ワシントンD.Cからアイオワ州のデモインに機能を移されたホワイトハウスのマップルーム。そこに大統領を初めとして国務長官、国防長官、そして各軍の司令長官が集まっていた。それぞれは円卓机に座っている。
「状況を説明してもらおう」
大統領は顔の前に手を組み、神妙な面持ちで言った。統合軍司令官であるミラン・グレプル元帥が資料を手に持って立ち上がった。
「先日発動したレコンキスタ作戦は実質的には成功に終わりました。東海岸側の深海棲艦を一掃に成功し、東海岸側全ての陸地を奪還いたしました。軍の被害も当初の予想を下回っておりますが、作戦においては当初破壊の禁止が厳命されていた各工場、造船所は深海棲艦の発生源と変化していたため、止む得ず破壊いたしました。これについては各方面に承諾を得ております。内訳はリストアップしておきましたので、後ほどご覧ください」
「ふむ。レコンキスタ作戦の遂行、ご苦労だった。しかし、ノーフォーク海軍造船所で産み落とされた深海棲艦と陸地ごと空に飛んでいった泊地水鬼。この2つはどうなっている」
レコンキスタ作戦自体の目的は東海岸から深海棲艦を掃討することである。その観点からすればレコンキスタ作戦は成功、いや大成功と言えるのは間違いない。しかし、大きな脅威も生み出してしまった。
「モニターをご覧ください」
グレプル元帥がモニターにリモコンを向け、ボタンを押した。画面には所々にメッシュのように金が入った長い黒髪の深海棲艦の写真が映される。背中には四角い箱状の艤装が2つ、両腿には4連装の円筒状の艤装、手には小口径の砲を持っている。
「これがコピーした現代兵器を装備していると思われる深海棲艦です」
グレプル元帥は説明を始める。
この深海棲艦はノーフォーク海軍造船所前でTF100、TF101により初めて確認された新種の深海棲艦で、米海軍の現行兵器をコピーしていると考えられている。本当にミサイル等が使えるかは不明であるが、発射器らしき艤装が認められ、5月4日のノーフォーク海軍造船所前の戦闘ではガトリングガン、5月7日には大西洋においてそれらしき長距離レーダーの使用が認められている。それを考えればミサイルなどは使用可能と考えるのが打倒だ。
深海棲艦が砲や魚雷といった旧式な武装だからこそ、米軍は今日まで戦ってこられたというのに、ミサイルなどの現代兵器が使われるとなれば艦娘でも対抗不可能である。
ハープーンやアスロック、シースパローといった対艦、対潜、対空ミサイルならまだ良いが、トマホークなどの対地ミサイルのコピーに成功しているとすれば軍に限らない、国民の生命を脅かす存在になる。
「現在、この深海棲艦はアイスランドの深海棲艦と合流した模様です。現状としては脅威ではありません。しかし、この深海棲艦以上に脅威なのが――――これです」
次に画面に映されたのは飛行場を持つ島だ。しかし、その島が浮かぶのは海ではなく、空という点で普通の島とは違っている。画面の下部には雲が浮かんでいた。
これが5月11日現在の泊地水鬼がいるオシアナ海軍航空基地である。
「これは……CGや合成の類いではないのだね?」
国務長官は眉唾、という表情で尋ねる。それなら私も嬉しいのですが、とグレプル元帥は答え、リモコンのボタンを押した。
島の写真から動画に移り変わり、再生される。
「この映像は5月8日、大西洋上高度21000mでU-2戦略偵察機が撮影したものです。あと10秒後に泊地水鬼が迎撃を開始します」
グレプル元帥がそう言ってからちょうど10秒後、画面の泊地水鬼がカメラの方向に向かって無数の機銃を放ってきた。曳光弾がカメラを掠める。続いて黒煙。高射砲だ。カメラの付近で砲弾が炸裂し、撮影しているカメラが大きく揺さぶられ、映像が途切れた。
