雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第20話「大追撃」その2

 森の中から出てきたのはM113装甲兵員輸送車とM110 203mm自走榴弾砲、合わせて十数両だった。

 まさか、味方部隊だった!? オメガ11は混乱した。戦場に誤射はつきものではあるが、味方殺しというのは耐えがたいものだ。

『M113でもM110でもないぞ! よく見ろ!』

 オメガ・リーダーが無線で叫んでいる。オメガ11は視力2.0の目を細めてよく観察する。

 確かに少し違う。M113の方は車体上部に砲塔らしき黒いものが乗っかっているし、M110の方も車体から真っ黒な砲身が突き出ているように見える。オーストラリア陸軍には砲塔を乗せたM113があるが、米陸軍にはそんなM113はないし、M110の方も車体から砲身が突き出るというドイツ陸軍の駆逐戦車のような外見ではない。車体の上にドカン、と大砲が乗っている形だ。

 こいつらは一体何者なのか? オメガ11の疑問に謎のM113とM110はすぐに答えてくれた。

 謎M113の黒い砲塔から伸びている細長い砲身が、一番低空を飛行していたオメガ11のYF-16を捉え、発砲した。

「敵かっ!」

 発砲炎を見たオメガ11は瞬時に操縦桿を倒して急旋回するが、遅かった。音速の3倍の速さで放たれた無数の砲弾がYF-16 の左翼を貫き、砕く。続いて右翼のガンポッド。垂直尾翼。再び左翼。胴体中央。狙いはレーダー射撃のように正確だった。

「オメガ11、脱出する!」

 これはまずい、と思ったオメガ11は躊躇無く、射出座席のフックを引いた。

 

―――――――――――――――

 

 オメガ11はパラシュートを外しながら空を仰ぎ見る。AGM-65マーベリックを翼下にたんまりと積んだF-111の編隊が謎M113と謎M110のいた方向へと飛んでいく。

 またやってしまった。空を仰ぎ見ながら、オメガ11は少し後悔していた。もうYF-16には乗れないのである。今回も五体満足で頸椎に障害を残すこともなく、活きて地上に降り立つことができたことを喜ぶべきなのだが、オメガ11は最新鋭機でなかなかに性能の良いYF-16を落としたことを少し後悔していた。

 しかし、あの謎のM113とM110は一体何だったのか。まさか本当に米陸軍の部隊で誤射してきたオメガ隊を敵だと思って反撃してきたのか。それともカメレオンのようにM113やM110に擬態していたのか。

 オメガ11は考えを巡らしながら、射出座席からサバイバルキットを取り出した。ここは完全な敵地。偵察隊は所々にいるだろうが、彼らにも任務があるだろうし、前線からは結構離れている。ヘリが迎えにくるまでは自分で生き残らなければいけない。

 オメガ11はM1911コルト・ガバメントを取り出し、スライドを引いて、薬室に弾丸が装填されていることを確認した。

 

 F-111がAGM-65マーベリックで謎M113をアウトレンジから撃破した後、偵察隊のM41ウォーカー・ブルドックが簡単な調査に来ていた。

「これは深海棲艦でもあって、M113でもあるな」

 M41の車長が撃破されたM113と融合した深海棲艦を足で蹴る。

「車長、やめてください! もし生きていたらどうするんです!?」

「何のために俺達が遣わされてるんだ。主砲で撃てばいいだろ」

 砲手の心配をよそに、車長は死骸に触りまくったり、登ってみたりする。マーベリックの直撃で焼け焦げているので詳しくは分からないが、シャーシや装甲部分はM113のままで、報告にあった砲塔などは深海棲艦だったようだ。報告にあったM110の方もM113と同じようなものだが、こちらはM110と融合した深海棲艦というわけではなく、M113に砲台型が融合したようだ。M113のアルミ装甲を内側から突き破って、深海棲艦特有の黒々しい砲身が伸びている。

 ある程度のことは分かったので、車長はM41の車内に戻って、M41を発進させた。長居はあまり良くない。

「兵器との合体までするなら、ノーフォークにいる泊地水鬼とやらは、もう、やばいのでは?」

「いや、湾岸に配備されていた兵器はほぼ爆破処分しているはず。すでに取り込んでいるのなら俺達はもっと苦戦しているはずだ」

 深海棲艦が本土に上陸する以前のこと、米海軍や米陸軍は深海棲艦にミサイルやレーダーなどをコピーされる可能性をできるだけ無くすため、沿岸地域の移動できない弾薬や兵器は爆破していた。さっきのM113と融合していた深海棲艦は陸軍が後退時に爆破できずに放棄したか、戦闘時に撃破されたが損傷が少なかったM113と融合したのだろう。

 深海棲艦。機械なのか、生き物なのは本当にはっきりしない奴らだ。車長はペリスコープで遠ざかっていくM113と融合していた深海棲艦を見ながら思う。

「しかし、問題は大きくなったぞ。機械類と融合ができるってことは、攻撃禁止命令が出ている工場とか、やばいだろ」

 

 オメガ11は工業団地の中を歩いていた。この工業団地の中央広場が救出部隊との合流地点である。沿岸部に配備されていた米軍兵器などが後退時に爆破処分されたのに対して、工業団地の工場はそのまま残されていた。

 この工業団地に限らず、深海棲艦に占領されている沿岸部のほぼすべての工場が爆破などはされずに残っている。これは深海棲艦は兵器のコピーや生産はするが、工場を取り込んで、生産することはないだろうと考えられたからだ。米軍としては兵器と同じように爆破処分することを提案したが、産業界と海軍からは爆破した場合、戦後復興に多大な費用と時間がかかると主張し、爆破処分案は取り下げられたのだ。

