雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第20話「大追撃」その4

 工場群を跡形もなく破壊した米軍は続いて各地の工場などを空爆し始める。もちろん、ニューポート・ニューズ造船所などの造船所から、オメガ11を助けに来たHH-60が墜ちた工場も、小さな町工場も含めて全てだ。

 トマホーク、爆撃、特殊部隊や空挺部隊。何でも使って一つ一つの工場を的確に潰していくのだが、ニューポート・ニューズ造船所とノーフォーク海軍造船所だけは破壊することができなかった。

 別に海軍や産業界からの横やりが入ったわけではない。海軍は艦娘を主力に添える方針をすでに固めているし、産業界にも爆撃前に破壊を許諾してもらった。しかし、破壊することはできない。

 それは純粋に破壊できないのだ。

 ニューポート・ニューズ造船所とノーフォーク海軍造船所の乾ドックは黒い膜のように覆われていて、隣接する工場建屋はワ級のような頭が生えてうごめいている。まさしく、深海棲艦に侵されている状態である。この状態への変化が確認されたのはレコンキスタ作戦が始まった日の次の日、5月2日の午前5時頃だ。それは湾内にいなくなったはずの駆逐艦級が出現したころ、吹雪達TF101が湾外に脱出した深海棲艦を撃滅したころである。

 なんにせよ、米空軍はA-15ストライクイーグルとF-111アードバークによる爆撃を行った――――のだが、

「爆発? 空中で?」

 放たれたのはAGM-84ハープーン改造の対地ミサイルAGM-84E SLAM 40発とMk.82 250ポンド通常爆弾192発。その全ては地上ではなく、空中で爆発した。いやいや、そんなまさか。爆煙がはれ、地上の様子をパイロット達は見る。

 無傷だった。

 いったい何が起こったのか。対空砲火によって全てが迎撃され、爆発したのか。それとももっと別の要因で爆発したのか。

 1機のA-15ストライクイーグルが低空に降り、M61バルカンを地上に向けて撃つ。20㎜弾も爆弾やミサイルと同じように空中で弾かれてしまう。弾く瞬間、曳光弾とは別の白い光が空中で生まれる。

「そうか、バリアーか!」

 ニューポート・ニューズ造船所を爆弾とミサイルから守ったのは深海棲艦の障壁だったのだ。深海棲艦の障壁ならば、爆弾やミサイルを防いだっておかしくはない――――わけがない。十分におかしい。ものすごくおかしい。まず、造船所全体を覆うような広域かつ巨大な障壁は先に例を見ない。そしてなにより、爆弾やミサイルを完全に防いだのである。

 深海棲艦の障壁は例え姫級、鬼級のものであろうが、艦攻の徹甲爆弾で貫通できる場合もあるし、現代兵器の対艦ミサイルが命中した場合はほとんどの場合大ダメージを受けている。事実、日本海軍空軍は2014年冬では空対艦ミサイル攻撃で戦艦棲鬼に対して大ダメージを与えている。しかし、ニューポート・ニューズ造船所の障壁は全てを防いだのだ。

 これはノーフォーク海軍造船所でも起こっていた。B-52ストラトフォートレスとB-47ストラトジェットの混成部隊が絨毯爆撃を行ったが、障壁に阻まれ、1つの傷も与えることはできなかった。

 今でも2つの造船所は新たな深海棲艦を生み出している。一度壊滅した艦隊を復活させようとしているのか、それとも西インド諸島から増援がくるまでのその場しのぎなのか。その真偽は不明ではあったが、破壊しなければならないことは確かだった。

 

「――――と、いうわけで我々海軍が対処することになった」

 5月3日夕方のシンクレアーズ島前線基地のブリーフィングルーム。ディロンとTF100、TF101の全員が集まり、ディロンがスクリーンにニューポート・ニューズ造船所、ノーフォーク海軍造船所への爆撃の写真を移しながら、そう言った。写真は最初の爆撃だけではなく、続いて実施された第二次、第三次、第四次爆撃の写真も含まれている。

