雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第30話「損害」

 「ラップウイング」は護衛の艦娘と引きはがされ、丸裸。そして突如と現れたイ級後期型flagship2体。

 ウェストバージニアとモンテレーはリ級1体と。ファラガットとアトランタ、アラスカはリ級1体、イ級2体と交戦中。後退しようにも後退できない。

 この戦場は偵察艦隊旗艦のリ級の手のひらの中にあった――――――といってもこぼれ落ちる存在はいるものだ。

「やらせはしないよ!」

 潜水艦ポンポンだった。イ級2体の背後に急速浮上して腕の魚雷発射管と4インチ砲を「ラップウイング」を攻撃しようとしているイ級に向けた。

 ポンポンが潜行しているイ級を発見したのはちょうど敵攻撃機がモンテレー艦載機の防空ラインで迎撃を受けていたころだ。最初は何かよく分からず、接近して確かめようとしたのだが、やけに速い。約11ノットでその何かは航行しており、水中では9ノットしか出せないポンポンは「ラップウイング」に通報する暇すらなかった。海面に出て通報していたら見失っていた可能性が高い。追いつき、イ級だと分かったときはすでに「ラップウイング」の船底を通り抜け、右側に出ていた。

 「ラップウイング」とイ級の距離は900m弱。通常の砲撃戦ならば零距離といわれる距離であり、魚雷もこの距離で放てば回避行動など意味がない、一瞬で届く距離だった。

 すぐにやらなければ! ポンポンは魚雷と4インチ砲を放った。

 

 いきなり立ち上った水柱に「ラップウイング」の乗員達は困惑したが、あれはポンポンの攻撃だ、という無線が入り、立ち直った。

 一方、イ級の方はポンポンの急襲に慌てふためき、魚雷こそ回避したが、4インチ砲弾を何発か食らってしまう。「ラップウイング」からポンポンへ、意識が完全に移っていた。

「目標トラックナンバー1041、1042。各砲座射撃開始せよ!」

 隙は逃さない。砲雷長の命令はすぐに右舷と艦尾のボフォース40㎜/70 4連装機銃3基、整備場内のMk.38 25㎜単装機銃2基の操作員、Mk.17 25㎜CIWSの操作員に伝わった。

 無数の砲弾が放たれる。さきほどの対空射撃の時とは違い、砲弾は的確に目標のイ級を捉えていた。少し遅れてMk.45 5インチ速射砲2基が右舷に向いて砲撃を開始する。

 しかし、127㎜砲弾はともかく40㎜弾や25㎜砲弾ではイ級後期型flagshipの障壁や体表を貫通できないのではないか? 現にファラガット達のボフォース40㎜やエリコン20㎜は弾かれているではないか。そう思われるかもしれない。だが、「ラップウイング」が搭載しているボフォース40㎜機関砲やCIWS、25㎜機関砲は艦娘のものとは大きく違う。

 これらの使用弾薬はファラガット達艦娘が使用している榴弾などとは違い、装甲貫通に特化したAPDSなのだ。

 APDSの和名は装弾筒付き徹甲弾。タングステン合金などの重金属の弾芯と軽金属の装弾筒で構成され、全体の質量を軽くする事で1000m/s近くの高初速を得ることができる。かのドイツのVI号戦車ティーガーの主砲56口径8.8㎝ KwK36 L/56の砲弾初速が800m/sだから、1000m/sというのがいかに速いかは分かるだろう。具体的に貫通できる装甲圧で比べれば距離2000mで56口径8.8㎝ KwK36 L/56が88㎜、ボフォース40㎜/70機関砲で120㎜。圧倒的な差だ。

 イ級後期型flagshipの障壁はまるでバターを暖めたナイフで切るがごとく、簡単に貫通できた。穴が次々と穿たれていくイ級。しかし、まだ沈まない。魚雷と砲で反撃してくる。

『魚雷放たれた!』

「取り舵一杯。アジマススラスター90°」

 アジマススラスターとはスクリュープロペラの向きを変えられる機構のことである。「ラップウイング」のスクリュープロペラの基部が旋回し、舵を切るだけでは到底あり得ない急旋回を始める。

