雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第20話「大追撃」その3

 オメガ11は腰の所までぼうぼうに草が生えた元畑を走っていた。後ろからは深海棲艦が追いかけてくる。追いかけてくる芋虫型は草にすっぽりと隠れて見えないが、草が揺れる様子と轍で位置は分かった。自分に向かって伸びてくる轍はさながら鞭のように見えて、オメガ11は力の限り走った。

 敵から逃げる場合は大体の場合、見つかりにくいところを通るのがベターだが、オメガ11はできるだけ開けたところを走った。幸いながら制空権は米軍が握っているし、味方の前線もさほど遠くはない。遠距離からの狙撃が危険ではあるが、開けた所ならば味方に見つけてもらえる可能性は十分に高い。有無の分からない狙撃の危険性よりも後ろから追ってくる芋虫型の方が明確に危険だ。

 上空にF-4ファントムⅡの編隊が横切る。左手に握っていた手鏡で太陽光を反射させてみるのだが、気づいてもらえたのかはよくわからない。とにかくオメガ11は走った。

 

 海軍の、いや現在では空軍所属のA-4スカイホーク部隊が送ってきた情報を聞いた陸軍元帥ミラン・グレプルは机に拳を強く振り下ろして、こう叫んだ。

「あれほど私は主張したのに……海軍と産業界のバカどもめが!」

 グレプル元帥はレコンキスタ作戦以前から、深海棲艦が本土に上陸する以前から工場などの爆破処分を主張してきたのだが、海軍と産業界の横やりによって、その実施はできなかった。確かに海軍や産業界にとって工場や湾港施設、建造施設が大事というのは陸軍のグレプル元帥も理解しており、工場や湾港施設を爆破処分するのはやめて欲しい、湾港施設の再建に何年かかるかも分からない、という気持ちも十分に分かる。しかし、相手は的の兵器をコピーすることができる深海棲艦なのだ。自分に撃ち込まれる兵器のみならず、工場や機械関係のものも同化、コピーできるのは予想できたはずなのだ。

 グレプル元帥はもう一度机に拳を振り下ろし、ため息をついて部下に尋ねた。

「B-52で編成された出撃可能な部隊は?」

「はい、今すぐ出撃可能な部隊は5。再出撃準備中なのが9です」

「5部隊でもかまわん。すぐに出撃させて今にも陸軍部隊の側面を食い破ろうとする敵部隊と工場を叩け。MLRS(多連装ロケット砲システム)部隊とトマホーク部隊もだ」

 早く。早く。早く。グレプル元帥は胸の内で何度も繰り返しながらも、次々手元に舞い込んでくる情報に目を通した。

 

「撃て!」

 第82空挺師団のM551シェリダン空挺戦車が戦車型に向けてHEAT-MPを打ち込み、撃破する。第82空挺師団は予備部隊として北から進軍する米軍部隊の側面を工場から大量発生した深海棲艦から守るために急遽投入されていた。

「HEAT、これで3発です!」

 しかし、所詮は空挺部隊であり、持っている弾薬はそれほど多くはない。このシェリダンに限らず、多くの空挺隊員が弾薬の欠乏に悩まされている。分隊支援火器のM60機関銃の射手なんてほとんどが自前の弾を撃ちつくし、シェリダンなどから機関銃弾を譲り受けていた。それほど撃ち続けてもまだ深海棲艦は波のように押し寄せる。

「切りがない! M2機関銃使うぞ!」

 車長が砲塔ハッチのロックを解除しようとする。砲手は危険だ、と止めるが、車長はかまわずハッチを開き、外に顔を出した。

 戦場が耳を襲ってきた。

 絶え間ない悲鳴と砲声、銃声。硝煙と生々しい、そして焦げ臭い肉の匂い。

 なにくそ! 車長は声で勇気を奮い起こし、上半身を露出させ、ブローニングM2重機関銃の取っ手を握った。大きな鉄製の照準器をのそのそと動いていた芋虫型に定め、トリガーを引く。

 放たれた無数の12.7×99mm弾は一瞬で芋虫型を引き裂き、ひき肉に変える。

 よぉおおおし! 車長は歓喜の声を上げるが、頭に銃弾を食らい、次の目標に照準を定めることはできなかった。

 

