障壁の防御力であるが、これは大小さまざまである。基本的には艦級が上なほど防御力が大きいと認識して問題ない。駆逐艦クラスならば最大で25㎜厚の防弾鋼板程度しかないが、戦艦クラスならば300㎜防弾鋼板ほどの防御力がある。しかし、これは艦娘が意図的に展開する障壁だ。この障壁に加えて、艦娘は10㎜防弾鋼板程度の防御力がある障壁を常に体表に展開している。これら2つの障壁は「艦娘が意図的に展開する障壁」を一次障壁。「体表に常に展開している障壁」を二次障壁という。
防御力では艦娘が意図的に展開する障壁の方が上だが、重要度で言えば体表に展開する障壁の方が上だ。
考えてみよう。25㎜防弾鋼板など、20㎜機銃でも距離が近ければ貫通できる程度に柔な装甲だ。しかし、大半の砲弾には砲弾内部の炸薬を起爆させる信管がある。基本的には遅発信管、作動してからちょっと遅れて炸薬に点火する信管だ。
一次障壁を貫通、突破した砲弾はこの時すでに遅発信管が作動している。そして二次障壁に着弾する前に砲弾内部の炸薬に点火、爆発する。
実質的に艦娘本体には砲弾は命中しないのだ。しかし、爆発する砲弾の破片や衝撃波が消えてなくなるわけではない。
そこで破片と衝撃波を防ぐのが二次防壁というわけである。二次障壁が極めて重要であることがよく分かるだろう?
ちなみに深海棲艦はこの二次障壁を展開することができない。一次防壁が突破されれば終わりである。深海棲艦は艦娘に比べて沈めやすいのは二次障壁の有無に起因している。
駆逐棲姫や戦艦水鬼のような新種の深海棲艦が極めて高い防御力を持つようになってきたのは二次障壁がないことを一次障壁の強化で補おうとしているから、と深海棲艦の研究者達は考えている。
障壁は主に防御に使われるものだったが、最近では攻撃に転用できることが分かってきた。
ここに刀があるとする。いや、竹光、木刀でも、なんなら鉄パイプでも良い。それに障壁を纏わす。いや、障壁で覆うと表現した方がわかりやすいだろう。
さっき言い忘れたが、障壁はどんな形にでも変形させて展開することができる。飴細工のような細かい障壁を展開することができる艦娘もいる。もっとも見えないが。
話を戻す。刀身を覆った障壁が鋭い刃を持っているとイメージする。そう、どんな硬い物体でも切断できる鋭い刃である。そのイメージを持ったまま振りかぶる。
このようなプロセスを経ることができれば艦娘はあらゆるものを切れる。
ただ、「刀身を覆った障壁が鋭い刃を持っているとイメージする。これが極めて難しい。非常に難しい。
鉄が刀で切れるだろうか? 想像しよう。30㎝の厚さがある鉄板に刀を振りかぶった。どうなった? 刀が折れただろう。1㎜以下の鉄板なら刀でも切れるかもしれないが、それ以上は五右衛門の斬鉄剣でないと無理だ。
しかし、艦娘は刀身に障壁を纏わせば可能なのである。
「それが無限の鋭さを持ち、どんなに硬い物体でも切れると思え。そしてその思いを信じ切ったまま、振りかぶれ」
これは艦娘の近接戦を長年研究し、この刀身に障壁を纏わす方法を開発した天龍型軽巡「天龍」が他の艦娘に言った言葉である。
簡単そうに思えるかもしれないが、これは非常に難しい。常識を壊さねばならないのだ。これを取得し、使いこなせるようになった艦娘はあまり多くはない。
この方法ならば手刀はもちろんのこと、何もなしに切れる、いわゆる無刀斬りも理論上可能なはずだが、成功した艦娘はいない。手刀は天龍が試したのだが、うまくいかず、手の骨を折って以降、戦線離脱の問題から鎮守府の方から規則で禁止されている。』
基地の前で十数人の艦娘と整備員達に吹雪達は見つめられていた。
刀「瑞草」を腰に吊った吹雪。吹雪の目の前には細長い鉄パイプ。鉄パイプの両端は初雪と白雪が持っている。
吹雪は刀「瑞草」を抜き、振りかぶる。
鋭い刃をイメージする。何でも切れる刀。そんな感じに「瑞草」という刀をイメージする。
そして吹雪は息をゆっくり吐き、「瑞草」をまっすぐ振り下ろした。
「へし折ったような断面じゃない……ね。これはたまげたな」
ファラガットは切断された鉄パイプの断面を見て、驚きの声をもらす。「瑞草」によって斬られた鉄パイプの断面は綺麗な円状を維持しており、ノコギリで切ったような断面ではなかった。
「本当に切ったのか……」
吹雪が鉄パイプを刀で切る姿も見た。その切られた鉄パイプは皆に回され、今、自分の手にある。それでもいまいち信じがたい事実だ。