 避けられるか? 艦長の顔に汗が流れる。いかんせん900m程度しか距離がないのだ。50ノットの魚雷だとすれば25秒しかない。

 その25秒の間にもイ級は死にものぐるいで砲撃してくる。「ラップウイング」にはイ級の放つ砲弾が次々と命中し、被害を増やしていく。側舷には無数の穴が開き、爆発が艦内を引っかき回していく。4200発/分もの速度で射撃していた25㎜CIWSに砲弾が命中し、根元から吹き飛ぶ。火災が所々で発生する。艦娘用射出カタパルトも旋回機構部に砲弾が命中して脱落する。

 イ級2体は大小合わせて数百発の砲弾を浴びてようやく力尽きた。しかし、魚雷は海中を進み続ける。

 当たらないでくれ。そんな願いは届かなかった。

 艦首部分に魚雷が2本命中した。

 爆発と鉄の裂ける轟音。水柱と共に「ラップウイング」の艦首が持ち上げられる。急旋回中だったこともあり、強烈な抵抗を受ける艦首は亀裂が入り、船体から切断された。

 

 2隻は良くやってくれた。

 魚雷命中の水柱を見て、リ級は「ラップウイング」を攻撃したイ級2体を褒め称えた。あれだけの損害を与えることができれば、ノーフォークの救援は来るのは間違いない。だが、沈めるだけの損害は与えれてない。

 とどめをさしてやる。

 リ級は中破になりながらも立ちはだかるウェストバージニア、後退したモンテレーを無視し、「ラップウイング」に接近した。

 「ラップウイング」の左舷機銃座などはほとんど損傷を負っておらず、一斉に火を噴いた。

 甘い甘い甘い!

 リ級は障壁を斜めに展開して40㎜、25㎜APDS、127㎜徹甲榴弾をはじき返す。まともに展開したら貫通されかねないが、斜めにすることで跳弾しやすくなる。

 障壁を展開しながらも魚雷の発射態勢に移る。腕の口がぱかりと開き、魚雷を覗かせる。すでに「ラップウイング」は速力が低下しきっており、まともに回避行動を取れる状態ではなかった。

 さあ、終わりだ。

 魚雷を発射しようとした、そのときだった。空から飛んできた物体が炸裂、障壁を貫通し、とてつもなく熱い炎がリ級の右腕を肩先から吹き飛ばした。

 血は流れ出ない。傷口は焼けて炭になっている。リ級は猛烈な痛みを堪えながらも飛んできたものの正体を探るため、空を見た。

 プロペラがない三角形の飛行機だった。

 

『こちら、米空軍第45戦闘航空団のコメット隊。貴艦を援護する』

 リ級を攻撃したのは米空軍の新型攻撃機A-16ストライクファルコンの飛行中隊だった。A-16はかつてF-16XLが米空軍に制式採用された機体である。

 A-16の姿はYF-16とは大きく違う。全長は少しばかり延長され、翼がクランクト・アロー・デルタ翼という緩やかにカーブを描いた三角翼の一種になっているのが最大の特徴である。

 コメット隊が「ライフル」というミサイル発射コールと共にAGM-65Dマーベリックが放たれる。D型は赤外線画像誘導式であり、命中率は誘導するコ・パイロットに左右される。そのため、リ級が回避行動に専念すれば当てることは非常に難しくなるが、1発でも当たれば57㎏もの成型炸薬弾が生み出すメタルジェットが体を貫く。

 そのことが1発の命中でよく分かったのか、リ級は「ラップウイング」を再び攻撃することはなく逃げていく。

 コメット隊は追撃するが、放ったマーベリックのほとんどが避けられ、残弾が少なくなると「ラップウイング」上空に戻ってきて、ぐるぐると旋回し始めた。

 

 コメット隊に続き、ノーフォーク駐在の艦娘達とその艦載機が少し遅れてやってくると、ファラガット達が交戦していた深海棲艦も後退した。空と海、両面から増援。これを耐えるのは無理と判断したのだろう。

