雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第23話「空に向かって撃て!」

 フロリダのNASA宇宙開発センターのブレバード郡メリット島北部海岸にはハープ砲3基があり、北の空に砲口を向けていた。最も北のハープ砲がA砲、南に行くに従って、B砲、C砲と続く。

 艦娘達はメリット島の東の海上で待機していた。

「なんて大きさ……」

 吹雪はハープ砲の大きさに圧倒される。

 57.5㎝という口径もさることながら、100口径長という砲身はすさまじさどころか、恐ろしささえ感じさせる。

 大砲の名前などに付いてくる○○口径というのは砲身長のことを表す。M60パットンやセンチュリオンに搭載されている主砲、ロイヤル・オードナンス L7 51口径105㎜ライフル砲を例に挙げよう。

 まず、105㎜というのが砲弾の大きさ、つまり口径である。そして51口径というのが、105㎜×51の長さがある、ということだ。つまり、L7ライフル砲の砲身長は5355㎜、5.355mあるということになる。

 ちなみにこれはあくまで砲身長であって、全長でないことは注意する必要がある。

 そしてハープ砲は57.5㎝100口径滑腔砲。砲身長は57.5㎝×100で57500㎝、実に57.5mという長さになるのだ。

 大和の主砲、46㎝45口径ライフル砲は46㎝×45で、20.7mである。ハープ砲は大和の主砲の2.5倍程度の長さがあるのだ。ハープ砲自体、22インチ50口径砲を2つ繋げた代物なので、その程度の違いがあるのは当然と言えば当然なのだが。

 とにかく巨大なのである。その長さと口径を持って、宇宙へ人工衛星を打ち上げているのだから、さらに驚きだ。

「たしか、大砲の砲弾に乗って月に行く小説があったよね」

 ファラガットが砲身角度を微調整するハープ砲を見上げながら言う。吹雪達の背部艤装マストに取り付けられているSCレーダーはクルクル回って敵の影を探し求めているが、2人のレーダーには、泊地水鬼の影は映っていない。ハープ砲は地上設置されたSCレーダーよりも遥かに高性能なレーダーや大気・気象観測機WU-2からの情報をもらって泊地水鬼への砲撃体制を整えている。

「H・G・ウェルズ?」

「いや、ジュール・ヴェルヌだったかな」

「日本には地球が滅びて沈んだ戦艦改造した宇宙船で宇宙に行く漫画があったよ」

「ノアの方舟かなにか?」

「わかんない。あらすじをちょっと読んだだけだから」

 主題があるわけでもない、ただの雑談が続く。無線でラジオの中継を聞きたいところだが、いつ新しい命令が来るか分からないので、回線を繋ぐわけにはいかない。しばらくすると、ハープ砲にも見慣れてきて、暇になってきた。あくびが出てくる。

「初雪ちゃんへのお見舞い品、何がいいと思う?」

「食べ物とか、あーでもお菓子とか食べ物は日本の方がおいしいんだっけ?」

「うん。やっぱり暇をつぶせるものがいいのかな?」

「それだったらゲーム機とか。町のおもちゃ屋さんで見たよ、この前」

「値段は?」

「200ドル」

「結構高い……ん?」

 SCレーダーに反応があった。影は1つ。泊地水鬼だろう。反応があった方向を見ると青い空に小さな小さな白い点が見える。

 しかし、レーダーに映ったからといって艦娘が泊地水鬼にできることはひとつもない。そもそも艦娘の任務はハープ砲の護衛である。ハープ砲は戦艦の砲塔のように装甲で覆われているわけではない。爆弾が近くに落ちただけでも射撃に影響が出るだろう。

 