鉄パイプを切る方法なんていくらでもある。金鋸で切ることなんて子供でもできるし、工場では丸鋸で切ったりシャーリングで押切っている。しかし、刀で真っ二つなんて聞いたことがない。艦娘のパワーで力任せに刀を振れば切れるかもしれないが、それでは刀もただではすまない。常識から言えば、刀は曲がるなり折れるなりするはずなのに、吹雪の刀「瑞草」は曲がったり折れたりするどころか、刃こぼれすらしてないのだ。
「瑞草」はただのステンレス刀だ。ミスリルやアダマンタイトといった伝説の金属でできているわけではない。ただのステンレス。ただのクローム合金だ。
恐ろしい。その一言だ。ノーフォーク沖の夜戦のときはわからなかったが、今となってはそのすごさがよく分かる。
ファラガットは腰に吊った軍用斧、タクティカル・トマホークを触る。近接戦をするときには砲や機銃では間に合わないことがある、ということで艦娘用に採用された軍用斧だ。米陸軍で採用されているトマホークと同じ物で、柄が強化プラスチックでできている。
「あたしにもできる……?」
吹雪ができたのだから、自分もできる。そう、ファラガットは思いたいところなのだが、斧で鉄パイプや深海棲艦を切ったり倒せたりするとは思えなかった。
「へりゃーっ!」
アラスカは変な掛け声と共にサーベルを振った。鉄パイプは真っ二つになる。
「やったーっ! できたーっ!」
アラスカはジャンプして喜ぶ。さらには手に持つサーベルを振り回すので周りにいた艦娘が怖がって離れる。
2分くらい経って、ようやくアラスカは落ち着き、サーベルを鞘に戻した。吹雪が切った鉄パイプの断面を見て驚く。
「綺麗に切れてますね。最初からできるなんて」
「これくらいできないと秩父型にはね。勝てないから」
だから秩父型って何? そう、吹雪は内心思うが口には出さない。
「私は最初はうまくいきませんでした。何十回と練習してやっと、でした」
吹雪の剣の師は天龍である。アメリカに行く前に「剣くらいまともに扱えねぇと舐められるぞ」ということで白雪、深雪、初雪共々みっちり練習を受けたのだ。もっとも、その練習した期間はたった3日で鉄を切る、という術を取得できたのは吹雪と初雪だけだった。
「そういえば、なんでアラスカさんとルイビルさんだけ、サーベルなんです?」
吹雪は周りを見渡す。艦娘のほとんどがタクティカル・トマホークなのに対し、アラスカとルイビルだけはサーベルである。しかも真鍮で少しばかり装飾が施されている。
「旗艦は必ずサーベルを持たせられるんだってさ」
「儀礼的な意味でですか?」
「それもあるんだけど――――――ほら!」
ほら! という掛け声と共にアラスカはサーベルを抜き、セント・ローレンス湾に浮かぶアンティコスティ島を差した。吹雪もアンティコスティ島に顔を向ける。
「どういうことです?」
吹雪は意味が分からなかった。
「私はサーベルをどこに向けた?」
「アンティコスティ島ですけど……?」
「そういうこと。味方への指示をわかりやすくするためのサーベルなの」
? 吹雪はクエスチョンマークを頭に浮かべている様子だったので、アラスカは詳しく説明する。
旗艦というのは背中で僚艦に指示を伝えなければならない。あーだこーだと説明していては攻撃の機会を失うことにもなるし、戦場では声が聞こえない場合だってある。そこでサーベルといった長い棒状のものがあれば、方向指示棒として役に立つ。現にアラスカがサーベルでアンティコスティ島を差したとき、吹雪もアンティコスティ島に顔を向けたことから、それがよく分かるだろう。
米軍がベトナム戦争時にM16ライフルの短小モデルを開発して小隊長などに配備したり、太平洋戦争でいつまでたっても日本陸軍の将校が軍刀を手放さなかったのはこの理由である。
「もちろん威厳という意味はあるけど。その刀も本当は攻撃用ではなくて、方向指示用じゃないの?」
「そう……かもしれませんね」
伊勢や日向の戦闘の様子を思い出せば、接近戦はほぼしないのに、抜刀はよくしていた。つまり、そういうことなのだろう。しかし、使い手が変われば使い方も変わる。日向は戦艦で吹雪は駆逐艦だ。駆逐艦の戦いでは接近戦になりやすい。そうなれば「瑞草」も攻撃用としての価値も出てくるものだろう。
ファラガットは緊張しすぎて、少し息が荒い。
はたしてできるのだろうか?