「質問ですけど」

 ファラガット級のハルが手を上げ、

「爆弾やミサイルが通じないなら、私達……まあ、戦艦なら分かりませんけど、駆逐艦や軽巡程度の砲では抜けませんよ。そんな障壁は」

 投下された爆弾は通常爆弾や爆弾だけではなく、貫通力の高いGBU-28バンカーバスターや燃料気化爆弾、クラスター爆弾も投入されている。それも障壁に防がれているのだから、5インチ、6インチ砲程度では無理、というのは正しい。

「そう、ハルの質問はもっともだな。だが、次のを見てくれ」

 プロジェクターのリモコンを操作し、スクリーンに写真、ではなく映像に変わる。映っているのは尾部に高抵抗フィンやパラシュートがついたMk.82通常爆弾の映像だった。高抵抗フィンがついたMk.82は障壁に阻まれ爆発したが、パラシュートがついたMk.82は障壁には阻まれず、まるで障壁がないかのように、ゆらゆらと落ちていく。しかし、対空砲の狙撃によって空中で爆発する。そこで映像は最初に戻り、爆弾がまた落ちていく。

 ディロンは左上がホチキスで留められた資料をめくりながら説明する。

「今の映像のように、障壁に接触する速度が遅ければ障壁に阻まれることはないようだ。推定では速度が終端速度以下で通過できるらしい」

「詰まるところ、艦娘が障壁内に侵入し、艦砲射撃によって造船所を破壊する、ということ?」

 アラスカの予想に、ディロンはその通りだ、という表情でうなずいた。

「攻撃は4日午後9時00分。作戦参加者は空母を除いたTF100とTF101の艦娘全員。例のかぶり物を装着して、空軍の陽動爆撃の後に湾内に突入。第1にニューポート・ニューズ造船所、第2にノーフォーク海軍造船所を攻撃する」

 

 5月4日の夜、午後8時50分。湾内開始10分前。空母を除いたTF100とTF101がイ級に似せたかぶり物で擬装しつつ、ノーフォーク湾外に待機していた。ちなみにかぶり物に関してはTF101の艦娘分しか用意していなかったので、TF100は数人一組になり、イ級の目などを描いたキャンバスを被って擬装している。今日は幸いなことに曇りで、夜の海は真っ暗。奇襲するには最高の天気だった。

 初雪はかぶり物の中で時計を見る。カシオG-SHOCKの液晶画面に映る数字は20:53。初雪は最後の艤装チェックを始め、同じかぶり物に入っているハルとエドサルにもそれを促す。5インチ単装砲、エリコン20㎜機銃、533㎜4連装魚雷発射管、22号電探、その他もろもろ。異常はない。

 もう一度時計を見る。液晶には20:57分。

「見つからないよね?」

 ハルが不安そうに言った。深海棲艦側のレーダーは空軍のECMで潰されていると言っても、深海棲艦自体の目から逃れることができない。このかぶり物だって、所詮は鉄パイプとキャンバスの張りぼてで、深海棲艦の目をごまかすことができるのか自体は疑問だ。その点から言えば、月明かりがないことは都合の良いことだった。

「見つかったら、見つかったとき」

 初雪には目の前の、エドサルには上、ハルにとっては前にあるT字の金具を抜けば、この張りぼては一刀両断されたかのように縦二つに割れ、すぐに戦闘に移れる。こっち側はレーダーが使えるのだから、少なくともこちらが把握していない敵から攻撃されることはない。

「敵は駆逐艦だけなんだから、楽ちんでしょ」

 気楽そうに答えるのはエドサル。夜戦であっても持ち前の回避能力は発揮できるのだろう。空軍の偵察によると駆逐艦だけらしいので、重巡や戦艦がごろごろしている前提で作戦を建てていた時よりはかなりマシだ。

「……世の中、運だから、沈むときは沈むし、沈まないときは沈まない……よ」

 まあ、そうだろうね。ハルは神妙な面持ちでうなずいた。コブラ台風で沈んだハルにとっては分からない話ではないのだ。初雪にとっても第四艦隊事件で自分が台風で艦首を失っても沈まなかったのに対し、普通の演習中に電に衝突されて沈んだ深雪。全てと言うつもりはないが、結局は運なのだ。