 ファラガット達は逃げる深海棲艦に追い打ちはしなかった。「ラップウイング」の護衛が第一であるし、すでに弾薬も欠乏している。追撃しようにもできない状態だった。

 ファラガット達と増援の艦隊は「ラップウイング」の被害状況を見て驚いた。

 ルンガ沖海戦で大破した重巡ミネアポリスのように艦首はMk.45 5インチ砲から前がなくなっており、左舷は穴だらけ、白い消化剤だらけといったドック入り以外あり得ない大破の状態だった。

 極めつけには前進だとちぎれた艦首部分の隔壁が水圧で破れそうになるということで、後進でノーフォークを目指していた。さながら坊ノ岬沖海戦での涼月である。

「あたし達にできること、あるかな?」

 ファラガットがアトランタに尋ねた。こんな悲惨な姿を見せられればなにか、どうにかしたい、という気持ちがわき上がるのは当然だった。

 アトランタはファラガットの気持ちをくみ取りながらも、艦娘にはどうすることもできないので、護衛以外ない、と答えた。

 

 「ラップウイング」は大勢の艦娘とコメット隊に見守られながら、後進でノーフォークまでなんとかたどり着いた。

 さて、ドック入り――――――といきたいところだったが、すぐにはできなかった。

 ノーフォーク海軍造船所もニューポート・ニューズ造船所も復興中なのである。ドックの中では作業の機材と資材だらけであり、それらの撤去にはかなりの時間を要した。

 最終的に「ラップウイング」はノーフォーク海軍造船所のドックに入渠することになったのだが、ドックに入れたのは日が沈み始めたころだった。

 

 「ラップウイング」、艦娘6名と敵艦隊との海戦は後にバージニア半島沖海戦と呼ばれるようになる。

 イ級2体の撃沈に対して、「ラップウイング」大破、ウェストバージニア、モンテレーが中破、ファラガット、アラスカ小破の損害は釣り合いが取れないと批判を受けたが、敵艦隊の作戦が巧妙だったこと、「ラップウイング」が運用できる艦娘数が少なかったこともあり、仕方がない面が多いとされ、誰も責任を取らされることはなかった。

 この海戦の課題としては敵艦隊の早期発見とラップウイング級の装備と運用が挙げられた。

 敵艦隊の早期発見は言うまでもない。艦娘のレーダーよりも長距離で敵艦隊を察知できれば、潜行する前のイ級も察知でき、「ラップウイング」が大破することはなかったかもしれない。

 ラップウイング級の装備についてはもっと火力のある砲を搭載すべき、という声とより効果的な対空砲弾の開発が挙げられた。

 Mk.45 5インチ砲に関してはイ級などの駆逐艦級に対してはともかく、重巡級のリ級に対して完全に火力不足であった。これに関しては専用のAPDSやAPFSDSの開発、もしくはラップウイング級を総括する巡洋艦に搭載予定の砲に換装するという方針でまとまったが、効果的な対空砲弾については何もまとまらなかった。

 運用に関してはラップウイング級1隻だけで航行させることは絶対にせず、最低3隻の艦隊で運用し、対潜能力がある艦娘を最低5名を護衛につけるという形にまとまった。

 

 23の遺体袋は一時的にドックの岸に並べられた。

 「ラップウイング」245名のうち、死者は23名、負傷者は69名だった。2隻のイ級と正面切っての砲撃戦をした割りには少ない数だろう。

 あたし達がさっさと敵を倒していたら、こうはならなかったのだろうか。

 ファラガットは死体袋の列を見ながら、そんなことを考えていた。

 もし、あのリ級とイ級2体を早急に排除し、「ラップウイング」の近くに戻れていたのなら、敵の空襲でラップウイングが被雷し、速力の低下を招くことはなかったかもしれない。速力が低下していなければ、潜行しているイ級が「ラップウイング」に接敵できなかったかもしれないし、もし接敵できたとしても、自分が近くにいれば、ソナーで探知して爆雷で攻撃することもできただろう。