硬度で言えば鉄パイプより刃物であるタクティカル・トマホークの方が硬いだろう。力任せに振れば間違いなく、切断はできる。だが、それは違うのだ。吹雪がやった切り方とはほど遠い。
あの吹雪との大きな差。それは経験だ。戦闘経験数も違えば、艦娘として生きている年数も違う。
大きな差があって当たり前。しかし、そんな差は埋めてしまいたい。そんなものなくていい。吹雪型のライバルとして生まれたファラガット級。金メッキ艦と呼ばれた屈辱はこの世界で払拭する。
ファラガットは深呼吸する。肺一杯に空気を吸い込み、ゆっくり、ゆっくり息を吐く。
吐き終えたファラガットはトマホークを構えた。構え方は色々あるが、ファラガットは両手でトマホークを持っていた。
イメージする。切れるイメージだ。そう、暖めたナイフでバターを切るように。
できるか、できないかじゃない。やるんだ。
ファラガットはトマホークを振り上げ、一気に振り下げた。
しかし――――――
本当にできるの?
軋み、折れる音。それは鉄パイプも発したが、タクティカル・トマホークの柄から発した。
「ああ……壊れちゃった」
強化プラスチックでできたトマホークの柄が折れて、分離していた。柄のプラスチックはガラス繊維で強化してあるのだが、艦娘の常人を超えたパワーに耐えられなかったのだ。刃の方は鉄パイプに食い込んだまま、止まっている。
艦娘の装備は基本的に官品である。なので壊してしまっても個人で保障しなければならないというわけではないが、新品の新品を壊してしまったので、事務方はあまり良い顔をしないだろう。
ファラガットは折れた柄と鉄パイプに食い込んだままのトマホークの刃を見る。
迷いが出た。だから切れなかった。そういうことだろう。
これまで吹雪にできることはファラガットも程度は低いにしろ、できていた。しかし、この鉄パイプを切るということは、ものが違う。
そのとき、その瞬間、いかに集中するか。それが如実に表れている。
このまま艦娘としての経験を積んでいけばできることなのだろうか? 吹雪型をいつか超えることはできるのだろうか?
ファラガットはアラスカと話をしている吹雪を見る。
彼女を越えられるだろうか?
『障壁はこのような使い方もあるのだが、ここで研究者達は疑問符を浮かべる。
艦娘が艦娘たりえるのは、自分が艦娘だと意識しているからではないか? と。
ある格言があるだろう。「クマバチは航空力学上、飛べるはずのない形をしているのに飛べている。それは彼らは飛べると信じているから飛べるのだ」というものだ。この格言はあくまで格言であり事実ではない。この格言が言われた当時は空気の粘性に関する法則が発見されておらず、その法則を含まない計算式で算出していたからだ。今では「クマバチは飛行可能」という結論がでている。
要は艦娘も「そのような防御力がある。海を走れる。強力な砲、機銃を扱える。そのように信じている」からこそ、艦娘はあのような力があるのではないか?
そんな疑問が研究者達の間では囁かれ始めている。
オカルト。今となってはうさんくさい言葉として使われるが、語源とするラテン語occultaでは「隠されたもの」を意味する。
艦娘は今まさに解き明かされようとしているoccultaではないだろうか?』
とあるオカルト雑誌より抜粋
深海棲艦が簡単に沈んで、艦娘が簡単に沈まない理由を「障壁の枚数」で理屈付けてみました。こうすると最近の深海棲艦の装甲値がインフレしているのも理由がつくかもしれません。あと艦娘が中破したとき、服だけ都合良く破れるのもこんな理由かもしれませんね。
艦娘の障壁が二枚ということは一種の空間装甲ということです。つまり成型炸薬弾(HEAT)はタンデム弾頭でない限り、艦娘にはほぼ無効です。しかし、障壁が1枚の深海棲艦にはかなり有効です。