 宇宙開発センターのあちこちに設置されている放送用スピーカーが警告用サイレンを流し始めた。その音は大きく、センターどころか、海上の艦娘達にも聞こえる。

 サイレンはハープ砲発射のサインだ。ハープ砲周辺の屋外にいれば、発射の際の衝撃波で全身から血を出して死んでしまう。職員達は屋内や爆風避けの壕に入る。

「私達もっと離れた方がいいかな?」

「大丈夫で――――」

 大丈夫でしょ、と言い切る前にハープ砲3基の内、最も北側のハープ砲、A砲が最初に発射された。

 57.5㎝APCBCHE(仮帽付被帽徹甲榴弾)が57.5mもの長さの砲身から飛び出し、その後、火炎と煙が砲身から噴き出る。

 強烈な衝撃波は周辺の物体全てにぶち当たり、草木は傾き、海は円弧の波を描く。海上にいた艦娘は砂をぶっかけられたかのような圧力を感じる。

 57.5㎝APCBCHEは空気を切り裂きながら、猛烈な速度で泊地水鬼に迫っていく。

 泊地水鬼との距離、移動速度、風、温度、湿度、コリオリ力、重力加速度の変化、空気抵抗、装薬の燃焼速度、砲身と弾頭の膨張度、その他色々。

 対空レーダーやWU-2からの情報、各種の計測機器、高性能コンピューターで計算、導き出された照準。

 それを持ってしても、第一弾は命中せず、泊地水鬼の左をすっ飛んでいった。砲弾は群青の空どころか、宇宙にまで届き、衛星軌道に乗って地球をぐるぐる回り始める。

「砲弾、命中せず!」

「くそっ! 各職員、照準を再計算! 終了次第B砲に入力、発射!」

「A砲は砲弾の再装填急げ!」

 続いて、修正が行われた照準でB砲が発射した。

 今度は泊地水鬼の右を通過。外れだ。

 距離が遠ければ、誤差も大きくなる。コンピューターも小数点をある程度のところで切り捨てて計算するし、泊地水鬼も計算通りに動くわけでもなく、気流に影響を受けて、減速したり増速したりする。それも含めて計算は行われているが、戦艦の遠距離射撃のように確率に近いところはある。

 そしてC砲が発射された。

 今度はA砲、B砲の弾道情報を元に再修正された照準。今度はしっかりと、泊地水鬼を捉え、57.5㎝APCBCHEは泊地水鬼のど真ん中に命中した。

 ノーフォークのオシアナ海軍航空基地の土、泊地水鬼の網のように広がった組織を断ち切りながら、57.5㎝APCBCHEは泊地水鬼の深く、深く、ダウンフォール作戦の際に落とされたGBU-28よりも深く、泊地水鬼の中に潜り込み、遅発信管が作動。炸裂した。

 

 泊地水鬼はどくん、と胸の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような気持ちの悪い、そして強烈な痛みを感じた。

 これはあくまでフィードバック。泊地水鬼自身の体にはエネルギーの消費以外、何も起こっていない。しかし、人間は想像だけで死ぬこともできる。これは深海棲艦も同じだ。そのフィードバックは自身の傷と同じだ。

 近くを通り過ぎていった何か。止んだ敵の体当たり攻撃。

 泊地水鬼は下を見た。

 ちょうど再装填が終わったハープ砲A砲が発射された瞬間だった。

 また腹の中を掻き乱す様なすさまじい痛みが泊地水鬼を襲う。あまりの苦しさに泊地水鬼は膝をつく。

 そしてある気持ちが、熱い気持ちが、ドロドロした気持ちが、わき上がる。

 

 壊せ。

 

 あれを壊せ。私に害をなすものはすべて壊せ。

 

 

『泊地水鬼から航空機発進中。TF100、TF101は迎撃態勢を取れ』

 司令部からの命令。すでにTF100の空母艦娘からはある程度の数のF4Fが離陸し、高度6000mで待機している。泊地水鬼の高度が21000mである以上、降下してくる深海棲艦航空機はかなり位置エネルギーを持っている。空戦においては位置エネルギー、運動エネルギーが高い方が有利になる。

 そして相手はかなり性能差がある白玉型。烈風と同等の機体が相手だ。F4Fでは分が悪すぎる。それも鑑みるとF4Fは圧倒的不利だが、やるしかなかった。 

 F4Fは編隊を崩し、降下した深海棲艦航空機を迎え撃った。そしてF4Fが次々と落とされる。

 レコンキスタ作戦時は善戦していたではないか、と誰かのつぶやきが聞こえるが、あれは艦娘側が奇襲をかけやすい状況だったからだ。敵がどこにいるかも分からない、敵がどこから襲ってくるかも分からない状況を作り出し、攻撃するのであれば性能差を埋める、覆すのは容易な話だ。