「撮影していたU-2は撃墜されました。この時のU-2の速度はマッハ0.8。ほぼ最高速度です。そのU-2に泊地水鬼はかなり正確な射撃をしています。レコンキスタ作戦開始直後の泊地水鬼の射撃精度に比べるとこの映像の射撃精度は大きく向上しています。いまだミサイル等の攻撃は見られていませんが、この映像から数日後にはミサイルなどを使える様になると思われます」
「泊地水鬼の現在位置は?」
「本日の11時31分までは大西洋上を回遊していましたが、現在はノーフォークから3200㎞東におり、時速70㎞で本土に向かって西進しています。このまま西進を続けるとすれば、あと45時間で本土上空に到達します」
45時間。2日もない。もしミサイルを使える状態で本土に到達したとすれば、いや到達しなくても爆撃や陸上深海棲艦の降下があるかもしれない。それを応急性のある空挺部隊や現地の州軍だけで押さえきれるのか。難しいだろう。
「グレプル元帥、迎撃作戦はあるのだろうな?」
国防長官がグレプル元帥の目をしっかりと見つめて聞く。
「もちろんです。作戦の説明についてはイリンス空軍中将から」
「はい。作戦名はダウンフォール。戦略偵察機SR-71を使用した迎撃作戦を実行します」
なぜ攻撃機でもない、ただ速くて黒いだけの偵察機SR-71ブラックバードが使用されるのか。これは泊地水鬼の飛ぶ高度が21000mという高高度であり、普通の戦闘機や攻撃機は戦闘行動など不可能な高さだからだ。SR-71ならば爆弾やミサイルを積んでもエンジンパワーのごり押しで何とかなる。
「SR-71はただの偵察機だろう? 爆弾やミサイルは搭載できないはずでは?」
「そこは運用可能なように改造しています。地中貫通爆弾のGBU-28を1発だけ装備します」
大丈夫なのか? 部屋の中にそんな空気が漂う。
「私は従軍経験はあるとはいえ、軍事については素人だ。だからあまり口出しはしないが、確実に撃墜しろ。本土に到達させるな」
32機のSR-71ブラックバードが偏平な機体の腹にGBU-28をぶら下げて、高度23000mを精一杯飛行していた。
いくら推進力10tのP&W社製 J-58が2つ搭載されているといっても通常よりも機体重量が2.5tも重いのだ。燃料を規定の3分の1しか積まずに離陸し、空中給油で燃料を満タンにするということをしなければGBU-28を抱えて高度23000mまで上昇するなど、できはしない。SR-71の本来の性能ならば高度25000mよりも高く上がることができるが、これが精一杯だった。
『今回の作戦はアメリカ合衆国の命運がかかっている。各員、一層気を引き締めて作戦に当たれ!』
AWACSからの激励。このダウンフォール作戦。製造されたSR-71の32機全てが参加している。中にはモスボールから復帰した機体も含まれている。
『目標までの距離約1400㎞。全機、攻撃態勢に移行』
全機が単縦になり、一本の槍となって泊地水鬼に向かう。GBU-28を直線上に着弾させることにより島を割るのだ。ジェット排気が巻き起こす乱流が後ろに続く機体を揺さぶるが、各機は機体姿勢を何とか保つ。
うっすら点のように見えていた空に浮かぶ島はどんどん大きくなっていく。
『投下!』
先頭のSR-71がGBU-28を投下、後続機も投下していく。空に浮かぶ島はまだかなり離れた距離にあったが、マッハ3で飛行するSR-71から命中させるにはかなり手前で投下する必要があった。
32本のGBU-28は泊地水鬼が展開した障壁を貫通し、島に線を引くように着弾。地面深くまで侵入して爆発した。
