「爆弾落とす意味あるのかねぇ? こんなんでさ」
F-105サンダーチーフに乗っているオメガ11はコックピットから泊地水鬼のいるオシアナ海軍航空基地を見下ろした。かつて海沿いに綺麗に整えられた航空基地は今や爆弾穴だらけで航空基地というよりも荒野だった。
『保険だ、保険。深海棲艦が一瞬で飛行場を再建する可能性はあるんだ』
僚機が応答する。オシアナ海軍航空基地だけに限らない、ノーフォーク国際空港やラングレー空軍飛行場は連日のごとく、時によっては数時間に1回のペースで100t近くの爆弾が投下されていた。最初こそ深海棲艦が滑走路などを修復している様子が見て取れたが、そんなペースで爆撃しているので、修復はしなくなり、爆撃隊への対空砲火も減少し、今日に至っては高射砲弾の一発も撃ち上げてこない。
「だからといって、国民の税金をどぶに捨てるような気がして、ちょっと申し訳なくてな」
『お前が何言っている、オメガ11! YF-16を2機もオシャカにしやがって! あれ1機がいくらすると思っている! そのせいでお前は今、F-105に乗って――――』
『オメガ隊、私語は慎め』
AWACSからの通信。使用できる電波帯というのは無限ではなく、限りがある。今回のレコンキスタ作戦では深海棲艦が使用する電波帯が複数あるため、通常の作戦以上に電波帯の制限が出ている。それを作戦上必要ではない私語で塗りつぶすのはあまりよろしくはない。
AWACSによって話が途切れたが、オメガ11がYF-16ではなく、F-105に乗っているのはついにYF-16の予備機もなくなってしまったからだ。YF-16はまだ制式採用もされていない工場から出たてのピカピカ新機体であり、数は少ない。一応予備機含めて14機が米空軍に納入されたのだが、1機は着陸事故で消失し、オメガ11が2機を落としてしまっていた。オメガ11が乗るYF-16はない、ということで前まで乗っていたF-105に乗っているのだ。
『しかし、ただの爆撃任務ならF-105の方がいいな。確か推力重量比はF-105の方が上だろ』
『YF-16の派生の……型式なんだっけ? YF-16自体がその派生だっけか?』
『F-16XL。どんな外見なのかね?』
「クランクト・アロー・デルタ翼だよ。ドラケンとかコンコルドみたいな翼のヤツ。あれも乗ってみたいなぁ」
『オメガ11、それも落とすつもりか~?』
『オメガ隊、私語は慎め!』
ディロンは参謀長のニームス・シュビムズや艦娘のサラトガ、メリーランド、吹雪などと次の戦闘について話し合っていた。
レコンキスタ作戦もついに大詰めだ。バージニア半島の最端部にあったラングレー空軍飛行場や昨日焼き払ったニューポート・ニューズ造船所はろくな抵抗もなく、すでに陥落。残りはオシアナ海軍航空基地とノーフォーク国際空港がある海岸部だけである。
「今日の朝に到着したんだが、」
ディロンが封筒の封を破り、中から何枚もの写真をノーフォーク付近の地図が広げられた机とはまた別の机に広げた。艦娘と深海棲艦の戦闘を写した航空写真や空母艦娘が運用する航空機のガンカメラが捉えた深海棲艦の写真だった。
「今、日本海軍は中東からの石油シーレーンを回復させるためにカレー洋の制海権確保を狙った作戦を実行中とのことだ。で、この写真がアンズ環礁で交戦した深海棲艦の写真だ」
ディロンは写真の山からいくつかの写真を取り出し、地図の上に置いた。
写真には黒髪ストレートで白いワンピース姿、頭から伸びた冠状の白い角が特徴的な少女の姿が映っていた。少女の体には黒い滑走路らしきものや、砲身、砲塔が付いている。
「艦娘ですか?」
メリーランドが尋ねる。
「この子の周りに護衛要塞も飛んでますから、深海棲艦でしょう。
「いや、日本海軍は新しい命名をした。
「これと似てるな」
メリーランドが地図に押しピンで貼られている写真を指さした。オシアナ海軍航空基地の基地型深海棲艦の姿で、光の加減か何かで少しばかり色が違うがほぼ同種と言えるだろう。