 そのため、兵器工場などはそのまま残っているし、ノーフォーク海軍造船所やニューポート・ニューズ造船所も残っている。そしてこのレコンキスタ作戦でも工場類は攻撃しないように命令が出ている。

 いまオメガ11が歩いている工業団地はクライスラー社の工場で、かつては自動車を造っていた。しかし、数年の間、人が入ることもなく、整備ひとつもやっていない工場はアスファルトやコンクリートがひび割れ、ひび割れたところから雑草が生え、葛が何筋か工場の壁面を登っている。

 オメガ11は荒廃した工場を見ながら、いつか見た「人類がいなくなったら」というテーマのテレビ番組を思い出していた。確か人類がいなくなってから数年すれば道路や建物は草に覆われ、特に建物は草木の根の力によって倒壊していまう、ということだったが、この工業団地はほとんど植物の侵略を受けていない。未来予測というのは当てにならないものだ。

 そんなことを考えながら、工場内を進んでいると、ヘリのバラバラバラというローター音が北から聞こえてくた。HH-60ナイトホークが3機。オメガ11は急いで広場に行き、鏡で太陽光を反射させて、HH-60に自身の存在を知らせる。トランシーバーにも、確認した、と返事が来る。

 HH-60は3機でその内の2機はETS翼がついたガンシップ型HH-60であり、翼下にはM134ミニガン2丁、TOWミサイルチューブ型ランチャー8本を搭載していた。敵地に落ちたパイロットの救出にくる場合はただのHH-60とガンシップ型HH-60の3機編隊が米空軍の中ではベターになっていた。

「おーい、ここだー早くしてくれー」

 HH-60がホバリングに移って、ゆっくり広場に降りてくる。オメガ11はHH-60を見上げていたが、ローターが生み出すダウンウォッシュによる目の乾燥に耐えきれず、顔を下げる。

 下げた視線の先には芋虫型陸上深海棲艦数匹がいた。

 敵! と叫ぼうとした瞬間、弾丸の雨が芋虫型に降り注ぐ。ガンシップ型HH-60のM134の掃射だ。幸いなことにオメガ11の発見とHH-60側の発見もほぼ同時だった。数百発の7.62㎜弾を食らってミンチと化す芋虫型。しかし、幸いではないこともあった。今度はガンシップ型HH-60は気付けず、オメガ11が異変に気づいた。地面が揺れている。

 もしや戦車型!? そう思ったときには遅かった。オメガ11背後の工場建屋の壁を突き破って戦車型が飛び出してきたのだ。戦車型はそのままの勢いで、もうタイヤが地面に触れる寸前だったHH-60に体当たりをかます。戦車型の重量は個体差もあるがたいていは20tから30t。一方、HH-60は9tほど。壊れるのは当然、HH-60の方だった。HH-60はキャビンのある胴体部分でふたつに折れ、向かい側の工場建屋の壁にたたきつけられた。ちぎれた4枚のローターが回転の勢いを保ったまま勝手な方向に飛んでいき、戦車型が飛び出してきた建屋とは別の工場建屋に突き刺さる。

 それが合図になったのか、この工業団地の工場建屋全てから戦車型や芋虫型、砲台型などの陸上深海棲艦がわらわらと出現した。

 オメガ11は走り出す。体当たりされたHH-60は燃料に引火して燃えだしているし、こんな状態になった以上ガンシップ型HH-60も降りられる状況ではない。コルト・ガバメント1丁でどうにかできるわけもないし、この場にいる意味はない。

 ガンシップ型HH-60はTOWミサイルとM134ミニガンで逃げるオメガ11を援護するが、いかんせん数が多く捌ききれない。終いには2機の内1機がテイルローター周りに被弾。クルクル回りながらも軟着陸することができた。しかし、墜ちたHH-60に芋虫型が群がる。1機残ったHH-60のパイロットは墜ちたHH-60クルーに向けて、十字を切った。 

 

 初めに気づいたのは元海軍所属であったA-4スカイホークのパイロットだった。

 敵の戦車型に爆弾を落としてきた帰りに、海岸線に並ぶ工場群を見ていると工場の手前の地面が動いているように見えた。

 はて何か? 隊長機に進言して、工場近くを飛ぶとその正体は一目瞭然。

 地面を埋め尽くすほどの陸上深海棲艦の大群だった。工場の門からは戦車型が次々と排出されている。工場が陸上深海棲艦の生産場所となっているのだ。

「うわぁ」

 パイロットは自分から見に行くことを提案したくせに、その正体を見ると、情けない声を出した。工場系統の建物は破壊禁止ですが、どうしますか!? と隊長に言おうとした矢先、深海棲艦が撃ってくる。急旋回すると共に、エンジンスロットルを一杯にして、敵の射程外に出る。

『爆弾のない俺達にはどうしようもない。AWACSに報告だ』

 




 最近忙しくて投稿ができませんでした。オメガ11は出ましたが、陸上部隊の愉快な仲間たちが出せませんでしたし、今回は特に短いですが、ご容赦を。
 工場型陸上深海棲艦のアイデアは「都会の男子高校生」さんからのアイデアです。アイデアそのままというわけではありませんが。読者さんからの声というのは良い励みにもなりますし、アイデアの元にもなります。読んでくださる皆さんありがとうございます。
 さて、今回の補足解説です。
 オメガ11救出にはHH-60ナイトホークが現れましたが、ガンシップ型HH-60なんてありません。陸軍のMH-60ならば同じようなものはありますが、空軍型のものはこの世界オリジナルです。HH-60ペイブ・ホークにはスティンガーやサイドワインダーが搭載できるそうですが。

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