「やったか!?」
SR-71のパイロット達は狭いコックピットの中、精一杯首を後ろに回した。しかし、パイロット達、作戦立案者達が望んでいた結果とは大きく違っていた。
割るどころか、特に何の変化もないのである。
「作戦は失敗! 繰り返す、作戦は失敗!」
泊地水鬼以外知るものはいないが、あの島全体に泊地水鬼の体組織が木の根のように広がっており、そうそう簡単には割れたり崩れたりすることはないのだ。
――――ダウンフォール作戦失敗 泊地水鬼、本土にさらに接近。
ダウンフォール作戦が実行された次の日の朝刊の見出しはどこもこんなものだった。
「高度21000か。あたし達にもどうしようもないね」
ファラガットは朝食後のコーヒーを渋い顔をして飲みながら、朝刊を机に置いて読んでいた。渋い顔をしているのはコーヒーが苦いからではない。
――――5月12日14時24分に泊地水鬼の撃墜作戦ダウンフォールが実行されたが、同日18時00分、米空軍は会見を開き、ウンフォール作戦の失敗を公表した。攻撃は泊地水鬼の飛行高度21000mに到達、戦闘行動が可能な偵察機SR-71ブラックバード32機によって実行され、攻撃に使用された地中貫通爆弾GBU-28バンカーバスターは全弾命中したものの泊地水鬼撃墜には至らなかった。
「ふむ」
「全部も食らってるのに落ちなかったの?」
向かい側の席に座っている吹雪がサンドイッチを食べながら言う。ファラガットは吹雪にも読みやすいように新聞を横にした。
――――会見ではダウンフォール作戦失敗の公表の他にも深海棲艦が対地ミサイル等の兵器をコピーしている可能性について触れ、泊地水鬼周辺2000㎞圏内は攻撃の危険性があるとの発表をした。次の迎撃作戦については発表されておらず、国民の不安は増大している。
「2000㎞圏内って……」
「ここも余裕で射程内」
ファラガット達が今いるのはオンタリア湖ショートモント基地。アメリカとカナダの国境線すぐ近くだが、現在の泊地水鬼から2000㎞の範囲に入っている。
「もうすぐミサイルが飛んでくるかもね」
「ファラガットちゃん、そういう冗談はやめてよ」
ファラガットは再び新聞に目を落とす。新聞の一面には空に浮かぶ泊地水鬼、といっても本体ではなく島だが、その写真がある。
飛行場1つ分を持つ大きさであれば、相当な質量のはずだ。どんな力が働いているのだか。浮かばすにしても相当なエネルギー量が必要なはずで、そのエネルギー源はいったい何か。
ファラガットはそんな疑問を持ったが、さっぱり分からない。
「ねえ、吹雪。吹雪は今まで基地型深海棲艦と戦ったことある?」
「あるよ。2回かな。ソロモン、いやサーモン海で飛行場姫、それとミッドウェイで中間棲姫」
「そいつらとの戦闘でこんなこと、あった?」
ファラガットは新聞に掲載された泊地水鬼の写真を指さす。
「ないよ、こんなこと。どうすればいいんだろう?」
吹雪は食べかけのサンドイッチを置いて、虚空を見つめた。
「地中貫通爆弾でも駄目。もっと数落とせばいいかもしれないけど……」
「爆弾より威力があるものといえば核だけど、この世界にはないし……やっぱり戦艦の砲?」
「高度21000mだよ。並みの砲じゃ届かないよ」
大和の46㎝主砲が仰角45°で高度12000mほどだ。さらに仰角を大きくすれば届くかもしれないが、仮に届いたとしても泊地水鬼の障壁を貫通した上で、内部深くまで侵入するだけの運動エネルギーが残るかは疑問だ。
ファラガットも虚空を見つめる。
高度21000mまで威力を持った上で届く砲、そんなものあるのだろうか?