「まあ、そういうことだ。そこで吹雪に聞きたいんだが」
「何をですか?」
「日本海軍はいままで基地型深海棲艦をどういう風に相手してきた?」
泊地棲姫、離島棲姫、飛行場姫、港湾棲姫、北方棲姫、北方棲姫、そして泊地水鬼。ディロンは数々の基地型深海棲艦を相手してきた日本海軍のノウハウを聞いておきたかった。
「基本的に空襲して、戦艦と重巡が三式弾を撃って、終わりです」
「それだけなのか?」
「場合によっては通常の航空機が空襲したり、空挺部隊が投入されたこともありましたけど、基本それだけです。はい」
「そうか、それだけなのか」
参謀のニームスとディロンがうなだれる。すでに陸軍は目前に迫っている状態で、制空権は完全に確保。沿岸部の敵砲台もほぼ沈黙しているので、艦娘の出入りもほぼ自由。脅威は泊地水鬼からの攻撃だけ、という作戦らしい作戦がたてれないような米軍側が一方的な戦況だった。
「まあ、できるだけ多くの戦力を投入しよう。戦艦や巡洋艦、駆逐艦は湾内に入って砲撃、空母は湾外から艦載機で空襲、という具合で行こう。これ以外ない」
正面からの力押し。現代戦においては相手の弱い部分を突き、一気に指揮系統を制圧する、というのが一般的ではあるのだが、相手は降伏を知らない深海棲艦である。力押ししかないのだ。
TF100とTF101の戦闘開始日時は5月6日14時00分となった。最高司令官であるミラン・グレプル元帥はもっと開始時間を早めるように言ってきたが、ディロンはこのように反論した。
「艦娘達の体は人間です。機械ではありません。艤装を付けているとはいえ、戦闘をする上に10時間以上海上を航行すれば相当に疲労します。万全を期すためにも1日だけはゆっくりと休む時間をください」
艦娘が出せる速度は最大でも37ノット。時速に直せば68.5㎞/hにすぎない。基本的には巡航速度で航行するので、もっと遅い。シンクレアーズ島前線基地からノーフォークまでは505㎞。途中までヘリコプターや高速艇を使用するが、かなりの時間は海の上だ。
バミューダ諸島強襲時に使った空挺補助装備を今回も使用すれば、ものの数時間でノーフォークに降下することはできるが、戦艦クラスが空挺降下するとなると、砲や対空装備をかなり下ろすことになる。
時間か、火力か、どちらか一方を取ることになる。
グレプル元帥は深海棲艦のコピー能力を気にしているらしく、あの現代装備をコピーしたと思われる重巡級深海棲艦の存在についても言及した。現代兵器をコピーする時間を与えず、一刻も早く泊地水鬼をたたきのめし、少ない被害で戦闘を終わらすのはレコンキスタ作戦のコンセプトである。
すでに米軍は泊地水鬼のいるオシアナ海軍航空基地の50㎞から40㎞の位置で戦闘を行っている。長距離砲ならぎりぎり届く距離だ。仮に泊地水鬼が戦艦クラスの砲を装備しているとすれば、40㎞以内は射程内になる。グレプル元帥は艦娘の方に泊地水鬼の方火力を向けさせたいのだ。歩兵、戦車VS艦砲より艦娘VS艦砲の方が分が良い。
ディロンは最終的に火力より、時間を取った。艦娘をノーフォークに空挺降下させ、泊地水鬼への砲撃を行う。戦艦や重巡洋艦の砲火力は幾分か落ちてしまうが、そこは陸軍の砲火力で補うことにしよう。
これで艦娘達は一晩はぐっすりと眠れるはずだ。
深雪が目覚めたと聞いて、吹雪と白雪はすぐに医務室に駆けつけのだが、扉を開けて見た深雪の姿は元気に食事をしている姿だった。
目覚めてすぐにそばにいた軍医に放った言葉は「お腹減った」であり、後遺症も特にはなく、元気だった。
「初雪は病院か。次の戦闘には無理だな」
パック牛乳にストローを刺しながら、深雪は言う。自分の迷いがなければ、自分も気絶しなかったかもしれないし、初雪に大怪我をさせることもなかったかもしれない。うむむ、と唸りながら、深雪は牛乳を飲んだ。
「レコンキスタ作戦が終わったらお見舞い、行こうね」
「お土産は何がいいかな? 漫画? ゲーム? 結構お金有るから、買えないことはないよ」