 今回は双方奇襲ではなく、正々堂々の正面勝負。それでF4Fが烈風と同等の性能を持つ白玉型に勝てるわけがない。機銃性能、速度性能、降下性能、旋回性能、ありとあらゆるスペックが上であり、同等なのは頑丈さくらいのもの。F6Fヘルキャットならもっと食らいつけたかもしれないが、F4Fではどうしようもない。

 そして深海棲艦航空機の攻撃機がF4Fの防空ラインを抜けて降下してくる。

 これに増援のF4Fと爆装していないSBDドーントレスが迎え撃つ。

 相手は爆撃機、こちらは戦闘機。結果は一目瞭然……というわけにはいかないのが現実だ。

 くどいようだが、相手は白玉型なのである。虫型のeliteやflagshipとは比べものにならないのだ。爆撃機ですら虫型のelite並みの空戦能力があるのである。

 ヘッドオンでF4Fとドーントレスは何機かの深海棲艦航空機を撃墜したが、深海棲艦航空機は数機の損害にかまわず、F4Fとドーントレスを無視してハープ砲の方へ、直進した。

 F4Fとドーントレスは追いかけるが、追い付けない。相手の方が速い。

 それを見かねて、TF100の空母艦娘達はF4Fとドーントレスに退避命令を出した。

 攻撃機は対空砲火で撃墜するしかない。

 

 ハープ砲は泊地水鬼からの攻撃に備えて、周辺に煙幕散布装置をいくつも設置していたが、あまり意味がなかった。砲撃すれば衝撃波でハープ砲周辺の煙幕が吹き飛ばされてしまうし、砲煙の色は煙幕とは濃さが違うので、割と簡単に分かってしまう。

 しかし、砲撃をやめるわけにはいかない。すでに泊地水鬼はハープ砲から離れる進路に進んでいる。少しでも多くの砲弾を送り込まなければ撃墜は見込めない。これで撃墜できなければ泊地水鬼を撃墜する手段は潰える。

 吹雪達は砲を空に、ハープ砲に迫る敵機に向け、発砲した。

 放たれるいくつもの高角砲弾と機銃弾。

 正直言って、従来の艦娘の対空砲火というのは気休め程度のものだ。直接照準するものは勘が大きく関わっているし、高角砲弾の信管なんて時間信管である程度の計算に基づいて設定されるが、その計算機が旧式だったりすると全く意味のないところで作動したりする。

 ただ米海軍はあるものを開発、配備を完了させていた。

 近接信管とMk.37 砲射撃指揮装置の2つである。

 近接信管は砲弾が目標物に命中しなくとも、一定の近傍範囲内に達すれば起爆させられる信管のことをいい、いわゆるVT信管のこと。Mk.37 砲射撃指揮装置は簡単に言えば、敵への照準角度を決めてくれる電子計算機といったところだ。日本の高射装置なんか比べものにならないくらい、精度のある代物である。

 正確な照準と的確な時機での炸裂。これが組み合わされば、敵機を撃ち落とすのは簡単なことだ。

 撃ち上げられた高角砲弾は深海棲艦航空機の周辺で炸裂し、黒い花を咲かせる。深海棲艦航空機は破片や爆風にもみくちゃにされる。40機程度の深海棲艦航空機の内、半数の20機程度が一挙に撃墜される。

 Mk.37 砲射撃指揮装置により攻撃は以前よりも数段正確なものとなっており、深海棲艦航空機はこれ以上は自分のみが危ない、と判断して爆弾をかなり早めに投下した。

 目標から遠い位置で投弾すれば精度が落ちる。

 爆弾はハープ砲に1つも命中しなかったが、それでもハープ砲の照準への悪影響は出た。一部の機器には未だに真空管が使われており、爆弾の衝撃と振動で割れたりした。しかし、そのための予備の真空管は用意されていたので、すぐに交換される。

 ハープ砲は何事もなかったかのように泊地水鬼へ砲弾を送り続けた。

 

 

 泊地水鬼はハープ砲との砲撃戦を決意した。

 航空機はすでに残っていない。生産していたほとんどがあの体当たり攻撃によって撃破され、骸を晒している。離陸させた分が残っていた全機だった。

 さらにハープ砲の57.5㎝APCBCHEが命中し、泊地水鬼はフィードバックの激痛に苦しむ。泊地水鬼の息は荒く、激しい。唾液が口の端から垂れ下がる。氷点下60℃近い気温だというのに、全身から汗が流れる。