「57.5㎝100口径滑腔砲だと?」
『そう、ハープ砲だ。フロリダのブレバード郡メリット島、NASAの宇宙開発センターに3基ある』
ディロンが電話で話しているのはアナポリス時代の友人ジョスラン・フォルだった。ジョスランはアナポリスにディロンと同期で入学し、卒業後になぜかNASAに入った人間である。NASAに行った後もディロンとの交遊は続いていたが、ここ数年途切れていた。しかし今日突然、電話をかけてきて、開口一番に『泊地水鬼を落とす方法はあるぞ』と言ってきたのだ。
「すまないが……ハープ砲って何だ? 耳にしたことはあるんだが……」
『人工衛星を打ち上げる砲だ! ミネソタ級戦艦に搭載予定だった22インチ砲を2つ繋げたヤツ!』
ああ。ディロンは思い出す。
今から40年ほど前の話である。アメリカ航空宇宙局NASAには「ハープ計画」というものがあった。
当時のロケット建造には多大なコストがかかり、平和が長く続いていたこともあってNASAは予算不足に喘いでいた。そこで安価に人工衛星を打ち上げる方法を模索する計画「ハープ計画」を立ち上げたのだ。
「ハープ計画」では様々な案があったが、最終的に「ハープ計画」はカナダ人の科学者ジェラルド・ブルによって提案された「巨大な大砲で人工衛星を打ち上げる」というものになった。
肝心の砲は当時建造中止になったミネソタ級戦艦の22インチ50口径砲を流用、砲内部の旋条を削り57.5㎝まで拡大、それを2門結合させた砲、通称「ハープ砲」が3門建造された。これら3門の砲は1970年代から2000年代までアメリカの150を超える人工衛星を発射、宇宙開発に大きく貢献している。
深海棲艦が出現してからは爆薬をあちこちに設置された上で放置されている。もし深海棲艦が利用しようと上陸した場合は破壊する予定だ。
「しかし、元戦艦の主砲といっても、ハープ砲は衛星を打ち上げる専門の砲だろう。徹甲弾や榴弾は設計図すら存在しないはずだ。滑腔砲にするためにライフリングも削ってあるんだから元の22インチ砲弾も使えないぞ」
『それが存在したんだ。衛星設計者達とハープ砲設計主任のお遊びで描かれた砲弾の設計図が。さっきそれを発見した。メモによると最大射程距離は260㎞。最大到達高度は20㎞。高度21000m程度の泊地水鬼なんて余裕で迎撃できる』
「それを使えと?」
『それ以外にあるか? ダウンフォール作戦が失敗した今、ハープ砲を使うしかないと思うが。局長は大統領に掛け合いに行ったし、職員は破壊用に取り付けられていた爆薬を外す作業に取りかかっている』
「じゃあ、なんで俺に電話かけるんだ?」
ディロンを通して軍上層部に掛け合うのならともかく、すでに大統領に掛け合っているのならばジョスランがディロンに電話をする必要はない。
『艦娘部隊をこっちによこせ。発射基地に高射砲やミサイルの類いは1門もないんだからな。まあ、あっても意味はないが』
電話越しでジョスランが笑う。本当はお前の声を聞きたかっただけだ。艦娘に手を出すんじゃないぞ。
「誰が出すか。俺は一応妻帯者だ。部隊の出撃準備は一応しておく。じゃあな」
ジョスランがディロンに電話をかけた時間から約半日後、軍は新しい泊地水鬼迎撃作戦の発表を行った。
作戦名は「スターゲイザー」。日本語に直せば「星を見つめる者」。それが次の泊地水鬼迎撃作戦の名前だった。
今回の補足解説。
SR-71のGBU-28バンカーバスターの装備はできないことはないでしょうが、かなり性能が低下すると思います。格納庫に入れるわけでもなく、機外にぶら下げるわけですからね。それと搭載する離陸前の搭載燃料を減らして本来のペイロード限界を超えた装備で離陸し、空中給油するということはよくあることです。
ハープ計画は史実にも存在します。アイオワ級のMark7 16インチ50口径砲を流用した人工衛星打ち上げ専門砲です。実際に宇宙に打ち上げる事に成功して、いくつかの人工衛星を打ち上げていますが、ロケットの建造コストが低下したので計画は1970年代に終了しました。残骸は今でも残っているようです。科学者ジェラルド・ブルは後々にどっかのスパイ組織に暗殺されています。
ミネソタ級戦艦というのは私の勝手な架空戦艦です。この世界では第二次大戦が起こっていないので大艦巨砲主義が1960年代頃まで続き、22インチ砲クラスまで進んでいます。コストもバカ高くなったので、これまた軍縮条約で建造中止になりました。完成すれば22インチ連装砲を4基備える巨大戦艦となります。パナマ運河? 拡張するに決まってるじゃん。
あとちょっとだ(第2章が)。