 この人達は死ぬことがなかったのかもしれない。

 でも戦争に「if」はありえない。過ぎ去ってしまった時間はもう変えようがない。

「ふてくされた顔の次は落ち込んだ顔?」

 アラスカがファラガットの頭をわしゃわしゃと少し乱暴になでながら言った。

「やめてよ、アラスカ」

 まだファラガット達はシャワーも何も浴びていない。海水と潮風を浴びた髪は固まって一度乱れれば手櫛ではなかなか直せないので、ファラガットが嫌がるのは当然だった。

「ごめん」

「謝るくらいならやらないで」

「ファラガット、私は戦死者とか、そんなに見てないから思うんだけどさ、戦えば人は死ぬのかな?」

「はい? なに?」

 ファラガットはつい聞き返してしまった。

「いやさ、ファラガットは第二次大戦が始まる前から米海軍にいて、パールハーバーの奇襲も経験して、オキナワの戦いではピケット艦にもなって戦争が終わるまで戦ってたんでしょう。ファラガットは……この人達、戦死者についてどう思う?」

 アラスカらしくない。ファラガットはそう思ったが、それは言わなかった。

「戦死者が出るのは仕方がないことでしょ。戦争で、戦場なんだもの」

 もちろん、もっと自分達がうまくやれば救えた命かもしれない。だけど戦争というものは人の命が消えていくものだ。そういうものなのだ。

「私は1945年の1月から前線に出たから、戦闘経験も少ないし、死傷者なんて火傷した水兵が1人いるだけ。何機かの敵機を落としたし、朝鮮戦争では陸に砲撃もしたりした。私は何十人、何百人も殺しているかもしれない。でも人間が死ぬ、なんて実感は今でもないのよ。でも、今こうして死体袋は並んでる」

 ファラガットは黙って聞いていた。

「私達は護衛とか戦闘とか、そういう艦娘としてのこと以外にできるといったら、やっぱりみんなに好きになってもらうことかしらね」

「……はい?」

 言ったことのつながりがよくわからない。どういうことだ? ファラガットは眉間にしわを寄せた。

「いや、だからみんなに好きになってもらうのよ。死ぬときも、ああこんな艦娘のそばに入れて良かった……みたいな。せっかくこんな可愛くて美人な姿の女の子になったのよ。活用しないと意味ないじゃない」

 ファラガットの表情から気持ちを読み取ったのか、アラスカは説明した。

 男というのは綺麗な女性を見るとすぐ幸せになってしまう。散っていくしかない短い命ならば、少しでも幸せを味合わせてあげたい。そんなことをアラスカは言った。

 言わんとすることは何となく分かったが、ファラガットはあきれていた。アラスカらしくない、しんみりした話をしているのかと思えば、着地点はいつものうぬぼれアラスカと変わらない。真剣に聞いたことをファラガットは少し後悔した。

「じゃあ、昨日の朝、ふてくされた顔していたら水兵にかわいがってもらえない、とか言っていたのはそういうことなの?」

「それに近いかな」

 いったい、そんな考えがどこから浮かぶのだか。ファラガットはあきれて空を仰いだ。

 夕日に照らされる造船所と「ラップウイング」、そして戦死者と生き残ったもの達。カモメの泣き声と波の音が造船所に響く。

 

 西インド諸島に帰投したリ級達偵察艦隊はすぐに装甲空母姫に報告した。

 敵の航空戦力は武装の命中率こそ悪いが、その破壊力は強力であり油断はできないこと。艦娘は相変わらず強力であり、通常艦船を母艦の役割をしていたことから、人間側には遠隔地の奪還を企んでいるであろうこと。

 そしてノーフォークの奪還は可能と考えられるが、大損害は覚悟しなければならないことを装甲空母姫に進言した。

 装甲空母姫はその報告と進言、片腕を失ったリ級を見て、西インド諸島の放棄、アイスランド泊地との合流を決断した。




 5話も続いた「ラップウイング」とファラガット達のお話、次の作戦への伏線を張ってお終いです。
 2話くらいで終わらす予定だったのに、4話も続けるという事態に……。最初のプロットでは日常回に戦闘ちょこっと入れるだけのつもりだったのにどんどん過激な方向に……。全部VガンダムのBGMを聴きながら書いたのが悪いんや……。「ラップウイング」次の作戦に参加できないじゃん……。

 次回は、アメリカで建造された重雷装艦の艦娘のお話。重雷装艦といっても艦種ではなく、魚雷を一杯積んだ艦という意味の重雷装艦です。日本の魚雷技術、アメリカの重雷装艦。後は分かるね。

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