「でも右手骨折しているんだから、難しいだろ」
「あ、そっか」
お土産は何がいいか、色々話し合った結果、DVDプレイヤーと映画、ということになた。漫画やゲームよりも割高になってしまうだろうが、何とかなるだろう。
これが決まってから、吹雪と白雪は深雪に現在の状況を報告した。そしてサラトガとエリソンに聞いた『カミカゼ』についても。
「へえ、神風特別攻撃隊……ねぇ。私達なら、やるかもねぇ」
深雪は特に意外そうな顔はしなかった。少しばかり口をとがらしてもの悲しげに、戦争だもんなぁ、と呟く。吹雪達が少しばかり拍子抜けし、それを見た深雪は意外そうな顔をして、
「いや、だって、『海行かば』とか、陸軍の『抜刀隊』なんか特にだけど、死ぬことこそ誉れ、って感じじゃん。負け戦になって特攻隊が出てくるのは、別におかしくないというか、当然というか……」
深雪はまた、うむむ、と唸り、戦争だもんなぁ、うーむ、とつぶやき、唸る。
「組織的にやったのはあんまりいいことじゃないとは思うけどさ。私は人と人との戦争は知らないしなぁ。あー、そもそも吹雪も白雪も、初雪だっても『神風特攻隊』は知らないだろう? 何だろうなぁ、私達が気に病んだりする必要はないと思うのよ。アメリカの艦娘がトラウマになっていてもさ。私達は1943年までに沈んでるんだし」
深雪は1934年6月29日。吹雪は1942年10月11日、白雪は1943年3月3日、初雪は1943年7月17日。神風特別攻撃隊が編成されたのは1944年10月19日。撃墜されたときの体当たり攻撃こそあれど、特攻は1つもなかった時に皆沈んでいる。
「まあ、トラウマになってる艦娘は可哀想だとは思うけどさ。もう別の世界なのにね」
「戦争……か」
吹雪は白い天井を仰ぎ、呟く。
人と人が殺し合う中で生まれた戦争の狂気。元兵器の人間ではない艦娘が考えることではないのかもしれない。もう別の世界で、私達は当事者でもないのだから。
飛行場には15機のC-130ハーキュリーズが出撃準備していた。大半が第82空挺師団のE型だったが、15機の内4機は海軍型のG型だった。艦娘達が乗る機体である。
「お久しぶりです」
「ああ、数ヶ月ぶりかな」
吹雪はバミューダ諸島強襲時、共に作戦を行った第82空挺師団の隊長と握手した。少女とがっちりとした大男。傍目から見れば親子か何かに見えるが、階級的に考えると吹雪の方が上なのだから、艦娘に初めて会った人はたいてい驚く。
「しかし、今回も空挺降下かい。艦娘ってのは海を駆けたり、空から飛び降りたり、特に今回の作戦は短い期間で何度も出撃したらしいじゃないか。大変だろうに」
「それが役目ですから。第82空挺師団だって、平地を覆い尽くすくらいの深海棲艦を防ぎぎったんでしょう? すごいですよ」
「そう言ってくれると嬉しいね。しかし、あの、ええっと名前を忘れてしまった。あの黒髪の綺麗な前髪まっすぐの子」
隊長は左手でチョキを作り、おでこの前で閉じたり開いたりした。
「初雪ですか?」
「そう、ハツユキだよ。彼女は見えないけど、どうしたの?」
「初雪は病院です」
「え、彼女は病院!?」
ことの成り行きを説明すると、隊長は悲しげな表情を見せた。
「やっぱり、女の子が戦場に出るものじゃないよ。戦うのはバカな男達で十分」
「私達、
「やっぱり、
タイトルに「決戦」と銘打っておきながら、その2でも艦娘達が戦闘しないってどういうことなの……。
E-7はクリアしました。非常に大変でした。夏はこれくらいの地獄の方が良いです。これでサーモン海域は占領できたのでしょう。たぶん。これでオーストラリアからのウラン、鉄鉱石、石炭輸入が楽になるね! しかし、サーモン海なのか、ソロモン海なのかはっきりして欲しい。
瑞穂? 知らない子ですね。輸送、機雷戦、水上機運用、甲標的運用できて夕張並みの火力を備えた水上機母艦日進の実装はよ。
次回こそは艦娘達が戦闘します。また空挺降下です。第2章もあとちょっとだ!