 ここで死ぬわけにはいかない。

 泊地水鬼は島の下部に格納していた砲台を周囲の土をどけて、さらけ出した。威力は14インチ砲クラスしかないが、装甲砲塔もないハープ砲を撃破するには十分な威力だった。

 

「泊地水鬼の下部で発光!」

 その報告がハープ砲を操っているNASAの司令室に届くのと、ハープ砲B砲の背後の山で2つ、手前の海岸で1つの爆発が起きるのは同時だった。

「今の何だ! 各班状況知らせ!」

「空軍機より報告! 『敵は砲撃を開始』。砲撃戦です!」

「照準用主レーダー破損!? 予備に切り替え!」

「C砲、砲身冷却器破損!」

「A砲で砲弾に押しつぶされた重傷者2名!」

「砲撃の手を休めるな!」

 司令室では報告と命令の怒号が交差する。

 A砲、C砲が一時的に発射不可能になった為、今までA、B、Cの順序で砲撃していたが、B砲が連続射撃することになった。

 連即射撃すればどうなるか、当然ながら砲身が過熱する。それは照準には問題はない。砲身と弾頭の膨張率はきちんと照準に反映される。

 ただNASAは大砲屋ではない。ハープ砲のような巨大砲を扱っているが、こんな連続射撃をしたことはないし、冷却装置だって急造品であり、高性能というわけでもない。炸薬の入っている砲弾を扱ったことなどこれが初めてだ。

 だから誰も気づかなかった。

 B砲が今日31発目の砲弾を発射したときだった。

 

 B砲の砲身が破裂した。

 

 腔発だ。

 腔発とは砲弾が砲身内で暴発する事故のことをいう。

 原因は砲身加熱だ。ハープ砲B砲の砲身内は猛烈な温度になっており、57.5㎝APCBCHEの炸薬が自然発火したのだ。

 B砲の砲身は尾栓から20m付近のところでぽっきり折れ、残りの砲身は重力に従って落下した。もうB砲は衛星打ち上げ砲として、長距離対空砲として機能することは永遠にない。

「A砲、C砲の修復と装填は!?」

「A砲装填完了、発射します」

 A砲が発射する。腔発することはなく、砲弾は飛んで、泊地水鬼に命中する。

 そしてお返しとばかりに泊地水鬼からの砲弾がA砲に飛んできた。今度は1発がA砲の基部に着弾した。

 泊地水鬼の砲弾は地表のコンクリートを砕き、A砲の装弾室まで至ってから爆発した。

 装弾室には次に発射する砲弾が用意されており、それに誘爆。さらに弾薬庫にも爆発は波及し、残っていた57.5㎝APCBCHE 27発、その装薬にも誘爆した。砲弾に潰された重傷者も怪我のなかった人間もみな肉片1つ残らず、吹き飛ばされた。

 爆発の炎はハープ砲の砲身長よりも長く伸び、キノコ雲は高度2000mまで上った。

 A砲は砲身を支えていた基部が完全に吹き飛び、ぐらりと地表に倒れた。

 

 泊地水鬼は仰向けになっていた。呼吸はさらに荒くなっている。

 体の芯が焼けた鉄のように熱い。頭の中は電気の粒が大量に飛び交っているかのようにチリチリチリチリする。汗は冷えて気持ち悪い。

 高度も下がっていた。21000mから20000m、19000m、18000m、17000m。どんどん下がっていく。

 13000mになってようやくそれに気づき、高度を11000mで降下を止めた。 

 もう一度高度を上げようとするが、体が痛くてそれどころでなかった。目の前の痛さを対処しようとして、傷の治癒にエネルギーを使ってしまう。

 あと1つ壊せば――――!

 残ったハープ砲C砲に砲撃をするが、とんでもない所に飛んでいき、海に大きな3本の水柱を上げた。高度が落ちていたことを照準に反映していなかったのだ。

 

「冷却装置修理完了! 砲撃再開できます!」

「撃て! ヤツよりも早く!」

 C砲が撃破されてしまえば、対抗手段はもうない。泊地水鬼の高度も下がっている。

 C砲が撃破されるか、腔発するか、それとも泊地水鬼が息絶えるか。

 それは、神のみぞ知る、だ。


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