 オメガ11は200mほど先にある林にM113の姿を認めた。

「た、助かった!」

 オメガ11はすでに10㎞ばかし走っていて、息も絶え絶えだが、力を振り絞ってM113の林に入った。

 助かった助かった。車載機銃のブローニングで芋虫どもを蹴散らしてくれ。そんな風にオメガ11は願ったのだが、M113は何もしない。

 よくよく考えてみれば変である。ここは最前線の近くと行ってもまだ敵勢力地である。そんな危険地帯であるというのにM113の周りには随伴歩兵の一人もいないのだ。さらに考えてみると、偵察任務を行う車両はM41ウォーカー・ブルドッグであって、M113が出てくるはずはない。

 しかし、オメガ11の走る先にいたのはM113である。もしや撃破された車両だったのか? そんな疑問にM113はわかりやすく答えた。

 M113がオメガ11に向けて全速力で走り出したのだ。

「うぁ、わぇ!」

 あまりのことにオメガ11は変な声を出しながらもM113の突進を何とか避ける。

「なにが、どう!? ――――あ」

 M113の後部には内部の歩兵たちが降りるためのランプがあり、そこからは内部を見渡すことができる。本来ならばそこには出入り口があるところに、ぎょろり、という擬音が正しいような複眼があった。オメガ11はその複眼と目が合い、「やあ」なんて言ってしまう。

 相手も「やあ」と返してくれる――――わけがない。M113両側面のアルミ装甲を触手2本が突き破ってオメガ11に襲いかかった。

 オメガ11の反応は早かった。地面に腰をついて後ろ回りして触手を避け、さっきまで見つめ合っていた複眼にコルト・ガバメントを連射した。距離は3mほどで外れるはずもなく、命中。深海棲艦の蒼い血が噴水のように銃創から湧き出る。

 目が見えなくなったのか、どうなのかは分からないが、M113の車内に巣くっていた深海棲艦はむちゃくちゃに2本の触手を振り回し始めた。オメガ11は後ろに下がりながらコルト・ガバメントの弾倉交換をしていたが、運悪く触手にコルト・ガバメントが弾かれてしまった。コルト・ガバメントは放物線を描いて薮に消えた。

 もう逃げよう。そんなときに右足に鋭い痛みが走った。見れば芋虫型がオメガ11の右足に噛み付いている。

 オメガ11は人間とは思えない、獣じみた声を上げて、左足で右足に噛み付いている芋虫型にかかと落としをした。芋虫型はつぶれて辺り一面に蒼い血を散らす。オメガ11の頬にも散った。

 オメガ11は再び走って逃げ出した。

 

 丘の稜線からひょっこりと出たのはM60A2パットンの凸のような形の砲塔だった。

 M551 シェリダンと同じM81 152㎜ガンランチャーを装備した砲塔は米軍内でもトップクラスの厚さ、292㎜もの装甲を持っていた。そんな装甲を貫ける砲を持つ陸上深海棲艦はいない。真四角の防盾は砲弾をはじき返す。

「見つかってる! FCS問題ないか!?」

 砲手は敵に照準を定めながら、危機の状態を確認する。特に問題はないようだ。砲手がレーザーを敵戦車に照射する。

「よし、シレイラ発射!」

 砲口からシレイラミサイルが発射され、反射してきたレーザーに沿ってまっすぐ戦車型に飛んでいき、命中した。弾薬がHEAT弾頭のメタルジェットで引火したのか、砲塔部分が車体部分から吹き飛んで、空を舞ってから地上に墜ちた。

 芋虫型は戦車型が撃破されたため、後ろに隠れて進むことができなくなったためなのか、一気にM60A2に向かって進んでくる。

「キャニスター装填! なぎ払え!」

 装填手が弾頭が砲弾形ではない、円筒形の砲弾をガンランチャーに装填する。キャニスター弾は大砲で使用される対人用砲弾で、簡単に言うならばショットガンの弾のようなものであり、大量の散弾を敵に撒き散らす。対人用砲弾ではあるが、芋虫型でも十分有効な砲弾だ。

 砲手はなかなか照準を定めれなかった。キャニスター弾はミサイルのように誘導もできないし、散弾のため通常の砲弾と同じようにまっすぐは飛ばない。散弾は風に流されやすいし、距離が離れすぎていれば威力は減衰するし、近すぎても散弾が密集して威力を最大限に発揮できない。砲弾も無限にあるわけではない。砲手はできるだけ1発で済ましたかった。しばらく吟味していると良いポイントを見つけ、照準をぴったりと合わすと人間の頭が現れた。そして上半身、下半身と姿を現す。

