雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第31話「アメリカの重雷装艦」その1

「フブキさん、フブキさん! 一緒にご飯食べましょう!」

 艦娘、職員、兵で混雑した食堂。ジャンプしながら、ひときわ大きな声で自分を呼んだ艦娘の名前を吹雪は思い出すことはできなかった。

 ノーフォーク攻略戦が終わって以来、艦娘の着任数は日が経つごとに増えている。今週はすでに5名が着任しており、この吹雪の名を呼んだ艦娘もその内の1人だ。まだ名前と顔が一致しない。

 ボブカットのプラチナブロンドの髪、真っ白なセーラー服に黒色のタイ。艦娘の中では比較的珍しいハーフパンツ。そして小さな体の割には大きな胸部装甲。

 駆逐艦、というところまでは思い出せたが、艦級と名前は思い出せなかった。

「ごめん、名前なんだっけ?」

「グリッドレイです。グリッドレイ級1番艦の!」

 ごめん、本当にごめん。ほっぺを膨らまして怒るグリッドレイに吹雪は平謝りした。さすがに名前を忘れるのは失礼だ。

「それでどうしたの? こんな着任したばっかりで日本駆逐艦の私なんかと一緒に食べたいなんて珍しいね」

 着任したばっかりのアメリカの艦娘は吹雪達を避ける傾向にある。演習や実戦などつきあいが増えていけば、そんなことはなくなるのだが、着任して数日しかたっていないグリッドレイが吹雪と一緒に食事をしたい、なんて言うのは非常に珍しいことだった。

「いや、日本駆逐艦だからです。ちょっと聞きたいことがあって」

「お役に立てるかは分からないけど……なに?」

 グリッドレイの目は輝いていた。その目は良い被写体を見つけたときの青葉の目に似ている。グリッドレイは一息ついた後にこう言った。

「酸素魚雷についてです!」

「酸素魚雷?」

 吹雪は聞き返してしまう。酸素魚雷について知らないわけではない。知っているも何も、数ヶ月前には普通に装備し、使っていた魚雷だ。型番で言えば九三式一型と三型がある。よほど田舎の基地でない限りは現在使用されているのは三型だ。

「はい、酸素魚雷です。日本の駆逐艦はみんな酸素魚雷を使っていたんでしょう! どんな感じだったんですか?」

「あ……えっとね……」

 これは勘違いしている。日本駆逐艦が酸素魚雷を最初から搭載したのは陽炎型以降であり、それ以前の朝潮型や特型、睦月型は同じ61㎝魚雷を搭載していると言っても、八年式や九〇式といった空気魚雷である。グリッドレイに限らずよくある勘違いなのではあるが、太平洋戦争の開戦時に酸素魚雷を搭載していたのは朝潮型以降の艦級のみ。後年になって搭載された艦は多いが、搭載されなかった駆逐艦も多い。

 このことをグリッドレイに伝えるべきだろうか。吹雪はグリッドレイの瞳を見て、ためらった。

 きらきらとした目。純粋に「日本すげー」と思っていることが伝わってくる瞳だ。

 自分はただの艦だったころに酸素魚雷を扱ったことはない。しかし、艦娘になってから何十本と実戦で放っているのだから、酸素魚雷について語っても問題はないだろう。

「酸素魚雷はね、知っていると思うけど、雷跡が見えにくい。これが一番の利点だよ」

 どんな時代、どんな場所であっても奇襲というのは大きな効果を発揮する。酸素魚雷の場合、発動機の排気ガスがほぼ二酸化炭素なため、海水に溶け込み、雷跡はほぼ見えなくなる。距離が近ければ溶け込む前の二酸化炭素が青白い雷跡が見えるが、それが見えるくらいの距離だと、避けることは難しい。

「空気じゃなくて、酸素を発動機に送り込んでいるから馬力もあって、弾頭重量は大きいし、速度も速い」

「いいことずくめですね、酸素魚雷は」

「専用の付属機器とか搭載しないといけないから、少し重心が上がってバランスが悪くなるけどね」

「じゅ、重心が上がりますか……」

 グリッドレイの笑顔が少しぎこちなくなった。吹雪はそのことに気づきはしたが、特に深く考えなかった。

「まあ、ほんのちょっとの重量しかないから大丈夫だよ。転覆なんてしないよ」

「そうですね。転覆なんてそうそうするものじゃありませんよね」

 グリッドレイはくすくす笑い、ロールパンを口に入れた。

 

 少し日本とアメリカの駆逐艦の話をしよう。

 日本の駆逐艦は他国の駆逐艦に比べ、酸素魚雷や魚雷次発装填装置などの水雷兵装が多く搭載されている。これは日本がワシントン海軍軍縮条約が締結される中で主力艦に代わる戦力を求めたからである。