「まあ、大丈夫だよ」

 初雪の腕のG-SHOCKが設定通りにピッ、と鳴った。21:00。作戦開始だ。

 

 泊地水鬼は腹を立てていた。米軍に対する怒りは当たり前だが、あまりにもふがいない陸の深海棲艦達にも怒りを持っていた。

 陸の深海棲艦達は最前線にいた部隊はともかくとして、他はほぼ成長、変態を終えた精鋭部隊だったのだ。一部は米軍が残していった残骸と融合して強い力を持った者もいた。しかし、それらはすべて打ち砕かれ、米軍はすでに泊地水鬼から50㎞という非常に近い位置にいるのだ。現在、進撃が止まっているらしいが、いつ再開するとも分からない。湾内から脱出した部隊は今やどうなっているのかは分からない。壊滅したか、それとも西インド諸島やアイスランドにたどり着き、救援を頼めむことができたのか。どちらにせよ、あの艦隊がすぐに戻ってくることはない。海上からの援護砲撃は確保していた造船所を使って産み落とした駆逐艦を使うことにしている。

 泊地水鬼の飛行場、航空機生産能力は未だ回復していない。土地が持っているエネルギーを使えばすぐに回復することもできるだろうが、回復したところで米軍航空機の良い的になるのは分かっていた。

 泊地水鬼はもう陸で戦うことしか残されてはいない。

 

 イ級の微かに緑色に光る目がぎょろりと初雪達のかぶり物を見る。

「あわわ、こっち見た! こっち!」

「静かに!」

 キャンバスに開けられた小さい四角い穴から外の様子をうかがっていたハルが小さな悲鳴を上げて、初雪がハルの悲鳴より少し大きな声で制止した。

 初雪は首にかけてある5インチ砲に手を伸ばし、持ち手を握った。まだ引き金に指はかけない――――が、かけたくなった。

 こんなに近くでイ級をまじまじと見たことはない。こんなに近づくときはたいがいイ級が死んでいるときだ。

 実はこのイ級はすでに私達の正体に気づいていて、味方の布陣が整うまで私達を泳がしているだけなのではないか。いや、そんなことを考える頭がイ級にあるだろうか。あるかもしれない。ないかもしれない。でもイルカや鯨は頭が良いとも聞くし、イ級の知能レベルも決して悪くはないかもしれない。しかし、撃ってこないのだから、気づいていないのかもしれない。

 何分経っただろうか。そんなくらいしてイ級は目線を初雪達のかぶり物からずらし、横を通り過ぎていった。

 初雪達は安堵の息をついた。初雪は息をついて初めて、喉がカラカラに渇いていることに気づいた。

 

 空軍の陽動爆撃隊であるB-52スラストフォートレスの20機編隊、ボギー隊は泊地水鬼がいるオシアナ海軍航空基地へ向かっていた。これは毎晩行われる定期便であるが、今回のB-52の爆弾層にはいつものMk.82通常爆弾ではなく、ナパーム弾だった。

 ボギー隊は陽動であり、深海棲艦の目を張りぼてを被った艦娘達から放させるのが目的だった。なので通常の爆弾ではなく、夜間では目立ちに目立つナパーム弾を搭載してきたのだ。この部隊の他にもA-10サンダーボルトⅡの一個飛行隊アルバトロス隊がB-52の爆撃後に襲撃をかける手はずになっている。アルバトロス隊はボギー隊とは違い、上空に留まって、深海棲艦の注目を引くのと、艦娘達を攻撃する沿岸砲台を撃破するのが目的だった。

 オシアナ海軍航空基地上空にさしかかったボギー隊は一気に爆弾層のナパーム弾を投下する。ナパーム弾はニューポート・ニューズ造船所やノーフォーク海軍造船所とは違い、障壁にも阻まれることはなく、着弾し、中身の燃焼剤ナパームBに発火した。

 滑走路や格納庫、といっても穴ぼこだらけの跡地だが、それらを含めて、基地全体が炎に包まれる。正直、投下した量は多すぎてナパームBが海に流れ出し、辺り一面、空に浮かぶ雲さえも朱く染まった。