「ええ?」

 砲手は思わずまぬけな声を出したが、その人間の服や顔には所々、蒼い血がついている。ついに人間の姿に擬態するような深海棲艦もでたか。と思い直し、砲手は引き金に指をかけた。

「待て!」

 車長が大声で制止する。あと少し遅ければ砲手は引き金を引いていたに違いない。

「空軍パイロットだ。キャニスターはやめて機銃でやれ。空軍パイロットを撃つなよ」

 思い出せば、空軍パイロットの存在を知らせる報告を受けた気もしないこともない。砲手はM73 7.62㎜機銃の引き金に持ち替え、パイロットを避けて芋虫型を掃射する。車長はキューポラハッチを開けて、パイロットに早くこっちに来いと両腕で合図する。

 

 空軍のB-52隊、MLRSと自走砲、トマホーク部隊の3つの内、一番早く射撃を開始したのはMLRSと自走砲だった。

 MLRSのオリーブドラブに塗装された箱形発射器から次々と227mmロケット弾が、M109自走砲の155㎜榴弾砲とM110自走砲の203㎜榴弾砲からつるべ打ちのように砲弾が、味方側面へ押し寄せている深海棲艦に向かって放たれる。

 そして「だんちゃ~く、今!」の今、と同時に155㎜榴弾と203㎜榴弾砲弾が地面に到達、中身の高性能炸薬が爆発を起こし、着弾地点周辺の深海棲艦を吹き飛ばす。

 遅れてMLRSのロケット弾。クラスター弾頭が空中で割れ、644個の子弾を撒き散らす。子弾だけで勘定するならば、優に10万は超えるだろう。それほどの数の子弾が深海棲艦に満遍なく降り注いだ。

 爆発に次ぐ爆発。土は掘り返され、宙を舞う。その土も深海棲艦を遅う。

 猛烈な土煙が収まった後残っているのは深海棲艦の死骸だけだった。

 しかし、これだけでは終わらない。

 第82空挺師団の頭上を何十というトマホーク巡航ミサイルが、それに遅れて、B-52スラストフォートレスの大編隊が通り過ぎる。B-52の爆弾倉と翼下には45発のMk 82通常爆弾。深海棲艦を生み出す工場を跡形もなく消すために彼らは飛んでいく。

  

オメガ11がちょうどM60A2の後ろに隠れたところでキャニスター弾が発射された。152㎜という大口径のキャニスター弾の散弾は辺り一面に広がり、大地と芋虫型にいくつもの穴を開けた。

 オメガ11はM60の影からそれを見て、ようやく息をつくことができた。工場で救助されるかと思ったら工場自体が深海棲艦に占拠されており、深海棲艦に追い回される。途中M113を見つけて助かったと思ったら、実は深海棲艦が巣くっていて危うく轢かれそうになり、何とか避けたと思ったら触手で襲いかかってきて、コルト・ガバメントをはじき飛ばされる。足を芋虫型がかじっている。パニックになってかかと落とし。そして一目散に逃げて、深海棲艦に追われながらも何とか友軍に合流。

 よく生きているものだ。オメガ11は荒く息をしながらも手を合わせ、目をつぶって生きていることを神に感謝した。

「なんだ、ありゃ?」

 M60の随伴歩兵が呟いて、北の方を指さす。その方向には細長いキノコ雲が上がっていた。深海棲艦を生み出していた工場にある弾薬が爆発したことによって発生したキノコ雲だった。




 20日も投稿しないで実にすみません。
 言い訳になりますけど、艦これ夏イベントがこんなに難しかったと思わなかったんです! 春イベントは4日ですんだので甘く見ていました! 2013秋のイベントよりも難易度高いですよ今回のイベントは! 2013年春イベント以前からやっている私が言うのだから間違いない! 今でも昨日E-6乙をクリアしたところで現在資源回復中です。

 さて、今回の補足解説。
 こっちの世界ではMLRS(多連装ロケット砲システム)は実はM2ブラットレーの車体を使っているのですが、こっちの世界ではMICV-70(後のM2ブラットレー)歩兵戦闘車の車体を使っています。MICV-70はMBT-70とは違って、順調に開発が進んでいます。

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