 一方、アメリカ駆逐艦は対艦、対空に使える両用砲を搭載し、水雷艇駆逐艦ならぬ、航空機駆逐艦としての道を歩んでいる。これはワシントン条約で日本に比べ主力艦の保有量が多かったこともあるが、海軍上層部の一部が「これからは航空戦力が主力になるだろう」と予想していたからだ。

 この2つのコンセプトの内、どちらが太平洋戦争で有利に働いたかは言うまでもなくアメリカだ。しかし、特型駆逐艦の1番艦である吹雪が1926年に起工されたこと、両用砲が初めて搭載されたファラガット級一番艦ファラガットが1932年に起工されたこと、当時では航空機が戦闘航行中の戦艦を沈めることは不可能というのが常識だったことを踏まえると、どちらが正しかったのか、の判決を下すのは難しい。

 特型駆逐艦から始まる夕雲型までの艦隊型駆逐艦。ファラガット級から系譜の対空重視のアメリカ駆逐艦。どちらにせよ、それぞれの海軍が目指した戦術の中では間違いなく用兵側の要求を満たした駆逐艦であったことは間違いない。

 ただ、グリッドレイ級駆逐艦はファラガット級から続く米駆逐艦の系譜の中で最も異様な存在である。

 

 演習前の最終チェック。グリッドレイは背部艤装の4つのマジックアームを展開し、先端の533㎜4連装魚雷発射管を動かすのに支障がないかを確かめる。そして両手に持つ5インチ砲がきちんと仰角、俯角を取れるかを確かめる。

「グリッドレイ、ふらついているぞ。演習が楽しみなのか?」

「はい? こんなものでしょう」

 グリッドレイが他の駆逐艦娘に比べて体が左右に揺れていることを旗艦であるトレントンが指摘したのだが、グリッドレイにとってはなにもおかしなことではない、いつものことだと答えた。

「艦娘一人一人で違うのでしょう」

「そんなもんかな?」

 トレントンはいまいち腑に落ちなかったが、自身も艦娘になってそれほど時間が経っているわけではない。それにこれは実戦ではなく、演習だ。グリッドレイのふらつきが問題になるというのなら直さなければならないが、問題ないのなら別にかまうことではない。

「まあ、いいや。その16門の魚雷発射管。期待してるよ」

「はい、ご期待に添ってみせます!」

 グリッドレイは掲げるように4つのマジックアームに繋がった魚雷発射管を展開した。その動作で重心が高くなったのか、たまたま少し高い波が来たせいか、グリッドレイは足を波にさらわれて海面に尻餅をついた。

 

「何やっていんの……? あれ」

 松葉杖をついた初雪と艤装整備員の東海は遠巻きにファラガットとグリッドレイの様子を見ていた。

「あああああ! むしゃくしゃするぅ!」

「ファラガット、やめてよぅ! はぅう」

 ファラガットがグリッドレイの駆逐艦娘としては大きい胸を揉みしだいているのである。もちろんのこと、グリッドレイは嫌がっている。

「演習の最後の最後で沈没判定取られたからだとか」

「どっちが?」

「ファラガットの方。でもあとでグリッドレイも沈没判定もらったはずだけど。トレントンの艦隊が負けたんだから」

 演習は戦艦ネバダ、オクラホマを中心とする砲撃艦隊とトレントン率いる水雷戦隊の戦いだった。結果としてはトレントンの艦隊が敗北した。

 ネバダとオクラホマがレーダー射撃による精密なアウトレンジ攻撃でトレントンの艦隊を乱れさせ、そこにファラガット達、護衛の駆逐艦隊が襲撃をかけたのだ。トレントン達はほとんど為す術もなく、ぼこぼこにされた。

「それでどうファラガットは沈没判定を?」

「魚雷の集中攻撃を食らったんだと」

 グリッドレイは魚雷による攻撃チャンスをうかがっており、あまり前に出なかったことでファラガット達が突入してくるまで1発の被弾もなかった。しかし、そのときにはすでにトレントンの艦隊6名の4名が沈没判定を受けており、はっきり言って全滅状態だった。

 そして残っていた僚艦もファラガット達の砲撃で沈没判定をもらい、グリッドレイ一人になってしまった。1隻になってしまっては効率の良い雷撃なんてできるはずもなく、グリッドレイは先頭を走っていたファラガットに狙いを定め、16本の魚雷すべてをファラガット一人に向けて放ったのだ。

 ファラガットとて油断していたわけではない。すぐに避けれるように艦列には気を配っていたし、魚雷が来ていないかも注意していた。しかし、網をつくるかのように接近してきた魚雷をファラガットは避けきれなかった。