 

 ナパームの臭いは数㎞離れた初雪達の所にもすぐ漂ってきた。燃焼剤のナパームBの組成はポリスチレン 46%、ベンゼン 21%、ガソリン 33%でガソリンを燃やしたとも、プラスチックを燃やしたときの臭いともどっちともつかずな臭いだった。

 初雪はその臭いに顔を歪めながらも、22号電探で周囲の様子を探った。最近調子が悪い上に、周波数違いといえども空軍のECMの影響が出ているのか、22号電探が示す影は乱れ気味だったが、なんとか敵がオシアナ海軍航空基地の方に向かっていることが分かった。

 TF100とTF101はイ級達が小指の先ほどに小さくなったの確認して、ニューポート・ニューズ造船所へ舵を切った。

 幸いなことにニューポート・ニューズ造船所手前の海はもぬけの殻で、駆逐艦級の1隻もいない。

「例の障壁って……もう通り過ぎたのかな?」

 エドサルがきょろきょろと外を見回しているのだが、何の変化もない。もう乾ドックを覆う黒い膜や埠頭のコンクリート、ワ級に似た頭が生えている工場群などが見えているので、通り過ぎていてもおかしくはないのだが、もしかしたら通り過ぎてはいないのかもしれないので、初雪はさあ……、と返す。

『こちら、メリーランド。障壁を通過したか確かめるのに機銃を撃ちますが、私だけです。みんなはまだ撃たないでください』

 旗艦のコロラド級戦艦メリーランドが通信で知らせる。通過したか、してないかの判断をするためには機銃なり、砲なりを撃たないと確かめようがない。

 メリーランドはシカゴピアノとあだ名される28㎜4連装対空機銃をニューポート・ニューズ造船所に向けた。

 メリーランドにとってニューポート・ニューズ造船所は母親だった。メリーランドはここで建造されたのである。だから、あまり撃ちたくない――――という気持ちはメリーランドにはさらさらなかった。むしろ更地にしてやる、と意気込んでいた。

 なぜかと言えば、深海棲艦に侵された造船所はあまりにも無残な姿であったからだ。メリーランドにとってワ級の頭が生えた工場群はあまりにも気持ち悪くて、ブリーフィングでその姿が見えたときは思わず鳥肌になってしまったほどだ。

 さあ、これから吹き飛ばしてやるからな。そういう思いを持って、メリーランドは28㎜4連装機銃4基を撃った。

 28㎜機銃数十発は何にも阻まれることなく、直進して、工場に生えたワ級みたいな頭をぐしゃぐしゃにする。

 すでに艦娘達は造船所の障壁を通り過ぎていた。メリーランドは息を思いっきり吸って叫ぶ。

「各艦、砲撃用意! 目標ニューポート・ニューズ造船所! 跡形もなく吹き飛ばせ!」

 




 今、E-7攻略中ですが、燃料とバケツが底をつきました。あと3回出撃分はあるのですが、無理です。足りません。報酬艦は長い間、本実装がされない傾向があるので、今回手に入れたいところ。

 今回の補足解説。
 AGM-84ハープーン改造の対地ミサイルAGM-84E SLAMがでてきましたが、あれは海軍が壊滅したおかげで余ってしまったハープーンを改造したものです。史実での実戦配備は1990年代ですが、処分するのはもったいないということで対地ミサイルとして改造され、配備されています。
 艦娘達が見ていた映像の中に「パラシュートを付けてゆらゆら落ちるMk.82通常爆弾」がありますが、あんなものは存在しません。あれは落とした機体の所属基地に高抵抗フィンの在庫が少なかったために現場で付けられたパラシュートです。レコンキスタ作戦ではCAS任務が多いのでその基地ではなくなってしまったんですね、はい。
 イ級の頭に関してですが、決して悪くはありませんが良くはありません。犬よりは頭は悪いです。この世界にはかなり熱心に深海棲艦の頭の善し悪しに関して研究している人がいます(当然と言えば当然ですが)。

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