「あとちょっとでパーフェクトゲームだったのにぃ!」

「私のせいじゃないよう! はぁう」

「16本? 駆逐艦が? 自発装填装置は?」

「魚雷発射管のみだよ。陽炎型とか初春型みたいな自発装填装置なんてない。背部艤装に4つ、アームで発射管がくっついてんの」

 初雪は驚きを隠せなかった。16本の魚雷とその発射管。これはとんでもない話だ。特型駆逐艦は3連装発射管3基で9本。陽炎型が4連装発射管2基で8本、自発装填装置の魚雷も含めれば16本。島風型で5連装発射管3基15本である。瞬間的に発射可能な魚雷本数だけで言えば4連装発射管4基16本のグリッドレイが日本の駆逐艦すべてを上回っている。

 艦娘として転生した今となっては日本艦娘の魚雷発射管はさらに減少している。通常なら8本、搭載可能箇所を目一杯使って16本が限度。それに対してグリッドレイは両腕の5インチ砲を手持ち式の魚雷発射管に変えれば8門増えて24門という大井、北上の発射管数25門とほぼ同じになる。

「それは……すごい」

 お前のような駆逐艦がいるか、そう叫びたくなる。

「本当にね。うん、いろいろすごい。さてそろそろやめさせてこよう」

 いろいろ? 初雪は東海の言葉に武装がすごい、という意味合いの他、別の意味合いでも言ったように聞こえたが、それを追求する前に東海はグリッドレイとファラガットの方に歩いて行った。

 むきゃー、もきゃー、わーやめろー。グリッドレイからファラガットを引きはがそうとする東海の様子をぼんやりと初雪が見ていると、後ろの方から初雪を呼ぶ声があった。

「もう帰ってきてたんだ」

 トレントンだった。シャワーあがりのようで髪は湿っており、首には黄色のタオルをかけている。

「はい、まだ足は……こうですけど」

 初雪はトレントンに見えるようにギプスを付けたままの左足をあげる。

「いつ取れるの?」

「あと二週間くらい?」

「お大事にね。ああ、そういえばトウカイは? さっきまで一緒にいたでしょう?」

「あっち」

 初雪は自由な左手でグリッドレイがいる方を指さす。東海が間に入ってファラガットを謝らさせている。

「ふーん。1つ聞きたいことがあるんだけどさ。海上にいるとき、左右に大きく揺れている艦娘って日本海軍にもいた?」

「揺れる?」

「ほら、こう」

 トレントンはグリッドレイがそうだったように横方向に揺れてみせる。

「それならトップヘビーな艦娘……艦だった頃にトップヘビーだったらそんなふうに揺れる」

 特型や初春型は建造された当初、まるで学芸会などで子供が歌を歌う時みたいに左右に揺れていた。過重量の武装を積んだときには荒れた海では全く航行できないくらいに揺れ、遭難、転覆、沈没の危険があるからといって台風が近づいているときなどは出撃禁止にされたこともある。今でこそ、改二や改修で問題ないレベルまでに落ち着いたが、いまでも重武装をすれば凌波性能は低下する。

「じゃあ、グリッドレイもそうなね」

「まあ、そうなんじゃない」

 駆逐艦サイズに16本の魚雷とその発射管。ファラガット級が排水量1365tで、グリッドレイもそのままと考えるとグリッドレイは初春型以上にトップヘビーである。初春型は1400t(改修後は1700t)で3連装発射管3基(改修後は2基)である。正直、あの友鶴事件の千鳥型水雷艇以上にトップヘビーなのではあるまいか。

「まあ、問題になれば今後改善されるでしょ」

 

 次の日の朝、基地のヘリポートにタンデムローターが特徴的なCH-46シーナイトがバタバタというヘリコプターの風切り音と共に降りてきた。

 これらのヘリコプターは艦娘の装備や補充部品を運んできたのだ。動力部分の艤装だけは重量があるのでトラックなどの陸上輸送や海上輸送に頼るしかないが、数㎏、十数㎏ほどしかない装備、補充部品はヘリコプターや輸送機で運ばれる。

 機体後部のハッチが開かれ、艦娘の整備部品や補充部品が降ろされる。それを艤装整備員達が物品受取票にチェックしていく。

「おい、これは何だ? 余計なものが入っているぞ」

 補給に要請したもの以外のものが積み荷の中にはあった。その積み荷のケースは鋼鉄性で頑丈に作られていた。整備員はそのケースの伝票を確認する。

「Mk.25魚雷?」

「ああ、それは急に頼まれたものです。なんでも新型の魚雷だとか」

 ヘリコプター側の搭乗員が走って説明しに来た。ヘルメットは降ろす作業に邪魔だったのか、被ってはいない。

「新型? なんだ、短魚雷か?」

「いや、駆逐艦娘用の長魚雷で日本側の技術を盛り込んだものだそうです。引き渡してきた研究者連中は酸素魚雷とか言っていました」

 




 短魚雷は対潜水艦用の魚雷。長魚雷は従来通り、対艦用の魚雷。短魚雷は対艦用兵器としては珍しく弾頭に成型炸薬弾を備えているものが多かったりする。

 まだその2に続くよ。

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